H16. 2.26 東京地裁 平成15(ワ)15702 不正競争 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第15702号 特許権差止請求権不存在確認等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成15年12月22日)
          判         決
     原    告          株式会社大東貿易
     原    告          有限会社ハマ・コーポレーション
     原    告          株式会社フィールテック
     原告ら訴訟代理人弁護士     安 田 有 三
     同               井 口   博
     被    告          富士写真フイルム株式会社

     被告訴訟代理人弁護士      熊 倉 禎 男
         同               吉 田 和 彦
         同               渡 辺   光
         同               相 良 由里子
        同補佐人弁理士         井 野 砂 里
     同               北 村   博
          主         文
       1 原告らの請求をいずれも棄却する。
      2 訴訟費用は原告らの負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 原告らの請求
 1 原告株式会社大東貿易及び原告有限会社ハマ・コーポレーションによる別紙「原告製品目録」記載の製品の輸入又は販売につき,被告が第1875901号特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。

 2 被告は,原告らの取引先に対して,前項記載の製品が前項記載の特許権を侵害する旨を告知し,又は流布してはならない。
 3 被告は,原告株式会社大東貿易に対し,800万円及びこれに対する平成15年7月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 被告は,原告有限会社ハマ・コーポレーションに対し,800万円及びこれに対する平成15年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 被告は,原告株式会社フィールテックに対し,800万円及びこれに対する平成15年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
    本件は,別紙「原告製品目録」記載の製品についての原告株式会社大東貿易及び原告ハマ・コーポレーションの輸入・販売について,被告が特許権侵害を理由とする差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに,被告が原告らの上記製品の製造・輸入・販売が特許権侵害に当たるとして取引業者に警告を行った行為は,競争関係にある原告らに対する営業誹謗行為であり,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するとして,同行為の差止め及び損害賠償(遅延損害金を含む。)の請求をしている事案である。

 1 前提となる事実関係(証拠により認定する場合には,末尾に証拠を掲げた。)
  (1) 当事者
    原告株式会社フィールテック(以下「原告フィールテック」という。)は,別紙「原告製品目録」記載の製品(以下「原告製品」という)を製造し,原告株式会社大東貿易(以下「原告大東貿易」という。)は原告製品を我が国に輸入し,原告有限会社ハマ・コーポレーション(以下「原告ハマ・コーポレーション」という。)は我が国において原告製品の発売元としてこれを販売している。
    被告は,光学機械器具・レンズの製造及び販売等を目的とする株式会社である(以上弁論の全趣旨)。
  (2) 被告は,次の特許権を有している(以下,この特許権を「本件特許権」といい,同特許権に係る特許公報〔甲1。本判決末尾添付〕を「本件特許公報」という。)。

     特許番号   第1875901号
     発明の名称  レンズ付きフイルムユニット及びその製造方法
     出願年月日  昭和62年8月14日
     出願番号      特願昭62−202876
     公開年月日  昭和64年1月5日
     登録年月日    平成6年10月7日
     優先権主張    実願昭61−126942(昭和61年8月20日出願,以下「優先出願@」という。)
              特願昭61−246977(昭和61年10月17日出願,以下「優先出願A」という。)
                特願昭61−246978(昭和61年10月17日出願,以下「優先出願B」という。)
                        特願昭62−32185(昭和62年2月14日出願,以下「優先出願C」という。)

  (3) 本件特許権に係る特許明細書(以下「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下この発明を「本件発明」という。)を分説すると以下のとおりとなる。
   A 予め未露光フイルムを内蔵し,このフイルムに対してシャッタ手段を操作することにより,露光付与機構を通して露光を付与するようにし,
   B 撮影後にフイルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフイルムユニットにおいて,
   C 前記ユニット内のフイルム露光枠の一方側に未露光フイルムロールが配置され,フイルム露光枠の反対側に回転可能な巻芯を内部に有するパトローネが配置されており,
   D 未露光フイルムの一端と巻芯が予め固定されていること,
   E 前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯には,ユニットのフイルム巻取り操作手段を連結させ,

   F 前記シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること,
   G 前記未露光フイルムロールは,該ユニットの製造工程で前記パトローネ内に収納された状態から引き出されて形成されており,
   H 該フイルムロールの中心部が中空状態で,未露光フイルムロール収納部に装填されている
   I ことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット
  (4) 被告は,次の実用新案権を有していたが,同実用新案権は,平成14年1月19日にその権利期間が満了した(以下,この実用新案権を「本件実用新案権」といい,同実用新案権に係る実用新案登録公報〔甲3。本判決末尾添付〕を「本件実用新案公報」という。)。
      登録番号     第2564847号
      考案の名称    レンズ付きフイルムユニット

      出願年月日    昭和62年1月19日
      出願番号        実願平8−3002
      公開年月日    平成8年10月11日
      登録年月日       平成9年11月28日
    本件実用新案権に係る明細書(甲3,以下「本件実用新案明細書」という。)における実用新案登録請求の範囲の記載(本件実用新案公報発行後の平成11年2月1日に訂正がされた後のものは,次のとおりである(以下,上記実用新案登録請求の範囲記載の考案を「本件考案」という。)(乙2,弁論の全趣旨)。
    「撮影レンズ及びシャッタを含む撮影機構が組み込まれたユニット本体に,写真フイルムの一端を係止した回転自在なスプール軸を有するパトローネを収納するためのパトローネ収納室と,前記パトローネから引き出した写真フイルムをロール状に収納するためのフイルム収納室とが設けられており,製造時にパトローネ及び写真フイルムのロールが予め装填され,撮影毎に前記スプール軸を回転することによって露光済みの写真フイルムをパトローネに巻き込んでゆくようにしたレンズ付きフイルムであって,前記ユニット本体には,前記スプール軸と直接係合し,回転操作によりスプール軸を写真フイルムの巻込み方向に回転させるための円形をした巻上げノブが組み込まれ,前記巻上げノブは,前記ユニット本体の上板の下方にあって一部が前記上板の背面側縁部を越えて後方に露呈されており,前記ユニット本体はその背面の全体が開口しており,この背面の全体を覆って,レンズ付きフイルムユニットの背面を構成するとともに,ユニット本体内に装填された写真フイルムを光密に保つための裏蓋が取り付けられ,この裏蓋を前記ユニット本体の背面側から取り付ける際に,前記巻上げノブの一部が前記裏蓋から突出するように嵌まり込んで前記巻上げノブの回転操作を可能とするための開口部を前記裏蓋に形成したことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット。」

