H16. 3.24 東京高裁 平成14(行ケ)213 特許権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第213号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年3月17日
                   判    決
      原    告      旭硝子株式会社
      同訴訟代理人弁護士   小 坂 志磨夫
      同           小 池   豊
      同           櫻 井 彰 人
      同訴訟代理人弁理士   泉 名 謙 治
      被    告      3Mカンパニー(旧商号・ミネソタ マイニング アンド  マニュファクチュアリング カンパニー)

      同訴訟代理人弁護士   片 山 英 二
      同           北 原 潤 一
      同訴訟代理人弁理士   小 林 純 子
          主    文
     1 特許庁が平成5年審判第4291号事件について平成14年3月26日にした審決を取り消す。
     2 訴訟費用は被告の負担とする。
     3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   主文第1,2項と同旨
 2 被告
  (1) 原告の請求を棄却する。
  (2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 前提となる事実
 1 特許庁における手続の経緯(甲1ないし5,乙9,弁論の全趣旨)

  (1) 被告は,発明の名称を「マイクロバブル」とする特許第1627765号(昭和63年1月11日に出願(特願昭63−3656号),優先日・1987年(昭和62年)1月12日,優先権主張国・米国。平成3年11月28日に設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
  (2) 原告は,平成5年3月5日,本件特許について,これを無効とすることを求めて審判の請求をし,特許庁は,同請求を平成5年審判第4291号事件として審理をし,平成8年5月15日,「特許第1627765号発明の特許を無効とする。」との審決をした。
    被告は,上記無効審決の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起し,同訴訟は平成8年(行ケ)第220号事件として同裁判所に係属したが,被告は,同訴訟と並行して本件特許につき訂正審判を請求し,特許庁は,同請求を平成8年訂正審判第16778号事件として審理した上,平成9年7月30日に上記訂正審判請求を認容する審決をし,同審決は確定した。これを受けて同裁判所は,平成11年6月29日,上記訂正認容審決の確定により,上記無効審決は,結果として,判断の対象となるべき発明の要旨の認定を誤ったものとなるとして,これを取り消す旨の判決をした。

  (3) 被告は,平成12年10月23日,本件特許につき再度の訂正審判を請求し,特許庁は,同請求を訂正2000−39124号事件として審理をした上,平成14年3月5日,上記訂正審判請求を認容する審決をし,同審決は確定した。
    特許庁は,上記無効審決の取消し判決を受けてあらためて平成5年審判第4291号事件について審理を遂げ,平成14年3月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,本件審決の謄本は同年4月5日に原告に送達された。
 2 本件特許に係る発明の概要(甲1,3,4)
  (1) 訂正2000−39124号事件の訂正審決による訂正(以下「第2次訂正」という。)後の発明の要旨は,次のとおりである(以下,この請求項5,9に記載された発明を,それぞれ,本件訂正発明5,9といい,請求項1ないし9に記載された発明をまとめて,単に「本件訂正発明」という。)。

