H16. 5.19 東京高裁 平成14(行ケ)358 特許権 行政訴訟事件

平成14(行ケ)第358号 特許取消決定取消請求事件(平成16年4月28日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   株式会社大塚製薬工場
       訴訟代理人弁理士   三枝英二
       同          舘泰光
       同          眞下晋一
       同          中野睦子
       被      告   特許庁長官 今井康夫
       指定代理人      松下聡
       同          大野克人
       同          大元修二
       同          立川功

       同          宮川久成
             同          伊藤三男
          主           文
      特許庁が異議2001−70581号事件について平成14年5月28日にした決定を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「複室容器」とする特許第3079403号発明(平成5年2月28日特許出願〔特願平5−64669号〈以下「本件特許出願」という。〉,特願平4−140113号〈以下「先の出願」という。〉に基づく優先権主張・平成4年5月3日〕,平成12年6月23日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。

   本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2001−70581号事件として特許庁に係属し,原告は,平成13年11月1日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をした。
   特許庁は,同事件について審理した結果,平成14年5月28日,本件訂正請求は認めないとした上,「特許第3079403号の請求項1ないし12に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年6月14日,原告に送達された。
 2 設定登録時の明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。

   【請求項2】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくともガス非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくともガス透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
   【請求項3】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性かつガス非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性かつガス透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。

   【請求項4】請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の複室容器において,前記弱シール部は間隔を隔てて少なくとも2条配置して構成され,弱シール部同士間の中間部に外壁の端部が溶着された複室容器。
   【請求項5】請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の複室容器において,前記外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入するようにした複室容器。
   【請求項6】請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の複室容器において,前記外壁で覆われた前記内壁内の室には易酸化性および/または吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するようにした複室容器。
   【請求項7】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチックフィルムの内面同士を直接溶着することにより形成されている請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の複室容器。

   【請求項8】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチックフィルムの内面同士を該内面同士間に挟持されたインサートフィルムを介して溶着することにより形成されている請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の複室容器。
   【請求項9】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容器であり,かつプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチックフィルムは直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)からなる外層,直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)とエチレン・α−オレフィン系エラストマーの混合樹脂からなる中間層および直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)とポリプロピレン(PP)の混合樹脂からなる(注,「ななる」とあるのは誤記と認める。)内層の三層フィルムである請求項7または請求項8記載の複室容器。

   【請求項10】前記外壁は2軸延伸されたポリエチレンテレフタレートの外層,シリカ蒸着ポリビニルアルコールの中間層および低密度ポリエチレンの内層の三層からなる多層フィルムにより形成されている請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の複室容器。
   【請求項11】前記外壁は,内壁内の室の前後両面のうちのいずれか一面側を覆う部分がアルミラミネートフィルムにより形成されている請求項1ないし請求項10のいずれか1項に記載の複室容器。
   【請求項12】前記外壁で覆われた内壁内の室に収容される易酸化性および/または吸湿性を有する物質が抗生物質である請求項6記載の複室容器。
   (以下,上記【請求項1】〜【請求項12】記載の発明を「本件発明1」〜「本件発明12」という。)
 3 本件訂正に係る明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の記載(下線が訂正部分)

   【請求項1】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入すると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
   【請求項2】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくともガス非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくともガス透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には
空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入すると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
   【請求項3】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性かつガス非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性かつガス透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入すると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
   【請求項4】請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の複室容器において,前記弱シール部は間隔を隔てて少なくとも2条配置して構成され,弱シール部同士間の中間部に外壁の端部が溶着された複室容器。

   【請求項】請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の複室容器において,前記外壁で覆われた前記内壁内の室には易酸化性および/または吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するようにした複室容器。
   【請求項
】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチックフィルムの内面同士を直接溶着することにより形成されている請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の複室容器。
   【請求項
】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチックフィルムの内面同士を該内面同士間に挟持されたインサートフィルムを介して溶着することにより形成されている請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の複室容器。
   【請求項】前記外壁は,内壁内の室の前後両面のうちのいずれか一面側を覆う部分がアルミラミネートフィルムにより形成されている請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の複室容器。
   【請求項】前記外壁で覆われた内壁内の室に収容される易酸化性および/または吸湿性を有する物質が抗生物質である請求項記載の複室容器。
 4 本件決定の理由

