H17. 4.25 知財高裁 平成17(行ケ)10192 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10192号(東京高等裁判所平成16年(行ケ)第153号)審決取消請求事件
平成17年2月28日口頭弁論終結
                     判決
        原告             積水化学工業株式会社
         訴訟代理人弁護士   安原正之
         同     佐藤治隆
         同     小林郁夫
         同     鷹見雅和
         訴訟代理人弁理士   安原正義
        被告             特許庁長官 小川洋
         指定代理人      木原裕
         同     佐藤昭喜
         同     高木進
         同     岡田孝博
         同     涌井幸一
         同     宮下正之

                    主文
                原告の請求を棄却する。
                訴訟費用は原告の負担とする。
                     事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
 1 原告
   (1) 特許庁が不服2003−14682号事件について平成16年3月3日にした審決を取り消す。
   (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
     主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 (以下,特許法17条の2,36条については,平成14年法律第24号による改正前のものによる。)
 1 特許庁における手続の経緯
     原告は,発明の名称を「耐火構造体及び耐火壁の施工方法」とする発明について,平成9年10月21日,特許出願(平成9年特許願第288535号,優先権主張平成8年10月31日,日本国。以下「本件出願」という。)し,平成14年6月28日付け及び同年12月2日付け各手続補正書をもって特許請求の範囲等の補正をしたが,平成15年6月26日付けで拒絶査定を受けたため,同年7月30日,これに対する不服の審判を請求し,さらに平成15年8月29日付け手続補正書をもって特許請求の範囲等を補正(以下「本件補正」という。)した。特許庁は,これを不服2003−14682号事件として審理し,その結果,平成16年3月3日,「平成15年8月29日の手続補正を却下する。」との決定をした上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年3月17日,その謄本を原告に送達した。

 2 本件補正前の特許請求の範囲(平成14年12月2日付け手続補正書による補正後のもの。以下の請求項を「旧請求項1」などという。)
   【請求項1】 厚み5〜100mmの不燃材料からなるボード(a)の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して,炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後に,前記耐火膨張シート(b)の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となることを特徴とする耐火構造体。
   【請求項2】 前記耐火膨張シート(b)が,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質,リン化合物,中和処理された熱膨張性黒鉛及び無機充填剤からなることを特徴とする請求項1記載の耐火構造体。

   【請求項3】 前記リン化合物及び中和処理された熱膨張性黒鉛の配合量は前記熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して合計量で20〜200重量部,前記無機充填剤の配合量は前記熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して50〜500重量部であり,
      前記中和処理された熱膨張性黒鉛と前記リン化合物との重量比〔(中和処理された熱膨張性黒鉛)/(リン化合物)〕が0.01〜9の範囲内であり,かつ,前記無機充填剤と前記リン化合物との重量比〔(無機充填剤)/(リン化合物)〕が0.6〜1.5の範囲内であることを特徴とする請求項2記載の耐火構造体。
   【請求項4】 前記耐火膨張シート(b)が,粘着付与剤を含有する樹脂組成物からなることを特徴とする請求項1又は2記載の耐火構造体。

   【請求項5】 前記不燃性材料からなるボード(a)が,けい酸カルシウム板であることを特徴とする請求項1記載の耐火構造体。
   【請求項6】 前記不燃材料からなるボード(a)が,無機系ボード及び/又は金属系ボードを複数枚合わせた複合ボード(a’)であることを特徴とする請求項1記載の耐火構造体。
   【請求項7】 前記複合ボード(a’)が,厚み0.1mmから5.0mmの金属板及び厚み5mmから40mmのけい酸カルシウム板又は石膏ボードを合わせてなることを特徴とする請求項6記載の耐火構造体。
   【請求項8】 前記複合ボード(a’)が,厚み0.1mmから5.0mmの金属板及び厚み5mmから40mmの窯業系サイディングを合わせてなることを特徴とする請求項6記載の耐火構造体。
   【請求項9】 前記耐火膨張シート(b)の層上に,前記耐火膨張シート(b)の膨張を妨げずに前記耐火膨張シート(b)が加熱時に膨張する形状を保持する部材(c)が設けてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の耐火構造体。

