H16. 3.29 東京地裁 平成15(行ウ)514 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ウ)第514号特許料納付書却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日 平成15年1月19日
             判      決
          原      告     A
           訴訟代理人弁護士      菊 池   秀
           被      告         特許庁長官  今 井 康 夫
           指定代理人         千 葉 俊 之
           同            菊地原 正 彦  
           同            佐 藤 一 行
           同            窪     進

                  主      文
           1  原告の請求を棄却する。
           2  訴訟費用は原告の負担とする。
                  事実及び理由
第1 請求
     特許番号第2618268号の特許権に係る第5年分特許料納付書に関し,被告がした平成14年4月1日付けの却下処分を取り消す。
第2 事案の概要
     原告は,後記特許権について特許料及び割増特許料の追納期限の経過後にその追納手続をした。これに対して,被告は同特許料納付書について却下処分(以下「本件却下処分」という。)をした。原告は被告に対して,本件却下処分は特許法(以下「法」という。)112条の2第1項の解釈,適用を誤った違法があるとして,その取消しを求めた。
 1 争いのない事実等
   (1) 原告の有していた特許権
    原告は,次のとおりの特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた。

         特許番号             第2618268号
         発明の名称            魚用冷却液
         出願日              昭和63年6月3日
         登録日              平成9年3月11日
         登録抹消日                      平成13年12月5日
  (2) 特許料等の納付期限徒過の経緯
     ア       本件特許権の第5年分の特許料(以下「第5年分特許料」という。)の納付期限は平成13年3月11日であり,法112条1項,2項に基づく追納期限は同年9月11日である。原告は,第5年分特許料及び割増特許料(両者を併せて以下「本件特許料等」という。)の納付に関する事務を,特許事務を行っているスウェーデン国ストックホルム所在のパトラフィー・エービー(以下「パトラフィー」という。)所属の者(以下「パトラフィー担当者」という。)に委任し,パトラフィー担当者は,同事務を,特許事務を専門としている英国チャンネルアイランズ,ジャージー島所在のコンピュータ・パテント・アンニュイティーズ・リミテッド・パートナーシップ(以下「CPA」という。)所属の者(以下「CPA担当者」という。)に委任していたが,CPA担当者は,追納期限である同年9月11日までに本件特許料等を追納しなかった。                

     イ その具体的な経過は,次のとおりである。
       (ア) 原告は,平成13年8月23日,パトラフィー担当者に対し,ファックスにより,本件特許料等の納付を依頼し,特許料等の納付に必要な金額を送金した。パトラフィー担当者は,平成13年9月5日付け電子メールにより,CPA担当者に対し,本件特許料等の納付を依頼した。パトラフィー担当者からの上記依頼を受けたCPA担当者は,平成13年9月5日付け電子メールにより,パトラフィー担当者に対し,上記依頼を了解した旨伝え,CPAのコンピュータに本件特許権に関するデータを入力した。(以上,甲6,乙8ないし11)
       (イ) ところで,パトラフィー担当者からの電子メールによる依頼においては,特許査定の日が「1997-03-11」と表示されており,これは1997年3月11日を意味するものであったが,CPA担当者からデータ入力の指示を受けたデータ入力スタッフは,これを1997年11月3日を意味するものと誤解し,そのようにコンピュータに入力した。そのため,CPAのコンピュータにおいては,第5年分特許料の納付期限が平成13年11月3日と処理され,CPA担当者は,納付期限を誤解したため,平成13年9月11日までに本件特許料等を納付しなかった。(以上,甲6,乙8ないし11)