   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,@本件訂正は,特許請求の範囲の【請求項1】〜【請求項3】中の,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにする」を「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」と訂正するとともに,請求項5,9,10を削除し,さらにこれらに関連して,発明の詳細な説明の記載をも訂正するものであるところ,上記「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」との訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められず,本件訂正請求は,特許法120条の4第3項において準用する特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)による改正前の特許法126条(上記特許法等の一部を改正する法律附則6条により,なお従前の例によるとされる,同法による改正前の特許法126条の趣旨と解される。以下「旧126条」という。)1項ただし書の規定に違反するものであるから認めないとした上,A特許法41条の規定による優先権の主張について,先の出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下,併せて「先の出願の当初明細書」という。)には,本件発明1〜3の「内壁と外壁との空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにした複室容器」については記載がなく,また,本件発明4〜12は,本件発明1を引用した発明であるから,本件特許出願は,先の出願の時に出願されたものとみなすことはできないとし,B本件発明1〜3,5〜12は,本件特許出願前の平成4年12月17日に日本国内において頒布された刊行物である特開平4−364851号公報(甲7,以下「引用文献1」という。)記載の発明(以下「引用文献1発明」という。)に基づいて,本件発明4は,引用文献1発明及び同日に頒布された刊行物である特開平4−364850号公報記載の発明に基づいて,いずれも,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであって,本件特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,上記特許法等の一部を改正する法律附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項の規定により,取り消すべきものとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
    本件決定は,@本件訂正請求が特許法120条の4第3項において準用する旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件を満たさないと誤って認定判断し(取消事由1),A特許法41条の規定する優先権主張の要件を満たさないと誤って認定判断した結果(取消事由2),本件特許出願は,先の出願の時に出願されたものとみなすことはできないとし,B本件発明1と引用文献1発明の対比判断を誤った結果(取消事由3),本件発明1の進歩性を否定し,Cその結果,本件発明2〜12の進歩性の判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件の認定判断の誤り)
   (1) 本件決定は,@「請求人(注,原告)が指摘する,本件明細書の段落0013には,『内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。』と記載され,『乾燥空気』を封入する点は記載されていると認められるが,『空気』のみを封入することは記載されていない」(2頁第4段落),A「同段落には,『不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である。』と記載されているが,ここにいう『乾燥ガス』が請求項1乃至請求項3(注,本件訂正に係る【請求項1】〜【請求項3】の趣旨と解される。)でいう封入された『空気,不活性ガスもしくは乾燥ガス』に相当するものであって,ここにいう『空気』は請求項1乃至請求項3でいう封入された『空気,不活性ガスもしくは乾燥ガス』に相当するものではない」(同第5段落),B「その他,本件の願書に添付した明細書又は図面のどこにも,『内壁と外壁との前記空間部内に空気のみを封入する』点は記載されていない」(同下から第2段落),C「特許権者は,平成14年4月23日付け意見書において,『・・・当初明細書(注,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書〔甲5添付,以下,願書に添付した図面と併せて「当初明細書」という。〕)には外壁と内壁の空間部は不活性ガスや乾燥ガスで置換してもよい旨が記載されているが,置換しない場合においては大気中で複室容器の製造作業を行えば,前記空間部内には空気以外のものが封入されることはない。すなわち,上記訂正事項は当初明細書から一義的に導き出される事項である。』と主張するが,当初明細書には,先に摘示したように,『不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換する』旨の記載は認められるが,『大気中で複室容器の製造作業を行う』とか『置換しない』といったことが明示されているわけではないので,『内壁と外壁との前記空間部内に空気のみを封入する』点が当初明細書・図面に直接的かつ一義的に記載されていたとすることはできない」(同最終段落〜第3頁第1段落)と認定した上,「請求項1乃至請求項3(注,訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項3】)中の,『内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する』との訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められない。・・・本件訂正請求は,少なくとも,特許法第120条の4第3項で準用する平成6年改正前の同法第126条第1項ただし書の規定に違反するものである」(同第2段落〜第3段落)と判断したが,誤りである。
   (2) 本件明細書(甲2)には,本件発明の実施例に係る複室容器の製造例について,「上記実施例の複室容器は,例えば図6の製造例に従ってつくられる。すなわち,(イ)内層がPEとPPとの混合樹脂で,外層がPEの多層フィルムを2枚重ね合わせ,溶着温度約170〜200℃で3方の周辺シールを行なうと共に中間部を仕切るための2条のシールを溶着温度約110〜130℃で所定間隔を隔てて行ない弱シール部24,25を形成し,さらに口部10を取り付ける。(ロ)ついで,液剤4を充填し,側部(充填口)をシールして高圧蒸気滅菌または熱水滅菌等の加熱殺菌を行なう。(ハ)加熱殺菌後,空室部30の側部を無菌条件下でカットし,充填口を設ける。なお,必要に応じて内部を乾燥する。(ニ)次に,空室部30の外側に内層がPEで外層がポリ塩化ビニリデンとPPの2重層をなす水分非透過性およびガス非透過性のバリアーフィルムからなる多層フィルム32を溶着して取り付ける。・・・(ホ)しかる後,抗生物質などの粉末薬剤8を無菌条件下で内壁内側の空間部に入れ,側部(充填口)をシールする。なお,弱シール部24,25の形成は,加熱された弱シール部形成用金型をシリンダ装置により押し当てて行なうが,この弱シール部形成用金型は所定間隔を隔てた2本の突条が電源ヒータにより温度調節可能に,かつシリンダ装置により上下動可能とされたものである」(段落【0010】)との記載がある。これらの記載は,上記製造工程が,シール形成用金型やシリンダ装置を用いた工場生産において行われることを示している。通常の工場生産は,特に断りのない限り,大気中で行われるのが当業者の常識であり,上記工程(イ)〜(ホ)も,本件明細書中に特に断りがないように,空気以外の特殊な雰囲気中で行わなければならないものではない。本件明細書を見た当業者は,当然に大気中で行われると理解する。また,工程(ニ)に対応する【図6】の(ニ)には,空室部30を形成する多層フィルム(内壁)とバリアーフィルムからなる多層フィルム32(外壁)との間に形成された空間部が,その後の工程(ホ)に対応する【図6】の(ホ)には,粉末薬剤8が内壁内側の空間部に入れられ,側部(充填口)がシールされた状態が,図示されている。工程(ニ),(ホ)においては,内壁内側の空間部には,粉末薬剤以外に何も入れられていない。このように,大気中で行われる工場生産において,工程(ニ)で形成された内壁と外壁との間の空間部には,当然空気が存在し,内壁内側の空間部に粉末薬剤を入れ,他には何も入れることなく工程(ホ)で充填口がシールされる。その結果,閉じられた内壁内側の空間部には粉末薬剤のみが,そして内壁と外壁との間の空間部には空気のみが,各々封じ込められ,封入されることとなる。したがって,本件明細書の段落【0010】及び【図6】は,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみが封入される製造例を示しているから,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみが封入されることは,実質的に記載されているということができ,あるいは,本件明細書の上記記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項であることが明らかである。
     また,本件明細書には,「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15には窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガスを封入することが好ましい。また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である」(段落【0013】)との記載があり,第1文は,不活性ガスを選択的に封入し得ることを,第2文は,乾燥ガスを選択的に封入し得ることを,末文は,不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気が不活性ガスで置換され,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されることを記載している。これらは,不活性ガス又は乾燥ガスを封入することが選択された場合は,空気がこれらに置換されること,したがって,これらのガスが選択されない場合は,空間部15に空気が存在したまま封入されることを示している。さらに,上記末文は,ガスを封入すれば各々の効果が更に確実となることの前提として,空気の封入のみでも必要な酸化防止効果及び防湿効果が得られることを実質的に記載している。したがって,本件明細書の段落【0013】には,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみが封入されることは,実質的に記載されているということができ,あるいは,本件明細書の上記記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である。
     以上によれば,本件決定の上記(1)@及びBの認定が誤りであることは明らかである。
   (3) また,空気のみを封入することが本件明細書(甲2)の段落【0013】に実質的に記載されていることは,上記(2)のとおりであり,これを,本件訂正前の【請求項5】の記載事項と合わせて,本件訂正の「空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」としたのであるから,段落【0013】記載の「空気」が本件訂正に係る【請求項1】〜【請求項3】記載の「空気」であることは何ら否定されるものではなく,本件決定の上記(1)Aの認定も誤りである。

