H16. 5.31 東京地裁 平成15(ワ)9316 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第9316号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年4月6日
           判       決
     原      告      株式会社日本コンラックス
     訴訟代理人弁護士      吉武賢次
     同             宮嶋学
         補佐人弁理士           勝沼宏仁
     被      告      株式会社ワールドテクノ
     訴訟代理人弁護士      小林幸夫
         補佐人弁理士           佐藤彰芳
                     主       文
     1 被告は,原告に対し,金6600万円及びこれに対する平成15年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

     2 訴訟費用は,被告の負担とする。
     3 この判決は,仮に執行することができる。
           事実及び理由
第1 請求
    主文1項と同旨
第2 事案の概要
    本件は,原告が被告に対し,被告が製造販売する紙幣処理装置が原告の有する特許権を侵害するとして,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
   (1) 当事者
      原告は,自動販売機等に使用されるコインメカニズム,紙幣識別装置等の製造販売を主たる業務とする会社である。
      被告は,建設機械の販売及び輸出入,電子機器の設計,製造,販売及び輸出入等を主たる業務とする会社である。
   (2) 原告の有する特許権
      原告は,次の各特許権(以下,順に「本件特許権1」,「本件特許権2」,「本件特許権3」という。)を有している。

     ア 特許第2932338号
         発明の名称  紙幣処理装置
         出願日    平成5年11月5日
         登録日    平成11年5月28日
         特許請求の範囲請求項1
           「装置本体の一部を覆うフロントマスクに形成された紙幣挿入口に連通し,該紙幣挿入口から挿入された投入紙幣を前記装置本体内に配設されたスタッカへ案内する第1紙幣搬送路を少なくとも有する紙幣処理装置において,
           前記フロントマスクを,前記装置本体に対し回動自在に支承されたフロントプレートに固着するとともに,
           前記第1紙幣搬送路を二分割し,その上流側を前記フロントマスク内に配設し,
           前記フロントプレートを前記装置本体に対し拡開させた際に,前記第1紙幣搬送路上流を露出させるようにしたことを特徴とする紙幣処理装置。」(以下,この発明を「本件発明1」といい,これに係る明細書を「本件明細書1」という。)

     イ 特許第3302504号
         発明の名称  紙幣処理装置
         出願日    平成5年11月5日
         登録日    平成14年4月26日
         特許請求の範囲請求項1
           「フロントマスクの紙幣挿入口内に挿入された投入紙幣を前記フロントマスク内から装置本体内へ向け延設された紙幣搬送路を介し前記装置本体内のスタッカーへ案内するとともに,前記紙幣搬送路に沿って投入紙幣の正偽を判別する紙幣判別手段を配設するようにした紙幣処理装置において,
           前記装置本体の正面をフロントプレートで覆い,該フロントプレートに前記フロントマスクを固着するとともに,該フロントプレートに前記装置本体を軸を中心に回動自在に支承させ,
           さらに前記フロントプレートを境に前記紙幣搬送路を前記フロントマスク内に形成された紙幣搬送路と前記装置本体内に形成された紙幣搬送路とに二分割し,

           また,前記紙幣搬送路を,垂直方向に少なくとも一つの立ち上がり部または立ち下がり部をもって蛇行形成し,そのうち前記装置本体内に形成された前記紙幣搬送路の立ち上がり部または立ち下がり部に沿って前記紙幣判別手段を配設したことを特徴とする紙幣処理装置。」(以下,この発明を「本件発明2」という。)
     ウ 特許第3362748号
         発明の名称  紙幣処理装置
         出願日    平成5年11月5日
         登録日    平成14年10月25日
         特許請求の範囲請求項1
           「投入紙幣を装置本体内のスタッカへ案内する紙幣搬送路と,当該紙幣搬送路により搬送された紙幣を積載収容するスタッカとを少なくとも有する紙幣処理装置において,
           前記スタッカを装置本体へ装着した時には紙幣の拘束を解除し,スタッカを装置本体から解放した時には積載収容された紙幣の両側方を一部拘束する紙幣拘束手段をスタッカの両側方に配設したことを特徴とする紙幣処理装置。」(以下,この発明を「本件発明3」という。)