   【請求項10】 壁材の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となる前記耐火膨張シート(b)を設置し,更にその上に,前記耐火膨張シート(b)の膨張を妨げずに前記耐火膨張シート(b)が加熱時に膨張する形状を保持する部材(c)を設置することを特徴とする耐火壁の施工方法。
 3 本件補正後の特許請求の範囲(以下の請求項を「新請求項1」などという。)
   【請求項1】 厚み5〜100mmの不燃材料からなるボード(a)の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して,炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後に,前記耐火膨張シート(b)の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となり,かつ,当該耐火膨張シート(b)は,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質,リン化合物,中和処理された熱膨張性黒鉛及び無機充填剤からなり,上記リン化合物及び中和処理された熱膨張性黒鉛の配合量が,上記熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して合計量で20〜200重量部,中和処理された熱膨張性黒鉛と上記リン化合物との重量比〔(中和処理された熱膨張性黒鉛)/(リン化合物)〕が,0.01〜9,上記無機充填剤の配合量が,上記熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して50〜500重量部,上記無機充填剤と上記リン化合物との重量比〔(無機充填剤)/(リン化合物)〕が,0.6〜1.5の樹脂組成物であることを特徴とする耐火構造体。

   【請求項2】 厚み5〜100mmの不燃材料からなるボード(a)の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して,炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後に,前記耐火膨張シート(b)の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となり,かつ,当該耐火膨張シート(b)は,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質,リン化合物及び上記アルカリ金属,アルカリ土類金属及び周期律表IIb族金属の金属炭酸塩からなり,上記リン化合物及び金属炭酸塩の合計量が,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して50〜900重量部,上記金属炭酸塩と上記リン化合物との重量比〔(金属炭酸塩)/(リン化合物)〕が,0.6〜1.5の樹脂組成物であることを特徴とする耐火構造体。
   【請求項3】 厚み5〜100mmの不燃材料からなるボード(a)の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して,炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後に,前記耐火膨張シート(b)の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となり,かつ,当該耐火膨張シート(b)は,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質,リン化合物,上記アルカリ金属,アルカリ土類金属及び周期律表IIb族金属の金属炭酸塩並びに含水無機物及び/又はカルシウム塩からなり,上記リン化合物,金属炭酸塩並びに含水無機物及び/又はカルシウム塩の合計量が,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して50〜900重量部,上記金属炭酸塩並びに含水無機物及び/又はカルシウム塩の合計量と上記リン化合物との重量比〔(金属炭酸塩並びに含水無機物及び/又はカルシウム塩の合計量)/(リン化合物)〕が,0.6〜1.5,含水無機物及び/又はカルシウム塩の合計量が,上記金属炭酸塩100重量部に対して1〜70重量部の樹脂組成物であることを特徴とする耐火構造体。
   【請求項4】 厚み5〜100mmの不燃材料からなるボード(a)の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して,炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後に,前記耐火膨張シート(b)の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となり,かつ,当該耐火膨張シート(b)は,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質,リン化合物,多価アルコール及び上記アルカリ金属,アルカリ土類金属及び周期律表IIb族金属の金属炭酸塩からなり,上記リン化合物,多価アルコール及び金属炭酸塩の合計量が,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して50〜900重量部,上記多価アルコールと上記リン化合物との重量比〔(多価アルコール)/(リン化合物)〕が,0.05〜20,上記金属炭酸塩と上記リン化合物との重量比〔(金属炭酸塩)/(リン化合物)〕が,0.01〜50の樹脂組成物であることを特徴とする耐火構造体。

