H16.12.28 東京地裁 平成15(ワ)19733等 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第19733号(第1事件),同第19738号(第2事件),同第19739号(第3事件)特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成16年10月29日)
             判       決
         第1ないし第3事件原告    日宏貿易株式会社
                       (以下「原告日宏貿易」という。)
         第1ないし第3事件原告    株式会社レマン
                       (以下「原告レマン」という。)
         原告両名訴訟代理人弁護士   木下洋平
         第1事件被告         ヒカリ乳業株式会社
                       (以下「被告ヒカリ乳業」という。)

         第2事件被告         株式会社メイショク
                       (以下「被告メイショク」という。)
         第3事件被告         株式会社ヤバケイ
                       (以下「被告ヤバケイ」という。)
         被告3名訴訟代理人弁護士   谷 正昭
             主       文
               1 原告らの請求をいずれも棄却する。
               2 訴訟費用は原告らの負担とする。
             事実及び理由
第1 請求
 1 第1事件
   (1) 被告ヒカリ乳業は,別紙物件目録1記載の製品を製造し,販売し,又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
   (2) 被告ヒカリ乳業は,前項記載の製品を廃棄せよ。

   (3) 被告ヒカリ乳業は,原告日宏貿易に対し,1500万円及びこれに対する平成15年9月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 第2事件
   (1) 被告メイショクは,別紙物件目録2記載の製品を製造し,販売し,又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
   (2) 被告メイショクは,前項記載の製品を廃棄せよ。
   (3) 被告メイショクは,原告日宏貿易に対し,3000万円及びこれに対する平成15年9月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 第3事件
   (1) 被告ヤバケイは,別紙物件目録3記載の製品を製造し,販売し,又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
   (2) 被告ヤバケイは,前項記載の製品を廃棄せよ。

   (3) 被告ヤバケイは,原告日宏貿易に対し,3000万円及びこれに対する平成15年9月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
     本件は,「アイスクリーム充填苺」に係る特許権を共有する原告らが,被告らの製造販売する製品が当該特許権に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して,被告らに対して,同特許権に基づき当該製品の製造販売等の差止め及び損害賠償を求めている事案である。
     被告らは,これに対して,@被告らの製造販売する製品は原告らの特許発明の技術的範囲に属しない,A原告らの特許発明には無効理由(特許法29条1項1号,2号)があることが明らかであって,当該特許権に基づく原告らの本訴請求は権利の濫用に当たると主張して,原告らの請求を争っている。

 1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実,該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
   (1) 当事者
     原告日宏貿易は,アイスクリーム類の製造販売,フルーツ類を材料としたデザート類の製造販売等を目的とする会社であり,原告レマンは,アイスクリーム類の製造及び販売,氷菓の製造及び販売等を目的とする会社である。
     被告ヒカリ乳業は,牛乳の処理,乳製品並びに清涼飲料水及び菓子製造販売業等を,被告メイショクは,冷菓,清涼飲料水,食料品の卸売業,食料品の製造加工等を,被告ヤバケイは,食料品の製造(食肉加工食品及び調理食品),食料品の卸,食料品の小売等を,それぞれ目的とする会社である。
   (2) 原告らの有する特許権
     原告らは,下記の特許権(以下「本件特許権」という。)を,原告日宏貿易がその5分の4,原告レマンがその5分の1の割合で共有している。

       なお,本件特許権は,当初,原告日宏貿易のみが権利者であったが,平成15年7月29日,原告日宏貿易が原告レマンに対して本件特許権の5分の1の共有持分を譲渡したものである。
         特許番号  第3359624号
         登録日   平成14年10月11日
         出願番号  特願2001−170748
         出願日   平成13年6月6日
         発明の名称 アイスクリーム充填苺
   (3) 特許請求の範囲の記載
       本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)の「特許請求の範囲」のうち【請求項1】の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
       「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって,該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺」

   (4) 構成要件の分説
       本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。
       A 芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であること,
       B 該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し,
       C 且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること
   (5) 被告らの行為(乙10,弁論の全趣旨)
       被告ヒカリ乳業は別紙物件目録1記載の製品を,被告メイショクは別紙物件目録2記載の製品を,被告ヤバケイは別紙物件目録3記載の製品を,それぞれ販売している。
       被告らの販売する上記各製品は,いずれも被告ヒカリ乳業の製造に係るものであって,これらは同一の成分構成である(以下,被告らの各製品を「被告製品」と総称する。)。被告製品の成分構成は,別紙「苺アイス成分配合表」記載のとおりである。

 2 本件における争点
   (1) 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)
   (2) 本件特許発明には無効理由があることが明らかであって,本件特許権に基づく原告らの差止請求及び原告日宏貿易の損害賠償請求は,権利の濫用に当たるか(争点2)
   (3) 原告日宏貿易の被った損害額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
   【原告らの主張】
     被告製品は,次の構成を備えている。
         a 芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であり,
         b 該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し,
         c 且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有している。

       この被告製品の上記構成aないしcは,それぞれ本件特許発明の構成要件AないしCを充足し,本件特許発明と同一の効果を奏するものであるから,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属する。
   【被告らの主張】
     (1)ア 被告製品は,相当期間冷凍保管された苺の中にアイスクリームが充填されたものである。
       イ 被告製品は,時間の経過に従って,外側の苺と内側のアイスクリームがいずれも解凍していくものである。これに対して,本件特許発明は,新鮮な苺の中にアイスクリームが充填されたものであり,外側の苺が解凍した時点で内側のアイスクリームが解凍していないものである。
       ウ なお,被告製品は,生クリーム,練乳,砂糖及びゼラチンを高温で混ぜ合わせ,その後常温に冷まし,くり抜かれた苺に流し込んでから全体を冷凍するものである。

     (2) 本件特許発明の技術的範囲は,本件明細書に記載された実施例に限定して解釈すべきものであり,したがって,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属しない。
         そもそも,苺の中にアイスクリームを入れるという発想及びアイスクリームについて高糖度でありながら解凍時の形態保持性を得るという課題は,本件特許発明において重要な前提事項であるが,これらは当業者には常識のものであった。
         そうすると,本件特許発明の実質的内容は,本件明細書の【発明の詳細な説明】欄の【0010】ないし【0020】に記載されているように,寒天をアイスクリームに添加して形態保持性を強化すること,ムース用安定剤を添加して寒天添加による食感のプリプリ感を防ぐこと,及び寒天とムース用安定剤の添加量だけである。
         一方,被告製品の成分は,別紙「苺アイス成分配合表」に記載のとおりであり,本件特許発明の実施例とは成分が異なる。

