H16. 4.27 東京高裁 平成16(行ケ)61 特許権 行政訴訟事件

平成16年(行ケ)第61号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年3月29日
                   判決
             原告          A
             同訴訟代理人弁護士      萩原浩太
             同訴訟代理人弁理士      三品岩男
             同            大関光弘
             同                      西村雅子
             被告          特許庁長官  今井康夫
             同指定代理人         涌井幸一
             同                      高橋泰史
             同                      大橋信彦

                   主文
     1 原告の請求を棄却する。
         2 訴訟費用は原告の負担とする。
         3 この判決の上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
                   事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   (1) 特許庁が不服2003−14831号事件について平成15年9月18日にした審決を取り消す。
   (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
     主文第1,2項と同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続等の経緯(当事者間に争いがない。)
  (1) 原告は,平成5年12月2日,発明の名称を「力成分を測定する単結晶材料製のデバイスおよびこのデバイスの製造方法およびこのデバイスの使用方法」とする発明につき国際特許出願(PCT/SE93/01040 特願平6−513062号。以下「本件出願」という。)をし,平成7年6月2日,平成8年法律第68号による改正前の特許法184条の5第1項の規定による書面を特許庁に提出した。特許庁は,平成15年4月17日を起案日として,本件出願を拒絶すべき旨の査定(以下「本件拒絶査定」という。)をし,同拒絶査定の謄本は同年5月1日に原告に送達された。

  (2) 本件拒絶査定については,審判請求期間が60日間延長された。原告は,本件拒絶査定を不服として,平成15年7月31日,特許庁に同査定に対する審判を請求(以下「本件審判請求」という。)した。特許庁は,同請求を不服2003−14831号事件として審理し,同年9月18日,「本件審判の請求を却下する。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同審決の謄本は同年10月20日に原告に送達された。
 2 本件審決の理由の要旨
   本件審決の理由は,要するに,本件拒絶査定に対する審判の請求は,特許法(以下,単に「法」という。)121条の規定により査定の謄本の送達があった日から90日以内である平成15年7月30日までにされなければならないところ,本件審判請求は同年7月31日にされているので,上記期間経過後の不適法な請求であって,その補正をすることができないものであり,したがって,本件審判請求は,法135条の規定により却下すべきである,というものである。

第3 当事者の主張
 (原告の主張する本件審決の取消事由)
 1 期間計算の誤りについて
  (1) 法によれば,拒絶査定に対する不服審判の請求は,拒絶査定謄本送達後30日以内にしなければならないが(121条1項),期間の計算においては,その末日が「行政機関の休日に関する法律」1条1項各号に当たるときは,その日の翌日をもって期間の末日とされる(3条2項)ところ,本件では本件拒絶査定の謄本の送達日の翌日から起算して30日目は平成15年5月31日で,土曜日であって,原則であれば同年6月2日が審判請求の請求期間の末日となる筋合いである。
    ところで,本件においては,出願人である原告が在外者であったことから,法4条の規定により,特許庁長官の職権により,法121条1項の期間が60日間だけ延長されており,したがって,法121条1項の期間満了日である平成15年6月2日から更に60日間延長されて,同年8月1日が審判請求の請求期間の末日であるというべきである。

  (2) そこで,原告は本件審判請求を平成15年7月31日にしたのであるが,特許庁は,上記請求期間は同月7月30日の経過をもって満了しており,本件審判請求は不適法であるとして法135条によりこれを却下した。
     これは,法4条の規定により期間が延長された場合,延長された期間は,元の期間と一体をなし,これらを合計したものが1つの期間として手続の出来る期間が定まるものであり,法3条2項による「期間の末日」とは,元の期間の起算日から計算して上記の合計された1つの期間の末日をいうとの解釈に立つものであるが,かかる運用・解釈は,以下に述べるとおり,法に違反するものである。
    すなわち,法4条が定めるは,「特許庁長官は,・・職権で,第121条1項・・に規定する期間を延長することができる」ということであり,特許庁長官がなし得るのは,法121条1項の期間の延長にすぎない。ところで,「第121条1項に規定する期間」は,「30日以内」と規定されているが,この「30日以内」の意味・内容は当然に総則規定である法3条2項の適用を受けて定まるから,この「30日」の末日が土日祝日であれば,その翌日までの間,ということになるのである。そして,特許庁長官がなし得るのは,こうして定められる期間に対する「延長」にすぎない。

