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知財みちしるべ:最高裁の知的財産裁判例集をチェックし、判例を集めてみました

争点別に注目判決を整理したもの

実施可能要件

令和4(行ケ)10109  特許取消決定取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和5年11月30日  知的財産高等裁判所

 実施可能要件・サポート要件違反があるとの異議理由を認め、特許を取り消す旨の審決がなされましたが、知財高裁は、かかる審決を取り消しました。\n

(1) 特許法36条4項1号は、特許による技術の独占が発明の詳細な説明をも って当該技術を公開したことへの代償として付与されるという仕組みを踏 まえ、発明の詳細な説明の記載につき実施可能要件を定める。このような同\n号の趣旨に鑑みると、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するた\nめには、当該発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、 当業者が過度の試行錯誤を要することなく、特許を受けようとする発明の実 施をすることができる程度の記載があることを要するものと解される。
(2) そこで検討するに、まず前提として、本件明細書記載の第1実施形態によ り本件3条件を満たす防眩フィルムを製造することができることは争いが ないところ、被告は、本件特許発明は第2実施形態に係る防眩フィルムであ って、第1実施形態は本件特許発明に含まれない旨主張する。 しかし、本件明細書で第1実施形態を説明する【0056】の「防眩層3 は、マトリクス樹脂中に分散された複数の微粒子(フィラー)を含んでいて もよい。」との記載、【0058】の「微粒子の平均粒径は特に限定されず、 例えば、0.5μm以上5.0μm以下の範囲の値に設定できる。」との記載 及び【0059】の「微粒子の平均粒径が小さすぎると、防眩性が得られに くくなり、大き過ぎると、ディスプレイのギラツキが大きくなるおそれがあ るため留意する。」との記載を参酌すれば、第1実施形態には、スピノーダ ル分解による凝集と微粒子の凝集の両方により表面に凹凸の分布構\造が形 成されている防眩層を備える防眩フィルムが含まれているといえる。したが って、本件特許発明においては、スピノーダル分解による凝集のみにより表\n面に凹凸の分布構造が形成されている防眩層は含まないが、スピノーダル分\n解による凝集と微粒子の凝集の両方により表面に凹凸の分布構\造が形成さ れている防眩層は排除されていないのであり、第1実施形態に係る防眩フィ ルムが本件特許発明に含まれないとする被告の主張は採用できない。
(3) 以上を前提に実施可能要件の充足性について検討するに、第1実施形態は、\n防眩層の凹凸を縮小するだけでなく、防眩層の凹凸の傾斜を高くして凹凸を 急峻化するとともに、凹凸の数を増やすことにより、ディスプレイのギラツ キを抑制しながら防眩性を向上させるものである(【0078】)。第1実 施形態と、第2実施形態とは、上記原理を共通にし、第1実施形態では、ス ピノーダル分解によって凹凸を防眩層に形成するのに対し、第2実施形態で は、複数の微粒子を使用し、防眩層の形成時に微粒子とそれ以外の樹脂や溶 剤との斥力相互作用が強くなるような材料選定を行うことで、微粒子の適度 な凝集を引き起こし、急峻且つ数密度の高い凹凸の分布構造を防眩層に形成\nするという点において異なる(【0079】、【0080】)。 そして、本件明細書には、第1実施形態に関して本件3条件に係る防眩層 の特性は、溶液中の樹脂組成物の組み合わせや重量比、調製工程、形成工程、 硬化工程の施工条件等を変化させることで形成できるものであることが記 載されており(【0068】)、第2実施形態について、微粒子や、防眩層 を構成するマトリクス樹脂の材料(【0086】〜【0094】)、マトリ\nクス樹脂と微粒子との屈折率差(【0081】)、粒径(【0082】)、 防眩層におけるマトリクス樹脂と微粒子の割合(【0085】)、製造方法 (【0095】〜【0102】)、調製に使用する溶剤(【0096】)が 具体的に記載されるとともに、実施例5においては、シリカ粒子がブタノー ルに対して斥力相互作用を生じたことにより、凹凸構造が強調されること\n(【0188】)が、記載されているから、当業者は、第1実施形態に係る 【0186】及び【0187】の記載に加え、【0068】及び【0079】 の記載を併せ考えれば、各生産工程における条件の適切な設定や、アクリル 系紫外線硬化樹脂とアクリル系ハードコート配合物Aを共存させること等 の調整を行うことによって、第2実施形態に関して、実施例として記載され た防眩フィルムをはじめとする様々な特性の防眩フィルムを得られること を理解するものということができる。したがって、仮に本件特許発明が、微 粒子の凝集のみにより表面に凹凸の分布構\造が形成された防眩層を備える 防眩フィルムであるとしても、当業者は本件特許発明に係る防眩フィルムを 製造することができるといえる。
被告は、凹凸を形成する方法(原理)が異なれば凹凸の形成に適した材料 は異なり、それに伴い斥力相互作用が生じる材料の組み合わせも異なるから、 微粒子とそれ以外の樹脂や溶剤との斥力相互作用が強くなるような材料選 定についての手がかりは本件明細書に開示されていないと主張する。しかし、 微粒子の凝縮によって形成される凹凸構造の形状は、スピノーダル分解の凝\n集が進行したことによる上記液滴相構造の形状と同様のものであると解さ\nれるから、第1実施形態の凹凸構造を参考にできるものと解される。そして、\n上記のとおり、本件明細書には、本件特許発明に係る特性を導く上で主要な 構造となる凹凸の急峻性を生み出す原理とその具体的方法、原材料から製造\nの工程に係る記載があり(特に【0079】)、当業者は、微粒子の凝集を 用いてより急峻な凹凸を形成する場合には、微粒子の重量部を大きくし、さ らに必要に応じてブタノールの重量部を大きくし、斥力を大きくするなどし て、通常の試行錯誤の範囲内で、シリカ粒子やブタノールの量などを具体的 に決定し、その実施品を作ることができるものというべきである。
