H16. 9.27 大阪地裁 平成15(ワ)889 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第889号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年7月23日
          判   決
        原      告      株式会社東海化成
        原      告      タキイ種苗株式会社
        原      告      株式会社テイエス植物研究所
        原告ら訴訟代理人弁護士   後  藤  昌  弘
        同             川  岸  弘  樹
        原告ら補佐人弁理士     広  江  武  典
        同             宇  野  健  一
        被      告      アンドウケミカル株式会社

        訴訟代理人弁護士      千  田     適
        同             徳  村  初  美
        同             亀  山  訓  子
        補佐人弁理士        城  村  邦  彦
          主   文
   原告らの請求をいずれも棄却する。
   訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
 1 被告は、別紙物件目録(1)記載の連結育苗ポットを製造し、譲渡し、又は譲渡のために展示してはならない。
 2 被告は、別紙物件目録(1)記載の製品及び半製品を廃棄せよ。
 3 被告は、別紙物件目録(1)記載の製品製造用の金型を廃棄せよ。
 4 被告は、原告らに対し、6900万円及びこれに対する平成15年2月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
   本件は、育苗用ポットに関する特許権の共有権者である原告らが、被告が製造販売した商品が当該特許権を侵害するものであり、これによって原告らが損害を被ったと主張して、その製造販売等の差止め、その製品、半製品及び製造用の金型の廃棄並びに損害の賠償を求めた事案である。
 1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)
  (1)ア 原告らは、下記@及びAの各特許権(以下、「本件第1特許権」及び「本件第2特許権」といい、それぞれの発明を「本件第1発明」及び「本件第2発明」と、それぞれの特許権にかかる明細書を「本件第1明細書」及び「本件第2明細書」という。)の共有権者である(ただし、本件第2特許権については、登録当初は原告タキイ種苗株式会社及び原告株式会社テイエス植物研究所の共有にかかるものであったが、原告株式会社東海化成が、平成14年11月8日に、原告タキイ種苗株式会社及び原告株式会社テイエス植物研究所の持分一部取得を原因とする持分一部移転の登録を受けたものである。)(甲1ないし4、乙4)。

    @ 本件第1特許権
      発明の名称   育苗用ポット
      出願日     平成9年2月3日
      出願番号    特願平9−20674号
      公開日     平成10年8月18日
      公開番号    特開平10−215689号
      登録日     平成13年11月2日
      特許番号    第3245590号
      特許請求の範囲の請求項1は、別紙第3245590号特許公報(甲2)の該当欄記載のとおり
    A 本件第2特許権
      発明の名称   育苗用ポット
      出願日     平成9年2月3日
             (特願平9−20674号の分割出願)
      分割出願日   平成12年6月14日

      出願番号    特願2000−178280号
      公開日     平成13年1月16日
      公開番号    特開2001−8553号
      登録日     平成14年6月7日
      特許番号    第3314339号
      特許請求の範囲の請求項1は、別紙第3314339号特許公報(甲4)の該当欄記載のとおり。
   イ 本件第1発明の構成要件は、次のとおり分説される。
     A1 全体が薄肉に形成され、上端開口縁で終端する筒状の側壁と、
      2 排水孔を有する底壁と
       よりなるポットの複数が
     B 縦横複数列に並列して同一平面内で全体としてトレイ形状をなすように連結されてなり、
     C 各ポットは、前記側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張出した耳部を備え、

     D 全体の外周で連結されることなく、
     E 隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結され、
     F 育苗土充填あるいは育苗後に前記連結部を引き裂くことにより、単体のポットに容易に分離できる
     G ことを特徴とする育苗用ポット
   ウ 本件第2発明の構成要件は、次のとおり分説される。
     a 全体が合成樹脂により薄肉に形成され、
     b1 上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形または円形状をなす筒状の側壁と、
      2 排水孔を有する底壁と
       よりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、
     c 隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、

     d 育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できる
     e ことを特徴とする育苗用ポット
  (2) 被告は、平成15年4月30日、本件第2特許について無効審判を請求したところ(無効2003−35175号事件)、原告らは、上記無効審判手続において、平成15年7月11日、本件第2明細書の発明の詳細な説明の「実施例」の項の記載を訂正することを求めて訂正請求をした(甲6、乙33)。
    特許庁は、上記無効審判請求について、平成15年11月5日、訂正を認め、本件第2特許を無効とする審決をした。原告らは、当該審決について審決取消訴訟を提起したため、上記審決は未だ確定していない(甲11、乙39)。
    原告らは、平成15年12月12日、本件第2特許について、別紙訂正明細書(甲22)記載のとおりに訂正することを求めて訂正審判を請求したが、特許庁は、当該訂正審判請求について、不成立とする審決をした(甲21、22、弁論の全趣旨)。

  (3) 被告は、商品名をAC−90、AC−105及びAC−75と称する連結育苗用ポット(以下、それぞれ「イ号物件」、「ロ号物件」及び「ハ号物件」といい、これらをまとめて「被告物件」という。)を製造販売している(ただし、その構成については後記のとおり争いがある。)。
 2 争点
  (1) 被告物件の本件第1発明の構成要件充足性
   〔原告らの主張〕
    被告物件の構成は、それぞれ別紙物件目録(1)記載のとおりである。
    ところで、本件第1発明の構成要件Cにいう「耳部」とは、ポットの全周にわたって存在する必要はなく、またすべて1mm以上の幅が存在する必要もなく、上端開口縁の補強の機能を果たすものであれば足りる。
    また、本件第1発明の構成要件Eにいう「連結部」とは、連結して成形された原形シート材を構成する各育苗ポットの耳部を抜刃でほんの僅か1点を残して切断する際の切り残し部分のことである。

    したがって、被告物件は、いずれも、本件第1発明の構成要件のすべてを充足する。
    また、本件第1発明は、@ この育苗用ポットによれば、複数の各ポットは、隣接するポット同士が側壁上端の前記耳部の連結部1個所で分離可能に連結されているので、必要な個数をワンタッチでアンダートレイや籠トレイ等に収容セットできて、土詰め器に容易に並べることができ、ポット1鉢ずつを並べてセットしていた従来に比して、数十倍の高能率で作業でき、A またこの育苗用ポットは、各ポットの側壁上端に耳部があって、これが一種の補強縁としての役目を果すことと、隣接するポット同士が前記耳部の連結部で連結されていて側壁の折れ曲りを相互に規制するように作用することとが相まって、形態保持性が高く、従来法のようにアンダートレイや籠トレイ等を用いなくても、土入れ時にポットの腰折れが生じるおそれはなく、B しかも、育苗土充填後あるいは育苗後に、各ポット毎に分離する場合には、隣接するポットを対向する前記耳部同士の連結部で引き離すようにすれば、この連結部が、隣接するポットの対向する耳部の1個所のみで、しかもごく僅かな幅で分離可能に連結されているので、この連結部を容易に引き裂くことができ、単体のポットに容易に分離できるという作用効果を奏するところ、被告物件はいずれも上記作用効果を奏する。
    したがって、被告物件は、いずれも本件第1発明の技術的範囲に属する。
   〔被告の主張〕
    被告物件の構成は、それぞれ別紙物件目録(2)記載のとおりである。
    ところで、本件第1発明の構成要件Cにいう「耳部」とは、本件第1明細書の記載に照らせば、育苗ポットの形態保持性を維持するために存在するのであるから、ポットの全周にわたって存在し、上端開口縁から独立した少なくとも1mm以上の幅及び補強縁としての強度を有するものであることが必要である。
    被告物件は、いずれも、側壁の上部開口縁から外方向に張出した耳部(構成要件C)を有しない。
    また、本件第1発明の構成要件Eにいう「連結部」とは、本件第1明細書の記載に照らせば、「耳部」と相互に規制することにより育苗ポットの形態保持性を維持するために存在するのであるから、「耳部」から独立した部分であり「耳部」と同様形態保持性を維持するだけの幅を有することが必要である。

