H16.12.27 東京高裁 平成16(行ケ)209 特許権 行政訴訟事件

平成16年(行ケ)第209号 審決取消請求事件(平成16年12月20日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   株式会社ノーザ
       訴訟代理人弁護士   矢 野 千 秋
       同    弁理士   大 塚 康 徳
       同          高 柳 司 郎
       同          大 塚 康 弘
       同          木 村 秀 二
       同          松 丸 秀 和
       同          下 山   治
       被      告   特許庁長官  小川 洋
       指定代理人      西 村 泰 英

       同          田 中 秀 夫
       同          高 橋 泰 史
       同          伊 藤 三 男
          主           文
      特許庁が訂正2003−39091号事件について平成16年3月31日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
     原告は,名称を「歯科情報処理方法及び装置」とする特許第2857088号発明(平成7年11月9日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成10年11月27日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
     本件特許について,特許異議の申立てがされ,特許庁はこれを平成11年異議第73044号事件として審理し,平成13年3月1日,「特許第2857088号の請求項1乃至6に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同月22日,原告に送達された。

     原告は,同年4月19日,上記決定に対して特許取消決定取消訴訟を提起し(当庁平成13年(行ケ)第160号),平成15年5月7日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を,願書に添付した図面と併せて,「訂正明細書」という。)をする訂正審判の請求をし,特許庁は,同請求を訂正2003−39091号事件として審理した上,平成16年3月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月12日,原告に送達された。
 2 訂正明細書の特許請求の範囲記載の発明の要旨(下線は訂正部分)
     【請求項1】患者の各処置部位毎の歯科処置情報を登録して記憶する登録手段と,
      患者に対する治療時に処置を行なう処置部位を入力する処置部位入力手段と,

      前記処置部位入力手段より入力された処置部位に対する処置情報を入力する処置情報入力手段と,
      前記処置情報入力手段により入力された処置情報が
同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報入力であったか否かを前記登録手段の登録内容を基に判別する判別手段と,
      前記判別手段による判別の結果
,入力された処置情報が不適切な処置情報入力であった場合に,不適切な入力項目を対応する過去の入力項目を含めて一覧表表示する一覧表表示手段と,
      前記一覧表表示手段の表示を確認して一
覧表表示された前記入力項目の中から再入力する項目が選択された場合に,当該選択項目の入力画面を表示して当該項目の入力を可能とする入力項目許可手段と,
      前記入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記登録手段に再登録する再登録手段とを備えることを特徴とする歯科情報処理装置。

     【請求項2】前記再登録手段による再登録後に他の不適切な入力項目がある場合には再度前記一覧表表示手段による他の不適切な入力項目の入力可能画面に移行することを特徴とする請求項1記載の歯科情報処理装置。
     【請求項3】前記入力項目許可手段は,前記一覧表表示手段により表示されていた一覧表示と共に前記当該選択項目の入力画面を並列表示し,入力項目の状態を把握しながら入力することを可能とすることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の歯科情報処理装置。
     【請求項4】患者の各処置部位毎の歯科処置情報を登録して記憶する登録手段を備える歯科情報処理装置における歯科情報処理方法であって,
      患者に対する治療時に処置を行なう処置部位及び入力された処置部位に対する処置情報が入力された場合において,入力された処置情報が
同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報入力であったか否かを前記登録手段の登録内容を基に判別し,判別の結果,入力された処置情報が不適切な処置情報入力であった場合に,不適切な入力項目を対応する過去の入力項目を含めて一覧表表示するとともに,一覧表表示を確認して一覧表表示された前記入力項目の中から再入力する項目が選択された場合に,当該選択項目の入力画面を表示して当該項目の入力を可能とし,ここで入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記登録手段に再登録することを特徴とする歯科情報処理方法。
     【請求項5】前記再登録後に他の不適切な入力項目がある場合には再度前記一覧表の表示を行い他の不適切な入力項目の入力可能画面に移行することを特徴とする請求項4記載の歯科情報処理方法。
     【請求項6】前記選択項目の入力画面においては少なくとも前記選択項目一覧表表示部分と共に前記当該選択項目の入力画面を並列表示し,入力項目の状態を把握しながら入力することを可能とすることを特徴とする請求項4または5のいずれかに記載の歯科情報処理方法。
     (以下,【請求項1】〜【請求項6】の発明を「訂正発明1」〜「訂正発明6」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,訂正発明1〜6に係る特許出願は,@訂正明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められず,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない,また,A訂正明細書の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず,訂正発明1〜6に係る特許出願は,同条6項2号に規定する要件を満たしていないとし,特許出願の際独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)ができるものではないから,本件訂正審判の請求は,特許法(平成15年法律第47号附則2条7項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法の趣旨と解される。)126条4項の規定に適合しないとした。

第3 原告主張の審決取消事由
    審決は,訂正明細書について,特許法36条4項1号所定の記載要件の充足性の認定判断を誤り(取消事由1),また,同条6項2号所定の記載要件の充足性の認定判断を誤った(取消事由2)結果,訂正発明1〜6が独立特許要件を欠くとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。
    なお,訂正発明1〜6に係る訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項6】の記載は,上記第2の2のとおりであり,訂正発明2,3に係る【請求項2】,【請求項3】は,【請求項1】の従属項であり,【請求項4】〜【請求項6】は,装置の発明として記載された【請求項1】〜【請求項3】を方法の発明として記載したものである。以下,訂正発明1に基づき各取消事由を主張するが,審決が,訂正発明2〜6について,特許法36条4項1号所定の記載要件及び同条6項2号所定の記載要件の充足性を否定した理由は,訂正発明1についてと同様であるから,各取消事由は,訂正発明2〜6についても妥当する。