   【請求項5】 厚み5〜100mmの不燃材料からなるボード(a)の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して,炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後に,前記耐火膨張シート(b)の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となり,かつ,当該耐火膨張シート(b)は,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質,リン化合物,中和処理された熱膨張性黒鉛,多価アルコール並びにアルカリ金属,アルカリ土類金属及び周期律表IIb族金属の金属炭酸塩からなり,上記リン化合物,上記中和処理された熱膨張性黒鉛,上記多価アルコール及び金属炭酸塩の合計量が,熱可塑性樹脂及び/又はゴム物質100重量部に対して50〜900重量部,上記多価アルコールと上記リン化合物との重量比〔(多価アルコール)/(リン化合物)〕が,0.05〜20,上記中和処理された熱膨張性黒鉛と上記リン化合物との重量比〔(中和処理された熱膨張性黒鉛)/(リン化合物)〕が,0.01〜9,上記金属炭酸塩と上記リン化合物との重量比〔(金属炭酸塩)/(リン化合物)〕が,0.01〜50の樹脂組成物であることを特徴とする耐火構造体。
   【請求項6】 前記耐火膨張シート(b)が,粘着付与剤を含有する樹脂組成物からなることを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の耐火構造体。
   【請求項7】 前記不燃性材料からなるボード(a)が,けい酸カルシウム板であることを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の耐火構造体。
   【請求項8】 前記不燃材料からなるボード(a)が,無機系ボード及び/又は金属系ボードを複数枚合わせた複合ボード(a’)であることを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の耐火構造体。
   【請求項9】 前記複合ボード(a’)が,厚み0.1mmから5.0mmの金属板及び厚み5mmから40mmのけい酸カルシウム板又は石膏ボードを合わせてなることを特徴とする請求項8記載の耐火構造体。

   【請求項10】 前記複合ボード(a’)が,厚み0.1mmから5.0mmの金属板及び厚み5mmから40mmの窯業系サイディングを合わせてなることを特徴とする請求項8記載の耐火構造体。
   【請求項11】 前記耐火膨張シート(b)の層上に,前記耐火膨張シート(b)の膨張を妨げずに前記耐火膨張シート(b)が加熱時に膨張する形状を保持する部材(c)が設けてなることを特徴とする請求項1〜10の何れかに記載の耐火構造体。
   【請求項12】 壁材の少なくとも片面に,厚み0.5〜40mmの耐火膨張シート(b)を設けてなる請求項1〜11の何れかに記載の耐火構造体であって,当該耐火構造体をJIS A 1304に準拠して炉内温度を1時間で925℃まで昇温した後の加熱前の厚み(D)と加熱後の厚み(D′)との関係が,D′/D=2.5〜15の範囲内となる前記耐火膨張シート(b)を設置し,更にその上に,前記耐火膨張シート(b)の膨張を妨げずに前記耐火膨張シート(b)が加熱時に膨張する形状を保持する部材(c)を設置することを特徴とする耐火壁の施工方法。

 4 審決の理由
    別紙審決書の写しのとおりである。要するに,@本件補正は,補正後の特許請求の範囲の請求項の項数が実質的に増加したことにより,補正後の特許請求の範囲に記載された請求項に係る発明が,補正前のものに比較して拡張したものとなり,特許請求の範囲の拡張に該当するから,特許法17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正に該当しないので,却下すべきであり,A本件補正前の旧請求項1の発明は,特開平7−276552号公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることができない,としたものである。
第3 原告主張の取消事由の要点
    審決は,特許法17条の2第4項2号の解釈を誤り,本件補正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであるにもかかわらず,これに当たらないと誤って判断したものであって,その結果,本件出願に係る発明の要旨の認定を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。