   (3) 本件却下処分等の経緯
    原告は,平成13年12月12日,法112条1項の追納期間内に本件特許料等を納付できなかったことについて,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」が存在するとして,被告に対し,本件特許料等の納付書(以下「本件納付書」という。)を提出した(甲2,4)。これに対し,被告は,平成14年1月21日付けの却下理由通知書により,本件特許料等を納付することができる期間(追納期間を含む)内に納付されないため,本件特許権は平成13年3月11日に消滅しており,本件特許料等の納付は権利消滅後の年分に係る納付であるから,本件納付書は不適法である旨通知した(甲3,乙2)。原告は,平成14年2月25日付け弁明書を提出したが,被告は,上記却下理由通知書記載の理由が解消されないとして,同年4月1日付けで,本件納付書について,手続を却下する旨の本件却下処分をし(甲4,5,乙3),本件特許は,平成13年3月11日付けで登録が抹消された(乙1)。なお,原告は,平成14年4月23日,被告に対し,本件却下処分について,行政不服審査法に基づく異議申立てを行ったが,被告は,平成15年6月10日,同異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲6,7,乙4,5)。
 2 争点
     本件特許料等を追納期間内に納付しなかったことについて,原告に法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があるか。
 3 当事者の主張
 (原告の主張)
   (1) 法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の意義
      法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由により・・・納付することができなかったとき」とは,以下のとおり,「故意によらず」又は「相当の注意を払っていたにもかかわらず」「納付することができなかったとき」を広く含むものと解すべきである。
    ア 法112条の2は,平成6年に,特許料追納期間経過後の特許権回復を幅広く認める諸外国からの要請に基づき新設されたが,米国や欧州諸国においては,「故意によることなく,納付期間を徒過した場合」や「相当の注意を払っていたにもかかわらず,なお,納付期間を徒過した場合」に広く特許権の回復が認められている。特許法の分野は,その特殊性から,特に規制の国際的調和・統一が要求される分野である。したがって,法112条の2の「その責めに帰することができない理由」の解釈も,国際的な考え方に一致するよう解釈すべきである。

   イ 法112条の2第1項により幅広い特許権の回復が認められたとしても,@法112条の3の回復した特許権の効力制限規定や民法上の損害賠償規定が存在すること,及びA特許権回復が最長でも失効後6か月に限定されていること等を考慮すれば,第三者を害する可能性はない。
   ウ 仮に,被告の主張するとおり「その責めに帰することができない理由」の意義について「天災地変のような客観的理由に基づいて手続をすることができない場合,又は通常の注意力を有する原特許権者が万全の注意を払ってもなお特許料の追納期間内に特許料を納付できないような主観的理由がある場合」と狭く解釈すると,法112条の2第1項によって特許権の回復が認められる事例はほとんどなくなり,国際的な考え方に合わせて,広く回復を認めようとした平成6年特許法改正の趣旨に反する結果になる。

   エ 法律の規定は,法令ごと,条項ごとに具体的な事情が異なるので,必ずしも他の条項又は法令に規定された「責めに帰することができない理由」の解釈と軌を一にする必要はない。法112条2項や法173条2項,民訴法97条1項の規定と同様の解釈をする必要性はない。
   (2)  「その責めに帰することができない理由」の存在
    原告が本件特許料等の追納期限まで追納できなかった経緯は,前記第2の1(2)のとおりであり,上記の経緯によれば,本件においては,「その責めに帰することができない理由」が存在した。                              すなわち,
   ア CPAのデータ入力担当者が,本件特許の特許査定の日を1997年11月3日と誤ってコンピュータに入力したのは,日付の表記について,月・日の順に並べる米国式表記と,日・月の順に並べる英国式表記の二つの方式があり,代理人であるパトラフィー担当者はスウェーデン所在の法人に勤務する者で,日付を米国式により記載する習慣を有していたのに対し,復代理人であるCPA担当者の履行補助者であるデータ入力スタッフは英国所在の法人に勤務する者で,日付を英国式により理解する習慣を有していたという事情による。そして,CPAは,日付表記に英国方式と米国方式の二つの方式があり,その間で誤解を生じないよう注意すべきことを十分に了知していたため,特許権管理に関するコンピュータシステム上も,日付の入力について,英国方式と米国方式を切り換えるファンクションボタンを用意し,さらに,コンピュータ画面上には,日付の入力方式が英国方式か米国方式かを示す注意書きが出るようなシステムを構築し,スタッフの教育に当たっても,日付表記が2通りある点について注意を促す教育訓練を行っていたのであり,それにもかかわらず,本件の過誤が生じたのは,不慮の事故というべきものである。
         このように,CPA担当者が本件特許料等を追納期限までに納付できなかったのは,日付の表記に関する習慣の違いに起因した,通常の注意力を有する者が万全の注意を払っても避けられない事情によるものであるから,パトラフィー担当者,CPA担当者,CPAのデータ入力スタッフには,本件特許権の特許料を追納期間内に納付できなかったことに,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があったというべきである。
     イ 原告は,特許権者としてなすべきことはすべて尽くしたので,原告には,追納期間内に特許料が納付されなかったことについて,何らの落ち度もない。仮に,代理人であるパトラフィー担当者,復代理人であるCPA担当者,履行補助者であるCPAのデータ入力スタッフに,追納期間内に特許料の納付がされなかったことについて過失があったとしても,代理人,復代理人やその履行補助者の過失を本人の過失と同視することはできないから,原告には,「その責めに帰することができない理由」があったというべきである。