         したがって,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属しない。
   (3) なお,後記2(1)ア記載のとおり,被告製品は遅くとも平成5年に既に公知であったアイスクリーム充填苺と同一のものであるから,原告らが上記の公知の製品が本件特許発明の技術的範囲に属しないというのであれば,被告製品も同様に本件特許発明の技術的範囲に属しない。
 2 争点2(本件特許発明には無効理由があることが明らかであって,本件特許権に基づく原告らの差止請求及び原告日宏貿易の損害賠償請求は,権利の濫用に当たるか)について
   【被告らの主張】
   (1)ア(ア) 本件特許発明に係るアイスクリーム充填苺は,遅くとも平成5年(1993年)には既に公然実施され,公知のものであった。すなわち,全日空グループ航空食品株式会社は,商品名を「フローズンクリームベリー」とする冷凍アイスクリーム充填苺を原告日宏貿易から仕入れ,同年夏秋号及び翌年夏秋号のギフト商品カタログに掲載して販売していた(乙1,2。以下,平成5年(1993年)のカタログに掲載されていた商品を「93年商品」といい,平成6年(1994年)のカタログに掲載されていた商品を「94年商品」という。)。

           したがって,本件特許発明は,93年商品及び94年商品によって公知のものであるから,明らかな無効理由があるというべきである。
       (イ) 原告は,93年商品及び94年商品は,生クリームと加糖練乳をほぼ等量で混ぜ合わせたものと主張しているのであるから,下記のアイスクリームの語義に照らせば,93年商品及び94年商品に充填されたものが,アイスクリームであったことは明らかである。すなわち,本件特許発明の技術的範囲に属する「アイスクリーム」の意味は,一般社会でいう「アイスクリーム」と異なるものではなく,広辞苑等の辞典(乙15ないし19)によれば,アイスクリームは,「牛乳,クリームなどの乳製品に砂糖などの糖類を加えて冷凍させた氷菓子」の意味と解されるのであって,93年商品及び94年商品に充填されたものがアイスクリームであることは明らかである。

           なお,被告製品は,93年商品及び94年商品と全く同一の製法により製造されるものであるから,後記のとおり,原告らが93年商品及び94年商品の構成が本件特許発明と全く異なると主張するのであれば,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
       (ウ) また,93年商品及び94年商品の中のクリームが,ある程度の柔軟性と形態保持性を有していたことは明らかである。柔軟性は,主原料がクリームであることから容易に推定されるし,形態保持性は原料がクリームであり,冷凍されることから容易に推定される。
           本件特許発明における特許請求の範囲には,「外側の苺が解凍された時点で」と記載されているところ,低温で冷凍された苺が解凍された時点とはどの時点を指すのかについて,本件明細書の【発明の詳細な説明】欄における【0007】及び【0008】によれば,「苺が食べ頃に解凍し始め」たときとあるが,「食べ頃」とは,食する者の主観に依拠するものであり,その時点には相当の幅がある。

           そうすると,93年商品及び94年商品も,苺が「食べ頃」に解凍し始めたという時点の範囲内にあるとき,中のアイスクリームが流れ出ていなかった商品であることは間違いないから,93年商品及び94年商品が,本件特許発明における柔軟性,形態保持性を実現した商品であったことは,疑いがない。
     イ 原告らの主張に対する反論
       (ア) 原告らは,上記各カタログに「生クリーム入り」と記載されていることから,93年商品及び94年商品は「アイスクリーム」ではなかった旨主張するが,本件明細書に記載された実施例の主成分は,重量比の順に生クリーム,砂糖,脱脂粉乳,加糖練乳及び水であって,93年商品及び94年商品と同様,生クリームを含むものであるから,「生クリーム入り」という表現が使用されたからといって,「アイスクリーム」でないということはできない。

       (イ) 原告らは,93年商品及び94年商品は,客の手元に届いたときに中のアイスクリームが流れ出しているという苦情がきたというが,2年間も販売が継続されたことからすると,苦情は一部にすぎなかったことが推認される。なお,冷凍食品である以上,冷凍のまま客の手元に配送されることは当然の前提であるから,苦情があったとしてもそれは原告日宏貿易が採用した配送方法がそれを達成できなかったというだけであり,上記苦情の有無は,外側の苺が解凍された時点で中のアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有しているか否かという論点とは無関係である。
       (ウ) 原告らは,93年商品及び94年商品を販売した時点において,アイスクリーム充填苺において甘味を出すために糖度を上げる必要があるものの,糖度を上げると中のアイスクリームが流れ出てしまうという問題点があったことを指摘しているが,糖度が高くなれば,溶けやすくなることはアイスクリーム製造又は販売業者にとっては常識であり,形態保持性についての対策は,寒天などの添加物を添加するほかないのであるから,93年商品及び94年商品が本件特許発明の実施品でなかったことはおよそ考えられない。

       (エ) 93年商品及び94年商品と本件特許発明の実施品とは,外観が全く同じであり,常識的には,93年商品及び94年商品と同じ商品と推測されるが,そうでないのであれば,そのことは原告らが立証するべきである。しかし,原告日宏貿易は,本件特許発明の申請時において,93年商品及び94年商品の存在を秘匿している。このことは,93年商品及び94年商品が,本件特許発明の実施品であったことを強く推認させる。
   ウ したがって,原告らの主張するように本件特許発明の技術的範囲を本件明細書の特許請求の範囲の文言どおりに解するのであれば,本件特許発明には,特許法29条1項1号又は2号に違反して特許された無効理由がある。
   (2) 本件特許発明に係るアイスクリーム充填苺は,平成12年12月,平成13年2月27日又は遅くとも平成13年6月1日には公然実施され,既に公知のものであった。

     ア 日本航空生活協同組合は,商品名を「クリームベリー」とするアイスクリーム充填苺を同年6月1日発行のギフト商品カタログ(乙3)に掲載して販売していた。
         また,同時期に,高島屋デパートは,商品名を「いちごの雫」とするアイスクリーム充填苺をお中元商品カタログ(乙4)に掲載して販売していた。
         この「クリームベリー」と「いちごの雫」が同一の製品であることは,いずれの商品も原告日宏貿易を製造者とするものであり,製品コード番号も同一であることから明らかである(乙4,5。以下,上記2つのアイスクリーム充填苺を「平成13年商品」という。)。
         そして,平成13年商品の原材料の配合比は,本件明細書に実施例として記載された製品の配合比と同一であり,平成13年商品の外観は,本件明細書に記載された実施例の図と一致する。

