H17. 4. 8 東京地裁 平成15(ワ)3552 特許権 民事訴訟事件

平成17年4月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成15年(ワ)第3552号 不当利得返還請求事件 
口頭弁論終結日 平成17年1月17日
                   判     決  
             原              告     株式会社明電舎
             同訴訟代理人弁護士     光石忠敬
             同                        光石俊郎
             同補佐人弁理士            田中康幸
             同                        松元洋
           被              告     シチズン時計株式会社
           被       告     ミヨタ株式会社
             上記両名訴訟代理人弁護士 田倉整
             同            田倉保

             同補佐人弁理士            高宗寛暁
             同            宮島明
                   主     文
     1 被告らは,原告に対し,各自金6419万3573円及びこれに対する被告シチズン時計株式会社は平成15年2月25日から,被告ミヨタ株式会社は平成15年2月24日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
     3 訴訟費用は,これを25分し,その24を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。
     4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
                   事実及び理由
第1 請求
   被告らは,原告に対し,連帯して金16億4900万円並びに内金1億円に対する被告シチズン時計株式会社は平成15年2月25日(訴状送達の日の翌日),被告ミヨタ株式会社は平成15年2月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,及び内金15億4900万円に対する平成16年4月14日(請求の拡張申立書送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
   (1) 当事者
      原告は,電気機械器具及びその他の機械器具の製造並びに販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
      被告シチズン時計株式会社(以下「被告シチズン」という。)は,各種時計類及びその部分品の製造並びに販売等を目的とする株式会社である。
      被告ミヨタ株式会社(以下「被告ミヨタ」という。)は,各種腕時計及びその部分品の製造並びに販売等を目的とする株式会社である。
  (2) 原告の特許権
     原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲請求項1の特許発明を「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書(甲2。別紙特許公報参照。)を「本件明細書」という。)を有している。
    特許番号  第2036779号

    発明の名称  水晶振動子及びその製造方法
    出 願 日  昭和60年8月7日
    出願番号  特願昭60−173701
    出願公告日  平成6年11月14日
    出願公告番号  特公平6−91404
    登 録 日    平成8年3月28日
    特許請求の範囲請求項1
           「リード端子を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子を接続してモールドするものにおいて,前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と,前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け,前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドすると共に,前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とする水晶振動子。」

   (3) 構成要件の分説
      本件発明は,次のとおり分説される。
     A リード端子を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子を接続してモールドするものにおいて,
     B 前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と,
     C 前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け,
     D 前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドすると共に,
     E 前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とする
     F 水晶振動子。
   (4) 本件特許取得の経緯は,別紙のとおりである。

   (5) 被告らの行為
      平成6年以降,被告ミヨタは,業として,別紙物件目録1記載の水晶振動子(以下「対象物件1」という。その構造は添付の図面のとおり。)及び別紙物件目録2記載の水晶振動子(以下「対象物件2」という。その構造は添付の図面のとおり。対象物件1及び2を併せて「被告製品」という。)を製造し,被告シチズンは,平成13年末まで被告製品を販売していた。
      対象物件1は,構成要件A及びFを充足し,対象物件2は,構成要件A,B及びFを充足する。
 2 本件は,原告が,被告らによる前記1(5)記載の行為が本件特許権を侵害すると主張して,被告らに対し,民法703条に基づき,実施料相当額の不当利得返還を請求する事案である。
 3 争点
   (1) 被告製品は,本件発明の構成要件を充足するか。
     ア 対象物件1は,構成要件Bの「保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する」を充足するか。

     イ 被告製品は,構成要件Cの「当接する」を充足するか。
     ウ 被告製品は,構成要件Dの「外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により」を充足するか。
     エ 被告製品は,構成要件Eの「アース用外部端子としたことを特徴とする」を充足するか。
   (2) 本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か。
     ア 本件特許は,特許法29条の2に該当するか。
     イ 本件特許の補正は,要旨変更であるか。そのために,本件特許は,特許法29条2項に該当するか。
     ウ 本件特許は,特許法36条に違反するか。
   (3) 実施料相当額はいくらか。
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)ア(構成要件B「適合」)について
 〔原告の主張〕
   (1) 「適合」とは,保持容器の位置決めがされていればよいのであって,さまざまな例があり,形状が一致していることには限定されない。

     被告らは,「適合」とは,保持容器の外周面と外周面位置決め用片の曲面の形状が一致することを意味すると主張するが,特許請求の範囲は,実施例に限定されて解釈されてはならない。
   (2) 対象物件1は,外周面位置決め用片の先端部が保持容器の外周面の曲面と接触するとともに,それぞれの根元部分の周辺に形成された2つの端面角が保持容器の外周面に接触し,位置決めがされているから,「適合」に該当する。
     原告が市場で入手した対象物件1の構造は,水晶振動子本体とアース用外部端子が導通しており,水晶振動子本体とアース用外部端子が適合又は当接していること及びアースすることができる構造であることを示している。
 〔被告らの主張〕
   (1) 構成要件Bの「適合」とは,本件明細書に位置決め用端子ないしアース用外部端子の湾曲した部分で保持することが記載され,実施例を示すすべての図において,保持容器の外周面の曲面と外周面位置決め用片の曲面の形状が完全に一致しており,それらの図の説明として,「適合」と記載されていることから,保持容器の外周面と外周面位置決め用片の曲面の形状が一致していることを意味する。

   (2) 対象物件1は,保持容器の外周面の曲面と外周面位置決め用片の曲面とでは曲率が異なっており,かつ,外周面位置決め用片の曲率半径中心と保持容器の外形の半径中心とがずれて保持されるよう設計されている。それは,設計図(乙19の1)に出ているように,外周面位置決め用片の先端部と外周面位置決め用片の根元部分の周辺に形成された金属フレームの端面角との6点支持によって保持することで,安定した作業が可能となるからである。
      したがって,対象物件1は,保持容器の外周面の曲面に外周面位置決め用片の先端部のみが接触しているのであって,形状は一致していないから,外周面の形状には「適合」していない。
     原告は,電気的導通があることを根拠として,対象物件1が構成要件Bを充足すると主張するが,電気的導通があるか否かと機械的な形状が一致することを意味する「適合」があるか否かとは関係がない。

 2 争点(1)イ(構成要件C「当接」)について
 〔原告の主張〕
   (1) 本件発明の目的の記載(本件明細書4欄12ないし17行)からすると,製造時において,保持容器外周面位置決め用片が保持容器と適合し,保持容器頂面位置決め用片が保持容器頂面に当接し,位置決めされるが,実装時には,外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片のいずれかがアース用外部端子として使用することができればよい。
     本件発明は,プロダクト・バイ・プロセスクレームであり,すべての工程において「適合」及び「当接」を要求するものではなく,位置決めの際は「当接」が必要であるが,実装時においては,必ずしも「当接」が必要でなく,「当接」又は「適合」によってアースし得る客観的構造であればよい。被告らは,モールド工程においてまで「当接」が必要であると主張するが,本件明細書には,その旨の記載がなく,モールド工程においては,リード溶接が外れたり,水晶振動子本体が樹脂外へ露出しないよう位置決めされていなければならないが,必ずしも「当接」までは要求されていない。

   (2) 被告らは,被告製品において,少なくとも位置決めとしては,保持容器の頂面と保持容器頂面位置決め用片とを当接させていることを認めている。
     したがって,被告製品は構成要件Cを充足する。
   (3) 仮に,モールド工程まで「当接」が必要であると仮定しても,被告製品のように,モールド工程においてまで必ずしも「当接」が維持されているとは限らない物件も,均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属する。
     すなわち,@モールド工程まで「当接」が必要であることは,本件発明の本質的部分ではない。Aこの部分を被告製品における「当接」が維持されているとは限らないものと置き換えても本件発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏する。B上記のように置き換えることに,当業者が被告製品の製造時点において,容易に想到することができたものである。

 〔被告らの主張〕
   (1) 構成要件Cにおける「当接」は,単に金属フレームに水晶振動子を取り付ける工程(@水晶振動子を垂直方向に押し込み,A水晶振動子の頂点を水平方向に移動して頂点位置決め用片に突き当てること)だけでなく,その後の搬送工程,リードの溶接工程,そしてモールド工程までのすべての工程においても確実に「当接」が維持されることが必要とされるものである。
   (2) しかし,被告製品において,保持容器が頂面位置決め用片に「当接」するのは,単に金属フレームに水晶振動子を取り付ける工程においてのみであって,その後の搬送工程,リードの溶接工程,モールド工程においては,「当接」が維持されていることを必要としないものであり,かつ,「当接」が維持されているとは限らない。
     すなわち,被告製品においては,金属フレームに水晶振動子を取り付ける際に,いったん保持容器の頂面を頂面位置決め用片に機械的な位置決めのために「当接」させる工程は存在するが,その後,金属フレームを溶接工程へ移動させる工程,そして水晶振動子のリードを溶接する工程においては,一定範囲内の距離に納まっておればよく,保持容器の頂面と頂面位置決め用片とが機械的に「当接」することを必要としていない。このように,水晶振動子のリードを溶接する工程までの間に,金属フレームはその位置を移動するものであり,その際,水晶振動子と金属フレームの位置関係が少しでもずれた場合には,機械的な「当接」は維持されなくなる。そして,水晶振動子のリード溶接後は,そのリード接続用外部端子によって水晶振動子が位置決めされることになり,いったん機械的な「当接」が維持されない状態となったものは,その後の樹脂モールド工程においてモールド樹脂がその隙間に入り込み,電気的にも機械的にも「当接」は存在しなくなる(乙23の1及び2)。

   (3) 仮に,「当接」が頂面位置決め用片と保持容器の電気的接続を含むというのが原告の主張であれば,そのためには,「常に」電気的に接触するような構成が必須である。
     被告製品はそのような構成を有しておらず,仮に当初の段階で電気的接続がとれたとしても,その後の工程や経時変化等で電気的接続の保証はできない。
     被告製品においては,「アース用外部端子としたことを特徴とする」製品とするために必要であるところの最終製品としての確実な電気的接続の維持・保証がなされておらず,この意味で対応する本件発明の構成要件における「当接」には該当しない。
     したがって,被告製品は,構成要件Cを充足しない。
   (4) 原告は,モールド工程においても「当接」が必要だとしても,均等が成立すると主張する。
     しかし,本件発明の出願の最終過程において「アース用外部端子としたことを特徴とする」との文言を自ら挿入したのであるから,その各構成要件の理解においても,この文言を前提に,電気的導通が確保できるような「当接」と解釈すべきであり,これに反する原告の主張は,禁反言の原則に照らし,許されない。

