H18. 2. 6 知財高裁 平成17(行ケ)10390 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10390号 審決取消請求事件
平成18年2月6日判決言渡,平成18年1月16日口頭弁論終結


     判    決
 原          告     メルク パテント ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフトング
 訴訟代理人弁理士   伊藤克博,小野暁子
 被 告 特許庁長官 中嶋誠
 指定代理人         岩瀬眞紀子,脇村善一,唐木以知良,青木博文


     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2001−8016号事件について平成16年10月27日にした審決を取り消す。」との判決。


第2 事案の概要
 本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたが拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
 出願人:メルク パテント ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフトング(原告)
 発明の名称:「液晶媒体」
 出願番号:特願平3−506880号(国際出願PCT/EP91/00696,国際公開番号WO91/16400,国際公開日平成3年10月31日,国内公表日平成5年2月12日)
 出願日:平成3年4月12日(優先権主張1990年4月13日ドイツ,1991年3月1日ドイツ)
 (2) 本件手続
 手続補正日:平成10年4月9日(甲3−3)
 手続補正日:平成11年9月30日(甲3−4)
 手続補正日:平成12年10月25日(甲3−2)

 拒絶査定日:平成13年1月31日
 審判請求日:平成13年5月15日(不服2001−8016号)
 審決日:平成16年10月27日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成16年11月10日(原告に対し。出訴期間90日を附加)
 2 本願の特許請求の範囲請求項1の記載(請求項は12あるが,請求項1のみを記載する。以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」という。なお,一般式の表示については,原告の準備書面における表示をそのまま使用する。その一般式におけるシクロヘキサン環及びベンゼン環の表示が本願明細書における表示とは異なっているが,同義であることは明らかである。)
 「正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液体媒体(判決注:「液体媒体」は「液晶媒体」の誤記と認める。誤記であることは,審決が指摘し原告も認めている。以下「液晶媒体」に更正して判示する。)であって,

 一般式I




(式中,Xは弗素,塩素,CF3,OCF3 またはOCHF2 であり,およびRは,それぞれの場合に7個までの炭素原子を有するアルキル,オキサアルキル,フルオロアルキルまたはアルケニルである)の1種またはそれ以上の化合物,および
 一般式K,LおよびM:

(編注:下記の一般式の上から順にそれぞれK,L,Mとなる。)
               
                         
(式中,それぞれの基は
以下に定義する通りである:
 R:それぞれの場合に7個までの炭素原子を有するアルキル,オキサアルキル,フルオロアルキルまたはアルケニル;
 X:F,Cl,CF
3,OCF3 またはOCHF2
 Y
1 およびY2 :それぞれの場合にF;
 r:0または1)
から成る群から選択される1種またはそれ以上の化合物をさらに含有し,該混合物のしきい電圧(判決注:審決は,「しきい電圧」は「しきい値電圧」の誤記と認めると指摘し,原告もこの説示を認めて争わないので,以下「しきい値電圧」に更正して判示する。)が 1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。」
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決は,引用例1として欧州特許出願公開第414048号明細書(甲1−1。その対応日本出願が特開平3−85532号公報(甲1−2)である。),引用例2として特開平2−233626号公報(甲2)を摘示し,その記載内容を認定した(以下,引用例1に記載された発明を「引用発明」ということがある。)。

 (2) 審決は,上記認定をふまえて,「対比・判断」について説示した。
 審決は,まず,引用例1につき,次のとおり認定した。
 「引用例1には,非常に高い比抵抗を有するMFK−ディスプレイ(マトリックス液晶ディスプレイの略;本願明細書記載の『MLCディスプレイ』に相当する。)に有用な,パッシブ方式およびアクテイブマトリックス方式の液晶表示素子用の液晶混合物つまり液晶媒体が記載されており(…参照),それが正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶混合物(液晶媒体)であることも記載されている(…参照)。しかも,その液晶混合物(液晶媒体)として,実施例13,14には,本願発明1で規定する一般式Iの化合物に該当する符号PCH-5FやPCH-7Fの化合物,および本願発明1で規定する一般式Lの化合物に類似するが,フルオロ基(−F)が一つである符号ECCP-3FやECCP-5Fの化合物(以下,「モノフルオロ系化合物」という。)などを含有する混合物が記載されており,それらのしきい値電圧(V
(10,0,20))は,それぞれ,1.58ボルト,1.48ボルトであって,いずれも本願発明1で規定する1.6ボルト以下であることも明記されている(…参照)。
 したがって,引用例1には,『正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,本願発明1で規定する一般式Iの化合物,および他の化合物を含有し,該混合物のしきい値電圧が1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。』(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。」
 (3) 審決は,本願発明1と引用発明との一致点を次のとおり認定した。
 「両者は,『正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,本願発明1で規定する一般式Iの化合物,および他の化合物を含有し,該混合物のしきい値電圧が1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。』である点で一致」
 (4) 審決は,本願発明1と引用発明との相違点を次のとおり認定した。
 「併用する他の化合物として,前者は,本願発明1で規定する一般式K,L及びMから成る群から選択される1種またはそれ以上の化合物を含有するのに対し,後者は,そのような化合物を含有していない点で相違する。」

