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ソフトウエア特許の基礎
A Grounding in Software Patents
 

弁理士 古谷栄男
Hideo Furutani, Patent Attorney



ソフトウエア発明が特許として認められるための注意点


日本においては、どのようなソフトウェアが特許の対象となるのでしょうか。ここでは、特許を取るために必要な条件(特許要件)のうち、「発明であること」「新規性があること」「進歩性があること」という重要な3つの要件について説明します。下図に示すように、発明であって、かつ新規性があって、かつ進歩性がある場合でなければ特許は与えられません。


「新規性」は新しいこと、「進歩性」は従来のものと比べて進歩していることであるとは想像がつくと思います。「発明」は新しくて進歩したものをいうのですから、「発明であること」という要件に重ねて、「新規性があること」「進歩性があること」という要件を求めるのは、妙な感じがするかもしれません。第一の条件である「発明」というレベルでも、確かに新しくて進歩したものをいうのですが、発明した本人がそのように思っていればよいのです。しかし、本人がそのように思っているだけで特許を与えてしまっては、すでに世の中に知られているものについてまで特許が与えられる可能性があります。ですから、特許法は、世の中から見て客観的に新しいこと、進歩していることを求める「新規性」「進歩性」を要件としたのです。

以下3つの要件についてそれぞれ説明します。

(1)発明とは

特許法では、「発明」を特許として保護するとしています(特許法29条1項)。ですから、「発明」でなければ特許されません。

では、「発明」とは何でしょうか。特許法では、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」としています(特許法第2条1項)。つまり、この定義に当てはまらないものは第1の要件をクリアできず、特許を取ることができません。「発明」に該当するかどうかのポイントは、創作であること、技術的なものであることの2点です。ソフトウェア発明については、技術的なものであるかどうかが問題となります。

発明でないもの

自然法則を利用した技術といえないような思想(アイディア)は、いくら斬新であっても「発明」には該当せず、特許の対象となりません。たとえば、画期的な株式の運用方法やビジネスの仕組み(ビジネスモデル)を考えたとしても、それ自体では特許の対象になりません。//in8人為的取り決め、あるいは//in9経済法則をベースとしたアイディアであり、自然法則を利用した技術的なアイディアとはいえないからです。

発明に該当するもの

一方、エンジンの燃焼効率を最大にするため、燃料供給量に対して空気の供給量を適正に制御することを考えつけば、「発明」として特許の対象になり得ます。制御の内容が技術的であり、自然法則を利用した技術であるといえるからです。したがって、「エンジンに対する空気供給量の制御方法」「エンジンに対する空気供給量の制御装置」として特許取得が可能です。つまり、あとに説明するように、新規性や進歩性があれば特許を取得できます。




発明に該当するものをソフトウエアで実現したら

さらに、上の制御をマイコン等のソフトウェアによって実現するのなら、上記の制御方法、制御装置に加えて「空気供給量制御プログラム」として特許が取得できます。制御内容が技術的である以上、ハードウェアで実現しようとプログラムで実現しようと「発明」に該当します。プログラムとして権利を取ることにより、他社が無断でプログラムの複製や販売をしたときに、これを止めさせることができます。




発明に該当しないものをコンピュータを用いてソフトウェアで実現したら

株式の運用方法は技術的ではなく「発明」に該当しない、と先に説明しました。では、株式の運用方法をコンピュータによって実現したらどうでしょうか。コンピュータが処理を行うのであれば「発明」に該当するとされています。




ですから、プログラムが組み込まれたコンピュータについて「株式運用装置」として特許を取ったり、プログラムの処理について「コンピュータによる株式運用方法」として特許を取ったり、プログラム自体について「株式運用プログラム」として特許を取ることが可能です。

具体例

たとえば、次のようなソフトウェアのアイディアを最初に考え出したのであれば、いずれも特許出願をして特許を取得できる可能性があります。

下図のように、スマートフォンのロック解除のユーザインターフェイスを考えた。使用していないときにタッチパネルに触れてしまうと、意図せずに電話が発信されたりしてよくない。そこで、一定時間使用しないと、ロック画面を表示するようにする。通常の画面に戻すためには、ロック解除ボタンを指でスライドさせる。このようにすれば、意図しない操作を防ぐことができる。




この発明は、アップルコンピュータが、米国特許7657849、日本特許5457679として特許を取得しています。

下図のような広告サイトのビジネスモデルを考え出した。広告サイトに各社の広告を掲載しておく。ユーザーは、あらかじめ自分の銀行口座をこの広告サイトに登録しておく。次にユーザーは、広告サイトに掲載されている広告を選択し、広告アンケートに回答する。広告サイトは、各社の広告の下に表示している金額をユーザーの銀行口座に入金する。また広告サイトは、ユーザーによるアンケートの回答を企業に送信し、広告料を請求する。




同様のビジネスモデルが、Mypoint社(http:////www.mypoints.com)により運営されており、同社によって米国特許が取得されています(USP5,794,210)。