   (3) 構成要件の分説
     ア 本件発明1
        本件発明1の構成要件は,次のとおりに分説できる。
       A 装置本体の一部を覆うフロントマスクに形成された紙幣挿入口に連通し,該紙幣挿入口から挿入された投入紙幣を前記装置本体内に配設されたスタッカへ案内する第1紙幣搬送路を少なくとも有する紙幣処理装置において,
       B 前記フロントマスクを,前記装置本体に対し回動自在に支承されたフロントプレートに固着するとともに,
       C 前記第1紙幣搬送路を二分割し,その上流側を前記フロントマスク内に配設し,
       D 前記フロントプレートを前記装置本体に対し拡開させた際に,前記第1紙幣搬送路上流を露出させるようにしたことを特徴とする紙幣処理装置。
     イ 本件発明2
        本件発明2の構成要件は,次のとおりに分説できる。

       A’ フロントマスクの紙幣挿入口内に挿入された投入紙幣を前記フロントマスク内から装置本体内へ向け延設された紙幣搬送路を介し前記装置本体内のスタッカーへ案内するとともに,前記紙幣搬送路に沿って投入紙幣の正偽を判別する紙幣判別手段を配設するようにした紙幣処理装置において,
       B’ 前記装置本体の正面をフロントプレートで覆い,該フロントプレートに前記フロントマスクを固着するとともに,
       C’ 該フロントプレートに前記装置本体を軸を中心に回動自在に支承させ,さらに前記フロントプレートを境に前記紙幣搬送路を前記フロントマスク内に形成された紙幣搬送路と前記装置本体内に形成された紙幣搬送路とに二分割し,
       D’ また,前記紙幣搬送路を,垂直方向に少なくとも一つの立ち上がり部または立ち下がり部をもって蛇行形成し,

       E’ そのうち前記装置本体内に形成された前記紙幣搬送路の立ち上がり部または立ち下がり部に沿って前記紙幣判別手段を配設したことを特徴とする紙幣処理装置。
     ウ 本件発明3
        本件発明3の構成要件は,次のとおりに分説できる。
       A” 投入紙幣を装置本体内のスタッカへ案内する紙幣搬送路と,当該紙幣搬送路により搬送された紙幣を積載収容するスタッカとを少なくとも有する紙幣処理装置において,
       B” 前記スタッカを装置本体へ装着した時には紙幣の拘束を解除し,スタッカを装置本体から解放した時には積載収容された紙幣の両側方を一部拘束する紙幣拘束手段をスタッカの両側方に配設したことを特徴とする紙幣処理装置。
   (4) 被告の行為
      被告は,別紙物件目録記載の紙幣処理装置(以下「被告装置」という。)を製造販売していた。

 2 争点
   (1) 被告装置の構成は,本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか。
   (2) 原告の損害額はいくらか。
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)について
 (原告の主張)
   (1) 被告装置の構成
      被告装置は,別紙物件目録の図面のとおり,以下の構成を有する。
   a 装置本体2の一部を覆うフロントマスク3には開口と上下ガイド板拡開部と上下ガイド板平行部が形成されている。紙幣処理装置1の装置本体2内には,投入紙幣10を搬送する紙幣搬送路が設けられている。装置本体2内の紙幣搬送路はフロントマスク内の上下ガイド板平行部及びスタッカ5に連通している。
   b フロントマスク3を,装置本体2に対し軸7により回動自在に支承されたフロントプレート8に固着してある。装置本体2の正面をフロントプレート8で覆っている。

   c フロントマスク3内には,シャッターモータ16の駆動力によって上下に移動し,下方に移動した際に上下ガイド板平行部を遮断するシャッタ17が配設されている。
   d 装置本体2内の紙幣搬送路は,垂直方向に立ち上がり部6bと立ち下がり部をもって形成されている。
   e フロントプレート8を軸7を中心に回転させ,装置本体2に対して拡開させると,フロントマスク3の上下ガイド板平行部が露出する。
   f 紙幣搬送路6に沿って投入紙幣10の真偽を判別する発光素子及び受光素子等からなる紙幣判別手段13を配設している。
   g 装置本体2内に,紙幣搬送路6により搬送された紙幣10を積載収容するスタッカ5を有する。
   h スタッカ5を装置本体2へ装着した時には紙幣10の拘束を解除し,スタッカ5を装置本体2から解放した時には積載収容された紙幣10の両側方を一部拘束する軸21,略L字形状のレバー22,コイルバネ23からなる紙幣拘束手段20をスタッカ5の両側方に配設してある。