 (5) 審決は,相違点について,次のとおり認定判断した。
 (a)「引用例2には,本願発明1及び引用発明と同様に,パッシブ方式およびアクテイブマトリックス方式に有用な液晶組成物つまり液晶媒体に係る発明が記載されており,そこでは,その液晶組成物(液晶媒体)の一成分として好適な,安定性にすぐれ,誘電率の異方性Δεが正で大きく,低粘度である化合物として,本願発明1で規定する一般式K〜Mの化合物を包含する特定のトリフルオロベンゼン誘導体が記載されている(…参照)。
 さらに,引用例2には,該トリフルオロベンゼン誘導体は,本願発明1で規定する一般式Iの化合物や引用発明のモノフルオロ系化合物などの既知液晶化合物の『Δεは約+3〜+5程度と比較的小さく,また,これらの化合物のみからなる液晶組成物のΔεも小さく駆動電圧を低下させることはできない。』などの点を改善するためのものであること(…参照),および,その効果を示す例として,応用例1〜4には,既知のフルオロ基含有液晶化合物の混合物から成る組成物Aに,本願発明1で規定する一般式K〜Mの化合物に該当する,化合物No.1(一般式Kの化合物に該当),化合物No.31(一般式Kの化合物に該当),化合物No.51(一般式Mの化合物に該当)および化合物No.81(一般式Lの化合物に該当)をそれぞれ配合した場合,いずれの場合も,得られる液晶組成物の粘度は上昇せず(配合前と同等または低下する),しきい値電圧は低下するという液晶組成物の特性の改善が得られることが記載されている(…参照)。」

 (b)「ここで,引用発明は,『ここでは明示的に列挙しないさらに他の化合物を必要に応じて含みうる』(…参照)ものであるから,引用発明において,しきい値電圧などの特性の改善の為に,引用例2に記載されている化合物,特にその応用例で具体的に示される如き本願発明1で規定する一般式K〜Mの化合物から成る群から選択される1種またはそれ以上の化合物をさらに含有することは,上記引用例2に記載された当業者に公知の技術的事項から当業者の容易に想到し得るところであり,それによる効果も,引用例1,2の記載からみて,当業者の予想するところである。」
 (c)「なお,出願人は,審判請求書の平成13年10月19日付け手続補正書において,『(刊行物1(引用例1)の)実施例13と実施例14はCP-nF化合物(エステル化合物)を含んでいるためにしきい電圧が低下している。』旨主張しているが,本願発明1は,…正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,特に規定する成分以外の成分をも含有しうるものであり,その成分として,いかなる化合物をも排除するものではないので,該出願人の主張は,本願発明1の構成に基づかない主張であり,採用できない。」

 (6) 審決は,次のとおり結論付けた。
 「本願発明1は,本願の出願日前に頒布された刊行物である上記引用例1,2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本願の請求項2ないし12に係る発明については審理をするまでもなく,本願は拒絶すべきものである。」


第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 1 取消事由1(相違点の看過)
 (1) 本願発明1の要旨認定の誤り
 (a) 本願発明1は,請求項1に記載のとおり,式I化合物と,式K〜M化合物のいずれかを含有し,しきい値電圧が1.6ボルト以下であるΔεが正の液晶組成物である。
 ここで,化学の分野において,「成分A及び成分Bを含有する組成物」というクレーム表現がしばしば用いられる。これは,成分Aと成分Bを含有することが発明の必須の構成であり,したがって,発明の効果が,成分Aと成分Bを含有することにより奏されることを意味していることは当然である。
 本願においては,「化合物Iと化合物K〜Mのいずれかを含有することにより,低電圧化,すなわち1.6ボルト以下まで低下させることができる」ということが本願発明1の要旨である。

 (b) 特に本願発明1は,本件公表公報(甲3−1)に次の記載がある。
 「最大保持容量(capacity holding ration)」(HR)…を測定することによって,式Iの化合物を含んでいる本発明の混合物は,式Iの化合物を式(判決注:式の記載は省略する。)のシアノフェニルシクロヘキサン類によって置き換えた類似混合物より温度の上昇に伴うHRの低下が著しく小さいことが示された。本発明の混合物のUV安定性もかなり良好である,すなわち,それらはUV露光に際し著しく小さいHRの低下を示す。(なお,原告は,「最大保持容量(capacity holding ration)」は「容量保持率(capacity holding ratio)」が正確であると考える。)
 本発明の媒体は,著しく広いネマチック相範囲に加えて非常に有利な粘度において極めて高い弾性定数を特徴とし,特にSTNディスプレイに使用する場合に従来技術の媒体より顕著な利益を得る。