 1 審決は,「本件補正は,本件補正前の請求項2及び請求項3の発明特定事項を,本件補正前の請求項1に繰り入れて,実質的に前記請求項2及び請求項3を削除することにより,請求項の項数を2個削減した上で,本件補正前の請求項1に記載されていた発明特定事項の「耐火膨張シート(b)」を,さらに本件補正後の請求項2から請求項5までの新たな4個の請求項に展開させることにより,実質的に4個の新たな請求項が追加記載されたものであり,その結果として,本件補正により,差し引き2個の請求項が増加していることになる。
   そうすると,本件補正後の特許請求の範囲に記載の請求項の項数が実質的に増加したことにより,本件補正後の特許請求の範囲に記載された請求項に係る発明が,本件補正前のものに比較して拡張したものとなり,本件補正は,明らかに特許請求の範囲の拡張に該当する・・・」と判断し,請求項を増加することが特許請求の範囲の拡張に該当するとしている。
    しかし,この判断は,以下のとおり,誤りである。
   (1) 特許庁編集に係る工業所有権法逐条解説[第16版](社団法人発明協会発行)によれば,特許法17条の2第4項2号は,「特許請求の範囲の減縮を行う補正のうち,請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,補正前の請求項に記載された発明と補正後の請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるもの(例えば,請求項に上位概念で記載されている発明をより下位概念で記載するもの)についてのみ認めることとしたものである。このような補正であれば,審査官は,既に行った審査の結果を有効に活用して,補正された発明の審査を行うことができるため,迅速,的確かつ公平な権利付与が達成されるとともに制度の国際的調和も達成されることとなる。」としている(60頁7行〜12行)。

      すなわち,立法者は,「特許請求の範囲の減縮」の例として,単に「請求項に上位概念で記載されている発明をより下位概念で記載するもの」が該当するとしているに過ぎず,請求項が増加されるものであってはならないとはしていないのである。
   (2) 特許法17条の2第4項は,「請求項の削除」(1号),「特許請求の範囲の減縮」(2号),「誤記の訂正」(3号),「明りょうでない記載の釈明」(4号)をそれぞれ別個の補正目的として規定しているのであるから,各要件はそれぞれ独立に判断されることを予定していると解すべきである。
      同条項1号の「請求項の削除」は,請求項の数という形式的事項に着目し,請求項の数の増減(請求項数の減少,維持,増加の3種類)のうち,請求項の減少の場合を補正の目的としたものである。しかし,このことは,請求項の維持・増加の場合が,1号の補正目的には該当しないというに過ぎず,請求項を維持・増加させる補正が,1号以外の他の各号により許されないということを意味するものではない。そして,請求項の数という形式的事項は,専ら1号で扱われているのであるから,それ以外の2号ないし4号では,請求項の数という形式的事項は考慮されないものと解すべきである。

      したがって,同条項2号の「特許請求の範囲の減縮」において,請求項数の増加を理由に補正ができないと解することはできない。
   (3) 特許法17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」は,特許請求の範囲の記載内容を問題としており,請求項の数の問題とは判断の観点,内容が異なるのであって,請求項数の増減を「特許請求の範囲の減縮」と関連づけることはできないし,同条項2号には,「特許請求の範囲の減縮」から請求項数の増加を除く旨の記載はない。したがって,「特許請求の範囲の減縮」に当たるか否かは,あくまでも特許請求の範囲が減縮されたか否かで判断すべきであり,その解釈に当たり,請求項の数の増減と関連させる必要はない。
      「特許請求の範囲の減縮」に請求項の「数」の概念を持ち込み,請求項数の増加は認めないとすると,@請求項に上位概念で記載されている発明Aをより下位概念のa1,a2で記載することで特許請求の範囲を減縮する場合,A請求項に上位概念で記載されている発明Aをより下位概念のaと,さらにその下位概念のa’として記載することで特許請求の範囲を減縮する場合に,補正後の特許請求の範囲において,それぞれを独立の請求項として記載できないことになる。上記の場合に,a1とa2,あるいはaとa’を「または」で結んで一つの請求項とすれば,特許請求の範囲の減縮に該当して補正が認められ,それぞれを独立の請求項とすると,補正が許されないというのは,実質的に補正の内容が変わらないのに不合理である。