     本件発明においては,「当接」によって電気的導通を図ることが必須であるから,水晶振動子をアース用外部端子として使用する以上は,この「当接」には電気的導通が必須である。この部分を被告製品における「当接」が維持されているとは限らないものに置き換えた場合には,本件発明の目的・効果を達成することができず,同一の作用・効果を奏することもできないことが明らかである。
     したがって,均等論によっても,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属さない。
 3 争点(1)ウ(構成要件D「位置決め」)について
 〔原告の主張〕
   (1) 対象物件1は,外周面位置決め用片が外周面に適合して位置決めしている。また,被告製品は,すべて保持容器頂面位置決め用片に位置決め作用があるから,構成要件Dを充足する。
   (2) 仮に被告らが主張するとおり,被告製品の樹脂モールド工程において「リード端子接続用外部端子及び成形金型上の位置決めピン」又は「リード端子接続用外部端子及び外周面位置決め用片」とで位置決めをそれぞれ行っているとしても,それらは本件発明に単に付加された工程にすぎないから,被告製品は,構成要件Dを充足する。

   (3) 被告らは,対象物件1のうちCM309Sは,リード端子接続用外部端子及び成形金型上の位置決めピンにより位置決めしてモールドしており,構成要件Dを充足しないと主張する。
     本件明細書では,熱可塑性樹脂を使用する場合には,注入圧の程度により,外周面位置決め用片が別の形で具体化されることを明記しており,実施例で半円状の受け片9A3 として具体化されている部分を被告らは補助的治具(ピン)にしたにすぎない。そして,この治具(ピン)は,水晶振動子の構成要素ではなく,本件発明が何ら問うていないことであり,被告製品が構成要件Dに該当することに変わりはない。
 〔被告らの主張〕
   (1) 構成要件Dを充足するというためには,被告製品の外周面位置決め用片及び保持容器頂面位置決め用片の両者が位置決めに使用されていることが必要である。また,構成要件Dに「位置決めしてモールドする」とあるように,最後のモールド工程の時点においても位置決めが確実にされていること,すなわち保持容器の頂面と頂面位置決め用片との「当接」が,モールド工程においても確実に維持されていることが要件とされている。

   (2) 対象物件1のうち,CM309Sにおいては,熱可塑性樹脂が使用されており,注入圧が高いため,樹脂の流れによって保持容器が樹脂外へ露出してしまう。そのため,リード端子接続用外部端子及び成形金型上の位置決めピンにより位置決めしてモールドしており,外周面位置決め用片も保持容器頂面位置決め用片も樹脂モールド工程における位置決め用としては使用していない。
   (3) 対象物件1のうちCM309及び対象物件2においては,外周面位置決め用片と水晶振動子本体のリードが溶接されたリード端子接続用外部端子により位置決めしており,保持容器頂面位置決め用片には位置決めの作用はなかった。
   (4) 加えて,対象物件1については,前記1〔被告らの主張〕のとおり,「適合」以外の構造によって位置決めがされている。したがって,対象物件1においては,保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する「前記外周面位置決め用片」によっては,位置決めがされていないことになる。

     したがって,被告製品は,いずれも構成要件Dを充足しない。
 4 争点(1)エ(構成要件E「アース用外部端子」)について
 〔原告の主張〕
   (1) 構成要件Eの「アース用外部端子としたことを特徴とする」は,実装時に現にアースされている構造はもとより,アースすることができる構造をも含む。すなわち,本件発明は,実装時に必ずアースされていなければならないことを要件としていない。
     本件発明は,詳細な説明において,実装時に必ずアースされていなければならないことを要件とする旨説明していない。また,もともと「X用Y」のように「用」を接尾語的に用いる場合,その語意は,「Xに使うためのY」という意味であり,YをXとして現に使ったかどうかを問わない。さらに「としたことを特徴とする」との文言は,物の発明におけるクレームの枕詞的な意味しか持っていないからである。

   (2) 被告製品は,水晶振動子本体とアース用外部端子が導通しており,「アースすることができる」構造である。しかも,実際に被告製品は,いずれも最終製品においても,電気的導通が存在している。
     したがって,被告製品は構成要件Eを充足する。
   (3) 被告らは,被告製品は,「アース用外部端子」として製造しているものではないなどと主張する。しかし,製造者の主観的意図によって製品の客観的構造を左右し得ると強弁するにほかならず失当である。「アース用外部端子」としての使用の有無,販売の有無,検査の有無,品質保証の有無等も構成要件Eの充足の有無とは関係がない。
     また,被告らは,機械的接触があったからといって電気的導通が図れるわけではないと主張する。しかし,被告らは,本件特許に関する審決取消請求事件において,従来の考案の実施例が,位置決め工程及びモールド工程があっても,外周面位置決め用片及び保持容器頂面位置決め用片が保持容器と適合,当接により機械的に接触していること,機械的に接触していれば電気的に導通していると主張している。したがって,被告らが本件訴訟において,審決取消訴訟中でした主張と矛盾する主張を意図的にすることは信義則ないし禁反言の趣旨に照らして許されない。

 〔被告らの主張〕
   (1) 本件明細書の記載及び出願経過から,「アース用外部端子とした」という要件は,100%確実に電気的な接続が行われていること,すなわち,通電用端子と同じ電気的接続の信頼性を持っていることを意味する。
     本件特許は,その出願経過において,拒絶査定を受けたが,2回の全文補正を行い,「位置決め用外部端子が,保持容器と接触しているアース用外部端子である」との限定を加え,「該アース用外部端子をアースに接続することによってシールド効果が得られる」ということを主張して,査定不服審判を請求し,登録を認められたものである。したがって,権利範囲の解釈においても,「アース用外部端子」の存在を要件としており,最終製品として当該水晶振動子がアース用外部端子とされた製品であることが必要であることを明示したものである。

     原告は,「アースすることができる」ことが本件発明の構成要件であるかのような主張をしているが,構成要件では,「アース用外部端子としたことを特徴とする」と記載されているのであるから,原告が主張する「アースすることができる」構造を前提とした議論は誤りであり,前記出願経過に照らし,禁反言に当たる。
   (2) 被告製品の外部端子は,単に水晶振動子の位置決め用に製造工程の途中で利用するにすぎず,「アース用外部端子」として製造しているものではない。被告製品においては,「アース用外部端子」を設計項目にも挙げていないし,「アース用外部端子」に見合う構造もない。アース用外部端子の存否や効用に見合う検査項目は入っておらず,現実にそのような検査も実施していない。したがって,「アース用外部端子」としての製造元の保証はない。被告らが被告製品を「アース用外部端子」として販売した事実はなく,むしろそのような使用を納入仕様書(乙8)において,明示的に禁止している。すなわち,外部の回路との電気的接続が保証されておらず,「アース用外部端子」として使用することが予定されていないからである。

      したがって,本件製品が「アース用外部端子」として使用される可能性はなく,「アース用外部端子」として使用できるかもしれないという想像だけでは,「アース用外部端子としたことを特徴とする」とはいえない。
   (3) 原告は,位置決め用外部端子と保持容器が接触していれば,電気的導通が図れると主張するが,接触と電気的導通とは意味が異なる。製造過程の途中で1回でも機械的に接触すれば,必ず最終製品としても100%電気的導通が図れるということはできず,そのような確実性のない製品は,「アース用外部端子としたことを特徴とする」製品とはなり得ない。
     また,仮に製造過程のある一時点で電気的導通があったとしても,最終製品としての100%の品質保証ができないものであれば,「アース用外部端子」としては販売することができない。また,ユーザーから客観的に見ても「アース用外部端子」としたものではあり得ず,「アースすることができる」ものでもない。

 5 争点(2)ア(特許法29条の2)について
 〔被告らの主張〕
   (1) 本件特許出願前の実願昭59−125839号(実開昭61−40032号)のマイクロフィルム(乙1。以下「引用例」という。)には,本件発明の構成要件ACDEFがいずれも開示されている。本件発明と引用例とは,形式的には,構成要件Bの「前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する」の部分が相違する。
     しかし,構成要件Bは,本件発明の属する技術分野において本件特許出願時に一般的に知られている技術であって,多数の公知文献が存在するから(乙2ないし7),両者は実質的に同一である。
     原告は,これらの公知文献と本件発明は技術分野が異なると主張するが,本件発明の技術分野は,「プリント基板に取り付けるための小型電子部品に関する技術分野」であり,水晶振動子や圧電振動子の外に,チップコンデンサー,ヒューズホルダーも含まれる。したがって,上記公知文献とは技術分野も同一である。

     また,平成7年11月9日付け特許異議決定書(乙17)では,位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子と兼用させることにより(構成要件E),ノイズに強い水晶振動子が得られるという格別の効果を奏する点を根拠として本件発明の進歩性が肯定されたといえることからすると,構成要件Bは本件発明の主要部とはなり得ない。
      したがって,本件発明は,引用例に記載された考案に構成要件Bという周知・慣用技術を付加したものであって,新たな効果を奏するものではないし,課題解決のための具体化手段における微差があるにすぎないから,引用例と実質的に同一であり,特許法29条の2により無効である。
   (2) 原告は,引用例には構成要件Cも記載されていないと主張するが,引用例には「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものである」(2頁)と記載されており,第2図にその具体的態様が明示されていることから,当業者であれば,圧電振動子の頂面がリードフレームに当接しているものと把握できる。引用例における「位置合わせ」と本件発明の「位置決め」及び「当接」は技術的意義として等価であるから,構成要件Cは引用例に記載されているといえる。