    被告物件は、いずれも、隣接するポット同士を耳部の1個所で分離可能に連結する連結部(構成要件E)を有しない。
    したがって、被告物件は、いずれも、本件第1発明の構成要件C及びEを充足しない。
    そして、被告物件が、いずれも上記のとおり構成要件C及びEを充足しない結果、被告物件は、原告ら主張の本件第1発明の作用効果Aを奏しない。
    したがって、被告物件は、いずれも本件第1発明の技術的範囲に属しない。
  (2) 被告物件の本件第2発明の構成要件充足性
   〔原告らの主張〕
    被告物件の構成は、それぞれ別紙物件目録(1)記載のとおりである。
    被告物件は、いずれも、本件第2発明の構成要件のすべてを充足する。
    したがって、被告物件は、いずれも本件第2発明の技術的範囲に属する。

   〔被告の主張〕
    被告物件の構成は、それぞれ別紙物件目録(2)記載のとおりである。
    被告物件は、いずれも、隣接するポットの開口縁そのものが点で繋がっているのであって、ごく僅かな幅とはいえ連結部を有しない。
    したがって、被告物件は、いずれも、本件第2発明の構成要件cを充足せず、その技術的範囲に属しない。
  (3) 本件第1特許に無効理由(新規性ないし進歩性の欠如)が存在することが明らかか
   〔被告の主張〕
   ア 本件第1特許については、その出願前に頒布された登録実用新案第3031249号公報(乙40の2)、実願昭47−86940号(実開昭49−43440号)のマイクロフィルム(乙40の3)、実願昭53−98637号(実開昭55−14482号)のマイクロフィルム(乙40の4)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるとして拒絶査定(乙42)がされた後、不服審判の審決(乙43)において、上記刊行物にはいずれも「各ポットは、前記側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張出した耳部を備え、全体の外周で連結されることなく、隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結され」た点が記載されておらず、この点に新規性が認められるとして、特許すべきものとされ、特許登録されたものである。

   イ しかし、本件第1特許の出願前に頒布された刊行物には、ポットの隣り合う耳部の1か所でごく僅かな幅の分離可能な連結部で連結された構成が記載されている。
     すなわち、特開平8−337248号公報(乙44)には、容器を複数平面状に連結した連結容器に関する発明において、本件第1発明における「育苗ポット単体」に相当する単位容器の、隣り合う「耳部」に相当する鍔部の間に、「連結部」に相当する狭隘部を1つだけ設けて連接容器を保持させて連結する構成が記載されている。
     また、特開昭57−206315号公報(乙45)には、育苗用マルチポットの継ぎフランジ撤去方法に関する発明において、ポットの上端周縁と本件第1発明における「耳部」に相当する継ぎフランジの境目が「連結部」に相当する脆弱連結部分を残し切り離されている連結育苗ポットが記載されている。

     さらに、実開昭53−63303号公報(乙46)には、蓋付連結容器に関する発明において、その蓋について、各隣接する蓋の周辺部の中央部分に極めて狭い幅の連接部を1か所設けて連接させている構成が記載されているが、これは、蓋と容器の違いはあるものの、その技術思想は本件第1発明と同一である。
   ウ 以上のとおりであるから、本件第1発明は、その特許出願以前にすべて公知であったものであり、新規性がない。
     少なくとも、上記の各先行技術からすれば、当業者であれば容易に発明することができたものであって、進歩性がない。
     したがって、本件第1特許は、特許法29条1項3号ないし同条2項に反して特許されたものであり、同法123条1項2号の無効理由が存在することが明らかである。このような本件第1特許権に基づく本件請求は権利の濫用であって許されない。

   〔原告らの主張〕
    被告主張のアの事実経過があったことは認める。
    しかしながら、本件第1発明は、互いに隣接する耳部の外周端縁間を、特段の部材を介在させずに連結する構成を有するものであるところ、特開平8−337248号公報(乙44)にいう「狭隘部」は、隣り合う鍔部の間に介在させる構成部材であるから、本件第1発明における「連結部」に相当するものではない。
    また、同様に、特開昭57−206315号公報(乙45)にいう「継ぎフランジ」も、互いに隣接し合う耳部の間に介在させる構成部材であるから、前述したところと同様に、本件第1発明における「連結部」に相当するものではない。
    さらに、実開昭53−63303号公報(乙46)に記載された発明は、本件第1発明とは何の関連性も関係もないものであるから、当業者がこれから本件第1発明を想到することは、発想の転換なくしては不可能である。

    したがって、本件第1発明に新規性あるいは進歩性がないという被告の主張は理由がなく、本件第1特許に被告が主張するような無効理由は存在しない。
  (4) 本件第2特許に無効理由が存在することが明らかか
   〔被告の主張〕
   ア 分割出願の違法及び新規性ないし進歩性の欠如
    (ア) 本件第2特許は、特願平9−20674号の特許出願を原出願として、平成12年6月14日に分割出願されたものであるが、本件第2特許の登録時の明細書又は図面は、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でない事項を含んでいるから、当該分割出願はその要件を具備していない。
      すなわち、本件第2特許の登録時の明細書及び図面には、発明を特定する事項として、隣接するポット(1)の耳部(6)を有しない上端開口縁(2)同士を、ごく僅かな幅の連結部(7)で分離可能に連結することが規定されているところ、原出願の出願当初の明細書及び図面には、筒状の側壁(3)が終端する上端開口縁(2)の外方へ張出した連結耳部(6)を設け、隣接するポット(1)の連結部耳部(6)同士を連結部(7)で分離可能に連結した構成のみが記載されており、連結耳部(6)を有しない上端開口縁(2)同士を連結部(7)で分離可能に連結した構成については全く記載がなく、これをうかがわせる記載もない。

      したがって、上記分割出願の明細書又は図面は、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でない事項を含むものであり、特許法44条1項の分割出願の要件を具備していない。
      よって、本件第2特許の出願については、特許法44条2項の出願時の遡及は適用されず、その出願日は分割出願日である平成12年6月14日である。
    (イ) 本件第2発明は、本件第2特許の分割出願日である平成12年6月14日以前に刊行された特開平10−315315号公報(乙2)に記載された発明と実質的に同一である。
      すなわち、両発明は、「全体が合成樹脂により薄肉に形成され、上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形をなす筒状の側壁と、底壁よりなるポットの複数が、縦横に並列して連結されてなり、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できる」点で一致し、本件第2発明はポットの底壁に排水孔を設けているのに対し、上記特開平10−315315号公報にはポットの底壁に排水孔を設けることについて言及がない点で相違する。しかし、この種の育苗用ポットにおいて、ポットの底壁に排水孔を設けることは、本件第2特許の分割出願日である平成12年6月14日当時、当業者にとって周知であり、このことは同日以前に刊行された特開平10−215689号公報(原出願にかかるものである。乙5)、実開昭和55−14482号公報(乙6)、特開平4−173024号公報(乙7)及び特開平7−203776号公報(乙8)の記載から明らかである。したがって、本件第2発明と、上記特開平10−315315号公報に記載された発明とは、実質的に同一であり、本件第2発明には新規性がない。
      仮に、本件第2発明に新規性があるとしても、ポットの底壁に排水孔を設ける点についてのみであり、この点は上記のとおり本件第2特許の分割出願日である平成12年6月14日以前に刊行された特開平10−215689号公報、実開昭和55−14482号公報、特開平4−173024号公報及び特開平7−203776号公報に記載されているから、本件第2発明は、これらの公報及び上記特開平10−315315号公報に記載された発明に基づいて、当業者であれば容易に発明することができたものであって、進歩性がない。
      以上のとおり、本件第2特許は、特許法29条1項3号ないし同条2項に反して特許されたものであり、同法123条1項2号の無効理由が存在することが明らかである。