(4) 被告は、本件明細書の【0005】、【0008】の記載から、本件特許 発明の目的のうち、「高い透過像鮮明度の設計自由度を有する防眩フィルム を提供すること」とは、外光の映り込みを防止すること(高いヘイズ値とす ること)と、ディスプレイの表示性能\を維持すること(高い透過像鮮明度と すること)とのトレードオフの相関関係に起因して、従来、透過像鮮明度の 設計自由度が制約を受けていたところ、ギラツキを所定の範囲にまで抑制さ れるとともに、前記制約を克服した領域ともいうべき領域である本件高ヘイ ズ・高鮮明度領域における透過像鮮明度を備えた防眩フィルムを提供するこ とであると当業者は理解するから、本件高ヘイズ・高鮮明度領域について製 造方法の記載が求められると主張する。 しかし、まず、本件明細書の【0005】の記載からは、外光の映り込み の防止とディスプレイの表示性能\の維持の間に厳格なトレードオフの関係 があるとまで認めることはできない。本件特許発明の第1実施形態に係る実 施例1〜4、比較例2〜3、10及び11、第2実施形態に係る実施例5、 比較例1、4〜9における防眩フィルムのヘイズ値及び透過像鮮明度の数値 (本件明細書【0183】の【表1】、【0184】の【表\2】)からは、 ヘイズ値が同程度であっても透過像鮮明度が異なる防眩フィルムや、透過像 鮮明度が同程度であってもヘイズ値が異なる防眩フィルムが製造できるこ とが示されている。なお、被告は、本件明細書には本件特許発明に対応する 実施例としては実施例5しか記載されていない旨主張するが、これは、第1 実施形態が本件特許発明に対応するものでないという誤った前提に基づく ものであるし、仮に被告の前提によるとしても、ここで問題となるのはヘイ ズ値と透過像鮮明度の相関関係であるから、実施例5以外の実施例を排除す る理由はない。また、被告は、比較例1に関しては、「平均粒径が0.5μ m以上5.0μm以下の範囲の値に設定された」本件特許発明の前提条件で あるμmオーダーの表面凹凸構\造を備えた防眩層ではなく、nmオーダーの 表面凹凸構\造を備えた防眩層を有するから、参酌すべきではない旨主張する が、仮に比較例1を参酌しなかったとしても、上記認定が左右されるもので はない。
加えて、JIS規格(K7374)(甲43)の「附属書(参考)像鮮明 度測定例」では、像鮮明度の透過測定例として「ヘーズ値によって像の鮮明 さを評価できないアンチグレアフィルムなどのフィルムの測定例」があり、 附属書表1の試料1−2「ヘーズ値14.11、像鮮明度80.0%」と試\n料1−4「ヘーズ値14.67、像鮮明度5.9%」を示すとともに、ヘー ズ値は像の鮮明度とは異なり視感を反映していないのに対して、像鮮明度は 視感と一致していることが記載されていることからみて、防眩フィルムのヘ イズと透過像鮮明度の間には一定の相関関係があるものの、強い相関性まで 認められているものではなく、製造条件などで調整が可能であり、設計自由\n度があるといえる。
さらに、本件明細書の【0008】には「そこで本発明は、ディスプレイ のギラツキを定量的に評価して設計することにより、良好な防眩性を有しな がらディスプレイのギラツキを抑制できると共に、高い透過像鮮明度の設計 自由度を有する防眩フィルムを提供することを目的としている。」と記載さ れ、本件特許発明は、防眩性、ギラツキの抑制、高い透過像鮮明度の設計自 由度という三条件の均衡を目的とするものと理解される。そして、本件明細 書の【0011】の「また、前記標準偏差を所定値に設定すると共に、防眩 層のヘイズ値を50%以上99%以下の範囲の値に設定することにより、デ ィスプレイのギラツキを抑制しながら、良好な防眩性を得ることができる。 また、防眩フィルムの光学櫛幅0.5mmの透過像鮮明度を0%以上60% 以下の範囲の値に設定することで、防眩フィルムの透過像鮮明度の設計自由 度を広く確保できる。」との記載は、良好な防眩性を示すヘイズ値が50% 以上であることを示すものであり、したがって、ヘイズ値は、ギラツキの抑 制や高い透過像鮮明度という他の条件との関係で上記数値範囲内で変動し てよいものである。上記のとおり、高いヘイズ値とすることとディスプレイ の表示性能\を維持することとの厳格なトレードオフの関係は認められず、甲 13添付の実験成績証明書3頁ではサンプル1(ヘイズ値96%、透過像鮮 明度65%)とサンプル2(ヘイズ値45%、透過像鮮明度2.0%)の防 眩フィルムが製造できたことが示されており、本件高ヘイズ・高鮮明度領域 の製造方法が具体的に記載されていなければ、本件特許発明が実施可能要件\nを欠くなどということはできない。
(5) 以上によれば、本件明細書には、当業者がその記載及び出願当時の技術常 識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明に係る物を 製造し、使用することができる程度の記載があるものと認められ、当業者が 本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載された\nものであると認められる。したがって、本件明細書につき実施可能要件を充足しないとした本件決定の判断には誤りがあり、取消事由2には理由がある。\n
3 取消事由3(サポート要件に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は発明の詳細 な説明に実質的に裏付けられていなければならないというサポート要件を 定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な 説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な 説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明 の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳 細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該 発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して 判断すべきものと解される。
(2) 本件特許発明は、良好な防眩性を有しながらディスプレイのギラツキを抑 制できると共に、高い透過像鮮明度の設計自由度を有する防眩フィルムを提 供することを目的とする(【0008】)。 ヘイズ値が50%以上あれば良好な防眩性は確保でき(【0011】)、 ヘイズ値と透過像鮮明度との間には一定の相関関係があるから、適宜ヘイズ 値を変動させることにより、透過像鮮明度も調整することができる。 ディスプレイのギラツキを抑制しながら防眩性を向上させるには、 防眩 層の凹凸を縮小するだけでなく、防眩層の凹凸の傾斜を高くして凹凸を急峻 化すると共に、凹凸の数を増やせばよい(【0078】)。 そして、上記のような防眩フィルムについて、本件明細書には、凹凸の急 峻性を生み出す原理とその具体的方法、原材料から製造の工程、実施例等が 記載されていることは前記2(3)のとおりであるから、当業者は、その記載 及び技術常識に基づき、特許請求の範囲に記載された範囲において、本件特 許発明の課題を解決できると認識できるということができる。