     イ デパート等のお中元の販売準備は,一般的に前年のうちに始められるところ,上記アに記載の平成13年商品についても,平成12年12月から,原告日宏貿易及び被告メイショクは,高島屋,伊勢丹等のデパートに対して平成13年度のお中元商品に採用してもらえるように販売活動を行っていた。すなわち,平成12年12月,原告日宏貿易は,被告メイショクを通じて,平成13年商品を試食会に供し,商品内容を,各デパートの担当者に説明した。
         そして,平成13年1月ないし同年2月27日ころまでの間に,被告メイショクは,各デパート等から要求されたため,原告日宏貿易から,平成13年商品の分析試験成績書(乙6。以下「本件分析試験成績書」という。)及び原告日宏貿易作成の商品仕様書(乙5。以下「本件商品仕様書」という。なお,以下では,本件分析試験成績書及び本件商品仕様書を合わせて「本件商品仕様書等」ということがある。)の交付を受けて,これらを各デパート等に提出し,原告日宏貿易は,同年2月27日,平成13年商品について見積書(乙7)を提出するなどし,そのころ,平成13年商品が,各デパートの同年度のお中元商品として採用されることが決定したものである。

         さらに,平成13年5月15日,高島屋デパートでは,お中元用カタログを印刷会社から受け取り,外商部が,お中元商品の注文を取った。
         したがって,本件特許発明の実施品は,少なくとも平成13年2月27日までに,高島屋その他のデパートに対してお中元用商品としてその内容が全部明らかにされ,遅くとも同年5月16日には高島屋デパートによって販売が開始されたものである。
         各デパート等は,自己の販売する商品特に食品について,購入希望者,消費者,消費者団体等に対して,販売自体の必要又は苦情対応などのため,いつでもその詳細な内容を明らかにしなければならない立場にあるから,平成13年商品についても,詳細な内容を得ていたことは明らかである。
         そして,この商品内容について,原告日宏貿易に対して,守秘義務を負うことはあり得ないから,平成13年2月27日,あるいは,遅くとも同年5月16日までに,本件特許発明は,公然実施されていたものというべきである。

   ウ 上記のとおり,本件特許発明の技術的範囲を本件明細書の実施例に限定して解釈したとしても,平成13年商品はこれと同一のものであるから,本件特許発明には,特許法29条1項1号又は2号に違反して特許された無効理由がある。
   (3) まとめ
       以上によれば,本件特許発明の技術的範囲に属するアイスクリーム充填苺が,本件特許発明の特許出願前に公然実施をされていたことは明らかであるから,本件特許発明は,特許法29条1項1号あるいは2号に違反して特許されたものであり,本件特許発明は同法123条1項2号により無効とされるべきである。
      したがって,本件特許発明には無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告らの請求は,権利濫用に当たり許されない。
   【原告らの主張】

   (1) 93年商品(乙1)及び94年商品(乙2)について
     ア 本件明細書の「特許請求の範囲」における「アイスクリーム」の解釈に当たっては,一般的な国語辞典のみならず,当業界における語義を参酌すべきである。
         当業界における「アイスクリーム」は,原材料の観点からは「安定剤」の添加が不可欠であり,製造方法の観点からは「均質化」の工程が重要である。「均質化」は「攪拌」によって行われ,この「攪拌」の中にアイスクリーム独特の柔軟性,滑らかさ,食感を左右する空気の混入が起きるものである(甲7参照)。
     イ 93年商品(乙1)及び94年商品(乙2)の商品紹介のタイトルには,「フローズンストロベリー(生クリーム入)」(乙1),又は,「生クリーム入りフローズンストロベリー」(乙2)とあり,乙2には,「〜クリームを流し込んで急速冷凍」とある以上,93年商品及び94年商品において使用されたものは「生クリーム」である。93年商品及び94年商品は,生クリームと加糖練乳をほぼ等量で簡単に混ぜ合わせたものを芯がくり抜かれた苺に流し込み,全体を冷凍庫で冷凍させただけのものであり,当業者から見た場合,「アイスクリーム」と呼べるものではなかった。そうであるからこそ,「生クリーム入り」と称するしかなかったものである。

         したがって,93年商品及び94年商品が,本件特許発明の実施品に該当しないことは明らかである。
     ウ 93年商品及び94年商品は,「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」を有していなかった点においても,本件特許発明の実施品とは異なっていた。93年商品及び94年商品は,消費者の手元に商品が届いた際には,中に充填したクリームが溶け出してしまうなどの苦情が相次いでいたため,製造,販売を中止したもので,本件特許発明とは全く構成を異にするものである。
   (2) 平成13年商品について
     ア 被告らは,平成13年商品が,平成13年2月下旬に,デパートの担当者の試食用として供された旨主張しているが,試食品が担当者に供されたという事実はない。商品の出荷が同年6月15日以降になることは,原告日宏貿易から,被告メイショクに企画書等で明示されており,商談はすべて書類によってのみ行われた。

     イ また,本件商品仕様書(乙5)が公知になったとしても,本件特許発明が公知になったとはいえない。
         本件商品仕様書は,原告日宏貿易から被告メイショクに提供されたものであるが,原告日宏貿易と被告メイショクは,当時,製造元と卸売業者の関係にあったものであり,取引商品の技術内容を営業秘密として尊重することは当然であった。したがって,たとえ両社の間に秘密保持契約が存在しなくても,被告メイショクは,本件商品仕様書の内容を第三者に開示しないことが暗黙のうちに求められていた。
         このように,原告日宏貿易と被告メイショクの間には,社会通念上又は商慣習上の守秘義務があったものであるから,被告メイショクが,本件商品仕様書を入手したとしても,本件特許発明が公知となったとはいえない。
 3 争点3(原告日宏貿易の損害額)について

   【原告日宏貿易の主張】
    被告ヒカリ乳業は,平成14年10月12日から平成15年7月28日(原告日宏貿易が原告レマンに対し,本件特許権の5分の1の共有持分を譲渡した前日)までの間に,少なくとも5000万円の被告製品を製造,販売したものであり,被告ヒカリ乳業の利益率は売上げの少なくとも3割である。
     また,被告メイショク及び被告ヤバケイは,平成14年10月12日から平成15年7月28日(原告日宏貿易が原告レマンに対し,本件特許権の5分の1の権利を譲渡した前日)までの間に,いずれも少なくとも1億円の被告製品を販売したものであり,被告メイショク及び被告ヤバケイの利益率は各売上げの少なくとも3割である。
     したがって,原告日宏貿易は,本件特許権侵害による損害賠償として,被告ヒカリ乳業に対し1500万円,被告メイショク及び被告ヤバケイに対しそれぞれ3000万円を請求するとともに,併せてこれらに対する訴状送達の翌日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