   イ 明細書の記載不備
     本件第2発明は、隣接するポット(1)同士を、対向する上端開口縁(2)の箇所で、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結した構成を有するところ、本件第2明細書の発明の詳細な説明の項には、上端開口縁(2)に外方へ張出した連結耳部(6)を設け、隣接するポット(1)同士を、対向する耳部(6)の箇所でごく僅かな幅の連結部(7)で分離可能に連結した育苗用ポットのみが発明の実施の形態として記載されており、本件第2発明について、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
     したがって、本件第2特許は、特許法36条4項に反して特許されたものであり、同法123条1項4号の無効理由が存在することが明らかである。
   ウ 以上のとおり、本件第2特許には無効理由が存在することが明らかであるから、このような本件第2特許権に基づく本件請求は権利の濫用であって許されない。

   〔原告らの主張〕
   ア 分割出願の違法及び新規性ないし進歩性の欠如の主張について
     本件第2発明にかかる連結育苗ポットは、「四隅部にアールをつけた・・・筒状の側壁と、・・・底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されて」おり、これにより、「全体の外周部では隣接ポットの開口縁の辺が互いに離れた状態になっており、外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え、また分離によって不要部分が生じることもない」という作用効果を奏するところに技術的意義があるのであって、当該ポット単体として耳部を設けたもののみに限定するという発明思想からなるものではない。
     したがって、原出願の出願当初の明細書及び図面に、連結耳部(6)を有しない上端開口縁(2)同士を連結部(7)で分離可能に連結した構成については全く記載がなく、これをうかがわせる記載もなかったとしても、本件第2発明の分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でない事項を含むものとはいえない。

     よって、本件第2特許の出願に、被告が主張するような分割出願の違法はなく、したがって被告が主張するような新規性ないし進歩性欠如の主張も理由がないのであるから、本件第2特許に被告が主張するような無効理由は存在しない。
   イ 明細書の記載不備の主張について
     争う。
  (5) 被告は本件各特許について先使用に基づく法定実施権を有するか
   〔被告の主張〕
    被告は、平成8年夏ころから、複数個の育苗ポットを連結し、かつ、連結した育苗ポットを容易に分離することが可能な育苗用ポットの開発に着手した。
    被告は、同年12月に試作品製作に着手し、そのための金型の製造を金型製造業者に依頼した。また、連結した上端開口部を僅かな連結部を残し切断する刃物についてはまた別の会社に注文した。こうして、平成8年12月には被告製品の試作品が完成した。

    平成9年1月27日には被告製品の金型が完成した。この金型が、イ号物件の製造の基本となったものである。
    被告は、同年1月末又は2月初めころ、このようにして完成した育苗ポット用樹脂成形体についての特許出願を特許事務所に依頼し、同年3月13日に特許出願がされた。
    被告は、同年5月ころから、被告製品の販売を開始した。
    以上のとおり、被告は、本件各特許出願の日である平成9年2月3日に先立って、被告製品の製造販売の準備をしていたのであるから、先使用に基づく法定実施権を有する。
   〔原告らの主張〕
    不知ないし争う。
  (6) 損害額
   〔原告らの主張〕
    被告は、平成13年11月2日以降現在までの間に、イ号物件を少なくとも300万枚、ロ号物件を少なくとも150万枚、ハ号物件を少なくとも50万枚製造し、販売している。

    被告が被告物件を製造販売することにより得られる利益は、イ号物件について1枚当たり12円を、ロ号物件について1枚当たり17円を、ハ号物件について1枚当たり15円を下らない。
    したがって、被告は、平成13年11月2日以降現在までの間に被告物件を販売することにより、少なくとも6900万円の利益を得た。
    上記金額は、特許法102条2項により原告らが被った損害額と推定される。
   〔被告の主張〕
    否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(3)(本件特許1に無効理由が存在することが明らかか)について
  (1) 甲第2号証によれば、本件第1明細書の発明の詳細な説明の項には、以下のような記載があることが認められる。
   ア 発明の属する技術分野、従来の技術と発明が解決しようとする課題の項

     本発明は、野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットに関するものである。
     従来、野菜および花き等の植物苗を育苗するに際して、ポリエチレンまたは塩化ビニル等の軟質合成樹脂製の育苗用ポットが多用されている。
     かかるポットは、単一の鉢体形状をなすもので、鉢体の上端開口縁で終端する筒状の側壁と、該側壁下端より連続する排水孔付きの底壁とよりなり、前記側壁および底壁によって育苗用の土壌を収容する室が形成されていた。
     しかしながら、このような育苗用ポットにおいては、素材が比較的柔らかいポリエチレン等の軟質合成樹脂であり、しかも使用材料の節約や軽量化のためにかなり薄肉に形成されており、側壁に補強用のリブが形成されていても、腰が弱くて保形性に乏しく、取扱い難いものである。

     したがって、前記のようなポット多数個を取扱う土入れ作業等がきわめて面倒なものとなっている。特に、各ポットへの土入れ作業の能率化のために、多数の育苗用ポットを並列しておいて、一度に各ポット内に育苗土を充填することが行なわれているが、前記ポットを単純なトレイの上に並列させておいただけでは、ポット側壁の上端開口縁が折れ曲ってしまい、育苗土の充填ができないことになる。
     そのため、前記の土入れ作業においては、格子状の仕切りにより区画された仕切り目空間を有するトレイや籠トレイ等の特殊な土詰め器を用いて、各ポットを1鉢ずつ、前記土詰め器の各仕切り目空間に嵌め込んで側壁が折れ曲らないように固定しておいて、育苗土を充填することも考えられている。しかしこの場合、育苗用ポットを1鉢ずつ土詰め器の仕切り目空間に嵌め込み並べるセット作業、土入れ後の取出し作業のために、その作業に多大な労力を要するものとなっている。

     本発明は、上記に鑑みてなしたものであり、野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットとして、土入れのための土詰め器へのセット作業や置床等の際の取扱いを容易にし、その作業の省力化および能率向上を図ることを目的とする。
   イ 課題を解決するための手段の項
     本発明は、上記の課題を解決する育苗用ポットであって、全体が合成樹脂等により薄肉に形成され、上端開口縁で終端する筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横複数列に並列して同一平面内で全体としてトレイ形状をなすように連結されてなり、各ポットは、前記側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張出した耳部を備え、全体の外周で連結されることなく、隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部で連結され、育苗土充填後あるいは育苗後に連結部を引き裂くことにより、単体のポットに容易に分離できることを特徴とする。

     前記において、各ポットの前記連結耳部の幅が1〜5mmであるのが好適である。すなわち、連結耳部の幅が1mm未満になると、耳部を設けたことによる効果がなく、また耳部の幅が5mmを越えると、多数のポットを並列し連接した形態が大きくなる上、各ポットに分離した状態での耳部の張出しが大きくなり、好ましくない。
   ウ 作用、効果の項
     本発明の育苗用ポットによれば、複数の各ポットは、隣接するポット同士が側壁上端の前記耳部の連結部1個所で分離可能に連結されているので、必要な個数をワンタッチでアンダートレイや籠トレイ等に収容セットできて、土詰め器に容易に並べることができ、ポット1鉢ずつを並べてセットしていた従来に比して、数十倍の高能率で作業できる。
     またこの育苗用ポットは、各ポットの側壁上端に耳部があって、これが一種の補強縁としての役目を果すことと、隣接するポット同士が前記耳部の連結部で連結されていて側壁の折れ曲りを相互に規制するように作用することとが相まって、形態保持性が高く、従来法のようにアンダートレイや籠トレイ等を用いなくても、土入れ時にポットの腰折れが生じるおそれはない。