◆判決本文

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令和4(行ケ)10010 審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和5年4月6日  知的財産高等裁判所

 無効理由無しとの審決がなされました。知財高裁も結論は同様です。なお、審判では基礎出願2に基づく優先権は認められていましたが、知財高裁はこれを否定しました。

6 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について
(1) 優先権について
ア 本件出願について、被告が基礎出願1又は2に基づく優先権を主張できるか 否かについて検討する。
イ(ア) 基礎出願1及び2がされた平成22年6月ないし7月頃時点で、一定のリ ソソ\ーム酵素に関する補充酵素である酵素の一定量をリソソ\ーム蓄積症の患者のし かるべき組織等に送達することができれば、治療効果を生ずること自体は技術常識 となっていた一方で、どのような方法で補充酵素を有効に送達することができるか について検討が重ねられており、本件出願がされた平成29年9月においても、そ のような状況がなお継続していたものと認められる(甲1〜4、16、17、55、 56、弁論の全趣旨)。
本件発明1は、リソソ\ーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物 であって、脳室内投与されることを特徴とするものであるところ、上記の技術常識 及び前記1(2)の本件発明の概要を踏まえると、本件発明1の薬学的組成物につい ても、中枢神経系(CNS)への活性作用物質の送達をいかに有効に行うかという 点がその技術思想において一つの重要部分を占めているものというべきである。
(イ) この点、本件明細書の【0005】には、「髄腔内(IT)注射または脳脊髄 液(CSF)へのタンパク質の投与・・・の処置における大きな挑戦は、脳室の上 衣内張りを非常に堅く結合する活性作用物質の傾向であって、これがその後の拡散 を妨げた」、「脳の表面での拡散に対するバリア・・・は、任意の疾患に関する脳に\nおける適切な治療効果を達成するには大きすぎる障害物である、と多くの人々が考 えていた」との記載があり、【0009】には、「リソソ\ーム蓄積症のための補充酵 素が高濃度・・・での治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接的に導 入され得る、という予期せぬ発見」という記載がある。\nまた、甲17の「発明の背景」においても、高用量の治療薬を必要とする疾患に ついて髄腔内ルートの送達に大きな制限があり、濃縮された組成物の調製にも問題 がある旨が記載されていた(前記5(2)カ及びキ)。
さらに、基礎出願2がされた翌年である平成23年に発行された乙6(「Drug transport in brain via the cerebrospinal fluid」Pardridge et al., Fluids and Barriers of the CNS 2011 8:7)においても、CSFから脳実質への薬物浸透 は極めて僅かであり、脳への薬物の浸透がCSF表面からの距離とともに指数関数\n的に減少するため、高濃度の薬物を投与する必要があるが、上位表面は非常に高い\n薬物濃度にさらされており有毒な副作用を示す可能性があることなどが記載されて\nいた。その更に翌年である平成24年に発行された乙13(「CNS Penetration of Intrathecal-Lumbar Idursulfase in the Monkey, Dog and Mouse: Implications for Neurological Outcomes of Lysosomal Storage Disorder」 Calias P. et al. PLoS One, Volume 7, Issue 1, e30341)には、「本研究は、組換えリソソ\ームタン パク質の直接的なCNS投与によって、投与されたタンパク質の大多数が脳に送達 され、カニクイザル、イヌ両方の脳および脊髄のニューロンに広範囲に沈着するこ とを、初めて示した研究である。」と記載されている。
そうすると、少なくとも基礎出願2がされた平成22年7月頃においては、CN S送達のための組成物として特定の組成物の組成等が開示された場合であっても、 当該組成等から直ちにその脳への送達の程度や治療効果を推測等することは困難で あることが技術常識であったものと認められる。 このことは、甲17に、「本明細書で用いる場合、「中枢神経系への送達に適して いる」という語句は、それが本発明の薬学的組成物に関する場合、一般的に、この ような組成物の安定性、耐(忍)容性および溶解度特性、ならびに標的送達部位(例 えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのよう な組成物の能力を指す。」(前記5(5)ナ)として、「標的送達部位(例えば、CSF または脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能\n力」が「送達に適している」ということの意味内容に含まれることが明記されてい ることとも整合するものといえる。
