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知財みちしるべ:最高裁の知的財産裁判例集をチェックし、判例を集めてみました

争点別に注目判決を整理したもの

職務発明

平成30(ネ)10062  職務発明対価請求控訴事件  特許権  民事訴訟 令和2年6月30日  知的財産高等裁判所  東京地方裁判所

 SONYのフェリカ関連の職務発明の対価について、約2959万円が認められました。1審では,約3181万円でしたので、やや減額です。

 超過売上げの割合
(ア) 超過売上げの割合は40%と認めるのが相当である。その理由は,原判決100頁6行目から102頁19行目までの記載のとおりであるからこれを引用する。
(イ) 一審原告は,70ないし100%を主張し,一審被告は10%を主張 する。具体的には,一審原告は,本件各製品のいずれについても,これ らを独自に製造販売し得る技術力を有する著名な大企業が多数存在する から,仮にこれらの競合他社に本件各発明をライセンスした事態を想定 した場合,一審被告が得たであろう仮想の売上高は実際の売上高からい くら少なく見積もっても7割程度は喪失していたことが明らかである旨 主張し,他方,一審被告は,FeliCa事業は,一審被告及びJR東日本の 主導により構築されたインフラストラクチャーの市場影響力及び策定さ\nれた標準規格の通用力等に基づき,特許権の排他的効力を利用すること なく,事業が拡大・維持されてきたのであるから,独占の利益は極めて 小さく1割を超えることはない旨主張する。 そして,これらの主張が前提とする,強力な競合他社の存在や,一審 被告とJR東日本等が構築した強力な市場影響力の存在や標準規格の通\n用力等については,それぞれに裏付けとなる証拠が存在するといえるか ら,本件においては,これらの事情を総合的に考慮した上で,超過売上 げの割合を決定する必要がある。すなわち,双方が主張する事情の一方 のみに基づいて,極端に高い,あるいは極端に低い超過売上げの割合を 決定することはできないのであって,全体としてみれば,原判決が指摘 するとおり,半分をやや下回る40%を超過売上げの割合と認定するの が相当である。
ウ なお,一審被告は,本件各特許の特許権登録前の実施等に関しては,独 占の利益は極めて小さいから,このことを考慮すべきであると主張する。 たしかに,出願公開前の段階においては,特許法上何ら特別な保護は認 められていないのであるから,この段階における特許発明の実施について 独占の利益を肯定することは困難というべきである。しかし,出願公開後 においては,一定の条件の下に補償金支払請求権が認められ,この限度で 特許法上の保護が与えられているのであるから,特許権登録後の2分の1 の限度では独占の利益が認められるというべきである。一審被告は,特許 権登録前の段階では,特許が成立しているかどうかも定かではないと主張 するが,現実に特許が成立している以上,この点を重視するのは相当では ない。
以上を前提に考えると,特許1〜3,5〜7は,対価支払請求権の計算 対象前である平成12年以前に出願公開がされているから(甲1〜3,5 〜7),平成13年以降出願登録までの全期間について2分の1の限度で 独占の利益が認められることになるが,特許4は平成16年12月2日, 特許8は平成20年7月17日,特許9は平成13年7月19日,特許1 0は平成13年10月18日,特許11は平成17年1月27日に出願公 開されているので(甲4,8〜11),出願公開日の翌月である特許4に ついては平成17年1月,特許8については平成20年8月,特許9につ いては平成13年8月,特許10については平成13年11月,特許11 については平成17年2月から各特許権登録までの期間について2分の1 の限度で独占の利益を認めるのが相当である。
エ 仮想実施料率
(ア) 本件実施発明の意義は,原判決102頁21行目から103頁11行 目までに記載のとおりであるからこれを引用する。
(イ) 本件実施発明の実施に係る諸事情を考慮すると,本件実施発明に係る 各発明についてそれぞれ仮想実施料率を定め,その仮想実施料率をいず れも0.3%と認めるのが相当である。この認定に当たって考慮した事 情については,原判決102頁21行目から104頁15行目まで及び 104頁19行目から105頁3行目までの各記載を引用するほか,本 件各証拠(当審で新たに提出された多数の証拠を含む。)に基づき認定 できる事情とそれに基づく判断を次のa以下のとおり補足する。 なお,一審原告は,本件においては仮想実施料率ではなく限界利益率 を用いるべき旨主張するが,限界利益率を用いるべき理由は見当たらず, その主張は採用することができない。
a 当事者双方が提出した資料から認定できる実施料率等のうち,本件 において参考になると思われるものとしては,次のようなものがある。
