H17. 4.12 知財高裁 平成17(行ケ)10091 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10091号(東京高裁平成16年(行ケ)第370号) 特許取消決定取消請求事件(平成17年3月24日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告    日立化成工業株式会社
       訴訟代理人弁護士   尾関孝彰
       同    弁理士   清水義憲
       被      告   特許庁長官 小川洋
       指定代理人      神崎潔
       同          大野覚美
             同          鈴木久雄
             同          高橋泰史
             同          伊藤三男

          主           文
          特許庁が異議2003−71209号事件について平成16年6月30日にした決定中,特許第3342703号の請求項1,2,4,5,7ないし9に係る特許を取り消すとの部分を取り消す。
          訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
    主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
    原告は,名称を「回路接続用フィルム状接着剤及び回路板」とする特許第3342703号発明(平成9年7月15日出願〔優先権主張日平成8年7月15日,同月18日,平成9年3月19日・日本,以下「本件出願」という。〕,平成14年8月23日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)に係る特許権者である。

    本件特許につき特許異議の申立てがされ,同申立ては,異議2003−71209号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成16年5月6日,本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は,同事件につき審理した結果,同年6月30日に「訂正を認める。特許第3342703号の請求項1,2,4,5,7ないし9に係る特許を取り消す。同請求項3,6に係る特許を維持する。」との決定(以下,上記の特許取消しに関する部分を単に「決定」という。)をし,その謄本は,同年7月20日,原告に送達された。
 2 本件訂正に係る本件明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】〜【請求項9】記載の発明の要旨

   【請求項1】相対峙する回路電極を加熱,加圧によって,加圧方向の電極間を電気的に接続する加熱接着性接着剤において,その接着剤には0.2〜15体積%の導電粒子が分散されており,引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPaであることを特徴とする回路接続用フィルム状接着剤。
   【請求項2】前記接着剤が,少なくとも,エポキシ樹脂と,アクリルゴムと,潜在性硬化剤とを含有している請求項1記載の回路接続用フィルム状接着剤。
   【請求項3】アクリルゴムが,分子中にグリシジルエーテル基を有するものである請求項2記載の回路接続用フィルム状接着剤。
   【請求項4】第一の接続端子を有する第一の回路部材と,第二の接続端子を有する第二の回路部材とを,第一の接続端子と第二の接続端子を対向して配置し,前記対向配置した第一の接続端子と第二の接続端子の間に接着剤を介在させ,加熱加圧して前記対向配置した第一の接続端子と第二の接続端子を電気的に接続させた回路板であって,その接着剤には0.2〜15体積%の導電粒子が分散されており,引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPaであることを特徴とする回路板。

   【請求項5】第一の接続端子を有する第一の回路部材と,第二の接続端子を有する第二の回路部材とを,第一の接続端子と第二の接続端子を対向して配置し,前記対向配置した第一の接続端子と第二の接続端子の間に接着剤を介在させ,加熱加圧して前記対向配置した第一の接続端子と第二の接続端子を電気的に接続させた回路板であって,その接着剤には0.2〜15体積%の導電粒子が分散されており,引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPaであり,接続後の接着剤の面積が,接続する前の面積に対して2.0〜5.0倍であることを特徴とする回路板。
   【請求項6】前記接着剤が,少なくとも,エポキシ樹脂と,分子中にグリシジルエーテル基を有するアクリルゴムと,潜在性硬化剤とを含有していることを特徴とする請求項4又は5記載の回路板。

   【請求項7】第一の接続端子を有する第一の回路部材が,半導体チップであり,第二の接続端子を有する第二の回路部材が,第二の接続端子を有する有機質絶縁基板である請求項4,5又は6記載の回路板。
   【請求項8】第一の接続端子を有する第一の回路部材が半導体チップであり,第二の接続端子を有する第二の回路部材が,第二の接続端子が絶縁基板表面に埋め込まれている配線基板である請求項4,5,6又は7記載の回路板。
   【請求項9】接続後の接着剤の面積が,接続する前の面積に対して2.0〜5.0倍である請求項1,2又は3記載の回路接続用フィルム状接着剤。
   (以下,上記請求項1〜9に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明9」という。)
 3 決定の理由
     決定は,別添決定謄本写しのとおり,本件訂正を認めた上,本件発明1は,特開平6−256746号公報(審判甲1,本訴甲5,以下「刊行物A」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び昭和62年12月25日日刊工業新聞社発行「エポキシ樹脂ハンドブック」51頁の表K.15及び300頁の図N.1(審判「周知例1」,本訴甲12,以下「周知例1」という。)に記載された周知事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明1と引用発明との相違点に係る構成と同一の構成を有する発明である本件発明2,4,5,7〜9についても,本件発明1と同様に当業者が容易に発明をすることができたものであるなどとして,本件発明1,2,4,5,7〜9に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとした。

