H15. 7.15 東京高裁 平成15(行ケ)183 商標権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第183号 審決取消請求事件
平成15年7月15日判決言渡、平成15年6月24日口頭弁論終結
         判    決
  原   告      株式会社マツ・インターナショナル
  訴訟代理人弁護士   大野聖二
  同    弁理士   石戸久子、山口栄一
  被   告      特許庁長官 今井康夫 
  指定代理人      土井敬子、大橋良三、林栄二
         主    文
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
         事実及び理由
第1 原告が求めた裁判
 特許庁が不服2000−20761号事件について平成15年3月14日にした審決を取り消す、との判決。


第2 事案の概要
 本件は、商標法4条1項8号該当を理由に商標登録出願の拒絶査定を維持した審決に対する取消訴訟である。
 1 特許庁における手続の経緯等
 (1) 原告は、「LEONARD KAMHOUT」の欧文字を横書きしてなる本願商標を、第14類、第18類及び第25類のそれぞれ願書記載の商品を指定商品として、平成10年10月22日に登録出願した(平成10年商標登録願第90342号)。 本願商標は、米国の彫金師であって、銀製アクセサリーのデザイナーであるレナード・カムホートの氏名からなる商標である(争いがない。)。
 (2) 原告は、平成11年1月26日、「同意書及びその訳文を別添のとおり提出する。」と補正の内容を記載した手続補正書を特許庁に提出した(乙1の1)。同補正書に添付された同意書(乙1の2)には、レナード・カムホートは原告が本件出願をしたこと及びその出願に基づき商標登録を取得することに同意する旨記載され、平成10年12月1日付けのレナード・カムホートの署名がある(以下この同意書を「本件同意書」という。)。  

 (3) その後、レナード・カムホートは、平成12年5月24日付け(同年5月25日特許庁受付け)で、「同意書の撤回通知書の写し及びその訳文」を提出刊行物とする刊行物等提出書を特許庁に提出した(乙5の1)。同刊行物等提出書には、レナード・カムホートは、原告に対し本件同意書の撤回通知書を郵送し同意書を撤回したこと、本願商標は商標法4条1項8号に該当することにより拒絶の査定を求める旨が記載され、平成12年(2000年)5月24日付けレナード・カムホートの署名のある同意書の撤回通知書の写し及びその訳文が添付されている(乙5の2)。
 (4) 特許庁は、本願商標は商標法4条1項8号に該当するとして拒絶査定したので、原告は、拒絶査定不服審判の請求をした。特許庁は、これを不服2000−20761号事件として審理し、平成15年3月14日、本件審判の請求は成り立たないとの審決をした(平成15年4月7日に原告に謄本送達)。

 2 審決の理由の要旨
 審決は、別紙審決書のとおり、本願商標は商標法4条1項8号に該当するから、その商標登録出願は拒絶されるべきであるとした。理由の要旨は、以下のとおりである。
 (1) 原査定は、「本願商標は、米国の銀製アクセサリーの彫金師であって元クロムハーツのメインデザイナーであった者の氏名よりなるものであるところ、同人の承諾を得ているものとは認められないから、商標法第4条1項第8号に該当する」旨認定判断して、本願を拒絶したものである。
 (2) 本願商標は、「LEONARD KAMHOUT」の欧文字を書してなるところ、請求人(原告)も自認するように、該文字は、米国の彫金師であって、銀製アクセサリーのデザイナーの氏名からなる商標であると認められる。
 ところで、本願については、平成11年1月26日付けの手続補正書により、レナード・カムホートによる「商標登録を取得することに同意した」旨の平成10年(1998年)12月1日付けの同意書が提出されたが、その後、平成12年5月24日付けの同氏を差出人とする刊行物等提出書により、「1998年12月1日付の同意書を撤回する」旨の同意書の撤回通知書が提出されたものである。

 そうすると、本願商標は、他人の氏名よりなる商標であって、当該他人の承諾を得ているものとは認められないものである。
 したがって、本願商標が商標法4条1項8号に該当するものとして本願を拒絶した原査定は、妥当であって、取り消すことはできない。