 1 取消事由1(特許法36条4項1号所定の記載要件の充足性の認定判断の誤り)
   (1) 審決は,「『同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報』が,歯科診療報酬点数表(注,厚生省告示『健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法』に定める別表『歯科診療報酬点数表』の趣旨と解される。以下「歯科診療報酬点数表」という。)に規定された点数の算定ルール(注,以下「算定ルール」という。)に従って判断されたものであるということは,訂正明細書(注,甲3添付)に何等記載あるいは示唆されていない事項であり,そのことが本件出願(注,本件特許出願)当時に当業者の技術常識になっていたとも認められない。また,歯科診療報酬点数表なるものから具体的にどの様な種類及び数の上記不適切な処置情報が規定されるのかも不明である。さらに,訂正明細書には,上記の不適切な処置情報が規定されていると請求人(注,原告)が主張するマスタファイルに関して,その具体的なデータ内容及びデータ構成が何等記載あるいは開示されていない。したがって,具体的なデータ内容及びデータ構成の記載あるいは開示のないマスタファイルなるものに基いて,どのようにして上記の『同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報』が判別可能となるのかについては全く不明であるといわざるをえず,訂正明細書全体を参酌しても,かかる『不適切な処置情報』に関する具体的な分別・抽出手段については依然として不明である」(審決謄本6頁第4段落〜第7段落)と認定判断したが,当業者が,技術常識を参酌すれば,訂正明細書の発明の詳細な説明は,「不適切な処置情報」を分別・抽出するための具体的手段について,当業者が訂正発明1〜6を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているから,上記認定判断は,誤りである。
   (2) 歯科情報処理装置において,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」は,歯科医師の専門的知識や経験に基づいて判断されるものではなく,当業者の共通の技術常識として存在する算定ルールに従って判断されるものを意味する。例えば,訂正明細書の「歯科治療の分野においても同様であり,患者ごとの歯科治療情報をコンピュータに入力し,随時読み出すことができるものが登場してきている。・・・同時にレセプト処理も行なえるようにしたものも登場してきている。これらの処理結果には正確性が要求されるため,この種の装置には入力された歯科情報に対するエラーチェック機能を有していた」(段落【0002】〜【0003】),「本発明(注,訂正発明1)は・・・入力項目の訂正が容易な歯科情報処理装置を提供することを目的とする」(段落【0007】)との記載があり,これによれば,訂正発明1は,レセプト処理,すなわち,診療報酬明細書(レセプト,以下「レセプト」という。)の作成の結果には正確性が要求されるから,エラーチェック機能を有し,入力項目の訂正が容易な歯科情報処理装置を提供するとしているのであって,エラーチェック機能により正確なレセプト作成を可能とすることを目的とした発明であることが明らかである。歯科診療報酬点数表には,歯科医師が行う治療に対して与えられる点数及び点数が付与される条件が規定されているので,入力された処置情報は,これに反しないことが要求される。レセプトにおける誤りとしては,歯科診療報酬点数表に記載された点数と異なった点数や,本来算定できない処置について点数を算定してしまうことが挙げられる。このような誤りを含むレセプトを提出した場合,訂正は容易でなく,返戻,再提出の手続を経て処理が完了するまでは,請求分の報酬の支払が行われないので,医療機関はその間収入を得られないことになる。さらに,厚生労働省による歯科医療機関への検査も行われており,レセプトで請求された内容と実際のカルテの記載とが照合され,不当な請求が行われていないかが検査され,何らかの違反が発見された場合には,その歯科医療機関の過去の全請求にさかのぼってカルテとの照合が行われることもある。歯科情報処理装置は,上記のような状況にかんがみて,コンピュータによる正確なレセプト作成の要請に応じたものであり,その最も重要な機能の一つが,歯科診療報酬点数表に則った正確なレセプト作成機能である。歯科診療報酬点数表は,歯科医師が行う処置を制限するものではなく,歯科医師が行った処置に基づいてレセプト処理を行う際の保険点数の算定ルールを規定したものであるから,レセプト処理のために歯科情報処理装置へ治療情報を入力する場合には,歯科医師の専門的知識や経験に従うのではなく,保険報酬を適法に請求するために歯科診療報酬点数表に従った入力がされることが必要である。訂正発明1における「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」であるかは,歯科診療報酬点数表の規定に基づいて適切な点数申告を行うために判断されるものであることは明らかである。以上のように,レセプト処理を行う歯科情報処理装置が当然に有すべきマスタファイルが,当業者の技術常識としての算定ルールに対応するファイルであることは,当業者が容易に理解し得ることであり,算定ルールに対応するマスタファイルに基づいて,歯番単位処置情報ファイル431から「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」が抽出されるものである。

