H16. 3.24 東京地裁 平成15(ワ)25348 商標権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第25348号商標権使用差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年2月16日
           判    決
      原      告       八峰出版株式会社
      訴訟代理人弁護士       服 部 弘 志
      同                 寺 原 真希子
      被      告       株式会社日本医療情報出版
      訴訟代理人弁護士       山 崎 順 一
      同                           新 井 由 紀
      同                           三 輪 健 志
                     主    文
     1 原告の請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は,原告の負担とする。

           事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,別紙雑誌目録記載の雑誌(以下「本件書籍」という。)の販売に当たり,別紙標章目録記載の標章(以下「被告標章」という。)を使用してはならない。
 2 被告は,本件書籍を廃棄せよ。
 3 被告は,原告に対し,金553万2000円及びこれに対する平成15年11月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
    本件は,原告が被告に対し,本件書籍を販売する被告の行為が原告の商標権を侵害すると主張して,本件書籍の販売における被告標章の使用,本件書籍の廃棄及び損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
   (1) 当事者
      原告及び被告は,いずれも出版業を営む株式会社である。
   (2) 原告の商標権
      原告は,次の商標権(以下「本件商標権」といい,その登録商標を「本件商標」という。)を有する。

       登録番号       第4505217号
       登録年月日      平成13年9月7日
       商品及び役務の区分  第16類
       指定商品       新聞,雑誌
       登録商標       がん治療最前線(標準文字)
   (3) 被告の行為
      被告は,「月刊がん もっといい日」と題する月刊誌(以下「被告月刊誌」という。)を毎月発行しているところ,平成15年6月10日を発行日として被告月刊誌の別冊として本件書籍を発行した。本件書籍は,病院内の売店等で販売されている。
      本件書籍には,被告標章が表示されている。
 2 争点
   (1) 被告標章の使用が本件商標権の侵害となるか。
   (2) 損害の額はいくらか。
第3 争点に関する当事者の主張
 1 被告標章の使用が本件商標権の侵害となるか。
 (原告の主張)

   (1) 類似性の有無
      本件書籍は,本件商標権の指定商品である雑誌に該当する。また,本件商標は「がん治療最前線」であるのに対し,被告標章は「がん治療の最前線」であり,両者を対比すると,被告標章は「がん治療」と「最前線」との間に「の」を加えただけであるから,本件商標と被告標章は称呼及び観念において類似する。
      したがって,被告標章を付した本件書籍を販売することは,本件商標権の侵害となる。
   (2) 出所表示機能の有無
      被告標章は,「がんの治療法」,「がん治療の最新情報」,「がん治療の紹介」などとは異なり,「最前線」という独特の言い回しが使用されており,記事内容を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるわけではないから,出所表示機能,自他識別機能を有する。
      また,本件書籍は,雑誌であり,定期的に発行されてきた被告月刊誌に掲載されていた記事を再度掲載しているだけであること,異なる多数の著作者の著作により構成されていることから,各著作者との結びつきよりも引用元である被告月刊誌の発行者(被告)との結びつきの強い商品である。したがって,被告標章は出所表示機能,自他識別機能を有する。

 (被告の反論)
   (1) 類似性の有無
     ア 本件商標と被告標章の称呼における差異は,「がんちりょう」と「さいぜんせん」の間に「の」がある点のみであるが,日本語において連体修飾語を作る格助詞の「の」は文法上極めて重要な機能を果たしているため,二つの名詞の間に「の」の音が介在した場合,先行語と後続語は分離されて認識されるから,先行語と後続語が直接結合されている場合とは明瞭に語感が異なるというべきである。
        したがって,本件商標と被告標章は称呼において類似しない。
     イ 本件商標と被告標章とは観念において類似するが,本件商標は,「がん治療の最前線」という書籍の特定の内容を示すありふれた記述から格助詞の「の」を取り去ることにより,造語性のある不可分一体化された文字標章として雑誌の命名に用いたところに特徴があり,これによって辛うじて商標登録性が認められたものというべきである