第3 原告主張の取消事由
 審決は、商標法4条1項8号、同条3項及び民法の解釈適用を誤った違法があり、その誤りは結論に影響を及ぼすから、取り消されるべきである。
 1 補正による瑕疵の治癒と商標法4条1項8号不該当
 本願商標は、出願当初においては、商標法4条1項8号の「他人」に当たるレナード・カムホートの同意書が添付されていなかったが、平成11年1月26日付けの手続補正書により、その他人であるレナード・カムホートの同意書が提出された。手続補正は、提出された書類に不備があった場合に、補正により瑕疵の治癒を認めるものである。したがって、本願商標は、上記手続補正により、その瑕疵が遡及的に治癒されて、8号に該当しない商標になった。
 2 撤回の効力の不発生
 その後、本願商標について、レナード・カムホートから同意の撤回通知書が特許庁に提出された。しかし、この同意の撤回通知書は、本件同意書が特許庁に到達してその効力が生じた後に提出されたものであるから、撤回の効力が認められる余地はない。

 すなわち、8号にいう「他人の承諾」は、特許庁に対する承諾という意思の通知に、商標登録阻却事由を解消するという法律効果を結び付けたもので、準法律行為に当たる。この「他人の承諾」については、商標法に特別の規定がないから、民法97条1項により、本件同意書が特許庁に到達したことにより、承諾の効果が生じると解される。準法律行為については、それが到達して効力が生じた後は、表意者が単独でそれを消滅させることはできないと解されている。
 したがって、本願商標の「他人」の承諾が一方的な意思表示で撤回できるとの解釈に基づき、撤回の効力を認めて、本願商標が8号に該当するとした審決の認定判断は、誤りである。
 3 商標法4条1項8号該当の判断時期
 仮に、承諾の撤回が可能であるという前提に立ったとしても、撤回は、「他人の承諾」の効果を将来に向かって失わせる効果を有するだけであるから、出願当初に「他人」の承諾があったことを覆すものではない。

 商標法4条3項の「第1項8号・・・に該当する商標であっても、商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は適用しない。」と規定しており、8号該当性の判断基準時は、出願時である。
 本願商標は出願時において「他人」の承諾の得ていた8号に該当しない商標であるのに、審決は、出願後の撤回通知書の提出という事情により、本願商標が8号に該当すると認めており、商標法4条3項の明文の規定に違反している。
 4 被告の主張に対する反論 
 (1)  商標法上、手続補正に関して遡及効は明文で規定されてはいないが、手続補正の性質上、遡及効は当然に認められるものである。また、本件同意書の文面から、同意が過去に行われた本件出願に同意を与え、その違法性を治癒する意図でされていることは明らかであるから、同意の効力は、出願時に遡って遡及的に生じている。同意書への署名の日付けが出願後の平成10年12月1日であっても、同意の遡及的効力の発生に消長を来すものではない。

 (2) 審査や審理が終了していないうちに同意書が提出されても、その提出により拒絶理由が解消するという法的効果が発生するものではない、という被告の主張は、審査、審判等の処分の効力と、その前提となる同意書等の効力発生時期を混同するものであって、失当である。審査、審判は、本願商標が8号に該当しなくなったという事実を事後的に確認し、登録査定等の処分を行うだけであり、両者を混同している被告の主張は失当である。
 (3) 情報提供をなし得る期間と承諾書の効力発生時期とは全く無関係である。


第4 被告の反論
 1 手続補正書による同意書提出の効果
 平成11年1月26日付け手続補正書に添付された本件同意書の署名の日付は、1998年(平成10年)12月1日となっており、本願商標の出願日である平成10年10月22日の時点では、未だ、「他人」であるレナード・カムホートの承諾が得られていないこと明らかである。
 原告は、手続補正書により遡及的に瑕疵が治癒された旨主張するが、手続補正書によって同意書が特許庁に提出されても、添付された同意書の実体的な承諾の日付けまでが出願時に遡及するものではない。そもそも、8号の「同意書」については、特定の書式が定められているわけではなく、意見書、物件提出書、上申書などでも提出し得るものであり、手続補正書と共に提出されたからといって、法律上、出願時から提出されていたものとしなければならない性質のものではない。出願時に他人の承諾を得ていなくとも、審決時(又は査定時)に承諾を得ているならば、8号は適用されないから、本来、承諾の効果を出願時に遡及させる必要もないのである。