   (3) 訂正明細書(甲3添付)には,「このエラーチェック処理においては,上述した処理において,・・・明らかに同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置が指定入力されている場合,・・・等入力項目としてそのままでは不適切なものを図2に示す各ファイル群を調べて抽出する処理を行なう」(段落【0072】)との記載があり,ここで,不適切なものを抽出する処理のために調べる対象となる【図2】に示す各ファイル群について,「この患者個人データファイル群300及びマスタファイル群100は,必要に応じて読み出され,ファイル部20内に格納され,各種処理が行われる事になる。そして,処理が終了した後必要に応じて内部記憶装置46に再登録される。また,400は計画治療誘導・絞り込み学習結果データであり,実際の使用時にファイル部20に形成されるデータファイルである」(段落【0022】)との記載がある。上記「各種処理」には,「明らかに同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置が指定入力されている場合,・・・等入力項目としてそのままでは不適切なものを図2に示す各ファイル群を調べて抽出する処理」が含まれることは,訂正発明1の「入力された項目のうち,入力結果が不適切な項目の修正を簡単な操作で容易に行なうことができる」(段落【0010】)という作用から明らかである。次に,当該各種処理が行われるファイル部20内には,計画治療誘導・絞り込み学習結果データ400が形成されるが,このデータについて,「上述の計画治療誘導・絞り込み学習結果データ400の詳細構成を図3に示す。図3において,401は患者情報を登録してある患者原簿ファイル・・・更に,431は歯番毎の歯番単位での処置情報を登録してある歯番単位処置情報ファイル,・・・である」(段落【0026】〜【0030】)との記載がある。このように,【図2】に示す各ファイル群の中には,歯番ごとの歯番単位での処置情報を登録してある歯番単位処置情報ファイル431が含まれるので,この歯番単位処置情報ファイル431を利用して歯番ごとの処置情報を抽出できる。歯番単位処置情報ファイル431の中から,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」の抽出について,上記患者個人データファイル群300におけるデータは,患者原簿データ,患者処置データなど各患者に対応して入力されたデータであり,この一部が歯番単位処置情報ファイル431を構成する。他方,このような入力データに対して,マスタファイルとは,通常患者個人データのような入力されたデータを処理するために用いられるルールや基本情報が登録されたファイルである。マスタファイルとは,「基本ファイル。ある仕事で基本となって使用されるファイル。このファイルは内容を更新されながら,継続して用いられる」(昭和56年1月30日オーム社第2刷発行「新版情報処理ハンドブック」1099頁〔甲5−2〕左欄)ものであり,これを本件に当てはめると,「ある仕事」は「エラーチェック処理における同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置の抽出」に,「基本となって使用される」は「当該処置を抽出するための基本となって使用される」に対応するから,訂正明細書のマスタファイルに,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」であるかを判定する基準となるファイルが含まれることは明らかである。したがって,訂正明細書の記載に基づけば,マスタファイルに基づいて歯番単位処置情報ファイル431から「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」を抽出されると理解することができる。
   (4) 以上によれば,訂正明細書(甲3添付)の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件訂正発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであることが明らかである。
 2 取消事由2(特許法36条6項2号所定の記載要件の充足性の認定判断の誤り)
   (1) 審決は,「訂正明細書(注,甲3添付)の請求項1及び請求項4に係る発明及びそれらを引用する請求項2,3,5,6に係る発明においては,一括変換の対象が,『同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報入力』であると認められ,かかる不適切な処置情報入力が存在するということは,少なくとも同じ処置部位に対し過去の処置との関係で特定処置情報入力が重複して存在し,その重複して存在する特定処置情報入力のうちの何れかが誤った処置情報入力である場合が含まれるものと解される。その場合,重複して存在する特定処置情報入力のうち,何れが正しく,何れが誤りであるかの識別・決定はどの様になされるのか不明なところではあるが,それはさておき,『対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記再登録手段に再登録する』としている以上,対応する部位の過去の対応する全ての重複して存在する特定処置情報入力に対して,正しい特定処置情報入力であるか誤った特定処置情報入力であるかに関わらず,それらをまとめて一括変換してしまうことになるものと認められる。即ち,本来,重複して存在する特定処置情報入力のうちの正しいものはそのままにして,誤りであるもののみを新たな処置情報に変換すればよいはずであるが,『対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換』すれば,正しい特定処置情報入力までもが新たな処置情報に変換されてしまうことになり,不合理であることが明らかである」(審決謄本7頁第3段落〜第5段落)と認定判断したが,誤りである。
   (2) 訂正発明1では,「同じ処置部位に対して過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報入力」と記載しており,「特定処置情報入力が重複して存在」するとは記載していない。また,一覧表表示手段の表示は,「不適切な入力項目を対応する過去の入力項目を含めて一覧表表示する」ものであるから,訂正発明1の入力項目許可手段では,不適切な項目として一括変換を行うべき項目が一覧表表示手段の表示の中から選択され,その選択された項目に対して情報を入力することが明らかに記載されている。したがって,審決のいう「重複して存在する特定処置情報入力のうち,何れが正しく,何れが誤りであるかの識別・決定」は,この項目の選択により行われることは明らかであり,それによって一括変換される対象が選択されるものである。さらに,訂正発明1では,「前記入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換」と記載されており,「対応する部位の過去の対応する全ての入力」が,「入力項目許可手段による入力のあった項目」に対応していることは明らかである。

     したがって,本件訂正発明は,技術的な矛盾を有するものではなく,訂正明細書(甲3添付)の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確である。
第4 被告の反論
   審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(特許法36条4項1号所定の記載要件の充足性の認定判断の誤り)について
   (1) 原告は,訂正発明1における「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」であるかは,厚生労働省によって定められた算定ルールに基づいて適切な点数申告を行うために判断されるものであると主張するが,訂正明細書(甲3添付)には,「不適切な処置情報」が,算定ルールに従って判断されるものであることを説明した記載ないし示唆は存在せず,それが,本件特許出願当時に,当業者の技術常識であるということもできない。

   (2) 訂正発明1は,カルテ作成とレセプト作成の二つの機能を有するものであり,訂正明細書にも二つの機能が並列して記載されているから,カルテ作成とレセプト作成に共通する「エラーの訂正」が課題である。また,訂正明細書の段落【0085】の「例えば『即処』を削除したり,他のカルテを確認して他の行なった正しい処置を入力するなどの処理を行なうことになる。なお,この表示を確認してこの治療行為ではなく,他の治療行為(例えばこれ以前の処置)を訂正する必要が生じた場合には,図13の左端部の治療行為表示部分のスクロール指示部分を例えばマウスなどで指示入力すると,治療行為表示部分がスクロールし,現在の表示部分より前の治療行為の(後の治療行為の)治療行為表示部分になる」との記載によれば,例えば,歯番を誤って入力した場合,算定ルール上のエラーではないものの,カルテ上ではいわゆる誤記となり,この場合,処置を行った医師の記憶を頼りに,誤りを修正しなければならず,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」が,直ちに算定ルールを指さないものがあり得る。「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」という場合は,レセプト作成及びカルテ作成に共に必要とされる歯科医師の専門的知識や,カルテ作成に必要とされる医師の経験(記憶)の双方を判断の基礎とするのが妥当である。
   (3) 歯科診療報酬点数表は,様々な歯科診療に応じた報酬金額の基礎となる点数を規定するものであると考えられるところ,当該歯科診療の処置自体の適・不適を規定するものとはなっていないと考えるのが自然である。仮に,後者の規定がされているとするならば,歯科診療報酬点数表全体の中に,どれほどの種類及び数の「不適切な処置情報」が規定されているのか,明確に列挙すべきであるが,それがされておらず不明のままである。訂正明細書(甲3添付)には,上記「不適切な処置情報」が規定されていると請求人(原告)が主張するマスタファイルに関して,コンピュータシステムが判別又は特定するに十分な具体的データ内容及びデータ構成が何ら記載あるいは開示されていないから,当業者が,訂正明細書に基づいて訂正発明1〜6を実施することは,訂正明細書中に「不適切な処置情報」の具体的な分別・抽出手段が開示されていない以上,困難である。