 (被告の主張)
   (1) 法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の意義
      法112条の2第1項は,特許料の不納付により消滅した特許権の回復を図るために設けられた規定である。平成6年改正法において,特許料の追納による特許権の回復に関して,同項で「責めに帰することができない理由」を要件としたのは,法121条2項,173条2項,民訴法159条1項(平成6年改正法当時)等の他の条項においても,ある手続を一定の期間内に行うことができなかった場合を救済する要件として同様のものが定められていたこと等との整合性を図ったからである。また,同条項の解釈に当たっては,@そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであること,A失効した特許権の回復を無期限に認めると第三者に過大な負担を強いることなど,特許権の保護と第三者による特許権の利用の保護との調和を図る必要がある。

    そうすると,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由により・・・納付することができなかったとき」とは,天災地変のような客観的な理由に基づいて手続をすることができない場合,又は通常の注意力を有する原特許権者が万全の注意を払ってもなお特許権の追納期間内に特許料を納付できないような場合を指すと解すべきである。
   (2)  「その責めに帰することができない理由」の不存在
   ア 日付の表記に関して,「月・日」の順で表記する米国式と,「日・月」の順で表記する英国式とがあり,いずれの方式により表記されたかについて誤解を避けるための注意を払うべきことは当然といえる。そして,パトラフィーからCPAに本件特許料等の納付事務を依頼した電子メールのタイトルは,「Urgent Payment Order」(大至急の支払依頼に関する件)とあり,その支払期限が何時であるかが同電子メールの最重要の情報であることは容易に分かる状況であったから,CPA担当者としては,特許査定の日についての「1997-03-11」との表記が,3月11日を意味するものであるか,11月3日を意味するものであるかについて確認すべきであったのに,そのような確認をしていない。

         したがって,CPA担当者が,特許査定の日について,1997年3月11日を意味する,米国式表記の「1997-03-11」を英国式表記によるものと軽信して,1997年11月3日と誤解したことには重大な過失があったというべきである。同様に,CPAのデータ入力スタッフとしても,上記の「1997-03-11」との表記が,米国式と英国式のいずれの方式による表記かの確認を怠った点に過失がある。
   イ 復代理人又はその履行補助者の過失により特許料追納期限を徒過した場合に本人がその責めを負うのは当然である。上記のとおり,原告の復代理人であるCPA担当者及びその履行補助者であるCPAのデータ入力スタッフに,本件特許料等を追納期間内に納付しなかったことについて過失がある以上,本人である原告はその責めを負う。
     ウ したがって,原告には,本件特許料等を追納期間内に納付しなかったことについて過失が認められ,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」はないというべきである。