     同様に,引用例には「第2図に示す断面図のように,既に気密封止されている円筒形状の圧電振動子11のリード線12をリードフレーム13に,ハンダ14で固着し,リードフレームの一部を残して圧電体10全体を金型に入れ樹脂等の物質15でモールドすることが出来る。」(2頁6ないし11行)と記載されており,これは構成要件Dに該当する。
     さらに,引用例には「圧電振動子のケースとリードフレームが導通するためシールドのための端子として使用出来る」(6頁4ないし8行)と記載されており,これは構成要件Eに該当する。
 〔原告の主張〕
   (1) 特許法29条の2で無効とされる発明は,先願の明細書又は図面に記載された発明と同一の発明であり,「記載された発明」には「記載されているに等しい事項」も含まれるが,あくまで先願の明細書に記載されている事項から技術常識を勘案すれば導き出せるものも含むということであり,記載されている事項と離れて,他の公知文献を持ってきて組み合わせたものは該当しない。引用例には,構成要件Bの圧電振動子の外周面に適合する曲面を有する突片が記載されていないから,本件発明は引用例と同一の発明ではない。

   (2) また,構成要件Bも周知・慣用技術ではない。本件発明の技術分野は,水晶振動子の構造,製造技術であり,被告らが主張する「プリント基板に取り付けるための小型電子部品に関する技術分野」ではない。したがって,被告らが挙げる公知文献は,いずれも本件発明とは対象が異なり,水晶振動子における周知,慣用技術ではない。
   (3) 引用例における他のリードフレームと圧電振動子との関係は,モールド注入時に浮き出るような関係であって,圧電振動子の頂面がリードフレームに当接しているとは記載されておらず,本件発明の構成要件Cの位置決めとは異なる。引用例に,構成要件B及びCが記載されていない以上,これを前提とする構成要件D及びEも記載されていない。
 6 争点(2)イ(要旨変更)について
 〔被告らの主張〕
   (1) 請求項1の補正

     ア 本件特許は,平成6年6月6日付けの拒絶理由通知書に応答して,同月8日に提出された出願公告決定前の最終の手続補正書(乙12の8)で補正されたものである。しかし,上記最終補正のうち,「前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした」の補正事項は,本件特許の出願当初の明細書(乙12の1。以下「当初明細書」という。)に記載がない。
       上記補正が認められるためには,本件出願当時の特許法41条により,出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲内であることを要する。したがって,少なくとも@「水晶振動子本体アース用外部端子」が記載されていること,A前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片が水晶振動子片を封入した保持容器と電気的に確実に接続されて,水晶振動子本体アース用外部端子として作用している構成が具体的構成として明細書又は図面に記載されていること,B水晶振動子本体アース用外部端子と保持容器との電気的接続をどのように確保しているかなどが具体的構成として明細書又は図面に記載されていることが必要である。

       しかし,出願当初の明細書には,通電用端子と電気的に分離した固定専用の端子を設ければ,保持容器を固定用端子を介してアースすることが可能になるとの示唆を与えているだけで,上記@ないしBの記載は全くない。
     イ 当初明細書に記載された発明は,「水晶振動子本体を金属フレーム上に位置決めしてモールドする」という技術的思想であったため,実施例として記載された金属フレームの突片(外周面位置決め用片)による「保持」及び金属フレームの連結片(保持容器頂面位置決め用片)による「当接」の機能作用は,保持容器を金属フレーム上に位置決めすることのみであった。したがって,当初明細書に記載されている実施例においては,「保持」又は「当接」によって保持容器との間の電気的接続をすることは必要性がなく,全く開示されていなかった。まして,保持容器との間を電気的接続して位置決め用片をアース用外部端子とした構成は,全く開示されていなかった。

       次に,当初明細書のアース用外部端子に関する記載は,単にその可能性の示唆のみで,完成された発明の実施例としての具体的な記載ではない。完成された発明の実施例としては,単なる発明の示唆ではなく,前記「保持」又は「当接」によって,水晶振動子本体(保持容器)と位置決め用片とを電気的に接続してアース用外部端子としたことが「保持」又は「当接」の機能作用として記載されていることが必要である(特許法36条4項)。位置決め用片をアース用外部端子とするには,保持容器と前記「保持」又は「当接」との間の電気的接続がなければ発明として成立しないからである。
       原告は,「保持」又は「当接」を「接触」なる用語にすり替えて,「保持」又は「当接」が電気的接続があるかのごとく主張するが,当初明細書においては,「接触」なる用語の記載はなく,電気的接続の技術的思想もなかったのであるから失当である。「保持」又は「当接」なる用語は,当初明細書の記載から,保持容器を金属フレーム上に位置決めするという機械的な接触の機能を果たすに過ぎず,「接触」という用語にしても,「保持」又は「当接」の結果として2つの部材が機械的に触れている状態を意味するもので,「電気的接続」を意味するものではあり得ない。「接触」があっても,100%電気的導通が保証されるものでなければ,「電気的接続」とはいえない。

     ウ しかも,本件特許の審査,審判の経過をみると,上記補正事項を追加することによって拒絶理由を回避して特許が認められたものであり,本件発明の特徴事項は,まさに上記補正事項部分であるといえるから,この補正は実質的にも特許請求の範囲を変更する補正であり,要旨変更といえる。
     エ この手続補正は,出願公告決定(平成6年7月8日)謄本送達前の補正であるから,本件特許の出願日は,本件出願当時の特許法40条により手続補正書提出日である平成6年6月8日に繰り下がる。したがって,本件発明は,出願公開日昭和62年2月14日である本件特許の公開特許公報(乙12の2)が出願日前に頒布された刊行物となるので,特許法29条2項により無効である。
   (2) 請求項2の補正
     本件特許の特許請求の範囲請求項2には,「前記保持容器外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とするフレーム製造工程」という構成要件があるが,これは,出願当初の明細書(乙12の1)には記載がなかったところ,公告決定前である平成4年4月24日付けの補正書(乙12の6)で全文補正され,これに基づいて公告決定後の平成7年10月6日付け手続補正書(乙12の11)で補正されたものである。

     当初明細書には,保持容器外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片に相当する突片7A3,7A4ないし連結片75のフレームの製造についての記載はあるが,「水晶振動子本体アース用外部端子」も「保持容器外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とするフレーム製造工程」も全く記載がなく,明細書の記載より自明の事項でもない。
     よって,この手続補正は,本件出願当時の特許法41条に反する要旨変更であり,出願公告決定(平成6年7月8日)謄本送達前の補正であるから,本件特許の出願日は,同法40条により手続補正書提出日である平成6年6月8日に繰り下がる。したがって,出願公開日昭和62年2月14日である本件特許の公開特許公報(乙12の2)が出願日前に頒布された刊行物となり,この刊行物は本件発明の出願当初の明細書であるから,特許請求の範囲請求項2の出願日繰り下がりの効果が請求項1にも及ぶ以上,本件発明は,特許法29条2項により無効である。そうすると,本件特許の特許請求の範囲請求項2は,出願公告決定前の拒絶査定不服審判請求時の補正事項に基づいて補正されたもので,しかも,その補正事項は出願当初の明細書に記載のない事項であるから,前記出願公告決定前の拒絶査定不服審判請求時の補正は要旨変更であることが明らかである。

 〔原告の主張〕
   (1) 請求項1の補正
     「前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした」の補正事項は,本件特許の出願当初の明細書(乙12の1)に記載されていた事項である。すなわち,保持容器外周面位置決め用片である突片7A3,7A4ないし保持容器頂面位置決め用片である連結片75が水晶振動子本体に接触しているので,当然これらを介して水晶振動子本体をアースすることができる。また,当初明細書には,「この外部端子73,74は通電用端子ではなく,固定専用の固定用端子となる。この例のように固定用端子を設ければ,保持容器1を固定用端子を介してアースすることが可能となるので,そうすることによってシールド効果が得られ,ノイズに強い水晶振動子が得られる。」(12頁9ないし14行)と,実施例として記載されている。

     被告らは,@ないしBの具体的記載が必要であると主張するが,金属製の水晶振動子本体(保持容器)をアースするためには,外部端子が水晶振動子本体に接触する構造が得られればよく,それ以上の構成は必要ない。また,本件発明における位置決めは,保持及び当接によるもので,接触を伴う位置決めであること及びこの接触によって電気的接続がなされていることは明細書に記載するまでもなく明白である。
     したがって,平成6年6月8日付け手続補正書による補正は,当初明細書に記載された事項の範囲内のものであり,明細書の要旨変更ではない。
   (2) 請求項2の補正
     本件発明は,昭和60年8月7日に出願されているので,昭和50年法が適用になる。昭和50年法において,無効審判は一発明ごとに請求ができる。
     本件発明は,請求項1で物の発明を,請求項2で方法の発明を出願した併合出願であるが,併合特許の一つについて特許無効の理由があるときは,各発明ごとに特許がされたものとして取り扱われる(本件出願当時の特許法123条後段)。また,一つの発明について要旨変更があるときは,特許無効の理由があるときと同様に,各発明ごとに特許がされたものとして取り扱われ,要旨変更があった発明についてのみ出願日が繰り下げられる(同法40条)と解すべきである。したがって,被告らの主張は失当である。

 7 争点(2)ウ(特許法36条)について
 〔被告らの主張〕
    「アース用外部端子とした」とある点については,その技術内容について開示がなく,電気的接続が確実に行われることの具体的裏付けの記載がない。
    したがって,本件発明は,記載不備であり,特許法36条に違反し,無効である。
 〔原告の主張〕
    保持容器と外部端子は頂面と外周面の接触により位置決めされており,その後,樹脂が注入され,頂面ないし外周面の接触が維持されることは当業者であれば自明である。外部端子が保持容器に接触していれば,アースをとることができ,「アース用外部端子とした」点については,それ以上の説明は要しない。
    したがって,記載不備には当たらない。
 8 争点(3)(実施料相当額)について
 〔原告の主張〕
   (1) 実施料相当額

     ア 本件発明は,平成6年11月14日,出願公告となり,被告らは平成12年ころまでは被告製品を製造販売しているから,問題となる期間は,少なくとも平成6年度(12月以降翌年3月までの4か月間)から平成12年度上期(6か月間)までである。
       被告らは,対象物件1の販売によって,上記期間中に,少なくとも合計152億7000万円の売上を計上している。また,被告らは,対象物件2の販売によって,上記期間中に,少なくとも合計12億2000万円の売上を計上している。
       本件発明の内容,その他の事情を考慮すると,原告の被った損失は,対象物件1及び2の販売価格を基礎として,その10%に当たる金員が実施料相当額であるから,16億4900万円となる。
     イ 計算鑑定書を前提とすると次のようになる。

