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ソフトウエア媒体特許と用尽理論
(C)1998.2.25 弁理士 古谷栄男
1998年2月25日に開催された、弁理士会、知的財産協会、日弁連の合同委員会にて発表
した内容を基に作成した未発表論文です。


1.問題点の所在

(1)用尽理論
 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する(特許法第68条)。特許権者から正当に購入した者がこれを業として販売し、使用する行為は、形式的に特許権侵害となる。かかる行為が侵害でないことは当然であるが、これを説明する理論として、「特許権者が特許権によって排他的に利得する機会は一実施品について一回に限られ、特許権者による最初の製造、販売により、当該実施品について特許権は目的を達成して効力を消尽する」(仙元隆一郎「特許法講義」95頁、悠々社)とする用尽説が通説であるとされている。

(2)記録媒体特許
 プログラムを記録した記録媒体やデータを記録した記録媒体は、物の発明として特許取得可能である(特許庁「特定技術分野の審査運用指針」)。これら記録媒体について特許が取得された場合、正当に取得した記録媒体につき、これをコンピュータに装着して動作させる行為は、それが「業として」行うものであっても、侵害とはならない(上記用尽理論)。
 しかし、記録媒体を購入した者は、これに記録されたプログラムを、一旦、コンピュータの記録装置(ハードディスク)に記録して(つまりインストールして)使用することが多い。インストールを前提として販売されているプログラムがほとんどであり、このインストール行為は、特許権者も当然許容していると考えられる。
 このインストールという行為が、プログラムを記録したハードディスクを生産する行為であるとすれば、当該インストール行為は、上記用尽理論によっても合法化されない。用尽理論では、正当に取得した物(記録媒体)についての再販売や使用を合法化するだけで、その物に基づいて、生産を行うことまでは合法化できない。
 これをどのように考えるとよいのだろうか、というのが問題提起である。

2.用尽説が通説となっている理由
 上記の問題について検討する前に、特許権者から正当に取得した物の転売や使用が特許権侵害とならないことを説明する理論について整理しておく。

(1)所有権説
 適法に取得した所有権の効果として、特許権の効力が及ばないとする説である(大審判大元・10・9)。この説は、特許権と所有権とを混同するものであって妥当でない。

(2)黙示の実施許諾説
 特許製品が市場におかれるときには、特許権者の黙示の許諾が与えられたとする。これは、特許権者に明示の制限を許す余地を残すこととなる他、登録できないため特許権の譲受人に対抗できないこととなるから妥当でないといわれている(吉藤「特許法概説(11版)」353頁、仙元隆一郎「特許法講義」95頁、土井一史「特許法50講」146頁など)。

(3)用尽理論
 西ドイツのコーラーによって提唱された。特許権の排他的効力を特許製品の流通過程に及ぼすことが自由競争ないしは取引の安全を害することとなるため、特許権者と一般公衆の利益の調整を特許製品が流通におかれる時点で考慮する。特許発明の利用態様を、第一次利用行為(製造・使用)と第二次利用行為(譲渡・貸し渡し等)とに区別し、第2次利用行為に移ったときに得られる利益を持って特許法が特許権者に認めようとする適正な報償があったものとする。

(4)用尽に触れた判決
 用尽理論に言及した主要な判決は、以下のとおりである。
・ボーリング用自動ピン立て装置事件(大阪地判昭44・6・9)
 中古ボーリング用自動ピン立て装置を外国で適法に購入し、これを、同装置について特許権が設定されている我が国に輸入し業務として使用している行為が、侵害であるかどうかが、争われた事件である。判決は国際的用尽を認めなかった。
・BBS事件最高裁判決(最高裁判平9・7・1)
 ドイツと日本で特許権を有するAがドイツで製造、販売した特許製品を、Bが日本へ輸入した行為につき、Bの行為が我が国の特許権を侵害するか否かが争われた事件。判決は侵害でないとした。特許権者の明示の禁止があれば、侵害となる旨も判示しており、単なる用尽説では無いと思える。

(5)用尽理論を規定する法律
 また、用尽理論は、下記に示すように内外の制定法にも採用されている。
・半導体集積回路の回路配置に関する法律(12条3項)
回路配置利用権者・・・が登録回路配置を用いて製造した半導体集積回路を譲渡したときは、回路配置利用権の効力は、その譲渡がされた半導体集積回路を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、又は輸入する行為には、及ばない。
 この規定が設けられた趣旨は、次のように解説されている。
第3項の規定は、特許法の解釈として権利者が正当に譲渡した特許品には特許権が及ばないという判例、学説の考えかた(いわゆる「用尽説」)を明文化した規定である。本法は新しい権利設定法であり、学説、判例もないことから、解釈にゆだねることをせず、明示的に本規定を設けたものである。(通産省編「半導体回路配置法解説」発明協会)
 その他、下記の各国特許法において、特許権の用尽が明文化されて規定されている。
・フランス無体財産法(L.613-6)
・イギリス特許法(60条4項)
・オランダ特許法(30条4項)
・イタリア特許法(1条2項)
・スウエーデン特許法(3条3項2号)
・デンマーク特許法(3条3項2号)
・ノルウエー特許法(3条3項2号)
・中国特許法(62条1号)

