H16.10.29 東京地裁 平成15(ワ)2101 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第2101号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年7月30日
                       判決
           原告         古河電気工業株式会社
           同訴訟代理人弁護士  升 永 英 俊
           同訴訟復代理人弁護士 荒 井 裕 樹
           同補佐人弁理士    谷   義 一
           同          新 開 正 史
           同          窪 田 郁 大
           同          渡 邉 敬 介
           同          小 池 寛 治
           被告         コーニング・ケーブルシステムズ
                  インターナショナル・コープ
           同訴訟代理人弁護士  熊 倉 禎 男

           同          辻 居 幸 一
           同          渡 辺   光
           同          相 良 由里子
           同          高 石 秀 樹
           同補佐人弁理士    弟子丸   健
           同          倉 澤 伊知郎
                       主文
       1 原告の請求をいずれも棄却する。
       2 訴訟費用は原告の負担とする。
                       事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,原告に対し,金62億1599万円及びこれに対する平成15年2月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は,別紙1被告製品目録記載の製品を譲渡し,輸入し,その譲渡の申出をし,又は譲渡のために展示してはならない。
 3 被告は,その占有に係る前項記載の製品を廃棄せよ。
第2 事案の概要

    原告は,被告に対して,別紙1被告製品目録記載の製品(多心スロット型光ファイバケーブル,以下「被告製品」という。)を輸入,販売する被告の行為が原告の有する特許権を侵害するとして,損害賠償金の支払,被告製品の譲渡等の差止,廃棄等の請求をした。
 1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。)
   (1) 本件特許権
      原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その請求項1の発明を「本件発明」という。また,本件特許権に係る特許を「本件特許」という。)を有している。
        特許番号    第2023966号
        出願番号    特願平4−177669号
                (実願昭59−129405号の出願の変更)

     出願年月日   昭和59年8月27日
        出願公告日   平成7年4月19日

        登録年月日   平成8年2月26日
        発明の名称   平面状光ファイバユニット
        特許請求の範囲(請求項1)
              光ファイバを複数本平面状に並行に並べ被覆を施してなるテープ状光ファイバユニットを,複数本平面状に並べ,これらを一括して被覆した樹脂製の保護層により,テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で直接連結せしめてなり,前記保護層は,テープ状光ファイバユニットとの間に何も介在させずにテープ状光ファイバユニットと密接させてあり,かつ容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄くしてある,ことを特徴とする平面状光ファイバユニット。
   (2) 本件発明の構成要件
      本件発明の構成要件は,以下のとおり分説できる。
     @ 光ファイバを複数本平面状に並行に並べ被覆を施してなるテープ状光ファイバユニットを,複数本平面状に並べ,

     A これらを一括して被覆した樹脂製の保護層により,テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で直接連結せしめてなり,
     B 前記保護層は,
       A テープ状光ファイバユニットとの間に何も介在させずにテープ状光ファイバユニットと密接させてあり,
       B かつ容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄くしてある,
     ことを特徴とする平面状光ファイバユニット
   (3) 被告の行為及び被告製品の内容
     ア 被告は,被告製品を輸入,販売している。
     イ 被告製品の構成は,別紙2被告製品の構成の概要のとおりである。
     ウ 被告製品の平面状光ファイバユニット(以下「被告平面状光ファイバユニット」という。)は,平面状に並べられた2つのテープ状光ファイバユニットに被覆が施されたものである。被告平面状光ファイバユニットを構成する,2つのテープ状光ファイバユニットは,それぞれ,平面状に並行に並べられた4本の光ファイバに被覆が施されている(以下,各テープ状光ファイバユニットにおける光ファイバの被覆を「テープ内側被覆」,2つのテープ状光ファイバユニットの被覆を「テープ外側被覆」という。)。

     エ 被告製品は構成要件@を充足する。
       (4) 本件特許の出願経過等
      本件特許は,実用新案登録出願として出願された後,特許出願に変更され,特許された。その出願経過等は以下のとおりである。
     ア 昭和59年8月27日  実用新案登録出願(実願昭59−129405号)(以下「原出願」という。)
     イ 昭和61年3月25日  出願公開
     ウ 平成4年6月12日   出願変更(特許出願)(特願平4−177669号)(以下「変更出願」といい,その明細書を「変更出願明細書」という。)
     エ 平成7年4月19日   公告(特公平07−36053号)
     オ 平成8年2月26日   登録
     カ 平成12年2月10日  訂正審判請求(以下「本件訂正」という。)

     キ 平成12年4月14日  審決(請求成立)
   (5) 原出願の実用新案登録請求の範囲
      原出願の「実用新案登録請求の範囲」は,以下のとおりである。
       @ 光ファイバを複数本平面状に並列に並べ被覆を施してなるテープ状光ファイバユニットを複数本平面状に並べ保護層を設けたことを特徴とする光ファイバユニット。
       A 前記保護層は熱硬化性樹脂,熱可塑性樹脂,または紫外線硬化性樹脂からなることを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の光ファイバユニット。
       B 前記保護層はプラスチックテープからなることを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の光ファイバユニット。
   (6) 変更出願の特許請求の範囲
      変更出願の「特許請求の範囲」(請求項1)は,以下のとおりである。
     【請求項1】光ファイバを複数本平面状に並行に並べ被覆を施してなるテープ状光ファイバユニットを,複数本平面状に並べ,これらを一括して被覆した樹脂製の保護層により直接連結せしめたことを特徴とする光ファイバユニット。

   (7) 先願発明の特許請求の範囲
            日本電信電話公社(以下「NTT」という。)の出願に係る特許出願(以下「先願発明」という。乙4)の詳細は,以下のとおりである。
     ア 出願年月日  昭和58年10月20日
     イ 出願公開日  昭和60年5月17日(特開昭60−87307号)
     ウ 発明の名称  フラット光ケーブル
     エ 特許請求の範囲
     「1 横断面形状が偏平であるケーブル外被の長軸に沿って,この外被の両端部に位置するように抗張力体が配置され,前記外被の内部には長方形断面のスペースが形成され,このスペース内に光ファイバを複数集合して成るフラット光ファイバケーブルにおいて,複数心の光ファイバを平行に整列し,紫外線硬化樹脂等によりこれらを一体化しテープ状に集束したリボンユニットの複数条を,紫外線硬化樹脂等のリボンユニット集合用樹脂によって,光ファイバ中心がほぼ直線上に並ぶように一体化して構成したリボンユニット集合体が,長方形のスペース内に1枚または複数枚積層されて緩く収容されていることを特徴とするフラット光ケーブル。」