  【請求項1】 アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物重量比が1.2:1〜3.0:1の範囲であり,ガラス重量の少なくとも97%が本質的に70〜80%のSiO,8〜15%のCaO,3〜8%のNaOおよび2〜6%のBからなるガラスのマイクロバブル。
  【請求項2】 前記マイクロバブルの密度が0.08から0.8の範囲である特許請求の範囲第1項記載のマイクロバブル。
  【請求項3】 前記CaO:Na
O比が1.2:1〜3.0:1の範囲である特許請求の範囲第1項記載のマイクロバブル。
  【請求項4】 前記CaO:Na
O比が少なくとも1.9:1である特許請求の範囲第3項記載のマイクロバブル。
  【請求項5】 アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,そして密度が0.08〜0.8の範囲であり,ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNaOおよび2〜6%のBから成り,さらに,0.125〜1.5%のSOを含むガラスのマイクロバブル。
  【請求項6】 前記ガラスが約1.0%までのPおよび/または1.0%のLi2Oを含有する特許請求の範囲第5項記載のマイクロバブル。
  【請求項7】 アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を2.0:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,ガラスの重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のRO,3〜8%のRO,および2〜6%のBから成り,さらに,0.125〜1.5%のSOを含むガラスのマイクロバブルであって,前記Rが所定の原子価を有する少なくとも1種の金属であるマイクロバブル。
  【請求項8】 前記ガラスの重量の少なくとも97%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のRO,3〜8%のRO,および2〜6%のBから成り,さらに0.125〜1.5%のSOを含み,前記Rが所定の原子価を有する少なくとも1種の金属である特許請求の範囲第7項記載のマイクロバブル。
  【請求項9】 ガラス粒子の自由流動集合体であって,少なくともその70重量%が特許請求の範囲第2項,第5項,第7項,または第8項の何れか1項に記載のマイクロバブルであるガラス粒子の自由流動集合体。
  (2) なお,第2次訂正前,すなわち,平成8年訂正審判第16778号事件の訂正審決による訂正(以下「第1次訂正」という。)後の請求項5に係る発明の要旨は,次のとおりである。
  【請求項5】 アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,そして密度が0.08〜0.8の範囲であり,ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO,2〜6%のB,および0.125〜1.5%のSOから成るガラスのマイクロバブル。
 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
  (1) 原告(請求人)は,本件特許の請求項5,9についてされた,前記2(1)記載の請求項5,9のとおりとする第2次訂正(以下「第2次訂正a」という。)は,新規な技術的事項を本件特許設定登録時の明細書(甲3。以下「特許時明細書」という。)に追加するものである,すなわち,「さらに,0.125〜1.5%のSO
を含み」とする訂正は,「0.125〜1.5%のSO」を「ガラス重量の少なくとも90%」を構成する成分の範囲外とするものであるが,特許時明細書の「5欄11〜19行」によれば,「0.125〜1.5%のSO」はガラス重量の少なくとも90%を構成する成分として記載されており,また,第1次訂正後の請求項7には,「ガラスが約1.5%までのSOを含有する」と記載されているだけで,SO含有量の下限が記載されていないし,請求項6の従属項であるから請求項5のガラスバブルを構成するガラス成分とは異なっており,第2次訂正後の請求項5の記載をサポートするものではない,さらに,本件訂正発明5と特許時明細書の「5欄11〜19行」に記載の内容とは,その数値範囲や項目が異なるものであるから,第2次訂正後の請求項5の「ガラスバブル」は第1次訂正明細書及び添付図面に記載のないものである旨主張する。
       しかしながら,特許時明細書の「5欄11〜19行」の記載は,本件特許設定登録時の請求項1ないし請求項11に係る「ガラスバブル」の発明を包括的に表現したものであり,第2次訂正後の請求項5と全く関係がないとすることはできない。また,特許時明細書の特に第4表や第10表は,第2次訂正後の請求項5のガラス成分である「SiO
,B,CaO,NaO」の4成分とさらに「SO」とを含むガラスバブルであって,その数値的な条件の範囲内の具体例も記載されているから,本件訂正発明5は,特許時明細書に具体例として記載されているものでもある。
    そうすると,特許時明細書の「5欄11〜19行」に包括的に記載された「ガラスバブル」の発明には,第2次訂正後の請求項5に係る発明に「さらに0.125〜1.5%のSO
」を含む発明がその具体的な発明の1つとして含まれているとするのが相当であるから,第2次訂正aは,特許時明細書及び添付図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであるというべきである。
   (2)  原告は,本件訂正発明5,9は,本件特許出願日(優先日)前に既に国内で販売されていた被告会社製の商品名「C15/250」のガラスバブル(以下「「C15/250」」という。)と実質上同一である,そうでないとしても,「C15/250」から当業者が容易に発明することができるなどと主張するので,まず,本件訂正発明5についてこの点を検討する。
     ア  「C15/250」との同一性
     住友3M社発行の販売資料「スコッチライト グラス バルブズ 軽量高機能フィラー」に記載されている被告会社製の「C15/250」は,「「高次複合材料の全容 第2巻新しいフィラー全容」(株)大阪ケミカル・マーケティング・センター発行,昭和60年11月30日,184頁〜187頁,199頁〜205頁」,「「NIKKEI MECHANICAL」1983年10月10日,60頁〜65頁」,特開昭58−125681号公報の記載から,本件出願前国内において公然に販売されていたものであると認められる。