   (4) しかるに,審決は,「特許請求の範囲の減縮」と請求項数の増減とを関連させ,「本件補正後の特許請求の範囲に記載の請求項の項数が実質的に増加した」ことのみを理由に本件補正を却下し,「特許請求の範囲の減縮」に当たるか否かの実質的な判断を遺脱したものであり,特許法17条の2第4項2号の解釈を誤ったものである。
 2 被告は,特許法17条の2第4項2号のかっこ書きの規定により,「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正は,補正前の請求項と補正後の請求項とが一対一の対応関係にあることを当然の前提としていることが,法文上明らかであると主張する。
    しかし,上記かっこ書きにおいて発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることを要するのは,「その補正前の当該請求項に記載された発明」と「その補正後の当該請求項に記載される発明」であって,「その補正前の当該請求項」と「その補正後の当該請求項」ではなく,対比されるべきは,請求項相互ではなく,発明相互である。したがって,「特許請求の範囲の減縮」に当たるか否かは,補正の前後における「発明」を対比することによって判断されるべきものであり,補正前の請求項と補正後の請求項とが一対一の対応関係にあることは,特許法17条の2第4項2号のかっこ書きの予定するところではないというべきである。被告が引用する裁判例には法解釈上重大な誤りがある。

 3 仮に,補正の前後において請求項が一対一又はこれに準ずるような対応関係にあることを要するとしても,本件補正の前後を通じ,各請求項は一対一又はこれに準ずるような対応関係にあるといえる。すなわち,
   (1) 本件補正後の新請求項1は,本件補正前の旧請求項1ないし3を構成とするものである,
   (2) 本件補正後の新請求項2ないし5は,いずれも本件補正前の旧請求項1を構成の中心とする,
   (3) 本件補正後の新請求項6ないし12は,それぞれ本件補正前の旧請求項4ないし10に順次対応している。
第4 被告の反論の要点
    審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
 1 特許法第17条の2第4項2号は,そのかっこ書きにおいて「(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定する。

    このかっこ書きの規定の前段は,「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正が,補正前の一つの請求項ごとに記載された発明に関して,請求項ごとに記載された発明を特定する事項の一部又は全部を限定的に減縮する補正であることを要求するものである。そして,その後段は,補正の前後で発明が一定の関係にあることを要するとする規定であるが,ここでいう補正前の発明である「当該請求項に記載された発明」と補正後の発明である「当該請求項に記載される発明」とは,補正の前後の請求項の対応関係において,補正前の一の当該請求項が限定的に減縮されて,そのまま補正後の一の当該請求項となるような請求項の限定的減縮の補正を求めていることにほかならない。
    したがって,同条項2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正は,そのかっこ書きの規定により,補正前の請求項と補正後の請求項とは一対一の対応関係にあることを当然の前提としていることが,法文上明らかである。

    また,特許請求の範囲は,特許を受けようとする発明について記載した個々の請求項の集合したものであるから,同条項2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正も,特許請求の範囲の各請求項について個々に独立して行われるべきものであり,「その補正前の当該請求項に記載された発明」と「その補正後の当該請求項に記載される発明」とは,補正前と補正後の当該請求項の間で一対一の関係に対応していることが要請されるということになる。このことを逆にいえば,一対一の関係に対応しなくなるような請求項を増加させる特許請求の範囲の補正は,同条項2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正に,結果的に該当しないことになる,ということである。
 2 特許法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」は,補正前の請求項と補正後の請求項との対応関係が明白であって,かつ,補正後の請求項が補正前の請求項を限定した関係になっていることが明確であることが要請されるものというべきであって,補正前の請求項と補正後の請求項とは,一対一又はこれに準ずるような対応関係に立つものでなければならないというべきである(東京高裁平成16年4月14日判決,平成15年(行ケ)第230号)。