   (8) 訂正の経緯
     ア 原告は,平成12年2月10日,本件特許の明細書及び図面について,以下のとおりの内容の訂正審判請求をして認められた。
       (ア) 明細書の特許請求の範囲の請求項1に,「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で」被覆を施す旨の文言を追加する。
       (イ) 作用として,@と同様の文言及びこれにより,光ファイバユニットをコンパクトに構成する旨を追加する。
     イ 審判請求書(甲4の1)には,請求の理由として,以下の記載がされている。すなわち,
       「本件特許の出願よりも先願の特願昭58−195117号(特開昭60−87307号・以下本件先願の出願を単に先願という)が存在し,本件特許の発明が先願に開示された発明の一部を包含していることを発見した。

        即ち,先願の特許請求の範囲第1項には,『複数心の光ファイバを平行に整列し,紫外線硬化樹脂等によりこれらを一体化しテープ状に収束したリボンユニットの複数条を,紫外線樹脂等のリボンユニット集合用樹脂によって,光ファイバ中心がほぼ直線上に並ぶように一体化して構成したリボンユニット集合体』が記載され,更に図面中には,符号2によりリボンユニットが示され,5としてリボンユニット集合体が示されている。また,明細書第3頁(公開公報第2頁左上欄)第20行ないし同第4項(公開公報第2頁右上欄)第4行には,『5心または10心程度のリボンユニットをヤング率の小さい樹脂により一体化し,接続時にはリボンユニット同士を簡単に切り離すことができ,操作性を容易にするフラット光ケーブルを提供するを目的とする』が記載されている。
        これらに記載された先願の明細書に記載された技術内容は,現在の本件特許の権利範囲に含まれるものである。
        審判請求人は,これに対処するため,特許法第126条第1項の規定に従い,本件特許明細書および図面について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を行おうとするものである。
        更に,本件訂正に伴う明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正を行おうとするものである。」
     ウ 本件訂正の審判請求書(甲4の1)において,テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で被覆を施す旨の文言を追加する訂正を行う目的として,以下のように記載されている。
       「この訂正は,テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態を特定するものであり,訂正前の【図2を】除外し,訂正前の【図3】の状態を特定する訂正である。またこの特定事項の記述は訂正前の明細書の段落番号【0010】に記載されている。即ち,【0010】には,『図2の実施例は,隣合うテープ状光ファイバユニット3,3の向かい合う側端部Aの間にも保護層4の樹脂を介在させたものであるが,これの変形例としては図3に示すように,テープ状光ファイバユニット3,3を,側端部Aを互いに接触させた状態で保護層4により連結することも可能である。このようにすると平面状光ファイバユニットの幅を小さく抑えることができ,ケーブル化の際,より高密度化することができる。』が記載されている。従って,本訂正は,新規事項の追加にあたる訂正ではなく,しかも特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。」

 2 争点
   (1) 構成要件Aの充足性(争点1)
   (2) 構成要件BBの充足性(争点2)
   (3) 明らかな無効理由の存否
     ア 出願変更不適法による新規性又は進歩性の欠如(争点3)
     イ 特許法29条の2の違反(争点4)
     ウ 進歩性欠如(争点5)
   (4) 原告の損害(争点6)
 3 争点についての当事者の主張
   (1) 争点1(構成要件Aの充足性)について
     ア 「保護層」の有無
     (原告の主張)
       (ア) 本件発明の「保護層」は,他のいかなる目的で設けられたものであったとしても,テープ状光ファイバユニットを保護する機能を有するものであれば足りる。
       (イ) 被告製品の「平面状光ファイバユニット」は,2つのテープ状の光ファイバユニットが,樹脂製のテープ外側被覆により,一括して被覆されている。また,被告製品の「テープ外側被覆」は,テープ状光ファイバユニット全体を被覆しているので,テープ状光ファイバユニットを保護する機能を有する。したがって,当該テープ外側被覆は,本件発明の「保護層」に該当する。

     (被告の反論)
       (ア) 本件発明の「保護層」は,テープ状光ファイバユニットを保護する機能のみを有しているものに限られる。
       (イ) 被告製品における平面状光ファイバユニットは,テープ外側被覆の樹脂のヤング率をテープ内側被覆の樹脂のヤング率よりも著しく小さくすることにより,一対のテープ状光ファイバユニットを一体化するとともに,双方を分離しやすくしている。したがって,被告製品におけるテープ外側被覆は,保護層に当たらない。
     イ 「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で直接連結せしめている」構成の有無
     (原告の主張)
       (ア) 構成要件Aにおける「側端部を互いに接触させた」とは,側端部の全部又は一部を互いに接触させた状態にあることを意味する。なお,「接触」とは,当業者が,テープ状光ファイバユニット相互の側端部が互いに接触していると判断するような状態にあることを意味するものと解釈すべきである。

          また,構成要件Aにおける,テープ状光ファイバユニットの「側端部」は,以下のとおりの理由から,断面長方形状のものに限られず,断面略楕円形状のものも含まれる。
          本件特許の訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)において,テープ状光ファイバユニットの形状を断面長方形状のものに限定する記載はなく,原出願当時,当業者である光ファイバケーブル製造業者において,断面略楕円形状のテープ状光ファイバユニットが存在することは知られていた。そして,断面略楕円形状のテープ状光ファイバユニットの場合には,「側端部」の形状も,必然的に,その円弧の先端部分(「点」ではない。)を意味するものと解釈される。
       (イ) 被告製品の平面状光ファイバユニットでは,光学顕微鏡による写真のレベルで観察して,約80パーセントは,側端部間の介在層が見えない状態である。このような状態は,テープ状光ファイバユニット相互の側端部が接触していると理解されるべきものである(なお,光学顕微鏡による写真のレベル以上の解像度,倍率で観察した結果においても,テープ状光ファイバユニット相互の側端部が接触していることが示されているが,この結果を待って初めて「接触」如何が決定されるものではない。)。