    そうすると,法4条による期間の延長部分の起算日は「第121条1項に規定する期間」が満了した翌日であるところ,元の期間である「30日」の末日が土日祝日である場合には,元の期間の満了日が「その翌日」となっているから,上記延長部分は「その翌々日」から開始されることになるのである。法4条をそのように解釈することが通常人の感覚に沿うし,また,法4条の「延長」という語句に照らしても自然な解釈である。
    しかも,被告の採用する上記の解釈によれば,元の期間の計算方法が,在外者等の法4条の期間の延長の適用を受ける者と,その適用を受けない者とで異なることになるが,これが不自然であることはいうまでもない。また,その解釈によれば,特許庁長官の「延長」という行為が,「単に元の期間に日数を付加する」という本来の意味を超えて,在外者等について元の期間の計算方法を変更する趣旨まで含むことになるが,それは,法4条により付与されたその権限の範囲を超えるものであり,妥当性を欠くことは明らかというべきである。

 2 法121条2項に規定する「その責めに帰することができない理由」の存在の看過について
   仮に,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間の末日が平成15年7月30日であるとしても,以下に述べるとおり,本件は,原告が「その責めに帰することができない理由」により上記期間内に審判の請求をすることができないとき(法121条2項)に該当するというべきである。
  (1) 上記の「その責めに帰することができない理由」とは,天災事変等の客観的理由のほか,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお期間を徒過せざるを得ない場合を含む。
  (2)ア 法4条により期間が延長された場合について,特許庁の「元の期間の末日が土日祝日に当たっても,そこに法3条2項の規定は適用されない」とする特許庁の解釈・運用は,法4条の「延長」の字句からはおよそ導出できない技巧的な解釈であり,通常の当事者としては思い至るのが困難である。

     審判便覧25−01「法定期間及び指定期間の取扱い」(甲6の(1))において,特許庁長官は,拒絶査定に対する審判請求の請求期間について,在外者には一律に「60日間」の延長を認め,これについて何らの例外を設けていないのであるから,通常人からすれば,いかなる場合においても二義なく元の期間の満了日の翌日から60日間の延長期間が開始されると考え,元の期間の計算方法が変更されるなどと考えないとしても,無理からぬことというべきである。
   イ また,特許に関する手続についての期間管理用のカレンダーの中には,原告と同様の解釈に基づくとみられるものが流通している。
     例えば,アイアール出版株式会社の「特許事務カレンダー2003年版」(甲7)には,通常の暦とともに,その翌日からそれぞれ30日,40日,60日の期間の末日が記載されている。この場合,単純計算した末日が土日祝日であるときは,特に断りなく法3条2項によって計算した末日が記載されている。また,これには期間90日の末日の記載はない。

     そこで,このカレンダーによると,本件拒絶査定の謄本が送達された平成15年5月1日の箇所を見ると,30日の期間の末日は同年6月2日との記載があり,さらに同年6月2日の箇所を見ると,60日の期間の末日は同年8月1日との記載があり,他方90日の末日の記載はないのであるから,元の期間に対して60日が延長される場合,期間の末日が同年8月1日であると考えるのは当然である。このカレンダーは広く使用されているうえ価格が2200円と極めて高額であるから,信頼性が高く,これに従っていれば間違いないと考えるのはやむを得ないことというべきである。
   ウ さらに,後に述べるように,特許庁はこのような,技巧的とも言える特殊な解釈を採るにもかかわらず,本件拒絶査定について不服申立期間の教示をしていない。特許庁が当該期間について表示しているのは通達のみである。しかも,延長期間を審判便覧25−01「法定期間及び指定期間の取扱い」(甲6の(1))で示し,期間の計算方法を別の審判便覧25−02「期間延長した場合の期間計算について」(甲6の(2))で示すという複雑な方法によっているのであり,通常人にしてみれば,結局,審判請求期間がいつまでかを把握するのは至難の業というべきである。

