H16.12.28 東京高裁 平成15(行ケ)548 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第548号審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年12月28日
                   判決
原       告          タキイ種苗株式会社
原       告          株式会社ティエス植物研究所
原       告          株式会社東海化成
原告ら3名訴訟代理人弁理士   廣江武典
同               宇野健一
被       告       アンドウケミカル株式会社
同訴訟代理人弁理士              江原省吾
同                   田中秀佳
同                   白石吉之
同                   城村邦彦
同                   熊野剛
同                   山根広昭
                   主文
     1 原告らの請求を棄却する。
         2 訴訟費用は原告らの負担とする。
                   事実及び理由
第1 請求
  特許庁が無効2003―35175号事件について平成15年11月5日にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実等
 1 特許庁における手続の経緯
    原告らは,発明の名称を「育苗用ポット」とする(甲2)特許第3314339号(平成9年2月3日に特許出願した特願平9―20674号(以下「原出願」という。)の一部を分割して平成12年6月14日出願,平成14年6月7日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。なお,原告株式会社東海化成は,その余の原告らの有する本件特許の持分の一部を譲り受けた(平成14年11月8日登録)。

    本件特許につき,被告から無効審判請求の申立てがされた(無効2003―35175号)ところ,原告らは,平成15年7月11日,訂正請求(以下「本件訂正」という。)をしたが,特許庁は,同年11月5日,「訂正を認める。特許第3314339号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月17日,原告らに送達された。
 2 特許請求の範囲
    本件訂正後の本件特許に係る明細書(甲3。以下「本件明細書」という。)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」という。)。
   「全体が合成樹脂により薄肉に形成され,上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形または円形をなす筒状の側壁と,排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できることを特徴とする育苗用ポット。」

 3 本件審決の理由の要旨
    本件審決は,次のとおり,本件発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,また,平成14年改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条4項又は6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとした。
   (1) 特許法29条2項違反について
     ア 分割出願の適否について
       (ア) 本件明細書には,本件発明の目的として,
          (a)「本発明は,上記に鑑みてなしたものであり,野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットとして,土入れのための土詰め器へのセット作業や置床等の際の取扱いを容易にし,その作業の省力化および能率向上を図ることを目的とする。」(段落【0007】)と記載され,
          また,本件発明の作用として,

          (b)「本発明の育苗用ポットによれば,複数の各ポットは,隣接するポット同士が上端開口縁の個所で分離可能に連結されているので,必要な個数をワンタッチでアンダートレイや籠トレイ等に収容セットできて,土詰め器に容易に並べることができ,ポット1鉢ずつを並べてセットしていた従来に比して,数十倍の高能率で作業できる。」(段落【0009】),
          「また育苗土充填後あるいは育苗後に,各ポット毎に分離する場合には,隣接するポットを引き離すようにすれば,単体のポットに容易に分離できる。特に,この育苗用ポットは,前記各ポットの上端開口縁の形状が四隅部にアールをつけた略四角形または円形であって,隣接するポット同士が対向する前記上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ連結されているため,全体の外周部では隣接するポットの開口縁の辺が互いに離れた状態になっており,外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え,また分離によって不要部分が生じることもない。」(段落【0010】)と記載され,

          さらに,本件発明の効果として,
          (c)「本発明の連結型の育苗用ポットによれば,野菜や花き等の植物苗を育苗する際の土入れ作業や置床等の際には,全体を一体のものとして取扱うことができ,省力化および作業能率の向上を図ることができ,しかもその後の出荷等の際には各ポット毎に容易に分離することができる。」(段落【0026】)と記載されている。
          そして,本件特許請求の範囲の記載は明確であり,特許請求の範囲には「耳部(6)」については何ら記載されておらず,また,一般的に,ポットにおける側壁の「上端開口縁」は耳部(6)を含むものではない。
          しかも,原出願の特許請求の範囲には,「各ポットは,前記側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張出した耳部を備え,全体の外周で連結されることなく,隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ,ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結され,」と記載されており,原出願の発明は,「隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ,ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結」するもの,すなわち,隣接するポット同士が対向する上端開口縁において,耳部を介してごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されているものである。