     加えて,明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に記載する(上記特許法等の一部を改正する法律による改正前の特許法36条4項)ことを要するが,記載しなくても当業者が当然に実施できる程度に理解できる事項まで逐一記載することが求められるものではない。そして,上記工程(イ)〜(ホ)も,本件明細書及び当初明細書(甲5添付)中に特に断りがないように,空気以外の特殊な雰囲気中で行わなければならないものではなく,本件明細書及び当初明細書を見た当業者は,当然に大気中で行われると理解すること,不活性ガス又は乾燥ガスを封入することが選択された場合は,空気がこれらに置換される,これらのガスが選択されない場合は,空間部15に空気が存在したまま封入されることを記載し,ガスを封入すれば各々の効果が更に確実となることの前提として,空気の封入のみでも必要な酸化防止効果及び防湿効果が得られることを実質的に記載していることは上記のとおりである。そうすると,本件明細書及び当初明細書には,内壁と外壁との空間部内に空気のみを封入する点が実質的に記載され,少なくとも,当業者が直接的かつ一義的に導き出せるように記載されていることが明らかであるから,本件決定の上記(1)Cの認定も誤りである。
   (4) 以上のとおり,本件決定の上記(1)@〜Cの認定は誤りであるから,これを前提に,本件訂正請求が特許法120条の4第3項において準用する旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件を満たさないとした判断も誤りである。
 2 取消事由2(特許法41条の規定する優先権主張の要件の認定判断の誤り)
   (1) 本件決定は,「本件特許は,特願平4−140113号を先の出願として,特許法第41条の規定に基づき平成5年2月28日に特許出願されたものであるが,先の出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(注,先の出願の当初明細書〔甲6添付〕)には,本件特許の請求項1〜請求項3に係る発明の,内壁と外壁との空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにした複室容器,については記載がない。また,請求項4〜請求項12に係る発明は,請求項1に係る発明を引用した発明であるから,その余について検討するまでもなく,本件特許の請求項1〜請求項12に係る発明は,先の出願の時に出願されたものとみなすことはできない」(5頁下から第2段落)と認定判断したが,誤りである。