   (4) 「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」については,訂正明細書の段落【0072】に,「入力項目としてそのままでは不適切なもの」の一例として記載されており,同段落冒頭で「このエラーチェック処理」と説明されているので,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」が,何らかの規則で抽出されることはうかがえ,また,その抽出に当たって,対象とすべきデータファイルは,患者に施された処置情報が入力されているファイルであることが必要であるから,段落【0021】の「患者処置データ」,すなわち,「患者個人データファイル群300」と見るのが妥当であり,上記の「処置」が段落【0022】の「各種処理」に含まれるということはできるが,「不適切な処置情報」の具体的な分別・抽出手段,あるいは,マスタファイルの具体的データ内容及びデータ構成は明らかではない。また,マスタファイル群100に基本情報が登録された種々のファイルが含まれていることがうかがえるが,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」であるかを判定する基準となるファイルについては記載がなく,そのファイルの内容については記載されていないから,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
     さらに,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」と表現された場合でも,それが直ちに歯科点数表上の規則を指さないものがあり得るから,歯科情報処理装置において,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」という場合は,レセプト作成・カルテ作成に共に必要とされる歯科医師の専門的知識も,カルテ作成に必要とされる医師の経験(記憶)の双方を判断の基礎とするとみるのが妥当であり,原告の主張するようなレセプト作成の規則(歯科診療報酬点数表に規定された点数の算定ルール)だけを判断の基礎とするものと解するのは妥当ではない。

 2 取消事由2(特許法36条6項2号所定の記載要件の充足性の認定判断の誤り)について
   (1) 訂正発明1においては,「前記一覧表表示手段の表示を確認して一覧表表示された前記入力項目の中から再入力する項目が選択された場合に,当該選択項目の入力画面を表示して当該項目の入力を可能とする入力項目許可手段と,前記入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記登録手段に再登録する再登録手段とを備える」と記載されているのであって,一覧表表示の中から一括変換を行う入力を複数選択するとか,選択された複数の入力を一括変換するとかとは記載されていないのであるから,一覧表表示の中から再入力する項目を選択して当該項目の処置情報を入力し,その項目について一つでも処置情報が入力された場合には,その項目についての過去のすべての入力を一括変換すると解するのが自然である。そうすると,正しい処置情報入力までもが新たな処置情報に変換されてしまうこととなり,技術的に不合理であることは明らかである。この点について,発明の詳細な説明の記載を見ると,段落【0076】〜【0080】には,病名の入力が行われていない場合の病名入力について記載されており,段落【0080】の「この病名選択予想画面を確認してステップS70において適切な病名を選択するエラー項目確認入力を行なう。これにより,当該項目に対する一応のエラー状態は解消したものとしてステップS71に示す当該指定入力のあった項目を確定入力項目として,当該処置部位に対する一連の治療における入力項目を全て今回の入力情報に書き換えるファイル群の各該当項目を一括して訂正登録する処理を行なう」との記載から,病名入力があった場合には当該処置部位に対する一連の治療における病名入力をすべて今回の入力情報に書き換えることが示されており,病名入力の場合は,未確定病名の一括変換は矛盾なく実行可能なものである。これに対して,段落【0084】〜【0086】には,処置内容にエラーが発見された場合の処置情報の入力について記載されており,段落【0085】〜【0086】の「この図13の表示を確認してこの項目の処置を変更する場合にはそのままこの処置部位を選択して例えば『即処』を削除したり,他のカルテを確認して他の行なった正しい処置を入力するなどの処理を行なうことになる。なお,この表示を確認してこの治療行為ではなく,他の治療行為(例えばこれ以前の処置)を訂正する必要が生じた場合には,図13の左端部の治療行為表示部分のスクロール指示部分を例えばマウスなどで指示入力すると,治療行為表示部分がスクロールし,現在の表示部分より前の治療行為の(後の治療行為の)治療行為表示部分になる。従って,このスクロール機能を使用して所望の訂正すべき項目の治療行為表示部分を表示させた状態でこの項目の訂正入力を指示すれば,所望の処置の訂正ができる。この場合には,当該部分の処置内容を訂正して登録すれば良い」との記載から,一括変換ではなく,個別に不適切な処置情報を選択して正しい処置情報に訂正することが示されている。そして,訂正発明1の「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報入力」とは,上記「処置内容にエラーが発見された場合」に該当するものであるから,訂正発明1の「入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換する」とは発明の詳細な説明の記載とも矛盾するものである。

   (2) 以上のとおりであるから,訂正発明1〜6の,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報入力」についての不適切な入力項目を,「対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換」することは,技術的に矛盾したものであり,特許請求の範囲の記載について特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(特許法36条4項1号所定の記載要件の充足性の認定判断の誤り)について
   (1) 原告は,当業者が,技術常識を参酌すれば,訂正明細書(甲3添付)の特許請求の範囲【請求項1】記載の「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報」の判別は,発明の詳細な説明の段落【0072】の「同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置」の抽出を意味し,これは,歯科医師の専門的知識や経験に基づいて判断されるものではなく,当業者の共通の技術常識として存在する,厚生労働省によって定められた算定ルールに従って判断されるものであると主張し,被告は,訂正明細書には,「不適切な処置情報」が,算定ルールに従って判断されるものであることを説明した記載ないし示唆は存在せず,それが,本件特許出願当時に,当業者の技術常識であるということもできないと主張する。そこで,上記の点について,まず,訂正明細書の記載を見ると,訂正明細書には,次の記載がある。