     しかも、育苗土充填後あるいは育苗後に、各ポット毎に分離する場合には、隣接するポットを対向する前記耳部同士の連結部で引き離すようにすれば、この連結部が、隣接するポットの対向する耳部の1個所のみで、しかもごく僅かな幅で分離可能に連結されているので、この連結部を容易に引き裂くことができ、単体のポットに容易に分離できる。
     本発明の連結型の育苗用ポットによれば、野菜や花き等の植物苗を育苗する際の土入れ作業や置床等の際には、全体を一体のものとして取扱うことができ、省力化および作業能率の向上を図ることができ、しかもその後の出荷等の際には各ポット毎に容易に分離することができる。
  (2) 乙第48号証の甲第2号証は、本件第1特許の出願前である平成4年6月19日に頒布された刊行物である特開平4−173024号公報(以下「引用例1−1」という。)であるが、これには、以下の記載があることが認められる。

   ア 特許請求の範囲
    (1) 有機資材、パルプ、紙力増強剤および殺菌剤の混合組成物をポット状に成形したものであって、上記有機資材は、バーク、油粕類、キノコ栽培残渣、リンターおよび食品製造残渣など窒素源を有するものから選択されたものであることを特徴とする育苗用ポット状成形体。
    (2) 特許請求の範囲第1記載のポット状に成形されたものは、複数個連続して成形してあり、このポットの連結部分には、分割を容易にするための分割手段が施してあることを特徴とする育苗用ポット状成形体。
   イ 発明の詳細な説明
     前記の製法によって成形された育苗用ポット1は、第1図示のように数10個単位に連結して製造し、成形されたものであって、苗代箱等にのせ作業が容易になるが、この際連結部分2にミシン目や穴等の分割手段3を設けることにより、定植時にポット1個1個が簡単に分離して取れるようにすることができる。またこの底部には、排水用の孔4が形成してある。

    上記記載及び同公報の第1図、第2図によれば、引用例1−1には、「全体が薄肉に形成され、上端開口縁で終端する筒状の側壁と、排水孔(4)を有する底壁とよりなるポット(1)の複数が縦横複数列に並列して同一平面内で全体としてトレイ形状をなすように連結されてなり、各ポットは、前記側壁の上端開口縁に外方向に張り出した耳部を備え、隣接するポット同士が対向する前記耳部でのみ、ミシン目状や穴等の分割手段(3)を設けた分離可能な連結部分(2)によって連結され、育苗後である定植時に前記連結部分を簡単に分離して取ることにより、単体のポットに分離できることを特徴とする育苗用ポット」(以下「引用発明1−1」という。)が記載されているものと認められる。
    したがって、本件第1発明と引用発明1−1とは、「全体が薄肉に形成され、上端開口縁で終端する筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横複数列に並列して同一平面内で全体としてトレイ形状をなすように連結されてなり、各ポットは、前記側壁の上端開口縁に外方に張り出した耳部を備え、隣接するポット同士が対向する前記耳部でのみ、分離可能な連結部で連結され、育苗後に前記連結部を分離することにより、単体のポットに分離できることを特徴とする育苗用ポット」との点で一致し、次の点で相違する。

    相違点@
     耳部の外方向への張り出しが、本件第1発明は僅かであるのに対し、引用例1−1記載の発明は僅かであるか否か明らかでない点
    相違点A
     各ポットの連結が、本件第1発明は、全体の外周で連結されることなく、隣接するポット同士が対向する耳部の1か所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結されているのに対し、引用発明1−1は、隣接するポット同士が対向する耳部でのみ、連結部にミシン目状や穴等の分割手段を設けた分離可能な連結部によって連結されている点
    相違点B
     連結部分の分離が、本件第1発明は、連結部を引き裂くことによるのに対し、引用発明1−1は、連結部を引き裂くかどうか不明である点
  (3) 相違点@について
    いずれも本件第1特許の出願前に頒布された刊行物である登録実用新案3031249号公報(乙40の2)の図1、実願昭47−86940号(実開昭49−43440号)のマイクロフィルム(乙40の3)の第1図、第2図、実願昭53−98637号(実開昭55−14482号)のマイクロフィルム(乙40の4)の第1図、第2図、特開平7−203776号公報(乙47の甲1)の図1、図2、特開平6−7041号公報(乙48の甲3)の図1には、育苗用ポットについて、外方向への張り出しが広い幅の耳や、張り出しの有無が判然としないようなものまで様々な幅のものが記載されており、このことからすれば、本件第1特許の出願当時、育苗用ポットについて耳の張り出しを僅かなものとすることは設計事項であって、当業者が容易になし得たものと認められる。

  (4) 相違点Aについて
   ア 乙第44号証は、本件第1特許の出願日である平成9年2月3日以前である平成8年12月24日に公開された特開平8−337248号公報(以下「引用例1−2」という。)であるが、これには、「連結容器」の発明に関して、以下のような記載があることが認められる。
    (ア) 特許請求の範囲の請求項1
      単位容器が複数平面状に連結されたものであって、隣り合う該単位容器は上下方向に延長させた一以上の狭隘部によって相互に連結されたものであることを特徴とする連結容器。
    (イ) 発明の詳細な説明の「産業上の利用分野」の項
      本発明は、食料品、医薬品、文具類等の日用品などを収納させるための単位容器を複数連結した連結容器に関するものである。
    (ウ) 発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の項

      そこで本発明者は上記問題に鑑み鋭意研究の結果、本発明を成し得たものであり、その特徴とするところは、単位容器が複数平面状に連結されたものであって、隣り合う該単位容器は上下方向に延長させた一以上の狭隘部によって相互に連結されたことにある。
      単位容器の・・・材質も特に限定するものではなく、例えばポリプロピレンやポリエチレンなどのプラスチック、ガラス、ステンレスやアルミなどの金属、段ボール、厚紙、パルプモールド(故紙を溶かして圧縮成型したもの)などの紙、土中で分解する分解性プラスチック、アイスクリームのコーンなど食用に供することができる容器などでもよい。
      この単位容器に収納される物品としては、豆腐、納豆、プリン、ヨーグルト、梅干し、野菜類、果物類などの食料品、農業用生産資材として花や野菜などの苗床、或いは人形やキーホルダーなどの玩具類、ボルト・ナット、ビス、釘、ドライバーセットなどの工具類、画鋲、ゼムクリップ、消しゴムなど文具等の日用品、医薬品などである。

      「狭隘部」とは、隣り合う単位容器同士を相互に平面状に連結固定させると共に、容易に分離できるように小さな断面積によって形成された部分をいう。狭隘部の断面形状としては、細幅の線状や点線状、或いは点状などである。本発明においては、狭隘部は単位容器の上下に延長する方向に一以上設けることによって単位容器同士を連結させるようにする。上下方向に延長とは、細幅の線状や点線状を縦方向に設ける場合や、点状のものを上下に配列する場合である。つまり、上下方向に厚みを持たせ、横方向にはほとんど厚みを持たせないということである。狭隘部を線状で形成する場合、上下の少なくとも一方に切込を入れて分離しやすくしてもよい。
          単位容器に狭隘部を設ける部分としては、前述したように単位容器の隣り合う鍔部分の間に介在させたり、周面同士や周面などから延出させた突起同士の間などである。また、狭隘部は隣り合う単位容器の間に少なくとも一つだけ設けて連結容器として保持させたものでもよいが、該単位容器に収納させる物品の重さや大きさに応じて、狭隘部を2以上設けるようにしてもよい。この場合、単位容器に個々に物品を収納させたときに、連結容器として平面状に保持できるようにするのが取り扱い上好ましい。