   (2) 先の出願の当初明細書(甲6添付)の段落【0010】には,発明の実施例に係る複室容器の製造例が,【図6】の図示を参照しつつ記載されているが,その製造工程は,(イ)内層と外層からなる多層フィルムを2枚重ね合わせ,3方の周辺シールを行うと共に中間部を仕切るための2条の弱シール部24,25を形成し,口部10を取り付ける,(ロ)液剤4を充填し,側部(充填口)をシールして加熱殺菌を行う,(ハ)空室部30の側部を無菌条件下でカットし,充填口を設け,必要に応じて内部を乾燥する,(ニ)空室部30の外側に多層フィルム32を溶着して取り付ける,(ホ)物質8を無菌条件下で内壁内側の空間部に入れ,側部(充填口)をシールする,というものであり,続いて,「弱シール部24,25の形成は,加熱された弱シール部形成用金型をシリンダ装置により押し当てて行なうが,この弱シール部形成用金型は所定間隔を隔てた2本の突条が電源ヒータにより温度調節可能に,かつシリンダ装置により上下動可能とされたものである」との記載もある。これらの記載は,上記製造工程が,シール形成用金型やシリンダ装置を用いた工場生産において行われることを示している。通常の工場生産は,特に断りのない限り,大気中で行なわれるのが普通であり,当業者の常識でもあるから,上記工程(イ)〜(ホ)も,先の出願の当初明細書に特に断りがないように,空気以外の特殊な雰囲気中で行わなければならないものではない。先の出願の当初明細書を見た当業者は,当然に大気中で行われると理解する。また,工程(ニ)に対応する【図6】の(ニ)には,空室部30を形成する多層フィルム(内壁)とその外側の多層フィルム32(外壁)との間に形成された空間部が,その後の上記工程(ホ)に対応する【図6】の(ホ)には,物質8が内壁内側の空間部に入れられ,側部(充填口)がシールされた状態が,図示されている。工程(ニ),(ホ)においては,内壁内側の空間部には,物質8以外に何も入れられていない。このように,大気中で行われる工場生産において,工程(ニ)で形成された内壁と外壁との間の空間部には,当然空気が存在し,内壁内側の空間部に物質8を入れ,他には何も入れることなく工程(ホ)で充填口がシールされる。その結果,閉じられた内壁内側の空間部には物質8のみが,そして内壁と外壁との間の空間部には空気のみが,各々封じ込められ,封入されることとなる。そして,段落【0011】には,「以上のように構成された実施例においては,内壁14は外層がPE,内層がPEとPPとの混合樹脂からなる多層フィルムから構成されているので極く微量ながら水分やガスを透過する傾向があるが,外壁12は水分非透過性,ガス非透過性のバリアフィルムで構成されているので,外部の水分や酸素の悪影響を回避できる」との記載があり,このバリアフィルムは,段落【0013】において,「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15には窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガスを封入してもよく,また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である」と言及されている。
     そうすると,先の出願の当初明細書には,上記工程(ニ),(ホ)においては,物質8以外には何も入れられないが,水分非透過性,ガス非透過性のバリアフィルムで構成されている外壁12により,物質8への外部の水分や酸素の悪影響を回避できることが記載されていることが明らかである。そして,内壁14と外壁12の空間部15に不活性ガス又は乾燥ガスを封入した場合には,これらのガスが空気を置換するので,酸化防止効果又は防湿効果が更に確実に得られる旨の記載は,これらのガスが封入されず,空気のみが封入されていても,必要な酸化防止効果又は防湿効果が得られることを記載していることにほかならない。閉じられた空間内において酸化防止効果や防湿効果を得るために通常採られる手段は,脱酸素剤や乾燥剤を用いることであり,このことは当業者において周知である。したがって,先の出願の発明において,酸化防止効果又は防湿効果を得るのに空気のみが封入されていてもよいということは,これらの効果を得るために通常用いられる乾燥剤も脱酸素剤も用いなくてよいということである。すなわち,酸化防止効果又は防湿効果を得るのに空気のみが封入されていてもよいとの実質的な記載がある先の出願の当初明細書は,乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすることが記載されているに等しいというべきである。
 3 取消事由3(本件発明1と引用文献1発明の対比判断の誤り)
   (1) 本件決定は,「本件特許の請求項1に係る発明(注,本件発明1)と引用文献1に記載された発明(請求項1及び【実施例】に記載された発明)(注,引用文献1発明)を対比すると,・・・本件特許の請求項1に係る発明が,『内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない』のに対して,引用文献1には,その旨の記載がない点で,両者は相違する」(7頁下から第2段落)と認定した上,「本件特許の請求項1に係る発明は,引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が適宜なし得る程度のものと認めるのが相当である」(8頁第1段落)と判断したが,誤りである。