   (2) 本件発明1との対比
     ア 構成要件Aについて
        被告装置の開口は,構成要件Aの「紙幣挿入口」に該当し,上下ガイド板拡開部及び上下ガイド板平行部は,構成要件Aの「第1紙幣搬送路」に該当する。したがって,被告装置の構成aは,構成要件Aを充足する。
     イ 構成要件Bについて
        被告装置の構成bは,構成要件Bを充足する。
     ウ 構成要件Cについて
        被告装置は,構成a,cのとおり,紙幣搬送路を「上下ガイド板拡開部」及び「上下ガイド板平行部」と「紙幣搬送路6」とに二分割し,その上流側である「上下ガイド板拡開部」及び「上下ガイド板平行部」がフロントマスク3内にある。したがって,被告装置の構成a,cは,構成要件Cを充足する。
     エ 構成要件Dについて
        被告装置の構成eは,構成要件Dを充足する。

   (3) 本件発明2との対比
     ア 構成要件A’について
        被告装置の開口は,構成要件A’の「紙幣挿入口」に該当し,上下ガイド板拡開部及び上下ガイド板平行部は,構成要件A’の「紙幣搬送路」に該当する。したがって,被告装置の構成a及びfは,構成要件A’を充足する。
     イ 構成要件B’について
        被告装置の構成bは,構成要件B’を充足する。
     ウ 構成要件C’について
        被告装置は,構成a,cのとおり,紙幣搬送路を「上下ガイド板拡開部」及び「上下ガイド板平行部」と「紙幣搬送路6」とに二分割している。したがって,被告装置の構成a,cは,構成要件C’を充足する。
     エ 構成要件D’について
        被告装置の構成dは,構成要件D’を充足する。
     オ 構成要件E’について
        被告装置の構成fは,構成要件E’を充足する。

   (4) 本件発明3との対比
     ア 構成要件A”について
        被告装置の開口は,構成要件A”の「紙幣挿入口」に該当し,上下ガイド板拡開部及び上下ガイド板平行部は,構成要件A”の「紙幣搬送路」に該当する。したがって,被告装置の構成a及びgは,構成要件A”を充足する。
     イ 構成要件B”について
        被告装置の構成hは,構成要件B”を充足する。
 (被告の反論)
   (1) 本件特許権1について
      被告装置は,以下のとおり,構成要件A,C及びDの「第1紙幣搬送路」を具備しないから,上記各構成要件を充足しない。
     ア 構成要件A,C及びDの「第1紙幣搬送路」の意義
        本件明細書1(甲1の2)の【発明の詳細な説明】の【0007】,【0008】,【0025】,【0032】)によれば,上記各構成要件の「第1紙幣搬送路」は,フロントマスク内に存在することが必須であり,また,従動ローラ及び搬送ベルトを備えていることが必須であると解すべきである。すなわち,本件発明1は,フロントマスク内から装置本体内へ連通する第1紙幣搬送路を二分割し,フロントマスクをフロントプレートに固着し,フロントプレートの回動で第1紙幣搬送路の上流側(フロントマスク内の第1紙幣搬送路)を露出させることにより,詰まった紙幣を容易に取り出せるようにすることを解決課題としている。構成要件Dにおいて,フロントマスク内にある第1紙幣搬送路の上流を露出させるようにしたが,これは,フロントマスク内の第1紙幣搬送路の上流において紙幣が詰まるという解決課題が存在するからである。フロントマスク内にローディングメカニズム(搬送手段)のある紙幣搬送路が存在するからこそ,フロントマスク内の第1紙幣搬送路の上流において,紙幣が詰まるという解決課題が生ずるのであって,ローディングメカニズム(搬送手段)を備えないのであれば,そもそもフロントマスク内で紙幣が詰まることはあり得ない。
        以上のとおり,上記各構成要件の「第1紙幣搬送路」は,フロントマスク内に存在すること,及び従動ローラ及び搬送ベルトを備えることが必須であると解すべきである。
     イ 被告装置との対比
        被告装置は,フロントマスク内に,従動ローラや搬送ベルトが設置されたローディングメカニズム(搬送手段)を備えていないので,紙幣挿入口へ差し込んだのみでは紙幣が詰まることはない。
        したがって,被告装置は,フロントマスク内に「第1紙幣搬送路」を具備しないから,構成要件A,C及びDを充足しない。
   (2) 本件特許権2について
      本件発明2における「紙幣搬送路」の意義は,本件発明1の「第1紙幣搬送路」と同一である。したがって,被告装置は,フロントマスク内に「紙幣搬送路」がないから,本件発明2の構成要件A’及びC’を充足しない。