          これらを考慮すると,本件明細書の特許請求の範囲に記載された「隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,」は,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部(6)を介することなく,ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成であるといえる。
          また,被請求人は,「当該ポット単体として耳部を設けたもののみに限定するという発明思想からなるものではありません。」と主張しており,本件発明が耳部を設けていないものも含むものとしている。
          しかも,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部(6)を介することなく,ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている本件発明の育苗用ポットは,本件発明の上記(a)の目的に合致するし,上記(b)(c)の作用,効果を奏するものである。

       (イ) そこで,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面をみると,特許請求の範囲の【請求項1】には,「全体が薄肉に形成され,上端開口縁で終端する筒状の側壁と,排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が連結されてなり,各ポットは前記側壁の上端開口縁に外方へ張出した連結耳部を備え,複数のポットが前記連結耳部で分離可能に連結されていることを特徴とする育苗用ポット。」と記載されており,原出願の発明は,「側壁の上端開口縁に外方へ張出した連結耳部を備え」たものであり,同明細書又は図面には,筒状の側壁(3)が終端する上端開口縁(2)に外方へ張出し状をなす連結耳部(6)を有し,隣接するポット(1)の連結耳部(6)同士を,連結部(7)で分離可能に連結した構成,すなわち,原出願の発明の実施例が記載されているのみで,原出願の発明には含まれない,隣接するポット(1)同士を,対向する上端開口縁(2)において,耳部(6)を介することなく,ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結した構成は記載されておらず,且つ,示唆されてもいない。
          そうすると,本件出願は,原出願の出願当初の明細書又は図面に記載されていない事項を含んでいるので,本件出願は特許法44条1項で規定する適法な分割出願とは認めることができず,その出願日は,遡及せず,平成12年6月14日となる(本件出願は平成6年法が適用されるものであり,その補正は新規事項を追加することができないものであり,補正と同様な効果が得られる分割出願の適否の判断も補正の判断と同様に扱われるべきである。)。
       (ウ) なお,被請求人は,分割出願について「本件分割特許発明に係る連結育苗ポットは,四隅部にアールをつけた…筒状の側壁と,…底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結してなり,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き可能に連結されて…おり,これにより,「全体の外周部では隣接ポットの開口縁の辺が互いに離れた状態になっており,外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え,また分離によって不要部分が生じることもない…という作用効果を奏するところに技術的意義(本件発明特定事項)があるのであって,当該ポット単体として耳部を設けたもののみに限定するという発明思想からなるものではありません。而して上記の如き連結育苗ポットは,従来にない技術的な斬新性をもつものであると確信します。従って,本願特許に係る分割出願は,原出願の出願当初の明細書又は図面に記載された範囲内の事項である」と主張する。

          しかしながら,分割出願が適法であるか否かは,分割出願の明細書又は図面に記載された事項が原出願の当初明細書又は図面に記載されているか否かによって判断されるのであって,分割出願の発明の斬新性とは関係ないことであるから,被請求人の主張は採用できない。
       (エ) なお,本件訂正請求が認められた結果,本件明細書には,
          (d)「その連結形態として,各ポット(1)の側壁(3)の上端開口縁(2)に,上端開口縁の1部が僅かに外方へ張出した耳部(6)を有し,隣接するポット(1)(1)同士が対向する前記耳部(6)(6)の箇所で分離可能に連結成形されている。」(段落【0014】),
          (e)「この実施例の場合にも,上記実施例と同様に,例えば図示するごとく上端開口縁(2)にその1部としてこれに対応した張出し状の耳部(6)を設けて,隣接するポット(1)(1)を対向する前記耳部(6)(6)の箇所で僅かな幅で容易に引き裂き分離できるように連結しておけばよい。」(段落【0018】),と記載されている。