(ウ) 他方で、本件明細書の【0085】には、「いくつかの実施形態では、本発明 による髄腔内送達は、末梢循環に進入するのに十分な量の補充酵素を生じた。その\n結果、いくつかの場合には、本発明による髄腔内送達は、肝臓、心臓および腎臓の ような末梢組織における補充酵素の送達を生じた。この発見は予期せぬものであ・・・\nる。」との記載があり、標的組織への送達について、【0132】には、「本発明の意 外な且つ重要な特徴の1つは、本発明の方法を用いて投与される治療薬、特に補充 酵素、ならびに本発明の組成物は、脳表面全体に効果的に且つ広範囲に拡散し、脳\nの種々の層または領域、例えば深部脳領域に浸透し得る、という点である。さらに、 本発明の方法および本発明の組成物は、現存するCNS送達方法、例えばICV注 射では標的化するのが困難である脊髄の出の組織、ニューロンまたは細胞、例えば 腰部領域に治療薬(例えば、補充酵素)を効果的に送達する。さらに、本発明の方 法および組成物は、血流ならびに種々の末梢器官および組織への十分量の治療薬(例\nえば、補充酵素)を送達する。」との記載があり、【0133】においては、実施形 態により、「治療用タンパク質(例えば、補充酵素)」が、対象の「中枢神経系」に 送達され、あるいは「脳、脊髄および/または末梢期間の標的組織のうちの1つ以 上」に送達され、また、「標的組織は、脳標的組織、脊髄標的組織および/または末 梢標的組織であり得る。」などと記載された上で、【0134】以下で特に「脳標的 組織」について説明がされ、そして、実施例においても、例えば、実施例1ではI T投与が、実施例3ではICV投与及びIP(腹腔内)投与が、実施例5、実施例 10及び実施例13ではIT投与及びICV投与が用いられるなどしている。
そして、証拠(甲2〜5。後記7(1)〜(4)参照)のほか、本件明細書の記載内容 に照らしても、CNSへの酵素の送達においては、ICV投与とIT投与とは、そ れぞれ別個の投与態様として取り扱われ、組織への酵素の送達に関する実験やその 結果の評価においても、それらは別個に取り扱われること、換言すると、ICV投 与とIT投与の相応に密接な関連性を考慮しても、ICV投与による実験データと IT投与による実験データとを直ちに同一視することはできないことが、平成22 年7月頃における技術常識であったことが認められるというべきである。
(エ) 前記(イ)及び(ウ)の技術常識を踏まえると、本件発明1が甲17に記載されて いた発明であると認められるためには、甲17に、本件発明1の組成物が実質的に 記載されていたものと認められるのみならず、甲17に、本件発明1の組成物によ る送達の効果が、ICV投与した場合のものとして、実質的に記載されていたと認 められる必要があるというべきである。
ウ(ア) その上で、甲17の記載を見るに、まず、「発明の背景」の記載(前記5(2)) は、専ら背景技術について説明するものである。「発明の概要」の記載(同(3))に は、本件発明1の組成物に含まれる組成物の記載があるといえるが、当該組成物が どのように送達されて治療効果を奏するのかについては記載がない。そして、「発明 の詳細な説明」(同(5))を見ても、組成物の構成やその使用方法に関する一般的な\n記載はみられるものの、どのように送達されて治療効果を奏するのかについて具体 的な記載はない。
(イ) 甲17の実施例1(前記5(6))には、15mg/mLのタンパク質濃度のリ ソソ\ーム酵素を含む組成物で、pH6〜7であってリン酸塩を含むものが記載され ていると見ることができるが、具体的にどのような酵素が用いられたかは不明であ り、また、どのような領域まで送達されて治療効果を奏するかについても記載がな い。
(ウ) 甲17の実施例2(前記5(7))には、「酵素治療薬の使用による繰り返しI T−脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価」や「酵素投与群」との記載はあるが、 酵素の種類も濃度も不明であり、また、どのような領域まで送達されて治療効果を 奏するかについても記載がない(なお、対照群との差異もみられていない。)。
(エ) 甲17の実施例3(前記5(8))には、用量1.0mL中酵素14mgとして 調製された酵素と、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0. 005%のポリソルベート20をpH7.0で含むビヒクルにより作成された製剤\nが髄腔内投与されたことの記載があるが、図5を含めて見ても、主に有害な副作用 の有無等が検討されたものと解され、治療効果については記載がない。
(オ) なお、甲17の図2には、30mg用量の髄腔内投与後のリソソ\ーム酵素の ニューロンへの分布が示され、尾状核のニューロンにリソソ\ーム酵素が認められた ことが示されているが、どのような組成物が投与されたのかも不明である。
(カ) さらに、甲17には、投与の態様としてICV投与とIT投与とが選択的な ものである旨は記載されているといえる一方で、いずれの方法によっても同様に送 達され得る旨等を明らかにする記載もないから、前記(ウ)〜(オ)は、ICV投与した 場合のものとして、本件発明1の組成物による送達の効果を記載するものでもない。
エ 以上によると、甲17には、本件発明1が記載されているものとは認められ ず、本件発明2〜8及び12についてこれと異なって解すべき事情も認められない から、本件出願について、基礎出願2に基づく優先権を主張することはできない。 基礎出願1についても、基礎出願2と異なって解すべき事情はない。
これと異なる被告の主張は、いずれも採用することができない。ICV投与とI T投与において、組成物はいずれの場合でもCSFに投与されるものであり、その ためそれらの間に処方としての共通性や標的組織等への送達における相応の関連性 があるということができたとしても、そのことをもって、具体的な送達の程度や治 療効果についてまで、一方の投与態様についての実験結果等の記載をもって直ちに 他方についての記載と実質的に同視することができるとの技術常識は認められない。 被告の主張は、甲16及び17の記載内容を、本件明細書の記載内容を前提にしな がら解釈しようとするものであって相当でない。