 3 行政不服審査法57条1項等違反について
  (1) 行政不服審査法57条1項は,行政庁は,不服申立てをすることができる処分を書面で行う場合には,処分の相手方に対して当該処分について不服申立てをすることができる期間を教示しなければならないと規定し,また,同法47条5項も,処分庁が,審査請求をすることもできる処分に係る異議申立てについて決定する場合について同趣旨を規定している。したがって,特許庁は,特許出願について拒絶査定をする場合,法121条1項の規定する期間のほか,職権でその期間が延長された場合には,その旨及びその期間を教示すべきところ,本件拒絶査定についてはかかる教示をしていない。そうすると,本件拒絶査定は行政不服審査法57条1項および同法47条5項に違反するものである。
  (2) なお,法195条の4は,法の査定等の処分については,行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨を規定しているが,これは法による不服申立ての途が開かれている処分については行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨を規定したにすぎず,行政不服審査法の教示義務規定の適用がないかどうかは別問題である。

    既に述べたとおり,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間を把握することは困難であり,また,審判請求が拒絶査定に不服がある場合に取り得る唯一の手段であることにかんがみると,特許庁には上記請求期間について教示義務があるというべきであり,かかる教示をしていない本件においてはいまだ期間の指定はなされていないというべきである。
 (被告の反論)
     本件審決には取り消されるべき理由はない。
 1 期間計算の誤りの主張について
  (1) 拒絶査定に対する不服の審判請求は,当該査定の謄本が特許出願人に送達された日から30日以内になされなければならないと規定されている(法121条1項)。そして,上記期間について,特許庁長官は,請求により又は職権で,これを延長することができるとされている(法4条)。

    法4条に規定される職権による期間の延長について,特許庁長官は,特許出願人が在外者である場合には,その延長期間を「60日」と定めて基準化して,一律に職権で延長を認める運用をしており,このことは,内部運用を定めたに止まらず,庁外部にも公表し,周知に努めているところである(乙1,2)。
  (2) 法3条は期間の計算について規定するものであるところ,同条2項は,特許出願等の「手続」をするための期間の末日について規定するものである。 本件においては,上記(1)により,法4条の規定による延長期間は元の期間と一体をなし,これらを合計したものが1つの期間として手続のできる期間が定まるものである。したがって,本件拒絶査定に対する審判請求手続の「期間の末日」とは,上記の合計された1つの期間の末日を指称するものであるから,延長される以前の元の期間の末日が,行政機関の休日等に当たるからといって,これに法3条2項を適用する余地はないというべきである。

    原告は,上記の解釈によれば,元の期間の計算方法が,在外者と在外者でない者とで異なることになる旨主張する。
    しかし,法4条は,法8条にいう「在外者」に限って期間の延長を規定するものではなく,「遠隔又は交通不便の地にある者」(例えば,東京都小笠原諸島に居住する者)にも適用される。したがって,期間が延長される場合には,法3条2項の上記解釈・運用は,在外者に限らず両者に同様に適用されるものであるし,一方,期間を延長されない者の手続の期間の末日に法3条2項が適用されることに疑義は存しない。
    したがって,原告のこの点の主張は失当である。
  (3) 本件についてみれば,本件拒絶査定の謄本の送達日は平成15年5月1日であるところ,本件出願の出願人である原告は在外者であるから,法定の審判請求の請求期間30日に職権で一律に延長する60日を加算した90日が本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間であり,本件拒絶査定に対する審判請求は,上記査定謄本送達日の翌日から起算して90日以内になされなければならない。そして,上記(2)に記載したところにより期間を計算すると,上記請求期間の末日は同年7月30日(行政機関の休日等に当たる日ではない。)である。

