H17. 8. 3 知財高裁 平成17(行ケ)10259 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10259号 審決取消請求事件
平成17年7月13日口頭弁論終結
                     判決
       原      告      パプスト ライセンシング ゲーエムベーハー ウント コー.カーゲー
       訴訟代理人弁理士    加藤朝道
        同           内田潔人
        同             青木充
       被            告     特許庁長官 小川洋
        指定代理人      小曳満昭
        同        宮下正之
                    主文
                 1 原告の請求を棄却する。
                 2 訴訟費用は原告の負担とする。

                 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
                     事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
 1 原告ら
   (1) 特許庁が訂正2004−39177号事件について平成16年10月19日にした審決を取り消す。
   (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
     主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 (以下,特許法114条各項,126条各項については,平成15年法律第47号による改正前の特許法の規定による。)
 1 特許庁における手続の経緯
    原告は,発明の名称を「無集電子三相直流電動機」とする特許第2639521号の特許(昭和61年1月9日出願,平成9年5月2日設定登録。以下「本件特許」という。発明の数は2であり,独立請求項は請求項1及び同20であり,同2〜19及び同21〜23は実施態様項である。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた。本件特許に対して特許異議の申立てがされ,特許庁は,これを平成9年異議第76221号として審理した結果,平成12年4月13日,「特許第2639521号の特許請求の範囲第1項,第20項に記載された発明についての特許を取り消す。」との決定(以下「前件取消決定」という。)をしたため,原告は,同年9月7日,東京高等裁判所に対し,前件取消決定の取消を求める訴えを提起した(同裁判所平成12年(行ケ)第334号)が,同裁判所は,同訴訟について,平成16年3月11日,原告の請求を棄却する旨の判決(以下「前件棄却判決」という。)をした。原告は,この判決を不服として平成16年4月27日,最高裁判所に対し,上告受理の申立てをしたが,同年9月16日,最高裁判所は,同上告受理の申立てに対し,不受理の決定をした。

    原告は,その間,特許庁に対し,同年7月26日付けで特許請求の範囲の記載等について訂正審判を申し立て,本件特許につき,特許庁はこれを訂正2004−39177号事件として審理したが,同年10月19日,「本件審判の請求を却下する。」(出訴のための付加期間90日)との審決をし,同年10月29日,その謄本を原告に送達した。
 2 審決の理由
    「本件特許第2639521号の特許請求の範囲第(1〜19)項及び第(20〜23)項に記載された発明に係る特許を取り消す決定をした平成9年異議76221号異議決定が,平成16年9月16日に確定し,本件特許権は,特許法114条3項の規定により初めから存在しないものとなった。そのため,本件訂正審判の請求は,請求の対象が存在しないので,不適法な請求であって,その補正をすることができないものである。したがって,本件訂正審判の請求は,特許法135条の規定によって,却下すべきものである。」

第3 原告主張の取消事由の要点
    審決は,特許法126条5項の解釈を誤り,特許権者の正当な防御手続権としての訂正審判制度を不適法に制限的に運用し,特許法135条の適用を誤って原告の訂正審判請求による正当な訂正手続権を奪い,原告に回復し難い不利益を与えたものであり,特許法の法目的(1条)に反するものであるから,取り消されるべきである。
 1 特許法126条5項ただし書の規定は同条項本文を限定する趣旨のものであることは,文理上明らかであるにもかかわらず,審決は同項ただし書をもって,訂正審判請求一般に拡張解釈し,さらに既請求で係属中の訂正審判手続に対してまで適用しているが,これは全く合理的根拠を有しないものである。
 2 審決は,再審事由を定める特許法171条2項で準用する民訴法338条1項8号の存在趣旨に反する。すなわち,適法に係属中であった訂正審判請求を,単に取消決定の確定をもって,不適法とすることは,許されない。訂正審判請求が成立すれば,先に確定した無効審決(行政処分)に再審事由が生ずるが,そのような事態はまさに法の予定するところである。