(2) 甲6が公知文献とされなかったことが直ちに取消事由に当たるかについて
ア 原告は、取消訴訟の審理範囲を根拠として、本件審決に当たり甲6を副引用 例として考慮しなかった本件審決は、優先権に係る判断の誤りによって直ちに取り 消されるべきである旨を主張するので検討する。
イ(ア) 証拠(甲61、62)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件審判請求においては、本件発明1の進歩性に係る無効理由として、甲2発明ないし甲4発明にそれぞれ甲5〜10を適用すること(甲5の適用については、甲5技術と実質的に同一の内容が主張されていた。)により容易想到である旨を主張し、その中で、甲6については、甲6発明(製剤)と実質的に同一の内容を主張する一方、甲6発明(ビヒクル)については主張していなかったことが認められる。本件審決は、基礎出願2に基づく優先権の主張を認めたことから、副引用例としての甲6記載の発明の適用について検討するには至らなかったが、上記のとおり、甲6については、甲6発明(製剤)と実質的に同一の内容を副引用例とする範囲で、審判手続においても審理の対象となっていたものであって、甲2発明ないし甲4発明にそれぞれ上記副引用例を組み合わせることにより進歩性を欠くという無効理由自体は、審判手続において審理対象となっていたものである。
(イ) そして、本件審決は、甲2発明ないし甲4発明と本件発明の相違点について、 甲5及び7〜10を適用して容易想到であるといえるか否かについて判断した一方、 優先権主張を認めたことから甲6は除外し、それゆえ相違点に係る本件発明の構成\nについての甲6発明(製剤)の適用について具体的には判断しなかったものの、甲 2発明ないし甲4発明に甲6発明(製剤)を適用することにより本件発明は容易想 到であるという旨の原告の主張自体については、これを認めることができないとの 判断を示したものである。
(ウ) 原告は、本件訴訟において、甲2発明ないし甲4発明を主引用例とした上で、 前記(ア)及び(イ)のとおり本件審決で排斥された甲5技術の適用による容易想到性の 主張のほか、甲6に基づき、甲6発明(製剤)及び甲6発明(ビヒクル)を副引用 例として主張するとともに、甲6が技術常識(エリオットB溶液の技術常識及び高 濃度化の技術常識)を補足するものである旨を主張しているところ、本件訴訟にお いて、容易想到性が争いとなっている本件発明の構成(甲2発明ないし甲4発明と\nの間の各相違点)は、本件審決で判断されたものと基本的に同じであり、甲6発明 (製剤)や甲6発明(ビヒクル)の適用に当たり、本件審決で判断されたもの以外 の相違点が問題になるなどといった事情はない。
(エ) 前記(ア)のとおり、甲6の適用については審判手続においても問題とされ、当 事者双方において攻撃防御を尽くす機会はあったといえる。この点、証拠(甲6、 16、17、乙14、24。なお、訳文として甲6の2・3、乙36)及び弁論の 全趣旨によると、甲6は、基礎出願1及び2がされて間もない平成22年7月2日 に公衆に利用可能となった雑誌「注射可能\なドラッグデリバリー2010:製剤フ ォーカス」に掲載された「CNSが関与する遺伝学的疾患を治療するためのタンパ ク質治療薬の髄腔内送達」と題する論文であるところ、同論文は、基礎出願1及び 2に関わった研究者も関与して行われた研究発表に係るものであって、本件発明と\n同様の技術分野に属するもの、すなわち、酵素補充療法において、中枢神経系(C NS)病因を有する疾患の処置に係るリソソ\ーム酵素に関する補充酵素である酵素 を含む薬学的組成物に関連するもの(前記1(2)ア)と解されるほか、その記載内容 は、かなりの部分甲16及び17と重なり合うものである。そのような甲6の性質 や、甲16及び17と本件発明との関係についても優先権主張の可否という形では あるが各当事者において攻撃防御を尽くす機会があったというべきことを考慮する と、上記のように審判手続において各当事者に与えられていた甲6の適用について 攻撃防御を尽くす機会は、実質的な機会であったといえる。
(オ) 以上の事情の下では、本件審決においては副引用例としての甲6発明(製剤) の適用が具体的には判断されるに至らず、また、甲6発明(ビヒクル)については そもそも審判段階で問題となっていなかったこと(この点、被告は、甲6発明(ビ ヒクル)を適用しての容易想到性に係る原告の主張について、特にそれが審理範囲 外であるとして争ってはいない。)を考慮しても、本件訴訟において、審判手続にお いて審理判断されていた甲2発明ないし甲4発明との対比における無効原因の存否 の認定に当たり、甲6発明(製剤)及び甲6発明(ビヒクル)を適用することによ って容易想到性の有無を判断することが、当事者に不測の損害を与えるものではな く、違法となるものではない。最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月1 0日大法廷判決・民集30巻2号79頁は、本件のような場合について許されない とする趣旨とは解されない。
(3) 以上によると、取消事由1は、優先権の判断の誤りという限度において理由 があるが、それをもって直ちに本件審決を取り消すべきという結論において、理由 がない。そこで、以下、甲2発明ないし甲4発明を主引用例とする容易想到性の主張に係る取消事由5〜7について、検討する。