     そして,この「C15/250」は,被告(被請求人)もAの2000年(平成12年)10月13日付け宣誓供述書(甲18。以下供述書に添付された実験結果(Exhibit)も含めて「第1宣誓供述書」という。)を提出して認めているとおり,「SiO:75.29,B:3.95,CaO:9.81,NaO:4.95,KO:2.46,Li2O:0.90,SO:1.10,P:1.18」という成分含有量からなるものであるから,本件訂正発明5とこの「C15/250」とを対比すると,この「C15/250」は,本件訂正発明5の「ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO及び2〜6%のBから成り,さらに,0.125〜1.5%のSOを含む」という要件を満足するが,「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物」の比が「1.18」であるから,本件訂正発明5の「1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比」という要件を満足するものではない。また「C15/250」は,その密度が明らかではない。
     してみると,本件訂正発明5は,被告会社製の「C15/250」とは,少なくとも「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比」の点で明確に区別することができるから,両者は同一であるとすることはできない。
        原告は,この相違点について,4捨5入すれば実質上同じであると主張しているが,本件訂正発明5の「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」の臨界的な意味は,失透現象の防止にあるのであるから,この数値の差異は4捨5入すれば済むという単なる計算上の問題として片づけられる事項ではないというべきである。また,原告は,本件訂正発明5の「RO/R
O」に実質上技術的な意義はなく,「CaO/NaO」に技術的な意義があるとも主張しているが,第2次訂正後の請求項5には,「RO/RO」が本件訂正発明5の構成として明記されているから,これを具体例の「CaO/NaO」として限定的に解する理由はない。
     イ  「C15/250」と「「UCRL−51609 FABRICATION OF THE GLASS MICROBALLOON LASER TARGET」と題する文献,P.C.Souers外著,昭和50年8月25日国立国会図書館受入,1頁〜21頁,48頁」(甲6。以下「刊行物1」という。)及び特開昭58−156551号公報(米国特許第4391646号明細書の訳文として提出されたもの。甲9。以下「刊行物2」という。)からの容易想到性について
        本件訂正発明5と「C15/250」との上記アで指摘した相違点は,本件訂正発明5が動機付け(手掛かり)となって「C15/250」が分析され,この分析結果と本件訂正発明5とが対比されてはじめて明らかにされた事項というべきものである。
     そうすると,本件訂正発明5が未だ出願されていない本件出願前の状況では,「C15/250」の商品が販売されていたとしても,この商品が化学分析されることはなかったであろうし,また化学分析されたとしても「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」に着目する手掛かり(本件訂正発明5)がないのであるから,上記相違点を認識することができないばかりか,失透現象の防止のために「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」を加減することも,この「C15/250」という商品だけからでは当業者といえど到底思い着くことではないといえる。

     してみると,本件訂正発明5の上記相違点は,「C15/250」の商品からでは当業者といえど容易に想到することができないというべきである。
     ウ 次に,刊行物1及び刊行物2について検討すると,刊行物1にはガラスバブルの分析結果が記載されているが,この分析結果の個々の数値は失透現象の防止と「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」との関係を何ら示唆するものではないから,失透現象の防止のために「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」を加減することは,当業者といえど,この刊行物1の分析結果から容易に想到することではないといえる。また,刊行物2も「SO
」に関するものであり,失透現象の防止と「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」との関係を何ら示唆するものではない。
         原告は,刊行物1の「ガラスバブル」も本件訂正発明5の「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」を満足していると主張している。しかしながら,「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」を満足しているか否かの事実関係は,本件訂正発明5が動機付け(手掛かり)となって刊行物1の数値を計算してはじめて後付けの結果として判明したことであり,刊行物1には「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」の技術的な意味や効果について何ら示唆されていないのであるから,このような刊行物1をもって上記事実関係が本件出願前から判明していたとすることはできない。
     してみると,このような刊行物1及び刊行物2の記載から「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」の技術的な意味や効果を知ることはできないし,ましてや失透現象を防止するために「C15/250」の「アルカリ土類金属酸化物とアルカリ金属酸化物の比率」を加減することなど当業者といえど到底思い着くはずもないというべきであるから,本件訂正発明5の上記相違点は,これら刊行物1及び刊行物2からでは当業者が容易に想到することができないというべきである。