        これに対し,被告標章は,商標法3条1項3号に該当し,商標登録性を欠くから,商標として本件商標と重大な差異があり,この点と称呼における非類似性と併せて見れば,全体として両者の間の類似性は認められないというべきである。
   (2) 出所表示機能の有無
     ア 本件書籍は単行本としての性質も有しており,被告標章は,がん治療における先端的な療法を紹介,報道する出版物であるという本件書籍の特定の内容をそのまま表示する題号にすぎず,出所表示機能,自他識別機能を何ら有しない。本件書籍が被告月刊誌の発行・編集人により発行・編集されたことを示すという意味での出所表示機能,自他識別機能を有する標章は,「月刊がん もっといい日」である。
        したがって,被告標章は商標として使用されているものではないから,その使用について本件商標権の侵害となることはない。

     イ また,被告標章は,本件書籍の品質を普通に用いられている方法で表示しているにすぎないから,商標法26条1項2号所定の商標に該当し,商標権の効力は及ばない。
 2 損害の額
 (原告の主張)
   (1) 被告は,本件書籍を少なくとも7000部発行し,本訴提起までにそのうち5000部を販売した。
      本件書籍の定価は1143円(税別)であり,その利益率は80パーセントであるから,被告は,平成15年6月10日の発行日から本訴提起までに少なくとも457万2000円の利益を得ている。
      この金額が原告の被った損害額と推定される(商標法38条2項)。
      また,原告は,本訴提起までの被告との交渉及び本訴提起に関し,弁護士費用及び弁理士費用として合計96万円を支出した。
   (2) したがって,被告が本件書籍を販売したことにより原告が被った損害の額は,合計553万2000円となる。

 (被告の認否)
    原告の主張を争う。
第4 当裁判所の判断
 1 商標権侵害の有無
   (1) 事実認定
      前記争いのない事実等に証拠(甲8,乙1)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
     ア 本件書籍は,平成15年6月10日を発行日として発売された被告月刊誌「月刊がん もっといい日」の別冊である。被告は,本件書籍の他にも被告月刊誌の別冊を発行しているが,被告標章を付したものは,本件書籍のみである。
     イ 被告標章は,被告雑誌の表紙,裏表紙及び1枚目表側に表記されている。
       (ア) 表紙の表記態様は,以下のとおりである。
          表紙の上部に,左から右に横書きで,上から順に,赤色で小さく「別冊『月刊がん もっといい日』」,黒色で大きく「がん治療の最前線」,緑色で小さく「進歩するがん治療。各専門医による最新の治療法をご紹介します。」と記載されている。

          表紙の中央部には,本件書籍の本文中に紹介されている最新の治療法に関する名称等が記載されている。すなわち,縦書きで,オレンジ色で小さく,「乳がん内視鏡手術」,「PET/陽電子放射線断層撮影装置」,「がん休眠療法」,「サリドマイド療法」,「陽子線治療」,「肺がんラジオ波凝固療法」,「肺がん胸腔鏡手術」,「肝臓がんラジオ波焼灼療法」,「がんの遺伝子検査と診断」,「ハイパーサーミア」,「子宮頸がん光線力学的治療法」,「強度変調放射線治療」,「膵臓がんミニ移植」,「肝炎頸部交感神経ブロック」,「前立腺がん小線源永久留置療法」,「胃がん腹腔鏡手術」,「子宮頸がん放射線+漢方療法」の名称が表示されている。
       (イ) 裏表紙には,左上部に全体を縮小して,左から右に横書きで,上から順に,赤色で小さく「別冊『月刊がん もっといい日』」,黒色で大きく「がん治療の最前線」,緑色で小さく「進歩するがん治療。各専門医による最新の治療法をご紹介します。」と記載され,その書体,色彩及びレイアウトにおいて表紙と同一である。

          また,1枚目表側の表記は,白黒印刷である点及び全体を縮小している点を除いて,書体,レイアウトにおいて表表紙と同じである。
     ウ 本件書籍は,患者やその家族が,より良い治療法を選択できるための情報を提供する目的で,がんの最新の治療法や治療施設に関する現状を紹介する記事から構成されている。そして,《すべてのがんに》との題の下に7点,《各部位別のがんに》との題の下に10点,合計17点の記事が掲載されている。これらの記事は,「月刊がん もっといい日」で掲載された「治療最前線」の中から,特に期待されている治療法を選択して,まとめられたものである。
        各記事の見出しは,次のとおりであって,いずれも,がん治療の専門医がそれぞれの専門分野における最新の治療法を紹介する形式が採られている。