  (5) 被告は,平成15年1月15日ころ,原告製品を販売していた株式会社ニッドに対して,<レンズ付フィルム詰替品販売中止のお願い>と題する書面(以下「本件警告書」という。)を送付した。
    同書面には,「貴社にてご販売中のレンズ付フィルム詰替品の販売を中止して頂きたく,この度書面にてお願い申し上げます。ご承知のように,平成12年8月31日東京地裁判決にて,『レンズ付フィルム詰替品の輸入,製造,販売は(当社の)特許権,実用新案権,意匠権を侵害する』旨の勝訴判決を得ております。………つきましては,当社は貴社に対して,直ちに貴社取り扱い詰替品の販売行為を中止していただきたく,本書面にてご通知申し上げます。」との内容が記載されていた(甲2,弁論の全趣旨)。
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 本件特許権には二重特許禁止の原則に反する無効事由があるか

   (原告らの主張)
    被告は,本件特許権の先願として本件実用新案権を有していたものである。すなわち,本件実用新案公報記載の図2,図1及び図3は,それぞれ,本件特許公報の第7図,第8図及び第9図と同一のものであり,本件考案と本件発明とは実質的に同一な考案ないし発明である。しかるに,本件発明の特許出願は本件考案の実用新案登録出願に後れてされたものであるから,本件発明の特許出願は,特許法39条3項に違反したものであったことが明らかであり,本件特許権には明白な無効事由が存し,被告による権利行使は権利の濫用である。
    そして,原告製品は,本件考案の技術的範囲に属するものであるところ,本件実用新案権は,その権利期間が満了しているから,本件考案は,自由な万人共有の財産であり,何人も自由に利用することができるものである。

    よって,原告大東貿易及び原告ハマ・コーポレーションは,原告製品の輸入販売につき,被告が第1875901号特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める。
   (被告の主張)
   ア 原告らの主張は争う。次に述べるとおり,本件特許権に無効事由はない。
    (ア) 原告らは,本件考案に係る実用新案登録出願(以下「本件実用新案登録出願」という。)が本件発明に係る特許出願(以下「本件特許出願」という。)の先願であると主張するが,誤りである。
       本件特許出願に係る各発明は,本件優先出願@ないしCに基づいて平成5年法律第26号による改正前の特許法42条の2(以下,同条については同様である。)に規定された優先権を主張して出願されたものである。したがって,本件特許の特許請求の範囲に記載された各発明のうち,優先権主張の基礎とされた発明又は考案についての特許法39条の適用については,本件特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなされることになる。

    (イ) 優先出願Bの願書に最初に添付した明細書(以下「優先出願B明細書」という〔乙3,本判決末尾添付〕。)に記載されている発明の構成を構成要件に分説すると,
     (a) 予め未露光フイルムを内蔵し,このフイルムに対して,シャッタ手段(レリーズボタン6)を操作することにより,露光付与機構(シャッタ35)を通って,フイルムの撮影駒(フイルムの展延部分26)に露光を付与し,
     (b) 撮影後にフイルム(撮影済みのパトローネ20)を取り出したのちは,再使用されないようにされたレンズ付きフイルムユニットにおいて,
     (c) ユニット内(ユニット本体1の本体基部2)のフイルム露光枠10の一方側に(挾むように)フイルムロールが配置され,フイルム露光枠の反対側に回転可能(自在)な巻芯(パトローネ軸28)を内部に有するパトローネが配置されており, 

     (d) 未露光フイルムの一端と巻芯(パトローネ軸28)が予め固定(係着)され,
     (e) 前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯(パトローネ軸28)には,ユニット10のフイルム巻取り操作手段(巻き上げノブ8)の操作に連動し,図中反時計方向に回動するフイルム巻き上げ用のフォーク14を連結(係合)させ,
     (f) 前記シャッタ手段(レリーズボタン6)が操作された後に,(巻き上げノブ8を回動操作すると,フォーク14を介してパトローネ軸28が回動するから,)前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること,
     (g) 未露光フイルムロールは,ユニットの製造工程(組立時)でパトローネ内に収納された状態から引き出されて形成されており,
     (h) (フイルムロール23を巻軸22ごとフイルムロール室に装填した後,巻軸22だけを引き抜くと,フイルムロール23はそれ自身のカーリング習性によって巻ほぐれて)フイルムロールの中心部が中空状態で,未露光フイルムロール収納部に装填されている

     (i) ことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット
     ということになる。
    (ウ) 上記(イ)の構成要件を本件発明の構成要件AないしIと対比すると,優先出願Bに係る発明の構成要件(a)は,本件発明の構成要件Aに相当し,同構成要件(b)は,本件発明の構成要件Bに相当し,同構成要件(c)は,本件発明の構成要件Cに相当し,同構成要件(d)は,本件発明の構成要件Dに相当し,同構成要件(e)は,本件発明の構成要件Eに相当し,同構成要件(f)は,本件発明の構成要件Fに相当し,同構成要件(g)は,本件発明の構成要件Gに相当し,同構成要件(h)は,本件発明の構成要件Hに相当し,同構成要件(i)は,本件発明の構成要件Iに相当する。
    (エ) したがって,本件発明についての特許法39条の適用については,本件特許出願は,当該先の出願の時(昭和61年10月17日)に出願されたものとみなされることになるから,本件考案に係る出願(出願日:昭和62年1月19日)より先願であり,有効な出願である。

   イ 原告らの主張に対する反論
     原告らは,本件発明の構成要件Fは,本件特許明細書に記載された第3実施例(以下本件特許明細書記載の実施例については,単に「第3実施例」というようにいう。)の構成を採用することによって初めて達成されることになるから,優先出願Bに添付された明細書等に第3実施例の構成が記載されていない限り,構成要件Fが記載されているとはいえず,本件発明について優先権主張をすることはできないと主張する。しかし,次に述べるとおり,原告らの上記主張は誤りである。
    (ア) 構成要件Fの解釈について
     (a) 本件発明の重要な特徴
       そもそも本件発明における重要な特徴は,本件特許明細書における「発明が解決しようとする問題点」,「発明の効果」の記載及び出願経過における被告の主張から明らかなとおり,レンズ付きフイルムユニットにおいて,製造段階でパトローネから未露光のフイルムを予め引き出して中空のフイルムロールとし,これを本体に装填しておく点にある。