   (3)  本件訂正発明9は,少なくとも第2次訂正後の請求項5のマイクロバブルであるガラス粒子の「自由流動集合体」であるから,前記(2)アと同様の理由により,「C15/250」と同一であるとすることはできないし,また,「C15/250」から,さらにこれと刊行物1及び刊行物2を組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものともすることができない。
   (4) したがって,原告の主張する理由及び証拠方法によっては,本件訂正発明5,9を無効とすることはできない。
第3 当事者の主張
 (原告の主張する本件審決の取消事由)
   本件審決は,第2次訂正aが第1次訂正明細書に記載のない事項についてしたものであることを看過し(取消事由1),本件訂正発明5の新規性に関する判断を誤り,判断遺脱をし(取消事由2),本件訂正発明5の容易想到性に関する判断を誤り,判断遺脱をし(取消事由3),本件訂正発明9に関する新規性,容易想到性の判断を誤り,判断遺脱をした(取消事由4)ものであり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。

 1 取消事由1(請求項5,9についての第2次訂正の適否判断の誤り)
  (1) 請求項5についての訂正の経緯は次のとおりである。
   ア 本件特許の設定登録時の請求項5
    「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,そして密度が0.08〜0.8の範囲であり,ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO,および2〜6%のBから成るガラスのマイクロバブル。」
   イ 第1次訂正後の請求項5
    「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,そして密度が0.08〜0.8の範囲であり,ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNa2O,2〜6%のBおよび0.125〜1.5%のSOから成るガラスのマイクロバブル。」
   ウ 第2次訂正後の請求項5
    「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,そして密度が0.08〜0.8の範囲であり,ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNa2O,および2〜6%のBから成り,さらに0.125〜1.5%のSOを含むガラスのマイクロバブル。」
  (2) 被告は,請求項5についての第1次訂正において,ガラス重量の少なくとも90%のうちに「70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO,および2〜6%のB」の他に,「0.125〜1.5%のSO」が付加されたことにより,他の4成分(SiO,CaO,NaO,B)が少なくともガラス重量の90%であることを必要としていた設定登録時の請求項5に対し,上記4成分が90%以下の場合を含むことになったことから,かかる場合が生じないようにするため,第2次訂正aにより,ガラス重量の少なくとも90%が上記4成分でなり,「さらに0.125〜1.5%のSOを含む」との訂正を行ったものである。しかし,第2次訂正後の請求項5は,第1次訂正後の請求項5と技術思想を異にするものであり,かつ,第2次訂正aは第1次訂正明細書及び添付図面に記載した事項の範囲内ではなく,訂正要件を定めた特許法126条(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下同じ。)1項ただし書に違反する。
    すなわち,第2次訂正aは,ガラス重量の少なくとも90%がSiO,CaO,NaO,Bの4成分から成るとした上で,「さらに0.125〜1.5%のSO」が含まれることを要件とするものである。
    第1次訂正明細書においてSO
の含有に関する記載は,実施例を除けば,「1つの形態において,本発明は,重量パーセントで表すとして本質的に少くとも67%のSiO,8〜15%のRO,3〜8%のRO,2〜6%のB,および0.125〜1.50%のSOからなるガラスバブルであって前出の成分が前記ガラスの少くとも約90%(好ましくは94%そしてよりいっそう好ましくは97%)を構成し,ROとROの重量比が1.0〜3.5の範囲である組成物からなるガラスバブルとして特徴づけることができる。」(甲4の13頁左欄28〜35行,甲3の5欄11〜19行の記載とほぼ同じ。以下「記載A」という。)という記載だけであるが,第2次訂正aの内容を記載しているものではない。
    上記記載は,「8〜15%のRO,3〜8%のRO」とアルカリ土類金属酸化物及びアルカリ金属酸化物全体の重量比を示しており,第2次訂正後の請求項5のようにCaO,NaOといった具体的成分を記載しているものではないし,ROをCaOに,ROをNaOにそれぞれ置き換えたとしても,当該記載は,SiO,CaO,NaO,B,SOの5つの成分で90%以上を占めることが必要とするというものであり,第2次訂正aのように,SOを除くSiO,CaO,NaO,Bの4成分で90%以上を占め,それに加えて0.125〜1.5%のSOを含有させる旨の記載とは全く異なる。前者の場合はSOを含む5成分で90%以上を占めていることが必須であるのに対し,後者の場合はSOを除く4成分で90%を占めていることが必須である。この点は明らかな技術的相違点であり,第2次訂正aは,形式的には減縮に当たるとしても,その内容は新規な技術的事項を付加するものであり,第1次訂正明細書に記載された事項の範囲内のものではない。
    そもそも第1次訂正明細書の当該記載は,「8〜15%のRO,3〜8%のRO」としているとおり,@アルカリ土類金属酸化物及びアルカリ金属酸化物全体の重量比を示しているのであって,第2次訂正後の請求項5のようにCaO,NaOといった具体的成分を記載しているものではないばかりでなく,A第2次訂正後の請求項5における「70〜80%のSiO」との記載は,当該記載中の「67%のSiO」の範囲から明らかに逸脱したものであり,これらの点からしても,第1次訂正明細書のこの部分の記載は,第2次訂正後の請求項5を何ら支持するものではない。
   (3) 原告は,第2次訂正aが新たな技術的事項を追加するものであることの理由として,第2次訂正後の請求項5と第1次訂正明細書の記載A(特許時明細書の「5欄11〜19行」の記載と同じ。)とは,上記(2)の@,Aのとおり,その数値範囲や項目が異なる旨主張したが,本件審決はこの主張についての判断を遺脱している。いずれにしても,原告の上記主張は正当なものである。