 本発明の媒体は式Iの複数(好ましくは2種またはそれ以上)の化合物を基礎とする,すなわち,これらの化合物の割合が25%以上,好ましくは40%以上であることが好ましい。
 達成されたしきい値電圧V10/0/20は一般に≦1.6ボルト,好ましくは1.4〜1.6ボルトの範囲である。
 本発明の媒体に使用することができる式I〜XIIおよびそれらの下位式の個々の化合物は公知であるか,または公知化合物に準じて製造することができる。」
 (c) 上記のとおり,本願発明1は,抵抗値の点で欠点を有するシアノ化合物(シアノフェニルシクロヘキサン類。以下,原告がいう意味におけるシアノ化合物を指して,鍵括弧付きで「シアノ化合物」という。)を化合物Iで置き換え,それでいて1.6ボルト以下の低しきい値電圧を達成する効果を奏するものである。

 (d) 審決は,前記第2,3(5)(c)のように説示して,審判における原告(出願人)の主張を排斥するが,「一般式I化合物と一般式K〜M化合物のいずれかを含有することにより,その機能によりしきい値電圧を1.6ボルト以下まで低下させることができるということ」という本願発明1の要旨を誤認したものである。
 すなわち,「シアノ化合物」を多量に配合して1.6ボルト以下の低しきい値電圧を示している液晶組成物に,一般式I化合物及び一般式K〜M化合物を配合すれば,それは1.6ボルト以下の低しきい値電圧を示すかもしれないが,それは式I化合物及び式K〜M化合物による効果ではなく,多量の「シアノ化合物」による効果である。低電圧化のためにどのような化合物でも含んでいてよいというのは,本願発明1の要旨ではないことは明らかである。本願発明1の要旨は,あくまでも一般式I化合物及び一般式K〜M化合物の配合により,1.6ボルト以下の低しきい値電圧を示す点にある。審決は,本質的に一般式I化合物と一般式K〜M化合物によって低しきい値電圧がもたらされない場合も含めて本願発明1の要旨として認定しており,明らかな誤りである。

 (2) 引用発明の認定の誤り
 引用例1に一般式I化合物が記載されている点は認める。しかし,式I化合物が含まれていれば,直ちに1.6ボルト以下になるものではない。
 引用例1の実施例13,14には,確かに,しきい値電圧(V
(10,0,20))が1.6ボルト以下の液晶組成物が記載されているが,その組成は他の実施例とは大きく異なっている。すなわち,実施例13及び14では,極めて多量の「シアノ化合物」(PCH-2,PCH-3,PCH-4)と末端にフッ素を有するエステル化合物(CP-3F,CP-5F)を含有してはじめて,低しきい値電圧が達成されているのである。引用例1のほかの実施例で,このように多量の「シアノ化合物」が含有されているものはない。次にしきい値電圧の低い例である実施例17では,「シアノ化合物」の含有量が18%である。この実施例17では,未だ「シアノ化合物」の含有量が比較的多く,そのことが,その他の実施例(実施例13,14を除く)に比べてしきい値電圧が低い理由でもあるが,「シアノ化合物」の含有量が実施例13,14に比べて少ないために,しきい値電圧が高くなり2.03ボルトになっている。さらに,その次にしきい値電圧の低い(2.13ボルト)の実施例10では,「シアノ化合物」は使用されていない。
 引用例1に記載された事項は,著しく多量の「シアノ化合物」と,末端フッ素エステル化合物が含有されている場合に,しきい値電圧1.6ボルト以下が達成されるということのみである。
 審決は,「引用例1には,『正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,本願発明1で規定する一般式Iの化合物,および他の化合物を含有し,該混合物のしきい値電圧が1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。』が記載されていると認められる。」と認定したが,審決では,引用例1において,しきい値電圧が1.6ボルト以下になる場合は,「シアノ化合物」等を多量に含有したという固有の条件を看過したものである。
 正しくは,引用例1には,「正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,本願発明1で規定する一般式Iの化合物,および
著しく多量の『シアノ化合物』と末端フッ素エステル化合物を含有し,該混合物のしきい値電圧が1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。」が記載されているものと訂正されるべきである。
 (3) 相違点の看過
 以上のとおり,引用例1には,「正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,本願発明1で規定する一般式Iの化合物,および
著しく多量の『シアノ化合物』と末端フッ素エステル化合物を含有し,該混合物のしきい値電圧が1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。」が記載されているというべきである。
 一方,本願発明1は,「化合物Iと化合物K〜Mのいずれかを含有する」という構成により,その効果として,低電圧化,すなわち「しきい値電圧を1.6ボルト以下まで低下させることができる」のである。したがって,本願発明1は,抵抗値の点で欠点を有する「シアノ化合物」を化合物Iで置き換えて,それでも1.6ボルト以下の低しきい値電圧を達成する効果を奏する。このような明細書の記載から見ても明らかに,本願発明1は,実質的に「シアノ化合物」の使用を,少なくとも多量の「シアノ化合物」の使用を排除していることは明確である。

