H17. 1.20 東京高裁 平成16(行ケ)57 特許権 行政訴訟事件

平成16年(行ケ)第57号 審決取消請求事件
平成16年12月1日口頭弁論終結


     判    決
 原 告 エンテグリス・インコーポレーテッド
 (審決の表示) フルオロウェア・インコーポレーテッド
 訴訟代理人弁理士 岡田英彦,福田鉄男,犬飼達彦,石岡隆     
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 西川惠雄,神崎孝之,高木進,大橋信彦,井出英一郎,岡田孝博


     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は,原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2002−6020号事件について平成15年10月7日にした審決を取り消す。」との判決。


第2 事案の概要
 本判決においては,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
 本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたが,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
出願人:フルオロウェア・インコーポレーテッド(平成13年8月22日にエンテグリス・インコーポレーテッドに合併された。)
発明の名称:ウェハーキャリヤ
出願番号:平成9年特許願第188652号
出願日:平成9年7月14日(パリ条約による優先権主張1996年7月12日,米国)
 (2) 本件手続
手続補正:平成12年12月20日(甲4の2)
拒絶査定日:平成13年12月28日
審判請求日:平成14年4月8日(不服2002−6020号。甲4の3)

手続補正:平成14年4月8日(甲4の4,以下「本件補正」という。)
審決日:平成15年10月7日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成15年10月21日(原告に対し。出訴期間90日附加。)
 2 本願発明に係る特許請求の範囲の記載
 (1) 平成12年12月20日付け手続補正書による補正後であり,本件補正前の特許請求の範囲(下線部の意味については,後記3(1)参照。)。
【請求項1】 ウェハーをほぼ水平位置で保持するためのウェハーキャリヤであって,開口した前部と,後部と,上部と,底部と,左側部及び右側部とを有しており,さらに,前記上部から前記底部に向けて延びる一対のウェハーサポートコラムを有し,これらのウェハーサポートコラムは互いに対して左右の側に配置されており,また各ウェハーコラムは上下方向に配置された複数の細長い棚を有し,この棚は上面を有しまたこの上面から上方に延びる少なくとも一つのビードを有し,この
ビードは部分球の形状を有して,ウェハーの下面がビードに最小範囲で接触するようになっており,また前記棚はウェハーに対する挿入レベルと着座レベルとを有しており,ウェハーを開口した前部を介して挿入レベルにおいてキャリヤの中へ挿入し,下降させて着座レベルにおいて前記ビードに着座させるようになっているウェハーキャリヤ。
【請求項2】 前記底部は装置インターフェースを有しており,前記底部と前記ウェハーサポートコラムとは静電気消散性の材料から別個に形成されており,かつ導電性を有する状態で互いに接続されている請求項1記載のウェハーキャリヤ。
【請求項3】 前記左側部,右側部及び前記後部は閉じており,また当該ウェハーキャリヤは開口した前記前部を閉じるためのドアを有して,閉鎖可能な容器を構成している請求項1記載のウェハーキャリヤ。
【請求項4】 前記後部は開口しており,また当該ウェハーキャリヤは前記底部に装置インターフェースを有する請求項1記載のウェハーキャリヤ。
【請求項5】 前記装置インターフェースはHバーインターフェースである請求項4記載のウェハーキャリヤ。
【請求項6】 前記棚はウェハーが着座位置に位置した状態でウェハーの周辺部分に沿って位置するウェハーストップをさらに有する請求項1記載のウェハーキャリヤ。

【請求項7】 ほぼ円形の周辺と下面とを有するウェハーをほぼ水平位置で保持するためのウェハーキャリヤであって,開口した前部と,開口した後部と,上部と,底部と,左側部及び右側部とを有しており,
 さらに,前記上部から前記底部に向けて延びる一対のウェハーサポートコラムを有し,これらのウェハーサポートコラムは互いに対して左右の側に配置されており,また各ウェハーコラムは上下方向に配置された複数の細長い棚を有し,この棚は上面を有しまたこの上面から上方に延びる少なくとも一つのビードを有し,このビードは対応する棚と一体となっており,かつウェハーに対してほぼ半径方向に延びる部分円柱ロッドの形状を有していて,ウェハーの下面がビードにほぼウェハーの半径方向の線で接触するようになっており,また
前記棚はウェハーに対する挿入レベルと着座レベルとを有しており,ウェハーを開口した前部を介して挿入レベルにおいてキャリヤの中へ挿入し,下降させて着座レベルにおいて前記ビードに着座させるようになっているウェハーキャリヤ。
【請求項8】 前記底部は装置インターフェースを有しており,前記底部と前記ウェハーサポートコラムとは静電気消散性の材料から別個に形成されており,かつ導電性を有する状態で互いに接続されている請求項7記載のウェハーキャリヤ。
【請求項9】 前記左側部,右側部及び前記後部は閉じており,また当該ウェハーキャリヤは開口した前記前部を閉じるためのドアを有して,閉鎖可能な容器を構成している請求項7記載のウェハーキャリヤ。
【請求項10】 前記後部は開口しており,また当該ウェハーキャリヤは前記底部に装置インターフェースを有する請求項7記載のウェハーキャリヤ。
【請求項11】 前記装置インターフェースはHバーインターフェースである請求項10記載のウェハーキャリヤ。
【請求項12】 前記棚はウェハーが着座位置に位置した状態でウェハーの周辺部分に沿って位置するウェハーストップをさらに有する請求項7記載のウェハーキャリヤ。