          上記記載によると,上端開口縁(2)がその1部として耳部(6)を有していると解釈することもできるので,本件の特許請求の範囲の記載が不明瞭であると仮定し,上記(d)(e)の記載を参酌して本件発明の「上端開口縁」がその1部として耳部(6)を有しているとすると,本件発明は原出願の発明と実質的に同一といえるから,やはり,本件出願は適法な分割出願とはいえない。
          すなわち,原出願の発明は,その特許請求の範囲に記載された「全体が薄肉に形成され,上端開口縁で終端する筒状の側壁と,排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横複数列に並列して同一平面内で全体としてトレイ形状をなすように連結されてなり,各ポットは,前記側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張出した耳部を備え,全体の外周で連結されることなく,隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ,ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結され,育苗土充填後あるいは育苗後に前記連結部を引き裂くことにより,単体のポットに容易に分離できることを特徴とする育苗用ポット。」であり,育苗用ポットを合成樹脂により薄肉に形成すること,及び,育苗用ポットの上端開口縁を円形に形成することが例示するまでもなく周知であることを考慮すると,本件発明は原出願の発明と実質的に同一である。

     イ 対比・判断
        本件発明と甲4(特開平10−315315号公報)記載の発明とを対比すると,本件発明と甲4記載の発明とは,全体が合成樹脂により薄肉に形成され,上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形筒状の側壁と,底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できる育苗用ポットで一致し,
        底壁が,本件発明では,「排水孔を有する」のに対し,甲4記載の発明ではその点が不明である点で構成が相違する。
        しかしながら,育苗用ポットにおいて,ポットの底壁に排水孔を設けることは,本件発明の出願日前に当業者に周知技術(例えば,甲5(特開平10−215689号公報),甲6(実願昭53−98637号(実開昭55−14482号)のマイクロフイルム),甲7(特開平4−173024号公報),甲8(特開平7−203776号公報)参照)であり,甲4記載の発明において,底壁に排水孔を設けることは当業者なら容易に想到できることである。

         そして,本件発明が奏する効果は,甲4記載の発明及び周知技術から予測できる程度のことであって,格別顕著なものではない。
         したがって,本件発明は甲4に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
   (2) 旧特許法36条違反について
      上記(1)で検討したとおり,本件発明の「隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,」は,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部(6)を介することなく,ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成ということができる。
       そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部(6)を介することなく,ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成については記載されていないので,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明に関して,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載されていないから,旧特許法36条4項で規定する要件を満たしていない。

       また,本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものではないから,特許請求の範囲の記載が旧特許法36条6項1号で規定する要件を満たしていないということもできる。
      したがって,本件特許は旧特許法36条4項又は6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
   (3) むすび
      以上のとおりであり,本件発明の特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたもの,あるいは,旧特許法36条4項又は6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法123条1項2号又は4号に該当する。
第3 原告ら主張に係る本件審決の取消事由の要点
    本件審決は,@本件特許に係る分割出願が不適法であるため,本件特許の出願日が原出願の出願日に遡及しないと誤って判断した結果,本件発明についての進歩性の判断を誤り,かつ,A本件明細書の記載要件についての判断を誤ったものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。なお,仮に,本件審決の分割出願についての判断が正しいとされた場合は,本件発明の進歩性についての本件審決の判断を争わない。

 1 進歩性の判断の誤り
   (1) 分割出願の判断の誤り(その1)
      本件審決は,「本件出願は,原出願の出願当初の明細書又は図面(以下「原出願当初明細書」という。)に記載されていない事項を含んでいるので,適法な分割出願と認められない。」旨判断するが,誤りである。
     ア すなわち,本件審決は,上記判断の前提として,「本件特許請求の範囲には,『耳部(6)』について何ら記載されていない」,「本件明細書の特許請求の範囲に記載された『隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,』は,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成であるといえる。」旨認定する。
        しかしながら,本件明細書には,その好適な実施の態様として,「その連結状態として,各ポット(1)の側壁(3)の上端開口縁(2)に,上端開口縁の一部が僅かに外方向へ張出した耳部(6)を有し」(段落0014),「例えば図示するごとく上端開口縁(2)にその1部としてこれに対応した張出し状の耳部(6)を設けて,」(段落0018)との記載があるから,このように,「上端開口縁」の技術的内容として,上端開口緑の一部として耳部が形成されている旨定義されている以上,本件発明に係る特許請求の範囲には,耳部も明瞭に記載されているということができる。したがって,本件審決の上記認定は誤りであり,この認定を前提とした,分割出願の適否についての前記判断も誤りである。