第3 原告主張の決定取消事由
    決定は,本件発明1と引用発明との相違点の判断を誤り(取消事由1),その結果,上記相違点に係る本件発明1の構成と同一の構成を有する発明である本件発明2,4,5,7〜9の進歩性の判断を誤り(取消事由2),さらに,本件発明5及び9については,その固有の構成に係る進歩性の判断を誤った(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明1と引用発明との相違点の判断の誤り)
 (1) 決定は,本件発明1と引用発明との相違点として認定した,「本件請求項1に係る発明(注,本件発明1)では,『引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPa』であるのに対し,刊行物Aには,当該弾性率に関する構成が明記されていない点」(決定謄本7頁下から第2段落,以下「相違点」という。)について,「周知例1より,通常のエポキシ樹脂の弾性率が2000〜3000MPaであると推測できるから,これにアクリルゴムを加えることによる低下分(特許請求の範囲では何ら配合比を限定していない)を考慮すると100〜2000MPaの数値は当業者であれば充分に予測可能な数値であるとともに,この数値を得るに何ら困難なことはないのであるから,刊行物Aに示された組成物の配合を変え該100〜2000MPaの数値範囲とすることは,当業者なら容易に為し得ることといわざるを得ない」(同頁最終段落〜8頁第1段落)と判断したが,誤りである。

 (2) 本件発明1は,「相対峙する回路電極を加熱,加圧によって,加圧方向の電極間を電気的に接続する加熱接着性接着剤」という特定の機能,用途を有する導電粒子含有接着剤(以下「本件接着剤」という。)において,「引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPa」となるような調整を施すことにより,信頼性試験(熱衝撃試験,PCT試験,はんだバス浸漬試験等)の実行による接続抵抗の上昇を防止するという効果を得るものである。
      これに対し,決定は,上記(1)のとおり,当業者が樹脂の弾性率を所望の値に設定できることを理由に,相違点に係る本件発明1の構成の進歩性を否定しているが,誤りである。仮に,樹脂の弾性率を適宜調整することが可能であったとしても,弾性率が調整された樹脂を本件接着剤に適用したときに格別の効果が得られることは,本件出願当時,当業者が容易に予測できたことではない。すなわち,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離といった問題に対処するために,導電粒子を含有させた状態で,「接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPa」となる加熱接着性接着剤を適用すればよいということは,本件出願当時,当業者が容易に想到することができるものではなかったのである。

      さらに,決定は,「この程度の動的弾性率を得ることは,当業者ならば必要性さえあれば誰でもできることと認められる」(決定謄本9頁第3段落)とも説示するが,刊行物A(甲5)及び周知例1(甲12)には,刊行物Aに示された組成物の配合を変えて弾性率を調整することの動機付けが何ら示唆されていない。にもかかわらず,決定は,何の根拠もなく,本件発明1に係る数値範囲の弾性率にする必要性があったことを前提にした判断をしており,この点においても,決定の誤りは明白である。
 (3) 被告は,本訴において,実願平3−109238号(実開平5−50773号)のCD−ROM(乙1,以下「乙1CD−ROM」という。),実願平4−30057号(実開平5−90982号)のCD−ROM(乙2,以下「乙2CD−ROM」という。),特開昭63−62297号公報(乙3,以下「乙3公報」という。),特開昭63−117086号公報(乙4,以下「乙4公報」という。),特開平6−260533号公報(乙5,以下「乙5公報」という。)及び特公平6−17443号公報(乙6,以下「乙6公報」という。)を援用しているが,審判段階において審理判断の対象とされていなかった公知技術資料に基づいて,本件発明1の進歩性を否定することは許されないというべきである。