   (3) 本件特許権3について
      被告装置が本件発明3の技術的範囲に属することは認める。被告は,本件特許権3の設定登録よりも前に被告装置の製造販売を中止したので,侵害行為はない。
 2 争点(2)について
 (原告の主張)
    被告は,被告装置を少なくとも1万台製造販売した。
    被告装置の販売代金は,1台当たり2万2000円であり,利益率は30パーセントを下回ることはないから,被告装置の製造販売により被告が得た利益は,少なくとも6600万円である。
    したがって,原告が被告の侵害行為により受けた損害額は,特許法102条2項により少なくとも6600万円と推定される。
 (被告の反論)
   (1) 売上
      被告装置の製品名ごとの販売数量は,次のとおりであり,総売上高は,5億7445万7500円であった。

      WS−98   1万8710台
                       ただし,このうち1690台は,納品後,一旦戻され,改修した後,WS−20Nの製品名を付した。
      WS−21N  5500台
      SG10YN−WT1  115台
   (2) 経費
      被告が被告装置を製造販売するために要した経費は,次のとおり,合計5億7904万3119円である。
     @ 金型  成型品   2294万7000円
                板金    1645万4000円
                 板金新規分  166万5000円
     A 基板設計金型          292万8350円
     B 機構部品図面          200万円
     C 開発費(人件費 1人当たり30万円×4人×36か月)
                   4320万円
     D 仕入代          3億8989万円

     E 管理費              2106万2700円
     @〜Eの小計        5億0014万7050円
     F 改修費 部品代      5247万6180円
                 人件費      2641万9889円
     合計                5億7904万3119円
   (3) 原告の損害額
      前記(1),(2)のとおり,被告は,被告装置の製造販売により利益を得ていないから,特許法102条2項により推定される原告の損害額は0円となる。
第4 当裁判所の判断
 1 本件特許権1の侵害の有無
    被告は,被告装置は,本件発明1の構成要件A,C及びDの「第1紙幣搬送路」を具備しないから,上記各構成要件を充足しない旨主張するので,この点を判断する。
   (1) 「第1紙幣搬送路」の意義
      当裁判所は,上記各構成要件の「第1紙幣搬送路」とは,「紙幣挿入口から挿入された投入紙幣が装置本体の中間部まで搬送される通路」を意味するものであって,これに加えて「フロントマスク内に存在すること,従動ローラ及び搬送ベルトを備えること」が必須であると解すべきではないと判断する。その理由を詳述する。

     ア 本件明細書1及び図面の各記載
       (ア) 従来技術
         a 「【0003】この紙幣処理装置は大別すると,紙幣挿入口から投入された紙幣を装置本体内へ案内する紙幣搬送路と,搬送された紙幣の正偽を判別する紙幣判別手段と,正貨とみなされた紙幣をスタッカ内に押し込んで順次積載収容する紙幣収容手段とから構成されている。
           【0004】図27は従来の紙幣処理装置を示す一部破断概念断面図である。
           【0005】この紙幣処理装置1は,側面から見て全体が略逆L字形に形成された装置本体2から構成されており,その上方左先端には紙幣挿入口3が形成されている。」
         b 「【0015】ところで,近年,歩道等の道路上にはみだして自動販売機が設置されることのないよう,自動販売機に対しその奥行方向の薄型化が求められており,これに従ってその内部に設置される紙幣処理装置に対しても同様にその奥行方向に対する薄型化が求められている。

