H16.12.20 東京高裁 平成15(行ケ)340 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第340号 特許取消決定取消請求事件(平成16年12月6日口頭弁論終結)
          判           決
      原      告    富士ゼロックス株式会社
      訴訟代理人弁理士    佐藤清孝
      同           前川純一
      同           牛久保学
      被      告    特許庁長官 小川洋
      指定代理人       加藤惠一
      同           小曳満昭
      同           小川謙
      同           伊藤三男

          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2002−72121号事件について平成15年6月10日にした決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
     原告は,名称を「データ処理装置」とする特許第3261790号発明(平成5年2月12日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成13年12月21日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
     本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2002−72121号事件として特許庁に係属し,原告は,平成15年1月14日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求をした。

   特許庁は,同事件について審理した結果,同年6月10日,「訂正を認める。特許第3261790号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同月30日,原告に送達された。
 2 本件訂正に係る明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲記載の発明の要旨
     【請求項1】ファイル形式でデータを格納する格納手段と,制御部からのプリント指示に基づいて前記データをプリントする手段とを備えたデータ処理装置において,
      現在プリント中のファイル種別を格納するファイル種別格納手段と,
      該ファイル種別格納手段に格納された前記ファイル種別を表す情報を表示する表示手段と
      を具備し,
      前記ファイル種別は,受信文書,電子コピー文書,通信レポートおよび設定リストを含むことを特徴とするデータ処理装置。

     【請求項2】ファイル形式でデータを格納する格納手段と,制御部からのプリント指示に基づいて前記データをプリントする手段とを備えたデータ処理装置において,
      現在プリント中のファイル種別を格納するファイル種別格納手段と,
      該ファイル種別格納手段に格納された前記ファイル種別を表す情報を表示する表示手段と,
      前記プリントの中断または割込みを指示する手段と
      を具備し,
      前記ファイル種別は,受信文書,電子コピー文書,通信レポートおよび設定リストを含むことを特徴とするデータ処理装置。
     (以下,【請求項1】,【請求項2】の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。)
 3 決定の理由
   決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1は,特開平1−191569号公報(刊行物7・本訴甲9,以下「刊行物7」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭63−75923号公報(刊行物1・本訴甲3,以下「刊行物1」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明2は,引用発明1並びに刊行物1,特開平3−77123号公報(刊行物2・本訴甲4,以下「刊行物2」という。),特開平3−65721号公報(刊行物3・本訴甲5,以下「刊行物3」という。),特開平5−32017号公報 (刊行物4・本訴甲6,以下「刊行物4」という。),特開平3−75861号公報(刊行物5・本訴甲7,以下「刊行物5」という。)及び特開平5−14580号公報(刊行物6・本訴甲8,以下「刊行物6」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも,本件特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,いずれも特許を受けることができないものであり,本件発明1,2に係る本件特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであって,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものとした。
第3 原告主張の決定取消事由
    決定は,本件発明1と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由1),また,その結果,本件発明2の進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り)
   (1) 決定は,本件発明1と引用発明1との相違点として認定した,「表示手段が表示する現在プリント中のファイルに関する情報が,本件発明1では,『現在プリント中のファイル種別を格納するファイル種別格納手段を有し,該ファイル種別格納手段に格納された,受信文書,電子コピー文書,通信レポートおよび設定リストを含むファイル種別を表す情報』であるのに対して,引用発明1では,『入力先の電話番号,会社名,或いは,入力者の人名,課名等,現在出力中の画データの中断を行って他の処理を行った方が良いか否か等の判断をすることのできる情報』である点」(決定謄本8頁最終段落〜9頁第1段落,以下「相違点」という。)について,「引用発明1において,出力中の画データが,画像入力装置から入力されたものか,回線制御装置から入力されたものか,すなわち,電子コピー文書か受信文書かの種別を判断をすることのできる情報を表示することも記載されているので,前記把握する情報として,本件発明1のように,『受信文書,電子コピー文書,通信レポートおよび設定リストを含むファイル種別を表す情報』とすることは,当業者が必要に応じて容易に想到し得ることである」(同頁第2段落)と判断したが,誤りである。
   (2) 引用発明1には,本件発明1の特徴である,「ファイル種別を表す情報を表示する」という技術的思想はなく,また,電子コピーとFAX受信の場合とで異なる表示をすることがあるとしても,そこから,ファイル種別を必ず把握できるわけではなく,把握できたとしても,本件発明1のように,容易かつ迅速に把握することは困難であるから,引用発明1では,種別を判断することができるとは限らないのであり,「種別を判断することのできる情報を表示すること」が記載されているということはできない。引用発明1が中断等の判断のために表示するのは,「入力先」の情報であり,「入力先」とは,「入力先の電話番号,会社名,人名」という表現から分かるように,だれがその文書を入力したかを表す情報である。そして,入力先の会社名又は個人名に関しては,そのファクシミリ装置に登録されている名前をそのまま表示するので,表示内容はその登録の仕方に左右され,電子コピーの際の入力者の課及び氏名と区別できるとは限らず,仮にできたとしても,本件発明1のように,プリント中のファイル種別を容易かつ迅速に把握することは困難である。また,入力先の電話番号に関しては,送信側から非標準コマンド等で送られてくる電話番号を,そのまま記憶し,表示することになっており,非標準コマンドは,各社が独自にコマンドを定義するものであるから,通信相手機として大多数を占める他社機等の当該コマンド非対応機種では,非標準コマンドから送られてくる情報は取得できず,結果として,電話番号は表示されないことになる。さらに,標準コマンドで送られるTSI(送信端末識別)は,送信機のユーザーが送信機に登録した情報であり,電話番号を表しているかどうかも疑わしく,場合によっては,空白文字が登録されていたり,「1」という番号が登録されていたりするものである。
     ファイル種別判別が可能となるためには,@FAX送信者が適正な電話番号を送信してくる,A当該実施品を利用する一般ユーザーが,ファイル種別と,表示される入力先等の情報との対応関係を把握している,という二つの条件が必要であり,かなり限られた環境でのことである。本件発明1における「ファイルの種別」とは,電子コピーやFAX受信等の各機能によって生成又は格納される文書データ(ファイル)の種別を,それぞれの機能によって区別するものであり(例えば,電子コピーという種別,FAX受信という種別),入力先(だれが入力したか)を含むものではない。