    (エ) 発明の詳細な説明の「実施例」の項
      図1(イ)(ロ)は本発明に係る連結容器1の一実施例を示すもので、ポリプロピレン製の2つの矩形状単位容器2を狭隘部3によって2ヶ所連結したものである。狭隘部3は、単位容器2の鍔4と周面5との間に設けられたリブ6の先端に上下に延長する方向に設けられた薄肉状のものである。本例では狭隘部3を0.6mmの厚みで、上下に3mmの長さに形成している。
     上記のとおりの記載によれば、引用例1−2の「鍔」は本件第1発明の「耳部」に相当するから、引用例1−2には、「苗床として用いることができる単位容器が複数平面状に連結されたものにおいて、各単位容器が、側壁の上端開口縁に外方へ僅かに張り出した耳部を備え、全体の外周で連結されることなく、隣接する単位容器同士が対向する耳部の1か所以上で、分離可能な狭隘部によって連結される構成」(以下「引用構成1−2」という。)が記載されていると認められる。

   イ ここで、引用構成1−2の「狭隘部」について検討するに、引用例1−2に記載された「狭隘部」は、上記ア(ア)のとおり、「上下方向に延長させた」ものであり、これに対し、本件第1明細書の記載によれば、本件第1発明の「連結部」は、耳部から水平方向に延長して形成されたものであって、その構成は一応異なるものである。
     しかしながら、当業者において、「全体が薄肉に形成され、ポットの複数が、縦横複数列に並列して同一平面内で全体としてトレイ形状をなすように連結された育苗用ポット」において、耳部の1か所以上に設けられ、隣接するポット同士を連結する部材を形成しようとするならば、耳部も薄肉であって左右方向に長く上下方向には厚みがないことや、その成型過程を考慮すれば、上記引用例1−2に記載された「狭隘部」のように上下方向に延長させて形成するよりも、本件第1発明の「連結部」のように耳部から水平方向に延長して形成した方が遙かに容易であることは自ずから明らかである。

     したがって、当業者が引用発明1−1に引用構成1−2を適用するに際しては、ポット同士を連結する「狭隘部」を、引用例1−2の記載のように上下方向に延長させるのではなく、本件第1発明のように耳部から水平方向に延長して形成するようにすることは、むしろ当然であるといえる。
     そして、引用発明1−1に、上記のように耳部から水平方向に延長して「狭隘部」を形成するようにした引用構成1−2を適用すれば、本件第1発明との相違点は解消されるということができる。
   ウ これを換言すれば、引用発明1−1は、連結部分を簡単に分離することができるように、隣接するポット同士が対向する耳部でのみ、連結部にミシン目状や穴等の分割手段を設けたものであるところ、その実際に連結している部分に着目すると、ミシン目を設けたものについては、断続的に小さな断面積の多数箇所で連結しているというべきもの、また、穴の分割手段を設けたものについては、穴ではない部分の小さな断面積の複数箇所で連結しているというべきものである。そして、引用例1−2には、容易に分離できるように小さな断面積によって形成された狭隘部を、2以上設けてもよいし、一つだけでもよいことが開示されているのであるから、引用例1−2に接した当業者において、引用発明1−1についても、連結部分を容易に分離できるように、小さな断面積で連結している多数箇所ないし複数箇所の数を減らして、一つだけの箇所で連結させることを容易に想到することができるものと認められる。そして、引用発明1−1の小さな断面積で連結している多数箇所ないし複数箇所のそれぞれは、もともとごく僅かな幅の分離可能な連結部であるから、その数を減らして一つとすれば、各ポットが全体の外周で連結されることなく、隣接するポット同士は、対向する耳部の1箇所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結されているものとならざるを得ないことは明らかである。
   エ なお、原告らは、本件第1発明は、互いに隣接する耳部の外周端縁同士を、特段の部材を介在させずに連結する構成を有するものであり、引用構成1−2のように狭隘部という部材を介して連結する構成とは異なるから、引用構成1−2の「狭隘部」は本件第1発明の「連結部」に相当するものではないと主張する。
     しかしながら、甲第2号証によれば、本件第1明細書には、発明の詳細な説明の「実施例」の項に、「耳部(6)(6)同士の連結部(7)としては、隣接するポット(1)(1)の耳部(6)(6)同士を引き裂き分離可能に連結できるものであれば、その位置や形状はどのようなものであってもよいが、本発明では図のように例えば対向する前記の耳部(6)(6)の辺の1個所のごく僅かな幅で連結する。」(段落【0018】)と記載され、また本件第1明細書添付の図面には、図1ないし4、6及び7に、耳部(6)から僅かな幅を持って延長して形成された連結部(7)が図示されていることが認められるところ、これらの記載に照らせば、本件第1発明は、耳部同士を、構成部材としての連結部を介して連結するものも含むと解さざるを得ない。

     したがって、上記原告らの主張は採用することができない。
  (5) 相違点Bについて
     引用発明1−1の混合組成物から成形されたポット同士を、耳部の1箇所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結されているものとした場合、連結部分の分離が、連結部を引き裂くことによりできるものとなることは自明である。
  (6) 以上述べたとおり、当業者であれば、本件第1特許出願日前に刊行された引用例1−1及び1−2に記載された発明に基づいて、本件第1発明に容易に想到することができたというべきである。
    よって、本件第1発明は、進歩性を欠くものであり、本件第1特許は、特許法29条2項に反して特許されたものであるから、同法123条1項2号の無効理由が存在することが明らかである。
    そして、このような無効理由を有することが明らかである特許権に基づく差止め等の請求は、特段の事情が存在しない限り権利の濫用として許されないというべきであるところ、本件においては、そのような特段の事情が存在するとは認められない。

    よって、本件第1特許権に基づく原告らの本件請求は、権利の濫用というべきであり、許されないという被告の主張は、理由がある。
 2 争点(4)(本件特許2に無効理由が存在することが明らかか)について
  (1) 前記「前提となる事実」のとおり、本件第2発明の特許請求の範囲の請求項1の記載は、「全体が合成樹脂により薄肉に形成され、上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形または円形状をなす筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できることを特徴とする育苗用ポット」というものであり、また、甲第4号証によれば、本件第2明細書の発明の詳細な説明の項には、以下のような記載があることが認められる。

   ア 発明の属する技術分野、従来の技術と発明が解決しようとする課題の項
     本発明は、野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットに関するものである。
     従来、野菜および花き等の植物苗を育苗するに際して、ポリエチレンまたは塩化ビニル等の軟質合成樹脂製の育苗用ポットが多用されている。
     かかるポットは、単一の鉢体形状をなすもので、鉢体の上端開口縁で終端する筒状の側壁と、該側壁下端より連続する排水孔付きの底壁とよりなり、前記側壁および底壁によって育苗用の土壌を収容する室が形成されていた。
     しかしながら、このような育苗用ポットにおいては、素材が比較的柔らかいポリエチレン等の軟質合成樹脂であり、しかも使用材料の節約や軽量化のためにかなり薄肉に形成されており、側壁に補強用のリブが形成されていても、腰が弱くて保形性に乏しく、取扱い難いものである。

     したがって、前記のようなポット多数個を取扱う土入れ作業等がきわめて面倒なものとなっている。特に、各ポットへの土入れ作業の能率化のために、多数の育苗用ポットを並列しておいて、一度に各ポット内に育苗土を充填することが行なわれているが、前記ポットを単純なトレイの上に並列させておいただけでは、ポット側壁の上端開口縁が折れ曲ってしまい、育苗土の充填ができないことになる。
     そのため、前記の土入れ作業においては、格子状の仕切りにより区画された仕切り目空間を有するトレイや籠トレイ等の特殊な土詰め器を用いて、各ポットを1鉢ずつ、前記土詰め器の各仕切り目空間に嵌め込んで側壁が折れ曲らないように固定しておいて、育苗土を充填することも考えられている。しかしこの場合、育苗用ポットを1鉢ずつ土詰め器の仕切り目空間に嵌め込み並べるセット作業、土入れ後の取出し作業のために、その作業に多大な労力を要するものとなっている。