    しかるに,本件審判請求は,平成15年7月31日にされているから,同請求は,請求期間が経過した後になされたものといわざるを得ないものである。
    この点に関する本件審決の判断に誤りはない。
 2  法121条2項に規定する「その責めに帰することができない理由」の存在の看過の主張について
  (1) 特許出願等を行う者が在外者である場合には,特許管理人によらなければその手続等をすることができないとされている(法8条)。一方,手続期間やその延長期間の運用等について,特許庁は周知に努めてきたところである。しかるところ,本件拒絶査定の謄本を送達された本件出願手続における原告の代理人は,特許管理人として在外者の手続を代理する者であって,これを業として行う弁理士である。その者が拒絶査定謄本の送達を受けたときには,審判請求を行うか否かを検討するとともに審判請求の期限についても当然に留意するものと推認される。

    特許管理人は,仮に,審判請求の期間に疑義があればそれについて調査をし適切な対応をすべき立場にある者というべきである。そして,特許管理人である弁理士は,特許出願手続や審判請求等に熟知した者というべきであるから,手続等の運用について具体的に知りうる立場にあり,かつ,その知見を獲得すべき義務を負った者ともいえる。
    前述のとおり,特許庁においては,期間に関する運用を公開するとともに,周知に努めているところであり,本件に係るようなケースについても,特段に注意を喚起すべく項を起こして周知を図っているところである(乙3,4)。
    そうであるとすれば,本件の審判請求に限って,「審判請求期間がいつまでかを把握することが至難の業」であるとは言い難く,本件が,通常の注意力を有する当事者である原告の代理人(特許管理人)が,万全の注意を払ってもなお,当該期間を徒過せざるを得なかった場合に該当するものとは,到底いえないものである。そして,単なる計算違いや思い違いは法121条2項の「その責めに帰することができない理由」にはなり得ないものというべきである。

  (2) さらに,原告はアイアール出版株式会社の「特許事務カレンダー2003年版」を引用しているが,当該「カレンダー」の記載がどのようなものであったにしても,それは一私企業の責任において作成されたものであり,販売されたものである。また,その購買者が,その内容を信頼したか否かを含めて,如何ように利用したとしても,それによって,上記(1)の事情が変更されることにはならないことも自明というべきである。
   (3) したがって,本件審判請求が審判請求期間を徒過してなされたことについて原告に責めを帰せざる事由が存在した旨の原告の主張は,失当というべきである。
 3 行政不服審査法57条1項等違反の主張について
  (1) 法195条の4によれば,査定については,行政不服審査法による不服申立てをすることができないと規定されており,拒絶査定に同法の適用はないと解される。

    なお,仮に,行政不服審査法57条にいう「又は他の法令に基づく不服申立て」に法121条に規定する審判請求が含まれると解されたとして,同法はその教示の方法については,明示ないし限定をしていない。
    さらにいえば,本件拒絶査定は特許法施行規則35条に定める査定の記載事項を欠くものでもない。当該規則にも,審判請求の期間に関して拒絶査定書に記載をしなければならないとの定めはない。
    特許庁としては,期間の延長について従前より注意喚起の観点からの示唆を行ってきたところである。そして,平成4年4月より,それまで送達書類等ごとに注意書を添附してきたのを廃止することとし,その廃止を通達するとともに,これに替えて,前記注意書をまとめたものを,弁理士会を通じて,弁理士事務所又は弁理士ごとに予め配布する方法によることとし,現在もその方法を継続して行っているところである(乙5,6)。