   【被告らの主張】
     原告日宏貿易の主張は,すべて争う。
第4 当裁判所の判断
 1 争点1(被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
  (1) 前記「前提となる事実」(前掲第2,1)に後掲該当箇所掲記の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
    ア 本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」欄には,本件特許発明の目的,効果等として,次の記載がある。
      (ア) 従来技術及びその問題点について
        a【0002】【従来の技術】(本件公報2欄5行ないし14行)
           「従来,苺にアイスクリームを組み合せた氷菓には,苺とアイスクリームを分離させて容器中に収納した氷菓(特開昭61−141847号公報,特開平3−83545号公報)や,苺等に冷凍果実にアイスクリームを被覆し,さらにチョコレートを被覆した凍結果実(特開昭55−96051公報)がある。また,種を取り出した梅果実を糖蜜に漬け込んだものに,種を取り出すことによって生じた砂糖漬けの梅の空間内にアイスクリームを充填して冷却した梅菓子(特開平10−165104号公報)がある。」

        b【0003】【発明が解決しようとする課題】(本件公報3欄1行ないし6行)
           「しかしながら,前記従来の苺を使用した氷菓は,苺とアイスクリームを容器中に収納した冷菓であったり,アイスクリームの内部に苺を閉じ込めたものであって,新鮮な苺の内部にアイスクリームが充填された冷菓に関しては,従来,報告が見当たらない。」
        c【0005】(本件公報3欄13行ないし20行)
           「一般的なアイスクリームの糖度は12〜20度であるのに対して,苺の糖度は8〜10度程度と低いために,このような糖度のアイスクリームと苺を同時に食すると,全体として糖度が低くなり氷菓としての甘味が低すぎると一般的に感じられ,好ましくないので,糖度40度〜50度のアイスクリームを苺と組み合わせることにより,全体として好ましい甘味となるように糖度を調整することが好ましい。」

        d【0007】(本件公報3欄29行ないし34行)
           「ところで,新鮮な苺の中身をくり抜き,その開口部から内部の空間内に糖度40度〜50度のアイスクリームを充填して,全体を冷凍して,氷菓を製造した場合には,これを解凍して苺が食べ頃に解凍し始めたころには既に中のアイスクリームが苺の開口部から溶けて流れ出てしまう。‥‥‥」
      (イ) 本件特許発明の目的について
         【0008】(本件公報3欄38行ないし43行)
           「そこで,本発明は,新鮮な苺のままの外観と風味を残し,苺が食べ頃に解凍し始めても内部に充填されたアイスクリームが開口部から流れ出すことがなく,食するのに便利であり,全体として好ましい甘味を実現したアイスクリーム充填苺を提供することを目的とする。」
      (ウ) 本件特許発明の構成について

        a【0009】【課題を解決するための手段】(本件公報3欄48行ないし4欄1行)
             「‥‥‥該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺である。‥‥‥」
         b【0010】(本件公報4欄4行ないし8行)
             「このように柔軟性を有し,しかもクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有するアイスクリームは,通常のアイスクリームの組成に,さらに寒天,及びムース用安定剤を添加することにより製造することができる。」
        c【0011】(本件公報4欄9行ないし15行)
           「寒天をアイスクリームに添加すると,アイスクリームが溶け出す温度になってもアイスクリーム全体の形状を保持する機能を持つ。しかしながら,アイスクリームが流れ出すことを防ぎ全体のアイスクリームの形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけでは,食感がぷりぷりしてしまい,アイスクリームの食感は失われてしまう。」

        d【0012】(本件公報4欄16行ないし23行)
             「本発明において苺に充填するアイスクリーム中の寒天の割合は,0.1重量%〜0.4重量%の範囲が好ましく,さらに好ましくは0.2重量%〜0.3重量%の範囲である。寒天が0.1重量%未満であると,アイスクリーム充填苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく,0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくない。」
        e【0013】(本件公報4欄24行ないし30行)
              「前記ムース用安定剤には,一般的にムースに使用される安定剤であればよい。該ムース用安定剤をアイスクリームに添加した場合には,全体を柔らかい食感とする機能があり,寒天を添加した場合のプリプリした食感を和らげ,アイスクリームを柔らかい食感とすることができ,また,解凍した際にドリップが出るのを防ぐことができる。」

        f【0014】(本件公報4欄31行ないし43行)
             「ムース用安定剤は,前記配合割合の寒天が配合されたアイスクリームのプリプリ感を滅殺する量を添加することが必要である。例えば,CREMODAN MOUSSE301J(登録商標,ダニスコカルタージャパン株式会社製)は,グリセリン脂肪酸エステル18%,クエン酸ナトリウム6%,砂糖+ゼラチン76%の配合比を有し,該ムース用安定剤は,アイスクリーム中に0.5〜7重量%の範囲が好ましく,さらに好ましくは,2.0重量%〜3.0重量%の範囲である。ムース用安定剤が2.0重量%未満であると,アイスクリーム中の寒天のプリプリ感を滅殺する効果がなく,3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり,クリーミー感がなくなる。」
         g【0015】(本件公報4欄44行ないし50行)

             「本発明のアイスクリーム充填苺には,アイスクリーム用安定剤,寒天,及びムース用安定剤が含まれているので,全体としてアイスクリーム本来の柔らかくクリーミーな食感と同様な食感となり,しかも,通常のアイスクリームに比べて,解凍温度に到達してもアイスクリームが流れ出ない程度の形態保持性を保持している。」
      (エ) 本件特許発明の実施例について
         a【0016】【発明の実施の形態】(本件公報5欄6行ないし6欄3行)
             「‥‥‥芯をくり抜いた苺に,アイスクリーム用安定剤を含有するアイスクリームに,寒天,ムース用安定剤を添加し均一に混合することにより,アイスクリーム充填苺用のアイスクリームを調製する。」
         b【0017】【実施例】(本件公報6欄5行ないし6行)
             「以下の配合比の原料を常法により混合してアイスクリームを製造した。」

         c【0018】(本件公報6欄7行ないし20行)
         「生クリーム       20.0重量%
           砂糖          19.0重量%
           加糖練乳        17.0重量%
           水飴          18.0重量%
           脱脂粉乳         5.5重量%
           脱脂濃縮乳        3.9重量%
           ムース用安定剤(CREMODAN(登録商標)MOUSSE 301] :商品名,ダニスコカルタージャパン株式会社製)
                                      2.2重量%
           アイスクリーム用乳化安定剤(GER-7KN:商品名,旭東化学産業株式会社製)

                    0.5重量%
           寒天           0.2重量%
           ミルクフレーバー     0.1重量%
           水           13.6重量%」