 つまり,本願発明1と引用発明は,審決書に記載された相違点に加えて,「本願発明1が,多量の『シアノ化合物』を含有しないのに対して,引用発明では,著しく多量の『シアノ化合物』と末端フッ素エステル化合物を含有する点」で相違する。
 審決は,上記の相違点を看過したものである。
 2 取消事由2(進歩性判断の誤り)
 (1) 審決は,前記第2,3(5)(b)のように判断したが,誤りである。
 (a) 液晶ディスプレイの低電圧化のためには,低しきい値電圧を示す液晶組成物が好ましく,そのためには誘電異方性(Δε)が正で大きいことが好ましいが,液晶として機能するために,誘電異方性(Δε)に加え,ネマチック相範囲(温度範囲),粘度及び複屈折率(Δn)等とのバランスが必要である。通常,好ましい液晶組成物を調製するには,多大な試行錯誤の努力を要するのである。したがって,引用例1に,「ここでは明示的に列挙しないさらに他の化合物を必要に応じて含みうる」と記載されていたからといって,どのような液晶化合物でも混合できるというものではない。

 そこで,引用例2を参照すると,応用例1〜4において本願発明1の式K〜Mに包含される化合物を使用した組成物の例が記載されている。応用例1を見ると,組成物Aに比べて確かにしきい値電圧の低下は比較的大きいが,本願発明1で規定する1.6ボルト以下には達していない。それにもかかわらず,透明点(N−I点=ネマチック相の上限温度)も77.7℃まで大きく低下している。つまり,仮に応用例1において,しきい値電圧を1.6ボルト以下にするために,組成物Aに配合するNo.1化合物の量を増加してしきい値電圧を低下させようとしても,N−I点がさらに低下して使用に耐えないことが容易に予想される。本願発明1の実施例である実施例75では,透明点(N−I点)が87℃を保ちながらしきい値電圧1.55ボルトを達成している。また,引用例2の応用例2〜4では,しきい値電圧の低下が十分ではなく,多量に入れてもしきい値電圧が1.6ボルト以下になるかも予想できない。
 すなわち,引用例2の応用例の結果は,本願発明1の一般式K〜Mの化合物を使用しても,使用可能なネマチック液晶相範囲を保ちながら,1.6ボルト以下のしきい値電圧を達成できることは当業者といえども予想できない。
 (b) さらに,審決では,効果について,「引用例1,2の記載からみて,当業者の予想するところである。」と認定したが,誤認である。
 審決の根拠とするところは,引用例1において,しきい値電圧が1.6ボルト以下の液晶組成物が記載されていることによると考えられるが,前記のとおり,引用例1では,多量の「シアノ化合物」と末端フッ素エステル化合物が存在することにより低しきい値電圧が達成されている。本願発明1では,式Iの化合物を「シアノ化合物」の代替として使用し,一般式I化合物と一般式K〜Mの化合物の組合せにより低しきい値電圧を達成しているので,解決手段が全く異なる。つまり,多量の「シアノ化合物」を使用しないで,1.6ボルト以下という低しきい値電圧が達成できることは引用例1及び引用例2から全く予想できない効果である。

 審決は,本願発明1の効果の判断を誤って,進歩性の判断を誤ったものである。
 (c) 上記(a),(b)の主張に対して被告が争うが,そもそも審決では,本願発明の要旨認定及び引用発明の認定を誤っているものであり,被告の主張の前提が誤っている。既に主張したように,これらの認定を正確に行った上で,本願の構成,すなわち,「組成物中に式Iの化合物と式K〜Mの化合物を含有し,使用可能なネマチック相範囲を保ちながら,その機能によりしきい値電圧1.6ボルト以下達成する」ということが引用例1及び2から容易か否かという観点から判断されるべきであって,原告の上記主張は,その観点から容易ではないと主張したものである。
(2) 仮に,審決による引用発明の認定を前提として,「引用発明において,しきい値電圧などの特性の改善の為に,引用例2に記載されている化合物,特にその応用例で具体的に示される如き本願発明1で規定する一般式K〜Mの化合物から成る群から選択される1種またはそれ以上の化合物をさらに含有すること」が容易か否かを検討しても,当業者が容易になし得たとはいえない。