 (4) また,被告は,乙1CD−ROM,乙2CD−ROM,乙3公報〜乙6公報,特に,乙2CD−ROMにおいて,「導電性接着剤は,硬化後においても適度の弾性を有する」(段落【0009】)とされていることからも明らかなとおり,適度の弾性を有する樹脂を導電性接着剤に適用することは,当該技術分野における常とう手段であり,その結果として,乙1CD−ROMにいう,基板と接続用電極間の「良好な接続状態を保持できる」(5頁下から第5段落)こと,すなわち,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得ることは,当業者にとって周知の事項であった旨主張する。
      しかしながら,乙2CD−ROMは,等方導電性接着剤に関して,カード型電子機器の部品の破壊を防止するという,本件発明1とは異なる目的のために接着剤の弾性率を低下させたものである。これに対し,本件発明1は,導電粒子の含有率が「0.2〜15体積%」と規定されていることから明らかなとおり,異方導電性接着フィルムに関するものである(甲16,17)。本件出願当時,異方導電性接着フィルムについて,当業者は,接着剤の弾性率を低下させると導電粒子と被接着物表面との密着性の維持が困難になるため,接続抵抗についての信頼性が悪化すると考えるのが通常であった上,そもそも,等方導電性接着剤と異方導電性接着剤とは,全く異なる技術的思想に基づくものであり,前者に関する技術文献に「適度な弾性」に関する記載があるとしても,それを参考に,後者に関する弾性率を低下させようとする動機付けは得られない。したがって,乙2CD−ROMの記載を根拠とする被告の上記主張は失当である。

      また,乙1CD−ROMも,等方導電性接着剤に関するものであることは明らかである上,乙1CD−ROMのものは,被接着物表面同士を長い導電路(電気絶縁層2を貫通する孔)を介して導電させる点で,適用状況が本件発明1のものとは全く異なる。そして,乙1CD−ROMでいう,基板と接続用電極間の「良好な接続状態」の保持とは,上記導電路に絶縁部分が形成されるのを防止することを意味するのに対し,本件発明1に係る異方導電性接着フィルムにおいては,二つの電極端子が非導電性接着剤を排除しつつ導電粒子を押しつぶした状態を保持することによって導電性を得るものであって,上記導電路自体が存在しない。したがって,乙1CD−ROMの記載を根拠とする被告の上記主張は失当である。
 2 取消事由2(本件発明2,4,5,7〜9の進歩性の判断の誤り)

    決定は,本件発明1の進歩性に関する判断を前提に,相違点に係る本件発明1の構成と同一の構成を有する発明である本件発明2,4,5,7〜9の進歩性を否定した(決定謄本8頁第3段落〜9頁第1段落)が,上記1のとおり,本件発明1の進歩性に関する決定の判断が誤りである以上,これを前提とする本件発明2,4,5,7〜9の進歩性に関する決定の判断も誤りである。
 3 取消事由3(本件発明5及び9の進歩性の判断の誤り)
 (1) 決定は,本件発明5及び9について,「本件請求項5に係る発明(注,本件発明5)は,請求項4に係る発明(注,本件発明4)に更に『接続後の接着剤の面積が,接続する前の面積に対して2.0〜5.0倍である』構成を加えたものであり,本件請求項9に係る発明(注,本件発明9)は,本件請求項1に係る発明(注,本件発明1)に同じく『接続後の接着剤の面積が,接続する前の面積に対して2.0〜5.0倍である』構成を加えたものであるが,当該構成も,刊行物B(注,特公平7−93157号公報,審判甲2,本訴甲7,以下「刊行物B」という。)の【0017】《冒頭》に示されているように接着剤を介在させ加熱加圧した際,通常生ずる形態を限定したに過ぎない」(決定謄本8頁(4)の項)と判断したが,誤りである。

 (2) 本件発明5及び9の固有構成である接着剤の面積の構成は,二つの回路面を本件接着剤で接着するときの接着剤の広がりの程度を,接続後の接着剤の面積の接続する前の接着剤の面積に対する比として規定したものである。そして,そこで規定される「2.0〜5.0倍」という数値範囲は,接着時における接着剤の流動性を保持しつつ,回路表面と導電粒子との間から溶融接着剤を好適に排除するという顕著な効果をもたらすものである。
      これに対し,刊行物B(甲7)の段落【0017】に記載されている「t/T」は,二つの回路面を異方導電接着する場合に,導電箇所での加圧方向における接着終了時の接着剤の厚さの加熱加圧前の接着剤の厚さに対する比を定義したものである。そして,刊行物Bには導電箇所以外の箇所での加熱加圧の前後における接着剤の厚さの変化がどのようなものであるかは示されていないから,刊行物Bにおける接着剤が,加熱加圧の結果,回路面上でどのように広がるかは不明というほかはなく,刊行物Bにおける「t/T=0.02〜0.95」(段落【0017】)との記載は,本件発明5及び9に係る上記数値範囲を示唆するものではない。また,本件出願以前に実際に使用されていた接着剤は,本件発明5及び9に係るもののように弾性率が調整されたものではなかったから,本件発明5及び9に係る上記数値範囲は,「通常生ずる形態」ではなかった。