  (2) 原告は,「かかる教示がない本件においてはいまだ期間の指定はされていない」と主張する。
    しかし,被告に,教示義務がないことは前述のとおりであり,また,本件は法定期間に関係する事案であって,期間の指定をする余地はない。
  (3) したがって,行政不服審査法57条1項等違反をいう原告の主張は当たらない。      
第4 当裁判所の判断
 1 期間計算の誤りの主張について
  (1)  原告は,本件では本件拒絶査定謄本の送達日の翌日から起算して30日目は平成15年5月31日で,土曜日であって,原則であれば同年6月2日が審判請求の請求期間の末日となる筋合いであるところ,本件においては,本件出願の出願人である原告が在外者であったことから,特許庁長官の職権により,法121条1項の期間が60日間だけ延長されており,したがって,法121条1項の期間満了日である同年6月2日から更に60日間延長された同年8月1日が本件審判請求の請求期間の末日であるというべきである旨主張する。

    ア  そこで,検討するに,法121条1項は,拒絶査定を受けた者は,その査定に不服があるときは,その査定の謄本の送達があった日から30日以内に審判を請求することができる旨規定しているから,拒絶査定に対する審判の請求は,原則として,その査定の謄本の送達の日から30日以内にしなければならないものである。もっとも,法4条は,被告は,遠隔又は交通不便の地にある者のため,請求により又は職権で,法121条1項に規定する期間を延長することができる旨規定しているところ,証拠(甲6の(1),乙1ないし3,5,6)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,手続をする者が在外者の場合,法4条により延長する期間を60日とするものと定め,法121条1項に規定する期間も職権で一律に60日延長したこととして取り扱うこととしており,その運用については特許出願等の手続の代理を業とする弁理士をはじめ外部に公表し,周知を図っていることが認められる。
     イ しかして,法4条により期間が延長された場合,元の期間と延長期間とは一体となり,これらを合計したものが1つの期間として手続のできる期間が定まるものであり,このように期間が延長されたときにおける法3条2項の規定にいう「期間の末日」とは,その合計された1つの期間の末日を指称するものと解されるから,延長される以前の元の期間の末日が,行政機関の休日等に当たるからといって,これに法3条2項を適用する余地はないというべきである。
     ウ 原告は,上記の解釈によれば,元の期間の計算方法が,在外者等の法4条の期間の延長の適用を受ける者と,その適用を受けない者とで異なることになるが,これは不自然であり,また,その解釈によれば,特許庁長官の「延長」という行為が,「単に元の期間に日数を付加する」という本来の意味を超えて,在外者等について元の期間の計算方法を変更する趣旨まで含むことになるが,これは,法4条により付与された特許庁長官の権限を超えるものであるとし,このことを理由に,上記の解釈が妥当でないことは明らかである旨主張する。

         しかしながら,前示のとおり,法4条により期間が延長された場合,延長された期間と元の期間とは一体となり,これらを合計したものが1つの期間として手続のできる期間が定まるものであり,したがって,元の期間は期間として独立の意味を失い,その計算方法が問題になることはないのである。原告の主張は独自の見解に立つものであって,採用することができない。
   (2)  本件についてみると,本件拒絶査定の謄本の原告への送達日は平成15年5月1日であるところ,本件出願の出願人である原告は在外者であるから,本件拒絶査定に対する審判請求の期間については,上記のとおり,法121条1項に規定する法定請求期間(30日)を職権で60日延長したこととする取扱いが適用される。したがって,本件拒絶査定に対する審判請求は上記謄本の送達の日から90日以内,すなわち同請求期間の末日である同年7月30日までにされなければならないというべきである。

       しかるに,弁論の全趣旨によれば,本件審判請求がされたのは同年7月31日であることが認められるから,本件審判請求は,上記審判請求期間の期間経過後にされた不適法なものというべきである。この点に関する本件審決の判断に誤りはない。
 2  法121条2項に規定する「その責めに帰することができない理由」の存在の看過の主張について
     法121条2項にいう「その責めに帰することができない理由」とは,天災地変その他客観的に避けることのできない事故のほか,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払っても回避することのできない事情を意味するものと解される。
     原告は,前記1(1)イのような解釈は,法4条の「延長」の字句からはおよそ導出できない技巧的な解釈であり,通常の当事者としては思い至るのが困難であるとか,審判便覧25−01「法定期間及び指定期間の取扱い」(甲6の(1))において,特許庁長官は,拒絶査定に対する審判請求期間については,在外者には一律に「60日間」の延長を認め,これについて何らの例外を設けていないのであるから,通常人からすれば,いかなる場合においても二義なく元の期間の満了日の翌日から60日間の延長期間が開始されると考え,元の期間の計算方法が変更されるなどとは考えないとしても,無理からぬことというべきである旨主張する。