     イ また,分割出願の適否を判断する際に検討されるべき事項は,原出願当初明細書から,分割後の発明を抜き出すことができるか否かであるところ,本件審決は,上記判断をするに際して,特許請求の範囲の記載のみを対比している。
   (2) 分割出願の判断の誤り(その2)
      本件審決は,「本件特許請求の範囲の記載が不明瞭であると仮定し,本件明細書の段落0014,0018の記載を参酌して,本件発明の『上端開口縁』がその一部として耳部を有しているとすると,本件発明は,原出願の発明と実質的に同一といえるから,やはり,本件出願は,適法な分割出願とはいえない。」旨判断するが,誤りである。
      すなわち,本件審決は,上記判断の前提として,「育苗用ポットの上端開口縁を円形に形成することが例示するまでもなく周知である」と認定する。しかしながら,単体の育苗ポットについては,上記のようにいえても,本件発明の如き,単体ポットを複数連結した「連結育苗用ポット」においては,その連結育苗用ポットを構成する単体ポットの上端開口縁を円形に形成することが周知であるとはいえない。しかも,上記構成は,「外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え,分離によって不要部分が生じることのない」という顕著な作用効果を奏する。したがって,本件審決の上記認定は誤りであり,これを前提とする前記判断も誤りである。

   (3) まとめ
      上記のとおり,本件特許に係る出願は,適法な分割出願であるから,その出願日は原出願の出願日(平成9年2月3日)に遡及する。そして,本件審決が,本件発明の進歩性判断において引用した甲4,5は,いずれも平成9年2月3日以後に頒布された刊行物であるから,そもそも引用刊行物となり得ないものである。したがって,本件発明の進歩性についての本件審決の判断は,誤りである。
 2 記載要件の判断の誤り
    本件審決は,「本件発明の『隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,』は,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成であるといえる」ことを前提に,「本件発明に係る特許は,旧特許法36条4項又は6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである」旨判断する。

    しかしながら,前記1(1)アのとおり,本件明細書の段落【0014】【0018】の記載によれば,本件発明に係る特許請求の範囲には,耳部も明瞭に記載されているということができるから,本件審決の上記判断は,その前提を欠くものであって,誤りである。
第4 被告の反論の要点
  本件審決の判断に誤りはなく,原告らの主張する本件審決の取消事由には理由がない。
 1 進歩性の判断について
   (1) 分割出願の判断の誤り(その1)について
      本件発明に係る特許請求の範囲に記載された「隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、」の技術的意味は,それ自体で明確であるから,本件発明の要旨を認定するに際して,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載を参酌すべきではない。

      原告らの指摘する本件明細書の段落0014,0018の記載は、「実施例」にすぎず,特許請求の範囲で使用されている用語の意義を定義したものではない。
      また,仮に,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載を参酌しても,段落0013,0014,0018等の記載によれば,四隅部にアールをつけた略四角形をなす「上端開口縁(2)」と、上端開口縁(2)の形状に対応して上端開口縁(2)に張出し状に設けられる「耳部(6)」とは、別個の構成であると解されるから,特許請求の範囲に記載されている「上端開口縁」が必然的に「耳部」を有するものに限定されていることにはならない。
   (2) 分割出願の判断の誤り(その2)について
      本件発明と原出願の発明との同一性を判断するに際しての周知性は,両発明の相違点に係る構成,すなわち各育苗用ポット(単体ポット)の上端開口縁を円形に形成することが周知であれば足り,「連結育苗用ポット」の状態において「単体ポットの上端開口縁を,円形に形成すること」が周知である必要はない。

      なお,本件発明には,「上端開口縁が円形」のもののみならず,「上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形」のものも含まれているところ,後者の上端開口縁を有する単体ポットの複数を連結した連結育苗ポットの構成は,例えば,乙2に記載されており,新規なものではない。
 2 記載要件の判断について
    本件審決の記載要件についての判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
  本件審決は,「本件発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,また,旧特許法36条4項又は6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるため,これを無効とする」旨判断したのであるから,原告らの主張する@進歩性についての判断の誤り及びA記載要件についての判断の誤りの両方ともに理由がある場合のみ,本件審決の結論に影響を及ぼすことになる筋合いである。そこで,まず,上記@の点について検討する。