      (オ) 本件特許発明の効果について
         【0020】【発明の効果】(本件公報5欄31行ないし6欄24行)
           「‥‥‥解凍時のアイスクリームの形態保持性に優れているため,アイスクリーム充填苺が食べ頃に解凍し始めても内部に充填されたアイスクリームが開口部から流れ出すことがなく,食するのに便利なアイスクリーム充填苺である。」
     イ 「アイスクリーム」の一般的な意義について
         アイスクリームの意義について,大辞林第二版(甲6)には「クリームに牛乳・砂糖・香料・ゼラチンなどを加えて凍らせた氷菓子。厚生省令では,乳固形分15パーセント以上,うち乳脂肪分8パーセント以上のもの。」と, 広辞苑第五版(乙15)には「クリームなどの乳製品を主材料に,糖類・香料などを加え,かきまぜて空気を含ませながら凍らせた氷菓子」と,岩波国語辞典第六版(乙16)には「牛乳,卵の黄身に砂糖・香料を加え,まぜ合わせて凍らせた菓子。氷菓子。」と,辞林21(乙17)には「クリームに牛乳・砂糖・香料・ゼラチンなどを加えて凍らせた氷菓子。食品衛生法では,乳固形分15%以上,うち乳脂肪分8%以上のもの。」と,三省堂国語辞典第五版(乙18)には「牛乳・砂糖・たまごの黄身をまぜあわせて凍らせたもの。」と,日本国語大辞典第二版(乙19)には「牛乳,砂糖,卵の黄身に香料を加えたものを凍らせてつくった氷菓子の一種。アイスクリン。」と,それぞれ記載されている。

         なお,「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(昭和26年厚生省令第52号)には,「アイスクリーム類」について「乳又はこれらの原料として製造した食品を加工し,又は主要原料としたものを凍結させたものであって,乳固形分3.0%以上含むもの(はつ酵乳を除く。)をいう。」と定義され,成分規格としては,「アイスクリームは,乳固形分15.0%以上,うち乳脂肪分8.0%以上のもの。」とされている。
     ウ 被告製品の成分及び製造工程等(乙10,11,弁論の全趣旨)
       (ア) 被告製品の成分は,別紙「苺アイス成分配合表」のとおりである。
           なお,被告ヒカリ乳業が製造し,被告ヤバケイが販売する製品である「春摘み苺アイス」(別紙物件目録3記載)には,「品名 アイスクリーム,無脂乳固形分:14.0%,乳脂肪分:13.0%,原材料:いちご・乳製品・砂糖・ホワイトチョコレート(大豆レシチン)・ゼラチン・甘味料(スクラロース)」と記載されている。

       (イ) 被告製品の製造工程は,次のとおりである。
         @ 砂糖,スクラロース,粉ゼラチンに水を加え,よく混合する。
         A 生クリームをタンクに入れ,攪拌しながら50度に保つ。
         B @にAを加え,攪拌しながら50度に保つ。
         C 溶解したホワイトチョコを加え,攪拌しながら50度に保つ。
         D 全脂練乳を加え,攪拌しながら昇温して,65度以上を30分以上保つ。
         E 25度〜30度に冷却する。
         F Eのミルクを充填器に分け取り,加工冷凍した苺に充填する。
         G ミルクを充填した苺を急速冷凍する。
         H 凍結した苺を個包装し,箱詰めして冷凍庫に保管して,出荷を待つ。
   (2) 判断
     ア(ア) 本件明細書の「特許請求の範囲」【請求項1】には,「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって,該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺」と記載されている。

        ここでいう「アイスクリーム」の語の意義については,本件明細書には,「特許請求の範囲」のほか「発明の詳細な説明」欄にも,特にこれを定義した記載はないから,その文言の通常有する意味に基づいて解釈すべきところ,上記(1)イ記載の辞典等の記載内容を参酌すれば,「アイスクリーム」の語は「牛乳,クリームなどの乳製品に砂糖などの糖類を加えて冷凍させた氷菓子」を意味するものというべきである。
       (イ) そして,上記の「特許請求の範囲」の記載によれば,本件特許発明の「アイスクリーム」は,「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」ものとされている(構成要件B及びC参照)。
        しかし,この「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」との記載は,「新鮮な苺のままの外観と風味を残し,苺が食べ頃に解凍し始めても内部に充填されたアイスクリームが開口部から流れ出すことがなく,食するのに便利であ」る(本件明細書【0008】。本件公報3欄38行ないし41行)という本件特許発明の目的そのものであり,かつ,「柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」という文言は,本件特許発明におけるアイスクリーム充填苺の機能ないし作用効果を表現しているだけであって,本件特許発明の目的ないし効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。

           このように,特許請求の範囲に記載された発明の構成が作用的,機能的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であれば,すべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。しかし,このような結果が生ずることは,特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになる。
           したがって,特許請求の範囲が,上記のような作用的,機能的な表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。

     イ そこで,本件明細書の記載を見るに,前記(1)アにおいて認定したとおり,「発明の詳細な説明」欄には,「このように柔軟性を有し,しかもクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有するアイスクリームは,通常のアイスクリームの組成に,さらに寒天,及びムース用安定剤を添加することにより製造することができる。」(【0010】本件公報4欄4行ないし8行),「寒天をアイスクリームに添加すると,アイスクリームが溶け出す温度になってもアイスクリーム全体の形状を保持する機能を持つ。しかしながら,アイスクリームが流れ出すことを防ぎ全体のアイスクリームの形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけでは,食感がぷりぷりしてしまい,アイスクリームの食感は失われてしまう。」(【0011】本件公報4欄9行ないし15行),「本発明において苺に充填するアイスクリーム中の寒天の割合は,0.1重量%〜0.4重量%の範囲が好ましく,さらに好ましくは0.2重量%〜0.3重量%の範囲である。寒天が0.1重量パーセント未満であると,アイスクリーム充填苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく,0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくない。」(【0012】本件公報4欄16行ないし23行),「前記ムース用安定剤には,一般的にムースに使用される安定剤であればよい。該ムース用安定剤をアイスクリームに添加した場合には,全体を柔らかい食感とする機能があり,寒天を添加した場合のプリプリした食感を和らげ,アイスクリームを柔らかい食感とすることができ,また,解凍した際にドリップが出るのを防ぐことができる。」(【0013】本件公報4欄24行ないし30行),「ムース用安定剤は,前記配合割合の寒天が配合されたアイスクリームのプリプリ感を滅殺する量を添加することが必要である。例えば,CREMODAN MOUSSE301J(登録商標,ダニスコカルタージャパン株式会社製)は,グリセリン脂肪酸エステル18%,クエン酸ナトリウム6%,砂糖+ゼラチン76%の配合比を有し,該ムース用安定剤は,アイスクリーム中に0.5〜7重量%の範囲が好ましく,さらに好ましくは,2.0重量%〜3.0重量%の範囲である。ムース用安定剤が2.0重量%未満であると,アイスクリーム中の寒天のプリプリ感を滅殺する効果がなく,3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり,クリーミー感がなくなる。」(【0014】本件公報4欄31行ないし43行),「本発明のアイスクリーム充填苺には,アイスクリーム用安定剤,寒天,及びムース用安定剤が含まれているので,全体としてアイスクリーム本来の柔らかくクリーミーな食感と同様な食感となり,しかも,通常のアイスクリームに比べて,解凍温度に到達してもアイスクリームが流れ出ない程度の形態保持性を保持している。」(【0015】本件公報4欄44行ないし50行)との,各記載がある。
       また,本件明細書には,本件特許発明の実施の形態として,【0016】に「‥‥‥芯をくり抜いた苺に,アイスクリーム用安定剤を含有するアイスクリームに,寒天,ムース用安定剤を添加し均一に混合することにより,アイスクリーム充填苺用のアイスクリームを調製する。」との記載があり,実施例として,【0017】【0018】に「以下の配合比の原料を常法により混合してアイスクリームを製造した。」「生クリーム 20.0重量%,砂糖 19.0重量%,加糖練乳 17.0重量%,水飴 18.0重量%,脱脂粉乳 5.5重量%,脱脂濃縮乳 3.9重量%,ムース用安定剤(CREMODAN(登録商標)MOUSSE 301]:商品名,ダニスコカルタージャパン株式会社製) 2.2重量%,アイスクリーム用乳化安定剤(GER-7KN:商品名,旭東化学産業株式会社製 0.5重量%,寒天 0.2重量%,ミルクフレーバー 0.1重量%,水 13.6重量%」(本件公報6欄4行ないし20行)との記載があるが,他にアイスクリームの原料の配合比についての記載はない。