          したがって,被告製品は,構成要件Aの「テープ状光ファイバユニット相互の側端部互いに接触させた状態で直接連結せしめて」を充足する。
     (被告の反論)
       (ア) 構成要件Aの「側端部を互いに接触させた状態」とは,以下のとおりの理由から,「点ではなく,広がりをもった平面が触れていること」を意味すると解すべきである。
          「側端部を互いに接触させた状態」の意義については,本件明細書には記載がないから,願書に添附された図面のみを根拠とせざるを得ない。同図面では,プラスチックテープで被覆することにより,テープ状光ファイバユニットの2つの平面を押圧し,これを一体化する態様が示されている。この態様は,断面長方形状のテープ状光ファイバユニットにのみ実施でき,断面略楕円形状のものには実施できない。したがって,構成要件Aにおける「側端部を互いに接触させた状態」とは,テープ状光ファイバユニットが向かい合う2つの平面を接触させた状態を指す。

       (イ) これに対して,被告製品の平面状光ファイバユニットにおいては,テープ状光ファイバユニットが向かい合う面は円弧状に形成されていて平面は存在しないし,向かい合う面全体及び向かい合う先端の間に樹脂(テープ外側被覆)が介在しており,側端部を互いに接触させた状態ではない。
          したがって,被告製品は,構成要件Aの「側端部を互いに接触させた状態」を充足しない。
   (2) 争点2(構成要件BBの充足性)について
   (原告の主張)
     ア 構成要件BBにおいては,保護層の樹脂の物性を特定していない。したがって,保護層は,容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄く形成しさえすれば足りるのであって,保護層の樹脂をテープ状光ファイバユニット内側の被覆樹脂と同一の物性にする場合に限定されるものではない。

     イ 被告製品の平面状光ファイバユニットの保護層であるテープ外側被覆は,容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さが薄くなっているから,被告製品は,本件発明の構成要件BBを充足する。
   (被告の反論)
     ア 本件発明の構成要件BBは,保護層を容易にちぎるためにその厚さを薄くすることを必須の要件として規定している。本件明細書において,保護層の樹脂とテープ状光ファイバユニット内側の被覆樹脂の弾性率を変化させることによって,ちぎれやすくするという構成の開示や示唆はないことからも,構成要件BBは,同一の樹脂で形成することを前提とした上,その厚さを変えることを必須の要件としている。
     イ これに対し,被告製品の平面状光ファイバユニットは,テープ内側被覆とテープ外側被覆とでは,ヤング率が大きく異なる,すなわち,同じ厚さでもちぎれやすさが著しく異なる性質を有する紫外線硬化樹脂が用いられている。したがって,被告製品の平面状光ファイバユニットは,保護層を容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄くしてあるものとはいえない。

   (3) 争点3(出願変更不適法による新規性又は進歩性の欠如の明らかな無効理由があるか)について
     (被告の主張)
      本件発明には,以下のとおり,新規性又は進歩性の欠如による明らかな無効理由がある。
     ア 原出願明細書には,第3図の実施例について,「保護層はプラスチックテープからなること」「プラスチックをはがす」との技術の開示はあるが,「保護層が樹脂からなること」「保護層をちぎる」との技術の開示はない。
        「プラスチックテープ」は固体であるのに対し,熱硬化性樹脂,熱可塑性樹脂又は紫外線硬化性樹脂等の樹脂は,液体のものが固化されたものである。また,「ちぎる」とは,その物自体を切ることを意味するのに対し,「はがす」とはその物自体を,物理的に破壊することなく引き離すことを意味し,互いに相違する。

        したがって,変更出願明細書の図3の実施例は,原出願明細書の第3図の実施例とは異なる,新たな実施例であり,その要旨が変更されている。
     イ 出願変更において,出願日が原出願の日に遡及するのは,出願変更後の明細書の記載が原出願明細書に開示されていた場合である。変更出願においては,前記のとおり,新たな実施例を追加したことにより,特許請求の範囲に記載された技術事項が実質的に変更されたから要旨変更に該当し,出願変更は不適法であるから,本件特許の出願日は出願変更の日である平成4年6月12日となる。
        よって,本件発明は,原出願明細書に係るマイクロフィルム(以下「原出願明細書マイクロフィルム」という。)の記載に基づいて新規性又は進歩性を欠き,明白な無効理由を有する。
     (原告の反論)

      変更出願は,以下のとおり,原出願に係る考案の要旨を変更することなくされたものであって,適法であるから,本件発明には,被告が主張する明白な無効理由はない。
     ア 原出願明細書中には,保護層は,プラスチックテープに限らず,各種樹脂等を含むことを前提として,テープ状光ファイバユニットの分離方法についても,「ちぎる方法」や「はがす方法」や「その他の分離方法」が開示されている。また,原出願明細書では,第3図に係る実施例について,保護層部分はプラスチックテープと記載されているが,この図は,保護層をプラスチックテープに限定した原出願の実用新案登録請求の範囲(3)の実施例だけではなく,保護層をプラスチックテープに限定していない同(1)の実施例でもある。したがって,原出願明細書は,樹脂製からなる,ちぎれ易い保護層に係る技術が開示されていると解される。

        以上のとおり,原出願の実施例である第3図(なお,原出願の実用新案登録請求の範囲(1)の実施例と同じ。)は,保護層の材質が限定されず,樹脂製の保護層を含むものと解釈すべきであるが,仮に,そのように解釈できない場合であっても,原出願明細書に保護層の材質として記載のある樹脂を,原出願の実施例である第3図に適用し,第3図の保護層の材質をプラスチックテープから樹脂に置換することは自明であるといえる。
     イ 本件発明は,原出願明細書に記載されている事項の範囲内とみるのが相当であって,出願変更は適法であり,出願日は出願変更時の平成4年6月12日ではなく,原出願日である昭和59年8月27日となる。そうすると,本件発明が,原出願明細書マイクロフィルムの記載に基づいて新規性又は進歩性を欠くことはなく,明白な無効理由は存しない。