   (3) 決定は,「把握する情報に関しては,データ処理装置において,処理されるファイルとして,受信文書,電子コピー文書,通信レポートおよび設定リストは,いずれも周知なもの」(決定謄本9頁第2段落)と認定し,これと引用発明1とを組み合わせて,本件発明1の相違点に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得る(同)と判断したが,引用発明1及び周知技術のいずれにも,ファイル種別を表示して中断等の判断をさせるという技術的思想及び「ファイル種別を表す情報を表示する表示手段」について開示はなく,これらを組み合わせたところで,本件発明1に想到することはできない。さらに,引用発明1は,入力先を表示するという発明であり,入力先の存在しない通信レポートや設定リストの種別を表示しようとする理由がないから,引用発明1とこれら周知技術とを組み合わせることの動機がない。
   (4) 本件発明1は,刊行物1〜7のいずれにも記載のない,「ファイルの種別を表す情報を表示する表示手段」という特有の構成を有し,これによって,ユーザーに現在プリント中のファイルの種別を容易かつ迅速に把握させ,不要なプリントを停止するなどの判断のための情報を提供できるという顕著な作用効果を有するものである。
 2 取消事由2(本件発明2の進歩性の判断の誤り)
    本件発明2は,少なくとも本件発明1の構成を含むから,本件発明2の進歩性についての決定の判断も誤りである。
第4 被告の反論
   決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り)について
   (1) 引用発明1は,出力中(プリント中)の画データが,必要な画データか否か等をオペレータが判断できるようにするために,「画データに係る入力先等の識別情報」を表示するようにしたものであり,その目的及び採用した技術手段からすれば,FAX受信の際に表示される「入力先の会社名又は個人名」を,電子コピーの際に表示される「入力者の課及び氏名」と区別がつかないようなものとすることや,FAX受信であるにもかかわらず,入力先電話番号を入手できないような場合に,電子コピーの際と区別がつかないような表示とすることは,通常,あり得ないことである。刊行物7(甲9)の「次に本実施例の動作について説明する。・・・等が表示される」(2頁左下欄第2段落〜右下欄第1段落)との記載によれば,FAX受信の際に表示される「入力先の会社名又は個人名」は,入力先の電話番号が取得できた場合に,その電話番号に加えて表示されるものであるから,「電話番号」なしで「入力者の課及び氏名」が表示される場合は,電子コピーであり,それ以外の表示の場合(「電話番号」が表示される場合又は「電話番号」及び「入力者の課及び氏名」が共に表示されない場合)は,FAX受信であると判断することができる。したがって,引用発明1においても,電子コピーかFAX受信かは,明りょうに判断できるのであり,種別を容易かつ迅速に判断することができないとする理由はない。
     仮に,引用発明1において,種別を容易かつ迅速に判断することが困難であるとしても,種別を容易かつ迅速に判断し得る態様で表示することは,本件発明1の要件ではないから,これを,引用発明1が本件発明1の「ファイルの種別を表す情報を表示する表示手段」を示唆しない理由とすることはできない。「電子コピー文書か受信文書かの種別」は,「ファイルの種別」の一種であり,「ファイルの種別を判断することのできる情報」は,「ファイルの種別を表す情報」にほかならないから,「電子コピー文書か受信文書かの種別を判断をすることのできる情報を表示することも記載されている」引用発明1は,本件発明1の「ファイルの種別を表す情報を表示する表示手段」を示唆するものである。「種別」は,一般に「種類による区別」(広辞苑第5版)といった語義を有し,「種類」は,「いくつかの個体に共通の性質によって分類しまとめたもの」(同)といった語義を有しているから,「ファイルの種別」は,「いくつかのファイルに共通の性質によって分類しまとめたものによる区別」という意味に解されるところ,引用発明1における個々の「入力先」は,「『入力先が同じ』という『複数の画データファイル
に共通する性質』によって分類しまとめたものによる区別」に該当するから,「ファイルの種別」の一種ということができ,引用発明1が,これを表示する表示装置を有していることは,「ファイルの種別を表す情報を表示する表示手段」を有していることを意味する。
   (2) 引用発明1は,表示する情報が「入力先」に限定された発明ではなく,それ以外のファイルの種別を表示するように,当然に拡張され得るものであり,同一技術分野において,周知のファイルの種別をも表示するようにすることに対する十分な動機付けを有するものである。引用発明1は,画データとして,受信文書及び電子コピー文書以外のもの,識別情報として,入力先の電話番号,入力者の課及び氏名以外のものについても示唆しているということができる。そして,上記データの出力中に,出力中のデータを特定する情報が一切表示されないため,オペレータが適切な対処を行うことができないという欠点を解決することを課題とした引用発明1においては,ファクシミリ装置において出力されるものとして,周知の通信レポート及び設定リストを,受信文書及び電子コピー文書と区別して取り扱う理由はない。したがって,受信文書及び電子コピー文書だけではなく,通信レポート及び設定リストについても,それらが出力中に,オペレータが適切な対処を行うことができるように,それらを特定する情報を表示するようにすることは,当業者が容易にし得たことである。