     ア 「【従来の技術】従来より,近年のコンピュータ技術の発達により,各種情報処理装置も小型化が進み,各種の異種分野において使用される様になってきた。歯科治療の分野においても同様であり,患者ごとの歯科治療情報をコンピュータに入力し,随時読み出すことができるものが登場してきている。そしてそれらの中には,治療情報を入力してカルテなどを自動作成して印刷出力できるものも登場してきている。そして,同時にレセプト処理も行なえるようにしたものも登場してきている。これらの処理結果には正確性が要求されるため,この種の装置には入力された歯科情報に対するエラーチェック機能を有していた。【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来のこの種の歯科情報処理装置においては,エラーチェック機能は単にエラーがあるか否かをチェックするのみであり,チェック結果は一覧表示印刷出力されたり,一覧表示させるのみであった。このため,操作者は,この一覧表を確認してエラー項目を認識し,エラーチェックを終了した後改めてエラー項目の訂正処理画面を起動して,各項目毎にエラー箇所を全て指定して訂正しなければならなかった。」(段落【0002】〜【0004】)
     イ 「【課題を解決するための手段】本発明は上述の問題点を解決することを目的として成されたもので,入力項目の訂正が容易な歯科情報処理装置を提供することを目的とする。係る目的を達成する一手段として例えば以下の構成を備える。即ち,患者の各処置部位毎の歯科処置情報を登録して記憶する登録手段と,患者に対する治療時に処置を行なう処置部位を入力する処置部位入力手段と,前記処置部位入力手段より入力された処置部位に対する処置情報を入力する処置情報入力手段と,前記処置情報入力手段により入力された処置情報が適切な処置情報入力であったか否かを前記登録手段の登録内容を基に判別する判別手段と,前記判別手段による判別の結果適切な処置情報入力でなかった場合に,不適切な入力項目を一覧表表示する一覧表表示手段と,前記一覧表表示手段の表示を確認して再入力する項目が選択された場合に,当該選択項目の入力画面を表示して当該項目の入力を可能とする項目入力許可手段と,前記入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記登録手段に再登録する再登録手段とを備えることを特徴とする。」(段落【0007】〜【0008】)
     ウ 「この処置内容に対する処置部位の確定や上述した病名の確定入力処理は,夫々の治療入力処理において行なわなくても他の項目の入力処理が可能であった。しかしながら,例えばレセプト作成時においては必ず病名の入力は必須であり,一方,カルテ作成時においても処置部位毎に施した処置を確定して指定入力しなければならない。更に,一応各項目について入力を行なった場合であっても,項目情報の入力誤りが発生する可能性がある。本例においては,係る場合に備えて今までの入力歯科情報に対するエラーチェック機能が備えられており,エラーチェックを指示すればいつでも以下に説明する入力に対するエラーチェックができるようになっている。以下,本例におけるこのエラーチェック機能の詳細を図11のフローチャートを参照して説明する。図11は本例におけるエラーチェック処理を主として示すフローチャートである。本例の基本動作としては,ステップS61,ステップS62に示す基本表示画面であるコマンド入力画面においてコマンド入力を待ち,コマンドが入力されるとステップS63以下において入力されたコマンドに対応する各種の処理を実行する画面に移行し,夫々のコマンド入力に対応した処理を行なう。そして,対応する処理が終了すると再びステップS61,ステップS62のコマンド入力画面に戻ることになる。以上の処理において,例えばレセプトを出力していない歯科情報を選択してエラーチェック処理を実行し,エラーチェックで抽出された項目のエラーを解消してレセプト作成の準備をし,その後にレセプトを作成して印刷出力する。このエラーチェック処理の詳細を以下に説明する。」(段落【0066】〜【0070】)
     エ 「このエラーチェック処理においては,上述した処理において,処置部位に対する病名が確定されていない場合,明らかに同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置が指定入力されている場合,或は未だに処置部位に対する処置が確定されていない場合等入力項目としてそのままでは不適切なものを図2に示す各ファイル群を調べて抽出する処理を行なう。」(段落【0072】)

      上記ア〜エの記載によれば,訂正発明1は,カルテ作成やレセプト処理の機能を備える歯科情報処理装置のエラー項目の訂正を容易にするものであり,例えば,レセプト作成時に,同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置が入力されている場合をエラーとして検出し,訂正を可能にするものであると認められる。
   (2) 次に,歯科診療報酬点数表について見ると,平成5年5月20日社会保険研究所32版発行「歯科点数表の解釈」(甲7,以下「甲7文献」という。)によれば,歯科診療の報酬として,「即日充填処置(注,以下「即処」ともいう。)(1歯につき)120点 注 麻酔,歯髄覆罩,特定薬剤,窩洞形成等の費用を含むものとする」(226頁左欄),「(1)即日充填処置は初期齲蝕歯に対して1日で当該歯牙の硬組織処置及び窩洞形成を完了し充填を行った場合に限り算定する取扱いであり,次回来院の際充填を行う場合は該当しないものである。ただし,初期齲蝕歯に対して1日で当該歯牙の処置及び窩洞形成を完了し直ちに印象採得又は蝋型採得を行った場合も即日充填処置料を算定して差し支えないものである。・・・(2)即日充填処置は,当該歯牙に金属冠(鋳造冠を含む。)を行う場合あるいはCの歯牙において歯冠修復物の除去を伴う場合は算定できない」(同頁右欄)と記載されている。上記記載によれば,即処は,麻酔,歯髄覆罩,特定薬剤,窩洞形成等が含まれる処置で,診療報酬点数として120点を,1歯につき1回限り,算定できるが,即処を算定する場合は「初期齲蝕歯に対して1日で当該歯牙の硬組織処置及び窩洞形成を完了し充填を行った場合」が条件とされており,当該歯牙に金属冠(鋳造冠を含む。)を行う場合や歯冠修復物の除去を伴う場合は算定できないものである。すなわち,2回に分けて行った診療において,それぞれ即処を算定することはできず,1回目の診療において窩洞形成を行い,2回目の診療において麻酔,歯髄覆罩,特定薬剤,窩洞形成等を行って即処を算定しようとしても,同じ処置部位に対して窩洞形成が重複することになるので,後日の処置における即処を算定することはできず,また,歯冠修復物の除去を1回目に行った後に,2回目の診療において即処を算定することもできない。甲7文献には,同じように,歯科診療報酬点数表には,1歯につき1回限り算定が認められる処置として,歯髄切断,抜髄,感染根管処置,根管充填,歯冠形成があることが記載されている。