   (2) 引用文献1(甲7)の【請求項1】には,「内壁と外壁との空間部には乾燥剤および/または脱酸素剤を封入する」と記載されている。そもそも,引用文献1発明は,その特許出願当時,経時的に不安定な抗生物質等の薬剤は,ガラス製バイアル瓶等の容器に保存したり,複室容器であっても酸素吸収能力の大きい又は多量の脱酸素剤を使用した上,水分及びガスバリアー性の外装袋を多量に必要とするものであったという課題を解決することを目的としている。そして,複室容器における「水分非透過性および/またはガス非透過性の外壁」で覆う室を,「易酸化性および/または吸湿性」を有する薬剤を封入する室に限定することにより,「乾燥剤や脱酸素剤を封入する空間部が,乾燥剤や脱酸素剤を作用させる必要のない液剤等を収容する部分から隔離されているので,乾燥剤が液剤等の水分を吸収して濃縮化することが防止されると共に,脱酸素剤を封入する空間部は,易酸化性を有する物質を封入した部分の周りにだけ存在すればよいので,空間容積が小さくなり,脱酸素剤を多量に必要とせず,また外壁を構成する高価なガスバリアーフィルムが少なくてすむ利点がある」(段落【0014】)との効果を奏するものである。したがって,脱酸素剤を多量に必要としないという知見にとどまり,乾燥剤や脱酸素剤を使用しなくて済むとの着想には到底至らなかったのである。これに対し,本件発明は,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない」状態でも,必要な酸化防止効果又は防湿効果が得られるという新たな効果を見いだして完成されたものである。したがって,本件特許出願当時,内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤や脱酸素剤を封入するかしないかを当業者が適宜決定し得るものではなく,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない」ことは,当業者が引用文献1に基づいて容易に想到し得るものとはいえない。
 4 取消事由4(本件発明2〜12の進歩性の判断の誤り)
    上記のとおり,本件決定の本件発明1についての進歩性の判断は誤りであるから,これを前提とする本件決定の本件発明2〜12についての進歩性の判断も誤りである。