   (3) 以上から明らかなように,「ファイルの種別を表す情報を表示する表示手段」は,引用発明1に記載ないし示唆があるものであり,その効果も,引用発明1ないしはそれから容易に想到できた発明が当然に奏し得る効果である。
 2 取消事由2(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について
    上記のとおり,決定の本件発明1と引用発明1との相違点についての判断に誤りはないから,その誤りを前提とする取消事由2は,理由がない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り)について
   (1) 原告は,引用発明1には,「ファイル種別を表す情報を表示する」という技術的思想はなく,また,電子コピーとFAX受信の場合とで異なる表示をすることがあるとしても,そこから,ファイル種別を判断することができるとは限らないのであり,「種別を判断することのできる情報を表示すること」が記載されているということはできないと主張する。

     そこで,刊行物7(甲9)について検討すると,刊行物7には,情報を表示することに関し,以下の記載がある。
     ア 「2.特許請求の範囲 画データを一旦記憶手段に記憶し,この記憶手段から必要に応じて前記画データを読み出し,かつ情報を表示する表示手段を有するファクシミリ装置において,前記画データを前記記憶手段に記憶する際に前記画データに係る入力先等の識別情報を保持する保持手段と,前記画データを記憶手段から読み出す際に,前記識別情報を前記保持手段から読み出して前記表示手段に表示させる表示制御手段とを具備したことを特徴とするファクシミリ装置。」(1頁左下欄)
     イ 「(従来の技術)・・・このため入力先がわからないため出力中のデータの要不要を判断して出力中断操作等を行うことができないと共に,何枚のデータが出力されるかわからないため,次の操作までの待ち時間を知ることもできず,はなはだ不便であった。(発明が解決しようとしている課題)上記の如く,従来のファクシミリ装置では記憶装置からデータを出力している時に,出力中のデータを特定する情報が一切表示されないため,出力中のデータの入力先及び出力枚数等を確認することができないので,前記データの出力中にオペレータは適切な対処を行うことができないという欠点があった。そこで本発明(注,引用発明1)の目的は上記の欠点を除去するもので,記憶装置から出力中のデータに係る入力先等の情報を表示することができるファクシミリ装置を提供することを目的としている。」(1頁右下欄第1段落〜2頁左上欄第1段落)

     ウ 「(実施例)・・・第1図は本発明のファクシミリ装置の一実施例を示したブロック図である。1は通信制御,データ書き込み読み出し制御,表示制御等の装置全体の制御を行う制御装置,2は制御装置1のワーキングメモリであるRAM等の記憶装置,3は画データを記憶する画像記憶装置,4は記録紙に画データを印字して出力する記録装置,5は原稿を読み取って画データを得る画像入力装置,6は画データの送受信及び変復調制御等を行う回線制御装置,7はダイヤル情報,装置の動作モード等の各種情報を表示する表示装置である。」(2頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)
     エ 「次に本実施例の動作について説明する。画像記憶モード時,画像入力装置5又は回線制御装置6から入力された画像データは制御装置1によって画像記憶装置3へ転送されて記憶される。この際,前記画像データが画像入力装置5から入力される場合,制御装置1は入力画データの枚数及び入力者のIDカード等から読み取った入力者情報を記憶装置2内に入力画データと対応がつく形で記憶する。また,前記画像データが回線制御装置6から入力される場合,制御装置1は入力画データの枚数及びプロトコル通信中の非標準コマンド等で得た画像データの入力先の電話番号情報を入力画データと対応がつく形で記憶装置2内に記憶する。更に制御装置1は上記の如く得られた電話番号情報が予め登録されている会社名又は個人名に対応していれば,同時にこれらの情報も前記入力画データと対応のつく形で記憶装置2に記憶する。次に制御装置1は記録装置4の空又はオペレータの指示等によって,画像記憶装置3内の画データを記録装置4に送って,印字出力させる場合,出力する画データに対応する記憶装置2内の情報を読み出して,これをモード情報と共に表示装置7に送って表示させる。このため,表示装置7には画データ出力中の表示ができると共に,出力中の画データが画像入力装置5から入力された場合は入力者の課及び氏名並びに出力枚数等が,回線制御装置6から入力された場合は入力先の電話番号及び会社名更に出力枚数等が表示される。」(2頁左下欄第2段落〜右下欄第1段落)
     オ 「本実施例によれば,画像記憶装置3からの画データを記録装置4により出力中,表示装置7は出力中の画データに関する情報,即ち入力先の電話番号,会社名,人名,課及び出力枚数等を表示することができる。従ってオペレータは出力画データに関する前記表示情報を見て,現在出力中の画データの中断を行って他の処理を行った方が良いか否か等の判断又は,画データの出力待ち時間等を知ることができ,適切な対処を行うことができる。」(3頁右上欄第2段落)