 (2) 本件補正後の特許請求の範囲
【請求項1】 ウェハーをほぼ水平位置で保持するためのウェハー容器であって, 容器部分とドアとを有し,前記容器部分は開口した前部と,閉じた後部と,閉じた上部と,閉じた底部と,閉じた左側部及び閉じた右側部とを有し,前記ドアは前記容器部分の開口した前記前部を閉じるように寸法設定されており,
 さらに,前記容器部分は前記上部から前記底部に向けて延びる一対のウェハーサポートコラムを有し,これらのウェハーサポートコラムは互いに対して左右の側に配置されており,また各ウェハーコラムは上下方向に配置された複数の細長い棚を有し,この棚は上面を有しまたこの上面から上方に延びる複数のビードを有し,各ビードはウェハーのほぼ半径方向内側に向けられていて,ウェハーが各ビードに最小範囲で接触するようになっているウェハー容器。

【請求項2】 前記容器部分は透明なプラスチックシェルを有し,前記底部は3つの溝による機械的連結装置である装置インターフェースを有している請求項1記載のウェハー容器。
【請求項3】 ほぼ円形の周部と下面とを有するウェハーをほぼ水平位置で保持するためのウェハーキャリヤであって,
 開口した前部と,開口した後部と,上部と,底部と,左側部及び右側部とを有し, さらに,前記上部から前記底部に向けて延びる一対のウェハーサポートコラムを有し,これらのウェハーサポートコラムは互いに対して左右の側に配置されており,また各ウェハーコラムは上下方向に配置された複数の細長い棚を有し,この棚は上面を有しまたこの上面から上方に延びる一対のビードを有し,各ビードは対応する棚と一体で形成されており,かつウェハーに対してほぼ半径方向に延びる部分円柱ロッドの形状を有していて,ウェハーの下面がビードに最小範囲で接触するようになっているウェハーキャリヤ。

【請求項4】 前記左側部,前記右側部及び前記後部は閉じており,また,前記開口した前部を閉じるためのドアをさらに有していて閉鎖可能な容器を形成している請求項3記載のウェハーキャリヤ。
【請求項5】 前記後部は開口しており,さらに,前記底部に設けられた装置インターフェースをさらに有する請求項3記載のウェハーキャリヤ。
【請求項6】 前記装置インターフェースはHバーである請求項5記載のウェハーキャリヤ。
【請求項7】 前記装置インターフェースは3つの溝による機械的連結装置である請求項5のウェハーキャリヤ。
 3 審決の要点
 (1) 審決は,以下の理由から,本件補正を却下した(審決の引用部分における「補正」は本件補正をいう。)。
 「補正後の請求項1が補正前の請求項1,又は,補正前の請求項1を直接もしくは間接に引用する補正前の請求項2〜6を補正したものであるとする。そうすると,補正後の請求項1に係る発明は,補正前の請求項1の上記記載内容のうち下線(判決注:上記2(1)の下線部をいう。)を付した,補正前の請求項1〜6に係る発明の発明特定事項である,「ビードは部分球の形状を有し」,及び,「前記棚はウェハーに対する挿入レベルと着座レベルとを有しており,ウェハーを開口した前部を介して挿入レベルにおいてキャリヤの中へ挿入し,下降させて着座レベルにおいて前記ビードに着座させるようになっている」との事項を,発明特定事項とするものではない。

 また,補正後の請求項1が補正前の請求項7,又は,補正前の請求項7を直接もくしは間接に引用する補正前の請求項8〜12を補正したものであるとする。そうすると,補正後の請求項1に係る発明は,補正前の請求項7の上記記載内容のうち下線(判決注:上記2(1)の下線部をいう。)を付した,補正前の請求項7〜12に係る発明の発明特定事項である,「前記棚はウェハーに対する挿入レベルと着座レベルとを有しており,ウェハーを開口した前部を介して挿入レベルにおいてキャリヤの中へ挿入し,下降させて着座レベルにおいて前記ビードに着座させるようになっている」との事項を,発明特定事項とするものではない。
 してみると,補正後の請求項1が補正前の請求項1〜12のいずれを補正したものとしても,補正前の請求項1〜12のいずれかを補正後の請求項1とする補正事項は,特許請求の範囲の減縮に該当しない。そして,上記補正事項は,請求項の削除,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明にも該当しない。