     甲7文献,平成5年3月10日医歯薬出版発行「歯科保険請求マニュアル(平成5年3月版)」(甲5−3)及び医療法人社団佳愛会理事長A作成の平成16年10月22日付け見解書(甲8)によれば,歯科治療の処置に基づいてレセプトを作成する際には,算定ルールに従わなければならず,レセプト処理のために歯科情報処理装置へ治療情報を入力する場合には,保険報酬を適法に請求するために算定ルールに従った入力がされることが必要であることは,歯科情報処理装置の分野における当業者の技術常識であると認められる。
   (3) 訂正発明1が,カルテ作成やレセプト処理の機能を備える歯科情報処理装置のエラー項目の訂正を容易にするものであり,例えば,レセプト作成時に,同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置が入力されている場合をエラーとして検出し,訂正を可能にするものであることは上記(1)のとおりであり,レセプト処理のために歯科情報処理装置へ治療情報を入力する場合には,保険報酬を適法に請求するために歯科診療報酬点数表に従った入力がされることが必要であることは,上記(2)のとおり,歯科情報処理装置の分野における当業者の技術常識である。そうすると,訂正明細書(甲3添付)の特許請求の範囲【請求項1】記載の「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報」の判別ないし発明の詳細な説明の段落【0072】の「同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置」の抽出は,当業者の技術常識を参酌すれば,算定ルールに従って判断されるものと理解すべきものと認められる。

   (4) 被告は,訂正発明1は,カルテ作成とレセプト作成の二つの機能を有するものであり,訂正明細書にも二つの機能が並列して記載されているから,カルテ作成とレセプト作成に共通する「エラーの訂正」が課題であり,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」という場合は,レセプト作成及びカルテ作成に共に必要とされる歯科医師の専門的知識や,カルテ作成に必要とされる医師の経験(記憶)の双方を判断の基礎とするのが妥当であると主張する。しかしながら,上記(1)ウの記載によれば,エラーチェック処理は,例として,レセプト作成時に行われることが記載されているのであるから,不適切な処置情報の訂正がレセプト処理時のエラー訂正のみを目的としたものであっても,訂正発明1の課題に反するものではないし,算定ルールがカルテ作成時のエラー訂正に用いられるとしても,何ら矛盾するものではない。さらに,訂正明細書(甲3添付)の段落【0072】には,実施例の歯科情報処理装置においてエラーとして検出される例として,「処置部位に対する病名が確定されていない場合」,「明らかに同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置が指定入力されている場合」及び「未だに処置部位に対する処置が確定されていない場合」が記載されている(上記(1)エ)が,「処置部位に対する病名が確定していない場合」,「処置部位に対する処置が確定していない場合」をエラーとして検出するために,医師の専門的知識や経験を必要とするとは認められず,「明らかに同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置が指定入力されている」エラーを検出する場合のみ,医師の専門的知識や経験を必要とするものと解するのは,合理的ではない。
     被告は,訂正明細書の段落【0085】の記載を引用して,例えば,歯番を誤って入力した場合,算定ルール上のエラーではないものの,カルテ上ではいわゆる誤記となり,この場合,処置を行った医師の記憶を頼りに,誤りを修正しなければならず,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」が,直ちに算定ルールを指さないものがあり得ると主張する。しかしながら,上記段落の記載中,「他のカルテを確認して他の行なった正しい処置を入力するなどの処理を行なう」ことや,「この表示を確認してこの治療行為ではなく,他の治療行為(例えばこれ以前の処置)を訂正する必要が生じた場合」は,エラーチェック後の入力項目の訂正に関するものであるから,エラーチェックで検出すべき「不適切な処置情報」に該当するものではなく,また,仮に,「不適切な処置情報」に算定ルールに含まれないものがあるとしても,訂正発明1の実施に支障を来すものとは認められない。

   (5) 被告は,歯科診療報酬点数表は,様々な歯科診療に応じた報酬金額の基礎となる点数を規定するものであると考えられるところ,当該歯科診療の処置自体の適・不適を規定するものとはなっていないと考えるのが自然であり,仮に,後者の規定がされているとするならば,歯科診療報酬点数表全体の中に,どれほどの種類及び数の「不適切な処置情報」が規定されているのか,明確に列挙すべきであるが,それがされておらず不明のままであると主張する。しかしながら,歯科診療報酬点数表が,当該歯科診療の処置自体の適・不適を規定するものとはなっていないとしても,レセプトを作成する際に算定ルールに従わなければならないことは,上記のとおりであり,また,歯科診療報酬点数表には,「即処」のほかにも,1歯につき1回限りの算定が認められるものとして,歯髄切断,抜髄,感染根管処置,根管充填及び歯冠形成があることは,甲7文献から明らかであり,訂正発明1のエラーチェックが,算定ルールに従ってされると理解できる以上,歯科診療報酬点数表にどのような種類及び数の「不適切な処置情報」が規定されているかは,訂正発明を実施する上で問題となるものではない。
   (6) 次に,審決が,マスタファイルに関して,その具体的なデータ内容及びデータ構成が何ら記載あるいは開示されていないと認定判断した(審決謄本6頁第6段落)点について,原告は,訂正明細書(甲3添付)の記載及び当業者の技術常識に基づけば,算定ルールに対応するマスタファイルに基づいて,歯番単位処置情報ファイル431から「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」が抽出されるものであることは明らかであり,制御部10がROM11に格納されたプログラムに従い,ファイル部20に格納された歯番単位処置情報ファイル431から,歯科診療報酬点数表の規定に対応するマスタファイルに基づいて,「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない処置」を抽出する,という具体的な手段が訂正明細書には記載されていると主張する。そこで,上記の点について,訂正明細書の記載を見ると,訂正明細書には,次の記載がある。
     ア 「図1は本発明(注,訂正発明1)に係る発明の実施の形態の一例のブロック構成図である。図1において,10はROM11に格納されたプログラムに従い,本例装置の全体制御を司る制御部,11は上述の制御部10のプログラム等を記憶するROM,12は制御部10の処理経過等を一時記憶するためのRAM,20は後述する患者ごとの歯科情報を登録するファイル部である。」(段落【0012】〜【0013】)
     イ 「また本例においては,患者毎の情報のほかに,カルテやレセプト等の作成を補助する機能も附加されており,このカルテ作成の補助の為の歯科治療情報や,治療状況の入力状態,レセプト出力情報等も保持されている。以上の構成を備える本例におけるカルテ業務で使用される患者情報,歯科情報などを登録するファイルの概略構成例を図2に示す。図2において,100はマスタファイル群であり,診療マスタ,薬剤マスタ,病名マスタ,コメント入力表マスタ,計画治療表マスタ,一部負担金表マスタ,保険種別表マスタ,口腔内情報制御マスタ,新患者登録マスタ,懸隔治療表学習マスタ,根管数マスタ等より構成されており,以下に示す他のファイルのマスタファイルであり,内部記憶装置46に登録されている。200はマスタ管理であり,マスタファイル群100のマスタファイルを参照して計画治療誘導・絞り込み学習結果データ400,患者仮確定領域データ500中の各ファイルの管理を行う。300は患者個人データファイル群であり,患者原簿データ,患者来院単位データ,患者処置データ,患者病名データ,患者口腔内情報データ,患者病歴データ,会計データ等より構成されている,このファイル群も内部記憶装置46に登録されている。この患者個人データファイル群300及びマスタファイル群100は,必要に応じて読み出され,ファイル部20内に格納され,各種処理が行われる事になる。そして,処理が終了した後必要に応じて内部記憶装置46に再登録される。また,400は計画治療誘導・絞り込み学習結果データであり,実際の使用時にファイル部20に形成されるデータファイルである。」(段落【0018】〜【0022】)
     ウ 「図3において,401は患者情報を登録してある患者原簿ファイル,402はレセプトに記載すべきレセプト部位と当該部位の病名を登録してあるレセプト部位・病名ファイルである。405は患者の来院単位での処置部位と当該部位の病名を登録してある来院単位処置部位・病名ファイル,406は来院単位での患者に行った処置を登録してある来院単位処置データであり,来院単位処置部位・病名ファイル405及び来院単位処置ファイル406とは互いに来院単位での処置データを登録するものであり共通の来院単位の管理表に従って管理されている。」(段落【0027】)