     (b) 構成要件Fの意義
       上記のとおり,本件発明においては,レンズ付きフイルムユニットにおいて,製造段階でパトローネから未露光のフイルムを予め引き出して中空のフイルムロールとし,これを本体に装填しておく点が重要な特徴である以上,本件発明に係る製品は,必ず,製造工程において未露光フイルムをパトローネから引き出して装填しているレンズ付きフイルムユニットを構成する。それを前提とすると,パトローネから引き出されたフイルムをパトローネ内に巻き込み可能とする構成を採用することが必要不可欠となる。言い換えれば,本件発明に係る製品においては,撮影済みのフイルムが「パトローネ内に巻き込み可能」であれば,それがどのような構成であるかを問うものではない。
       そのため,特許請求の範囲の記載においても,構成要件Fは,「前記シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること」と記載しているのみであって,それ以上の詳細な構成は何ら限定していない。「シャッタ手段が操作された後に」という記載は,レンズ付きフイルムユニットをはじめとする,ほとんど全てのカメラの機構として当然に挿入された記載に過ぎない。

       このことは,本件特許明細書における「発明の詳細な説明」の記載をみても,「問題点を解決するための手段」の欄に,特許請求の範囲の請求項1と同一の記載が認められるのみで,その他には「発明が解決しようとする問題点」欄にも,「発明の効果」欄にも,シャッター操作後でなければフイルムを巻くことができない,というようなフイルム巻き込み手段の詳細な構成については一切言及がないことからも,明らかである。出願経過においても,引き出したフイルムをどのような構成によって巻き込み可能とするかという点は,一切問題となっていない。
       以上のとおりであるから,本件発明の構成要件Fは,「前記シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること」という記載どおりの構成を意味し,それ以上の限定を一切付加するものではない。

         (c) 原告らによる解釈の誤り
       原告らは,さらに,構成要件Fは「シャッタ手段操作後に巻き上げノブを回動可能にし,同操作中掌の部分あるいは身体の一部が巻き上げノブに触れ巻き上げノブが回動しフイルムが動いてしまうと(いう)誤動作を防止したものである。」と主張した上で,第3実施例の構成によらなければ上記機能を達成し得ないと主張するようである。
       しかし,上記のような,「シャッタ手段操作中の巻き上げノブの誤動作」を防止するための構成を採用することについては,第1実施例に関する説明の中にも記載されており,かつ,第3実施例の構成に限定されるような記載は存在しない。
       すなわち,第1実施例に関し,「レリーズボタン6を操作するとシャッタ35が開閉し,露光枠10に位置しているフイルムの展延部分26に露光が行われる。その後,巻き上げノブ8を回動操作するとフォーク14を介して巻芯28が回動するから,露光済みのフイルムはパトローネ20に巻き込まれてゆく。これとともに,フイルムロール23から次のフイルムコマが露光枠10の位置に供給され,スプロケット16がフイルムの供給に従動して回転する。そしてスプロケット16の回転によって1コマ定尺送りが検出されると,巻き上げノブ8がロックされ次の撮影準備が完了することになる。このようにして撮影を繰り返してゆくことによって,露光済みのフイルムは順次パトローネ20に巻き込まれてゆく。」と記載されている。このとおり,「1コマ定尺送り」が検出され,巻き上げノブがロックされることによって,原告らの指摘する「シャッタ操作中の巻き上げノブの誤動作」を防止することができるものである。第3実施例に関する記載と対比してみれば,この記載は,第3実施例の上位概念として「シャッタ操作中の巻き上げノブの誤動作」を防止する機構を記載したものであることは明白である。

       したがって,上記誤動作防止のための構成を採用することは第1実施例に関する記載において明記されており,明細書にも特に第3実施例の構成に限定する記載が存在しない以上,第3実施例の構成に限定される,と解釈することはできない。
       もっとも,第1実施例に関する記載には,「1コマ定尺送り」にどのような構成を採用するかについて,詳細な記載はないが,そもそもパーフォレーションのある135フイルム(すなわち35mm写真フイルム)を用いるカメラにおいて,パーフォレーションを利用して一定量ずつフイルムを送る,いわゆる「1コマ定尺送り」を検出して,巻き上げノブをロックする構成をカメラ一般に採用すること及びその構成は,周知・慣用技術であって,当業者は当然の前提としている技術であるから,その構成について詳細な記載は不要である。したがって,原告らの主張する「シャッタ操作中の巻き上げノブの誤動作」を防止するような構成の開示としては,第1実施例に関する上記引用部分の記載で足りる。

       原告らは,第1実施例に対応する第1ないし第3図には,シャッタ手段の操作後巻き上げノブを回動可能にする機構は記載されておらず,上記第1実施例は本件発明の実施例ではないと主張する。しかしながら,上記のとおり,原告らの主張するところの「シャッタ手段の操作後巻き上げノブを回動可能にする機構」は,周知・慣用技術に過ぎず,本件発明の当然の前提とされている機構である。よって,上記第1ないし第3図の中に上記機構の構成部品についての詳細な記載がないとしても,本件発明の実施例の記載としては,何ら不足するところはない。したがって,第1実施例は本件発明の実施例に該当する。
     (d) 以上のとおり,本件発明の本質及びそれを基づく本件特許明細書の記載にかんがみれば,本件発明が第3実施例においてのみ開示され,支持されているという原告らの解釈は採り得ない。本件発明が優先出願B明細書又は優先出願Bの願書に最初に添付した図面(以下「優先出願B図面」という。)に開示されていないという原告らの主張は,そもそも前提となる本件発明の理解から誤っているといわざるを得ない。