第4 被告の反論
   本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件の認定判断の誤り)について
    本件訂正は,特許請求の範囲の【請求項1】〜【請求項3】中の,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにする」を「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」と訂正するとともに,請求項5,9,10を削除し,さらにこれらに関連して,発明の詳細な説明の記載をも訂正するものである。そして,本件明細書(甲2)に,「乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない」ことの実施態様としては,「外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入する」ことが専ら明示されている(【請求項5】)ことからすれば,「不活性ガス」又は「乾燥ガス」を封入する点は記載されているが,「空気」のみを封入することは記載されていない。原告の主張は,明細書及び図面の記載に正確に基づかないものというべきである。代表的な製造例として「不活性ガス」のみ及び「乾燥ガス」のみを封入したものを記載したのにもかかわらず,「空気」のみを封入したものについては記載しなかったのであるから,「空気」のみを封入することは意図しなかったものと解するのが相当である。当初明細書には示されていなかった事項について,特許異議審理中や審決(決定)取消訴訟中において,これと矛盾した趣旨の主張をすることは,審判ないし訴訟における信義則の原則ないし禁反言の法理に照らし許されないというべきである。特許出願時において,発明者ないし特許出願人が,「空間部15に空気が存在したまま封入される」ことや「空気のみを封入する」ことが重要な事項であって,これらが発明の本質的事項であるとの認識を有していたとすれば,当初明細書の発明の詳細な説明中に,それらが明確に言及されることは当然のことであり,それらが記載されなかったことは,発明者ないし特許出願人がそれらを意識していなかった証左というべきである。
 2 取消事由2(特許法41条の規定する優先権主張の要件の認定判断の誤り)について
   原告は,空気のみが封入されていてもよいとの実質的な記載がある先の出願の当初明細書には,乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすることが記載されているに等しいと主張する。しかしながら,乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすることが記載されているに等しいことの根拠は,「空気のみが封入されていてもよいとの実質的な記載がある」ということのみであるところ,先の出願の当初明細書にはその記載はないから,上記主張は失当である。

 3 取消事由3(本件発明1と引用文献1発明の対比判断の誤り)について
    引用文献1発明のように,空間部内に乾燥剤と脱酸素剤が入っていることによって,より大きな酸化防止効果又は防湿効果が得られるが,他方,乾燥剤と脱酸素剤が入っていなくとも,内壁と外壁の二重壁とした構成によって,ある程度の酸化防止効果又は防湿効果があることは,当業者には自明のことにすぎない。この点は,本件明細書(甲2)中でも,「このような複室容器は脱酸素剤や乾燥剤を外壁と内壁との空間部に封入するので,コストが高くなるなどの問題点があった」(段落【0003】),「外壁内に脱酸素剤や乾燥剤を封入しなくてもよいので,コストを軽減できる利点がある」(段落【0016】)と記載され,コストの問題のみが示されていることからも明らかである。脱酸素剤や乾燥剤を入れるか入れないかは,結局は,酸化防止・防湿効果と経済性(コスト)とを総合考慮して決定することであって,経済性(コスト)を優先したい場合には,脱酸素剤や乾燥剤を外壁と内壁との空間部に封入しないという選択肢も当然あり得ることである。また,脱酸素剤や乾燥剤を外壁と内壁との空間部に封入しなくとも必要な酸化防止効果又は防湿効果が得られるということが,原告の主張するような「新たな効果」であるとはいえない。製品や装置類の設計に当たって,経済性を重要視したい場合には,過剰品質とならないように考慮し,最低限の機能を満たす範囲において設計を行うことは,本件特許出願前から広く行われていることである。したがって,内壁と外壁との空間部に乾燥剤や脱酸素剤をどの程度封入するかは,全く封入しない場合も含めて,経済性(コスト)と内壁内の空間部に封入される薬剤の性質により最低限必要とされる酸化防止,防湿の効果との兼ね合いの下に,当業者が適宜決定し得る設計的事項にすぎないのであり,コストの軽減を目的として,専ら内壁と外壁の二重壁とした構造によって酸化防止・防湿効果を確保し,乾燥剤や脱酸素剤の封入を省略することは,当業者が必要に応じて容易に採用し得ることである。
 4 取消事由4(本件発明2〜12の進歩性の判断の誤り)について