 1 進歩性の判断について
    原告らは,本件審決の「本件出願は,原出願当初明細書に記載されていない事項を含んでいるので,適法な分割出願と認められない。」との判断は誤りであるから,上記判断を前提とする,本件発明の進歩性についての本件審決の判断も誤りである旨主張する(第3,1,(1)(3))。
   (1) 本件発明について
      まず,本件発明の内容について,原告らは,本件明細書の段落0014,0018の記載によれば,本件発明における「上端開口縁」の一部として耳部が形成されている旨定義されているから,本件発明に係る特許請求の範囲には,耳部も明瞭に記載されているということができるので,本件審決の分割出願についての判断の前提となった,「本件発明の構成は,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成であるといえる。」旨の認定は誤りである旨主張する。

     ア 特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである(最高裁平成3年3月8日第2小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。
     イ しかるに,本件発明に係る請求項の記載は,「全体が合成樹脂により薄肉に形成され,上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形または円形をなす筒状の側壁と,排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり,
隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており,育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できることを特徴とする育苗用ポット。」というものである。
        ところで,「連結」という語は,「つらねむすぶこと」という語義を有するものであるから,「隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されて」いるとの上記下線部分の記載によれば,つらねむすばれているものは,隣接するポットにおける対向する各上端開口縁であることは明らかである。そうであれば,上記「隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されて」いるということは,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に「直接」連結されている構成を意味するものと一義的に明確に解することができる。そして,この構成は,後記(2)の原出願当初明細書記載の発明(耳部を構成要件とする発明)の構成との比較の観点からすれば,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成であるということができる。
        そうであれば,本件発明における上記下線部分の解釈に当たり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することは許されないというべきであるから,原告らの上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
     ウ なお,仮に,原告らが主張するように,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるとしても,以下のとおり,原告らの上記主張は,理由がない。
       (ア) すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明のうち,「実施例」の項以外の項,特に,「課題を解決するための手段」,「作用」,「発明の効果」の項には,「耳部」についての記載は一切なく,むしろ「課題を解決するための手段」の項には,上記特許請求の範囲の記載と同旨の記載がある。したがって,発明の詳細な説明のうち,「実施例」の項以外の項には,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成が記載されていることは明らかである。

       (イ) そして,本件明細書の「実施例」の項には,原告らが指摘するように,段落番号【0014】に,その好適な実施の態様として,「その連結状態として,各ポット(1)の側壁(3)の上端開口縁(2)に,上端開口縁の一部が僅かに外方へ張出した耳部(6)を有し」と記載され,段落番号【0018】に,「例えば図示するごとく上端開口縁(2)にその1部としてこれに対応した張出し状の耳部(6)を設けて」と記載されている。
          しかしながら,上記記載は,いずれも「実施例」の項の記載にすぎず,本件発明の実施態様の1つを例示したものにすぎないから,これらをもって,本件発明の「上端開口縁」の一部として耳部が形成されていることが定義されているということはできない。
          また,上記下線部の記載は,いずれも,平成15年7月11日付けの訂正請求(本件訂正)により加えられたものと認められる(甲1)。したがって,仮に,下線部の加入により,原告らの主張するように,本件発明の「上端開口縁」の一部として耳部が形成されていると解すべきことになるとすれば,そもそも本件訂正自体が,実質上特許請求の範囲を変更するものであって,認められるべきでないものとなる(平成15年改正前の特許法134条5項で準用される同法126条3項)から,そのような解釈は,本件訂正の経緯に照らして許されないというべきである。

   (2) 原出願当初明細書について
      次に,上記の「隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成」が,原出願当初明細書に開示されているかどうか検討する。
     ア 原出願当初明細書には,次のような記載がある(甲5)。
       (ア) 特許請求の範囲
         「【請求項1】全体が薄肉に形成され,上端開口縁で終端する筒状の側壁と,排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が連結されてなり,各ポットは前記側壁の上端開口縁に外方へ張出した連結耳部を備え,複数のポットが前記連結耳部で分離可能に連結されていることを特徴とする育苗用ポット。
         【請求項2】各ポットの前記連結耳部の幅が1〜5mmである請求項1に記載の育苗用ポット。
         【請求項3】一つのポットの前記連結耳部の1〜複数の個所で,隣接する他のポットの連結耳部と連結されている請求項1または2に記載の育苗用ポット。