       これらの記載によれば,アイスクリーム本来の食感を有し,かつ,通常のアイスクリームの解凍温度に到達しても溶けない形態保持性を有するアイスクリームは,少なくとも,通常のアイスクリームの組成に寒天及びムース用安定剤を添加することにより製造することができることが開示されているが,本件明細書においては,それ以外の方法によって,アイスクリーム本来の食感を失わず,かつ,苺が解凍された時にも形態保持性を維持することができるアイスクリームを製造することができることについて,何らの記載もない。
         上記のとおり,本件特許発明の目的は,アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも,苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ,本件明細書においては,これを実施するために,通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し,それ以外の成分について何ら言及していない。さらに,寒天をアイスクリームに添加する点について,形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけではアイスクリームの食感が失われてしまうこと(【0011】本件公報4欄11行ないし15行参照),アイスクリーム中の寒天の割合が0.1重量%未満であると,苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく,0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくないこと(【0012】本件公報4欄19行ないし23行参照)を指摘し,ムース用安定剤を添加する点についても,ムース用安定剤が2.0重量%未満であると,寒天のプリプリ感を減殺する効果がなく,3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり,クリーミー感がなくなること(【0014】本件公報4欄39行ないし43行参照)を指摘するなど,その用法について詳細な説明を施している。加えて,後記2(1)記載のとおり,「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺」自体は,本件特許発明の特許出願前の平成5年に既に広く販売されて,公知であったことに照らせば,本件特許発明に進歩性を認めるとすれば,充填されているアイスクリームが「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を実現するに足りる技術事項を開示した点にあるというべきである。
         上記によれば,本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームに該当するためには,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。

     ウ これに対して,被告製品は,前記(1)ウ(イ)に記載の工程を経て製造されるもので,その成分の構成は,別紙「苺アイス成分配合表」に記載のとおりであるから,その成分に「寒天及びムース用安定剤」が含まれていないことは明らかである。
         したがって,被告製品は,本件特許発明のアイスクリーム充填苺における「アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」(構成要件b,c)を充足しないから,本件特許発明の技術的範囲に含まれない。
   エ なお,上記のように本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームについて,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することを要するものと解釈しないのであれば,後記2(1)記載のとおり,本件特許発明は,特許法29条1項1号ないし2号に違反して特許された無効理由を有することになるというべきである。

 2 争点2(本件特許発明には無効理由があることが明らかであって,本件特許権に基づく原告らの差止請求及び原告日宏貿易の損害賠償請求は,権利の濫用に当たるか)について
     上記1において判示したところによれば,被告製品が本件特許発明の構成要件を充足せず,本件特許発明の技術的範囲に属しないことは明らかであるから,原告らの本訴請求は既に理由がないが,本件においては,事案の内容にかんがみ,念のため,本件特許発明に無効理由があることが明らかであるかどうかについても,判断する。
  (1) 平成5年の公然実施を理由とする無効主張(前記第3,2における被告らの主張(1))について
    ア 仮に,前記1に判示したように本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームについて,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することを要するものと解釈しないのであれば,93年商品及び94年商品の販売により,本件特許発明は,特許出願前に公然実施され,公知となっていたものというべきである。

   イ すなわち,航空食品株式会社の1993年版「全日空フレッシュギフト」カタログ(乙1)には,凍った苺の中にクリームが入った写真と共に,「フローズンクリームベリー」との商品名で商品が紹介されており,説明として,「フローズンストロベリー(生クリーム入)24個 カリフォルニアで収穫された大粒のいちごに甘いクリームを入れ急速冷凍。とても食べやすくシャーベット感覚で楽しめます。」と記され,また,同じく航空食品株式会社の1994年版「全日空フレッシュギフト 夏・秋号 ANA’S FRESH GIFT」カタログ(乙2)には,上記同様,凍った苺の中にクリームが入った写真と共に,「フローズンクリームベリー」との商品名で商品が紹介されており,説明として,「(生クリーム入りフローズンストロベリー30個)おいしく収穫された大粒のいちごに,クリームを流し込んで急速冷凍。シャーベット感覚のひんやりデザートになりました。」と記されているところ,93年商品及び94年商品が,原告日宏貿易の商品であったことは,原告日宏貿易の自認するところである。
        上記各カタログには,凍った苺の中に充填されたクリームがアイスクリームであることが明示的には記載されていないものの,上記のとおり,93年商品の説明における「甘いクリームを入れ」,「急速冷凍」との記載,94年商品の説明における「クリームを流し込んで急速冷凍」などの記載からすれば,前述の一般的なアイスクリームの意義である「牛乳,クリームなどの乳製品に砂糖などの糖類を加えて冷凍させた氷菓子。」を十分満たしているものと認められる。
         また,上記のようなカタログの記載内容及び弁論の全趣旨に照らせば,93年商品及び94年商品においても「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」を有していたものと推認される。
   ウ この点について,原告らは,「アイスクリーム」の語の解釈について,主張を縷々変遷させた後,原料としてアイスクリームの製造に必要な安定剤が含まれていなければならず,攪拌を要するなどとした上で,93年商品及び94年商品の苺の中に充填されたものは安定剤が含まれておらず,攪拌の工程を経ていないので,アイスクリームと呼べるものではなかったとするが,「アイスクリーム」の語について原告らの主張する解釈は,前記1(2)アに判示したところに照らし,採用できない(また,原告日宏貿易は,93年商品及び94年商品が自己の商品であるにもかかわらず,これらの商品におけるクリームの成分に安定剤が含まれず,攪拌していなかったことについて何ら客観的証拠を提出しないものであるから,原告らの主張はこの点からも措信できない。)。