◆判決本文

当事者が同じ関連事件です。

◆令和4(行ケ)10022

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令和4(行ケ)10029  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和5年3月27日  知的財産高等裁判所

特許異議申し立てにより、取り消された特許権について、知財高裁は、審判の判断を破棄しました。特許異議申\立で取り消しが成立することも珍しいですが、さらにその審決が取り消されることも珍しいです。争点は、進歩性、サポート要件・実施可能要件です。\n

発明の詳細な説明が物の発明について実施可能要件を満たすためには、当\n業者が発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の 試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の 記載があることを要するものと解される。
(2) 本件では、長細状凸部ループ構造を有し、光学三特性を有する防眩層を備\nえる第1実施形態に係る防眩フィルムにより本件各発明を実施できることは 当事者間に争いはない。しかし、本件各発明は、光学三特性を満たす防眩層 を備えることを要するものの、特許請求の範囲においては、その構造は限定\nされておらず、長細状凸部ループ構造以外の構\造のものも本件各発明に含ま れるものと解される。そこで、本件明細書等の記載に長細状凸部ループ構造\n以外の構造のものが含まれているといえるか否かを検討する。\nまず、本件明細書等の段落【0034】には、[防眩層の構造]として、「第\n1実施形態の防眩層3は、複数の樹脂成分の相分離構造を有する。防眩層3\nは、一例として、複数の樹脂成分の相分離構造により、複数の長細状(紐状\n又は線状)凸部が表面に形成されている。長細状凸部は分岐しており、密な\n状態で共連続相構造を形成している。」と記載されている。それに続く段落\n【0035】には、「防眩層3は、複数の長細状凸部と、隣接する長細状凸部 間に位置する凹部とにより防眩性を発現する。防眩フィルム1は、このよう な防眩層3を備えることで、ヘイズ値と透過像鮮明度(写像性)とのバラン スに優れたものとなっている。防眩層3の表面は、長細状凸部が略網目状に\n形成されることにより、網目状構造、言い換えると、連続し又は一部欠落し\nた不規則な複数のループ構造を有する。」として、長細状凸部ループ構\造につ いて記載されているが、この段落【0035】の記載は、第1実施形態の防 眩層として、長細状凸部ループ構造以外の相分離構\造を否定しているものと は認められない。
また、本件明細書等には、第1実施形態において、共連続相構造だけから\nなる形状のほかに、相分離の程度によって、共連続相構造と液滴相構\造(球 状、真球状、円盤状や楕円体状等の独立相の海島構造)との中間的構\造も形 成できることが記載されているし(段落【0072】)、相分離により層表面\nに微細な凹凸を形成することで、防眩層中に微粒子を分散させなくても防眩 層のヘイズ値を調整できることが記載されており(段落【0073】)、共連 続相構造に限定しない微細な凹凸を形成することが示唆されているといえる。\nそして、本件明細書等の段落【0134】には「実施例1〜6は、相分離 構造を基本構\造として防眩層3を形成するものである。」と記載されている ものの、全ての実施例が長細状凸部ループ構造であるとは記載されていない\nし、甲47(実施例3及び6の防眩フィルムの顕微鏡写真)の実施例3の防 眩フィルムの表面形状・構\造を撮影した写真からは、長細状凸部ループ構造\nとまではいえない凹凸形状が形成されていることが認められるから、第1実 施形態の凹凸構造として、長細状凸部ループ構\造以外の凹凸構造をも製造す\nることができると認められる。さらに、長細状凸部ループ構造以外の凹凸構\ 造が形成され、かつ光学三特性を備える防眩フィルムとして、甲47の実施 例3の凹凸構造しか製造できないことを示す証拠はない。\nそうすると、第1実施形態の防眩層には、長細状凸部ループ構造以外の凹\n凸構造のものが含まれており、そのようなものも含め、当業者であれば、少\nなくとも第1実施形態により、光学三特性を満たす本件各発明に係る防眩層 を、過度の試行錯誤なく製造できるものと認められる。 したがって、本件明細書等には、当業者が発明の詳細な説明の記載及び出 願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を 製造し、使用することができる程度の記載があると認められる。
(3) この点に関し、被告は、本件各発明は、第1構造防眩層を備えた防眩フィ\nルムのみならず、第2構造防眩層及び第3構\造防眩層を備えた防眩フィルム を含むにもかかわらず、本件明細書等には、実施例として第1構造防眩層に\nついて示されているにすぎず、第2構造防眩層及び第3構\造防眩層について は、具体的製造例や光学三特性の測定結果等の記載はなく、凹凸をどのよう に形成すればよいか等について何らの示唆もない旨、原告が光学三特性を得 るための構造として主張する構\造は、第1構造防眩層を上位概念化したもの\nであり、それによって直ちに光学三特性を得られるものではない旨主張し、
そのため、光学三特性のパラメータの数値範囲を満たす第2構造防眩層及び\n第3構造防眩層を製造するには過度の試行錯誤を要すると主張する(前記第\n3の2〔被告の主張〕)。
しかし、第2実施形態または第3実施形態により、第1実施形態では製造 できない防眩フィルムを製造することは、本件明細書等には記載されていな い。むしろ、本件明細書等の段落【0079】には、「第1実施形態において 前述したスピノーダル分解によって、このような凹凸を防眩層に形成できる が、その他の方法によっても、このような凹凸を防眩層に形成できる。例え ば第2実施形態のように、防眩層の表面の凹凸を形成するために複数の微粒\n子を使用する場合でも、防眩層の形成時に微粒子とそれ以外の樹脂や溶剤と の斥力相互作用が強くなるような材料選定を行うことによって、微粒子の適 度な凝集を引き起こし、急峻且つ数密度の高い凹凸の分布構造を防眩層に形\n成できる。」と記載され、第1実施形態のような凹凸を他の方法で形成できる とした上で、その一例として第2実施形態の方法で形成することが示されて いるし、また、本件明細書等の段落【0079】には、上記の記載に続けて、 「そこで以下では、その他の実施形態の防眩層について、第1実施形態との 差異を中心に説明する。」と記載され、以下に、第2実施形態(段落【008 0】ないし【0102】)、第3実施形態(段落【0103】ないし【011 5】)の説明が続けてされているから、第3実施形態は、第1実施形態によっ て得られる凹凸を形成する「その他の方法」の一つであると解するのが自然 である。そして、本件各発明に含まれる防眩フィルムであって、第1実施形 態以外の方法により作成できない防眩フィルムの存在やその態様を裏付ける 証拠はない。そうすると、第1実施形態により作成できる防眩フィルムを、 第2実施形態や第3実施形態によっても作成できるものと認められ、仮に、 第1実施形態により作成できる防眩フィルムの中に、第2実施形態や第3実 施形態により作成できないものがあったとしても、それにより、第1実施形 態により本件各発明が実施可能であることが否定されるものではない。\n
なお、第2実施形態により製造された第2構造防眩層、第3実施形態によ\nり製造された第3構造防眩層の中に、第1構\造防眩層とは異なる形状・構造\nを有するものがあり、それらが本件各発明の光学三特性を満たさなかったと しても、それらは本件各発明を実施するものではないというにとどまり、そ れによって本件各発明の実施可能性が否定されるわけではない。\n

◆判決本文

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令和4(行ケ)10011  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和5年2月15日  知的財産高等裁判所