   しかしながら,本件審判請求の手続は,代理人である弁理士によって行われているところ,特許管理人として審判請求手続等に関与する弁理士は,審判請求手続等に関する法令の解釈・運用について具体的に知りうる立場にあり,かつ,その知見を獲得すべき義務を負っているのであって,審判請求の請求期間の計算方法に疑義があればそれについて調査をし適切な対応をすべきであり,本件において,そのことに格別の困難性があるとは認められない。
   したがって,期間が延長された場合の期間計算について原告主張のような誤った解釈をしたため,本件審判請求について請求期間を徒過する結果になったものとしても,そのような事態は,本件審判請求における原告の代理人が万全の注意を払えば回避できたことである。
     また,原告は,期間管理用のカレンダーの中には,アイアール出版株式会社の「特許事務カレンダー2003年版」(甲7)のように,原告と同様の解釈に基づくとみられるものが広く利用されているとし,このカレンダーの記載からすれば,期間計算について原告のような解釈をして間違いはないと考えるのはやむを得ないことであるかのように主張する。

   しかしながら,同カレンダーには,通常の暦とともに,その翌日からそれぞれ30日,40日,60日の期間の末日が記載され,この場合,単純計算した末日が土日祝日であるときは,法3条2項によって計算した末日が記載されているが,この記載は,上記各日数の期間の末日がいつになるかを表示したものにすぎず,期間が延長された場合に,原告と同様の解釈に立って,期間の末日を定めることを記載したものとは認められない。本件審判請求における原告の代理人が上記カレンダーを見て,原告主張のような誤った理解をしたというのであれば,それは弁理士が特許管理人として通常払うべき注意義務を欠いたことによるものというほかはない。
     したがって,本件審判請求について請求期間を徒過したことにつき法121条2項にいう「その責めに帰することができない理由」があるとする原告の上記主張は,採用することができない。

 3 行政不服審査法57条1項等違反の主張について
    行政不服審査法57条1項によれば,行政庁は,審査請求若しくは異議申立て又は他の法令に基づく不服申立てをすることができる処分を書面で行う場合には,処分の相手方に対して当該処分につき不服申立てをすることができる旨及び不服申立てをすることができる期間等を教示しなければならない旨規定し,また,同法47条5項も,処分庁が,審査請求をすることもできる処分に係る異議申立てについて決定する場合につき,同趣旨を規定している。しかし,法195条の4によれば,査定等及び法の規定により不服を申し立てることができないこととされている処分については,行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨規定されており,したがって,拒絶査定について同法の適用はないと解される。また,特許法施行規則35条には,査定の記載事項が規定されているが,審判を請求することができる査定について,審判請求の請求期間は記載すべき事項とはされておらず,法その他の関係法令にも査定に審判請求の請求期間を記載すべきことを定めた規定は存在しない。そして,この点に関し,原告のような在外者について別異に解釈すべき根拠はない。

   したがって,本件拒絶査定に同査定に対する審判請求の請求期間や法4条によるその延長期間を記載していなくても,同査定に法令違反の瑕疵があるということはできない。
     拒絶査定について行政不服審査法57条1項,47条5項の適用がある旨の原告の主張及び上記適用があることを前提とする原告の主張は,いずれも採用することができない。
 4  以上によれば,原告が本件審決の取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,他にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。




           東京高等裁判所知的財産第1部




                   裁判長裁判官     北山元章



                          裁判官   青蛛@馨



                    裁判官      沖中康人