      更にいえば,回路接続用の接着剤は,接着時に一瞬で硬化が終了することがあり,接続の良好性や接着剤の流動性を,例えば,「粘度」などの既存の尺度で評価することは困難であるという事情があるところ,本件発明5及び9は,これを「接続後の接着剤の面積の接続する前の接着剤の面積に対する比」という尺度によって評価したものであるから,そのこと自体に進歩性が認められるべきものである。
      以上によれば,本件発明5及び9の固有の構成につき,その進歩性を否定した決定の上記(1)の判断は誤りである。
第4 被告の反論
    決定の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本件発明1と引用発明との相違点の判断の誤り)について
 (1) 本件発明1でいう,導電性接着剤を用いて「相対峙する回路電極を加熱,加圧によって,加圧方向の電極間を電気的に接続する」こと自体は,刊行物A(甲5),刊行物B(甲7)等に記載されているとおり,当該技術分野における通常の使用形態である。

      そして,乙1CD−ROM,乙2CD−ROM及び乙3公報〜乙6公報のいずれにおいても,(導電性)接着剤の弾力性や弾性について言及されており,特に,乙2CD−ROMにおいて,「導電性接着剤は,硬化後においても適度の弾性を有する」(段落【0009】)とされていることからも明らかなとおり,適度の弾性を有する樹脂を導電性接着剤に適用することは,当該技術分野における常とう手段である。また,その結果として,乙1CD−ROMにいう,基板と接続用電極間の「良好な接続状態を保持できる」(5頁下から第5段落)こと,すなわち,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得ることは,当業者にとって周知の事項であった。
      ここで,導電性接着剤の組成物に適度の弾性を付与するといっても,それを実施するに当たっては,想定される用途等を考慮して,具体的な弾性の程度を決定する必要があることは明らかである。また,その際,接着剤の弾性率をMPaの単位で計測,表示することは,当該技術分野において極めて普通に行われていることである。

       そうであれば,引用発明に係る接着剤について,「適度の弾性」を実現すべく,具体的な弾性率をMPaの値で設定する程度のことは,当業者が行うべき通常の設計事項ということができるし,また,その結果,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得るという作用効果が生じることも,上記周知事項から容易に予測できる程度のことである。
 (2) これに対し,原告は,刊行物A(甲5)及び周知例1(甲12)には,刊行物Aに示された組成物の配合を変えて弾性率を調整することの動機付けが何ら示唆されていない旨主張する。
      確かに,刊行物Aには上記動機付けが明示的に記載されているわけではないが,刊行物Aは,「接続部の信頼性が高くかつ汎用溶剤により容易に補修可能」(段落【0004】,【0017】)として,「接続部の信頼性」についても言及しているところ,接続部の信頼性を高めるために,導電性接着剤に適度の弾性を付与することが周知,常とうの手段であることは,上記(1)のとおりである。したがって,刊行物A及び周知例1に,組成物の弾性率を調整する動機付けを示唆する直接的な記載がないとしても,そのことは,当業者が相違点に係る本件発明1の構成を容易に想到することができなかったことの根拠とはなり得ない。

 (3) なお,決定の文面上は,上記(1)で言及した周知技術や技術常識等についての指摘や説明は記載されていない。しかしながら,決定がそうした記載を省略しているのは,それが,当業者であれば,当然に熟知しているべき周知技術や技術常識であるためであるから,当該記載の欠如は,決定を取り消すべき理由とはならない。
 2 取消事由2(本件発明2,4,5,7〜9の進歩性の判断の誤り)について
    上記1のとおり,本件発明1の進歩性に関する決定の判断に誤りはないから,これを前提とする本件発明2,4,5,7〜9の進歩性に関する決定の判断にも誤りはない。
 3 取消事由3(本件発明5及び9の進歩性の判断の誤り)について
    刊行物B(甲7)に記載された「t/T」が,導電箇所における接着剤の厚さの変化に着目したものであるとしても,接着剤を回路基板間に介在させて加熱加圧すれば,厚さが減少するとともに,接着剤が流動して広がり,面積が拡大することは明らかであるから,上記「t/T」も,接着剤の流動性等と関連していることは明らかである。