    ここに「一対一に準ずるような対応関係」とは,例えば多数項引用形式で記載された補正前のn項引用形式請求項をn−1項以下の独立形式請求項に変更する補正の場合を指すものである(n項引用形式の請求項はもともとn項の複数請求項を含んでいたのであるから,この場合は,実質的には請求項数の増加とはならないからである。)。
    しかし,本件補正が,補正前のn項引用形式請求項を補正によってn−1項以下の独立形式にしたような場合に該当しないことは明らかである。そして,本件補正は,新請求項2ないし5という4個の請求項を新規に特許請求の範囲に追加記載するものであり,その補正の前後において,一つの当該新請求項と一つの当該旧請求項とが一対一の対応関係を維持しつつ,その対応関係にある一つの当該旧請求項の発明特定事項を限定的に減縮する補正であるということができず,結果的にみて,本件補正は,実質的に請求項数自体を明らかに増加させる増項補正となっているのであって,このような増項補正は,特許法17条の2第4項2号に掲げる事項を目的とする補正に該当するということができない。

 3 したがって,原告が主張するように,補正後の複数請求項の個々の請求項について特許請求の範囲の記載内容を問題として「特許請求の範囲の減縮」に当たる否かについて判断することを要しないことは明らかである。
第5 当裁判所の判断
 1 特許法17条の2は,拒絶査定を受けた場合でも,これに対する審判請求をする場合には,その審判の請求の日から30日以内に限って,なお明細書等について補正をする機会を出願人に与える(1項3号)とともに,この場合の特許請求の範囲の補正は,新規事項の追加禁止の要件(3項)のほかに,請求項の削除,特許請求の範囲の減縮など4項1号ないし4号に掲げる事項を目的とするものに限り,これを許容することとしている。これは,審判請求に伴ってする補正について,出願人の便宜と迅速,的確かつ公平な審査の実現等との調整という観点から,既になされた審査結果を有効に活用できる範囲内に限って補正を行うことを認めることとしたものである。すなわち,出願人には,既に拒絶査定を受ける前に補正の機会が与えられていたのであり,拒絶査定に対する審判という出願審査の最終段階に至って,特許請求の範囲の拡張等を伴う補正がされ,審査対象の変更や複雑化を招くことは,審査遅延などの事態を生じることにもなりかねず,迅速・的確な審査の実現を妨げることになることから,このような段階における特許請求の範囲の補正は,それまでになされた審査の結果を有効に活用して,補正された発明の審査を行うことができる範囲でこれを許容することにしたものということができる。
 2 このような観点に立って,特許法17条の2第4項1号(以下,単に「1号」という。)は,請求項の削除を行う補正は新たな審査を必要としないことから,これを認めることとし,また,同条項2号(以下,単に「2号」という。)は,特許請求の範囲の減縮を行う補正のうち,「請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるもの」(同号かっこ書き)についてのみ,これを認めることとしているものである。
    そして,上記かっこ書きの文言からすれば,2号の規定は,補正が認められる特許請求の範囲の減縮といえるためには,補正後の請求項が補正前の請求項に記載された発明を限定する関係にあること,及び,補正前の請求項と補正後の請求項との間において,発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることを必要とするとしたものであり,ここで,上記の「限定する」ものであるかどうか,「同一である」かどうかは,いずれも特許請求の範囲に記載された当該請求項について,その補正の前後を比較して判断すべきものであり,補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっていることを当然の前提としているものと解するのが相当である。また,一般に,特許請求の範囲の補正の態様としては,その量的な面(請求項の数)と内容的な面(技術的内容)とが考えられるが,1号は,そのうち量的な面(請求項の数)に着目して「請求項の削除」の場合のみを規定したものであり,2号の特許請求の範囲の減縮は,特許請求の範囲の内容的な面に着目して,その拡張等以外の「減縮」について定めたものということができる。このような1号と2号の関係や,2号かっこ書きにおいて,その補正前の「当該請求項」に記載された発明とその補正後の「当該請求項」に記載される発明とが対応する関係に立つことが前提とされていることからすると,    2号の規定は,請求項の発明特定事項を限定して,これを減縮補正することによって,当該請求項がそのままその補正後の請求項として維持されるという態様による補正を定めたものとみるのが相当であって,当該一つの請求項を削除して新たな請求項をたてるとか,当該一つの請求項に係る発明を複数の請求項に分割して新たな請求項を追加するというような態様による補正を予定しているものではないというべきである。
    このことは,審判請求に伴ってする補正について,迅速,的確かつ公平な審査の実現等という観点から,既になされた審査結果を有効に活用できる範囲内に限って補正を行うことを認めることとした特許法17条の2第4項の制度趣旨に照らしても首肯することができるものである。すなわち,「特許請求の範囲には,請求項に区分して,各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」のであり(特許法36条5項),特許出願の審査はこの請求項ごとに行われ,拒絶理由の通知も各請求項ごとに明記されるものである。このように,発明は,請求項ごとに特定され,請求項ごとに審査の対象となるものであるから,請求項が異なれば,審査の対象も異なることになるし,新規に請求項が加われば,原則として,これについて新たに審査すべき必要が生ずることになるのであって,一つの請求項を複数の請求項に分割するような態様による補正を認めることは,審査対象が追加されることにより,新たな審査を必要とする場合を生じさせ,あるいは審査対象が複雑化することにより,当該補正が補正前の請求項に係る発明を限定的に減縮するものであるかどうか等の判断が複雑困難となるなどの事態を生じさせることともなり,それでは,迅速・的確な審査を実現するため,既にされた審査結果を有効に活用して,補正された発明の審査を行うことができる範囲で補正を認めるという前記の制度趣旨に合致しないことになるからである。
    したがって,一つの請求項に記載された発明を複数の請求項に分割して,新たな請求項を追加する態様による補正は,たとえそれが全体として一つの請求項に記載された発明特定事項を限定する趣旨でされたものであるとしても,2号の定める「特許請求の範囲の減縮」には当たらないというべきであり,2号の定める「特許請求の範囲の減縮」は,補正前後の請求項に係る発明が一対一の対応関係にあることを必要とすると解するのが相当である。このように解したとしても,出願人としては,既に拒絶理由通知を受け,補正の機会を与えられていたものであり,出願審査の最終の段階に至って,さらに新たな請求項の追加を必要とする事態を一般的には想定し難いことなどを考えれば,必ずしも出願人に酷な結果となるということもできない。