(a) 経済産業省知的財産政策室編「ロイヤルティ料率データハンドブ ック」(甲98)によれば「器械」分野のロイヤルティ料率の平均 値は3.5%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準偏差は 1.9%であり,「電気」分野の平均値は2.9%,最大値は9. 5%,最小値は0.5%,標準偏差は1.5%であり,「コンピュ ータテクノロジー」分野の平均値は3.1%,最大値は7.5%, 最小値は0.5%,標準偏差は2.0%であり,「精密機器」分野 の平均値は3.5%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準 偏差は1.9%である。
(b) IT業界のライセンスの実務においては,必須特許の累積ロイヤ ルティ料率は最大限5%とされていることが多い(乙381,38 2)。
(c) 標準規格であるMPEG(動画圧縮)やデジタルテレビチューナ ーのパテントプールにおいて,きわめて多数の対象特許(ARIB ではピーク時に600件)についてのライセンス料は,最終製品の エンドユーザーに対する販売価格の●●とされた(乙390)。
(d)FeliCa開発の過程で一審被告がフランステレコムから同社保有特 許のライセンスを持ち掛けられた際の同社の当初の申出額は,1件\n当たり●●●●●●●●であった(乙396)。
b 上記aの(b)〜(d)掲記の各証拠はいずれも一審被告が提出したもので あるところ,一審原告は,(b)及び(c)については,FRAND宣言の有 無等の点で本件とは事情が異なること,算定の基礎となる製品価格が 最終製品の価格であるからICチップの価格を基礎とする本件には適 用できないこと等を主張し,(d)については,フランステレコムの有し ていた特許は本件各特許に比してFeliCa事業の実現のための重要性が 格段に劣ること等を主張する。 しかしながら,類似の実施料率に基づいて仮想実施料率を算定しよ うとする場合,仮想実施料率を算定すべき事例と類似事例との間には, 多かれ少なかれ違いが存することは免れないのであるから,違いの存 在を考慮しつつ,仮想実施料率を算定せざるを得ないところ,一審原 告主張の事情が,このような観点から参考資料とするのにも適さない といえるほど決定的な事情であるとは認められない。一審原告の主張 は,採用することができない。
c 両当事者は,aで掲げたもののほかにも,参考とすべき実施料率例 が存在すると主張するが,以下のとおり,その主張を採用することは できない。
(a) 一審原告は,一審被告の内部資料(乙329)においてICチッ プのライセンス単価は2004年度で●●●,2010年度で●● ●とされており,各年度のICチップの単価はそれぞれ●●●●, ●●●●であるから,料率としてみるとそれぞれ25%,20%に なる旨主張する。 しかしながら,上記内部資料は,FN社の設立に先立つ一審被告 内部の会議の資料として同社の事業計画を記載したものであって (乙389),不確実な予測にとどまる。そして,同資料にいう\n「ICチップ」は,携帯電話用に新たに開発されるものであるから 本件各製品とは別の製品であり(乙389),しかも,携帯電話特 有の技術(その多くは共同出資者のNTTドコモが保有するものと 推認される。)も多数用いられるので,本件各特許がどの程度重要 性を持つか定かでない(なお,携帯電話はそれ自体に電源を有する から,少なくとも,リーダライタ等からICチップへ無線で給電す ることに関連する技術である本件特許2及び8が実施されないこと は確かである。)。 よって,上記資料は,本件の仮想実施料率を認定するための資料 として用いるのは適切でない。
(b) 一審原告は,発明協会研究センター編「実施料率(副題)技術契 約のためのデータブック」第5版(甲99)によれば,「電子計算 機・その他の電子応用装置」の実施料率の平均は33%であるから, これも参考にすべき旨主張する。 しかしながら,上記データブックによれば,実施料率は,契約の 件数的に見れば,1%から10%程度の範囲に相当数が集中してい るが,例えば,実施料率40%の契約件数が50件以上あるなど, 高率の実施料率の範囲内で契約件数が突出しているところが数か所 あり,その結果,平均実施料率が高率化していることが認められる ところ(甲99,172頁の図2−20−2参照),高率の実施料 率による契約件数が突出している部分については,特殊な事情が存 在している可能性を否定することができない。そうであるとすると,\n特殊事情を考慮しない単純平均としての平均実施料率にどれだけの 意味があるのかは疑問といわざるを得ず,この数値を参考にするこ とはできない。