   (4)  以上のとおりであるから,第2次訂正aは,特許法126条1項ただし書の要件を欠如したものであり,本件審決はこの点を看過したものである。
 2 取消事由2(本件訂正発明5の新規性に関する判断誤り,判断遺脱)
   被告が本件特許出願前に日本国内で公然実施した「C15/250」と本件訂正発明5とは同一の構成を有するものであり,本件訂正発明5は新規性を有しないというべきである。この点に関し,両者は,少なくとも「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比」の点で明確に区別することができるから,同一であるとすることはできないとした本件審決の判断は誤りである。
  (1) 本件審決は,「C15/250」と本件訂正発明5との構成が同一であるといえない理由として,アルカリ土類金属酸化物(RO)とアルカリ金属酸化物(R
O)との比(以下,「RO/RO比」という。)の値が異なること及び当該商品の密度が不明なことを挙げるが,当該商品の密度が本件訂正発明5と同一であることは,住友3M社発行のカタログ(甲14の(1))及び文献(甲15の(1),(2))にその密度が0.15と記載されていることから明らかであり,RO/RO比の値についても第1宣誓供述書(甲18)の分析結果と本件訂正発明5の構成とは実質的に同一であるというべきである。
    すなわち,本件審決は,本件訂正発明5のRO/RO比の値の下限が「1.2」で,第1宣誓供述書におけるその比が「1.18」であることをもって相違するというが,第1宣誓供述書のRO/RO比の値である「1.18」を本件訂正発明5のように小数第1位で表せば「1.2」となるのである。
    本件審決は,「本件訂正発明5の「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」の臨界的意味は,失透現象の防止にあるのであるから,この数値の差異は4捨5入すれば済むという単なる計算上の問題として片づけられない」と判断するが,RO/R
O比の値「1.2」に臨界的意味があるとの根拠はどこにもない。
    一方,特許時明細書(甲3)の「発明の詳細な説明」には,「日本国特許出願公告昭和49年第37565号公報は6種のガラス組成物を開示し,それらは全てアルカリ金属酸化物に対するアルカリ土類金属酸化物の既存の比率(すなわち,1.0あるいはそれ以下)を有する。この公報はまた,過度に高粘度になったり,失透現象を防ぐためには少なくとも10.0%のNa
Oかあるいは13.0%(NaOプラスKO)を含まなければならないことを教示している。」(3欄39行〜4欄2行),「本発明の顕著な特徴は1.2:1〜3.0:1のアルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比(RO:RO)に存し,その比は実質的に1:1を上回り,・・・1:1以上に増大するにつれ,単一のホウケイ酸組成物は伝統的な作業と冷却サイクルの間でますます不安定になり失透現象がおこる」(甲3の4欄22〜33行)と記載され(第2次訂正後の明細書(甲5。以下「第2次訂正明細書」という。)においてもこの点の記載に変わりはない。),当該明細書の記載は,むしろRO/RO比は「1:1」に臨界的意味があることを示しているから,「1.2」に臨界的意味があるとはいえず,「1.2」
と「1.18」の場合とで技術的意義ないし作用効果において実質的に差異はない。
    さらに,ガラスバブルの分析精度,ガラスバブルのサンプリング箇所及び製造ロットのバラツキを勘案すると,「1.2」と「1.18」とで実質的に差異はなく,加えて,問題とするRO/R
O比は,そもそも,それぞれの分析誤差を含む複数の成分(NaO,KO,Li2O,CaO)の分析値からの計算値で,これら複数の成分のそれぞれの分析誤差が累積されている数値であるから,当該RO/RO比の値に「0.02」程度の差があったとしてもその違いに実質上意味はないというべきである。この点からみても,「C15/250」と本件訂正発明5のアルカリ土類金属酸化物とアルカリ金属酸化物の比の値とは同一である。
       このように,本件特許出願前に被告により公然実施された「C15/250」の構成は本件訂正発明5と実質的に同一であり,この点に関する本件審決の判断は誤りである