    (イ) 優先出願B明細書に構成要件Fが記載されていること
           上記のとおり,原告らによる構成要件Fの解釈は誤りである。構成要件Fは優先出願B明細書にすべて記載されている。
      すなわち,「レリーズボタン6を操作するとシャッタ35が開閉し,露光枠10に位置しているフイルムの展延部分26に露光が行われる。その後,巻き上げノブ8を回動操作すると,フォーク14を介してパトローネ軸28が回動するから,露光済みのフイルムはパトローネ20に巻き込まれてゆく。これとともに,フイルムロール23から次のフイルムコマが露光枠10の位置に供給され,スプロケット16がフイルムの供給に従動して回転する。そしてスプロケット16の回転によって1コマ定尺送りが検出されると,巻き上げノブ8がロックされ次の撮影準備が完了することになる。このようにして撮影を繰り返してゆくことによって,露光済みのフイルムは順次パトローネ20に巻き込まれてゆく。」との記載から明らかである。

      また,上記(ア)(c)において述べたとおり,パーフォレーションのある135フイルム(すなわち35mm写真フイルム)を用いるカメラにおいて,パーフォレーションを利用して一定量ずつフイルムを送る,いわゆる「1コマ定尺送り」は,周知・慣用技術であり,さらに,「シャッタ操作中の巻き上げノブの誤動作」を防止するために,「1コマ定尺送り」を検出して,巻き上げノブをロックする構成も周知・慣用技術に過ぎないから,構成要件Fの開示としては,上記引用部分の記載程度で十分である。
     (原告らの再反論)
     ア  優先権制度について
     特許法42条の2第2項の定める優先権制度は,特許出願の明細書又は図面中に含まれている優先権主張の基礎とされた出願に添付された明細書等に記載された発明の部分についての特許法39条等の規定の適用については,優先権主張の基礎とされた出願の時にされたものとみなす,ということである。

     被告は,本件発明のうち,優先権主張の基礎とされた出願の当初明細書等に記載された発明を特定するとしてその論旨を展開している。しかし優先権制度に誤解がある。すなわち,優先権制度は,第2出願発明が第1出願発明とは異なることを想定している。両発明に同一性は要求されていない。したがって,「先の出願発明を特定すること」は,本件発明を特定するものではなく,また本件発明の優先日を決めるものでもない。
     優先権主張を伴う出願発明は,当該発明の要件をすべて開示した時点,すなわち本件では優先出願@ないしCのいずれかの優先日あるいは本件特許出願日によって,新規性の有無,先後願,先使用権の有無などが判断される。
   イ 構成要件Fを含む本件発明の要件が開示された時点について
    (ア) 構成要件Fの解釈について

      本件発明の構成要件Fは「前記シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること」というものである。ここにいう「前記未露光フイルム」は,シャッタ手段操作(露光)後は露光済みフイルムになっている。構成要件Fを含む本件発明の構成要件AないしIは不可分一体のものとして結合し,本件発明を成り立たせているものである。この構成要件Fは,シャッタ手段操作後に巻き上げノブを回動可能にし,同操作中掌の部分あるいは身体の一部が巻き上げノブに触れ巻き上げノブが回動しフイルムが動いてしまう誤動作を防止したものである。
    (イ) 第3実施例について
      本件特許公報には,第3実施例に関し,次の記載がある。
     (a) 「巻き上げノブ60は図中の矢印方向に回動操作することによって,撮影済みのフイルム21をパトローネ20内に引き込む方向に巻芯28を回転させる。なお,巻き上げノブ60の外周には歯列60aが形成され,この歯列60aには板ばねからなる逆止爪60bが係合している。この逆止爪60bは,巻き上げノブ60が時計方向に回動することを阻止するためのものである。」(本件特許明細書14欄30行ないし38行)

       この構成によって,巻き上げノブ60は図中反時計方向(フイルム21をパトローネ20内に引き込む方向)にしか回動できない。
     (b) 「本体基部50には,さらに枚数表示板61,係止レバー62,シャッタ駆動レバー63,シャッタ羽根64,従動スプロケット65(第9図)等からなるシャッタ機構が設けられている。」(同欄39行ないし42行)
     (c) 「シャッタボタン66を押し下げると,係止レバー62はロッド69を介して反時計方向に回動される。また係止レバー62には,巻き上げノブ60の外周に形成された歯列部60aに係合し,巻き上げノブ60の回動を阻止する巻止め爪62bが設けられている」(同15欄10行ないし15行)
       この構成によって,シャッタを押し下げている間(シャッタ操作中),巻き上げノブ60の回動が阻止されている。

     (d) 「第10図Cに示したように,シャッタ駆動レバー63の突起63dが係止レバー62の突起62dの上縁に係合し,これにより係止レバー62は,ばね72の付勢に抗してそのままの位置に保持される。また,係止レバー62の爪62bは巻き上げノブ60の外周に形成された歯列61aから退避するため,巻き上げノブ60の回動操作が許容されるようになる。」(同18欄2行ないし9行)
         (e) 上記(a)ないし(d)の構成によって,シャッタ操作後,巻き上げノブ60により露光済みフイルムをパトローネ内に巻き込むことが可能となる。
       結局,本件発明は,第3実施例のみによって開示され支持されているものである。
       (ウ) 優先出願Bについて
      本件発明の構成要件Fは,優先出願B明細書及び同図面には記載されていない。詳細は以下に述べるとおりである。

     (a) 第3図中,レリーズボタン6がシャッタ手段であり,第1図中に巻き上げノブ8が記載されている。しかし,レリーズボタン6と巻き上げノブ8の関連性は何も記載されていない。
     (b) 優先出願B明細書には,「ユニット本体1には,詳しくは後述するように,パトローネから引き出されてロール状にされた135タイプのフイルムロールと,これを巻き込むためのパトローネが装填されており,これを購入したユーザはそのままレリーズボタン6を操作して写真撮影を行うことができる。撮影を行うごとに巻き上げノブ8(第1図参照)を操作することによって,露光済みのフイルムはパトローネに巻き込まれる」と記載されている。
       被告は,この記載その他を引用し,優先出願B明細書には,本件発明の構成要件Fが開示されていると主張している。しかし,上記記載は,購入者の操作手段を記述したものにすぎない。