 2 商標法4条1項8号該当の判断時期
 拒絶査定不服審判における商標法4条1項8号該当性の判断時は、同条3項が「第1項第8号・・・に該当する商標であっても、商標登録出願の時に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない。」と規定していることより、出願時及び審決時となっている。その趣旨は、出願後に新しい自然人や法人が誕生したり略称が著名になったりした場合には、出願時点において8号にいう「他人」の氏名、名称や著名な略称等を含む商標に該当しなかったものがその後の事情により8号に該当することになるが、このようなものまでも不登録にするのは酷に失するということにある。承諾書の有無の問題は、上記のような出願後に生じた事情とは趣を異にするものであるから、承諾の有無の判断については、審決時がより重要であるといえる。

 本件においては、平成11年1月26日付け手続補正書によって同意書が提出されても、少なくとも、本願の出願時には、「他人」に当たるレナード・カムホートの承諾は得られていなかったものである(前記のとおり、補正によっても承諾の効力が出願時にまで遡って生じることはない。)。したがって、本願商標は、審決時のみならず出願時においても商標法4条1項8号に該当する。
 3 同意書の撤回について
 (1) 原告は、本件同意書の提出によって商標登録阻却事由が解消するという法律効果が生じているから、その後に本件同意書を撤回する旨の通知がされても、承諾の効力が覆ることはないと主張する。しかし、商標法上、商標登録出願に拒絶すべき理由があるか否か、さらに、その理由が解消したか否かは、もっぱら審査官による審査や審判官による審理により判断されるのであるから、審査や審理が終了していない(手続補正書や意見書の提出ができる時期は、審査や審理が終わっていないといえる。)うちに、同意書が提出されても、その提出によって商標法4条1項8号の拒絶理由が解消するという法的効果が発生しているなどとは、到底いうことができない。このことは、商標法4条3項により、同条1項8号の判断時が出願時及び審決時(審査においては査定時)とされていることからも明らかである。すなわち、8号該当性の判断の基準時の一つである審決時(審査においては査定時)に至っていないにもかかわらず、8号の拒絶理由が解消するという法的効果が発生ということはあり得ない。

 「商標登録阻却事由を解消するという法律効果が生じている」ことを前提に撤回を認められないとする原告の主張は、失当である。
 (2) さらに、本件同意書の撤回は、レナード・カムホート自身による情報提供により明らかになったものであるところ、商標法施行規則19条1項は、商標法4条1項8号の規定により登録することができないものである旨の情報の提供を商標登録出願が特許庁に係属しているときはできる旨を定めている。仮に、承諾書の提出により8号の拒絶理由が解消するという法的効果が発生していたとするならば、このように情報提供をなし得る期間を設ける意義が実質的に失われることになりかねない。このことからも、承諾書の提出により8号の拒絶理由の解消という法的効果が発生していたということはできない。
 原告は、昭和53年6月21日の東京高裁の判決(昭和52年(行ケ)120号判決と思料する。)を提示しているが、同判決は、商標登録出願の放棄の意思表示は相手方たる特許庁に到着すればその効力が生ずるとした事例である。これと異なり、本件は、拒絶理由の解消が審査官による審査や審判官による審理を経なければならないものであるから、出願人の一方的な意思表示により拒絶理由が解消したとはいえないのである。上記判決は、本件とは事案を異にする。