(c) 一審被告は,デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー 合同会社作成の報告書(乙53)を根拠として,FeliCa関連事業の 累積利益率は●●●●であるから,これを前提に25%ルール(利 益のうち,知的財産権が貢献している部分はその25%であるとし て,その価値を計算する方法)又は利益三分法(営業利益は,資本 力,営業力,技術力の3つから構成されるとして,営業利益の3分\nの1が技術力=知的財産権の価値であるとする方法)を適用すると, FeliCa関連の知的財産全体の適正実施料率は0.42%(25%ル ール)〜0.56%(三分法)であるところ,FeliCaに用いられた 知的財産権には特許権以外にノウハウもあること,特許権は本件各 特許のほかに少なくとも20件は存在すること(当審における補充 立証により裏付けられる事実)からすれば,本件各特許の適正実施 料率は更に低い旨主張する。 しかしながら,このように仮想実施料率を算定するベースとなる 利率を利益率とする必然性はないし,この方法によった場合,例え ば,何らかの事情によって事業の利益率がマイナスになってしまっ た場合には,事業に用いられた技術の知的財産権の価値がいくら高 くても仮想実施料率を算定し得ないこととなるという不都合が生ず ることも考慮する必要がある。以上の点を考慮すると,FeliCa関連 特許権の価値が営業利益に適正に反映されているかどうかについて 深刻な争いがある本件においては,営業利益率をベースとして仮想 実施料率を算定することは相当ではないというべきである(なお, aで取り上げた実施料率に基づいて検討する場合に比べると,利益 率をベースとした場合には,それだけで実施料率が一桁小さくなる ことになるが,このような大きな違いを正当化するような事情が存 するかどうかは疑問である。)。
d そこで,aで指摘した料率を前提として,本件における適切な仮想 実施料率を検討する。
aで掲げた各料率のうち,(c)のパテントプールに関する事例は,最 終製品の価格に対する実施料率が問題とされている点で,料率が低め に設定されている可能性があり,また,(d)のフランステレコムが申し\n出たライセンス料率は,その対象となる発明の意義等が本件実施発明 と比べてどの程度なのかが明らかではなく,いずれも参考資料として の重要性は高くないものといわざるを得ない。したがって,(a)と(b)を 中心に検討するのが相当である。
まず,(a)を見ると,本件実施発明が関連すると考えられる「器械」 「電気」「コンピュータテクノロジー」「精密機器」の分野における 平均実施料率は,2.9%〜3.5%である。また,(b)によれば,I T業界におけるライセンスの実務においては,必須特許の累積ロイヤ ルティ料率は最大限5%であるというのであるから,平均累積ロイヤ ルティ料率は,上記の平均実施料率とそれほど異ならないであろうこ とが予想される。そして,FeliCa技術は,Suicaを初めとする交通系 カードに採用されたほか,電子マネーカードにも採用されるなど,そ の技術的意義は高いと認められるから,この点は,仮想実施料率を高 める方向に働くと考えられる一方,本件実施発明は,その内容やその 技術的意義に照らし,FeliCa技術の中核的技術に当たると考えられる ものの,FeliCaには本件特許発明以外の技術も用いられており,それ らも相応の意義を有すると考えられるから(一審原告は,他の発明に はほとんど価値がないと主張し,一審被告は,本件実施発明の技術的 意義は極めて低いと主張するが,いずれも極端な主張であって,採用 することはできない。),FeliCa技術に対して支払われるべき実施料 のすべてを本件実施発明に帰属させるべきであると考えることはでき ず,この点は,本件実施発明に対する仮想実施料率を下げる方向に働 く要素であると考えざるを得ない。 これらの点を総合考慮すると,本件実施発明に対して支払われるべ き仮想実施料の料率は,11件の特許発明全体で3.3%,1件当た り0.3%程度と認めるのが相当である。
e 一審原告は,上記a(a)の実施料率を参考にするとしても,本件実施 発明の価値は極めて高いのであるから,「器械」分野における実施料 率の最大値である9.5%を採用すべきであると主張するが,9. 5%という実施料率は,平均実施料率(3.5%)を3標準偏差分 (標準偏差1.9%×3=5.7%)を超えて上回るものであり,こ のような実施料率の主張は非現実的といわざるを得ない(平均値+3 標準偏差=3.5%+5.7%=9.2%であるから,9.5%は, 3標準偏差分を上回る数値である。なお,統計学上,データの99. 7%は平均値の3標準偏差の範囲内に収まるはずであるから,一審原 告の主張は,その範囲をはずれた,通常では考えられないような例外 的な実施料率を主張していると評価せざるを得ない。)。 他方,一審被告は,被告各製品においては,本件実施特許のほかに も一審被告保有の特許及びノウハウ等が実施されているから,被告各 製品の価格に対するライセンス料が高額となりすぎる「スタッキン グ」の問題が生じ得る旨主張するが,上記の計算は,スタッキングの 問題も考慮した上での計算であるから,一審被告の主張は,上記の結 論を左右するものではない。