 なぜなら,まず第1に引用例2の化合物は,しきい値電圧低下に多少の効果はあるが,ネマチック液晶相の範囲を悪く(特に,透明点の低下)したり(応用例1),しきい値電圧低下の効果そのものが十分でない(応用例2〜4)。一方,引用発明は,しきい値電圧が1.6ボルト以下まで十分に低電圧化された液晶組成物であるから,これにさらに引用例2の化合物を含有させても,さらにしきい値電圧を低下させることは予想できず,むしろ,しきい値電圧の上昇とネマチック相範囲の悪化が予想される。つまり,引用例2を参照すれば,「しきい値電圧などの特性の改善の為に」,引用発明に引用例2に記載されている化合物を含有させることなどあり得ないのである。
 実際のところ,引用例1の実施例13,14で極めて多量に使用されている「シアノ化合物」は,抵抗値(比抵抗)及び安定性の点を除いては,Δε(低しきい値電圧)及びネマチック相範囲の点でバランスが取れた化合物であり,「シアノ化合物」を多量に含む組成物に,「しきい値電圧の改善のために」引用例2の化合物を含有させることは意味のあることではない。


第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(相違点の看過)に対して
 原告の主張する取消事由1は,要するに,「本願発明1は実質的に『シアノ化合物』の使用を,少なくとも多量の『シアノ化合物』の使用を排除している」ことを前提とするものである(この点では取消事由2も同様である。)。原告は,その根拠として,「本願発明1は,本願一般式Iの化合物を『シアノ化合物』の代替と使用することが特徴である。」としているが,誤りである。
 本願発明1は,本願一般式Iの化合物を含有することを特徴の一つとするものであるが,一般式Iの化合物を組成物中の「シアノ化合物」すべての代替として使用することが特徴ではない。
 そして,本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,原告も認めるように,配合成分として特定の化合物を排除することをその構成に欠くことができない事項としてはおらず,使用用途に限定のない液晶媒体(液晶組成物)に係るものであり,しかも,本願明細書には,配合成分として「シアノ化合物」などを使用し得ることが明記されており,さらには,好ましい実施態様として「シアノ化合物」が多量に用いられる旨の記載もある(甲3−1,8頁左上欄2行〜下から3行)から,本願発明1には,配合成分として「シアノ化合物」など特定の化合物を排除すべきとする特段の理由はない。

 したがって,上記原告の前提は誤りであり,審決には,本願発明1の要旨認定に誤りはない。そして,それゆえ,引用発明の認定にも誤りはなく,本願発明1と引用発明との相違点の看過はない。
 2 取消事由2(進歩性判断の誤り)に対して
 上記の点に加え,原告のいう「多量の『シアノ化合物』を使用しないで,1.6ボルト以下という低しきい値電圧が達成できること」は,本願発明1の構成に基づく効果ではない。
 審決における本願発明1の進歩性の判断も適当であり,誤りはない。


第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点の看過)について
 (1) 本願発明1の要旨認定について
 (a) 審決は,「本願発明1は,…正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,特に規定する成分以外の成分をも含有しうるものであり,その成分として,いかなる化合物をも排除するものではない。」と認定判断した。
 これに対する原告の主張は,前記第3,1(1)(3)に記載のとおりであるが,要するに,本願発明1の要旨認定として,「化合物Iと化合物K〜Mのいずれかを
含有することにより,低電圧化,すなわち1.6ボルト以下まで低下させることができるということ」であるとし,さらに,「一般式I化合物と一般式K〜M化合物のいずれかを含有することによりその機能によりしきい値電圧を1.6ボルト以下まで低下させることができるということ」とか,「『化合物Iと化合物K〜Mのいずれかを含有する』という構成により,その効果として,低電圧化,すなわち『しきい値電圧を1.6ボルト以下まで低下させることができる』こと」であるなどと主張した上(下線は当裁判所が付した。),「本願発明1は,実質的に『シアノ化合物』の使用を,少なくとも多量の『シアノ化合物』の使用を排除していることは明確である。」と主張する。
 (b) 発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないものというべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁)。
 そこで,本願発明1の特許請求の範囲請求項1の記載をみると前判示のとおりであって,要するに,「正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体であって,一般式I…,および一般式K,LおよびM…から成る群から選択される1種またはそれ以上の化合物をさらに
含有し,該混合物のしきい値電圧が1.6ボルト以下であることを特徴とする液晶媒体。」(下線は当裁判所が付した。)というものである。この記載について,技術的意義が一義的に明確に理解することができないなどということはないことは明らかである。
 そして,この記載から理解されるところによれば,本願発明1が,「…含有することにより,…1.6ボルト以下まで低下させる」,すなわち,「…含有することにより,その機能により…1.6ボルト以下まで低下させる」とか,「…含有するという構成により,その効果として,…1.6ボルト以下まで低下させる」ということまでを意味するものとは解されないし,「実質的に『シアノ化合物』の使用を,少なくとも多量の『シアノ化合物』の使用を排除している」と解することは到底できない。
 したがって,本願の特許請求の範囲請求項1が前記のように記載されている以上,審決の本願発明1の要旨認定に誤りがあるとはいえず,原告のこの点に関する主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
 (c) 原告は,本願明細書の記載内容を根拠に主張する。