    そして,発明の実施に際し,接着前後の厚さの比と同様,接着前後の接着剤の面積の比に着目し,その最適な数値範囲を決定することは,接着後の接続抵抗や流動性を考慮して,当業者が適宜選択すべき設計的な事項というべきである。
    ちなみに,刊行物Bには,「t/Tのさらに好ましい範囲は0.10〜0.90である」(段落【0017】)との記載があるところ,仮に,回路基板間の距離が一定で,接着剤を加圧しても体積は変わらないとすると,t/Tの0.1〜0.9の範囲に対応する,加圧後の接着剤の面積の加圧前の接着剤の面積に対する比は,1.11〜10倍となり,本件発明5及び9に規定する「2.0〜5.0倍」という数値範囲と,その中央部分で重なることになる。さらに,刊行物Bにおいては導電箇所以外の箇所に凹部が形成されているから,接着剤がこの凹部に入り込むと予想されることをも考慮すれば,上記1.11〜10倍という数値は,更に小さくなることが予想され,本件発明5及び9の上記数値範囲と更に一致することになる。

    以上によれば,導電性接着剤の加熱加圧による接着の最適な範囲を,刊行物Bのように加圧接着前後の厚さの比で規定するか,本件発明5及び9のように加圧接着前後の面積の比で規定するかは,当業者が適宜選択することができるものであり,かつ,規定される数値範囲も,刊行物Bに示された数値範囲を考慮して,当業者が適宜選択すべき設計的事項にすぎないというべきであるから,決定の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1と引用発明との相違点の判断の誤り)について
 (1) 決定は,本件発明1と引用発明との相違点として認定した,「本件請求項1に係る発明(注,本件発明1)では,『引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPa』であるのに対し,刊行物Aには,当該弾性率に関する構成が明記されていない点」(決定謄本7頁下から第2段落)について,「周知例1より,通常のエポキシ樹脂の弾性率が2000〜3000MPaであると推測できるから,これにアクリルゴムを加えることによる低下分(特許請求の範囲では何ら配合比を限定していない)を考慮すると100〜2000MPaの数値は当業者であれば充分に予測可能な数値であるとともに,この数値を得るに何ら困難なことはないのであるから,刊行物Aに示された組成物の配合を変え該100〜2000MPaの数値範囲とすることは,当業者なら容易に為し得ることといわざるを得ない」(同頁最終段落〜8頁第1段落)と判断した。

      これに対し,原告は,仮に,樹脂の弾性率を適宜調整することが可能であったとしても,弾性率が調整された樹脂を本件接着剤に適用したときに格別の効果が得られることは,本件出願当時,当業者が容易に予測できたことではなく,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離といった問題に対処するために,導電粒子を含有させた状態で,「接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPa」となる加熱接着性接着剤を適用すればよいということは,本件出願当時,当業者が容易に想到することができるものではないとして,決定の上記判断は誤りである旨主張する。
 (2) まず,相違点に係る本件発明1の構成,すなわち,「引っ張りモード,周波数10Hz,昇温5℃/minで動的粘弾性測定器で測定した,その接着剤の接着後の40℃における弾性率が100〜2000MPa」との構成の有する技術的意義についてみると,訂正明細書(甲2添付)には,以下の事項が記載されている。

     ア 「回路基板同士またはICチップ等の電子部品と回路基板の接続とを電気的に接続する際には,接着剤または導電粒子を分散させた異方導電接着剤が用いられている。すなわち,これらの接着剤を相対峙する電極間に配置して,加熱,加圧によって電極を接続後,加圧方向に導電性を持たせることによって,電気的接続を行うことができる。・・・しかしながら,エポキシ樹脂をベース樹脂とした従来の接着剤を用いた接着剤は,熱衝撃試験,PCT試験,はんだバス浸漬試験等の信頼性試験を行うと接続基板の熱膨張率差に基づく内部応力によって接続部において接続抵抗の増大や接着剤の剥離が生じるという問題がある。特に,チップを接着剤を介して直接基板に搭載する場合,接続基板としてFR−4基材を用いたプリント基板,あるいはポリイミドやポリエステルを基材とするフレキシブル配線板を用いると,接続後チップとの熱膨張率差に基づく内部応力によってチップ及び基板の反りが発生しやすい。」(2頁最終段落〜3頁第3段落)
     イ 「本発明において用いられる接着剤は,エポキシ樹脂と,分子中にグリシジルエーテル基を有するアクリルゴム及び潜在性硬化剤を含有しているものである。」(5頁下から第2段落)
     ウ 「アクリルゴムの接着剤中の配合量は,10重量%未満では接着後の40℃での弾性率が2000MPaを越えてしまい,また40重量%より多いと低弾性率化は図れるが接続時の溶融粘度が高くなり接続電極間,または接続電極と導電粒子界面の溶融接着剤の排除性が低下するため,接続電極間または接続電極と導電粒子間の電気的導通を確保できなくなる。このため,アクリルゴムの配合量としては10〜40wt%が好ましい。」(6頁第3段落)
     エ 「本発明の接着剤によれば,接続後の40℃での弾性率が100〜2000MPaとしたため,熱衝撃,PCTやはんだバス浸漬試験等の信頼性試験において生じる内部応力を吸収でき,信頼性試験後においても接続部での接続抵抗の増大や接着剤の剥離がなく,接続信頼性が向上する。」(10頁最終段落)