           【0016】なおこの課題を解決するためには,単純に第1紙幣搬送路4の紙幣搬送路長を短く設定すればよいが,図27で示すように,紙幣挿入口3から挿入された紙幣を紙幣を図面の右側方向へ水平案内する第1紙幣搬送路4には,その途中に当該搬送路4に沿って紙幣判別手段等の各種装置を設置せねばならず,このため単純に紙幣挿入口3の先端から第1紙幣搬送路4の終端(第2紙幣搬送路9の始端)までの紙幣搬送路長Lを短くすることはできず,このため紙幣処理装置1の奥行き方向の厚さMを薄くし,これにより紙幣処理装置の奥行方向に対する薄型化を達成することが極めて困難であった。」
       (イ) 発明が解決しようとする課題
          「【0018】・・・しかしながら,紙幣処理装置の薄形を図るため,上述した第1紙幣搬送路に対応する部分を蛇行形成したものでは,その部分に紙幣が詰まり,それを取り除くため紙幣を引き出そうとすると,紙幣搬送路が蛇行している分,紙幣と紙幣搬送路との摺接部分が大きくなって,その詰まった紙幣を取り除くことが困難となり,このため紙幣処理装置の保守点検作業性が著しく低下する難点がある。

         【0019】この発明は,上述した事情に鑑み,紙幣搬送路に詰まった紙幣を簡単に取り除くことができる紙幣処理装置を提供することを目的とする。」
       (ウ) 実施例
         a 「【0023】この紙幣処理装置20も従来と同様に全体が側面からみて略逆L字形状に形成されている。」
         b 「【0025】一方,この紙幣処理装置20でも従来と同様に,紙幣挿入口21に連設し,当該紙幣挿入口21から挿入された投入紙幣を装置本体25内の中間部まで搬送する第1紙幣搬送路27が形成されている。
           【0026】また装置本体25内には,この第1紙幣搬送路27の終端27aから,搬送紙幣の進行方向を装置本体25背面に配設されたスタッカ28内に積載収容される収容紙幣の長手方向(装置本体25の長手方向)に沿うべく下方へ略90度折れ曲がって形成された第2紙幣搬送路29が連設されている。

           【0027】このうち,紙幣挿入口21に直接連通する第1紙幣搬送路27は,図示の如くスタッカ28内に積載収容される収容紙幣の長手方向(装置本体25の内の長手方向)に沿って略U字形状に蛇行形成されている。
           【0028】このU字形状に蛇行形成された第1紙幣搬送路27の上流側を構成する水平部27bと立ち下がり部27cとの間には投入紙幣を装置本体25内に強制搬送するコックドベルトの搬送ベルト30からなる第1紙幣搬送手段31が配設されており,また第1紙幣搬送路27の底部27dには当該第1紙幣搬送路27を開閉するシャッタ部32が配設されている。
           【0029】またこの第1紙幣搬送路27の下流を構成する立ち上がり部27eにはこの立ち上がり部27eに沿って投入紙幣の正偽を判別する紙幣判別手段33が配設されている。

           【0030】従って,上述した第1紙幣搬送路27の構成によると,当該第1紙幣搬送路27を収容紙幣の長手方向に沿って略U字形状に蛇行形成したので,当該第1紙幣搬送路27全体の紙幣搬送路長を短くすることなく,紙幣挿入口21の先端21aから第2紙幣搬送路29の始端(第1紙幣搬送路27の終端27a)までの奥行き方向の距離(厚さ)L'を大巾に縮めることが可能となる。」
         c 「【0069】次に,上述した構成の紙幣処理装置20全体の作用を説明し,併せて構成をより詳細に説明する。(中略)
           【0072】すると,この入口レバー41の回動による紙幣検出信号に基づき第1紙幣搬送手段31のマスク内搬送モータ45が駆動されて搬送ベルト30を反時計方向に回転させ,これにより投入紙幣100を搬送ベルト30と従動ローラ44と間に把持して第1紙幣搬送路27に沿って装置本体25内に搬送する。なお,前記入口レバー41の回動による紙幣検出信号に基づき第1紙幣搬送手段31の他に第2及び第3紙幣搬送手段60,80も同様に駆動され,投入紙幣100を装置本体25内に搬送する。」