 しかし,本件は,上記判例にいう明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される場合に該当するものとは認められないのであって,原告の主張は失当である。
 (d) 念のため,原告の主張に従って,本願明細書の記載内容を参酌したとしても,以下のとおり,原告の主張は,採用することができない。
 (d-1) 原告は,前記第3,1(1)(b)のような本願明細書の記載を挙げる。
 しかし,その記載を検討しても,本願発明1の液晶媒体がシアノフェニルシクロヘキサン類(「シアノ化合物」)を使用してはならないことを意味するものであるとは解されない。また,上記記載は,最大保持容量(HR)について,式Iの化合物とシアノフェニルシクロヘキサン類とを対比して述べたものにすぎず,しきい値電圧について対比して述べたものではない。

 (d-2) むしろ,本願明細書(甲3−1)の7頁右下欄の下から2行目から8頁右上欄5行目までに次のような記載がある。
 「正の誘電異方性を有する極性化合物の種類および量それ自体は重要ではない。当業者は簡単な通常の実験を使用して広範な公知の,また多くの場合には市販の成分および基材混合物から適切な材料を選択することができる。本発明の媒体は式I"…(判決注:式は省略)…(式中,……X′はCN,ハロゲン,CF
3,OCF3またはOCHF2である)の1種またはそれ以上の化合物を含んでいるのが好ましい。好ましい実施態様において,STNまたはTN用の本発明の媒体は,X′がCNである式I"の化合物を基礎とするものである。もちろん,式I"の他の化合物(X′#CN)をより少ないまたはより多い割合で含むこともできる。MLC用としては,本発明の媒体は式I"のニトリル類を約10%までしか含まないのが好ましい(しかし,式I"のニトリル類を含まず,その代わりにX′がハロゲン,CF3,OCF3またはOCHF2である式I′の化合物を含むのが好ましい)。これらの媒体は式K〜Pの化合物を基礎とするのが好ましい。」
 上記記載において,「X′がCNである式I"の化合物」及び「式I"のニトリル類」は,「シアノ化合物」に相当するものであるところ,STN又はTN用の本願発明1の媒体につき,「好ましい実施態様において,STNまたはTN用の本発明の媒体は,X′がCNである式I"の化合物を基礎とするものである。」とされており,「シアノ化合物」が用いられることが明らかである。また,MLC用のものについても,「MLC用としては,本発明の媒体は式I"のニトリル類を約10%までしか含まないのが好ましい」との記載があり,これは,式I"のニトリル類(「シアノ化合物」)の含有を排除するものではなく,式I"のニトリル類(「シアノ化合物」)を約10%まで含むものも「好ましい」範疇に入るものとして,むしろ,含有を許容しているものと認められる。なお,この記載に続く括弧内において,式I"のニトリル類を含まないのが好ましい旨の記載があるが,「好ましい」というにとどまるものであり,式I"のニトリル類(「シアノ化合物」)の含有を一切排除するものではない。
 原告は,上記の本願明細書に記載が誤記であるとして,本願明細書の他の記載(甲3−1の3頁右下欄10〜13行目,4頁左上欄1〜7行目,4頁左上欄の下から5行目〜右上欄3行目)を挙げて反論する。しかし,原告が指摘する記載を検討しても,「シアノ化合物」を必ず排除しなければならないことが記載されているとまでは認められないのであって,上記の記載が誤記であると認め得るだけの合理的な理由は見いだせない。
 (d-3) さらに,本願明細書(甲3−1)の実施例の記載を検討すると,次のとおりである。
 本願発明1の実施例75について,本願明細書の21頁右上欄16行目〜左下欄6行目に13個の液晶化合物が示されている。これらを同明細書8〜10頁で定義付けられた事項をもとに検討すると,上記13個の液晶化合物のうち,1,2番目のものは一般式Iの化合物であり,7〜11番目のものは一般式Kの化合物であるが,3〜6番目及び12,13番目のものは,本願発明1の特許請求の範囲請求項1に定められた一般式JないしMの化合物のいずれにも該当しない化合物であることが認められる。確かに,実施例75においては,「シアノ化合物」に相当するものは含まれてはいないものの,上記のように一般式IないしMの化合物以外の液晶化合物が6種も用いられているのであって,本願発明1を構成する化合物が請求項1に記載された化合物に限定されるものではないことは明らかである。ちなみに,実施例75以外のものは,他の請求項に係る発明等の実施例であろうと解されるが,他の請求項2ないし5なども本願発明1と同様に「…化合物を…含有し…」又は「…化合物を…含有する…」と規定されているところ,これらの実施例においても,請求項に定められた一般式の化合物のいずれにも該当しない化合物をも含有しており,その中には,例えば実施例1のように,「シアノ化合物」をも含むことが明らかなものも存在する(実施例1の1番目の化合物は「PCH-3」であり,「3」とは置換基に関する符号「n」に対応するものであり,置換基R2が「CN」であることを意味する。)。
 そうすると,本願明細書の実施例の記載を検討しても,本願発明1は,「シアノ化合物」が含有されることを排除するものと断ずることは困難である上,「少なくとも多量の『シアノ化合物』の使用を排除している」などと認めることはできない(原告が主張する「少なくとも多量の『シアノ化合物』の使用を排除していること」というのは,「『シアノ化合物』の少量の使用が排除されていないとしても,多量の使用は排除されている」ということに帰するが,そもそも,「多量」と「少量」で区別する主張をすること自体,あいまいで発明の外縁を確定し得ないおそれがある上,本願明細書の記載によっても本願発明1が「シアノ化合物」の量の多少によって構成から排除するか否かを区別するものであると認めることはできない。)。