       被告らが出願公告日である平成6年11月14日から平成15年3月31日までに製造・販売した対象物件1の売上高は,29億7998万4351円であり,対象物件2の売上高は,2億2969万4313円である。よって,被告らが平成6年11月14日から平成15年3月31日までに製造・販売した被告製品の売上高の合計は,32億0967万8664円である。
       本件発明の内容,その他の事情を考慮すると,原告の被った損失は,対象物件1及び2の販売価格を基礎として,その10%に当たる金員が実施料相当額であるから,3億2096万7866円となる。
     ウ 実施料相当額の算定要素としては,侵害者が発明の実施により得た利益を考慮要素とすべきである。特許法102条2項の「その者がその侵害の行為により利益を受けているとき」の利益は,いわゆる限界利益であるが,実施品の売上額から材料価格や包装費用等の販売のための変動経費のみを控除し,販売費及び一般管理費は控除の対象としないものである。そこで,被告らの限界利益を算定する。

       原告は,本件発明を実施した製品(MG3A。甲9)を,昭和61年ころから平成12年3月31日まで製造販売していた。平成6年下期から平成9年下期における平均販売価格は54.7円,また平均変動経費は19.5円であり,平均変動経費率は35.6%である。
       利益を事業の基礎なる資金,営業力,特許発明に基づくとすれば,この三者によって利益は按分され,特許発明に基づく利益は原則として1/3であり,資金,組織力,協力者,特許発明に基づくとすれば,特許発明に基づく利益は原則として1/4である。そうであれば,相当な実施料率は,
      (100%−35.6%)×1/3=21.4%又は
      (100%−35.6%)×1/4=16.1%である。
       したがって,10%を下らない割合が本件発明の実施料率として相当である。

   (2) 利得の不存在について
      被告らは,利得が被告らには存在しないと主張するが,本件発明と同じ構造の水晶振動子を製造販売するだけで,本件発明の実施となる。そのアース用外部端子により,実際にアースをとるかとらないかは,無関係である。
      被告らは,本件発明を無断実施することによって,本来支払うべき実施料相当額の支払を免れた利益を常に得ており,原告は被告らによる本件特許の無断実施によって,本来支払われるべき実施料相当額を得ていない損失を受けており,この利益と損失の間には,因果関係が認められる。
 〔被告らの主張〕
   (1) 利得の不存在  
      被告製品においては,水晶振動子を「アース用外部端子」としては,一切設計されず,製造されず,販売されず,購入されず,使用されていない。したがって,本件特許請求の範囲である「アース用外部端子としたことを特徴とする」製品の販売による「利得」は,被告らには存在していない。

      仮に「アース用外部端子としたことを特徴とする」製品として販売されていたならば,そのような特徴を有しない水晶振動子の価格より高く販売される差額分が利得に相当するはずであるが,本件ではそのような特徴を有する製品として,販売価格の設定がされているわけではない。
      また,そのような特徴を有する製品として販売するには,電気的接続を確実に取り,その点の試験を行う必要があり,「アース用外部端子としたこと」の保証が必要であるところ,むしろそのような使用を納品仕様書において明示的に禁止している。製品のコストにも差が出るため,単なる水晶振動子とは,構造的にも価格的にも別個の製品となるはずであるが,被告製品はそのような製品として販売されていない。
      被告製品の販売ルートは,特販事業本部による業者向けの販売のみであって,単体としては一般個人に向けては出していない。購入者は,被告製品を一部品として組み込んで最終製品を製造するセット・メーカーが主たる購入者であるが,セット・メーカーから見れば,製品保証のない商品は,商品価値がなく,本件の「アース用外部端子」を有する水晶振動子としての製品保証の有無が商品としての価値に影響を与えることになる。

      また,原告も被告製品の外部端子が「アース用外部端子」として使用されているかどうかについては,何らの主張立証をしていない。
      さらに原告は,自ら「外部接続不可」と表示して,本件特許を実施したと思われる原告の製品を販売しているのであり,本件発明には何らの価値がない。つまり,原告自ら本件発明の特徴(アース用外部端子として使えること)を有する製品として価値があるとは評価していないことを意味する。
      したがって,原告にも,本件発明に基づく損害は全くない。被告らには何らの利得もなく,原告にも損失がない以上,その両者の間に因果関係もない。
   (2) 実施料相当額
     ア 原告が主張する被告らの被告製品の売上額は,根拠のない金額である。被告らにおいて,被告製品の売上高を計算したところ,総額では32億2922万0024円を超えないことが判明した。内訳としては,対象物件1が合計29億9962万0615円であり,対象物件2が2億2959万9409円である。

       なお,CM200の最終販売時期は,平成9年10月であり,CM309の最終販売時期は,平成13年3月である。CM250については販売実績がない。CM309Sは,平成12年5月13日から改造後の金型による製造を開始している。
     イ 原告のMG3Aという製品は,その位置決め用片に繋がる外部端子について,構造を変更することなく,「GND」(アース用外部端子としての使用が可能)という表記から「外部接続不可」という表記に変更し,「位置決め用片をアース用外部端子としたことを特徴とする水晶振動子」としては使用できないことを表示しており,本件発明の実施品とはいえない。
        本件発明の対象物は,「小型電子部品の分野」又は「水晶振動子」であって,「電子部品」と分類することができる。発明協会によれば,電子部品に関しては,実施料率は1.0%が最頻値と報告されている(乙32)。ましてや本件発明のように,基本特許どころか,「水晶振動子」のごく一部の構成に関する特許である場合には,最頻値である1.0%を超えることはありえず,相当低い実施料率となるし,更には,製品に対して何らの付加価値を与えないような特許に関しては,実施料相当額はゼロである。

        原告製品も被告製品も,「位置決め用片をアース用外部端子としたことを特徴とする水晶振動子」ではないから,本件特許の実施品は全く販売されておらず,被告製品における本件発明の寄与度もゼロである。本件発明の実施許諾例はなく,同種の発明についての許諾例もない。したがって,本件特許の重要度もゼロである。本件発明の価値は,仮にあるとしても,代替手段への交換をする費用,せいぜい150万円ないし500万円程度である。
     ウ 原告の実施料率の主張は,根拠を欠く。
        特許法102条2項は,不当利得には類推適用されないから,特許法102条3項の解釈に同条2項の解釈を混在させている原告の主張は,その前提において法律解釈上の誤りがある。
        また,前記アのとおり,原告の製品は,本件特許の実施品ではない。個々の具体的な事情の検討なくして単純に1/3とか1/4を掛けるのは論理の飛躍である。本件発明の寄与率は,前記アのとおりゼロであるから,資金,営業力などと均等に按分されるという計算方法も誤りである。平均単価についても,平成10年上期以降の数字を原告が示さないのは不自然であるし,水晶事業部全体の限界利益率を,個々の水晶振動子にそのまま使用していることも不当である。

        したがって,原告が主張する実施料率には何ら根拠がない。
第4 当裁判所の判断
 1 本件明細書の記載
   (1) 本件明細書には,前記特許請求の範囲の記載のほか,発明の詳細な説明の欄に,構成要件Bの「適合」,構成要件Cの「当接」,構成要件Dの「位置決めしてモールド」,構成要件Eの「アース用外部端子」について,次のとおりの記載がある(甲2)。
     ア 「前記水晶振動子本体の保持容器の外周面に適合した保持容器外周面受け片及び保持容器の頂面が当接する連結片とを有し保持容器と接触したアース用外部端子を設けてなるものである。」(4欄24ないし27行)
     イ 「その製造方法は,金属板から,リード接続用外部端子と,水晶振動子本体の保持容器の外周面に適合した曲面の受け片及び保持容器の頂面に当接する連結片とを有するアース用外部端子が一対の連結帯間に連がった(ママ)金属フレームを作るフレーム製造工程と,前記金属フレームの連結片と受け片に保持容器の頂面と外周面を当接して金属フレーム上に水晶振動子本体を位置決めする位置決め工程と,」(4欄28ないし35行)

     ウ 「前記水晶振動子本体の保持容器の外周面に適合する位置決め用端子と,内端に保持容器の頂面が接触するアース用外部端子とを設けたものとすることができる。」(4欄43ないし46行)
     エ 「その製造方法は金属板から,リード接続用外部端子と,水晶振動子本体の保持容器の外周面に適合した曲面を有する位置決め用端子と,内端が保持容器の頂面に当接するアース用外部端子が連がった(ママ)連結片が一対の連結帯間に連がった(ママ)金属フレームを作るフレーム製造工程と,前記金属フレームのアース用外部端子の内端と位置決め用端子の曲面に保持容器の頂面と外周面を当接して金属フレーム上に水晶振動子本体を位置決めする位置決め工程と,」(4欄47行ないし5欄5行)
     オ (第2図において)「アース用の外部端子7
,7の内端側は,保持容器1の頂面から底面側に若干変位した上部位置にて互に離間して対向する幅広の突片7A,7A,これら突片7A,7Aの基部を互に連結して前記頂面に沿って伸びる連結片7とが設けられ,前記突片7A,7Aは保持容器1の外周面に適合するよう湾曲している。このような金属フレーム5を用いた場合には,保持容器1は,その外周面が湾曲した突片7A,7Aにより保持され且つその頂面が連結片7に当接した状態で金属フレーム5に対して位置決めされる。従ってこの例では水晶振動子本体の位置決めが確実で且つ容易なものになり,リード7,7を所定位置で確実にスポット溶接できるという利点がある。」(5欄41行ないし6欄3行)
     カ 「このときアース用外部端子7,7をアースすれば,保持容器1がアースされシールド効果が得られるので,ノイズに強い水晶振動子として使用できる。」(6欄12ないし14行)
     キ (第4図において)「しかして連結帯6
,6に両端が連がる(ママ)連結片6の中央部から,保持容器1の頂面に向かって頂面位置決めするアース用外部端子8が伸びると共にこのアース用外部端子8の前記保持容器1の頂面に当接する先端部分を,第4図(a)に点線で示し,第4図(b)に長方形で示すように容器頂面との接触面積が大きくなるように折り曲げている点,保持容器1の中央部を保持するように湾曲した位置決め用端子8,8が設けられていて,保持容器1の中央部をこの端子8,8により保持し且つ保持容器1の頂面をアース用外部端子8に当接することにより位置決めを行う点」(6欄20ないし30行)
     ク (第6図において)「即ち外部端子9,9の内端側には,保持容器1の頂面より若干底面側に変位した位置にて外部端子9,9を互に連結すると共にその保持容器1の頂面位置にスリットSが設けられ,その内側部分が保持容器1の外周面に適合するよう湾曲した受け片9Aとなり,スリットSの外側部分が前記頂面に沿って伸びる連結片9Aとなるように作られている。これら受け片9A及び連結片9Aは,第1の例と同様に保持容器1周面及び頂面の位置決めの役割を果たすものである。」(6欄39ないし47行)
     ケ 「保持容器1の外周面に適合して位置決めを行う部材としては,第1の例のように互に離間した部材(突片7A
,7A)であっても,第3の例のように一体的な部材(受け片9A)であっても同様の効果が得られる。」(6欄48行ないし7欄1行)
     コ 「モールド成形工程において特に熱可塑性樹脂を用いた場合樹脂注入圧が高いことから,上記の構造にすれば,注入圧により水晶振動子片が振れたり,スポット溶接部がはずれたりするおそれがない。」(7欄6ないし10行)
   (2) 本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,本件発明が解決しようとする課題,作用,発明の効果について,次のとおりの記載がある(甲2)。
     ア 「しかして水晶振動子本体をチップ部品同様に外部端子を設けモールドしたチップ形水晶振動子の製造方法も提案されている(特開昭59−139712号)。しかし,この製造方法は水晶振動子本体をその保持容器の底部から出ているリードを金属フレームに溶接した片持支持状態でモールドしているため,モールド時に,注入される樹脂の流れにより保持容器が傾むき,リード溶接部が外れたり,保持容器が樹脂外部へ露出するなどの不良が発生する欠点があった。