   (2)  原告会社が行った試験分析(甲13の(1),(2))に基づく新規性欠如
   ア 原告会社が,本件審判段階において,本件特許出願前に日本国内で販売された「C15/250」及び商品「B15/250」のガラスバブル(以下「「B15/250」」という。)を独自に市場から入手して分析した結果(甲13の(1),(2))は,次のとおりである。
    (ア) 甲13号証の(1)の表1には,「C15/250」の組成分析として下記分析結果が記載されている。
     ・密度   0.15g/cm

     ・SiO
 76.9 重量%
     ・CaO  10.07重量%
     ・Na
O   4.55重量%
     ・K
O   0.65重量%
     ・Li2O   0.65重量%
     ・B
       3.9 重量%
     ・SO   0.4 重量%
    (イ) また,甲13の(2)の表1には,「B15/250」の組成分析として下記分析結果が示されている。
     ・SiO
       73.8 重量%
     ・CaO     9.50重量%
     ・MgO   0.25重量%
     ・Na
O   5.26重量%
     ・K
O   1.77重量%
     ・Ti
O   0.04重量%
     ・B
  5.86重量%
     ・SO
  0.49重量%
   イ 以上の試験分析によると,本件特許出願前に日本国内で公然実施された「C15/250」は,そのアルカリ土類金属酸化物とアルカリ金属酸化物の比の値(RO/R
O)が1.72,密度が0.15,ガラス重量の95.42%が本質的に76.9%のSiO,10.07%のCaO,4.55%のNaO,3.9%のBから成り,さらに0.4%のSOであるから,本件訂正発明5と同一構成である。また,同じく本件特許出願前に日本国内で公然実施された「B15/250」も,そのアルカリ土類金属酸化物とアルカリ金属酸化物の比の値(RO/RO)が1.39,ガラス重量の94.42%が本質的に73.8%のSiO,9.5%のCaO,5.26%のNaO,5.86%のBから成り,さらに0.49%のSOであるから,本件訂正発明5と同一構成である。
     上記のとおり,「C15/250」及び「B15/250」の構成からすれば,当該各商品と本件訂正発明5とは同一構成となる。
        原告は,上記試験分析結果に基づき本件訂正発明5の新規性欠如を主張したにもかかわらず,本件審決はこの点に関し判断を遺脱したものである。
   (3) 被告は,@「C15/250」が日本で公然と販売されていたとしても,化学的構成とRO/R
O比を要件として含む本件訂正発明5という発明が公然と知られる状態であったということはなかった,A仮に,米国で,「C15/250」の化学的構成が公然と知られる状態であったとしても,原告は,日本で販売されていたものの化学的構成が知られる状態にあったことを立証していない旨主張する。しかしながら,次に述べるとおり,被告の上記@,Aの主張は,特許法29条(平成11年法律第41号による改正前のもの。以下同じ。)1項2号の「公然実施」の意味を正解しないことに基づくものである。
   ア 被告の上記@の主張について
     被告は,上記@の主張の前提として,「公然実施」といえるためには,「C15/250」が日本国内で本件特許出願前に販売されたことを立証しただけでは不十分であって,当該商品の化学的構成及びRO/R
O比も公然知られていたことを立証しなければならない旨主張する。
     しかしながら,特許法29条1項2号の「公然実施」とは,その発明の内容が不特定多数の者に知り得るような形での実施を意味し,本件のような物の発明の場合には,購入者が販売者に対しその発明につき守秘義務を有するなど特段の事情がない限り,購入者は商品を自由に分解・分析してその発明の内容を知ることができるのであるから,商品が販売されたことにより「公然実施」がされたということができる。したがって,原告としては,本件特許出願前に「C15/250」が日本国内で販売されたことを立証すれば,「公然実施」の事実を立証したことになるのである。