     オ 実施例及び比較例として,@金バンプ付きチップとNi/AuめっきCu回路プリント基板の接続(実施例1〜3,6〜8),金バンプ付きチップとITO回路付きガラス基板の接続(実施例4),バンプレスチップとNi/AuめっきCuバンプ回路プリント基板の接続(実施例5)を行うに際し,硬化物の動的粘弾性測定器で測定した40℃の弾性率が,800MPa(実施例1),400MPa(実施例2),1200MPa(実施例3,4,8),1000MPa(実施例5),1700MPa(実施例6),1400MPa(実施例7)の接着フィルムを使用すると,いずれも,本接続後の接続抵抗の最高値,平均値,絶縁抵抗値が,熱衝撃試験,PCT試験,はんだバス浸漬試験等の後も変化がなく,良好な接続信頼性を示したのに対し,A金バンプ付きチップとNi/AuめっきCu回路プリント基板の接続を行うに際し,硬化物の動的粘弾性測定器で測定した40℃の弾性率が2600MPaの接着フィルムを使用すると,−55〜125℃の熱衝撃試験200サイクル処理,PCT試験(121℃,2気圧)40時間,260℃のはんだバス浸漬10秒後において,電気的導通が不良になり,導通不良の接続部の一部で界面剥離が観察され(比較例1),B金バンプ付きチップとITO回路付きガラス基板の接続に際し,弾性率が2600MPaの別の接着フィルムを使用すると,PCT試験(105℃,1.2気圧)100時間で電気的導電が不良になり,導通不良の接続部の一部で界面剥離が観察され(比較例2),C金バンプ付きチップとNi/AuめっきCu回路プリント基板の接続を行うに際し,弾性率70MPaの接着フィルムを使用すると,一部のバンプで接着剤の排除性低下に基づく導通不良があった(比較例3)こと。
      以上の記載によれば,相違点に係る本件発明1の構成は,本件接着剤,すなわち,「相対峙する回路電極を加熱,加圧によって,加圧方向の電極間を電気的に接続する加熱接着性接着剤」の接着後(硬化物)の弾性率が大きすぎると,信頼性試験の際,接続基板の熱膨張率差に基づく内部応力により,接続抵抗の増大,電気的導通の不良,接着剤の剥離の問題が生じ(上記ア,オ),他方,弾性率が小さすぎると,溶融粘度の上昇に起因する接着剤の排除性低下のために電気的導通の不良の問題が生じる(上記ウ,オ)ことから,これらの問題を解決し,実際に,信頼性試験において生じる内部応力を吸収し,信頼性試験後においても接続部での接続抵抗の増大や接着剤の剥離がなく,接続信頼性が向上するという効果を奏する(上記エ,オ)という点で,技術的意義を有するものであると理解される。

 (3) 上記(2)のとおり,相違点に係る本件発明1の構成において規定された弾性率の数値範囲は,その上限値及び下限値の双方において,特定の課題を解決し,所期の効果を奏するという技術的意義があり,その意味で,当該弾性率の数値範囲は,上記特定の課題及び効果との関係において最適化されたものであるとみることができる。
      そうとすれば,当業者が相違点に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たというためには,単に,「この程度の動的弾性率を得ることは,当業者ならば必要性さえあれば誰でもできることと認められる」(決定謄本9頁第3段落)というだけでは足りず,本件接着剤の接着後における弾性率と,上記特定の課題の解決や特定の効果の発現との間に関連性があることを,当業者が容易に想到し得たことが必要であるというべきである。