      また,このモールドされた水晶振動子は水晶振動子の保持容器をアースすることができないためノイズに弱い欠点があった。
      本発明はこのような問題点を解決するためになされ(た)ものであり,製造時に水晶振動子本体の位置決めが容易で,しかもモールド時の樹脂の流れにより水晶振動子本体が傾いてリードの溶接が外れたりすることがなくなると共にモールドされた水晶振動子は実装時に保持容器をアースすることができノイズに強い状態で使用しうる水晶振動子及びその製造方法を提供することを目的とするものである。」(3欄49行ないし4欄18行)
     イ 「アース端子の受け片及び連結片,又は位置決め用端子及び保持容器の頂面に接触するアース用外部端子により保持容器外周面及び頂面の位置決めが容易となると共にモールド時に樹脂材の流れにより水晶振動子本体が傾いたりずれたりするのが防止できる。このためモールド時に溶接されているリード端子が外れたりすることがない。モールドされた水晶振動子は保持容器と接触したアース用端子を備えているので実装時にアース用端子をアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できる。」(5欄11ないし20行)

     ウ 「(1) 位置決め用端子ないしアース用の外部端子の湾曲した部分で水晶振動子の保持容器の上部外周面を保持すると共に,頂面位置と当接する連結片又はアース用外部端子等により保持容器の頂面位置を決めているので,金属フレーム上への水晶振動子の位置決めが確実で且つ容易なものになり,リードを所定位置で確実に溶接することができる。
       (2) モールドする場合,可塑性樹脂のように注入圧が高い場合であっても保持容器の位置決めが確実になされているので,樹脂の流れによって水晶振動子本体が傾いて溶接されているリードが外れたり,水晶振動子本体が樹脂外へ露出したりすることがない。
       (3) アース用外部端子は(ママ)水晶振動子の保持容器は接触しているので,アース用外部端子をアースすることによりシールド効果が得られ,ノイズに強い水晶振動子として使用できる。」(7欄19ないし34行)

     エ 「モールド時に水晶振動子本体が動くことがないので,リードは0.3o程度以下と極めて細いものを使用できる。このため水晶振動子片に対する溶接時の熱負荷を非常に少なくできるので,周波数精度が損なわれることがない。」(8欄12ないし14行) 
 2 争点(1)ア(構成要件B「適合」)について
   (1) 構成要件の解釈
     ア 本件特許請求の範囲(構成要件B)には,「保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片」との記載があるから,保持容器外周面位置決め用片の曲面が保持容器の外周面の形状に適合していることが必要である。
       前記1(1)オ,クのとおり,本件明細書には,「適合」とは,第1の実施例(第2図)における突片7A
,7Aと保持容器の外周面との関係,第3の実施例(第6図)における受け片9Aと保持容器の外周面との関係を示す文言として記載されているが,その形状は,「保持容器の外周面に適合するように湾曲」しているというだけで,これ以上の説明はされていない。なお,本件明細書の図面においては,実施例として,保持容器の外周面の形状とほぼ一致する曲面を有する外周面位置決め用片が図示されている(第2,4,6図)。
     イ 前記1(2)の各記載によれば,本件発明は,@製造時に水晶振動子本体が傾いてリード溶接が外れたりすることがなくなること,A実装時に保持容器をアースすることができ,水晶振動子をノイズに強い状態で使用しうることを目的とし,そのために,@)外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドするとともに(構成要件D),A)前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とするもの(構成要件E)である。
        したがって,構成要件Bの外周面位置決め用片の形状も,水晶振動子が傾かないように位置決めできるもので,かつアース用外部端子の役割を果たせるものでなければならず,そのような形状であればその目的を達するものである。すなわち,外周面位置決め用片は,モールド時に,水晶振動子が傾かないように,保持容器の外周面に適合する曲面を有すること及びアース用外部端子の役割を果たせるように保持容器に接触していることが必要であるが,水晶振動子を支えられる形状であれば足り,外周面の形状と一致することまでは要求していないものと解される。

     ウ 被告らは,本件明細書の実施例の記載を根拠に,「適合」とは,保持容器の外周面と外周面位置決め用片の曲面の形状が一致することを意味すると主張するが,本件特許請求の範囲を実施例に限定して解釈すべきではない。
   (2) 対象物件1の充足性
     対象物件1は,保持容器の外周面の曲面と外周面位置決め用片の曲面とでは曲率が異なっており,かつ,外周面位置決め用片の曲率半径中心と保持容器の外形の半径中心とがずれて保持されるよう設計されている。外周面位置決め用片の先端部と外周面位置決め用片の根元部分の周辺に形成された金属フレームの端面角との6点支持によって保持容器を保持しているものである(乙19の1ないし3)。
     したがって,対象物件1は,保持容器の外周面の曲面に外周面位置決め用片の先端部のみが接触しているのであって,形状は一致していない。しかし,前記(1)イのとおり,構成要件Bは,外周面位置決め用片が保持容器の外周面の形状と一致することまでは要求していない。そして,対象物件1の外周面位置決め用片は,水晶振動子が傾かないように水晶振動子を支えられる曲面を有しており,保持容器に接触して,水晶振動子が傾かないように位置決めするものであるから,構成要件Bの「保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する」ものであるということができる。

   (3) したがって,対象物件1は,構成要件Bを充足する。
 3 争点(1)イ(構成要件C「当接」)について
   (1) 構成要件の解釈
     ア 本件特許請求の範囲(構成要件C)には,「保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け」と記載されているから,保持容器の頂面と保持容器頂面位置決め用片とが当接していることが必要である。
       本件明細書には,「金属フレームの連結片と受け片に保持容器の頂面と外周面を当接して金属フレーム上に水晶振動子本体を位置決めする位置決め工程」との記載(前記1(1)イ),「金属フレームのアース用外部端子の内端と位置決め用端子の曲面に保持容器の頂面と外周面を当接して金属フレーム上に水晶振動子本体を位置決めする位置決め工程」との記載(前記1(1)エ),「金属フレーム5を用いた場合には,保持容器1は,その外周面が湾曲した突片7A
,7Aにより保持され且つその頂面が連結片7に当接した状態で金属フレーム5に対して位置決めされる」との記載(前記1(1)オ),「保持容器1の中央部をこの端子8,8により保持し且つ保持容器1の頂面をアース用外部端子8に当接することにより位置決めを行う」との記載(前記1(1)キ)がある。このように,前記1(1)の本件明細書の記載においては,「当接」がいずれも位置決め工程において必要とされることが記載されている。
     イ 被告らは,保持容器の頂面と頂面位置決め用片との「当接」が,モールド工程においても確実に維持されていることが必要である旨主張する。
       モールド工程に関しては,本件明細書には,「モールド時に樹脂材の流れにより水晶振動子本体が傾いたりずれたりするのが防止できる。このためモールド時に溶接されているリード端子が外れたりすることがない。」(前記1(2)イ),「モールドする場合,・・・保持容器の位置決めが確実になされている」(前記1(2)ウ),「モールド時に水晶振動子本体が動くことがない」(前記1(2)エ)等の記載があるが,モールド工程において「当接」が必要か否かについて,明確な記載はない。
       そして,前記1(2)の各記載からすると,本件発明は,@製造時に水晶振動子本体が傾いてリード溶接が外れたりすることがなくなること,A実装時に保持容器をアースすることができ,水晶振動子をノイズに強い状態で使用しうることを目的とし,そのために,@)外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドするとともに(構成要件D),A)前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とするもの(構成要件E)である。

       したがって,構成要件Cの保持容器頂面位置決め用片による保持容器の頂面への「当接」も,水晶振動子が傾かないように位置決めできるもので,かつ,外周位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片がアース用外部端子の役割を果たせるものであればその目的を達するものである。すなわち,モールド時に水晶振動子が傾かないように,位置決め時に保持容器の頂面に「当接」していることが必要であるが,位置決め工程において「当接」していれば,モールド工程においても「当接」していることは,必要とされていない。また,実装時にアース用外部端子の役割を果たせるように保持容器に接触していることも必要であるが,これは,外周面位置決め用片又は保持容器頂面位置決め用片のどちらかが保持容器に接触してアース用外部端子の役割を果たせれば足り,保持容器頂面位置決め用片が常に保持容器頂面に「当接」していることは必要とされていないと解される。
   (2) 被告製品の充足性
     被告らは,被告製品において,少なくとも位置決め時には,保持容器の頂面と保持容器頂面位置決め用片とを当接させていることを認めている。被告製品の保持容器頂面位置決め用片は,その位置及び形状からも,保持容器頂面に当接させることによって,最初に水晶振動子の位置を決める役割を果たしており,いったん「当接」してその役割を果たせば,その後,モールド工程においてまで「当接」していることが必要でないことは,前記(1)のとおりである。
     被告らは,位置決め後のCM309Sの写真(乙23の1及び2)によれば,保持容器頂面位置決め用片が保持容器頂面に「当接」していないと主張するが,前記のとおり,位置決め後まで「当接」し続けていることまでは要求されていないから,被告らの主張は理由がない。