        もっとも,多数項引用形式で記載された一つの請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項について,その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合のように,補正前の請求項が実質的に複数の請求項を含むものであるときに,これを補正に際し独立の請求項とすることにより,請求項の数が増加することになるとしても,それは,実質的に新たな請求項を追加するものとはいえず,実質的には一対一の対応関係にあるということができるから,このような補正まで否定されるものではない。しかし,このような補正と,実質的に請求項の数を増加させる態様による補正とを同一に扱うことができないことはいうまでもない。
 3 原告は,2号には,「特許請求の範囲の減縮」から請求項数の増加を除く旨の記載はなく,請求項の数という形式的事項は専ら1号で扱われるべきものであり,2号はあくまで特許請求の範囲が減縮されたか否かで判断すべきである旨主張する。

    しかし,前記のとおり,2号は,そのかっこ書きで,当該請求項について,その補正の前後を比較して減縮かどうかを判断すべきものとしており,請求項の発明特定事項を限定することによって,当該請求項がそのまま補正後の請求項として維持されるという態様による補正を定めたものと解すべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。
    また,原告は,実質的に補正の内容が変わらないのに,構成要件を「または」で結んで一つの請求項とすれば,特許請求の範囲の減縮に該当するのに,それぞれを独立の請求項とするとそれに該当しないというのは不合理であると主張する。
    しかし,もともと一つの請求項に記載された発明であったものを複数の請求項に分割して新たな請求項を追加するという補正は,新たな審査を必要とする場合や,補正後の複数の請求項の全体と補正前の請求項とを対比して補正前の請求項に係る発明を限定的に減縮するものであるかどうかの判断を強いられるなど,審査の複雑化を生じさせることが予想され,特許法17条の2第4項において,補正事項を限定した趣旨に反する結果となるのであって,2号がそのような事態の生ずることを許容しないとすることには合理性があるということができる。