       《すべてのがんに》
       @ PET/陽電子放射線断層撮影装置 再発・転移がんの早期発見と最適治療に役立つ最新機器
       A 陽子線治療 病巣部分をピンポイントで狙い撃つ究極の放射線療法
       B がん休眠療法 21世紀の主流となる抗がん剤治療
       C がんの遺伝子検査と診断 発病リスクに応じた対応策を立てる遺伝カウンセリング
       D サリドマイド療法 悪液質の進行を抑え,固形がんに著効を示す悪魔の薬
       E ハイパーサーミア 末期がんに有効な温熱療法,抗がん剤の併用で驚くべき効果
       F 強度変調放射線治療 従来の限界を乗り越える画期的な放射線治療
       《各部位のがんに》
       G 肺がんラジオ波凝固療法 肺機能を損なわず何回も繰り返し行える革命的治療法
       H 肺がん胸腔鏡手術 免疫力が維持され再発防止に大きなメリット

       I 胃がん腹腔鏡手術 早期の社会復帰を可能にするオーダーメード手術
       J 乳がん内視鏡手術 乳房に傷をつけない美容的にもっとも優れた乳がん根治療法
       K 肝臓がんラジオ波焼灼療法 がん細胞を全滅させ再発を防ぐ肝臓がんの新療法
       L 肝炎頸部交感神経ブロック 副作用を軽減し肝炎のインターフェロン療法を完遂に導く
       M 子宮頸がん光線力学的治療法 子宮をほぼ原型のまま残せる子宮頸がんの治療法
       N 子宮頸がん放射線+漢方療法 進行子宮頸がんの再発・転移を抑える放射線と漢方薬のW治療
       O 前立腺がん小線源永久留置療法 副作用の心配が少ない前立腺がんの新組織内放射線療法
       P 膵臓がんミニ移植 膵臓がんの激痛を解消しQOLを向上させる待望の治療法
   (2) 判断
      以上認定した事実を基礎に検討する。

      当裁判所は,被告標章は,商品を特定する機能ないし出所を表示する機能を果たす態様で用いられていないので,商標として使用されていないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
      確かに,本件書籍の表紙等には,本件標章である「がん治療の最前線」との表記がされている。しかし,
     ア 本件標章の上には,別冊「月刊がん もっといい日」と記載されて,本件書籍の上記雑誌との関係が示され,また,本件標章の下には,「進歩するがん治療。各専門医による最新の治療法をご紹介します。」と本件書籍の内容が端的に説明され,さらに,その下には,「乳がん内視鏡手術」,「PET/陽電子放射線断層撮影装置」,「がん休眠療法」,「サリドマイド療法」などの治療法の実例が挙げられており,このような本件標章の表記態様に照らすと,本件書籍の需要者は,「がん治療の最前線」との被告標章を,最新のがん治療法を内容とする記事を掲載した雑誌であることを示す表示であると理解すると解される。

     イ @被告は,がん医療の最新情報をがん患者やその家族のために提供するために,月刊誌として「月間がん もっといい日」の発行を継続しており,同雑誌の中で,「治療最前線」の表題の下に,がんに関する最新の治療法の紹介記事を連載していたこと,A本件書籍は,上記雑誌の別冊として出版された図書であること,B本件書籍の内容は,上記雑誌において「治療最前線」の表題の下に連載された最新のがん治療法の紹介記事を,特に期待されている治療法のみを選択して,まとめられた図書であること,C本件書籍で紹介されている記事は,「乳がん内視鏡手術」,「PET/陽電子放射線断層撮影装置」,「がん休眠療法」,「サリドマイド療法」,「陽子線治療」などであるが,合計17点の記事すべてが,注目されている最新の治療法の現場からの紹介に関するものであること等,本件書籍の内容に照らすと,本件書籍の需要者は,「がん治療の最前線」との被告標章を,最新のがん治療法を内容とする記事を掲載した雑誌であることを示す表示であると理解すると解される。
      以上のとおり,被告が本件書籍において被告標章を用いた行為は,被告標章を,本件書籍の自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する態様で使用する行為,すなわち商標としての使用行為であると解することはできないから,本件商標権の侵害には当たらない。
 2 結語
    よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。


     東京地方裁判所民事第29部
       
                 裁判長裁判官   飯  村  敏  明



                       裁判官      榎  戸  道  也


                       裁判官      佐  野     信