 3 審決は,異議取消決定の確定をもって,「請求の対象が存在しないので不適法な請求」であるとするが,「訂正審判請求」の適,不適は,審判請求書提出の時点で判断すべきものであり,本件訂正審判の請求は適法になされたものである。
 4 審決の論理によれば,「請求の対象がない」ということを根拠としているが,それ自体,既請求の訂正審判請求人の手続上の権利を否定する根拠とはなり得ない事項であり,失当である。訂正審判請求(ないし手続)とは,特許査定という行政処分の基礎となった明細書又は図面の訂正の審判請求(ないし手続)であり,「訂正の対象」は厳然として存在するものである。この論理に従えば,無効審決の確定の後,再審を請求する場合にも,やはり,「対象がない」ことをもって却下することになり,論理的に完全に破綻している。

 5 本件特許の取消は,独立請求項1と20についてなされたが,本件特許には,さらに実施態様項として請求項2〜19及び21〜23が存在する。そして,原告は,前件棄却判決を検討することにより,前件取消決定が訂正によって克服できるものであることが初めて明らかになったので,前件棄却判決に対する上告受理申立てを行うとともに訂正審判の請求を適時に行ったのである。しかるに,特許庁は,前件棄却判決があることを理由に訂正審判手続の中止決定を行った。すなわち,特許庁は審理手続を続行することなく,もっぱら前件棄却判決の確定を待つことにし,そのために訂正審判手続が進行しないうちに前件棄却判決が確定してしまい,請求の対象がなくなったとして訂正審判請求を却下されたのである。この一連の手続は,まさに特許庁として行うべき手続の不作為・放棄であり,行政手続法上も許されない。
    仮に,旧民訴法の下で上告受理ではない通常の上告の審理がされれば,このように早期に高裁判決は確定しなかったはずであるし,その間に訂正審判の実質的審理を進めることは,十分可能であったと推察される。
    もし,訂正審判の審決が前件取消決定の確定前に確定すれば取消決定は再審事由を有することとなって違法となり,改めて訂正された明細書に従って判断されることになるはずであった。
    このように,訂正審判(又はその審決取消訴訟)の審理と異議手続ないし無効審判の審決取消訴訟の審理の早いか,遅いかによって,結果に生殺の差が生ずることになるが,このような不安定な事態は不合理であり,かつ,一方的に訂正審判請求人(特許権者)に過大なリスクを負わせるものであって,制度論として許容されるべきではない。

 6 被告は,最高裁昭和59年4月24日判決(民集38巻6号653頁)の判断がある故をもって原告の主張は否定されるべきであると主張するが,原告は,この最高裁判決は見直されるべきであり,その原審たる東京高裁昭和56年11月5日判決(同庁昭和55年(行ケ)第136号)の立場が支持されるべきものと考える。
    上記東京高裁判決は,本件のような特許取消決定と訂正審判に関する規定と同趣旨の規定に基づく実用新案登録無効審判と訂正審判に関し,無効審決が確定しても,その確定前に既に訂正審判の請求をしていた権利者は,訂正不許審決の取消を求める法律上の利益を有するというものである。
    したがって,訂正審判の請求と無効審決との関係についての規定は,実用新案権の消滅後にも訂正審判の請求ができるが,その場合において無効審決の確定後は新たに訂正審判を請求することができないというに過ぎず,無効審決の確定によってそれ以前に既になされている訂正審判の請求の利益を失わしめる趣旨のものとは解されないのである。

    かくて,上記最高裁判決は,最高裁判例としての地位を与えられるべきものではない。
 7 民訴法338条1項8号は,判決の基礎となった裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたことを,再審事由として規定している。
    すなわち,ある判決の基礎となる権利関係について,それを規定する裁判又は行政処分が後に変更され得ることを前提としている。ある行政処分に対する再審手続は,その基礎となる権利が行政処分によって遡及的に取り消されようとも,再審(裁判)を求める権利自体の喪失まで意味しないということが,大前提である。本件却下審決は,この大前提をも踏みにじるものである。
    審決は,前件取消決定の確定により,特許は特許法114条3項の規定により「初めから存在しないものとなった」とし,「請求の対象が存在しないので,不適法」とする。