(3) FN社に対する実施権の現物出資に伴う利益
ア この点に関する認定判断は,原判決106頁17行目の「また,」から 22行目末尾までを次のとおり改めるほか,原判決の認定判断(105頁 14行目から107頁16行目までの記載)のとおりであるからこれを引 用する。 「そして,乙48その他の本件の証拠上,上記の出資に当たり,出資の目 的となった特許出願に係る発明のそれぞれにつきその軽重が考慮された とは認められないものの,これまで認定した諸事情を踏まえると,本件 対象実施権に係る発明の技術的意義は高いと認められる一方,他の出資 の対象となった特許発明は,件数は非常に多いものの,その中に本件対 象実施権に係る発明に匹敵するような技術的価値を有するものが存在し たことを裏付ける的確な証拠は存在しない。そうであるとすると,本件 対象実施権の価値を算出するのに当たり,単純に,件数に応じた計算を するのは相当ではなく,むしろ,本件対象実施権は,現物出資の対象と なった実施権の半分の価値を有するものとみて,その価値は●●●●● ●●●●(●●●●●●●●●×2/3×1/2)であると認めるのが 相当である。」
イ 一審原告は,現物出資後にFN社から一審被告に間接的に還元される利 益の額も考慮に入れるべきであり,具体的には,FN社の売上額のうち本 件各製品の売上げに係るものを抽出した上で,この売上げについて一審被 告がFN社から受領すべき相当なライセンス料を,現物出資に当たっての 評価に基づき計算された価値に加算すべきである旨主張する。 しかしながら,現物出資の後にFN社から一審被告へ利益の還元がなさ れたとしても,それは,一審被告が,FN社へ特許権等の独占実施権を出 資した対価として得たFN社の株式を保有し続け,FN社がその営業努力 により事業利益を上げ,かつその利益の一部を株主である一審被告に還元 することによるものである。かかる利益還元は,あくまで見込みとしてで はあるが,FN社への現物出資の評価に当たって評価され尽くしているも のであるから,これを一審原告の主張のように,現物出資の対価としての 評価額に更に加算するのは相当でない。 したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
(4) 第三者に対する実施許諾に伴う利益
両当事者の当審における主張も踏まえて,次のとおり認定判断する。
ア 証拠(乙334,342,425)及び弁論の全趣旨によれば,次の事 実を認定することができる。
(ア) 2008年(平成20年)以降,JR東日本が販売するSuicaカード のうちには,ICチップを一審被告以外の他社(以下「A社」とい う。)が製造し,最終製品としてのカードのJR東日本への納入までの 商流に一審被告が介在していないものがある。
(イ) そのICチップの製造個数は,2019年(平成31年)3月までの 累計で●●●●●●●●●●である。
(ウ) これらのICチップには,一審被告が開発したFeliCaOSが搭載され ている。
(エ) 一審被告はこれらのICチップ1個当たり●●●●●●●●●●●● ●●をA社から受領している。 イ 一審原告は,FeliCaOSでは本件各発明が実施されていること,OSラ イセンスには本件各発明の実施を許諾する趣旨が含まれていることが明ら かであるから,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●そのまま独占の 利益として算定されるべきものである旨主張する。 しかしながら,●●●●●●●●●●●を本件各特許の実施許諾料と同 視して独占の利益に加算するのは相当でない。なぜなら,弁論の全趣旨に よれば,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●,本件各発明を実施するステップも含まれ てはいるが,ICチップの動作に関連するそれ以外のステップも多数含ま れており,本件各発明を実施するステップに対応する部分は極めて少ない と考えられるからである(一審原告は,これに対して的確な反論反証をし ていない。)。 そして,一審被告が●●●●●●●●●●●●●●,本件各発明を実施 するステップが占める割合を具体的に算定するに足りる資料はないが,そ の割合は極めて少ないと考えられることを考慮し,次のとおり,●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●を第三者に対する実施許諾に伴う独 占の利益と考えることとする。
(計算式)
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