     エ 「そして本例においては,その後,レセプト作成時点等で未確定の病名を確定する必要性が生じた場合や後述するエラーチェック処理において,各処置部位単位で一括して未確定病名を確定させることができる。本例においては,患者毎に例えば図3に示す各処置情報を登録している。従って,例えばレセプト作成処理を行なう場合においても,患者毎にレセプト未作成の処置情報を一括して表示部41に表示させることができる。この場合において,未確定の処置情報が存在する場合にはその旨が容易に認識可能に表示されるため,以後,その未確定の処置情報を順次確定させていけば良い。」(段落【0048】)
     オ 「なお,以上の説明は病名が未確定である場合を具体例として説明したが,図12のエラー一覧表示における第3番目の項目は,病名未確定のものではなく,処置内容にエラーが発見された場合の例を示している。この場合において,この項目を選択すると,図12の治療行為表示部分が図13に示す新たに選択された処置部位に対する治療行為の表示画面にスクロールされる。例えば,この場合には未確定の項目が残っていたためではなく,既に確定入力された項目の誤りであるため,患者個人データファイル群及び計画治療誘導・絞り込み学習結果データ400より必要な項目を読み出してきて表示画面の形態に展開して表示する。従って,この図13の表示を確認してこの項目の処置を変更する場合にはそのままこの処置部位を選択して例えば『即処』を削除したり,他のカルテを確認して他の行なった正しい処置を入力するなどの処理を行なうことになる。なお,この表示を確認してこの治療行為ではなく,他の治療行為(例えばこれ以前の処置)を訂正する必要が生じた場合には,図13の左端部の治療行為表示部分のスクロール指示部分を例えばマウスなどで指示入力すると,治療行為表示部分がスクロールし,現在の表示部分より前の治療行為の(後の治療行為の)治療行為表示部分になる。従って,このスクロール機能を使用して所望の訂正すべき項目の治療行為表示部分を表示させた状態でこの項目の訂正入力を指示すれば,所望の処置の訂正ができる。この場合には,当該部分の処置内容を訂正して登録すれば良い。」(段落【0084】〜【0086】)
   (7) 上記記載によれば,訂正発明1の実施例に係る歯科情報処理装置は,ROM11に格納されたプログラムに従って装置の全体制御を行う制御部10,制御部10のプログラム等を記憶するROM11,制御部10の処理経過等を一時記憶するためのRAM12及び患者ごとの歯科情報を登録するファイル部20から成るハードウェア構成を備え,診療マスタ,薬剤マスタ,病名マスタ,コメント入力表マスタ,計画治療表マスタ,一部負担金表マスタ,保険種別表マスタ,口腔内情報制御マスタ,新患者登録マスタ,懸隔治療表学習マスタ,根管数マスタ等より構成されるマスタファイル群100を用いて,カルテ作成業務やレセプト処理の作成を補助するものと理解される。そして,マスタファイル群100には,歯科診療報酬点数表の規定に対応するファイルが含まれることは記載されていないが,マスタファイル群100が,カルテ作成業務やレセプト処理に用いられる基本ファイルであることは,訂正明細書の上記記載から明らかであるところ,訂正明細書(甲3添付)の特許請求の範囲【請求項1】記載の「同じ処置部位に対する過去の処置からして同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報」の判別ないし発明の詳細な説明の段落【0072】の「同じ処置部位に対して重複して行われる事の無い処置」の抽出は,当業者の技術常識を参酌すれば,算定ルールに従って判断されるものと理解すべきことは上記のとおりであるから,上記マスタファイル群100には,算定ルールに対応するマスタが含まれるものと認められる。
   (8) 被告は,「不適切な処置情報」の具体的な分別・抽出手段,あるいは,マスタファイルの具体的データ内容及データ構成が明らかではないと主張する。しかしながら,「不適切な処置情報」が算定ルールに従って分別・抽出されること,これを規定する算定ルールに対応するマスタがマスタファイル群に含まれることは上記のとおりであるから,マスタファイルの具体的データ内容やデータ構成が記載されていないとしても,当業者は,訂正明細書(甲3添付)の上記記載から訂正発明1を実施することができるものと認められる。