     (c) したがって,優先出願B明細書及び同図面には,シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能とした構成は記載されていない。
    (エ) 本件特許公報記載の第1,第2及び第4実施例について
      本件特許公報記載の第1,第2及び第4実施例には,以下に詳述するとおり,本件発明の構成要件Fは記載されていない。すなわち,実施例との用語があるとしても,これらは「本件発明の実施例」ではなく,優先権主張との関係で意味を持つものではない。
         (a) 第1実施例は,本件特許公報記載の第1図ないし第3図に示されている。ここには,シャッタ手段の操作後巻き上げノブを回動可能にする機構は記載されておらず,構成要件Fについての記載はない。
       なお,本件特許公報の第1ないし第3図は,優先出願B図面の第1ないし第3図に対応するものである。しかしながら,優先出願B図面の第1及び第3図では巻き上げノブ8がユニット本体1の上板で覆われているのに対し,本件特許公報記載の第1及び第3図では巻き上げノブ8は同本体1で覆われていないので,両者の第1図及び第3図はいずれも異なる。したがって,本件特許公報の第1図及び第3図は優先出願Bに係る優先権主張とは関係しないものである。

     (b) 第2実施例は,第4ないし第6図に示されている。この第4ないし第6図は優先出願Aの願書に添付されている。また,シャッタ手段の図示も説明もないので,本件発明の構成要件Fについての記載はない。
     (c) 第4実施例は第12ないし第22図に示されている。第4実施例の巻き上げノブは,第12,第14図では巻き上げノブ103がカメラ前面の下部にあり,一方,第15,第18図では巻き上げノブ8は背面にあり,上板で覆われ,裏蓋3から後方に露呈していない。いずれも,本件発明の構成要件Fの作用効果を奏するものではない。この第12ないし第22図のうち第15ないし第22図が優先出願Cの願書に添付され,「フイルム自動装填装置」の発明が記載されている。なお,第4実施例に関する第12ないし第14図は優先出願AないしCのいずれにも記載されていない。

    (オ) 以上のとおり,構成要件Fを含む本件発明は具体的には第3実施例である。同発明は優先出願B明細書及び同図面には記載されていない。特許法39条の適用について,優先出願Bの出願日を基準として判断されるという被告の主張は認められない。上記のとおり,本件発明は,第3実施例及びそれに対応する本件特許公報記載の第7ないし第11図のみによって開示,支持されたものであるところ,上記第7ないし第11図は,優先出願@ないしCの時ではなく,本件特許出願時に添付されたものであるので,本件発明についての特許法39条の適用に関する基準時については,特許法42条の2第2項は適用されず,本件特許の現実の出願日である昭和62年8月14日となる。
   ウ 特許法39条における「発明の同一性」
         特許法39条における同一性の判断は,両発明(又は考案)の特許請求の範囲(又は実用新案登録請求の範囲)の記載によって判断することが原則といえる。

     しかしながら,同条の趣旨は,特許法の基本原則の一つである二重特許禁止にある。この基本原則に照らせば,両発明(又は考案)の特許請求の範囲(又は実用新案登録請求の範囲)の記載に相違があるとしても,発明(又は考案)として実質的に同一であれば,同条における同一性があると判断すべきである。
     本件でみれば,本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」の記載のすべてが,本件考案だけではなく第3実施例によって支持された本件発明についての「発明の詳細な説明」にもなるものであるし,逆に,第3実施例に関する「発明の詳細な説明の記載」のすべてが本件考案についての「考案詳細な説明」にもなるということができるのであって,本件発明と本件考案とは,「産業上の利用分野」,「従来技術」,「発明(考案)が解決しようとする問題点(課題)」,「問題点(課題)を解決するための手段」,「実施例」及び「発明(考案)の効果」のすべての点において一致する。したがって,本件発明は本件考案と実質的に同一であり,特許法39条にいう「同一性」があるというべきである。

   エ 以上のとおりであるから,本件実用新案権は本件特許権に対して先願たる地位を有しており,かつ,本件考案と本件発明は実質的に同一であるから,本件発明は特許法39条3項に違反して特許されたものであり,本件特許権が無効であることは明らかである。
  (2) 本件特許権には新規性・進歩性を欠く明白な無効事由があるか
   (原告らの主張)
    被告による本件実用新案権の登録に対して,訴外コニカ株式会社は下記アないしオの公知文献(ただし,アの文献については,異議申立てにおいては,「米国特許896467号公報」とされているが,下記の文献の誤りと考えられる。)を示して,実用新案法3条2項に違反するとして異議申立てをし,特許庁が取消理由通知を被告に通知した。この取消理由通知を受けて,被告は,明細書の「実用新案登録請求の範囲」に「前記巻き上げノブは,前記ユニット本体の前記上板の下方にあって一部が前記上板の背面側縁部を越えて後方に露呈されており,」という要件を加えて減縮する訂正を行い,特許庁は,この訂正を認めて,減縮した構成の新規性と同構成による効果を認め,登録を維持したものである。

    しかしながら,下記アないしオの公知文献に照らせば,本件特許権は新規性あるいは進歩性を欠く無効事由を有するというべきである。
     ア 米国特許3896467号公報
     イ 実願昭46−0903号(実開昭48−46622号)のマイクロフィルム
     ウ 実公昭34−16432号公報
     エ 特開昭48−7734号公報
     オ 特開昭49−57833号公報
    よって,原告大東貿易及び原告ハマ・コーポレーションは,原告製品の輸入販売につき,被告が第1875901号特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める。
   (被告の主張)
    原告らの主張は争う。原告ら指摘の各公知文献との関係で,本件特許権が無効事由を有するものではない。
  (3) 原告らの損害

   (原告らの主張)
    被告は,原告らの取引先に対して本件警告書を送付した。本件警告書には,被告のいう権利侵害を基礎付ける特許権の特許番号等の記載はない。しかし,被告は本件特許権が問題とされた東京地裁判決を挙げていることから,本件特許権の侵害をいうものと理解される。上記(1)及び(2)における原告らの主張から明らかなとおり,原告らの行為が本件特許権を侵害する余地はないから,被告による本件警告書の送付は,虚偽事実を告知ないし陳述し,原告らの営業上の信用を害したものである。したがって,被告の上記行為は不正競争行為に該当するところ,原告らは,被告による不正競争行為によって以下の損害を被った。
   ア 逸失利益
     被告による警告書の送付により,原告製品の売上げが低下した。その損害額は原告ら合計で1400万円を下らない。