4 争点(3)(本件発明について一審被告が貢献した程度)について
(1) 本件全証拠を総合すると,本件発明について一審被告が貢献した程度を9 5%(発明者らの貢献度を5%)と評価するのが相当である。その理由は, 原判決の108頁5行目から114頁19行目までの記載のとおりであるか らこれを引用する。
(2) 当審において,両当事者はそれぞれ,自己に有利な事実を原判決が適切に 認定し考慮していないと主張する。 しかしながら,例えば,一審原告は,FeliCa事業が一審被告の社内で断念 されかかった時期においても一審原告は開発の継続を進言するとともに独力 で研究を続けたこと等を一審原告の貢献として主張するが,これを一審被告 の側から見れば,一審原告の人件費及び研究費用等の負担を甘受して,実用 化・事業化の目途の立たないFeliCaの研究に注力するのを容認していた,と いうことになる。このように,長期継続的な雇用関係のもとでの従業者の職 務発明においては,従業者が独力で成し遂げた発明に見えるものであっても, 使用者による有形無形の貢献が大きく寄与しているのが常態であり,本件各 発明もその例に漏れない。また,逆に,使用者による貢献がいかに大きくて も,個々の従業者の創意工夫なくしては発明は生まれないのであり,このこ とに対する評価を欠いては職務発明制度そのものが成り立ちえない。 以上の点を踏まえ,当事者双方の主張について更に補足すると以下のとお りである。
まず,一審原告は,1)非接触式ICカードに関し,一審被告の技術的蓄積 は皆無であったから,本件各発明は,一審原告がほぼ独力で行ったものであ る,2)一審原告は,本件各発明を行ったばかりではなく,その事業化につい ても大きな貢献(例えば,香港の主要交通機関におけるFeliCa採用の実現に 当たっては,一審原告は一人で関係者に対する説明等を行ったし,JR東日 本におけるFeliCaの採用に当たっても,一審原告が,関係者に対する説明等 必要な交渉に積極的に関与した。)を行った,3)一審被告は,FeliCaの事業 化に関する経営判断を誤るなど,本件各発明から収益を上げるについて大き なマイナスをもたらしており,その貢献は極めて低いなどといった主張をし ている。しかしながら,1)についていえば,本件各発明は,仮に直接それに 関わる技術は開発されていなかったとしても,原判決が認定するとおり,そ れまでの関連技術や知識の蓄積があって初めて行われたものと認められるの であって,一審原告の主張は,このような技術や知識の継承の重要性を無視 するものであるといわざるを得ない。また,2)についていえば,香港の主要 交通機関におけるFeliCaの採用に当たっては,一審被告の企業規模や財務の 安定性も大きな要素となっていたこと,JR東日本におけるFeliCaの採用に ついても,一審被告とJR東日本との密接な関係が大きな要素となっていた ことは既に指摘したとおりであるし,一審原告の活動に関しても,その背後 には,一審被告の支援やバックアップ等があったことは容易に推認できると ころである。さらに,3)については,経営判断は,表面に出ない事情も含め\nた諸般の事情に基づいて行われるものであって,その当否を軽々に論ずるこ とはできないのであって,一審原告の主張は,これら様々な事情を考慮しな い結果論の嫌いを免れないものといわざるを得ない。以上の点を考慮すると, 一審原告の主張をそのまま採用することは困難である。 他方,本件各発明の重要性も既に指摘したとおりであるし,一審原告が, 関係者に対する技術説明等,単なる技術開発にとどまらない貢献を行ったこ とも事実であると認められる。一審被告の主張は,このような一審原告の貢 献を軽視しているといわざるを得ず,やはり,そのままその主張を採用する ことはできない。 以上の次第であって,両当事者の当審における補充主張は,上記(1)の判断 を左右しない。
5 争点(4)(発明者間における一審原告の貢献の程度)について
本件全証拠を総合すると,各本件実施発明の共同発明者間における一審原告 の貢献の程度は,共同発明者各自の貢献の程度を均等として評価するのが相当 である。その理由及び具体的な割合は,原判決の114頁21行目から115 頁18行目までの記載のとおりであるからこれを引用する。 一審原告は,本件各発明に係る技術的創作を行ったのは一審原告であり,他 の者は,一審原告の指示に基づいてプログラミングをするなど,技術的創作に 該当しない関与を行ったにすぎないという趣旨の主張をし,その陳述書(甲9 0〜92)にもこれに沿う部分があるが,F(乙162),A(乙163)は, これに反する陳述をしており,いずれの陳述が正当であるかは,にわかに決し 難いところがある上に,発明報告書(乙27〜36)等の客観的証拠にも一審 原告の主張を裏付けるに足りる記述は存在しない。したがって,一審原告の主 張は,そのまま採用することは困難であるといわざるを得ない。