 (4) この点について,被告は,乙1CD−ROM,乙2CD−ROM,乙3公報〜乙6公報,特に,乙2CD−ROMにおいて,「導電性接着剤は,硬化後においても適度の弾性を有する」(段落【0009】)とされていることからも明らかなとおり,適度の弾性を有する樹脂を導電性接着剤に適用することは,当該技術分野における常とう手段であり,その結果として,乙1CD−ROMにいう,基板と接続用電極間の「良好な接続状態を保持できる」(5頁下から第5段落)こと,すなわち,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得ることは,当業者にとって周知の事項であったとし,さらに,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得るという作用効果が生じることも,上記周知事項から容易に予測できる程度のことである旨主張する。
      そこで検討すると,乙1CD−ROM,乙2CD−ROM,乙3公報〜乙6公報には,以下のような記載がある。
     ア 乙1CD−ROMには,「導電性接着剤層を通して接続用電極を金属基板に接続することを特徴とする電子回路装置」(実用新案登録請求の範囲)について,「本考案で用いる導電性接着剤10は・・・従来に比べて硬化後において良好な弾力性と柔軟性とをもっている」(5頁第4段落)こと,「導電性接着剤10が弾力性と柔軟性とをもっているので,エポキシ樹脂などの電気絶縁樹脂層6で全面を被覆した後におけるヒートサイクル,プレッシャークッカーなどによって,導電性接着剤10にかなり大きな応力が加わっても,導電性接着剤10で形成される導電路が損傷を受けることがなく,また凹所9内に導電性接着剤10が充填されているということと,導電性接着剤10も含め電気絶縁樹脂層6で被覆していることも加わって,金属基板1と接続用電極3間の良好な接続状態を保持できる」(同)ことが記載されている。

     イ 乙2CD−ROMには,「回路基板と部品とを導電性接着剤によって接続したことを特徴とする,回路基板への部品実装構造」(実用新案登録請求の範囲)について,「導電性接着剤が硬化後においても適度の弾性を有するため,回路基板の撓みによって部品に及ぼされるストレスは,導電性接着剤によって吸収されることができる」(段落【0009】)こと,「導電性接着剤4が適度の弾性を有するため,ストレスがここで吸収され,部品2に及ぼされるストレスを低減することができる。したがって,部品2の破壊が生じる可能性を著しく低減することができる」(段落【0017】)ことが記載されている。
     ウ 乙3公報には,「電子部品と回路基板との接続を異方導電性接着剤の接着によって行なう」(2頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)ことが記載されている。

     エ 乙4公報には,「材料膨張の温度係数が互いに異なる平面部品を互いに平坦に結合するための導電性接着剤」(2頁右下欄第3段落)について,当該接着剤は「機械的応力に曝されないような弾性を備えている」(5頁右上欄第1段落)ことが記載されている。
     オ 乙5公報には,「配線ガラス基板の端子にICチップのバンプ状端子を当接させ,両者を接着剤で固定することによりICチップを基板上に搭載するCOG(chipon glass)実装方法」(段落【0001】)について,「ICチップのバンプ状端子と配線基板の端子との間にウキが生じると電気的接続が妨げられるため,ICチップのバンプ状端子と配線基板の端子とを安定的に,高温時においても強固に固定することが必要とされる。そのため,ICチップと配線基板とを固定する接着剤としては,従来より熱硬化型接着剤が使用されており,接着時に加熱加圧することがなされている」(段落【0003】)こと,「しかしながら,ICチップと配線基板とを強固に固定するために,接着剤として弾性率が高いものを使用すると,かえって高湿度条件等においてICチップと配線基板との端子間にウキが生じやすいという問題があった」(段落【0004】)こと,「一方,このようなウキの発生を防止するために接着剤として弾性率の低いものを使用すると,そのような接着剤の硬化物は高温条件下で軟化するので,ICチップと配線基板との端子間を強固に固定できないという問題があった」(段落【0007】)ことが記載されている。
     カ 乙6公報には,「IC等の組立工程での加熱により,チップの熱膨張率と銅フレームの熱膨張率との差から,マウント法としてAu−Si共晶法を用いると,チップのクラックや反りによる特性不良が問題となってきている」(3欄19行目〜23行目)こと,「マウント法としてマウント用樹脂を用いることが考えられるが,従来のエポキシ樹脂系ぺーストでは,熱硬化性樹脂で三次元硬化する為,弾性率が大きく,チップと銅フレームとの歪を吸収するに至らなかった」(同欄26行目〜30行目)ことが記載されている。
      以上のとおり,乙3公報を除く,乙1CD−ROM,乙2CD−ROM,乙4公報〜乙6公報のいずれもが,接着剤の弾性の点に言及していることからすれば,電子部品の接続に際し,適度の弾性を有する樹脂を導電性接着剤として使用することは,その限りであれば,確かに,被告の主張するとおり,当該技術分野における常とう手段であったものと認めることができる。