下図のように、かな漢字変換において、各漢字ごとに使用頻度を記憶しておき、使用頻度の高い順に漢字候補を表示する機能を考えた(学習機能)。




(2)新規性があるか

これまで説明したように、あなたの考えたアイディアが「発明」であることが第一の条件ですが、先の図に示したようにほかにも条件があります。

まず、新規性が必要です。客観的に新しいアイディアでないと、特許は与えられません。第一の条件である「発明」は技術的な創作ですから、「発明」である以上、発明者本人にとっては新しいものに違いはありません。しかし本人にとっては新しいものであっても、社会全体からみると新しくないものに特許を与えることはできません。そこで特許法は、社会全体からみた客観的な新しさを新規性として求めています。特許法は、世の中の誰一人として知らない発明を世の中に知らせてくれた見返りとして特許を与えるようにしていますので、世の中に知られている発明については新規性がないとして特許を与えないのです。

新規性は、いつの時点を基準に判断するのでしょうか。特許法では、特許出願の時点で判断するとしています。ですから、特許出願の日より前に、他人がすでに文献等で同じアイディアを発表していた場合には、特許を取ることができません。この文献には、学会誌、業界誌だけでなく、公開された特許公報も含まれます。また、特許出願の日より前に、他人が同じアイディアのソフトウェアを販売していたりサービスを開始していた場合には、特許を取ることができません。

ここで、発明した本人(企業)が、自ら特許出願前にソフトウェアを販売したり、何らかの形でソースを公開したり、あるいは発明の内容を公表したような場合にも原則として新規性がなくなり、特許を受けられなくなる点に注意してください。したがって、ビジネスショーなどの展示会で発表する前に、特許出願を済ませておく方がよいでしょう。




新規性を失ってからの出願

前述したように、出願前に販売したり、新聞雑誌などの刊行物への掲載、展示会での発表を行うと新規性がなくなり、その結果、特許を受けられなくなります。しかし、自ら発表した後1年以内に様式にしたがって出願すれば、その発表行為によって新規性を失わなかったものとして取り扱ってもらえる例外があります(新規性喪失の例外)。

新規性喪失の例外を利用する場合には注意が必要です。たとえば、日本、アメリカ、韓国でのみ特許を取る予定であれば、新規性喪失の例外を積極的に利用することも考えられます。とりあえず発表をして、市場の反応がよければ出願をするという方策をとることができます(他人に先に発表や出願をされて特許が取れなくなるリスクはありますが)。新規性喪失の例外をどのような条件で認めるかは、各国の法律によって決められています。アメリカや韓国は、日本と同じように、発表の仕方に拘わらず、発表から1年以内であれば新規性喪失の例外を認めています。

これに対し、中国やヨーロッパは、新規性喪失の例外を広く認めていません。たとえば、中国では出願から6月だけであり、しかも、中国での学会発表などを行った場合に限定されています(販売をしたような場合には認められません)。ヨーロッパはさらに厳しく、学会発表ですら新規性喪失の例外を認めていません。各国は、新規性の審査を行う際に、全世界の事情を考慮します。つまり、日本で販売を行ってしまうと、中国やヨーロッパでは特許を取ることは不可能となります。

ですから、中国やヨーロッパでも特許権を取得したいと考えている場合には、原則通り、出願をしてから発表をすることが必要です。




動画による解説は、「新規性喪失の例外」をご覧下さい。

詳細な内容は、特許庁の説明ページを参照してください。

(3)進歩性があるか

次に、進歩性が必要です。新規性があればすべて特許とされるかというと、そうではありません。たとえ新規性があったとしても、従来技術(出願前の技術)からみて、特許を与えるに値する何らかの技術的進歩がないと特許されません。これを進歩性と呼んでいます。

審査官は、従来の技術から“容易に考えられる”程度のものは、進歩性がないと判断します。それでは、何を基準として“容易に考えられる”かを決めるのでしょうか。審査官は、その技術分野の専門家(ソフトウェア業界であれば、プログラマーやSEおよび応用分野の専門家など)にとって“容易に考えられる”か否かを判断の基準としています。

また、出願時点において世の中に知られている技術(従来技術)をベースにして、その分野の専門家が、その発明を“容易に考えられる”かどうかを判断しています。

このように、進歩性は、出願前の技術(従来技術)からどれだけ進歩しているかによるものですから、出願前の技術レベルのいかんによって判断結果が変わります。審査官は、進歩性を出願の時を基準として判断します。したがって、審査するときにはすでに一般化された内容でも、出願時でみると進歩性があるときには特許されます。つまり、審査には数年を要するため、審査の時点ではすでに業界で一般的に用いられているようになった内容について、特許が成立するケースもあり得ます。あくまでも、出願時点において、従来技術に対する進歩が認められれば、進歩性ありとされます。

進歩性についての詳しい説明は、「進歩性のある発明を見つける」を参照してください。

動画による解説は、「進歩性」をご覧下さい。

関連情報


ビジネスモデル特許については、「ビジネスモデル特許の基礎」をご覧下さい。

AI特許については、「AI特許の取り方と活用」をご覧下さい。

NOTES


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