     エ 原告らは,93年商品及び94年商品は,消費者の手元に商品が届いた際には,中に充填したクリームが溶け出してしまうなどの苦情が相次いでいたため,製造,販売を中止したもので,本件特許発明とは全く構成を異にするものである旨も主張し,これに沿う原告ら社員等が作成した陳述書(甲5,8ないし10)を提出する。しかし,2年にわたり,同一の商品がカタログに掲載されていることからすれば,1993年(平成5年)及び1994年(平成6年)当時,苦情が相次いでいたことについては,容易に措信し難い。また,原告日宏貿易は,93年商品及び94年商品の製造方法,成分等の資料や,苦情があったこと等についての資料については,いずれも既に廃棄処分したとして,これを証明するものを何ら提出しない。原告日宏貿易は,特許出願に先立って本件特許発明の実施品と同一の分野における製品である93年商品及び94年商品を自ら製造販売しておきながら,本件特許発明を特許出願したものである以上,仮に93年商品及び94年商品に原告らが主張するような欠陥があり,本件特許発明とは構成を異にするのであれば,本来,明細書において従来技術として自らの製品を掲げた上で,その問題点及びそれが本件特許発明により解決された旨を記載し,第三者による特許異議ないし特許無効審判の申立てに備えて,これを証明するに足りる資料を保存しているはずである。しかるに,原告日宏貿易は,本件明細書において従来技術として93年商品及び94年商品の存在につき何ら言及せず,しかも93年商品及び94年商品の製造方法,成分等についての資料は既に廃棄したと述べるのみであって,その内容を示す客観的な資料を一切提出しないが,このような原告日宏貿易の態度は誠実な特許出願人として当然とるべき行動からほど遠いものといわざるをえない(原告らは,93年商品及び94年商品を再現したと称する製品と本件特許発明の実施品との比較実験を行った結果を提出しているが(甲10),そもそも,93年商品及び94年商品の組成が確定できない以上,このような実験は無意味であるというほかはない。)。
        前記のとおり,93年商品及び94年商品は,2年にわたって「全日空フレッシュギフト」カタログに掲載されて広く販売されたものであることに照らせば,93年商品及び94年商品に原告らのいうような欠点があったとは容易に措信できず,結局,93年商品及び94年商品のアイスクリームにおいても,本件特許発明のいう「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」が実現できていたものと認めるのが相当である。
     オ 上記によれば,平成5年及び平成6年当時,既に本件特許発明は公然実施をされ,公知となっていたものというべきである。
  (2) 平成13年の公然実施を理由とする無効主張(前記第3,2における被告らの主張(2))について
    ア 前記1に判示したように,本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームについては,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することを要するものと解釈すべきであるが,このように解しても,平成13年商品により,本件特許発明は,特許出願前に公然実施され,公知となっていたものというべきである。

    イ 前記前提となる事実,乙20のほか後掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
       (ア) 被告メイショクは,平成12年12月ころ,平成13年度のお中元の企画を始めていたところ,原告日宏貿易からアイスクリーム充填苺の販売を持ちかけられた。
           原告日宏貿易は,当該アイスクリーム充填苺をスーパーマーケット等に向けて「クリームベリー」の商品名で販売するので,被告メイショクは「いちごの雫」の商品名で「クリームベリー」と同一の内容の商品をデパート等に向けて販売して欲しいと,被告メイショクに対して依頼した。
       (イ) 被告メイショクは,平成12年12月から平成13年1月ころにかけて,高島屋デパート,小田急デパート,伊勢丹デパート等に対して,平成13年お中元商品として他の商品と共に「いちごの雫」を採用してくれるように働きかけた。被告メイショクの担当者は,伊勢丹デパートを訪れた際に,「いちごの雫」の個包装を5ないし6個と原告日宏貿易から渡されていた「いちごの雫」あるいは「クリームベリー」の外観を写した写真付き企画書を持参し,伊勢丹デパートの担当者にこれを試食してもらい,商品内容や値段の説明をした。なお,他のデパートには写真付き企画書だけで説明した。

           そして,高島屋デパート,小田急デパート,伊勢丹デパート等が「いちごの雫」を平成13年お中元商品として採用する意向を示したので,被告メイショクは,原告日宏貿易から入手していた平成13年1月16日付けの本件商品仕様書(乙5)及び財団法人日本食品分析センター作成の平成12年12月28日付けの本件分析試験成績書(乙6)を各デパートに提出した(なお,デパート等において新規の食品を販売する場合,購入希望者に商品内容を説明するほか,消費者等からの苦情や照会に対して適切に対応することができるように,このように商品仕様書等の提出を求められるのが通例のことであった。)。
           本件商品仕様書には,商品について「製品名クリームベリー,重さ約20g,入数 20個入 製品コードCB−30,製造者 日宏貿易(株),‥‥‥・」と記載され,商品内容について「原材料名(添加物を含む),原料名のメーカー名,産地,添加物の配合目的(用途名),1ロット当たりの仕込量(kg),配合率(%),原材料に由来する添加物名‥‥‥」などの記載がある。このうち,原材料名とその配合率は,次のとおり記載されている。

           1 生クリーム         20.0%
           2 砂糖            19.0%
           3 加糖練乳          17.0%
           4 マルトリッチ(水あめ)   18.0%
           5 脱脂粉乳           5.5%
           6 脱脂濃縮乳          3.9%
           7 ダニスコ安定剤        2.2%
           8 GER-7KN            0.5%
           9 寒天             0.2%
         10 ミルクフレーバー       0.1%
         11 水             13.6%
           また,本件分析試験成績書には,依頼者「日宏貿易株式会社」,検体名「クリームベリー」と記載されている。
       (ウ) その後の打合せの結果,原告日宏貿易から「いちごの雫」を消費者へ配送する際にはヤマト運輸を使用することとし,各デパートが顧客から注文を受けると,その出荷伝票を各デパートから原告日宏貿易に直接送付し,これに従い,原告日宏貿易から,ヤマト運輸により,贈答先に配送され,配送後に,原告日宏貿易は,納品書を被告メイショクに提出することとなった(乙8の1及び2,13)。