         d 「【0089】なお,上記紙幣処理装置20では,図25で示すように装置本体25は下端の軸24を中心にフロントプレート23に対し開閉自在なので,第1紙幣搬送通路27の紙幣詰まり等の保守点検時に,ラッチ手段26による装置本体25とフロントプレート23との係合を解除し,軸24を中心に装置本体25を時計方向へ回転させれば,装置本体25とフロントプレート23との間が拡開し,そのため第1紙幣搬送通路27が解放されるので,詰まった紙幣は簡単にそこから引き出すことができ,その作業性を向上させることができる。」
         e 「【0091】また上記実施例では,図1で示すようにフロントマスク22内に第1紙幣搬送手段31を配設するようにしたが,この発明は上記実施例に限定されることな<,図1と同一部分を同一符号で示す図26の紙幣処理装置20のように,フロントマスク400内から第1紙幣搬送手段31を削除し,第1紙幣搬送路27を略L字形状に蛇行形成することも可能で,このように構成すると紙幣挿入口21の先端21aから第2紙幣搬送路29の始端(第1紙幣搬送路27の終端27a)までの奥行き方向の距離L''(L''<L')を一層縮め,紙幣処理装置20の奥行方向に対する厚さを一層薄く形成することができる。」

       (エ) 発明の効果
          「【0092】・・・以上説明したように,この発明の紙幣処理装置では,フロントマスクを,装置本体に対し回動自在に支承されたフロントプレートに固着するとともに,第1紙幣搬送路を二分割し,その上流側を前記フロントマスク内に配設し,前記フロントプレートを前記装置本体に対し拡開させた際に,前記第1紙幣搬送路上流を露出させるようにしたから,この第1紙幣搬送路に詰まった紙幣を簡単に取り出すことができ,このため紙幣処理装置の保守点検作業性を一層向上させ,メンテナンスが容易な紙幣処理装置を提供することができる。」
       (オ) 図面
         a 図1において,第1紙幣搬送路27は,水平部27bから,立ち下がり部27c,底部27d,立ち上がり部27eを通り,終端27aに至っており,フロントマスク22内には,第1紙幣搬送路27に沿って第1紙幣搬送搬送手段31が設けられている図が示されている。

         b 図26において,第1紙幣搬送路27は,水平部から立ち上がり部を通り,終端27aに至っており,フロントマスク400内には紙幣搬送手段のない図が示されている。
         c 図25において,第1紙幣搬送路27はフロントマスク22内の部分と装置本体25内の部分とに分割可能な構造が示されている。
     イ 小括
       (ア) 前記ア認定の明細書及び図面の記載によれば,本件発明1は,紙幣挿入口から投入された紙幣を装置本体内へ案内する紙幣搬送路と,搬送された紙幣の正偽を判別する紙幣判別手段と,正貨とみなされた紙幣をスタッカ内に押し込んで順次積載収容する紙幣収容手段とから構成される紙幣処理装置に係る発明であり,紙幣搬送路に詰まった紙幣を簡単に取り除くことができる紙幣処理装置を提供することを目的とするものであること,本件発明1は,特許請求の範囲請求項1記載の構成を採用することにより,フロントプレートを装置本体に対して拡開させた際に,第1紙幣搬送路上流を露出させるようにし,これによりこの第1紙幣搬送路に詰まった紙幣を簡単に取り出すことができ,紙幣処理装置の保守点検作業性を一層向上させる等の効果を奏するものであることが認められる。そして,本件明細書1及び図面の記載に照らすならば,構成要件A,C及びDの「第1紙幣搬送路」については,「紙幣挿入口から挿入された投入紙幣が装置本体の中間部まで搬送される通路」を指すものと解するのが相当であり,これに何らかの限定を加えて解釈する余地はない。