3.プログラム等を記録した記録媒体の特質
 以上のように広く採用されている用尽理論であるが、問題点の所在で指摘したプログラムを記録した記録媒体の生産については、これを解決することができない。これは、ソフトウエアという商品が、従来にはない以下のような特質を備えており、用尽理論ではこのような商品を想定していなかったからであると考えられる。

(1)複製が容易である。つまり、記録媒体の生産が容易である。
 記録されたプログラムやデータの価値を損なわずに、他の媒体に複製することが容易である。したがって、プログラム等を記録した記録媒体をコンピュータに装着して使用するのではなく、一旦インストールして複製してから使用することが可能となっている。インストールしてハードウエアにプログラムを複製することが、記録媒体の生産に当たるとすれば、製品を使用する者の側において、予め生産設備が準備されており、容易に生産が可能であるという特質を持っている。

(2)購入者においての、インストール行為を前提としており、媒体の側よりも中身のプログラムに価値がある。
 購入者において、プログラムを使用するために、インストールという行為が前提となっている。つまり、製品の価値は、媒体よりもその中身にある。

4.著作権法での解決
 著作権法においては、インストールやバックアップ等を考慮して、これら行為による複製は、著作権を侵害しないものであると明文で規定している(著作権法47条の2)。
(プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等)
第四十七条の二 プログラムの著作物の複製物の所有者は、自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において、当該著作物の複製又は翻案(これにより創作した二次的著作物の複製を含む。)をすることができる。ただし、当該利用に係る複製物の使用につき、第百十三条第二項の規定が適用される場合は、この限りでない。
2 前項の複製物の所有者が当該複製物(同項の規定により作成された複製物を含む。)のいずれかについて滅失以外の事由により所有権を有しなくなつた後には、その者は、当該著作権者の別段の意思表示がない限り、その他の複製物を保存してはならない。
 特許法には、これに対応する規定はない。

5.まとめ
 提起した問題点を解決する理論的アプローチは、おおむね以下の3つになるのではないかと考えられる。
(1)用尽理論によって解決する:
 インストール行為を、プログラムを記録した記録媒体を使用する行為の一部分としてとらえる。つまり、記録媒体についての使用とは、そのプログラムをコンピュータのハードディスクにインストールして動作させる一連の動作をいうと考える。したがって、インストールが形式上生産に当たるとしても、それは実質的な意味での生産には該当しないとする。このように考えることができれば、インストール行為は記録媒体の使用になり、用尽理論で解決できることとなる。
 しかしながら、このようなアプローチには、i)複数のコンピュータにインストールしても侵害とならず特許権者の意図と大きくずれが生じる、ii)媒体についての生産行為が不明確となるという問題がある。

(2)黙示の実施許諾理論を採用する:
 市場での転々は、特許権者の黙示の許諾があるとする理論を採用する。インストール行為についても、黙示の許諾が与えられているとみる。インストール後に、元の記録媒体を譲渡する行為には、黙示の許諾が与えられていないとして、侵害とすることができる。上記のBBS最高裁判決も、実施許諾的な考え方を採用している。
 しかしながら、i)特許権者の明示の許諾否定によって、特許権者の支配が強くなりすぎるおそれが生じる、ii)黙示の許諾が与えられているか否かの判断が困難な場合があるなどの問題が生じる。

(3)用尽理論をベースとして、使用許諾の考え方を採用する:
 記録媒体の使用や再販売については用尽理論によって合法化し、インストール行為については、プログラムの使用許諾契約にて、実質的に生産行為についての限定的な実施許諾が与えられると考える。つまり、記録媒体を保有している事を条件に、インストールすることの許諾を与えていると見る。使用許諾契約がない場合には、黙示の実施許諾があるものとする。
 用尽理論を採用しつつ、特定のケースについて黙示の実施許諾を考慮する考え方は従来より存在する。「注解特許法」631頁(中山信弘)では、方法の特許を使用するための機械を譲渡した場合について、方法の特許の実施許諾の明示が無くとも黙示の実施許諾の成立を認めるべきである、としている。
 特許権者は、記録媒体の保有を条件にインストールを認めていると考えられるので、インストール後に、元のプログラム記録媒体を譲渡すると、インストールの合法性が失われる。また、譲渡を受けた他人は、プログラム記録媒体をインストールする行為を、権利者から許諾されていないので、インストールできない。
 インストールという行為は、新たな記録媒体を生産する行為であるから、ある程度、特許権者の意図を反映した許諾内容が実現されるべきである。これに対し、記録媒体そのものの再販売や使用については、取引の安全の観点からも特許権者によるコントロール外におくべきである。したがって、記録媒体の使用や再販売については用尽理論を採用し、インストール行為については、黙示の実施許諾理論を採用するのが好ましいのではないかと思われる。
以上

(なお、本論文のアイディアを発展させ、補充した内容を、知財管理2003年1月号に掲載しました)

 


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