   (4) 争点4(特許法29条の2の違反による明らかな無効理由があるか)について
   (被告の主張)
      本件発明は,前記の先願発明と実質的に同一であるから,特許法29条の2に該当し,明白な無効理由がある。
     ア 先願発明に係る特許公報には,本件発明の構成要件@並びにBA及びBが記載されている。
        先願発明に係る特許公報には,本件発明の構成要件Aのうち,「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で」連結することについての記載はない。しかし,リボンユニット(本件発明のテープ状光ファイバユニットに相当する。)を被覆するに当たり,リボンユニットの近接の程度,リボンユニット相互の端の接触の有無は,当業者にとって単なる設計事項にすぎないから,先願発明に係る特許公報には本件発明の構成要件Aが記載されていると解される。

        したがって,本件発明は先願発明と実質的に同一であり,本件発明は特許法29条の2に該当する明らかな無効理由がある。
     イ なお,被告製品の1000心光ファイバケーブルは,NTTと,NTTから開発メーカーとして指名されたシーコア・コーポレーション(被告の前身)により,共同で開発されたものである。そして,被告製品に用いられている被告平面状光ファイバユニットは,NTTが出願した先願発明を実施したものであるから,特許法29条の2の趣旨から,被告製品に対して,本件特許権の効力が及ばない。                                                
   (原告の反論)
      本件発明と先願発明は実質的に同一ではない。
     ア 先願発明に係る特許公報には,本件発明の構成要件Aのうち,「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を相互に接触させた状態で」連結することについての記載がない。本件発明の構成要件Aは,これによって,平面状光ファイバユニット全体の水平方向の幅をより小さく抑えることができ,ケーブル化の際,より高密度化することができるという新たな効果を奏する。同構成要件の有無は,本件発明の課題解決のための具体化手段における微差ではなく,当業者にとっての単なる設計事項とはいえない。

        したがって,本件発明と先願発明が実質的に同一ではなく,本件発明に特許法29条の2違反による明白な無効理由はない。
     イ 本件発明が,先願発明に,新たな発明部分を付加して特許として有効に成立したものである場合には,当該付加された発明部分は先願発明の技術的範囲に属しないものであるから,先願発明の特許権者が,当該発明部分まで自由に実施し得るというものではない。したがって,被告製品に対して,本件特許権の効力が及ばないとする被告の主張は,主張自体失当である。
   (5) 争点5(進歩性欠如の明らかな無効理由があるか)について
   (被告の主張)
      本件発明は,以下の発明,考案等から容易に発明することができたものであり,進歩性を欠く明白な無効理由がある。
     ア 公知技術の存在
       @ 実願昭53−068679号(実開昭54−170848号)のマイクロフィルム(以下「公知文献1」という。)(乙16)

           公知文献1は,内部に複数本の光ファイバが配置された光電線に関する考案を開示している。第1の実施例の断面図である第1図には,断面が扁平な角筒形の合成樹脂製の押出成形材によって構成された中空体の内部空間に光テープを配置した構成が示されている。この光テープは,内部に複数本の光ファイバが並列状に埋設されたものである。また,外部からの圧迫力,撚り力等が,光テープ内の光ファイバに伝わらないようにするため,光テープの外周,すなわち,光テープと内部空間の内周面との間に緩衝層が設けられている。
          他の実施例の断面図である第3図には,第1図の実施例の中空体と異なった形状の中空体,すなわち,複数の溝を備えた押出成形体と,この押出成形体の上面開溝部を閉じる押出成形体によって構成された中空体内に,2枚の光テープが同一平面上で離間して配置された状態が示されている。

       A 実願昭52−127500号(実開昭54−53450号)のマイクロフィルム(以下「公知文献2」という。)(乙17)
          公知文献2は,光ファイバが内部に配置された光線路に関する考案を開示している。この光線路では,光ファイバの外周に軟質の熱硬化性樹脂からなる内部被覆層が配置され,この内側被覆層の外周に硬質の熱硬化性樹脂からなる外側被覆層が配置されている。
       B 実願昭53−068680号(実開昭54−170849号)のマイクロフィルム(以下「公知文献3」という。)(乙15)
          公知文献3の第2図及び第3図には,内部に並列状態の光ファイバを有する光テープを複数枚,側端部を接触させた状態で,幅方向に列べることによって積層単位体が構成されることが示されている。
       C 実願昭47−71275号(実開昭49−31208号)のマイクロフィルム(以下「公知文献4」という。)(乙36)

          公知文献4は,光学走査ヘッドに関する考案を開示しており,その第2図(b),(c)には,オプティカルグラスファイバなどの二束の光伝送体素子が,並列配置された複数本のオプティカルファイバ素線が積層された構造を有することが示されており,複数のテープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で連結することが開示されている。
       D 実願昭57−20509号(実開昭58−122311号)のマイクロフィルム(以下「公知文献5」という。)(乙37)
          公知文献5は,電子機器内の内部配線等に用いられるフラットケーブルに関する考案を開示し,その実用新案登録請求の範囲には,「三本の導体を並列に配置して,その外周に長手形状に絶縁体を施した絶縁線心を,複数本並列に配置して成り,端末部のみ該絶縁線心の絶縁体と熱融着するテープにより融着一体化させて構成されることを特徴とするフラットケーブル。」と記載されている。また,熱融着されたケーブル末端部を示す第4図には,一定間隔で並列に並べられた3本の導体の周囲を絶縁体で押出被覆した矩形断面の複数の絶縁線心が,側端を接触させた状態で並列配置され,熱融着層によって直接連結されている状態が示されている。