   イ 信用上の損害
     被告による本件警告書の送付によって,原告らが受けた信用上の損害は算定することが不可能であるが,少なくとも原告ら合計で500万円を下ることはない。
   ウ 積極的損害
     本件のように法律問題として困難な事情を含む紛争の解決のためには,弁護士に依頼せざるを得ず,弁護士費用として原告ら合計分として500万円を要する。 
       よって,原告らは被告に対し,それぞれ上記損害額の合計2400万円の3分の1である800万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の翌日である平成15年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。
   (被告の主張)
    原告らの主張は否認ないし争う。
   ア 上記(1)及び(2)における被告の主張において論じたとおり,原告製品の輸入又は販売は被告の本件特許権を侵害するものである。したがって,被告は何ら「虚偽の事実」を告知したものではなく,被告の行為は不正競争行為に該当しない。

   イ なお,原告らは,本件警告書にいう権利侵害を基礎付ける特許権は本件特許権のことである等と主張し,被告が本件警告書において本件特許権のことのみを問題としているような主張をしているが,誤りである。
     被告が本件警告書において東京地裁判決を指摘したのは,レンズ付きフイルムの詰替品の製造,販売が被告の権利を侵害するということを,一般論として指摘するに過ぎず,具体的に同事件において取り上げた特許権等だけについての権利侵害を指摘する趣旨ではない。本件警告書において,上記裁判例を指摘した箇所のすぐ後の部分で,被告が基本特許及びその他の多くの特許を有していること,及び(それ故に)およそレンズ付きフイルムについてはどの会社もライセンスなしに製造,販売することはできないことに言及しているのも,警告の対象を本件特許権の侵害に限定する意図ではないことを明確に示している。

第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件特許権には二重特許禁止の原則に反する無効事由があるか)について
  (1) 特許法42条の2は,特許出願に基づく優先権主張(以下「国内優先権主張」という。)について規定しているところ,同条は,まず1項において,特許を受けようとする者は,同項1号ないし4号に掲げる場合を除き,その特許出願に係る発明について,その者が特許又は実用新案登録を受ける権利を有する特許出願又は実用新案登録出願であって先にされたもの(以下「先の出願」という。)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明に基づいて優先権を主張することができる旨を規定し,さらに2項において,国内優先権主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明についての同法39条1項ないし4項等の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす旨を規定している。

    この国内優先権制度は,特許出願をする際に,我が国に既にした自己の特許出願又は実用新案登録出願の発明を含めて包括的な発明として優先権を主張して出願をした場合には,その包括的な特許出願に係る発明のうち,先に出願されている発明につき,その特許審査等の基準の日又は時を先の出願の日又は時とし,先の出願の日と優先権の主張を伴う後の出願の日の間にされた他人の出願等を排除し,又はその間に公知となった情報によっては特許性を失わないという優先的な取り扱いを認めるものである。
    上記のような国内優先権主張制度の趣旨にかんがみると,ある発明について国内優先権主張に基づく特許出願が認められるためには,当該発明の明細書の特許請求の範囲に記載された技術事項が,当該優先権主張の基礎とされた先の出願に添付された明細書又は図面の中に,すべて記載されていることが必要というべきである。

  (2) これを本件についてみるに,本件発明の特許出願に際しては優先出願Bに基づく国内優先権が主張されているものであるが,上記(1)に記載したとおり,そのような優先権主張が許されるためには,本件発明の特許請求の範囲に記載された技術事項がすべて優先出願B明細書又は同図面の中に記載されていることが必要ということになる。
    そこで,以下この点につき,検討する。
  (3) 優先出願B明細書の「特許請求の範囲」には下記アの,「発明の詳細な説明」には実施例につき下記イないしシの,同図面には実施例につき下記スの各記載がある(乙3)。
   ア 「(1)撮影レンズ及びシャッタ等の撮影機構を内蔵し,予めフイルムを収容したレンズ付きフイルムユニットにおいて,本体基部に,フイルムを巻回して光密に収納するフイルム容器を収容するための容器収容室と,前記フイルム容器から引き出されロール状に巻回されたフイルムの最外周に接して,これが巻きほぐれないように収容するフイルムロール収容室とを形成したことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット。

     (2)前記本体基部に,容器収容室とフイルムロール収容室との間に展延されたフイルムを背面側に湾曲させるためのフイルム支持面を形成するとともに,本体基部の背面に取り付けられる背板の内面側には前記フイルム支持面に沿って湾曲し,フイルムを前記フイルム支持面に向けて押圧するためのフイルム規制面を形成したことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のレンズ付きフイルムユニット。」(乙3の明細書1頁5行〜2頁3行)
   イ 「本発明を用いたレンズ付きフイルムユニットの外観を示す第3図において,ユニット本体1はプラスチックの成形によって作製された本体基部2と,本体基部1の背面側の開口を光密に閉鎖する背板3とからなる。本体基部2には撮影レンズ4,ファインダ窓5,レリーズボタン6が設けられている他,内部にはシャッタ,フイルム巻き上げ機構などの撮影機構を内蔵している。」(同8頁9行〜16行)

   ウ 「ユニット本体1には,詳しくは後述するように,パトローネから引き出されてロール状にされた135タイプのフイルムロールと,これを巻き込むためのパトローネとが装填されており,これを購入したユーザーはそのままレリーズボタン6を操作して写真撮影を行うことができる。撮影を行うごとに巻き上げノブ8(第1図参照)を操作することによって,露光済みのフイルムはパトローネに巻き込まれる。」(同9頁4行〜12行)
   エ 「現像所では,ユニット本体1からパトローネを取り出し,従来通りの現像,焼き付け処理を行って,ネガ及びプリント写真がユーザーに戻される。したがって,このレンズ付きフイルムユニットの本体1は使い捨て式となり,ユーザーには返却されることがない。」(同9頁14行〜19行)
   オ 「前記本体基部2には露光枠10を挾むように,フイルムロール室11及びパトローネ室12が設けられている。パトローネ室12の上壁には,巻き上げノブ8の操作に連動し,図中反時計方向に回動するフイルム巻き上げ用のフォーク14が突出している。」(同10頁4行〜9行)