       (エ) 日本航空生活協同組合は,商品名を「クリームベリー」(希望小売価格3000円)価格2700円とするアイスクリーム充填苺を平成13年6月1日発行のギフト商品カタログ(乙3)に掲載して販売した。なお,同カタログには,苺の中身をくり抜いた中にアイスクリームが充填されている写真と共に,商品「クリームベリー」の説明として,「とれたての,完熟したとよのかいちごの芯をくり抜き,その中には北海道産の生クリームと練乳を贅沢に使用したプレミアムミルクアイスクリームを閉じこめ急速冷凍しました。とよのかいちごの爽やかな酸味とコクのあるアイスクリームの味わいが溶けあう,見た目にも楽しいデザートです。」と記載されている。
           また,同時期ころ,高島屋デパートは,商品名「いちごの雫」<CB−30>を,価格3000円でお中元商品カタログ(乙4)に掲載して販売した。

       (オ) 原告日宏貿易は,平成13年6月3日から同年7月15日までの間に,伊勢丹デパートの顧客からの注文に基づき,3005個の「いちごの雫」を直接贈答先に送付した(乙8の2)。
     ウ(ア) 上記イにおいて認定した事実によれば,被告メイショクが,平成13年お中元商品としてデパート等に販売を申し出るために,デパート等に示した「いちごの雫」あるいは「クリームベリー」の外観を写した写真付き企画書には,本件公報の【図1】と同様の構成が示されており,また,同様に,デパート等に渡した本件商品仕様書等には本件明細書に示された本件特許発明の実施品(本件公報6欄7行ないし20行参照)と同一の配合組成が示されていることが認められる(本件商品仕様書における「ダニスコ安定剤」が,本件明細書における「ムース用安定剤(CREMODAN(登録商標)MOUSSE 301]:商品名,ダニスコカルタージャパン株式会社製)」に該当することは明らかである。)。

           そうすると,遅くとも,被告メイショクにより本件商品仕様書等がデパート等に示された時点で,本件特許発明は公知(特許法29条1項1号)となったというべきである。
       (イ) また,特許法2条3項1号は,発明の「実施」について,「その物の生産,使用,譲渡等‥‥‥又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)をする行為」がこれに該当すると規定しているところ,被告メイショクが,平成12年12月から平成13年1月ころの間に,平成13年お中元商品として採用してもらうために,「いちごの雫」を伊勢丹デパートに持参し,これを担当者に試食してもらったことは,同号にいう「譲渡等の申出」あるいは,「譲渡等のための展示」に該当するというべきである。
           したがって,本件特許発明は,その出願日である平成13年6月6日より前に公然実施されていた(同法29条1項2号)というべきである。

       (ウ) この点,原告らは,「いちごの雫」や「クリームベリー」をお中元商品として採用してもらうために,試食用として顧客に持参したことはなかった旨主張するが,被告メイショクにおいてデパート向けギフト用品販売を担当する営業課長山下一彦は,陳述書(乙20)において,平成12年12月から同13年1月までの間に伊勢丹デパートに「いちごの雫」の個包装を持参して,担当者に試食してもらい,本件商品仕様書等を各デパートに提出した旨を明確に述べているものであり,同人の陳述書は,自ら当該商品の売り込みを担当した者の陳述として細部にわたって詳細に事実関係を述べるものであり,内容的に十分信頼できるものであるし,また,デパートに対して新規に商品を売り込む場合,特に食料品を販売する場合には,試食用商品を持参することは一般の商取引において行われていることに照らしても,同陳述書の内容は十分措信できるものであり,この認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
           また,原告らは,原告日宏貿易と被告メイショクは,製造元と卸売業者の関係にあったものであるから,取引商品の技術内容を営業秘密として尊重することは当然であり,原告日宏貿易が,本件商品仕様書等を被告メイショクに開示したことにより公知となったとはいえない旨も主張する。原告らのこの主張は,被告メイショクが本件商品仕様書等をデパートに開示したことは原告日宏貿易の意に反してされたものとして新規性喪失の例外に該当する趣旨をいうものと善解することができる。
           しかし,原告日宏貿易は,デパート等における取り扱い商品として「いちごの雫」等を採用してもらうように売り込みを依頼するために,被告メイショクに対し,本件商品仕様書等を交付したものであり,原告日宏貿易と被告メイショクとの間で,本件商品仕様書等を秘密事項として第三者に開示しないことを約していたことはあり得ないものであり,むしろ,被告メイショクは,当時の原告日宏貿易の依頼の趣旨に沿って本件商品仕様書等を各デパートに開示したものと認めるのが相当である。

           したがって,被告メイショクが本件商品仕様書等をデパート等に開示したことにより,本件特許発明は公知となったというべきである。
       (エ) 加えて,乙8の2によれば,遅くとも平成13年6月3日には,伊勢丹デパートの顧客からの注文に基づき,原告日宏貿易は贈答先に「いちごの雫」を出荷したことが認められるから,本件特許発明は,特許出願(平成13年6月6日)前に既に公然実施されていたものというべきである。
   (3) まとめ
    上記によれば,本件特許発明は,特許法29条1項1号ないし2号の規定に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号所定の無効理由を有することが明らかというべきであるから,本件特許権に基づく差止め,損害賠償等の原告らの請求は,権利の濫用に当たり許されない。
 3 結論

   以上によれば,被告製品は,本件特許権の技術的範囲に属さないものであるが,これに加えて,本件特許発明は無効理由を有することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告らの請求は,権利の濫用に当たるものとして許されない。
   したがって,原告らの本訴請求は,いずれも理由がないので,主文のとおり判決する。


     東京地方裁判所民事第46部
 
                       裁判長裁判官    三  村  量  一
                   
                           裁判官    鈴  木  千  帆
                         
                             裁判官    荒  井  章  光
     




   (別紙)   
                             物 件 目 録
                               
                               
       1 商品名「スルー苺の宝石箱」
                           
       2 商品名「プチカドールージュ」「スルー苺の宝石箱」
       
       3 商品名「春摘み苺アイス」
       
       
   


  (別紙) 
                           苺アイス成分配合表


           1 生クリーム         18.21%
           2 砂糖             9.09%
           3 スクラロース         0.19%
           4 ホワイトチョコ        5.26%
           5 全脂練乳          59.39%
           6 粉ゼラチン          1.31%
           7 水              6.55%