   (3) したがって,その余の点につき判断するまでもなく,被告製品は,構成要件Cを充足する。
 4 争点(1)ウ(構成要件D「位置決め」)について
   (1) 構成要件の解釈
     特許請求の範囲(構成要件D)には,「外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドする」と記載されているから,構成要件Bにおける「外周面位置決め用片」と構成要件Cにおける「保持容器頂面位置決め用片」とにより,水晶振動子本体を位置決めすることが必要である。
     被告らは,構成要件Dの「位置決め」とは,最後のモールド工程の時点においても位置決めが確実にされていることが要件とされていると主張するが,保持容器の頂面と保持容器頂面位置決め用片との「当接」が,モールド工程においても確実に維持されていることが必要とされていないことは,前記3で認定したとおりである。

   (2) 被告製品の充足性
     ア 前記2で認定したとおり,被告製品は,「保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片」を有しており,また,前記3で認定したとおり,位置決め工程において,「保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片」を有している。したがって,被告製品は,いずれも位置決め工程において,本件発明の「位置決め」のために必要とされる「保持容器外周面位置決め用片」と「保持容器頂面位置決め用片」を有しているのであるから,構成要件Dに記載された構成によって,位置決めしているものと認められる。
     イ 被告らは,対象物件1のうちCM309Sは,リード端子接続用外部端子及び成形金型上の位置決めピンにより位置決めしてモールドしており,対象物件1のうちCM309及び対象物件2は,外周面位置決め用片と水晶振動子本体のリードが溶接されたリード端子接続用外部端子により位置決めしており,構成要件Dを充足しないと主張する。

       しかし,被告製品は,前記のとおり,いずれも「外周面位置決め用片」と「保持容器頂面位置決め用片」を有するものであり,まず最初は,保持容器外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片とで,水晶振動子の位置決めをしていると考えられる。
       被告らが主張するとおり,リード端子接続用外部端子や成型金型上の位置決めピンに位置決め作用があるとしても,それは構成要件Dに記載された構成に加えて,更に,リード端子接続用外部端子や成型金型上の位置決めピンによっても重複して位置決めされているというのにすぎず,「保持容器外周面位置決め用片」と「保持容器頂面位置決め用片」が,「位置決め」作用を失うことにはならない。
   (3) したがって,被告製品は,いずれも構成要件Dを充足する。
 5 争点(1)エ(構成要件E「アース用外部端子」)について

   (1) 構成要件の解釈
     ア 特許請求の範囲(構成要件E)には,「外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした」との記載があり,前記1(1)(2)の記載からすると,構成要件Eの「アース用外部端子」とは,@保持容器と接触しており,A実装時にアース用端子をアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できるものであると認められる。
     イ 被告らは,本件明細書の記載及び出願経過から,構成要件Eの「アース用外部端子としたことを特徴とする」とは,100%確実に電気的な接続が行われていること,すなわち,通電用端子と同じ電気的接続の信頼性を持っており,アース用外部端子として使用できることが保証されていることを意味すると主張する。

       (ア) しかし,そもそも,100%確実に電気的な接続が行われていることと,通電用端子と同じ電気的接続の信頼性を持ち,アース用外部端子として使用できることが保証されていることとは,同義ではない。
       (イ) また,本件明細書には,構成要件Eの「アース用外部端子」について,前記@Aの要件しか記載されていない。そして,「アース用外部端子7
,7をアースすれば,保持容器1がアースされシールド効果が得られる」(前記1(1)カ),「実装時に保持容器をアースすることができ」(前記1(2)ア),「実装時にアース用端子をアースすることにより」(前記1(2)イ),「アース用外部端子をアースすることにより」(前記1(2)ウ)の各記載に照らせば,上記Aについては,実装時にアース用端子をアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できるという構成を有していれば,それ以上に,100%確実に電気的な接続が行われていることを検査したり,保証したり,アース用外部端子として使用できることを明示して販売したり,購入者が実際にアース用外部端子として使用する必要はないものと解される。
       (ウ) また,本件特許取得の経緯については,以下の事実が認められる。
         a 本件特許は,昭和60年8月7日,出願されたが(特願昭60−173701号),当初出願は,保護容器に密封された水晶振動子本体を,金属フレームに取り付け,その後樹脂モールドを行うという水晶振動子の製造方法の発明であった(乙12の1)。アースに関しては,発明の詳細な説明の実施例に,「保持容器1を固定用端子を介してアースすることが可能になるので,そうすることによってシールド効果が得られ,ノイズに強い水晶振動子が得られる」との記載があった。
         b 平成3年6月11日付け拒絶理由通知書(乙12の3)に対し,原告は,同年9月7日,意見書を提出するとともに(乙16),同拒絶理由通知に引用された先行技術を回避するために,1回目の全文補正を行った(乙12の4)。原告は,上記補正の際,物の発明を3つ追加し,製造方法の発明はそれらの従属項とした上,発明の効果の欄に「位置決め用外部端子と水晶振動子の保持容器は接触しているので,位置決め用外部端子をアースすることによりシールド効果が得られる」という記載を追加した(乙12の4)。

         c 平成4年3月10日,本件特許出願は,拒絶査定となった(乙12の5)。原告は,同年3月27日,拒絶査定不服審判を請求し,同年4月24日,2回目の全文補正を行った(乙12の6)。原告は,上記補正の際,物の発明2つとそれらの従属する製造方法の発明2つに変更し,特許請求の範囲に「保持容器と接触したアース用外部端子を設ける」との記載を追加した。また,発明が解決しようとする課題の欄に「実装時に保持容器をアースすることができノイズに強い状態で使用しうる」との記載を,課題を解決するための手段の欄に「保持容器と接触したアース用外部端子」との記載を,作用の欄に「保持容器と接触したアース用端子を備えているので実装時にアース用端子をアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ」との記載を追加した。さらに,実施例の説明においても,「位置決め用外部端子」を「アース用外部端子」との記載に変更した(乙12の6)。
         d 平成6年6月6日付け拒絶理由通知に対し,原告は,同年6月8日,補正書を提出した(乙12の8)。原告は,上記補正の際,物の発明と製造方法の発明の2つの独立項とし,物の発明(請求項1)について,「外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした」という,本件特許請求の範囲請求項1の表現に変更した(乙12の8)。
         e 平成6年7月8日,出願公告決定がされ,同年11月14日,出願公告がされた(特公平6−91404号。乙12の9)。平成7年2月3日,特許異議が申し立てられ(乙17),同年9月19日,特許請求の範囲請求項2の記載に関する拒絶理由通知が出され(乙12の11),請求項2に関する補正がされたが,平成7年11月9日,特許異議の申立ては理由がないとする決定がされた(乙17)。上記決定は,特許請求の範囲請求項1については,位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子と兼用させる点が異議申立人の提示した刊行物には記載されておらず,本件発明は,上記の点を具備することにより,ノイズに強い水晶振動子が得られるという格別の効果を奏するものと認めるとの理由であった。

         f 平成8年3月28日,本件特許が登録された。
         以上認定の出願経過によれば,位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子と兼用させることが本件発明の特許性を基礎付けたものといえるが,そのことをもっても,構成要件Eの「アース用外部端子」が100%確実に電気的な接続が行われていることを検査したり,保証したり,アース用外部端子として使用できることを明示して販売したり,購入者が実際にアース用外部端子として使用することを必要とするものであることを認めるに足りない。
       (エ) よって,被告らの上記主張は採用することができない。
   (2) 被告製品の充足性
     ア 原告が無作為に入手した対象物件1について,水晶振動子本体と外部端子間の抵抗値を測定したところ,全試料において,水晶振動子本体と外部端子間が導通していることを示す値であったことが認められる(甲7の1及び2,甲8)。また,被告ミヨタ社員の陳述書(乙10)には,対象物件1について,「シリンダータイプ水晶振動子をリードフレームにセットする。(管をリードフレームの保持用片に差し込む)」との記載があり,リードフレーム上に単に置くよりも,差し込む方が保持容器と位置決め用片との接続が確実にされていると解される。

       対象物件2については,このような実験はされていないが,基本的な構成が対象物件1と同じであること,対象物件1では,モールド樹脂の流れによって生じる圧力により保持容器とアース用外部端子の接触が外れることは認められず,同じ構成の対象物件2でも同様であると考えられることから,対象物件2についても,水晶振動子本体と外部端子間は,導通していると推認される(甲13)。
       したがって,被告製品は,いずれも保持容器と外部端子間が導通しているから接触しているということができ,また,実装時にアースすることにより使用することが可能な構成を有していると認められ,その結果,保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できるのであるから,構成要件Eを充足する。
     イ 被告らは,被告製品は,アース用外部端子としては製造,販売,検査,使用されておらず,保証もされていないと主張する。

       そして,被告製品が完成品の状態で水晶振動子の管と管保持用片との接続を十分にとることができなかったり,導通検査ができなかったため,被告らは,その外部端子をアース用として保証できず,アース用としては販売していない旨の被告ら社員の陳述書があり(乙10,20,22,37),対象物件1のうちCM309Sの納入仕様書では,外部端子について,「外部接続しないでください。」との記載がある(乙8の1)。また,被告らは,被告製品を使用していた回路基板について,水晶振動子の固定端子を接続していた端子と外部入出力端子との間の導通を調べたところ,導通している箇所が見られなかったとの試験報告書を提出している(乙21)。
       上記事実からすれば,被告製品は,実装時にアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用することが可能な構成を有してはいるが,その外部端子をアース用としては販売したり使用したりしていないものがあることになる。

       しかし,前記(1)のとおり,構成要件Eの「アース用外部端子」については,@保持容器と接触しており,A実装時にアース用端子をアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できるという構成を有していれば,それ以上に,100%確実に電気的な接続が行われていることを検査したり,保証したり,その外部端子がアース用として使用できることを明示して販売したり,購入者が実際にアース用として使用する必要はない。そして,被告製品は,上記@Aの構成を有し,本件発明の作用効果を奏する以上,本件発明の構成要件Eを充足するものである。
       客観的に本件発明と同じ構成の水晶振動子を製造販売しながら,その外部端子の使用の態様や販売の意図が異なるからといって,被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないとすれば,特許権侵害を容易に回避することができ,衡平に反する。よって,被告らの主張は採用できない。