   カ 「このフイルムユニットの本体1には,その組立時に予め135フイルム用のパトローネ20と,このパトローネ20から引き出されたフイルム21とが,前記フイルムロール室11,パトローネ室12にそれぞれ装填される。……すなわち,パトローネ20から引き出された未露光フイルム21は,巻軸22に巻回されてフイルムロール23となる。」(同10頁13行〜11頁1行)
   キ 「これにより,パトローネ20に回動自在に設けられ,フイルム21の一端が係着されたパトローネ軸28(第2図参照)は,フォーク14に係合する。」(同11頁12行〜15行)
   ク 「フイルムロール23及びパトローネ20それぞれを,このようにしてフイルムロール室11,パトローネ室12に挿入した後には,グリップアーム25の保持を解除するとともに,巻軸22を例えばスリット22aの部分で撓ませて細径にする。これにより装填治具のそれぞれを軸方向に退避させることができる。この結果,パトローネ20はパトローネ室12内に残され,またフイルムロール23はフイルムロール室11に置かれるようになる。」(同11頁20行〜12頁9行)

   ケ 「フイルム21を上から押さえつけるようにして背板3を本体基部2に被せ,これを固着することによって,上側に湾曲されたフイルムの展延部分26は,第2図に示したようにフイルム支持面15に圧着され,フイルム面が浮き上がったり,波うったりすることなく,所定の露光位置に位置決めされる。また,このときスプロケット16がパーフォレーションに噛み合うようになる。」(同12頁18行〜13頁6行)
   コ 「また,パトローネ20,フイルムロール23を上述のように軸方向から装填する代りに,これらを次のようにして本体基部2に装填することも可能である。すなわち,パトローネ室12にパトローネ20を装填した後,フイルムロール室11外で巻軸22によってフイルム21を巻き取ってゆく。……こうしてフイルム21を巻軸22に巻き取った後,フイルムロール23を巻軸22ごとフイルムロール室11に装填する。そして巻軸22をスリット22aの部分で撓ませてフイルムロール23から外し,この巻軸22だけを開口11aから引き抜くようにすればよい。」(同14頁5行〜18行)

   サ 「レリーズボタン6を操作するとシャッタ35が開閉し,露光枠10に位置しているフイルムの展延部分26に露光が行われる。その後,巻き上げノブ8を回動操作すると,フォーク14を介してパトローネ軸28が回動するから,露光済みのフイルムはパトローネ20に巻き込まれてゆく。これとともに,フイルムロール23から次のフイルムコマが露光枠10の位置に供給され,スプロケット16がフイルムの供給に従動して回転する。そして,スプロケット16の回転によって1コマ定尺送りが検出されると,巻き上げノブ8がロックされ次の撮影準備が完了することになる。このようにして撮影を繰り返してゆくことによって,露光済みのフイルムは順次パトローネ20に巻き込まれてゆく。」(同15頁2行〜16行)
   シ 「これによれば,突起38に指を引っ掛けてこれを引けば,溝37に沿った開口ができるから,この開口から撮影済みのパトローネ20を取り出せるようになる。しかも,これによりユニット本体1が部分的に破損されてしまうので,繰り返し使用の精度保証のないフイルムユニット本体1が再使用されるという事態を防止できるようになる。」(同16頁10行〜17行)

   ス 図面においては,フォーク14はパトローネ軸28に係合する構造のものであること及びスプロケット16はフイルム21のパーフォレーションに係合するものであって,フイルム21の移動により当該スプロケットが回動する構造であることが示されている。
  (4) 上記のような明細書及び図面の記載によれば,優先出願B明細書及び同図面には,次の構成の発明が記載されているものと認められる。
    a 予め未露光フイルムを内蔵し,このフイルムに対して,シャッタ手段(レリーズボタン6)を操作することにより,露光付与機構(シャッタ35)を通して,フイルムの展延部分26に露光を付与するようにし,
    b 撮影後にフイルム(撮影済みのパトローネ20)を取り出したのちは,再使用されないようにされたレンズ付きフイルムユニットにおいて

    c 前記ユニット内のフイルム露光枠10の一方側に未露光フイルムロール23が配置され,フイルム露光枠の反対側に回転可能(自在)な巻芯(パトローネ軸28)を内部に有するパトローネが配置されており,
    d 未露光フイルムの一端と巻芯(パトローネ軸28)が予め固定(係着)されていること,
    e 前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯(パトローネ軸28)にはユニット10のフイルム巻取り操作手段(巻き上げノブ8)の操作に連動し,図中反時計方向に回動するフイルム巻き上げ用のフォーク14を連結(係合)させ,
    f 前記シャッタ手段(レリーズボタン6)が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ20内に巻き込み可能としていること,
    g 未露光フイルムロール23は,該ユニットの製造工程で前記パトローネ20内に収納された状態から引き出されて形成されており,

    h 該フイルムロールの中心部が中空状態で,未露光フイルムロール収納部に装填されている
    i ことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット
     優先出願B明細書及び同図面に記載された上記の発明の構成要件を本件発明の構成要件AないしIと対比すると,構成要件aは,本件発明の構成要件Aに相当し,同構成要件bは,本件発明の構成要件Bに相当し,同構成要件cは,本件発明の構成要件Cに相当し,同構成要件dは,本件発明の構成要件Dに相当し,同構成要件eは,本件発明の構成要件Eに相当し,同構成要件fは,本件発明の構成要件Fに相当し,同構成要件gは,本件発明の構成要件Gに相当し,同構成要件hは,本件発明の構成要件Hに相当し,同構成要件iは,本件発明の構成要件Iに相当する。
   (5) したがって,本件発明の特許請求の範囲に記載された技術事項は,すべて優先出願B明細書又は同図面の中に記載されていると認められるので,本件発明についての特許法39条の適用については,優先出願Bの出願時点である昭和61年10月17日が基準とされることになる。

  (6) 上記の点に関して,原告らは,優先出願B明細書及び同図面においては,本件発明の構成要件Fが記載されていないと主張する。
    しかしながら,優先出願Bの出願当時において,パーフォレーションを利用して1コマ分のフイルムの長さを検出し,巻き上げノブをロックする構成は,周知の技術であったと認められ(乙6ないし15),このことを前提として,上記(3)のケ,サ及びスに記載された事項をみると,優先出願B明細書及び同図面において,@レリーズボタン6を操作するとシャッタ35が開閉し,巻き上げノブ8を回動操作すると,露光済みのフイルムがパトローネ20に巻き込まれてゆくこと,及び,A露光済みフイルムがパトローネ20に巻き込まれてゆくとともに,フイルムロール23から次のフイルムコマが露光枠10の位置に供給されるが,供給される当該フイルムコマは1コマ分の長さが検出されるとロックされるものであることがそれぞれ記載されていることは,明らかである。ここで,「レリーズボタン6」及び「露光済みのフイルム」は,本件発明の「シャッタ手段」,「前記未露光フイルム」に相当するものであるから,優先出願B明細書及び同図面においては,本件発明の構成要件F「シャッタ手段が操作された後に,前記未露光フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること」が記載されていると認められる。