     上記記載によれば,刊行物7(甲9)記載のデータ処理装置において,@画像データが画像入力装置5から入力された場合及びA回線制御装置6から入力された場合のいずれであっても,表示される情報は,入力先の情報ではあるが,@の場合は,「入力画データの枚数及び入力者のIDカード等から読み取った入力者情報」であり,Aの場合は,「入力画データの枚数及びプロトコル通信中の非標準コマンド等で得た画像データの入力先の電話番号情報」及び「制御装置1は上記の如く得られた電話番号情報が予め登録されている会社名又は個人名に対応していれば,同時にこれらの情報」であって,表示装置内での表示内容は,明らかに異なることが認められる。そうすると,@の場合とAの場合では,表示内容が明らかに異なることから,これに接する当業者は,出力中の画データが,画像入力装置から入力されたものか,回線制御装置から入力されたものか,すなわち,電子コピー文書か受信文書かの種別を判断することのできるものと理解し,刊行物7に,電子コピー文書か受信文書かの種別を判断することのできる情報を表示することも記載されていることを理解するものと認められる。また,上記ア〜オの記載からも明らかなように,ファクシミリ分野の当業者は,出力中の画データが,画像入力装置から入力されたものか,回線制御装置から入力されたものか,すなわち,電子コピー文書か受信文書かにより,情報を区別して取り扱うべきことを認識していることが認められる。
     原告は,入力先の電話番号に関しては,送信側から非標準コマンド等で送られてくる電話番号を,そのまま記憶し,表示することになっており,非標準コマンドは,各社が独自にコマンドを定義するものであるから,通信相手機として大多数を占める他社機等の当該コマンド非対応機種では,非標準コマンドから送られてくる情報は取得できず,結果として,電話番号は表示されないことになり,また,標準コマンドで送られるTSI(送信端末識別)は,送信機のユーザーが送信機に登録した情報であり,電話番号を表しているかどうかも疑わしいとも主張する。しかしながら,引用発明1は,上記イ記載のとおり,入力先を確認することを課題とするものであるから,入力者のIDカード等から読み取った電子コピー文書の入力者情報は,統一されたフォーマットを備え,入力者が確認できるように設計するものと解するのが自然であるから,これと入力先の電話番号情報を持っている受信文書の入力先情報との区別が明確となっているものと認められる。そうすると,非標準コマンドは,各社が独自にコマンドを定義するものであり,TSI(送信端末識別)は,送信機のユーザーが送信機に登録した情報であることにより,受信文書の入力先が不明となる場合が生じ得るとしても,統一されたフォーマットを備え,入力者が確認できるように設計された電子コピー文書の入力者情報との区別が困難になるものとは認められない。
      以上検討したところによれば,刊行物7には,「種別を判断することのできる情報を表示すること」が記載されているものと認めることができ,原告の主張は,採用することができない。
   (2) 原告は,引用発明1及び周知技術のいずれにも,ファイル種別を表示して中断等の判断をさせるという技術的思想及び「ファイル種別を表す情報を表示する表示手段」について開示はなく,これらを組み合わせたところで,本件発明1に想到することはできないと主張する。