     本発明は、上記に鑑みてなしたものであり、野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットとして、土入れのための土詰め器へのセット作業や置床等の際の取扱いを容易にし、その作業の省力化および能率向上を図ることを目的とする。
   イ 課題を解決するための手段の項
     本発明は、上記の課題を解決する育苗用ポットであって、全体が合成樹脂により薄肉に形成され、上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形または円形をなす筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できることを特徴とする。

   ウ 作用、効果の項
     本発明の育苗用ポットによれば、複数の各ポットは、隣接するポット同士が上端開口縁の個所で分離可能に連結されているので、必要な個数をワンタッチでアンダートレイや籠トレイ等に収容セットできて、土詰め器に容易に並べることができ、ポット1鉢ずつを並べてセットしていた従来に比して、数十倍の高能率で作業できる。
     また育苗土充填後あるいは育苗後に、各ポット毎に分離する場合には、隣接するポットを引き離すようにすれば、単体のポットに容易に分離できる。特に、この育苗用ポットは、前記各ポットの上端開口縁の形状が四隅部にアールをつけた略四角形または円形であって、隣接するポット同士が対向する前記上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ連結されているため、全体の外周部では隣接するポットの開口縁の辺が互いに離れた状態になっており、外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え、また分離によって不要部分が生じることもない。

     本発明の連結型の育苗用ポットによれば、野菜や花き等の植物苗を育苗する際の土入れ作業や置床等の際には、全体を一体のものとして取扱うことができ、省力化および作業能率の向上を図ることができ、しかもその後の出荷等の際には各ポット毎に容易に分離することができる。
  (2) 乙第3号証は、本件第2特許の原出願である特願平9−20674号の特許願であるが、これによれば、本件第2特許の原出願の出願当初の明細書には、特許請求の範囲として、以下のとおりの記載があったことが認められる。
     請求項1 全体が薄肉に形成され、上端開口縁で終端する筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が連結されてなり、各ポットは前記側壁の上端開口縁に外方へ張出した連結耳部を備え、複数のポットが前記連結耳部で分離可能に連結されていることを特徴とする育苗用ポット。

     請求項2 各ポットの前記連結耳部の幅が1〜5mmである請求項1に記載の育苗用ポット。
     請求項3 一つのポットの前記連結耳部の1〜複数の個所で、隣接する他のポットの連結耳部と連結されている請求項1または2に記載の育苗用ポット。
     請求項4 各ポットが縦横少なくとも一方向に配列されて、前記側壁の上端開口縁の連結耳部により同一平面内で連結されることにより、全体としてトレイ形状をなしている請求項1〜3のいずれか1項に記載の育苗用ポット。
     請求項5 連結耳部同士の連結部に、分離助成手段が設けられてなる請求項1〜4のいずれか1項に記載の育苗用ポット
  (3) 以上を前提として、本件第2特許の分割出願が、分割出願の要件を満たすものであるか検討する。
    上記本件発明2の特許請求の範囲の請求項1の記載には、各ポットの側壁上端開口縁に「耳部」を設けることは全く記載されていないこと、上記原出願の特許請求の範囲には、請求項1において、各ポットの側壁上端開口縁に外側へ張出した連結耳部を備えることが明記され、他の請求項も請求項1を引用しており、これによれば、原出願の発明は、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介して、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成を有しているものと解されること、また、一般に、このような育苗用ポットの上端開口縁が「耳部」を含むものと解することはできないことに鑑みれば、上記本件発明2の特許請求の範囲の請求項1にいう、「隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、」とは、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介することなく、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成を示すものと解するのが相当である。

    そして、本件発明2をこのように解するとしても、上記(1)アないしウの記載内容と矛盾は生じないものである。
    ここで、原出願の特許請求の範囲の記載をみるに、上述のとおり、原出願の特許請求の範囲には、請求項1において、各ポットの側壁上端開口縁に外側へ張出した連結耳部を備えることが明記され、他の請求項も請求項1を引用しており、これによれば、原出願の発明は、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介して、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成を有していると解される。また、乙第3号証によれば、原出願の出願当初の明細書及び図面には、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介して、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成が記載されているのみで、本件発明2のような、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介することなく、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成の記載はなく、これを示唆する記載も存在しないことが認められる。

    したがって、本件第2特許の分割出願は、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載されていない事項を含むものというべきであり、このような分割出願はその要件を満たさないものといわなければならない。
    なお、この点につき、原告らは、本件第2発明にかかる連結育苗ポットは、「四隅部にアールをつけた・・・筒状の側壁と、・・・底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁においてごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されて」おり、これにより、「全体の外周部では隣接ポットの開口縁の辺が互いに離れた状態になっており、外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え、また分離によって不要部分が生じることもない」という作用効果を奏するところに技術的意義があるのであって、当該ポット単体として耳部を設けたもののみに限定するという発明思想からなるものではないから、原出願の出願当初の明細書及び図面に、連結耳部6を有しない上端開口縁2同士を連結部7で分離可能に連結した構成については全く記載がなく、これをうかがわせる記載もなかったとしても、本件第2発明の分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でない事項を含むものとはいえないと主張する。しかしながら、分割出願の要件は、分割出願の明細書又は図面に記載されている事項が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載されていることであり、その要件が備えられているか否かは、両者の明細書及び図面の記載の比較によって判断すべきものであるから、原告らの上記主張は採用することができない。
    上記のとおり、本件第2特許の分割出願は、分割出願の要件を満たさないものであるから、その出願日も、原出願の出願日に遡及させることはできず、分割出願をした日である平成12年6月14日となる。
  (4) そこで、上記の出願日を前提として、本件第2特許が新規性及び進歩性を有するものであるか、検討を進める。
    乙第2号証は、本件第2特許の分割出願日である平成12年6月14日以前である平成10年12月2日に公開された特開平10−315315号公報(以下「引用例2」という。)であり、育苗ポット用樹脂成形体及びその製造装置の発明に関するものであるが、これには以下のような記載があることが認められる。

   ア 特許請求の範囲の請求項1
     上端がほぼ正方形に開口したコップ形状を有し、かつ、所定の樹脂材料を主成分とした複数個の育苗ポットを縦横方向に整列させて平面配置したもので、相互に隣接する前記育苗ポットの上端開口部のそれぞれの隣接対向辺に連接部を一体的に形成し、土壌を収容した前記育苗ポットの引き千切りにより前記連接部を破断可能としたことを特徴とする育苗ポット用樹脂成形体。
   イ 発明の詳細な説明の「従来の技術」の項
     この種の育苗ポットは、ブロー成形により製作されたものであるので薄く非常に柔軟で変形しやすいため、土壌を入れたり、運搬したりする取り扱いが難しい。
   ウ 発明の詳細な説明の「発明の実施の形態」の項
     本発明の育苗ポット用樹脂成形体1は、・・・所定の樹脂材料、例えばポリプロピレン(PP)を主成分として、例えばポリエチレン(PE)を所定量混入した樹脂材料からなる多数個の育苗ポット2を縦横方向に整列させて平面配置した状態で連設したものである。尚、この樹脂成形体1の主成分としては、前述のポリプロピレン(PP)以外に、ポリスチレン樹脂(PS)、塩化ビニル樹脂(PVC)、ペット樹脂(PAT)、ポリエチレン樹脂(PE)等でも可能である。

     この樹脂成形体1の各育苗ポット2は、・・・上端がほぼ正方形に開口したコップ形状を有し、例えば、底部2aが円形、上端開口部2bがほぼ正方形で、その間の側部2cは円形の底部周縁から立ち上がった直後からほぼ正方形となっている。尚、育苗ポット2の形状はこれに限らず、円形の底部周縁から若干立ち上がった部位まで円形でそこから上端開口部周縁までほぼ正方形をなすものであってもよい。
     この樹脂成形体1における各育苗ポット2の連設状態は以下のとおりである。相互に隣接する育苗ポット2の上端開口部2bのそれぞれの隣接対向辺2dに連接部3を一体的に形成する。この連接部3は、育苗ポット2内に所定量の土壌が収容された状態でその育苗ポット2を引き千切ることにより隣接する育苗ポット2から個々に分離できるように破断可能とした。