         【請求項4】各ポットが縦横少なくとも一方向に配列されて,前記側壁の上端開口縁の連結耳部により同一平面内で連結されることにより,全体としてトレイ形状をなしている請求項1〜3のいずれか1項に記載の育苗用ポット。
         【請求項5】連結耳部同士の連結部に,分離助成手段が設けられてなる請求項1〜4のいずれか1項に記載の育苗用ポット」
       (イ) 発明の詳細な説明
          【従来の技術と発明が解決しようとする課題】の欄には,
         「本発明は,上記に鑑みてなしたものであり,野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットとして,土入れのための土詰め器へのセット作業や置床等の際の取扱いを容易にし,その作業の省力化および能率向上を図ることを目的とする。」(【0007】)
         と記載され,

          【課題を解決するための手段】の欄には,特許請求の範囲と同趣旨の記載があり,
          【作用】の欄には,
         「上記の本発明の育苗用ポットによれば,複数のポットが側壁上端に有する連結耳部同士の連結部で分離可能に連結されているので,必要な個数をワンタッチでアンダートレイや籠トレイ等に収容セットできて,土詰め器に容易に並べることができ,ポット1鉢ずつを並べてセットしていた従来に比して,数十倍の高能率で作業できる。
          またこの育苗用ポットは,各ポットの側壁上端に連結耳部があってこれが一種の補強縁としての役目を果すことと,複数のポット同士が連結耳部で連結されていて側壁の折れ曲りを相互に規制するように作用することとが相まって,形態保持性が高く,従来法のようにアンダートレイヤ籠トレイ等を用いなくても,土入れ時にポットの腰折れが生じるおそれはない。

          しかも,育苗土充填後あるいは育苗後に,各ポット毎に分離する場合には,前記の連結耳部同士の連結部を引き裂くようにすれば,薄肉に形成されていることもあって,容易に分離できる。
          特に前記の連結部に切込みやノッチ等の分離助成手段が設けられていると,その切離しによる分離作業がさらに容易に行なえる。」(【0013】〜【0016】)
         と記載され,
          【実施例】の欄には,隣接するポット同士を連結する態様について,
         「図に示すように,本発明に係る連結形の育苗用ポット(A)は,全体がポリエチレンや塩化ビニル樹脂等の合成樹脂により比較的薄肉に型形成されてなり,上方ほど径大のテーパ状をなしかつ上端開口縁(2)で終端する筒状の側壁(3)と,該側壁(3)の下端に連接されかつ1もしくは複数の排水孔(4)を有する底壁(5)とにより単一の鉢体形状をなすポット(1)が形成されるとともに,該ポット(1)の複数体が縦横それぞれ複数列をなすように並列して連結されている。

          その連結形態として,各ポット(1)の側壁(3)の上端開口縁(2)に僅かに外方への張出し状をなす連結耳部(6)を有し,隣接するポット(1)(1)同士が前記連結耳部(6)(6)の部分で分離可能に連結成形されている。(7)はその連結部を示す。図の場合,前記の各連結部(7)が同一平面内にあって,全体としてトレイ形をなしている。
          前記各ポット(1)の連結耳部(6)は,テーパ状をなす側壁(3)に対して交差角度(θ)が90°〜105°の角度で外方に延出しており,各ポット毎の単体に分離した状態での保形性および体裁や取扱い易さを考慮して,その幅は通常1〜5mmの範囲に設定される。
          また前記の連結耳部(6)(6)同士の連結部(7)としては,隣接するポット(1)(1)の連結耳部(6)(6)同士を引き裂き分離可能に連結できるものであれば,その位置や数および形状はどのようなものであってもよい。例えば,連結耳部(6)の各辺の1個所で連結するほか,間隔をおいて複数個所で連結することができる。」(【0019】〜【0022】),