 したがって,本件手続補正は,特許法17条の2第4項の規定に違反するものであり,特許法159条1項で準用する特許法53条第1項の規定により却下されるべきものである。」
 (2) 審決は,本件補正前の請求項1の進歩性について判断し,以下のとおり,結論付けた。
 「本願発明は,刊行物1(判決注:特開平4−79347号公報)記載の発明及び刊行物2(判決注:特開平6−216229号公報)記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
 したがって,請求項2〜12に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。」


第3 原告の主張の要点
 本件審判手続には以下のとおりの手続上の瑕疵があり,その瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
 1 取消事由1
 審決は,本件補正前の請求項1(以下,「請求項」とは,本件補正前の請求項をいう。)に係る発明について,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した上で,請求項2ないし12については検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものであるとしている。原告は,請求項1に関する判断については争わないが,本件特許出願に係る各請求項のうち,請求項7は,請求項1の従属項である請求項2ないし6とは異なり,独立した請求項であり,請求項8ないし12は請求項7の従属項であるのであるから,審決が,請求項7ないし12に係る発明の特許要件について判断をしなかったことには,審理不尽の違法がある。したがって,審決は取り消されるべきである。

 2 取消事由2
 原告は,本件特許出願に対する拒絶査定を踏まえ,平成14年4月8日付けで本件審判請求を行うとともに,本件補正を求めたが,審決は,本件補正を却下するとともに,本件補正前の請求項に基づいて特許要件を判断し,本件審判請求は成り立たないと判断した。原告は,本件補正を却下した審決の判断を争うものではないが,本件補正を却下するのであれば,原告に対し,その旨の拒絶理由通知を行い,意見陳述又は補正(分割出願も含む)の機会を与えるべきである。そうすれば,原告としては,請求項1ないし6を削除し,あるいは分割出願を行うなどの対応をすることが可能であった。かかる機会が付与されないまま進められた本件審判手続は,違法であり,審決は取り消されるべきである。


第4 被告の主張の要点
 審決には手続的な瑕疵はなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1に対して
 特許法49条2号の規定によれば,「その特許出願に係る発明が第29条の規定により特許することができないものであるとき」は,審査官は,その特許出願について拒絶の査定をしなければならないとされているが,同規定は,特許出願に係る発明のうち一つにでも,特許法29条2項の規定により特許をすることができない発明があるときは,その特許出願について拒絶の査定をなすべき旨を定めていると解すべきである(東京高裁昭和62年(行ケ)第205号・昭和63年12月20日判決参照)。したがって,請求項1について特許法29条2項により特許をすることができない本件において,審決が請求項7ないし12について判断をしなかったことに何ら誤りはない。

 2 取消事由2に対して
 争う。


第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1について
 原告は,審決が,請求項1の特許要件のみを判断し,独立した請求項7及びその従属項である請求項8ないし12について判断を行わなかったのは,誤りであると主張する。確かに,原告の主張するところは,特許法の法文に直接明記されていないから,解釈上疑義がある。このような事項は,手続の基本的な原則であるから,本件のような事態を避けるためにも,本来,明文をもって定めるべき筋合いであり,解釈上の疑義を生ずるような立法は妥当ではない。しかしながら,特許法49条,51条の規定などにかんがみれば,一願書に複数の請求項が記載されている場合に,一つの請求項発明について特許をすることができないときは,他の請求項が独立項であると従属項であるとにかかわらず,当該特許出願の全体について拒絶査定をすることも予定しているものと解釈し得ないではない。そうであってみれば,原告の主張は,採用することができない。

 2 取消事由2について
 原告は,補正を却下して,補正前の請求項で審理することは,審判請求人にとって,極めて不利益であるから,補正却下される場合には,拒絶理由を通知して,意見陳述又は補正(分割出願も含む)の機会を与えるべきところ,かかる機会が与えられなかったのであるから,審判手続には瑕疵がある旨主張する。しかしながら,審決は本件補正が特許法17条の2第4項(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下の各条項について同様。)に違反するとして却下しているところ,同法159条2項により読み替えて適用される同法50条但書きによれば,拒絶査定に対する審判の請求の日から30日以内になされた本件補正について同法17条の2第4項の規定に違反するとして却下する場合には,拒絶理由を原告に通知する必要はないのであるから,本件審判手続に違法な点はないというべきであり,原告の主張は採用できない。

 3 結論
 以上のとおり,原告の請求は棄却されるべきである。


  東京高等裁判所知的財産第4部

        裁判長裁判官     塚  原  朋  一

           裁判官     田  中  昌  利

           裁判官     佐  藤  達  文