     育苗ポット2の材質の主成分である例えばポリプロピレン(PP)は一般的に破断しにくい性質のものであるが、前述したように土壌が収容された育苗ポット2を連接部3を破断させることにより隣接する他の育苗ポット2から分離できるようにするためには、その連接部3の厚みや幅寸法、土壌の量などの諸条件により左右される。本出願人は、例えば、土壌の量が150〜200g程度であれば、連接部3の厚みが0.1〜0.35mm程度、好ましくは0.2mm程度で、その幅寸法が0.2〜0.7mm程度、好ましくは0.5mm程度であればよいことを確認している。このようにすれば、逆に育苗ポット2内に土壌を収容しない空の状態の場合には、その育苗ポット2を引き千切ろうとしても容易に引き千切ることが困難で各育苗ポット2がばらばらになることはない。
   エ 発明の詳細な説明の「発明の効果」の項
     育苗ポット内に土壌が収容された状態で、その育苗ポットを樹脂成形体の他の育苗ポットから分離させるに際しては、その育苗ポット間の連接部を引き千切るだけで育苗ポットを簡単に分離させることができるので、その分離作業に手間取ることはない。
    上記の明細書の記載及びこれに添付された図面によれば、引用例2には、全体が合成樹脂により薄肉に形成され、育苗ポットは、円形の底部と、上端開口部が四隅にアールをつけた略正方形をなす筒状の側部とよりなり、複数個の育苗ポットを縦横方向に整列させて平面配置し、相互に隣接する育苗ポットの上端開口部のそれぞれの隣接対向辺に、その幅が0.2〜0.7mm程度の幅の連接部を一体的に形成し、この連接部は、育苗ポット内に土壌が収容された状態で引き千切ることにより隣接する育苗ポットからここに分離できるように破断可能である、育苗ポット用樹脂成形体の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されていると認めることができる。

    引用発明2と本件第2発明を対比すると、引用発明2の「上端開口部」、「側部」、「底部」及び「育苗ポット用樹脂形成体」は、本件第2発明の「上端開口縁」、「側壁」、「底壁」及び「育苗用ポット」にそれぞれ相当し、引用発明2−1の「連接部」は、本件発明2における、隣接するポット同士をごく僅かな幅で引き裂き分離可能に連結する部分に相当するから、両発明は、本件第2発明が、底壁に排水孔を有するのに対し、引用発明2ではこれが不明である点で相違し、その余の点で一致する。
    しかしながら、育苗用ポットの底壁に排水用の孔を設ける構成は、本件第2特許の出願日である平成12年6月14日以前に刊行された特開平10−215689号公報(乙5)、実開昭和55−14482号公報(乙6)、特開平4−173024号公報(乙7)及び特開平7−203776号公報(乙8)のいずれにも記載されており、周知技術であることが認められる。

    したがって、引用発明2に上記周知技術を組み合わせることによって、当業者であれば、本件第2発明に想到することは容易であるというべきである。
    よって、本件第2発明は、進歩性を欠くものであり、本件第2特許は、特許法29条2項に反して特許されたものであるから、同法123条1項2号の無効理由が存在することが明らかである。
  (5) さらに、前記(3)のとおり、本件第2発明は、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介することなく、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成を有するものと解されるところ、甲第4号証によれば、本件第2明細書の発明の詳細な説明の項には、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介して、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成は記載されているものの、耳部を介することなく、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成については全く記載されていないことが認められる。

    したがって、本件第2明細書の発明の詳細な説明の項は、本件第2発明に関して、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないというべきである。
    よって、本件第2特許は、特許法36条4項に反して特許されたものであるから、同法123条1項4号の無効理由が存在することが明らかである。
  (6) なお、前記「前提となる事実」のとおり、原告らは、特許庁における無効2003−35175号無効審判請求事件において、本件第2明細書の発明の詳細な説明の「実施例」の項の記載を訂正することを求めて訂正請求をし、特許庁は、これを認める審決をしている(ただし、当該審決は未確定である。)。
    しかしながら、上記訂正は本件第2明細書の発明の詳細な説明の「実施例」の項にかかるものであるから、本件第2特許の分割出願が分割出願の要件を満たさないという前記(3)の判断を左右するものではない。

    また、乙第33号証(審決書謄本)によれば、上記審決によって認められた訂正は、段落【0014】の「その連結形態として、各ポット(1)の側壁の上端開口縁(2)に僅かに外側へ張出し状態をなす耳部(6)を有し、」を「その連結形態として、各ポット(1)の側壁の上端開口縁(2)に、上端開口縁の1部が僅かに外側へ張出した耳部(6)を有し、」に、段落【0018】の「例えば図示するごとく上端開口縁(2)にこれに対応した張出し状の耳部(6)を設けて、」を「例えば図示するごとく上端開口縁(2)にその1部としてこれに対応した張出し状の耳部(6)を設けて、」に、それぞれ訂正するというものであることが認められるところ、この訂正によっても、本件第2明細書に、隣接するポット同士が、対向する上端開口縁において、耳部を介することなく、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されている構成が記載されることになるとは認められないから、本件第2明細書の記載が特許法36条4項に反するという前記(5)の判断を左右するものでもない。
  (7)ア また、前記「前提となる事実」のとおり、原告らは、特許庁に対し、本件第2特許について、別紙訂正明細書記載のとおりに訂正することを求めて訂正審判を請求している(なお、特許庁は当該審判請求に対し不成立とする審決をしたことが認められるが、当該審決が確定したことは認められない。)。
     もし、上記訂正が認められると、本件第2発明の特許請求の範囲の請求項1は、「全体が合成樹脂により薄肉に形成され、上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形または円形状をなす筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、各ポットは、前記側壁の上端開口縁にはその一部として外方へ僅かに張出した耳部を備え、隣接するポット同士が、前記耳部において、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結されており、育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離でき、かつ、外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え、分離によって不要部分が生じることにないことを特徴とする育苗用ポット」となる(この訂正後の本件第2発明を、以下「本件訂正第2発明」という。)。

   イ ここで、本件訂正第2発明と、本件第1発明を対比すると、両者は、「全体が薄肉に形成され、上端開口縁を有する筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、各ポットは、前記側壁の上端開口緑に外方へ僅かに張出した耳部を備え、隣接するポット同士が、前記耳部において、ごく僅かな幅で分離可能に連結されており、育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できることを特徴とする育苗用ポット」であることで一致し、次の点で相違する。
     相違点@
      育苗用ポット全体の材質について、本件訂正第2発明では、「合成樹脂」と特定されているのに対し、本件第1発明では、特定されていない点
     相違点A
      側壁の上端開口縁の形状について、本件訂正第2発明では、「四隅部にアールをつけた略四角形または円形」とされているのに対し、本件第1発明では、特定されていない点

     相違点B
      ポットの複数が縦横複数列に並列して連結されたものの形状について、本件訂正第2発明では、特定されていないのに対し、本件第1発明では、「全体としてトレイ形状」をなしている点
     相違点C
      隣接するポット同士を分離可能に連結する構成について、本件訂正第2発明では、「耳部において、ごく僅かな幅でのみ引き裂き分離可能に連結」されているのに対し、本件第1発明では、「全体の外周で連結されることなく、隣接するポット同士が対向する前記耳部の1個所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結」されている点
     相違点D
      本件訂正第2発明では、「外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え、分離によって不要部分が生じることのない」と特定されているのに対し、本件第1発明では、前記構成が特定されていない点