    したがって,原告らの上記主張は採用できない。
  (7) 原告らはまた,本件特許明細書記載の第1,第2及び第4実施例について本件発明の技術的事項が記載されていないから本件発明の実施例とは認められず,したがって,優先権主張が認められるかどうかは,第3実施例の要件が先の出願で開示されているかどうかによって決するべきと主張する。しかしながら,本件発明についての優先権主張が認められるかどうかは,先に述べたとおり,本件発明の構成要件(特許請求の範囲に記載されたもの)が,先の出願に添付された明細書又は図面に記載されているかどうかによって判断すべきものであるから,本件特許明細書に記載されている実施例がどのようなものであるかは,優先権主張が認められるかどうかに関係ないことである。なお,仮に,原告らの主張が,本件発明の技術的範囲につき,第3実施例に限定して解釈すべきことをいうものであるとしても,そのように限定して解釈すべき理由は認められない。いずれにしても,原告らの主張を採用することはできない。

  (8) 上記によれば,特許法42条の2第2項により,本件発明についての特許法39条3項の適用については,国内優先権主張の基礎とされた優先出願Bの出願時である昭和61年10月17日が基準とされることになる。そうすると,本件実用新案の出願日は昭和62年1月19日であるから,本件発明が先願ということになり,本件発明に特許法39条3項に違反して特許された無効事由があるということはできない。
 2 争点(2)(本件特許権には新規性・進歩性を欠く明白な無効事由があるか)について
   原告らは,@米国特許3896467号公報,A実願昭46−0903号(実開昭48−46622号)のマイクロフィルム,B実公昭34−16432号公報,C特開昭48−7734号公報,D特開昭49−57833号公報の各公知文献に照らせば,本件特許権は新規性あるいは進歩性を欠く無効事由がある旨を主張する(もっとも,原告らはこの点について,これ以上具体的な主張をしていない。)。

   しかしながら,本件全証拠によっても,本件発明が新規性あるいは進歩性を欠くことを認めるに足る事情を見いだすことはできない。
   すなわち,本件発明は,「撮影後にフイルムを取り出したのちは再使用できないようにされた」ものであることが要件であるところ,実願昭46−0903号(実開昭48−46622号)のマイクロフイルム(上記A,甲9),B実公昭34−16432号公報(上記B,甲10),特開昭49−57833号公報(上記D,甲12)に記載された技術的事項は,いずれも,ユーザが組立分解をしたり,フイルムを入れ替えて再使用することが可能な構造のカメラを前提としたものであるから,本件発明と同一の発明が記載されているということはできないし,また,上記の各公報等に記載された発明から本件発明が容易に想到できるということもできない。また,特開昭48−7734号公報(上記C,甲11)には,発明の詳細な説明として,「予め装填されたフイルムの一箇のロールが使われてしまった後に棄ててしまう積りのカメラに応用できる」との記載があるものの,同記載は撮影済みコマ数の計測及びフイルムの錠止技術に関して記載されているものであって,具体的にユーザにおいて組立分解できないようにされた構造のカメラに関する技術が記載されているものとはいえないから,上記公報において「撮影後にフイルムを取り出したのちは再使用できないようにされた」構成を有するカメラに関する技術が開示されているとはいえず,本件発明と同一の発明を記載しているということができないし,上記の公報等に記載された発明から本件発明が容易に想到できるということもできない。米国特許3896467号公報(上記@)との関係で,本件発明の新規性あるいは進歩性を疑わせるに足りる証拠も存在しない。
   上記によれば,本件特許権に無効事由があることが明らかであるという原告らの上記主張は,採用できない。
 3 結論
     以上によれば,本件特許権に無効事由が存するとは認められない。他方,原告らは,原告製品が本件考案の技術的範囲に属することを自白するのみならず,本件考案と本件発明が実質的に同一である旨を積極的に自認している。そうすると,原告製品が本件発明の技術的範囲に属することについては,当事者間に争いがないことに帰するから,原告製品輸入・販売につき,被告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める原告大東貿易及び原告ハマ・コーポレーションの請求は,いずれも理由がない。また,本件警告が不正競争行為に該当することを理由に損害賠償を求める原告らの請求もまた,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

   よって主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第46部

           裁判長裁判官   三 村 量 一

              裁判官   大須賀 寛 之

              裁判官   松 岡 千 帆



                       原告製品目録
 富士写真フイルム株式会社が販売したレンズ付きフイルムユニットのボディを再使用しフイルムを詰め替えたレンズ付きフイルムユニット



                       原告製品説明
下記構成を有するレンズ付きフイルムユニット
a 撮影レンズ及びシャッタを含む撮影機構が組み込まれたユニット本体に,
b 写真フイルムの一端を係止した回転自在なスプール軸を有するパトローネを収納するためのパトローネ収納室と,
c 前記パトローネから引き出した写真フイルムをロール状に収納するためのフイルム収納室とが設けられており,
d 製造時にパトローネ及び写真フイルムのロールが予め装填され,
e 撮影毎に前記スプール軸を回転することによって露光済みの写真フイルムをパトローネに巻き込んでゆくようにしたレンズ付きフイルムユニットであって,
f 前記ユニット本体には,前記スプール軸と直接係合し,回転操作によりスプール軸を写真フイルムの巻込み方向に回転させるための円形をした巻上げノブが組み込まれ,

g 前記巻上げノブは,前記ユニット本体の前記上板の下方にあって一部が前記上板の背面側縁部を超えて後方に露呈されており,
h 前記ユニット本体はその背面の全体が開口しており,
i この背面の全体を覆って,レンズ付きフイルムユニットの背面を構成するとともに,ユニット本体内に装填された写真フイルムを光密に保つための裏蓋が取り付けられ,
j この裏蓋を前記ユニット本体の背面側から取り付ける際に,前記巻上げノブの一部が前記裏蓋から突出するように嵌まり込んで前記巻上げノブの回転操作を可能とするための開口部を前記裏蓋に形成した
k ことを特徴とするレンズ付きフイルムユニット。