   (9) 以上検討したところによれば,訂正明細書(甲3添付)の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件訂正発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものというべきであるから,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないとした審決の認定判断は誤りであり,取消事由1は,理由がある。
 2 取消事由2(特許法36条6項2号所定の記載要件の充足性の認定判断の誤り)について
   (1) 原告は,訂正発明1の一覧表表示手段の表示は,「不適切な入力項目を対応する過去の入力項目を含めて一覧表表示する」ものであるから,入力項目許可手段では,不適切な項目として一括変換を行うべき項目が一覧表表示手段の表示の中から選択され,その選択された項目に対して情報を入力することが明らかに記載され,審決のいう「重複して存在する特定処置情報入力のうち,何れが正しく,何れが誤りであるかの識別・決定」は,この項目の選択により行われることは明らかであり,それによって一括変換される対象が選択されるものであって,訂正発明1の「一括変換して再登録する再登録手段」について技術的な矛盾はなく,訂正明細書(甲3添付)の特許請求の範囲の記載は特許を受けようとする発明が明確であるから,これに反し,一括変換して再登録することは不合理であり,特許請求の範囲の記載は特許を受けようとする発明が明確でないとした審決の認定判断は誤りであると主張する。

   (2) ところで,審決が一括変換して再登録することは不合理であるとする理由は,その説示によれば,訂正発明1が「対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記再登録手段に再登録する」以上,対応する部位の過去の対応するすべての重複して存在する特定処置情報入力に対して,正しい特定処置情報入力であるか誤った特定処置情報入力であるかにかかわらず,それらをまとめて一括変換してしまうことになり,そうである以上,正しい特定処置情報入力まで,新たな処置情報に変換されてしまうことになる,というものである。そこで,訂正明細書(甲3添付)の記載を見ると,訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】には,再登録手段について,「前記入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記登録手段に再登録する」と記載されている。そうすると,「一括変換して前記登録手段に再登録する」のは,「入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報」であり,「対応する部位の過去の対応する全ての入力」のうち,選択された項目に対応するものが一括変換されると解され,「対応する部位の過去の対応する全ての入力」がすべて一括変換されると解さなければならない理由はない。このことは,訂正明細書の上記1(6)オの記載からも裏付けられる。すなわち,「不適切な処置情報」の訂正は,上記記載の手順に従って行われるところ,上記記載が引用する【図13】には,エラーチェック処理におけるエラー一覧表示の表示例が図示され,当該一覧表示の「エラー一覧」中の3番目に,歯番6に「同一歯に,即処が重複算定されている」とのエラー表示がされ,これに対応する治療行為表示部分には,平成7年10月25日に患者Bに対して,歯番6に即処を行ったことが表示されている。上記記載及び図示によれば,平成7年10月25日に患者Bに対し行った即処の処置について,訂正(削除)がされて再登録されるものと理解でき,これと重複する同一歯番に対する過去の処置も訂正されると解される余地はないから,訂正発明の記載に矛盾があるとは認められない。また,訂正明細書の上記によれば,「他の治療行為(例えばこれ以前の処置)」を訂正する必要が生じた場合には,【図13】の治療行為表示部分をスクロールして,前の治療行為を表示し,この項目の訂正入力を指示することが可能であることが記載され,さらに,当該「他の治療行為」に対応するものとして,【図12】には,同一患者の同一歯番に対して,平成7年10月16日に即処を行ったことが表示され,これらの記載は合致するものである。
   (3) 被告は,訂正発明1においては,「前記一覧表表示手段の表示を確認して一覧表表示された前記入力項目の中から再入力する項目が選択された場合に,当該選択項目の入力画面を表示して当該項目の入力を可能とする入力項目許可手段と,前記入力項目許可手段による入力のあった項目に対する入力情報を対応する部位の過去の対応する全ての入力に対して一括変換して前記登録手段に再登録する再登録手段とを備える」と記載されているのであって,一覧表表示の中から一括変換を行う入力を複数選択するとか,選択された複数の入力を一括変換するとかとは記載されていないのであるから,むしろ,一覧表表示の中から再入力する項目を選択して当該項目の処置情報を入力し,その項目について一つでも処置情報が入力された場合には,その項目についての過去のすべての入力を一括変換すると解するのが自然であると主張する。被告の上記主張は,一括変換するためには,一括変換の対象とする複数の項目がなければならないとする主張であると解されるが,訂正発明1の上記記載から,入力された項目について,同じ処置部位に対して重複して行われることのない不適切な処置情報をすべて一括変換すると解さなければならない理由はないし,訂正発明1において,「一覧表表示された前記入力項目の中から再入力する項目」が複数選択されることが排除されるものでもない。また,一括変換する項目が一つだけ選択される場合であっても,選択された項目に対応するデータが複数存在する場合があるから,これらが一括変換されると解すれば,矛盾することはない。実施例でいえば,一覧表表示される不適切な処置情報は,患者個人データファイル群300及び計画治療誘導・絞り込み学習結果データ400より必要な項目を読み出してきて表示されたものであるから,選択された入力項目に対する入力情報により一括変換されるデータは,これらのファイルやデータ内の選択された項目に対応するデータであり,個別に選択されるものであっても,対応する複数のデータが変換されるものと解される。したがって,被告の上記主張は採用できない。

   (4) 以上検討したところによれば,訂正発明1の「一括変換して再登録する再登録手段」について技術的な矛盾はなく,訂正明細書(甲3添付)の特許請求の範囲の記載は特許を受けようとする発明が明確である。そうすると,一括変換して再登録することは不合理であり,特許請求の範囲の記載は特許を受けようとする発明が明確でないとした審決の認定判断は誤りというほかなく,取消事由2も,理由がある。
 3 審決が,訂正発明2〜6について,特許法36条4項1号所定の記載要件及び同条6項2号所定の記載要件の充足性を否定した理由は,訂正発明1についてと同様であるから,訂正発明1に係る上記充足性の認定判断,したがって独立特許要件の判断が上記のとおり誤りである以上,訂正発明2〜6のこの点に関する判断も誤りである。
 4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由があり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

   よって,審決は取消しを免れず,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

     東京高等裁判所知的財産第2部

            裁判長裁判官     篠  原  勝  美

                      裁判官     岡  本     岳

                      裁判官     早  田  尚  貴