       イ これに対して,被告は,上記構成要件の「第1紙幣搬送路」は,上記の解釈に加えて,「フロントマスク内に存在すること,従動ローラ及び搬送ベルトを備えていること」が必須であると解すべきである旨主張する。しかし,@本件明細書1の特許請求の範囲請求項1には,第1紙幣搬送路の意義について,原告の主張のように限定する記載はないこと,A発明の詳細な説明欄の記載においても,図1,25等に示された実施例では,フロントマスク22内の第1紙幣搬送路27の上流に投入紙幣を装置本体25内に搬送するための第1紙幣搬送手段31が設けられているが,一方,図26に示された実施例では,フロントマスク400内から第1紙幣搬送手段31が削除され,第1紙幣搬送路27を略L字形状に蛇行形成していること,Bその他,第1紙幣搬送路の構成を上記のとおりに限定する記載はないこと等に照らすならば,第1紙幣搬送路は,紙幣搬送手段の有無等にかかわらず,投入紙幣が搬送される通路を意味するものと解すべきであるから,被告の前記主張は採用できない。
   (3) 被告装置との対比
     ア 別紙物件目録及び弁論の全趣旨によれば,被告装置においては,フロントマスクの開口が,フロントマスク内の上下ガイド板拡開部,上下ガイド板平行部,装置本体2内の紙幣搬送路6及び同立ち上がり部6bを介して一時保留部14に連通していること,フロントマスクの開口に挿入された紙幣は,上下ガイド板拡開部,上下ガイド板平行部,紙幣搬送路6及び同立ち上がり部6bを通って一時保留部14に搬送されることが認められる。
        以上の認定事実によれば,被告装置の上下ガイド板拡開部,上下ガイド板平行部,紙幣搬送路6及び同立ち上がり部6bは,紙幣処理装置において,紙幣挿入口から挿入された投入紙幣が装置本体の中間部まで搬送される通路であると認められるから,構成要件A,C及びDの「第1紙幣搬送路」に該当する。

     イ 以上によれば,被告装置は,本件発明1の技術的範囲に属するものと認められるから,被告装置の製造販売は本件特許権1の侵害となる。なお,弁論の全趣旨から,その余の構成要件の充足性については,争いがないものと認められる。
 2 原告の損害額
    そこで,被告が被告装置を製造販売し,本件特許権1を侵害したことにより,原告が被った損害額について判断する。
   (1) 売上
      証拠(乙1,2,25)及び弁論の全趣旨によれば,被告は訴外株式会社サンビルド(以下「サンビルド」という。)に対し,被告装置を合わせて2万4325台,合計5億7445万7500円で販売したことが認められる。
   (2) 経費
      被告は,前記第3の2(被告の主張)(2)@ないしFのとおり,被告装置を製造販売するために合計5億7904万3119円の経費を要した旨主張する。

      乙25及び弁論の全趣旨によれば,被告が上記のとおり主張する経費のうち,上記Fの改修費は,被告が被告装置を販売した後に,紙幣にセロテープを貼り付けて自動販売機に一旦入れながら紙幣を引き抜くという犯罪に対処するため,被告,サンビルド及び訴外サントリーフーズ株式会社の合意に基づき,被告が販売済みの被告装置を改修するために要した費用であると認められるから,原告の被った損害額を推定するに際して,その前提となる特許法102条2項所定の「被告の得た利益の額」を算定するに当たって,上記費用を経費として控除するのは相当でない。
      そうすると,本件において,特許法102条2項の「利益の額」の算定に当たり,上記(1)の売上合計5億7445万7500円から控除すべき経費の額は,被告の主張する上記@ないしEの合計額である5億0014万7050円を上回ることはないから,被告が被告装置の製造販売により得た利益の額は,7431万0450円(=5億7445万7500円−5億0014万7050円)を下回ることはない。

   (3) 小括
      以上によれば,被告は被告装置の製造販売により,少なくとも7431万0450円の利益を得たものと認められ,特許法102条2項によりこれが原告の損害額と推定される。そして,上記認定額は,原告が本訴請求として支払を求めている損害賠償の額を超える。
 3 結語
    よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求はすべて理由があるから,主文のとおり判決する。


    東京地方裁判所民事第29部

          裁判長裁判官    飯  村  敏  明

             裁判官        榎  戸  道  也

             裁判官        神  谷  厚  毅