      ところで,被告は,上記のとおり,乙1CD−ROM記載の「金属基板1と接続用電極3間の良好な接続状態を保持できる」との効果が,適度の弾性を有する樹脂を導電性接着剤に適用することによって得られるものであり,かつ,当該効果が,本件発明1にいう信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得る効果と同義であるかのような主張をしている。しかしながら,乙1CD−ROMの上記アの記載によれば,そこでいう「良好な接続状態を保持できる」という効果は,導電性接着剤の弾性のみならず,「凹所9内に導電性接着剤10が充填されているということと,導電性接着剤10も含め電気絶縁樹脂層6で被覆していることも加わって」奏されるものであることが明らかである上,乙1CD−ROMにおいて抽象的に「良好な接続状態を保持できる」と記載された効果が,本件発明1における信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得るという具体的に特定された課題ないし効果と同義であるとみるべき根拠も格別見当たらないというほかはない。そうすると,乙1CD−ROMを根拠に,基板と接続用電極間の「良好な接続状態を保持できる」こと,すなわち,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得ることが当業者にとって周知の事項であったとする被告の当該主張は採用することができず,そうである以上,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得るという作用効果が上記周知事項から容易に予測できる程度のことであるとする被告の主張も,採用の限りではないというべきである。
      更にいえば,本件発明1については,上記(2)のとおり,本件接着剤の接着剤の弾性率を大きすぎないものとすることにより,信頼性試験後の接続抵抗の増大や接着剤の剥離を回避し得るという上記の作用効果のみならず,本件接着剤の接着後の弾性率を小さすぎないものとすることによって,溶融粘度の上昇に起因する接着剤の排除性低下のために電気的導通の不良が生じるという課題を解決するとの作用効果をも有するものと認められる。この点について,被告は,弾性率の上限値(2000MPa)を設定することによる前者の作用効果が予測可能であったことは主張するものの,弾性率の下限値(100MPa)を設定することによる後者の作用効果が予測可能なものであったことについては何ら主張するところはなく,本訴において被告が提出した乙1CD−ROM,乙2CD−ROM,乙3公報〜乙6公報の記載を考慮しても,後者の効果につき,当業者が予測可能であったことを認めるに足りる証拠はないというほかはない。

 (5) 上記(3)のとおり,当業者が相違点に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たというためには,本件接着剤の接着後における弾性率が,本件発明1における特定の課題の解決や効果の発現と関連性を有することを,当業者が容易に想到し得たことが必要であるというべきところ,決定の引用する刊行物A(甲5)及び周知例1(甲12)に加え,本訴において被告の援用する乙1CD−ROM,乙2CD−ROM,乙3公報〜乙6公報の記載を考慮しても,そうした関連性の存在が,本件出願当時,当業者にとって周知の事項であったと認めるに足りないことは,上記(4)のとおりである。
      そうとすれば,決定は,上記関連性の点を何ら明らかにしないまま,相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性を肯定したものであって,その論理付けには,結論に影響を及ぼすべき誤りがあるものといわざるを得ないから,原告の取消事由1の主張は理由がある。

 2 取消事由2(本件発明2,4,5,7〜9の進歩性の判断の誤り)について
    上記1のとおり,本件発明1の進歩性に関する決定の判断が誤りである以上,これを前提とする本件発明2,4,5,7〜9の進歩性に関する決定の判断も誤りである。
    したがって,原告の取消事由2の主張は理由がある。
 3 以上のとおり,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由があるから,原告主張の取消事由3について判断するまでもなく,決定中,特許第3342703号の請求項1,2,4,5,7ないし9に係る特許を取り消すとの部分は,違法として取消しを免れない。
    よって,原告の請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。


         知的財産高等裁判所第2部

         裁判長裁判官        篠  原  勝  美

                   裁判官        早  田  尚  貴

         裁判官古城春実は退官につき署名押印することができない。

                 裁判長裁判官        篠  原  勝  美