 実施可能要件違反で拒絶審決がなされました。知財高裁は審決を維持しました。\n

原告は、本願明細書等の段落【0222】及び【0223】の記載のほ か、段落【0014】の記載によれば、本願明細書等には、本願各発明 が従来のジョセフソン効果の原則を超越する存在であることが示唆され\nており、その他の段落において発明の構成例や各実施例も開示されてい\nるから、当業者は、電子対の生成過程や巨視的波動関数の位相特定の情 報が不明であっても、本願明細書等の記載を参照して、本願各発明を容 易に実施することができる旨主張する。 そこで検討するに、上記イで検討したとおりの本願明細書等の段落 【0014】の記載からすれば、本願各発明においては、「第1導体」及 び「第2導体」の抵抗値がゼロではない場合であっても、上記のような 範囲の抵抗率であれば、ジョセフソン効果を得ることができる旨が記載\nされているとみることもできる。 しかしながら、前記(2)のとおり、ジョセフソン接合が超伝導体である\n二つの導体を用いた接合であることは、本件原出願日当時の技術常識で あったと認められることからすれば、導体の抵抗値がゼロではない場合 であっても、上記のような範囲の抵抗率であればジョセフソン効果が得\nられるというのは、技術常識に反する現象である。そうすると、本願明 細書等において、このような現象が生じ得ることを裏付ける試験結果等 が記載されていなければ、当業者は、本願各発明を実施することができ ると認識するものではないというべきである。そして、上記イで検討し たとおり、本願明細書等の段落【0051】ないし【0068】及び図 14Aないし21Bには、いずれも各実施例における導体が段落【00 14】に記載されているような範囲の抵抗率であることを示す試験結果 は記載されていないというべきである。そして、このほか、本願明細書 等において、導体の抵抗値がゼロではない場合であっても、上記のよう な範囲の抵抗率であればジョセフソン効果が得られることを裏付ける試\n験結果等は記載されていない。
以上によれば、本願明細書等において、本願各発明が従来のジョセフ ソン効果の原則を超越する存在であることが示唆されているとはいえな\nいし、当業者が、本願明細書等の記載を参照して、本願各発明を容易に 実施することができるともいえない。
・・・
(ア) 原告は、本願明細書等の図7、15ないし21から明らかなとおり、本 願各発明は、従来の技術常識としてのジョセフソン接合ではなく、抵抗\n値をゼロにしなくとも、極めて低い抵抗値の範囲内でジョセフソン接合\nを実現することを目的とする発明であるから、本願明細書等に抵抗値が ゼロの場合の記載がないことは当然の帰結であり、当業者は、本願各発 明につき、電流が非常に低い抵抗状態で流れる条件でジョセフソン接合\nを実現したものとして捉えることにより、本願各発明を実施することが 可能である旨主張する。\nしかしながら、上記ウで検討したところに照らせば、本願明細書等に おいて、本願各発明が、従来の技術常識としてのジョセフソン接合では\nなく、抵抗値をゼロにしなくとも、極めて低い抵抗値の範囲内でジョセ フソン接合を実現することは、何ら試験結果等により裏付けられていな\nいというべきである。そうすると、当業者が、本願各発明につき、電流 が非常に低い抵抗状態で流れる条件でジョセフソン接合を実現したもの\nとして捉えることにより、本願各発明を実施することが可能であると認\n識するものではないというべきである。

◆判決本文

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令和4(行ケ)10072  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和5年1月12日  知的財産高等裁判所

 審決は、発明該当性違反、実施可能要件違反として拒絶しました。知財高裁も同じ判断です。

本願発明は、前記第2の2のとおりの構成を有するものであって、前記1(1)の【図 1】のような液体を入れた容器中に浮体を浮かべ、同浮体を鉛直方向に大きなもの とすることにより(同【図2】の3参照)、駆動動力が一定であっても、同浮体が上 下運動することによる発生動力を拡大させることで、「発生動力>駆動動力の関係」 が成立するというものである。 そして、本願明細書の段落【0036】によると、本願発明における駆動動力と は、液位を増減させて、浮体を上下運動に導く駆動方法を実行する装置を駆動する 動力のことをいい、電力が主体であるが、流水、圧縮空気、人力等も利用可能であり、具体的な駆動方法としては、浮体(例えば【図3】の6)を浮かべる容器中に\n物体(例えば【図3】の9)を挿入することが想定されているものと認められる。 次に発生動力についてみると、本願明細書の段落【0035】には、「浮体の上下 運動を「発生動力」とする」との記載があり、同段落【0018】〜【0020】 では、容器中への水の注入量が同一である場合の仕事(W)を、(浮体上の錘の重さ) ×(持ち上げられた距離)により計算しているところ、ここでいう仕事(W)は、 浮体の上下運動をいうものと推認されるから、本願発明における発生動力は、錘を 載せた浮体が移動する運動を指していると理解される。 ところで、本願明細書の段落【0018】〜【0020】に3つの例が記載され ているところ、同段落【0021】の記載と併せると、上記3つの例は、「発生動力 >駆動動力の関係」が成立することを説明するために記載されているものと認めら れる。そこで検討するに、上記3つの例においては、注入した水の量は一定である ものの、どのように水を注入するのか、また、その際に、水を注入するために要し た動力、すなわち本願発明における「駆動動力」に相当する液位を増減させる動力 の大きさや、それが、上記3つの例において一定であるかについては本願明細書に 記載がなく、示唆もない。さらには、【図2】の場合に浮体が浮かぶことが可能な程度に、十\分な浮力が生じているかも明らかではない。そしてその他の本願明細書の記載を総合しても、当業者が、どのようにして、本願発明の「発生動力>駆動動力 の関係」が成立する動力発生装置を製造することができるか理解できるとはいえな い。 そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施するこ とができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。\n

◆判決本文

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令和3(行ケ)10156  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和4年9月29日  知的財産高等裁判所

発電方法の発明について、実施可能要件を満たしていないとした審決が維持されました。個人発明です。拒絶理由通知の段階では発明該当性も指摘されていました。\n公開公報は下記です。