 (3) そもそも、8号は、人格権の保護のための規定である。そして、レナード・カムホートは、一時、承諾の意向を持ったとしても、8号の判断時である出願時及び審決時のいずれにおいても、実質的に承諾の意思を有していないことが明らかである。すなわち、出願時に承諾の意思がなかったことは、前記1のとおりであり、承諾の有無の判断について特に重要な審決時においても、同人に承諾の意思のないことは、平成12年5月24日付けでレナード・カムホート自身が同意書の撤回通知書を添付し、本願の拒絶査定を求める刊行物等提出書を特許庁に提出し、さらに、同人が代表を務める会社の名義で「レナード・カムホート」の商標登録出願をしている事実(乙6)からみて明らかである。
 仮に、原告の主張のとおり、いったん承諾した以上その撤回はなし得ないとして、同人の意思に反して本願商標を商標登録するならば、商標権が更新可能であり、更新にあたって該「他人」の承諾が必要ないことと相俟って、レナード・カムホート氏は、商標権が存続する限り、半永久的に、原告の本願商標の登録及び使用に伴う苦痛や不快な感情を余儀なくされ、人格権を侵害されることになるのであって、人格権の保護という商標法の趣旨が没却されてしまうことになる。

 (4) さらに、レナード・カムホートの同意と撤回の経緯は、乙第7号証の1(弁護士鳥海鉄郎外作成の平成15年6月5日付けファクシミリ送信文書)に、「1998年5月頃にカムホート氏は自己が制作する宝飾品(シルバーアクセサリー)の日本での販売についてとマツ・インターナショナルと取引を行うことを計画し、マツ・インターナショナルがカムホート氏の名義で日本で『LEONARD KAMHOUT』の商標を出願することを依頼しました。以上のような事情があったため、また、日本の商標制度についてのカムホート氏の理解が不足していたため、カムホート氏が署名した1998年12月1日付けの同意書は、マツ・インターナショナルがカムホート氏の名義で出願するために必要な書類としか考えておらず、マツ・インターナショナルの名義で商願平10−090342が出願されているとは思っていませんでした。そして、その後、カムホート氏は@マツ・インターナショナルが「LEONARD KAMHOUT」の商標を付した模造品を取り扱っていること、及び、Aマツ・インターナショナルがカムホート氏の名義ではなく、マツ・インターナショナルの名義で商標出願をしていること、を知ったことから、自己が製作するシルバーアクセサリーの日本での販売についてマツ・インターナショナルと取引を行なう計画を白紙に戻すこととしました。上述のとおり、カムホート氏とマツ・インターナショナルとの間には計画しか存在せず、書面による契約は存在しなかったため、上記計画を白紙に戻すためには上記同意書を撤回することが必要であると考えました。」と記載されている。
 このような経緯からすれば、レナード・カムホートは当該同意に錯誤があって、同意の瑕疵を主張し得る事情があったともいえる。
 3 まとめ
 本願商標は、出願時においては、レナード・カムホートの承諾を得ていたということはできず、また、審決時においても、同人の承諾を得ていたといえる状況にないことが明らかであるから、商標法4条1項8号に該当するものである。


第5 当裁判所の判断
 本件は、当事者間に争いのない前記第2の事実関係に基づき、商標法4条1項8号及び同条3項の解釈適用のみが争点となっている事案である。以下、原告主張の取消事由について判断する。
 1 商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標として、8号に「他人の・・・氏名若しくは名称・・・を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」を挙げている。この8号は、その規定の沿革及び他人の氏名等を含む商標の登録について当該他人の「承諾」を要求していることから、他人の人格的利益を保護する趣旨に出た規定であると解される。人格的利益の保護という8号の上記趣旨からすれば、「他人」の氏名等を含む商標の登録が許されるためには、その「他人」の承諾は、商標の登録要件についての判断がされる審決時(審査にあっては査定時)において現に存在していることを要するというべきである。

 これを本件についてみるに、本願商標について「他人」に当たるレナード・カムホートは、平成12年5月24日付け(同月25日特許庁受付け)で特許庁に対し刊行物等提出書を提出し、同刊行物等提出書において、原告に対し本願商標の登録出願に対する同意を撤回したこと及びその経緯を明らかにするとともに、本願商標は商標法4条1項8号に該当することにより拒絶の査定を求める旨を述べているのであるから、本願商標が、審決時において、8号の括弧書きにいう「他人の承諾を得ているもの」といえないことは明らかである。
 したがって、本願商標は、8号に該当する。
 2 原告は、本件同意書の撤回は効力が生じていないから、審決時において「他人の承諾」は存続しているということができ、本願商標は8号に該当するものではない、と主張する。すなわち、8号にいう「他人の承諾」は、特許庁に対する承諾という意思の通知に商標登録阻却事由の解消という法律効果を結び付けたものであるから、本件同意書の特許庁への到達によって商標登録阻却事由の解消という法律効果がいったん生じた後は、表意者である「他人」が単独でそれを消滅させることはできず、承諾は審決時においても有効なものとして存続しているというのである。