     しかしながら,本件明細書(甲2−2)の「【産業上の利用分野】この発明はデータ処理装置に関し,特にプリントが連続的に行われている最中に,ファイルの種別を確認することができるデータ処理装置に関する」(段落【0001】),「【従来の技術】ファクシミリ装置やプリンタ装置などのデータ処理装置は,複数ファイルのイメージ情報を蓄積する記憶手段と,該記憶手段から読み出されたイメージ情報をプリントアウトするプリンタ手段を有している。従来のこの種のデータ処理装置には,現にプリント中のファイルの情報として,全体の枚数あるいは残り枚数を表示する機能を備えているものがある」(段落【0002】,【0003】)との記載によれば,データ処理装置の分野において,複数のファイルの情報を記憶手段に蓄積し,記憶手段から読み出した情報をプリントすることは周知であったことが認められるところ,本件特許出願前,ファクシミリ装置は,一般家庭にも普及し,ファクシミリ装置の付加機能として,短縮ダイヤル機能及び通信管理機能は一般的な機能であるから,これらの機能をファクシミリ装置が出力機能を用いて,短縮ダイヤルの「設定リスト」や通信管理の「通信レポート」として出力させることも周知であったことは,当裁判所に顕著である。
     また,刊行物5(甲7)の「プリントされるべきジョブはいくつかのことなる型のジョブのうちのどれかの一つから成る。これらジョブとしては,パーソナルコンピュータのような画像発生装置から受信される画像データからプリントが作られるプリントジョブ300,走査器9によって走査される書類110からコピーが作られるコピージョブ303,電話線25(第3図)のような通信チャンネルを介して複写装置5へ伝送されるビデオ情報からコピー及びプリントが作られるファクシミリジョブ305等がある」(6頁右上欄第1段落),「プリント,コピー,及びファクシミリのジョブ300,303,305は何時でも出力待ち行列内に移動させることができる。保持または出力のいずれかの待ち行列310または315内にあるプリント,コピー,及びファクシミリのジョブ300,303,305は何時でも使用者の随意に削除することができる。ジョブが,該ジョブがプリントされている最中に削除されると,プリンタ7の用紙通路内にある全てのコピーまたはプリントは出力トレイ86へ送られ,このジョブのそれ以上のプリントは停止され,そしてこのジョブは削除される。各ジョブ300,303,305はUI 10のディスプレイ400の一つのラインにリストされる。これらジョブを識別するため,各ライン(従って,各ジョブ)に番号付けする」(6頁右下欄第2段落〜7頁左上欄第1段落)との記載によれば,ファクシミリ装置の技術分野において,ファイルを,受信文書,電子コピー文書という種別を一つにまとめて取り扱うことが,刊行物1(甲3)第2図の「印刷状態表示」の図示によれば,印刷状態表示として,ファイルを種別くくりし,例えば,「種別」欄に「文書」,「帳票」,「グラフ」等の表示をすることが,いずれも技術常識に属するものと認められる。そして,刊行物7(甲9)には,出力中の画データが,画像入力装置から入力されたものか,回線制御装置から入力されたものか,すなわち,電子コピー文書か受信文書かの種別を判断することのできる情報を表示することが記載されていることは上記(1)のとおりであるから,刊行物7に記載された引用発明1に,上記周知事項を組み合わせ,その際,上記技術常識を採用して,把握する情報として,受信文書,電子コピー文書等のファイル種別を表す情報とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