    上記のとおり,本件決定の本件発明1についての進歩性の判断に誤りはないから,その誤りを前提とする原告の取消事由4の主張は理由がない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件の認定判断の誤り)について
   (1) 本件決定は,本件訂正は,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の【請求項1】〜【請求項3】中の,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにする」を「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」と訂正するとともに,請求項5,9,10を削除し,さらにこれらに関連して,発明の詳細な説明の記載をも訂正するものであるところ,上記「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」との訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められないと認定判断した。これに対し,原告は,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみが封入されることは,本件明細書の段落【0010】,同【0013】の記載及び【図6】の図示に特許請求の範囲【請求項5】の記載を合わせれば,実質的に記載されているということができ,あるいは,これらの記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項であると主張し,被告は,本件明細書には,「不活性ガス」又は「乾燥ガス」を封入する点は記載されているが,「空気」のみを封入することは記載されていないと主張する。
   (2) そこで,本件明細書(甲2)の記載についてみると,「上記実施例の複室容器は,例えば図6の製造例に従ってつくられる。すなわち,(イ)内層がPEとPPとの混合樹脂で,外層がPEの多層フィルムを2枚重ね合わせ,溶着温度約170〜200℃で3方の周辺シールを行なうと共に中間部を仕切るための2条のシールを溶着温度約110〜130℃で所定間隔を隔てて行ない弱シール部24,25を形成し,さらに口部10を取り付ける。(ロ)ついで,液剤4を充填し,側部(充填口)をシールして高圧蒸気滅菌または熱水滅菌等の加熱殺菌を行なう。(ハ)加熱殺菌後,空室部30の側部を無菌条件下でカットし,充填口を設ける。なお,必要に応じて内部を乾燥する。(ニ)次に,空室部30の外側に内層がPEで外層がポリ塩化ビニリデンとPPの2重層をなす水分非透過性およびガス非透過性のバリアーフィルムからなる多層フィルム32を溶着して取り付ける。なお,弱シール部24,25に沿って溶着する部分は,弱シール部24,25の中間の位置とし,この弱シール部に重ならないようにして130〜135℃で溶着される。(ホ)しかる後,抗生物質などの粉末薬剤8を無菌条件下で内壁内側の空間部に入れ,側部(充填口)をシールする。なお,弱シール部24,25の形成は,加熱された弱シール部形成用金型をシリンダ装置により押し当てて行なうが,この弱シール部形成用金型は所定間隔を隔てた2本の突条が電源ヒータにより温度調節可能に,かつシリンダ装置により上下動可能とされたものである」(段落【0010】),「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15には窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガスを封入することが好ましい。また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である。上記のように内壁と外壁の空間部に不活性ガスを封入したり,外壁に用いられるバリアーフィルムをよりバリアー性の高いものを用いること等により,従来内壁と外壁の空間部に封入されていた脱酸素剤および/または乾燥剤を使用しなくとも,薬剤の経時安定化を達成することができる。なお,弱シール部は2条の場合に限らず2条以上としてもよい。また本発明は弱シール部が1条の場合にも適用可能である。さらに,弱シール部は必ずしも直線である必要はなく,例えば,容器中央部付近のシール形状をV字形をなすように形成してもよい。こうすれば使用時に一方の室に手で押圧を加えて弱シール部を剥離する場合,圧力がV字形の部分に一時的に集まり,剥離のきっかけを与えることができるため,比較的軽い押圧で両方の薬剤を混合することができる。但し,この場合,本発明の複室容器の保存または輸送時における不慮の剥離を引き起こす危険もあるところから,溶着条件を特に吟味することが望ましい」(段落【0013】),「請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の複室容器において,前記外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入するようにした複室容器」(【請求項5】)との記載がある。また,【図6】には,段落【0010】の上記工程(イ)〜(ホ)にそれぞれ対応する説明図(イ)〜(ホ)の5図面があるが,【図6】の(ニ)には,段落【0010】の工程(ニ)に対応して,空室部30を形成する多層フィルム(内壁)とバリアーフィルムからなる多層フィルム32(外壁)との間に形成された空間部が何も入れられていない状態で,また,【図6】の(ホ)には,同じく工程(ホ)に対応して,粉末薬剤8が内壁内側の空間部に入れられ,側部(充填口)がシールされた状態が,それぞれ図示されている。さらに,本件明細書には,【発明の効果】として,「本発明は上述の通り構成されているので,次に記載する効果を奏する。水分やガスの非透過性フィルムからなる外壁と,内壁との2重壁を有する構造体での内壁によりつくられる室内に吸湿性や易酸化性を有する物質を収容することによって,その物質が保管時に外部の水分を吸収したり,酸素と化合したりすることを防止できると共に,前記2重壁を有する室が防湿や酸化防止の必要のない物質を収容する室から隔離できるので,複室容器全体を水分・ガス非透過性フィルムで覆った場合のように,乾燥させる必要のない液剤等の水分を吸収して濃縮化することが防止され,かつ外壁は吸湿性や易酸化性を有する物質を封入した室の周りにだけ配置すればよいので,外壁を構成する高価な水分・ガス非透過性フィルムが少なくてすむ利点がある。また,外壁内に脱酸素剤や乾燥剤を封入しなくてもよいので,コストを軽減できる利点がある」(段落【0016】)と記載されている。
   (3) 確かに,本件明細書(甲2)の上記記載によれば,内壁14と外壁12の間の空間部15に封入される気体としては,「窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガス」及び「乾燥空気,感想窒素ガス等の乾燥ガス」が例示されているにとどまり,「空気のみ」とすることについて明示的な記載はない。しかしながら,【図6】の(ニ)に,内壁と外壁との間に形成された空間部に何も入れられていない状態が図示されていることは上記(2)のとおりであり,通常の工場生産は,特に断りのない限り,大気中で行われるのが当業者の常識であることは当裁判所に顕著である。そうである以上,実施例の工程(イ)〜(ホ)が行われる場所は大気中であり,工程(ニ)において,【図6】の(ニ)に図示された内壁と外壁との間に形成された空間部に雰囲気空気が存在すること,工程(ホ)で充填口がシールされる結果,閉じられた内壁と外壁との間の空間部には,雰囲気空気のみが封入されることも,上記記載事項から明らかである。さらに,本件明細書の段落【0002】の【従来の技術】及び段落【0003】の【発明が解決しようとする課題】の記載によれば,本件発明1〜12は,本件と同一出願人による特願平3−274849号発明(甲7)の改良に関する発明であって,複室容器に従来封入されていた脱酸素剤や乾燥剤を省略することをその要旨とするものであり,また,特許請求の範囲【請求項1】及び段落【0004】の「A」には「外壁に覆われた前記室を構成する・・・内壁とを備え」として室(空間部15)に封入される物質については何ら言及されず,【請求項5】及び段落【0004】の「E」において「前記外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入するようにした」として,空間部に封入する気体の種類を限定し,段落【0010】及び【図6】には,実施例の工程(イ)〜(ホ)において,上記のとおり粉末薬剤8を封入した後,そのまま側部(充填口)をシールしてしまうことが記載されている。これら記載を総合考慮すれば,本件明細書に接した当業者は,本件特許出願時の技術常識に照らし,内壁と外壁との空間部に通常の雰囲気空気が存在した状態で充填口をシールしても,一定の吸湿防止及び酸化防止という本件発明1〜3の効果を奏することが可能であり,本件明細書には,「空気」のみを封入することが記載されているのと同然であると理解するものと認めるのが相当である。