    しかし,「請求の対象」たる特許は,訂正審判請求書提出時には存在していたし,現在も,「過去に存在していた」事実は存在する。「訂正審判」という行政手続の対象は,特許査定の基礎とされた明細書の訂正であり,明細書の存在自体が否定されることはあり得ない。
    また,「特許の取消」とは,「特許する」との行政処分の取消であって,特許の取消決定の確定により特許権は「初めから存在しないものとみなされる」としても,「特許する」という行政処分があったこと自体(すなわち,過去に存在した手続関係自体)は前提事実であってそれが喪失するものではない。
第4 被告の反論の要点
 1 審決は,本件訂正審判の対象である本件特許に対する取消決定が確定し,本件特許権が初めから存在しないものとなり,本件訂正審判の対象が存在しないこととなったので,本件訂正審判の請求は,不適法な請求であって,その補正ができないものであるとして,その請求を特許法135条の規定に基づき却下したものである。

    ところで,特許法114条3項は,特許異議申立てに係る特許について,取消決定が確定したときは,その特許権は初めから存在しなかったものとみなすと規定しており,また同法126条5項では,訂正審判の請求は,特許権の消滅後も請求できるが,特許が取消決定により取り消された(又は無効審判により無効となった)後はこの限りでないと規定している。
    これらの規定は,特許権が取消決定又は無効審決により取り消され又は無効とされた後,すなわち,特許権が初めらか存在しなかったものとみなされた場合には,訂正審判の請求をすることができないことを定めたものであるところ,そこでいう,請求が許されない訂正審判は,特許権が取り消され又は無効とされた後に新たに請求されるものに限らない(取消決定又は無効審決の確定時に係属中のものを含む。)というべきである。

    以上のことは,最高裁判例が明示しているところである。すなわち,最高裁昭和59年4月24日判決(民集38巻6号653頁)は,「上記ただし書の規定は,無効審決が確定した後に新たに訂正審判の請求をする場合にその適用があるのはもとより,実用新案権者の請求した訂正審判の係属中に無効審判が確定した場合であってもその適用が排除されるものではない」旨判示しており,その後も同趣旨の裁判例が続いている。
    本件特許は,審決時には,既に前件取消決定が確定し,本件特許権は初めから存在しないものとなっているのであるから,もはや願書に添付した明細書又は図面を訂正する余地はないものというほかなく,本件訂正審判の請求はその目的を失い不適法といわざるを得ない。
 2 原告の主張に対する反論
   (1) 原告は,審決が特許法126条5項の解釈を誤り,同法135条の適用を誤ったものであること,また同法126条5項ただし書の規定は同項本文を限定する趣旨であり,審決はこの「ただし書」をもって訂正審判請求一般に拡張解釈したものであって,誤りであること,加えて,係属中の訂正審判手続に対してまでこの「ただし書」を拡大解釈することは,合理的根拠を有しない判断であることなどを主張する。しかしながら,前記のとおり,特許法126条5項ただし書の規定の解釈は,前記最高裁判決により明確なものとなっており,原告の主張はそれに反するので失当である。

   (2) 原告は,審決は,再審事由を定めた特許法171条2項で準用する民訴法338条1項8号の存在趣旨に反し,適法に係属中であった訂正審判請求を単に取消決定の確定をもって,不適法とすることは許されず,特許権者の正当な防御手続権を制限的に運用するもので,特許法の目的にも反するなどと主張し,また訂正審判の適・不適は,審判請求書提出の時点で判断すべきである旨主張する。
      しかしながら,上記最高裁判決は,「当該実用新案を無効にする審決が確定した場合は,同法41条によって準用される特許法125条の規定により,同条ただし書にあたるときでない限り,実用新案権は初めから存在しなかつたものとみなされ,もはや願書に添付した明細書又は図面を訂正する余地はないものとなるというほかはないのであって,訂正審判の請求はその目的を失い不適法になると解するのが相当である。」と判示しているものであって,これによれば,本件のように,既に特許の取消決定が確定した後に,特許権は初めから存在しなかつたものとして,当該訂正審判を却下することは,適法であり,原告の上記主張は全く当を得ないものであることが明らかである。