◆判決本文

原審はこちらです。

◆平成27(ワ)1190

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令和1(ネ)10064  職務発明対価請求控訴事件  特許権  民事訴訟 令和2年3月30日  知的財産高等裁判所  東京地方裁判所

 職務発明の対価が争われました。1審では約226万円でしたが、2審では約256万と少し高くなりました。理由は伏せ字のため、不明です。

 1審被告は,本件各発明は,●●●●●●●●●●●●●●●●● ●「最たる会社主導事業」であるFAMプロジェクトの中でされたも のであり,本件各発明の1審原告を含む共同発明者らは,かかるプロ ジェクトのメンバーとして,1審被告の業務命令に従って各研究開発 に従事したにすぎないこと,発明者は,給与及び身分等を保障され, 研究開発に係るリスクを負わないのに対し,使用者は事業の失敗のリ スクを負っていることを斟酌すれば,本件各発明により1審被告が受 けるべき利益についての1審被告の貢献度は,原判決認定の95%を 優に超えるものであり,99%と認められてしかるべきである旨主張 する。 しかしながら,前記認定のとおり,1審被告の指摘する諸事情を踏 まえても,本件各発明の内容及びその技術的意義,本件各発明の完成 に至る経過に照らすと,本件各発明は1審原告を含む本件各発明の発 明者らの創意工夫がなければ,発明の完成に至らなかったものであり, 1審被告の貢献度は,95%と認定するのが相当であるから,1審被 告の上記主張は採用することができない。」
・・・
「カ 当審における1審原告の補充主張について
1審原告は,(1)1審原告は,生分解性ポリマーの研究を行っていた こともあり,環境負荷低減に対する意識が高くFAMの実験過程にお いて大量の廃水を生み出す状況を危惧し,FAM生産において廃水リ サイクルを行うことを想起し,廃水リサイクルの方法について具体的 な実験計画を策定し,平成9年12月8日,●●●●技術会議におい て,廃水リサイクルを行うことや,廃水リサイクルの具体的な実験を 今後行っていくことについてプレゼンテーションをし,平成10年1 月頃,オープンセル構造のFAMを調製することに成功し,遅くとも\n同年4月頃までには,1審原告一人による創作活動の結果,3回の廃 水リサイクルを実現し,この時点で,144号特許の請求項1ないし 6,12ないし15,17記載の発明は完成したこと,(2)共同発明者 のBは,1審原告の補助者にすぎず,Bが同年4月から同年8月末頃 まで行った中和技術に関する実験は,1審原告の具体的な指導の下で 行われたものであり,また,Nは,Bの行う実験を一部担当したにす ぎないし,C及びBは,遠心分離に関する実験を行ったものの,実際 の廃液を使用していないため,144号発明等とは無関係であること, (3)1審原告は,144号特許の出願の願書に筆頭発明者として記載さ れ,明細書原案を作成したことからすると,144号発明等の共同発 明者間における1審原告の貢献度は,低く見積もっても90%以上で ある旨主張する。 しかしながら,上記(1)については,前記認定事実に照らすと,1審 原告一人による創作活動の結果,3回の廃水リサイクルを実現した時 点で,144号特許の請求項1ないし6,12ないし15,17記載 の発明が完成したものと認めることはできない。 次に,上記(2)については,前記認定のとおり,1審原告が挙げる共 同発明者のB,N及びCに関する諸事情は認めることはできない。 さらに,上記(3)については,1審原告が明細書原案を作成したこと を裏付ける的確な証拠はないし,また,144号発明等に係る特許出 願において1審原告が筆頭者に記載されたからといって,そのことか ら直ちに1審原告の貢献度が客観的にみて高いことが根拠付けられる ものでもない。