       E 実願昭53−067437号(実開昭54−170136号)のマイクロフィルム(以下「公知文献6」という。)(乙14)
          公知文献6は,テープ状光伝送ケーブルに関する考案を開示し,その実用新案登録請求の範囲には,「光伝送用繊維の外周に応力緩和材が配置された光伝送体の複数が,互の応力緩和材・・・が接触して平面状にならべられ,これらの上に外被用プラスチック材が押出し被覆されてなることを特徴とするテープ状光伝送ケーブル。」と記載されている。そして,公知文献6の第2図には,複数の光伝送体が外被用プラスチック材で被覆されたテープ状光伝送ケーブルが示されている。この光伝送体は,光伝送用繊維の外周を発泡軟質プラスチック等の応力緩和材が被覆することにより構成されている。複数の光伝送体は,外側に配置された応力緩和材が互いに接触させられて,並列して配置されている。

       F 特開昭58−211711号公報(以下「公知文献7」という。)(乙38)
          公知文献7の特許請求の範囲には,「複数枚のテープ光ファイバ心線が相互に間隔をあけた状態で積層され,相互の前記テープ光ファイバ心線の間隙に低ヤング率弾性結合材が介在されて前記各テープ光ファイバ心線が相互に連結されていることを特徴とするテープ光ファイバ心線ユニット」と記載されている。
       G 「光ファイバケーブル」(古河電工時報74巻65〜78頁,昭和58年4月発行)(以下「公知文献8」という。)(乙18)
          公知文献8には,多心一括心線のテープ心線として,一括押出被覆を施したテープ心線の構造が示されている。
     イ 進歩性欠如(1)
       (ア) 本件発明は,公知文献1及び3の技術に基づいて容易に発明することができたものであり,進歩性を欠いているから,明白な無効理由がある。

       (イ) 公知文献1の技術は,緩衝層がある点で,本件発明の構成要件BAと相違し,押出成形材に内壁が存在する点で,本件発明の構成要件Aの「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態」と相違する。
          しかし,公知文献1に開示されている従来技術は,緩衝層を設けていないものであるから,ケーブルの高密度化のために緩衝層を設けないようにすることは,公知文献1において実質的には開示されていたものとみることができる。
          また,公知文献3の第2図及び第3図に示されているように,ケーブルの高密度化のために複数のテープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で配置する構造は公知である。
       (ウ) そうすると,公知文献1の技術において,従来技術の開示に従い緩衝層を設けず,また,公知文献3に示されているように,内壁を取り払って,2枚の光テープの側端部を直接接触させる配置を採用し,本件発明に想到することは,当業者が容易になし得ることである。

     ウ 進歩性欠如(2)
       (ア) 本件発明は,公知文献6の技術及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものであり,進歩性を欠いているから,明白な無効理由がある。
       (イ) 公知文献6の技術は,光ファイバユニットに相当する光伝送体に,光ファイバに相当する光伝送用繊維が1本しか含まれていない点,すなわち,本件発明の構成要件@の一部を除き,本件発明と同一の構成を開示している。
          そして,公知文献1の第3図及び公知文献3の第2図,第3図には,本件発明のテープ状光ファイバユニットに相当する光テープを,複数枚,並列に並べ,高密度化を達成することが開示されている。また,公知文献2の第2図及び公知文献8のFig.3.5には,本件発明のテープ状光ファイバユニットが開示されている。
       (ウ) そうすると,高密度化達成のために,公知文献6に開示されている光伝送体に換えて,周知の本件発明の「テープ状光ファイバユニット」を採用することは,当業者にとって格別の困難を伴うものではないから,公知文献6の技術において,光伝送体に換えて,本件発明のテープ状光ファイバユニットを採用すれば,本件発明を想到し得ることは明らかである。

     エ 進歩性欠如(3)
       (ア) 本件発明は,公知文献7及び3に記載された発明及び技術並びに周知技術に基づいて容易に発明することができたものであり,進歩性を欠いているから,明白な無効理由がある。
       (イ) 公知文献7の発明は,本件発明の構成要件@のうち「テープ状光ファイバユニットを同一平面上に並べ」ること及び構成要件Aのうち「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で直接連結」することを除いて,本件発明の構成要件を開示している。
          そして,公知文献3,4及び5に示されているように,ユニットを同一平面上に並べて,側端部が互いに接触した状態で直接連結させた構成は周知である。
       (ウ) そうすると,公知文献7のテープ状光ファイバ心線ユニットを,周知の配置,すなわち,ユニットを同一平面上に並べて,側端部が互いに接触した状態で配置すれば,本件発明と同一の構成が得られることは明らかであり,本件発明は,公知文献7及び3に記載された発明及び技術並びに周知技術から容易に想到し得るものである。

   (原告の反論)
     ア 進歩性欠如(1)に対して
        公知文献1の技術は,中空体の中に光テープが収容された光伝送体を構成したものであり,本件発明の構成要件Aのような,一括して被覆した樹脂製の保護層により,テープ状光ファイバユニットを直接連結するという技術思想は開示されていない。そもそも,押出成形材により緩衝体(ないし中空体)を設けることが必須の公知文献1の発明にとって,樹脂製の保護層により直接連結する本件発明の構成は全く異質の技術思想である。
        また,公知文献1の押出成型体は,ちぎり易いものでもなく,押出成型体が本件発明に言うような保護層としての機能を奏することを想定されていたと解することはできない。
        したがって,公知文献1ないし3の記載により本件発明は進歩性欠如の無効理由を有するとの被告の主張は理由がない。

     イ 進歩性欠如(2)に対して
        公知文献6の光伝送体の外被用プラスチック材は,光伝送体を連結するために用いられているだけであるから,本件発明のようなテープ状光ファイバユニットを複数本連結する保護層とは異なる目的に基づくものであるし,当該外被用プラスチック材は,ちぎり易い材質のものではない。
        したがって,公知文献6の光伝送体及び外被用プラスチック材を,それぞれ,本件発明のテープ状光ファイバユニット,保護層に置き換えることはできず,被告の主張は採り得ない。
     ウ 進歩性欠如(3)に対して
        公知文献7の発明は,積層されるテープ光ファイバ心線全体の配列を低ヤング率結合材により固定し,積層形態の安定化を図るものであり,テープ光ファイバ心線の形態例を提供したものであるから,平面状に並べた光ファイバユニットを提供するという本件発明とは,発明の目的及び対象が異なっている。