 (2) 引用発明の認定について
 この点は,次の(3)の争点と密接不可分の関係にあるので,次の(3)において合わせて検討する。
 (3) 相違点の看過について
 (a) 本願発明1と引用発明との相違点は,本願発明1の正しい要旨認定に立って,これと引用発明とを対比することにより認定されるべきものである。
 原告は,審決が引用発明の認定を誤り本願発明1との相違点を看過したと主張するのであるが,いずれも前判示の本願発明1についての原告独自の要旨認定を前提に主張するものであり,そもそも前提において失当であるというべきである。
 (b) すなわち,「本願発明1は,実質的に『シアノ化合物』の使用を,少なくとも多量の『シアノ化合物』の使用を排除していることは明確である。」という原告の主張が採用し得ないこと,また,「本願発明1は,『化合物Iと化合物K〜Mのいずれかを含有する』という構成により,その効果として,低電圧化,すなわち『しきい値電圧を1.6ボルト以下まで低下させることができる』のである。」などという原告の主張が採用することができないことは,前判示のとおりである。したがって,仮に,引用発明が,(「著しく多量」とはあいまいな主張であるが,そのようにいえるか否かはともかく)「シアノ化合物」等を含むもので,これがしきい値電圧の低下に寄与しているとしても,前判示の本願発明1の正しい要旨認定に立てば,「シアノ化合物」の含有は排除されておらず,要旨認定についての原告の上記主張は採用し得ないのであるから,引用発明の認定において,「シアノ化合物」等を含有することをことさらに取り上げる必要はなく,ましてや,原告が主張するような点を相違点として認定すべきことにはならない。

 (c) したがって,審決の引用発明の認定に誤りはなく,原告主張の相違点の看過があるとはいえない。
 (4) 小括
 以上判示のとおり,原告主張の取消事由1は理由がない。
 2 取消事由2(進歩性判断の誤り)について
 (1) 前判示のとおり,本願発明1と引用発明との相違点についての審決の認定には誤り又は看過はないというべきである。そこで,審決の本願発明1の進歩性の判断(相違点についての判断)の当否を検討する。
 引用例1の記載(甲1−1,3頁4〜6行目。これに対応する日本出願である甲1−2では5頁左上欄18行目〜右上欄3行目)によれば,引用発明の液晶混合物が用いられるマトリックス液晶ディスプレイの方式は,引用例2の液晶組成物が用いられるパッシブ方式及びアクティブマトリックス方式と同じである。