   (3) したがって,被告製品は,構成要件Eを充足する。
 6 争点(2)ア(特許法29条の2)について
   (1) 引用例の記載
     引用例(実願昭59−125839号(実開昭61−40032号)のマイクロフィルム)には,次のとおりの記載がある(乙1)。
     ア 「圧電振動子のリード線をリードフレームに固着し該リードフレームの一部を残して全体を物質でモールドする圧電体において,該リード線を熱硬化性の導電性固着部材で固着し,かつ該圧電振動子を他のリードフレームに固着部材で固定したことを特徴とする圧電体。」(実用新案登録請求の範囲)
     イ 「第2図に示す断面図のように,既に気密封止されている円筒形状の圧電振動子11のリード線12をリードフレーム13に,ハンダ14で固着し,リードフレームの一部を残して圧電体10全体を金型に入れ樹脂等の物質15でモールドすることが出来る。」(2頁6ないし11行)

     ウ 「また,圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものであるが,モールドの際の高圧により移動してしまいモールド後に圧電振動子がモールドした表面より浮き出る恐れも生じていた。」(2頁19行ないし3頁3行)
     エ 「一方,リード線12を固着したリードフレーム13とは反対側にあるリードフレーム13’は圧電振動子11の位置合わせに使われているものであるが,物質15によるモールドの際の高圧により位置がズレてしまい,最悪の場合には圧電振動子の一部がモールドの表面から浮き出てしまう等の不具合があった。そこで,リードフレーム13’に圧電振動子11を位置合わせした後,固着部材26により圧電振動子11を固着する。」(4頁10ないし18行)
     オ 「圧電振動子と他のリードフレームとの固着部材としては,導電性,絶縁性のどちらのものでも良い。もし,導電性のものを使用した場合圧電振動子のケースとリードフレームが導通するためシールドのための端子として使用出来る。」(6頁4ないし8行)

     カ 「また,圧電振動子としては,水晶振動子の他に,圧電セラミックやタンタル酸リチウム等が挙げられる。」(6頁9ないし11行)
   (2) 本件発明と引用例との対比
      前記(1)ウのとおり,従来例においては,モールド時に本件発明が解決しようとする課題,すなわち,「モールド時に,注入される樹脂の流れにより保持容器が傾むき,リード溶接部が外れたり,保持容器が樹脂外部へ露出するなどの不良が発生する欠点があった。」(本件明細書4欄4ないし7行)と同様の課題が存在していた。引用例は,前記(1)ア及びエのとおり,圧電振動子を他のリードフレームに固着部材で固定することでこの課題を解決しようとするものである。これに対し,本件発明は,構成要件B及びCにあるように,「前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と,前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け」ることにより,リードがはずれたり水晶振動子本体が露出したりすることがないように,この課題を解決しようとするものである。

      以下,引用例に本件発明が開示されているか否かを各構成要件ごとに検討する。
     ア 構成要件A
       引用例における「リード線12」と「リードフレーム13」は,それぞれ本件発明における「リード端子」と「外部端子」に相当するものと認められる。また,圧電振動子のケースとリードフレームが導通するのであるから(前記(1)オ),ケースが金属ケースであることが開示されている。
       そして,前記(1)ア及びイの記載と引用例の第2図からすると,引用例には,本件発明の構成要件Aの「リード端子を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子を接続してモールドするものにおいて」が開示されているものと認められる。

     イ 構成要件B
        「リードフレーム13’」が,圧電振動子11の位置合わせに使われているものであること(前記(1)エ)及び引用例の第1,2図からすると,「リードフレーム13’」は,本件発明の「保持容器外周面位置決め用片」と対応するものである。
        しかし,前記のとおり,引用例は,固着部材で固定することによってモールド時の位置ズレを起こさないようにするものであり,「リードフレーム13’」によってモールド時の位置ズレを防ぐものではないから,「リードフレーム13’」が「保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する」ことは必要ではない。前記(1)イには,圧電振動子11が円筒形状であることが示されているが,「リードフレーム13’」の形状を示すものではなく,第1,2図は,上から見た図しか示されておらず,横から見た形状は分からない。他に,引用例中に,「リードフレーム13’」の形状に関する記載はない。

        したがって,引用例には,本件発明の構成要件Bの「前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と」は,開示されていない。
     ウ 構成要件C
        「リードフレーム13’」が,圧電振動子11を位置合わせした後,モールドされて,導通するので,シールドのための端子として使用出来るものであること(前記(1)エ及びオ)及び引用例の第1,2図からすると,「リードフレーム13’」は,本件発明の「保持容器頂面位置決め用片」にも対応するものである。
        しかし,前記のとおり,引用例は,固着部材で固定することによってモールド時の位置ズレを起こさないようにするものであり,「リードフレーム13’」によってモールド時の位置ズレを防ぐものではないから,「リードフレーム13’」が「保持容器の頂面に当接する」ことは必要ではない。「リードフレーム13’」は,固着部材で保持容器の頂面に固定されているのであり,「リードフレーム13’」自体は,保持容器の頂面に当接していないと考えられる。引用例の中にも,当接に関する記載はない。引用例の第2図は,従来例を記載したものであり,「リードフレーム13’」が保持容器の頂面に当接しているかのように見える図が記載されているが,前記(1)エのとおり,従来例においては,「リードフレーム13’」は,モールドの際の高圧により位置がズレてしまい,最悪の場合には圧電振動子の一部がモールドの表面から浮き出てしまう等の不具合があったのであるから,「保持容器の頂面に当接する」ことが開示されているとはいえない。

        したがって,引用例には,本件発明の構成要件Cの「前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け」は,開示されていない。
     エ 構成要件D
        前記イ及びウと同様に,引用例は,固着部材で固定することによってモールド時の位置ズレを起こさないようにするものであり,「リードフレーム13’」によってモールド時の位置ズレを防ぐものではないから,「リードフレーム13’」によって「位置合わせ」をしても,「位置決め」をしているとはいえない。
        引用例において,「リードフレーム13’」は,第1図も第2図も,上から見た図しか示されておらず,横からみた形状は分からない。また,前記(1)エのとおり,固着部材で固定していない「リードフレーム13’」は,モールドの際の高圧により位置がズレてしまい,最悪の場合には圧電振動子の一部がモールドの表面から浮き出てしまう等の不具合があるから,「位置決め」されていることまで開示されているとはいえない。

        したがって,引用例には,本件発明の構成要件Dの「前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めして」は,開示されていない。
     オ 構成要件E
        引用例においては,他のリードフレームとの固着部材として導電性のものを使用した場合,圧電振動子のケースとリードフレームが導通するためシールドのための端子として使用できるのであるから(前記(1)オ),本件発明の構成要件Eの「前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とする」が開示されている。
     カ 構成要件F
       引用例には,圧電振動子として水晶振動子が例示されており(前記(1)カ),本件発明の構成要件Fの「水晶振動子」は,開示されている。
   (3) 同一性の有無

    ア 特許法29条の2において,特許出願に係る発明が他の先願の当初明細書等に「記載された発明又は考案と同一である」とは,記載されている事項のみならず,記載されている事項から出願時における周知技術ないし慣用技術等を参酌することにより導き出され,記載されているに等しいということができる事項も含まれ,それらと特許出願に係る発明との間に相違点がないか,又は相違点があってもそれが課題解決のための具体化手段における微差であり,実質的に同一である場合も含むものと解すべきである。そして,周知技術ないし慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないものは,上記「微差」に当たると解される。
    イ 前記(2)のとおり,本件発明と引用例に記載された考案とは,課題の解決手段が異なり,引用例には,本件発明の構成要件B,C及びDについて開示されておらず,少なくともこれらの点において相違する。

    ウ  被告は,本件発明と引用例に記載された考案との相違点があるとしても,乙第2ないし第7号証に開示された周知技術ないし慣用技術の付加にすぎないと主張する。
      (ア) 本件特許出願前の実願昭57−197184号(実開昭59−107135号)のマイクロフィルム(乙2)には,部品本体2の外周形状に一致するように形成され,断面半円形状に形成されているとともに,一方の端面には側壁18が形成されているリードフレームが第3図で開示されている。そして,このリードフレームで部品本体2を支持し,外装12を施した電子部品も第4図で開示されている。したがって,乙第2号証は,外周面位置決め用片及び頂面位置決め用片を開示しているといえるが,外周面位置決め用片又は頂面位置決め用片との接触により電気的接続を得ているものではない。

      (イ) 本件特許出願前の実願昭58−157605号(実開昭60−66022号)のマイクロフィルム(乙3)には,円柱状をなすコンデンサ素子の外周の円弧面に合わせて断面を円弧状に面取りした切欠き部26aを形成する陰極端子26が第5図に開示されている。よって,乙第3号証も,外周面位置決め用片及び頂面位置決め用片を開示しているといえる。
      (ウ) 本件特許出願前の特開昭59−149406号公報(乙4)には,金属板が形成した一部を欠いた円筒の中へ水晶振動子ケースを差し込む形が開示されており,水晶振動子の固定にも役立つとの記載もある。第4図には,水晶振動子ケースの外周面の形状に適合する曲面を持った金属板が図示されている。
      (エ) 本件特許出願前の実願昭52−170474号(実開昭54−96171号)のマイクロフィルム(乙5の1)には,固定片51で水晶2を抱え込み,度当り片52に押しつけるという固定方法が開示されており,第2図には,金属片が水晶の頂面に当接している状態が図示されている。

      (オ) 本件特許出願前の実願昭51−11048号(実開昭52−103730号)のマイクロフィルム(乙6の1)には,ヒューズの固定方法が開示されており,第4図には,ヒューズの外周面の形状に適合する曲面を持ったホルダーが図示されている。
      (カ) 本件特許出願前の実願昭52−78586号(実開昭54−6561号)のマイクロフィルム(乙7の1)には,ヒューズが着脱できることを特徴とするプリント配線基盤装置が開示されており,第1図では,ヒューズの外周面の形状に適合する曲面を持ったヒューズホルダーが図示されている。
      (キ) しかし,乙第4号証も乙第5号証の1も,熱伝導の効率を良くするため,あるいはプリント基板に水晶を固定するために行われる固定方法であり,モールド時の位置ズレを解決するために行われるものではない。また,乙第6号証の1も,乙第7号証の1も,ヒューズホルダーであるので,水晶振動子をモールドする際の位置ズレを解決するために行われる技術を開示したものではない。