        また,公知文献7の発明は,複数のテープ光ファイバ心線の相互間に積極的に低ヤング率弾性結合材を介在させることを,発明の本質的部分としているから,この本質的部分を他の発明と置き換えることは,当業者にとって大きな阻害要因となる。
        さらに,当業者において,公知文献7の発明と,公知文献3の技術とを結びつけようとする技術的な動機があるとしても,発明の形態として想到できる組合せは,公知文献3の第1図から第4図までに開示された構成を,柔らかい樹脂で一括被覆する構成として,伝送損失の悪化を伴わない光ファイバケーブルを提供するというものになると考えられる。
        以上から,公知文献7及び3に記載された発明及び技術並びに周知技術により本件発明が容易に想到できるとはいえない。
   (6) 争点6(原告の損害)について

   (原告の主張)
      被告は,平成7年以降現在まで,被告製品を輸入し,販売し,その販売金額のうち平面状光ファイバユニットが占める割合に相当する利益の額は62億1599万円を下らない。そして,この金額が,原告の逸失利益の損害である。
   (被告の反論)
      被告が平成7年以降現在まで,多心スロット型光ファイバケーブルを輸入し,販売していることは認め,その余は否認する。
第3 争点に対する判断
 1 争点3(出願変更不適法による新規性又は進歩性欠如の明らかな無効理由があるか)について
    被告は,原出願明細書には,第3図の実施例について,「保護層はプラスチックテープからなること」「プラスチックをはがす」との技術の開示はあるが,「保護層が樹脂からなること」「保護層をちぎる」との技術の開示はないこと,変更出願明細書の図3の実施例は,原出願明細書の第3図の実施例とは異なる新たな実施例の追加であって,その要旨が変更されているとして,その結果,本件発明は,原出願明細書の記載に基づいて容易に発明することができたと主張する。

    そこで,先にこの点から判断する。
   (1) 出願変更の適法性について
     ア 原出願明細書と変更出願明細書の各記載
      (ア) 原出願明細書及び図面の記載は,以下のとおりである(乙1)。
        a 「実用新案登録請求の範囲」には,以下の記載がある。
            第1項として,「光ファイバを複数本平面状に並列に並べ被覆を施してなるテープ状光ファイバユニットを複数本平面状に並べ保護層を設けたことを特徴とする光ファイバユニット。」
            第2項として,「前記保護層は熱硬化性樹脂,熱可塑性樹脂,または紫外線硬化性樹脂からなることを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の光ファイバユニット。」
            第3項として,「前記保護層はプラスチックテープからなることを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の光ファイバユニット。」

            なお,第2,第3項は,実施態様項である。
         b 「考案の詳細な説明」には,以下の記載がある。
            「第2図,第3図が示すように本考案の光ファイバユニットは,多心一括型コネクタ側が例えば5心型であるならば,第1図に示した5心のテープ状光ファイバユニット3を第2図のように2本平面状に並べ全体を熱硬化性樹脂,熱可塑性樹脂または紫外線硬化性樹脂で被覆して保護層4を設けたものである。あるいはまた,第3図のように全体をプラスチックテープ5で覆ってもよい」(4頁3行〜11行)。
            「このように構成してなる本考案の光ファイバユニットによれば,テープ状光ファイバユニット3の保護層が熱硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂等のちぎれ易いもので構成されていたり,はがし易いプラスチックテープよりなっているため,端末処理にあたって,テープ状光ファイバユニット3,3を容易に分離でき,もって各々を従来通りの接続器で,かつ従来通りの方法で多心一括接続することが可能である」(5頁7行〜15行)。

         c 図面には,以下のとおり示されている。
            第2図として,5心の光ファイバを平面状に配置したテープ状の光ファイバユニット2つを平面状に並べ,保護層で全体を覆い,テープ状光ファイバユニットの側端部間にも保護層が介在しているものが示され,第3図として,5心のテープ状光ファイバユニット2つを平面状に並べ,プラスチックテープで全体を覆った平面状光ファイバユニットを示しているが,第2図と異なり,光ファイバユニットの側端部が互いに接触した状態で直接連結しているものが示されている。
       (イ)         これに対して,変更出願明細書の「発明の詳細な説明」には,以下の記載がある(乙2)。
          「図2は,本発明の一実施例を示す。・・・保護層4は,接続のための端末処理にあたって,テープ状光ファイバユニット3,3を容易に分離できるように,その厚さを図示のようにテープ状光ファイバユニット3,3より十分薄くして,ちぎれ易く構成されている【0009】。          

          図2の実施例(中略)の変形例としては図3に示すように,テープ状光ファイバユニット3,3を,側端部Aを互いに接触させた状態で保護層4により連絡することも可能である【0010】。」
     イ 出願変更の適法性に関する判断
       (ア) 上記各記載に照らすならば,原出願明細書には,@複数本平面状に並列に並べたテープ状光ファイバユニットに保護層を設けたこと,A保護層は,「熱硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂等のちぎれ易いもの」で構成される場合と「はがし易いプラスチックテープ」で構成される場合があること,B保護層が「熱硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂等のちぎれ易いもの」で構成されている場合には,第2図のように,テープ状光ファイバユニット相互を,その側端部間に樹脂を介在させて連結させること,また,保護層が「はがし易いプラスチックテープ」で構成されている場合には,第3図のように,テープ状光ファイバユニット相互を,その側端部を互いに接触させた態様で直接連結させることが,それぞれ,対比・区別されて開示されている。