 引用発明の液晶混合物は,引用例1に実施例1〜25として11〜15種の液晶化合物を混合したものが示されているように,多数の液晶化合物の混合物であることが認められる。
 引用例1において,引用発明の課題として,「同時に,大きな作用温度範囲,短い切り替え時間及び低いしきい値電圧を伴う非常に高い比抵抗を有するMFK−ディスプレイをなお大いに必要としている。本発明の目的は,上記に明記した不都合を有せず,またはほんの僅かしか有せず,同時に非常に高い比抵抗を有するMFK−ディスプレイを提供することにある。」とされ,課題を解決するための手段として,「先に特定した…ネマティック液晶混合物を前記ディスプレイ要素に使用する場合に,この目的が達成できることをここに見出した。」とされている(甲1−1,3頁18〜25行目。これに対応する日本出願である甲1−2では5頁左下欄14行目〜右下欄6行目。ただし,和訳は,原告も争わない審決摘示のものを引用した。)ことから,引用発明の課題としては,「大きな作用温度範囲,短い切り替え時間,低いしきい値電圧,高い比抵抗」という特性を与える液晶混合物を提供することが認められる。したがって,引用発明においても,「しきい値電圧を低下させる」という課題を有することが認められる。

 そうすると,引用発明の液晶混合物(例えば,実施例13,14のもの)に対し,しきい値電圧をさらに低下させることを意図して,追加の液晶化合物として,引用例2に記載されたトリフルオロベンゼン誘導体を混合することは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。
 また,引用例2(甲2)には,「Δεが正で大きい化合物すなわちCN基を末端基に有する化合物を組成物の成分として含有することによりしきい値電圧VCを低下させることが理解できる。…しかしながら,CN基のような分極性の強い基は前述の誘電率異方性に対する寄与とは逆に…消費電流,比抵抗,それらの経時変化率ひいては表示コントラストに問題があった。…末端基あるいは側鎖に1ないし2個の…フッ素原子を導入した化合物…。これらの化合物の多くは,比較的安定で信頼性が高い液晶材料であると報告されているが,Δεは約+3〜+5程度と比較的小さく,また,これらの化合物のみからなる液晶組成物のΔεも小さく駆動電圧を低下させることはできない。本発明はこれらの問題点を解決することが目的であり,安定性に優れかつΔεが正で大きい化合物を提供することである。」(2頁左上欄19行目〜3頁左下欄1行目)との記載がある。これによれば,引用例2のトリフルオロベンゼン誘導体は,上記の問題点を解決するものであるというのであるから,引用発明の液晶混合物(例えば,実施例13,14のもの)に対し,CN基を末端に有する化合物(「シアノ化合物」)である「PCH-2」,「PCH-3」,「PCH-5」の一部又は全部を,引用発明が課題としている前記「大きな作用温度範囲,短い切り替え時間,低いしきい値電圧,高い比抵抗」の特性を損なわない範囲で,引用例2に記載されたトリフルオロベンゼン誘導体で置換し,引用発明の液晶混合物(例えば,実施例13,14のもの)と同程度のしきい値電圧を有する液晶混合物とすることも,当業者が容易に想到し得るものと認められる。
 そうすると,審決が前記第2,3(5)(b)のように判断したことは是認し得るものというべきである。
 (2) 原告は,前記第3,2(1)のように主張するが,この主張は,本願発明1についての原告独自の要旨認定を前提とするものであって,既に判示したところに照らせば,その前提において失当であるというべきであって,採用することができない。
 なお,原告の主張のうち,引用例2の応用例1ではしきい値電圧を 1.6ボルト以下にしようとすると透明点が低下して使用に耐えないことが予想されるとか,応用例2〜4ではしきい値電圧が1.6ボルト以下になるかどうかも予想できないなどと主張する点について,付言しておく。しきい値電圧 1.6ボルト以下とか,実用上問題のない透明点の特性は,引用発明(例えば,実施例13,14のもの)において既に達成されているものであるから,引用発明の液晶混合物(例えば,実施例13,14のもの)に対し,引用例2に記載されたトリフルオロベンゼン誘導体を追加したり,これで一部置換した場合に,透明点が低下して使用に耐えないとか,しきい値電圧が 1.6ボルト以下になるかどうかも予想できないということになるとは認められない。

 (3) 原告は,前記第3,2(2)のようにも主張する。
 しかし,引用発明の液晶混合物にさらに引用例2の化合物を含有させた場合に,しきい値電圧の上昇とネマチック相範囲の悪化が予想されることを裏付けるに足りる証拠はない。また,前判示のとおり,引用例2のトリフルオロベンゼン誘導体は,「シアノ化合物」における消費電流や比抵抗やそれらの経時変化,表示コントラストの問題を解決するものであるから,引用発明の液晶混合物(例えば,実施例13,14のもの)に対し,引用例2のトリフルオロベンゼン誘導体を追加又は置換することは,意味があり,かつ,十分にあり得ることというべきである。
 よって,原告の上記主張は,採用の限りではない。
 (4) 小括
 以上判示のとおり,原告主張の取消事由2も理由がない。
 3 結論

 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。

  知的財産高等裁判所第4部


        裁判長裁判官
                   塚   原   朋   一



           裁判官
                   田   中   昌   利



           裁判官
                   高   野   輝   久