 4 そこで,本件補正についてみると,原告は,本件補正に係る平成15年11月7日付け手続補正書(甲第2号証の17)において,本件補正の根拠として,新請求項1ないし3は,いずれも「当該補正前請求項1における耐火膨張シートを下位概念に限定したもの」であるとし,また,新請求項6ないし12は,同1ないし5の請求項の補正により従属関係を訂正したものである旨記載しているが,新請求項4及び5については,単に明細書の記載に基づくものとして,その該当する明細書の段落を引用しているに過ぎない。
    そして,前記「当事者間に争いのない事実」欄記載の新旧請求項の記載内容からすると,本件補正の概要は,次のとおりである。
   ア 新請求項1は,旧請求項1の内容をそのまま含み,これに旧請求項2で具体的に明記された耐火膨張シート(b)の組成と,旧請求項3でさらに特定された耐火膨張シート(b)の組成材料の配合割合とを,そのまま含んだ内容となっている。

      この補正は,@旧請求項1を対象として,そこに含まれる内容を旧請求項2及び3の内容に限定し,旧請求項2と3を削除したもの,A旧請求項1を引用した旧請求項2を対象にして旧請求項3の内容に限定し,旧請求項1と3を削除したもの,あるいはB旧請求項1と2が引用されることになる旧請求項3を維持して旧請求項1と2を削除したもの,のいずれかであると理解することが一応可能であるが,前記の原告の本件補正に係る平成15年11月7日付け手続補正書の記載によれば,補正前請求項1における耐火膨張シートを下位概念に限定したものというのであるから,@の趣旨と考えられる。
   イ また,新請求項6ないし12は,いずれもそれ以前の請求項を引用する形式で特定されているものであり,旧請求項4ないし10とそれぞれ対応しているとみることが可能である。

   ウ 上記ア,イからすると,旧請求項は,全て補正の対象として選択され,新請求項1,6ないし12としてそれぞれ補正されていることになり,新請求項2ないし5に対応する補正の対象となる旧請求項は存在しないのであって,新請求項2ないし5は,旧請求項1に記載されていた発明特定事項の「耐火膨張シート(b)」の組成を,それぞれ新請求項1とは別個のものとして特定し,独立した4個の請求項としてたてることにより,旧請求項1を分割して実質的に新しい4個の請求項を追加したものと解するほかない。
    原告は,新請求項2ないし5は,旧請求項1を構成の中心とするものであり,本件補正の前後を通じて,各請求項は一対一又はこれに準ずるような対応関係にあるとも主張する。しかし,上記のとおり,旧請求項1は既に新請求項1として補正されているのであり,また,新請求項2ないし5は,補正前の多数項引用形式の請求項を補正によって独立形式とした場合でないことはいうまでもないし,補正前の請求項に択一的に記載された構成要件を限定して複数の請求項としたものでないことも    明らかであるから,新請求項2ないし5が実質的に新たな請求項を追加したものであることは明らかである。原告の主張は,補正前の一つの請求項が複数の補正後の請求項の一部を構成しているような態様による補正も2号の「特許請求の範囲の減縮」に含まれるという見解を前提としているものであり,結局,補正前の一つの請求項を分割して複数の請求項とする補正も認められるべきであり,補正前後の請求項が一対一の対応関係にある必要はないということに帰するものであって,これが採用できないことは,既に検討したところから明らかである。

    以上からすると,本件補正は,一つの請求項を分割して実質的に複数の新しい請求項を追加するものであり,特許法17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正に該当しないというべきであるから,本件補正を却下した審決の判断に誤りはなく,審決に本件出願に係る発明の要旨の認定を誤った違法はない。
 5 以上のとおりであって,原告が主張する取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。
    よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   
          知的財産高等裁判所第3部


               裁判長裁判官        佐  藤  久  夫

                     裁判官        若  林  辰  繁

裁判官設樂驤黷ヘ,転補のため,署名押印することができない。

               裁判長裁判官        佐  藤  久  夫