       (イ) これに対して,原出願明細書には,以下のとおり,保護層が「熱硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂等」で一括して被覆されている場合に,テープ状光ファイバユニットの相互を,その側端部間に樹脂を介在させることなく,直接接触させた態様で連結させるという構成が開示されているとは到底いえない。
          すなわち,樹脂製の保護層により,テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で直接連結させたものにおいて,当該保護層をちぎれ易くしたとの構成は,原出願明細書又は図面に記載されていない。また,樹脂製の保護層を「容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄くして」との構成が,原出願明細書及び図面の記載から自明の事項であるともいえない。
          この点について,原告は,原出願明細書の第3図において,保護層部分はプラスチックテープと記載されているが,第3図は,保護層をプラスチックテープに限定している原出願の実用新案登録請求の範囲の(3)項のみならず,保護層をプラスチックテープに限定していない(1)項にも関わる一実施例であるから,原出願明細書及び図面は,保護層が樹脂製であるちぎれ易い構成が開示されている旨主張する。

          しかし,前記ア(ア)bの考案の詳細な説明の記載によれば,原出願の第3図は,保護層をプラスチックテープとした実施例であると認められ,第3図の構造で保護層の材質を樹脂とし,ちぎれ易くすることが開示されていると読みとることはできないから,この点の原告の主張を採用することはできない。
       (ウ) ところで,変更出願明細書には,保護層が「熱硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂等で一括して被覆されている場合に,テープ状光ファイバユニット相互の側端部を,直接接触させる」構成を含むことは明白である。
          そうすると,出願変更については,出願内容の同一性がなく,不適法であると解され,本件特許の出願日は,原出願の出願日に遡及せず,出願変更時である平成4年6月12日となる。
   (2) 本件発明の進歩性の有無

      そこで,本件発明について,出願日を平成4年6月12日とした上で,進歩性欠如を理由とする無効理由があるかどうかについて検討する。
     ア 原出願明細書マイクロフィルムに記載された開示事項と本件発明との対比
        原出願明細書マイクロフィルムには,前記(1)イ(ア)のとおりの技術が開示されている(乙1)。
        本件発明と原出願明細書マイクロフィルムに記載された技術とを比較すると,本件発明は,保護層を樹脂製とし,かつ,容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄くして構成しているのに対し,原出願明細書マイクロフィルムに記載された技術は,保護層をはがし易いプラスチックテープにより構成している点で相違し,その余の点で一致している。
     イ 容易想到性
        両者の相違点である,平面状光ファイバユニットを一括して被覆する保護層を,熱硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂等のちぎれ易いもので構成することについては,前記のとおり,原出願明細書マイクロフィルムに記載されており,また,厚さを薄くすればちぎれ易くなることは経験則の示すとおりであるから,テープ状光ファイバユニットを容易に分離できるようにするために,保護層を,樹脂製とし,かつ容易にちぎれる程度にテープ状光ファイバユニットより厚さを薄くして構成することは当業者の容易に想到し得たことであると解される。

        したがって,本件発明は,原出願明細書マイクロフィルムに記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,進歩性を欠くことにより,明白な無効理由を有する。
 2 争点2(構成要件Aの充足性)について
    上記1において判断したとおり,本件発明は,原出願明細書マクロフィルムに記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,進歩性を欠くことが明らかであるから,原告の請求は理由がない。
    念のため,本件発明の構成要件Aの充足性について,判断する。
   (1) 「側端部を互いに接触させた」の意義
     ア 構成要件Aにおける「接触」とは,以下のとおりの理由から,テープ状光ファイバユニット相互の側端部が,長手方向全長にわたって,相互の側端部間に介在物や隙間を存在させることなく,直接接触していることを意味するものと解される。        イ すなわち,@テープ状光ファイバユニット相互の側端部を「互いに接触させた状態」とすることの技術的意義は,光ファイバユニットの連結構造を簡単にし,製造を容易にし,かつコンパクト化,高密度化を図ることにあり(本件発明の明細書の【0008】【作用】),そのためには側端部間に隙間や介在物が存在しない方がよいとされていること,A原告は,本件発明に先願発明の一部が包含され,本件特許が無効とされることを回避する目的で本件訂正をしたものであること,B本件訂正は,特許請求の範囲請求項1に記載の発明の,「テープ状光ファイバユニットを複数本平面状に並べ,これらを保護層により直接連結させる」との構成に限定するため,請求項1に「テープ状光ファイバユニット相互の側端部を互いに接触させた状態で」との限定を加え,これに併せて ,テープ状光ファイバユニットの向かい合う側端部の間に保護層の樹脂が介在している実施例(甲2の【図2】)を除外し,側端部間に何も介在していない実施例(甲2の【図3】)のみを残したこと等の事実経緯を総合すれば,本件発明の構成要件A所定の「互いに接触させた状態」とは,テープ状光ファイバユニット相互の長手方向全長にわたり,側端部間に介在層が存在しない状態を意味するものと解するのが相当である。
   (2) 被告製品との対比
     ア 被告製品の平面状光ファイバユニットにおいて,テープ状光ファイバユニット相互の側端部の先端が長手方向全長にわたって直接接触して,テープ外側被覆等が介在していないかどうかを検討すると,平面状光ファイバユニットの断面の光学顕微鏡写真によれば,テープ外側被覆の層が介在している部分が一部に存在することが認められるから(甲17,分類C),テープ状光ファイバユニット相互の側端部の先端が長手方向全長にわたって直接接触しているとはいえない。したがって,被告平面状光ファイバユニットは,本件発明の構成要件Aを充足しているとは認められない。