◆特願2015-176188

ア 「下方導水路250内の液体がその管内を落下し、その落下により揚水 路200の頂上部が真空域に保たれ、その結果、大気圧によって貯液部1 00の液体が揚水路200に揚水される」との点について
(ア) 本願発明の特許請求の範囲(請求項1)には、「少なくとも下部が液 体で満たされた貯液部(100)と、下部が前記貯液部(100)の前 記液体の液面下部に沈み、上部が該液面上部に出る様に設置され、上端 部近傍の前記液面より所定の高さ位置に液取り出し口が設けられた揚 水路(200)と」、「発電開始前に前記圧縮気体貯蔵タンク(600) に圧縮した気体を貯蔵するとともに、前記ゲート(300)を閉めて前 記揚水路(200)および前記下方導水路(250)内に前記液体を充 填しておき、発電時に前記ゲート(300)を開けて」との記載がある。 また、本願明細書には、「本システムの起動前に不図示の揚水ポンプで水 槽の水を揚水棟200の中全てを満たす様に揚水して揚水棟内を真空 域にしている」との記載(【0040】)がある。 これらの記載によれば、本願発明において、発電の開始前には、揚水 路200等に存在する液体(以下では、「液体」は「水」であるとする。) は、「一端」が貯液部100の水面下にあり、そこから、揚水路200、 (実施例【0038】では上部導水路210を介し)下方導水路250 を経て、「他端」はゲート300まで存在しており、揚水路200等は水 で満たされていることが理解できる。また、本願明細書の「大気圧室4 00の水面は下部導水路260の下部より低く保つ」との記載(【004 1】)から、上記水の「一端」を上流側、「他端」を下流側とすると、ゲ ート300よりも下流側の管内には水が存在しないことが理解できる。
(イ) 前記(ア)を踏まえ、ゲート300を開けたときの前記(ア)の水(「一 端」が貯液部100の水面下にあり、そこから、揚水路200、(上部導 水路210を介し)下方導水路250を経て、「他端」がゲート300ま で存在する水)の挙動を検討する。 揚水路200内にある水と下方導水路250内にある水は、その上部 が(実施例(【0038】)では、上部導水路210内の水を介して)つ ながっている。
そして、乙2に示されている考え方(被告はこれを「サイフォンの原 理」として説明し、原告もその説明を争っていない。)によれば、揚水路 200の下部が存する貯液部100の水面(図1の水槽100の水面) には、大気圧(その圧力を「A」とする。)と貯液部100の水面から揚 水路200の頂部まで存在する水の圧力(水の重さによる圧力。その圧 力を「B」とする。)がかかる。他方、下方導水路250の下端には、水 平導水路260内の平均気圧(その圧力を「C」とする。)と下方導水路 250の下端から頂部までに存在する水の圧力(水の重さによる圧力。 その圧力を「D」とする。)が働く。
ここで、本願発明では、「発電時に前記ゲート(300)を開け」た際 に、「前記圧縮気体貯蔵タンク(600)に貯蔵されている圧縮気体」が 「前記水平導水路(260)から前記集液部(400)に射出される」 ため、水平導水路260内の平均気圧(C)は大気圧(A)より大きく なる(C>A)。また、水による圧力については、貯液部100の水面か ら揚水路200の頂部までの長さの方が下方導水路250の下端から頂 部までの長さよりも長いから、貯液部100の水面から揚水路200の 頂部まで存在する水の圧力の方が大きくなる(B>D)。
そうすると、水を持ち上げる向きを正の向きとして、揚水路200の 下部が存する貯液部100の水面に働く圧力(A−B)と、下方導水路 250の下端に働く圧力(C−D)とを比較すると、後者の方が大きい から、ゲート300を開けると、下方導水路250内の水は、一旦上方 に持ち上がった後、揚水路200に流れ落ちていくものと考えられる。 なお、ゲート300を開けた際に、水平導水路260及び大気室40 0から空気が下方導水路250内に入り込むと、下方導水路250内の ゲート300付近にあった水が水平導水路260側へ落下することがあ り得るが、これは、入り込んだ上記空気と上記水が入れ替わることによ って生じる現象であって、このことによって、下方導水路250や揚水 路200に真空域が生じることはなく、貯液部100から揚水路200 に向かって水が引き揚げられるといった現象も生じないものと理解され る。したがって、本願明細書の記載から、原告が主張する「発電時に、重 力落下エネルギーの作用によって下方導水路250内の液体がその管内 を落下し、その落下により揚水路200の頂上部が真空域に保たれ、そ の結果、大気圧によって貯液部100の液体が揚水路200に揚水され る」ことが起こることを理解することはできない。
イ 「大気圧室400内において大気圧より低い低圧力空間が生成される」 との点について
原告は、本願発明では発電時、圧縮気体供給路670の出口より集液部 (大気圧室)400へ圧縮気体を射出することで、大気圧室400内にお いて、その圧縮気体の体積分の大気圧の気体が押しのけられて、大気圧よ り低い低圧力空間が生成されると主張し、更にその説明として、圧縮空気 の保有エネルギーが、大気圧の気体を押しのけるためのエネルギーよりも 大きいため、圧縮空気を大気圧室400へ連続的に供給することによって、 大気圧室400内の空気を常時押しのけることが可能となる旨主張する。しかしながら、本願明細書には、大気圧より高い圧力を有する圧縮気体\nを大気圧に維持された空間に放出することによって、当該空間に大気圧よ り低い低圧力空間が形成されることについての記載はなく、また、これを 裏付ける技術常識についての立証もない。 さらに、前記アのとおり、ゲート300を開けた場合、下方導水路25 0内の液体は、水平導水路260の方向に流れないものと考えられるとこ ろ、原告が主張する大気圧室400内の低圧力空間が、下方導水路250 内の液体を、水平導水路260を通って大気室400の方向に引き出すほ どの力を生じさせることを認めるに足りる証拠もない。 そうすると、本願明細書の記載から、原告が主張する「大気圧室400 内において大気圧より低い低圧力空間が生成される」ことを理解すること はできず、さらに、その低圧力空間の作用によって下方導水路250内の 液体がその管内を落下することが生じるものと理解することもできない。

◆判決本文

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