   (3) 次に,原告は,引用発明1は,入力先を表示するという発明であり,入力先の存在しない通信レポートや設定リストの種別を表示しようとする理由がないから,引用発明1とこれら周知技術とを組み合わせることの動機がないとも主張する。しかしながら,一般に,同一分野に属する公知技術に周知技術を組み合わせること及び技術常識を採用することは,当業者の通常行う創意工夫であるところ,当業者は,引用発明1においても,ファクシミリ装置の周知の機能である通信レポートや設定リストの印刷機能を備えているものと想定するものと認められる。そして,引用発明1は,受信文書及び電子コピー文書を取り扱うものであり,課題として,印刷の要不要に対処したものであるから,引用発明1において,通信レポートや設定リストの印刷の要不要は,当然に課題となるものと認められるから,当業者が,これらを情報として区別して扱うものと解され,入力先がないとはいえ,通信レポート及び設定リストについて,受信文書,電子コピー文書と区別して表示させることは,当業者の通常行う創意工夫であると認められる。そうすると,引用発明1に周知技術を組み合わせる際,通信レポート及び設定リストについても,受信文書,電子コピー文書と同様に種別を表示することは,当業者が容易にし得ることというべきである。
   (4) さらに,原告は,本件発明1は,刊行物1〜7のいずれにも記載のない,「ファイルの種別を表す情報を表示する表示手段」という特有の構成を有し,これによって,ユーザーに現在プリント中のファイルの種別を容易かつ迅速に把握させ,不要なプリントを停止するなどの判断のための情報を提供できるという顕著な作用効果を有すると主張する。しかしながら,刊行物7には,「種別を判断することのできる情報を表示すること」が記載されていることは,上記(1)のとおりであり,その効果も,引用発明1が当然に奏し得る効果であるから,原告主張の上記効果を,本件発明1の顕著な作用効果であるということはできない。
   (5) 以上検討したところによれば,本件発明1と引用発明1との相違点についての決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。

 2 取消事由2(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について
    上記のとおり,決定の本件発明1と引用発明1との相違点についての判断に誤りはないから,その誤りを前提とする原告の取消事由2の主張も,理由がない。
 3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
    よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。


     東京高等裁判所知的財産第2部

           裁判長裁判官       篠  原  勝  美

                     裁判官       岡  本     岳

                      裁判官       早  田  尚  貴