     イ これに対して,原告は,被告平面状光ファイバユニット断面の光学顕微鏡観察結果(甲17)によれば,2つのテープ状光ファイバユニットの間に介在層が見えないもの(分類A)が約80パーセント,介在層が見えるか見えないか判定が微妙であるもの(分類B)が約16パーセント,介在層が僅かながら見えるもの(分類C)が約4パーセントであるから,                        被告平面状光ファイバユニットは大半において「接触」の要件を充足しており,何らかの製造条件に一時的変異が生じた結果,一部に非接触のものが生じる可能性を否定しないが,大半が接触している以上,「接触」の要件を充足すると評価すべきである旨主張する。
        しかし,この点の原告の主張を採用することはできない。
        すなわち,原告の主張は,被告平面状光ファイバユニット断面の光学顕微鏡写真(甲17)において,被告平面状光ファイバユニットの断面を調査したもののうち約80パーセントが「接触」の要件を充足していることを前提としているが,当該光学顕微鏡の分解能は最高で0.5マイクロメーター(500ナノメーター)であるのに対し,被告製品の平面状光ファイバユニットのテープ外側被覆は薄い位置で,100ナノメーター程度の厚さを示していること(乙22,24,26)からすれば,前記光学顕微鏡写真によってテープ外側被覆の有無を判断することには一定の限界があるというべきである。そして,被告平面状光ファイバユニットのテープ外側被覆を施す際の製造工程は,間に間隔を有する状態で並べられたテープ状光ファイバユニット2本が,その状態でテープ外側被覆のアプリケーターに導入され,被覆樹脂の溶液に浸され,そのまま当該樹脂を紫外線により硬化させるというものであり,両ユニットを押圧するなどして間隙を消滅させるという工程はなく(乙13,41,48),2本のテープ状光ファイバユニット間にテープ外側被覆が存在することが予定されているものと解される。これらのことからすれば,被告平面状光ファイバユニットの大半において接触の要件を満たしているとはいい難く,偶発的に接触していない部分が生じ得るにすぎないと評価することはできないから,テープ状光ファイバユニットの側端部が長手方向に全体として接触しているとする評価を行うことはできない。
第4 結論
    以上のとおり,本件特許は,出願変更の要件を欠くため,出願日が遡及せず,そのため,原出願明細書マイクロフィルムに記載された技術により進歩性を欠如した明白な無効理由があると認められ,また,無効理由の存否にかかわらず,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属しない。
    したがって,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がない。
    よって,主文のとおり判決する。


     東京地方裁判所民事第29部

          裁判長裁判官    飯  村  敏  明

                         裁判官    榎  戸  道  也

                         裁判官    山  田  真  紀




(別紙1)
                             被告製品目録


1 日本電信電話株式会社の定める高密度SM型光ファイバWBケーブルテクニカルリクワイヤメントTR520267号1版に準拠の以下の光ファイバケーブル。
   @ 400心SM型光ファイバWBAケーブル
   A 400心SM型光ファイバWBA−FRケーブル
   B 600心SM型光ファイバWBAケーブル
   C 600心SM型光ファイバWBA−FRケーブル
   D 800心SM型光ファイバWBAケーブル
   E 800心SM型光ファイバWBA−FRケーブル
   F 1000心SM型光ファイバWBAケーブル
   G 1000心SM型光ファイバWBA−FRケーブル
2 日本電信電話株式会社の定める高密度SM型光ファイバWBケーブルテクニカルリクワイヤメントTR520267号2版に準拠の以下の光ファイバケーブル。

   @ 400心SM型光ファイバWBBケーブル
   A 1000心SM型光ファイバWBBケーブル
   B 400心SM型光ファイバWBB−FRケーブル
   C 1000心SM型光ファイバWBB−FRケーブル
3 日本電信電話株式会社の定める成端用高密度SM型光ファイバWBケーブルテクニカルリクワイヤメントTR520268号1版に準拠の以下の光ファイバケーブル。
   @ 片端コネクタ付き成端用心コード型SM型光ファイバWBAケーブル
   A 両端コネクタ付き成端用心コード型SM型光ファイバWBAケーブル
   B 片端コネクタ付き成端用心SM型光ファイバWBAケーブル
   C 両端コネクタ付き成端用心SM型光ファイバWBAケーブル
4 日本電信電話株式会社の定める成端用高密度SM型光ファイバWBケーブルテクニカルリクワイヤメントTR520268号2版に準拠の以下の光ファイバケーブル。

   @ 片端コネクタ付き成端用心コード型SM型光ファイバWBBケーブル
   A 両端コネクタ付き成端用心コード型SM型光ファイバWBBケーブル
   B 片端コネクタ付きけん引成端用4MT心SM型光ファイバWBBケーブル
   C 両端コネクタ付きけん引成端用4MT心SM型光ファイバWBBケーブル
   D 片端コネクタ付きけん引成端用8MT心SM型光ファイバWBBケーブル
   E 両端コネクタ付きけん引成端用8MT心SM型光ファイバWBBケーブル
5 日本電信電話株式会社の定めるコネクタ付き高密度SM型光ファイバWBケーブルテクニカルリクワイヤメントTR520266号1版に準拠の以下の光ファイバケーブル。
   @ 片端コネクタ付き心SM型光ファイバWBAケーブル
   A 片端コネクタ付き心SM型光ファイバWBA−FRケーブル

   B 両端コネクタ付き心SM型光ファイバWBA−FRケーブル
6 日本電信電話株式会社の定めるコネクタ付き高密度SM型光ファイバWBケーブルテクニカルリクワイヤメントTR520266号2版に準拠の以下の光ファイバケーブル。
   @ 片端コネクタ付き心SM型光ファイバWBBケーブル
   A 片端コネクタ付き心SM型光ファイバWBB−FRケーブル
   B 両端コネクタ付き心SM型光ファイバWBB−FRケーブル
   



(別紙2)
                         被告製品の構成の概要


1 被告製品は,いずれも多心スロット型光ファイバケーブルである。
  以下の写真は,被告製品の1000心SM型光ファイバWBBケーブルの外観を撮影したものである。
 
             1000心SM型光ファイバWBBケーブルの外観
 

 
 
2 多心スロット型光ファイバケーブルとは,光ファイバ心線を一体化した平面状光ファイバユニット(テープ心線ともいう。)を,溝形のスロット(スペーサともいう。)に落とし込んで集合した光ファイバケーブルである。
  平面状光ファイバユニットとは,複数本の光ファイバを横一列に一体化したものである。
  多心スロット型光ファイバケーブルの構造は,概略,下図のとおりとなっている。
  光ファイバケーブルには,複数のスロット(12)が設けられており,スロット(12)内に複数の平面状光ファイバユニット(14)が積層状態で収納されている。

  このような構造により,大量の光ファイバ心線を限られた空間内に収納することができるようになっている。

 
                     光ファイバケーブルの構造の概略図