       このように,乙第4ないし第7号証(各枝番を含む。)には,保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と,保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片の形状が開示されていたとしても,モールド時の位置ズレを解決することを目的としていないので,本件発明の構成要件Dを開示するものとはいえない。そして,残る乙第2及び第3号証のみによって,本件発明との相違点である構成要件B,C及びDについて,周知技術ないし慣用技術を付加したものとは言い得ない。
     エ 前記のとおり,引用例と本件発明は,課題の解決の方法を異にするものであり,相違点である構成要件B,C及びDについても,前記ウのとおり,周知技術ないし慣用技術であったとはいえないものであるから,本件発明と引用例との相違点は「微差」とはいえず,実質的同一であるということはできない。

   (4) 小括
     したがって,本件発明は,引用例に記載された考案と同一とはいえないから,特許法29条の2に該当する無効理由が存在することが明らかであるとはいえない。
 7 争点(2)イ(要旨変更)について
   (1) 請求項1について
     ア 本件補正に適用される平成6年法律第116号による改正前の特許法40条には,「願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があった後に認められたときは,その特許出願は,その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」と規定され,同41条には,「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と規定されている。

     イ 本件特許の願書に最初に添附した明細書(当初明細書)には,次のとおりの記載がある(乙12の1)。
       (ア) 「この実施例で用いられる金属フレーム5については,外部端子7
,7の内端側には,保持容器1の頂面から底面側に若干変位した位置にて互に離間して対向する突片7A,7Aと,これら突片7A,7Aの基部を互に連結して前記頂面に沿って伸びる連結片7とが設けられ,前記突片7A3,7A4は保持容器1の外周面に適合するよう湾曲している。このような金属フレーム5を用いた場合には,保持容器1は,その外周面が湾曲した突片7A,7Aにより保持され且つその頂面が連結片7に当接した状態で金属フレーム5に対して位置決めされる。」(11頁7行ないし12頁3行)
       (イ) 「またこの例ではリード2
,2に接続される外部端子7,7と保持容器1の頂部に配置される外部端子7,7とは分離した状態でモールド成形される。従ってこの外部端子7,7は通電用端子ではなく,固定専用の固定用端子となる。この例のように固定用端子を設ければ,保持容器1を固定用端子を介してアースすることが可能になるので,そうすることによってシールド効果が得られ,ノイズに強い水晶振動子が得られる。」(12頁6ないし14行)
     ウ 前記イのとおりの当初明細書の記載及び当初明細書の第4図からすると,突片7A,7Aないし連結片7が,保持容器外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片に相当する。したがって,「アース用外部端子」との文言こそ記載されていないものの,前記イの記載の意味するところは,本件発明の構成要件Eの「前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした」と同一であるということができる。
       したがって,平成6年6月8日に提出された手続補正書による「前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした」とする補正は,当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内であると認められるから,明細書の要旨を変更しないものとみなされる(平成6年法律第116号による改正前の特許法41条)。

        被告らは,更に具体的記載が必要であると主張するが,補正した特許請求の範囲が,当初明細書に記載した事項の範囲内である以上,同法41条は,それ以上に詳しい記載が当初明細書にあることまで必要としているとは解されない。よって,被告らの上記主張は,採用することができない。
     エ したがって,要旨変更を理由とする特許法29条2項該当の無効理由が存在することが明らかであるとはいえない。
   (2) 請求項2について
     ア そもそも,特許請求の範囲に記載された2以上の発明に係るものについては,発明ごとに無効審判を請求することができる(昭和62年法律第27号による改正前の特許法123条1項)。よって,1つの発明について要旨変更によって出願日が繰り下がった結果進歩性欠如の無効理由があるときは,当該特許についてのみ無効とすべきものであり,他方の特許出願について出願日が繰り下がることはないと解すべきであるから,請求項2に関する主張は失当である。

     イ なお,本件発明は当初明細書における前記(1)イの記載及び第4図によれば,本件特許請求の範囲請求項2における「前記保持容器外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とするフレーム製造工程」という構成要件も,当初明細書に記載があるものということができる。
     ウ したがって,いずれにせよ,被告らの請求項2に関する主張は理由がない。
 8 争点(2)ウ(特許法36条)について
    前記1のとおり,「アース用外部端子とした」点について,本件明細書に記載があるが,外部端子が保持容器に接触していれば,アースをとることができることは,当業者であれば理解できると考えられる。
    被告らは,電気的接続が確実に行われることの具体的裏付けの記載がないと主張するが,本件発明の「アース用外部端子」については,電気的接続が100%確実に行われることを検査したり,保証したりする必要がないことは,前記5で認定したとおりである。よって,本件発明の説明としても,電気的接続が確実に行われることの具体的裏付けを記載しなければ当業者がその実施をすることができないとはいえないと解される。

    したがって,本件明細書の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとはいえず,特許法36条に違反する無効理由が存在することが明らかであるとはいえない。
 9 争点(3)(実施料相当額)について
   (1) 不当利得返還請求権の有無
     以上のとおり,被告製品は,構成要件AないしFをすべて充足し,本件発明の技術的範囲に属し,本件発明に無効理由が存在することが明らかであるとはいえないから,原告の許諾を受けることなく被告製品を製造販売した被告らの行為は,原告の本件特許権を侵害するものである。そして,被告は,法律上の原因なくして実施料相当額の支払を免れることにより利益を受け,原告は,同額の支払を受けられなかったことにより損失を被ったものであるから,被告らは,原告に対し,同額を不当利得として返還すべきである。

     被告らは,被告製品は,「アース用外部端子としたことを特徴とする」製品としては販売されていないから,本件特許権を侵害する製品の販売による利得は存在しないと主張する。
     しかし,原告が主張する利得は,実施料相当額の支払いを免れたことである。そして,本件発明の技術的範囲に属する被告製品を製造販売した以上,本件発明の実施料相当額の支払を免れる法律上の原因はなく,被告らの利得が存在しないとはいえない。
     したがって,被告らの主張は理由がない。
   (2) そこで,実施料相当額を算定する。
     ア 売上高
       計算鑑定書によれば,平成6年11月14日から平成15年3月31日までの対象物件1の売上高は,29億7998万4351円であり,対象物件2の売上高は,2億2969万4313円であることが認められる。これに反する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。なお,CM250が販売されたことを認めるに足りる証拠はない。

       よって,被告製品の売上高は,合計32億0967万8664円となる。
       29億7998万4351円+2億2969万4313円=32億0967万8664円
     イ 実施料率
       (ア) 原告は,実施料率を10%であると主張し,その根拠として,本件発明の実施品と主張する原告製品の限界利益のうち,特許発明に基づく利益が10%を下らないことを挙げている。
         しかし,原告の特許発明に基づく利益の算出方法は,上記製品の製造販売に基づくすべての利益を単純に1/3又は1/4にするもので,本件発明の寄与率の算定としては根拠がない。したがって,原告の算定方法は採用できない。
       (イ) 技術分野別実施料率データ(乙32)によれば,電子・通信用部品の平成4年度ないし平成10年度の実施料率は,イニシャル・ペイメント条件のある263件については,1%が76件,2%が71件,3%が34件,4%が30件で,平均値は3.5%であり,最頻値は1%である。また,同じく,イニシャル・ペイメント条件のない84件については,1%が21件,2%が15件,3%が19件,4%が9件で,平均値は3.3%であり,最頻値は1%である。

       (ウ) 被告製品は,前記5で認定したとおり,実装時にアースとして使用することが可能な構成を有しているが,その外部端子をアース用としては販売したり使用したりしていないものがある。そうすると,被告製品が本件特許権を侵害しており,不当利得返還請求は認められるものの,その実施料相当額は,上記事由も斟酌して決定するのが相当である。
       (エ) 上記(ア)ないし(ウ)で認定したところに,特許法102条3項の趣旨をも併せ考慮すると,本件発明の実施料に相当するのは,売上高に2%を乗じた金額とするのが相当である。
     ウ 本件発明の実施料相当額
       したがって,被告製品の実施料相当額は,上記売上高に2%を乗じた6419万3573円である。
      32億0967万8664円×2%=6419万3573円

     エ なお,被告ミヨタが被告製品を製造して被告シチズンに販売した行為と被告シチズンが被告製品を第三者に販売した行為について,それぞれ原告の不当利得返還請求権が発生するが,同一の侵害品である被告製品の製造販売に関しては,1回の流通分に対する実施料相当額の限度を超えては原告の損失は発生しない。
       したがって,被告らの不当利得返還債務は,原告が一方の被告から支払を受ければ,その限度で原告の損失が填補され,他の被告に対し重ねて請求することができない関係にある。
 10 結論
   したがって,原告の請求は,以上の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 
       東京地方裁判所民事第47部


               裁判長裁判官      高   部   眞 規 子
               



                     裁判官      東 海 林       保



           裁判官   瀬   戸   さ や か


物件目録1
 型式番号CM309S,CM309    
 なお,平成12年5月13日以降に製造した構造変更後のCM309S(乙31,33)は除く。




物件目録2
 型式番号CM200,CM250




(別紙) 本件特許取得の経緯
昭和60年8月7日  特許出願(特願昭60−173701号。乙12の1)
昭和60年12月5日 審査請求
昭和62年2月14日 出願公開(特開昭62−34410号。乙12の2)
平成3年6月11日  拒絶理由通知書(乙12の3)
平成3年9月7日   意見書提出(乙16),全文補正(乙12の4)
平成4年3月10日  拒絶査定(乙12の5)
平成4年3月27日  拒絶査定不服審判請求
平成4年4月24日  全文補正(乙12の6)
平成4年9月9日   前置報告(乙12の7)
平成6年6月6日   拒絶理由通知
平成6年6月8日   意見書に代えた手続補正書提出(乙12の8)
平成6年7月8日   出願公告決定
平成6年11月14日 出願公告(特公平6−91404号。乙12の9)

平成7年2月3日   特許異議申立て
平成7年9月19日  拒絶理由通知(請求項2に関する)
平成7年10月6日  意見書に代えた手続補正書提出(乙12の11)
平成7年11月9日  特許異議の決定(乙17)
平成8年3月28日  特許登録