   (4) これに対し,被告は,「外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入する」ことが専ら明示されている(【請求項5】)ことからすれば,「不活性ガス」又は「乾燥ガス」を封入する点は記載されているが,「空気」のみを封入することは記載されていないと主張する。しかしながら,本件明細書(甲2)には,上記(2)のとおり,「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15には窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガスを封入することが好ましい。また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である」(段落【0013】)との記載がある。この記載中,第1文は,不活性ガスを選択的に封入し得ることを,第2文は,乾燥ガスを選択的に封入し得ることを,末文は,不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気が不活性ガスで置換され,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されることを記載し,これらは,不活性ガス又は乾燥ガスを封入することが選択された場合は,空気がこれらに置換されるが,これらのガスが選択されない場合は,空間部15に雰囲気空気が存在したまま封入されることを記載しているというべきであるから,被告の上記主張は採用し難い。
     また,被告は,特許異議審理中や審決(決定)取消訴訟中において,当初明細書に示されていたことと矛盾した趣旨の主張をすることは,審判ないし訴訟における信義則の原則ないし禁反言の法理に照らし許されないとも主張するが,原告の主張が当初明細書に示されていたことと矛盾するかはさておき,旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件は,当初明細書ではなく,本件明細書に記載した事項を基準とすべきであるから,被告の上記主張は,それ自体失当というべきである。

   (5) 以上検討したところによれば,本件訂正に係る「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」との訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内というべきであるから,これを本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められないとした本件決定の認定は誤りであり,これを前提に,本件訂正請求が旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件を満たさないとした判断も誤りというべきである。
   (6) したがって,本件決定が,本件訂正請求を認めなかったことは違法というほかなく,原告の取消事由1の主張は理由がある。
 2 以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由があり,これが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件決定は,瑕疵があるものとして取消しを免れない。

   よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

     東京高等裁判所知的財産第2部

         裁判長裁判官     篠  原  勝  美

                   裁判官     岡  本     岳

                   裁判官     早  田  尚  貴