   ウ しかし、前記1(1)イのとおり、本件第1明細書の発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の項には、「本発明は、上記の課題を解決する育苗用ポットであって、全体が合成樹脂等により薄肉に形成され・・・ることを特徴とする。」と記載されているのであるから、上記相違点@は、実質的には相違点とはいえない。
     また、甲第2号証によれば、本件第1明細書の添付図面には、図1ないし4に、上端開口縁が「四隅部にアールをつけた略四角形」をなしたポットが、図7に、上端開口縁が「円形」をなしたポットが図示され、他の形状のポットは本件第1明細書にも添付図面にも具体的に記載されていないことが認められるから、上記相違点Aも、実質的には相違点とはいえない。
     上記相違点Bについても、本件訂正第2発明の明細書(別紙訂正明細書)には、発明の詳細な説明の「従来の技術と発明が解決しようとする課題」の項に、「本発明は、上記に鑑みてなしたものであり、野菜や花き等の植物苗を育苗するのに使用する育苗用ポットとして、土入れのための土詰め器へのセット作業や置床等の際の取扱いを容易にし、その作業の省力化および能率向上を図ることを目的とする。」と記載され、また「作用」の項に、「本発明の育苗用ポットによれば、複数の各ポットは、隣接するポット同士が上端開口縁の個所で分離可能に連結されているので、必要な個数をワンタッチでアンダートレイや籠トレイ等に収容セットできて、土詰め器に容易に並べることができ、ポット1鉢ずつを並べてセットしていた従来に比して、数十倍の高能率で作業できる。」と記載されていることに照らせば、本件訂正第2発明の育苗用ポットは、隣接するポット同士を同一平面内で、全体としてトレイ形状に連結されたものであるということができるから、これも実質的には相違点ではない。

     さらに、隣接するポット同士を分離可能に連結する構成については、本件訂正第2発明の明細書(別紙訂正明細書)の発明の詳細な説明の「実施例」の項に、「耳部(6)(6)同士の連結部(7)としては、隣接するポット(1)(1)の耳部(6)(6)同士を引き裂き分離可能に連結できるものであれば、その位置や形状はどのようなものであってもよいが、本発明では図のように例えば対向する前記の耳部(6)(6)の辺の1個所のごく僅かな幅で連結する。」(段落【0015】)と記載され、また本件訂正第2発明の明細書(別紙訂正明細書)添付の図面には、図1ないし4、6及び7に、耳部(6)から僅かな幅を持って延長して形成された連結部(7)が図示されていることが認められるところ(甲4、21、22)、これらの記載は本件第1明細書と同一であり(前記1(5))、上記相違点Cも実質的な相違点とはならない。
     最後に、上記相違点Dのうち、「外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え」るとの構成については、本件第1明細書の発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の項に、「本発明は、上記の課題を解決する育苗用ポットであって、・・・育苗土充填後あるいは育苗後に連結部を引き裂くことにより、単体のポットに容易に分離できることを特徴とする。」と、「作用」の項に、「育苗土充填後あるいは育苗後に、各ポット毎に分離する場合には、隣接するポットを対向する前記耳部同士の連結部で引き離すようにすれば、この連結部が、隣接するポットの対向する耳部の1個所のみで、しかもごく僅かな幅で分離可能に連結されているので、この連結部を容易に引き裂くことができ、単体のポットに容易に分離できる。」と記載されており(前記1(1)イ、ウ)、また上記のとおり、本件第1明細書の添付図面には、上端開口縁が四隅部にアールをつけた略四角形をなしたポット及び上端開口縁が円形をなしたポットが図示されているところ、このようなポットは、外周部からの引き裂き分離操作を容易に行えることは明らかであるから、実質的な相違点とはいえない。また、「分離によって不要部分が生じることのない」との構成については、本件第1明細書には明示的には記載されていないものの、本件第1発明は、各ポットが、「耳部の1個所でのみ、ごく僅かな幅の分離可能な連結部によって連結され」る構成を有するものであるから、各ポットを分離したときに、これによって不要部分が生じないことは明らかであって、これも実質的な相違点ではない。したがって、上記相違点Dも、実質的には相違点といえないものである。
     以上のとおりであるから、本件訂正第2発明は、本件第1発明と同一というべきである。ところで、本件第2特許は、特願平9−20674号の特許出願から分割出願されたものであり、特願平9−20674号は本件第1特許の特許出願でもあるから、これらは同日に出願されたものである。そして、本件第1発明は既に特許されているのであるから、特許法39条2項により、本件訂正第2発明は独立して特許を受けることができないというべきである。

   エ また、上記イのとおり、本件訂正第2発明は、本件第1発明と対比したとき、「全体が薄肉に形成され、上端開口縁を有する筒状の側壁と、排水孔を有する底壁とよりなるポットの複数が縦横に並列して連結されてなり、各ポットは、前記側壁の上端開口緑に外方へ僅かに張出した耳部を備え、隣接するポット同士が、前記耳部において、ごく僅かな幅で分離可能に連結されており、育苗土充填後あるいは育苗後に単体のポットに容易に分離できることを特徴とする育苗用ポット」であることで一致し、さらに、本件第1発明にない構成として、@ 育苗用ポット全体の材質について、「合成樹脂」と特定されていること、A 側壁の上端開口縁の形状について、「四隅部にアールをつけた略四角形または円形」とされていること、B 「外周部からの引き裂き分離操作を容易に行え、分離によって不要部分が生じることのない」とされていることが付加されたものである。
     ここで、前記1で述べたところは、本件訂正第2発明にもそのまま妥当するから、同発明の上記一致点に係る構成は、引用例1−1及び1−2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到することができたものである。
     また、上記@については、引用例1−2(乙44)に、容器の材質として「ポリプロピレンやポリエチレンなどのプラスチック」が例示され(前記1(3)ウ)、上記Aについては、本件第2特許の原出願の出願日前に刊行された登録実用新案第3031249号公報(乙40の2。以下「引用例3」という。)に、実施例として、側壁の上端開口縁の形状が「四隅部にアールをつけた略四角形」のものが(図1B)、引用例1−2に、実施例として、側壁の上端開口縁の形状が「四隅部にアールをつけた略四角形」のもの(図1ロ)及び「円形」のもの(図3)がそれぞれ記載されていることが認められる。

     さらに、上記Bについては、引用例1−2に記載された発明は、「単位容器が複数平面状に連結されたものであって、隣り合う該単位容器は上下方向に延長させた一以上の狭隘部によって相互に連結されたものであることを特徴とする連結容器」というものであるから、各単位容器を分離したときに、これによって不要部分が生じないことは明らかである。
     したがって、当業者であれば、本件第2特許の原出願の出願日である平成9年2月3日以前に刊行された引用例1−1、1−2及び3に記載された発明に基づいて、本件訂正第2発明に容易に想到することができたということができる。
     よって、本件訂正第2発明は、進歩性を欠くものであり、この点を見ても、本件訂正第2発明は独立して特許を受けることができないというべきである。

   オ 上記のとおりであるから、いずれにしても、原告らによる上記訂正審判請求は訂正要件を欠くものである。したがって、仮に、これが認められたならば、本件第2特許には、特許法123条1項8号の無効理由が存在することとなる。
  (8) 以上のとおり、いずれにしても、本件第2特許には、無効理由が存在することが明らかである。
    そして、このような無効理由を有することが明らかである特許権に基づく差止め等の請求は、特段の事情が存在しない限り権利の濫用として許されないというべきであるところ、上記(6)、(7)のとおり、原告らが請求している訂正が認められるとしても、訂正後の本件第2特許にも無効理由が存在することもまた明らかであるから、そのような特段の事情が存在するとは認められない。
    よって、本件第2特許権に基づく原告らの本件請求は、権利の濫用というべきであり、許されないという被告の主張は、理由がある。

 3 結論
   以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないことが明らかである。
   よって、主文のとおり判決する。


      大阪地方裁判所第26民事部

          裁判長裁判官    山   田   知   司

             裁判官    中   平       健

             裁判官    守   山   修   生