第3 当裁判所の判断
 1 法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」の意義について
     法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由により・・・納付することができなかったとき」とは,「天災地変のような客観的な理由により追納期限内に追納できなかった場合」あるいは「通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお追納期限を徒過せざるを得なかったような場合」を意味するものと解するのが相当である。
    この点について,原告は,外国では,追納期間の徒過が故意でない場合に特許権の回復を認める立法例もあり,法112条の2第1項が制定された経緯からすると,上記のような立法例との調和を図る必要があり,同条項の「その責めに帰することができない理由により」納付期間を徒過した場合とは,故意でない場合を含めて広く解すべきである旨主張する。

     しかし,「その責めに帰することができない理由」の意義について,原告の主張のように,重大な過失がある場合も含めて拡大して解釈することは,同条項の文言に明らかに反し,到底採用できないというべきである。また,我が国の規定を,外国の立法例との調和のために,文理に反して解釈しなければならない理由はない(そもそも,パリ条約5条の2第2項も,特許料の不納により失効した特許権の回復を定めることができる旨規定しているにとどまり,特許料の不納により失効した特許権の回復について,国内法を立法するか否かは締結国の自由としている。)。したがって,原告の上記主張は失当である
 2  「その責めに帰することができない理由」の存否について
    そこで,以下,このような解釈を前提として,原告に「その責めに帰することができない理由」があったかどうかを検討する。

  (1) 我が国においては,特許権を存続させるためには,所定の納付期限内に特許料を納付することが求められ(法108条,112条1項,112条の2第1項),納付がされない場合には当該特許権は消滅する制度が採用されている(法107条,112条4項)。このような制度の下において,特許料の納付期限及び追納期限の確認等は,特許権を維持・管理するに当たって,基本的かつ重要な事項であるといえる。
      前記のとおり,@本件特許料等の納付手続に係る事務の委任を受けたCPA担当者は,特許料の納付等の事務の遂行を専門とする者であり,また,我が国における特許料の納付についての事務を受任したのであるから,我が国の特許料の納付事務を遂行する上で,基本的な事項を十分に把握,確認して,過誤が生じないような措置を採るべき注意義務があり,また,A日付の表記方法には,「月・日」の順で表記する米国式と,「日・月」の順で表記する英国式とがあり,相互に誤認,混同が生じ得ることは容易に予測できるから,米国式と英国式の表記方法の相違に起因する誤解が生じないような対策を講ずべきであったといえる。            

       しかるに,前記のとおり,CPAのデータ入力スタッフは,特許査定の日の「1997-03-11」との表記を1997年11月3日を意味するものと誤解してコンピュータに入力したところ,CPA担当者は,上記入力事務をデータ入力スタッフにまかせたままにし,自らは,特許査定の日が正確に入力されたかどうかを確認することをせず,このため本件特許料等を追納期限を徒過したのであるから,同人には上記の基本的な注意義務に違反する重大な過失があったというべきである。
   (2) CPA担当者には,本件特許料等の追納期限の徒過について,重大な過失があったものと認められるところ,原告は,本件特許料等の追納事務をその専門家であるパトラフィー担当者及びCPA担当者に委任したのであるから,同委任事務の遂行におけるCPA担当者の上記の過失は原告の過失と同視すべきである。この点,原告は,仮に,CPAの担当者やデータ入力スタッフに過失があったとしても,これを原告の過失と同視できない旨主張するが,同主張は採用できない。

   (3) したがって,原告は,本件特許料等をその追納期間内に追納しなかったことについて,重大な過失が認められるから,原告には,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があったということはできない。
 2 結論
     以上のとおり,第5年分特許料は,その納付期限及び追納期限が,ぞれぞれ平成13年3月11日及び同年9月11日であり,原告は,その期限までに本件特許料等の追納をせず,しかも,原告には法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」が存しないから,これを理由としてした本件却下処分には違法はない。
 3 以上のとおり,原告の請求は理由がないから,主文のとおり判決する。          


    東京地方裁判所民事第29部

        裁判長裁判官       飯   村   敏   明


           裁判官       榎   戸   道   也


           裁判官       佐   野       信