◆判決本文

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平成31(ワ)7788  職務発明対価請求事件  特許権  民事訴訟 令和元年11月6日  東京地方裁判所

 職務発明の対価請求訴訟です。時効消滅したと判断されました。

1 争点3(消滅時効の成否)について
(1) 消滅時効は「権利を行使することができる時」から起算される(民法16 6条1項)ところ,特許法35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則そ の他の定めにより,職務発明について使用者等に特許を受ける権利…を承継 させ…たときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定してい るから,同条項に基づく相当の対価の支払請求権は,原則として,特許を受 ける権利を承継させたときに発生し,その時点から,権利を行使することが できることになり,その時点が本件対価請求権の消滅時効の起算点となるも のというべきである。もっとも,勤務規則その他の定めに,使用者等が従業 者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その 支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解さ れる(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷 判決・民集57巻4号477頁参照)。
(2) これを本件についてみるに,前記のとおり,被告規則には特許出願時及び 特許登録時に譲渡補償金を支払う旨の明示的な規定はあるものの(同9条), いわゆる実績補償金については,「会社が職務発明に基づく発明の実施また は実施権の許諾もしくは処分により相当の利益を得たときは,会社は当該発 明者に褒賞金を支給することがある。」(同10条)と規定するのみで,一 義的に明確な支払時期の定めがあるということはできない。被告規則10条が,前記のとおり,「職務発明に基づく発明の実施または実施権の許諾」等を前提として褒賞金の支給について定めていることに照らすと,発明者である従業者等は,登録された特許に係る発明が実施又は実施 権の許諾等される以前に褒賞金の支払を求めることはできないものの,当該 発明が実施又は実施許諾等された場合には,褒賞金の請求権の行使が可能に\nなるということができる。 そうすると,被告規則に定められた褒賞金の支払時期については,本件発 明の実施又は実施許諾等により利益を取得することが可能になった時点,す\nなわち,特許権の設定登録時又はその実施若しくは実施許諾時のうちいずれ かの遅い時点であると解するのが相当である。
(3) これに対し,原告は,被告規則10条は,本件発明の実施がされる限り, 各事業年度の決算の結果を踏まえ,毎年4月1日に褒賞金を支払う旨を定め たものであることを前提とし,少なくとも平成20年度及び平成21年度の 実施に係る褒賞金については,消滅時効が完成していないと主張する。 しかし,同条は,被告が本件発明の実施等により相当の利益を得たときは, 発明者に褒賞金を支給することがあると規定するのみであり,支払時期につ いては一義的に明らかではないというべきであり,同条に基づき,褒賞金の 支払時期が毎年4月1日に到来すると解することはできず,また,被告にお いてそのような慣行や支払実態があったと認めるに足りる証拠もない。
(4) 第2の2(2)アのとおり,本件特許の登録時は平成7年12月8日であり, また,同(4)アのとおり,被告が平成元年11月頃から本件特許の実施品であ る被告旧製品を第三者に継続的に出荷していたことは当事者間に争いがない から,被告規則10条に基づく褒賞金,すなわち本件対価請求権の支払時期 は,平成7年12月8日となる。そうすると,その翌日である平成7年12月9日が消滅時効の起算日となり,同日から10年後の平成17年12月8日の経過をもって消滅時効が完成したので,本件対価請求権は時効消滅したものと認められる。

◆判決本文

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