 しかしながら、8号括弧書きにいう「他人の承諾を得ているもの」とは、出願人が「他人」の承諾を得ている商標という意味であることが文理上明らかであり、特許庁に対して出願人から提出される同意書(承諾書)は、出願人がその商標の出願及び登録について「他人」の承諾を得ているという事実を過不足なく証明することができる文書でなければならず、かつ、そのような文書であれば足りるから、その形式、内容、宛名等は問わないものと考えられ、また、意思表示を含んだ処分証書に限らず、意思表示を含まない報告文書等であっても差支えないものと考えられる。そうであってみれば、出願時等に同意書が提出されていても、登録までに同意を翻した旨の書面が提出された場合には、出願及び登録について同意したことを証明する文書としての適格性を失うことになることは明らかである。原告の主張する、「他人の承諾」は特許庁に対する承諾という意思の通知に商標登録阻却事由の解消という法律効果を結び付けたものであるから、承諾の旨を記載した同意書の提出によって登録阻却事由の解消という法的効果が生じ、以後、その法的効果は覆滅されることがないとする見解は、独自の見解であって、採用することができない。
 本件においては、同意書の撤回通知書が平成12年5月24日付けで原告に対し送付されたことにより、原告の商標登録出願に対するレナード・カムホートの承諾は撤回されていると認められるのであり、レナード・カムホートから提出された刊行物等提出書によって同意書が撤回された事実(この事実自体は原告も争っていない。)が明らかにされた以上、審決がこれに基づいて、本願商標は「他人の承諾」を得ているものではない、と認定判断したことに誤りはないというべきである。
 3 さらに、原告は、手続補正書に添付して提出された本件同意書によって本願商標についてはその出願時に遡及して「他人の承諾」が存在していたことになるとした上で、本願商標は、商標登録の出願時に商標法4条1項8号に該当しないものであったから、同法4条3項の規定により、8号の適用はないと主張する。

 しかしながら、そもそも、商標法4条3項が8号等に該当する商標について、「商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない。」と規定しているのは、出願時には「他人」の承諾を得る必要のない商標であったものが、出願後に新しい自然人や法人が誕生したり略称が著名になるといった出願後に生じた事情変更によって、8号に該当する商標となり、登録を拒絶されることになるのは、出願時における出願人の期待に反し酷であるとの考慮に基づき、登録阻却事由の該当性についての判断の基準時に例外を設けたものと解される。ところが、本願商標については、その出願時においても「他人の承諾」を得る必要性があったのであり、出願時に承諾が不要であったものが出願後の事情変更により必要となったわけではなく、商標法4条3項が想定している出願人に酷な場合とは明らかに事情が異なるから、同条項は、いったんなされた承諾が登録までの間に撤回された本件のような場合を含まないものと解される。
 また、8号が他人の氏名等を含む商標の出願について当該「他人」の承諾を要求している趣旨が氏名等を出願商標に使用される他人の人格的利益の保護を図ることにあることを考えるならば、「他人」が出願人との私的な利害関係の変更によってその承諾を撤回したため査定時又は審決時において他人の承諾を得ていないものとなっている商標について、8号該当性を否定して登録を認めることは、8号の本来の趣旨に反する結果となる。商標法4条3項も、そのような8号の趣旨に反する結果を容認することを想定しているとは解されないから、同条項は、8号の「他人」の承諾の撤回といった私的な事項にまで適用されるものではないというべきである。
 したがって、補正の遡及効に関する原告の主張を判断するまでもなく、原告の商標法4条3項に基づく8号の不適用をいう主張は、採用することができない。

 4 以上のとおり、原告主張の取消事由は理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。

 東京高等裁判所第18民事部

     裁判長裁判官   塚  原  朋  一


               裁判官   古  城  春  実


        裁判官   田  中  昌  利