     「なお,各ポット(1)の形態については,図1〜5のように,上端開口部の外形形状を四隅部にアールをつけた略四角形とし,底部を円形に形成したもののほか,図7のように,上端開口縁(2)および底部か共に平面円形の鉢体形状をなすもの等,種々の形態による実施が可能である。この実施例の場合にも,上記実施例と同様に,上端開口縁(2)に連結耳部(6)を設けるとともに,隣接するポット(1)(1)を前記連結耳部(6)(6)の個所で容易に分離できるように連結しておけばよい。」(【0025】),
     「しかも,各ポット(1)の側壁(3)上端に連結耳部(6)があって,これが一種の補強縁としての役目を果し,また複数のポット(1)が連結耳部(6)で連結されていて側壁(3)の折れ曲りが相互に規制されるために,軟質合成樹脂により薄肉に形成されたものであっても,全体的な形態保持性が高く,育苗土を充填する時にも腰折れが生じず,土入れ作業を容易にして確実に行なえる。
          そして,育苗土の充填後あるいは育苗後の出荷の際に各ポット(1)毎に分離する場合,前記の連結耳部(6)(6)同士の連結部(7)の個所を引き裂くようにすれば,容易に分離することができる。」(【0031】〜【0032】)
         と記載され,
          【発明の効果】の欄には,
         「上記したように本発明の連結型の育苗用ポットによれば,野菜や花き等の植物苗を育苗する際の土入れ作業や置床等の際には,全体を一体のものとして取扱うことができ,省力化および作業能率の向上を図ることができ,しかもその後の出荷等の際には各ポット毎に容易に分離することができる。」(【0033】)
         と記載されている。
     イ 上記記載によれば,原出願当初明細書には,「各ポットは、側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張出した耳部を備え、全体の外周で連結されることなく、隣接するポット同士が対向する耳部でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結される」ものが記載されているにすぎない。

        一方,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に「直接」連結されている態様についての記載は,原出願当初明細書には見当たらない。
        してみると,原出願当初明細書には,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,あくまでも耳部を介して,分離可能に連結されている態様が記載されているのみであって,隣接するポット同士が,対向する上端開口縁において,耳部を介することなく,分離可能に連結されている構成についての記載はないというべきである。
   (3) 対比
      前記(1),(2)の認定事実によれば,本件発明は,原出願当初明細書に記載されていないものである。そうであれば,本件発明に係る出願は,原出願当初明細書に記載されていない事項を含んでおり,不適法な分割出願というべきであるから,同出願の出願日は,原出願の出願日に遡及せず,現実の出願日である平成12年6月14日となる。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

   (4) なお,原告らは,「分割出願の適否を判断する際に検討されるべき事項は,原出願当初明細書から,分割後の発明を抜き出すことができるか否かであるところ,本件審決は,上記判断をするに際して,特許請求の範囲の記載のみを対比している。」旨主張する。
      しかしながら,本件審決は,原出願当初明細書に記載された事項を認定するに際して,「同明細書又は図面には,筒状の側壁(3)が終端する上端開口縁(2)に外方へ張出し状をなす連結耳部(6)を有し,隣接するポット(1)の連結耳部(6)同士を,連結部(7)で分離可能に連結した構成,すなわち,原出願の発明の実施例が記載されているのみで,原出願の発明には含まれない,隣接するポット(1)同士を,対向する上端開口縁(2)において,耳部(6)を介することなく,ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結した構成は記載されておらず,且つ,示唆されてもいない。」と説示しているから,原出願当初明細書の特許請求の範囲の記載のみに基づいて原出願当初明細書に記載された事項を認定しているのではなく,原出願当初明細書における「発明の詳細な説明」及び図面の記載も参酌していることは明らかである。したがって,原告らの上記主張は,理由がない。

   (5) そして,本件発明は甲4に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの本件審決の判断は,相当である(本件審決の分割出願についての判断が正しいとされた場合における上記判断内容については,当事者間に争いがない。)。したがって,本件発明の進歩性についての本件審決の判断は誤りがない。
 2 結論
    以上のとおり,本件発明の進歩性に係る本件審決の判断には誤りはないから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すべきであるとの原告らの主張は理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
    よって,原告らの本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。


           東京高等裁判所知的財産第1部


                       裁判長裁判官       北  山  元  章

                            裁判官     青  柳     馨

                      裁判官        沖  中  康  人