   (3) 原告は,審決は,「請求の対象物がない」ということを根拠とするが,訂正審判請求とは特許査定という行政処分の基礎となった明細書又は図面の訂正の審判請求であるから,「訂正の対象」は存在する旨を主張する。
      しかしながら,訂正審判は,有効に存在する又は有効に存在した特許権に係る願書に添付した明細書又は図面についての訂正をその請求の対象としている制度であって,特許権が初めから存在しないものとみなされる場合には,当然にその対象はなくなるから,上記原告の主張は失当である。審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 当事者間に争いのない事実によれば,原告の有する本件特許に対し特許異議の申立てがされ,特許庁はこの異議を容れて前件取消決定をしたこと,原告が東京高等裁判所に対し,前件取消決定の取消を求める訴訟を提起したが,容れられずに前件棄却判決がされたこと,原告は最高裁判所に対し,上告受理の申立てをし,さらに特許庁に対し本件特許について特許請求の範囲の記載等の訂正を内容とする訂正審判を申し立てたけれども,訂正審判の審理が進まないうちに,上告不受理決定がされて前件棄却判決が確定したことが明らかである。

    これによれば,本件特許の取消決定が確定したのであるから,特許法114条3項により,本件特許権は初めから存在しなかったものとみなされることになる。そうすると,本件訂正審判の請求は,その目的を失い不適法になるものといわざるを得ない。審決が「本件訂正審判の請求の対象が存在しないので不適法な請求である」としたことは,これと同趣旨をいうものと解することができ,本件訂正審判の請求を却下した審決の判断に誤りはない。
 2 原告の主張について
   (1) 原告は,審決が特許法126条5項を適用したことが根拠のないものであると主張する。しかしながら,同項が本文において,特許権消滅後における訂正審判の請求を許しながら,ただし書において特許が取消決定により取り消され,又は無効審判によって無効とされた後はこれを許さないものとしている趣旨は,過去において有効に存在するものとされていた特許権が存続期間の満了等により消滅し,現在においては権利として存在していない状態となっていても,無効審判の請求を許すこととしているので,これに対応して,特許権者にも上記のように特許権が消滅した後においても無効審判請求への対抗手段として訂正審判請求を許し,特許権者の請求により訂正の審判を行うが,取消決定ないし無効審判により特許権の効力が遡及的に否定された後は,もはや権利者において無効審判請求への対抗手段として訂正請求を許す必要がないことから,訂正審判を行わないことを明らかにしたものである。

      上記のとおり,特許法126条5項ただし書が「ただし,特許が取消決定により取り消され,又第123条第1項の審判により無効にされた後は,この限りではない。」と規定しているのは,取消決定ないし無効審判が確定した場合は,もはや訂正審判を行う余地がないことをいう趣旨であり,取消決定や無効審決の確定時までに請求された訂正審判については審判が行われることをいう趣旨ではない(最高裁昭和59年4月24日判決・民集38巻6号653頁参照)。
      したがって,審決が126条5項を適用して,本件訂正審判請求を却下したことは,正当である。
   (2) 原告は,審決が再審に関する民訴法の規定の趣旨に反する旨主張するが,特許法126条5項の趣旨は上記のとおりであって,再審の制度があるからといって,特許法126条5項を,原告主張のように解すべきことにはならない。

   (3) 原告は,訂正審判請求の適法性は審判請求書提出の時を基準にすべきである旨をいうが,取消決定が確定したときは,その特許権は初めから存在しなかったものとみなされるのであり,特許法は,上記のような制限の下に,特許権者に訂正審判を請求することを許すこととしたのである。
   (4) 本件訂正審判の請求がなされた後,特許庁は,前件取消訴訟が上告受理申立ての段階にあることをもって,訂正審判の手続を中止したものであるが(このことは,被告も認めるところである。),この点が,前件取消決定が確定したことにより,本件訂正審判請求につき,もはや審判を行う余地がなくなったという結論に影響を及ぼすものではない。
 3 結論
    以上のとおりであって,原告の主張は理由がなく,審決に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。

    よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。

       知的財産高等裁判所第3部


           裁判長裁判官       三  村  量  一

                裁判官       若  林  辰  繁

                裁判官       沖  中  康  人