   イ 被告の上記Aの主張について
     被告の上記Aの主張も,「公然実施」の意味を正解しない点で失当である。「C15/250」が本件特許出願前に日本国内で販売されたことを立証すれば,原告は特許法29条1項2号の「公然実施」を立証したことになるのである。
     なお,被告は,上記Aの主張に関連して,「第1宣誓供述書(甲18)に記載のガラスマイクロバブルは日本で販売されたものではない。・・・第1宣誓供述書は,被告会社の「C15/250」そのものを分析したものではない。すなわち,被告会社の工場から出荷されて販売されたガラスマイクロバブルではない。したがって,第1宣誓供述書に記載のガラスマイクロバブルのデータは日本で販売された製品のデータではなく,日本国内で公けになった技術を表すものではない」と主張するが,当該主張は信義則上到底許されないものである。すなわち,被告は,本件審判段階において,被告会社が市販していた「C15/250」の化学的組成並びに当該商品が製造された期間中化学的組成が変更されなかったことを証明する証拠として第1宣誓供述書を提出し(甲18本文6,8項),これを重要な証拠として無効審判不成立の本件審決を得ているのであるから,本件審決の取消訴訟において当該証拠が市販された「C15/250」の分析データではないなど本件審判段階と異なる主張をすることは,禁反言の法理に反し信義則上許されないというべきである。

 3 取消事由3(本件訂正発明5の容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱)
  (1) 本件審決は,前記第2の3(2)イのとおり,本件訂正発明5と「C15/250」との前記相違点は,当業者といえども,「C15/250」から容易に想到することができない旨判断しているが誤りである。
    「C15/250」と本件訂正発明5のRO/R
O比の値の差は「0.02」という微差にすぎず,特許時明細書(甲3)には,RO/RO比の値の臨界的数字が「1.2」ではなく「1.0」であることが記載され(第2次訂正明細書(甲5)においてもこの点の記載に変わりはない。)ており,「C15/250」と本件訂正発明5のRO/RO比の値はいずれも「1.0」以上の値であるから,「C15/250」は,失透現象を含めて本件訂正発明5と同一の技術的効果を奏するものと認められる。
    また,「C15/250」の組成割合が判明している場合,当業者において,当該組成割合の付近の組成のものを実験により求めることは容易であると考えられ,特に本件訂正発明5のようにRO/RO比を含めて構成上の類似性が極めて高い物質は容易に想到しうるものである。
    「C15/250」のRO/R
O比の値が本件訂正発明5のそれとは異なっていたとしても,その差は微小なものにすぎず,「C15/250」は本件訂正発明5と同一の作用効果を有するものであるから,当業者は,「C15/250」から本件訂正発明5を容易に想到しうるものということができる。
    以上のように,本件審決は,「C15/250」からの容易想到性の判断を誤っている。
  (2) 本件審決は,本件訂正発明5と「C15/250」との前記相違点は,刊行物1(甲6)からでは当業者が容易に想到することができない旨判断しているが,この判断は誤りである。

    本件審決は,RO/RO比の値である「1.2」に臨界的意味を付与しようとするが,既に述べたように,当該数字に臨界的意味があることを裏付ける証拠は存在せず,むしろ特許時明細書(甲3)の記載から臨界的意味があるのは「1.0」ということになり(第2次訂正明細書(甲5)の記載からも同様のことがいえる。),「C15/250」と本件訂正発明5のRO/RO比の値が相違しているとしても,両者のRO/RO比はいずれも「1.0」以上の範囲で,その差はわずか「0.02」という微差にすぎないから,失透現象を防止するという両者の技術的作用効果は実質的に同一というべきである。このような場合においては,当業者が,「1.18」から「1.2」へRO/RO比の値を増加させることについて,実質的な動機付けを必要としない。
    すなわち,「C15/250」と本件訂正発明5との相違点は,上記RO/RO比の値が唯一で,その差はわずか0.02であるから,「C15/250」のみから当業者が本件訂正発明5を容易に想到しうる程度の相違にすぎない。第1宣誓供述書(甲18)のガラスバブルは,「C15/250」と同じく,被告が製造販売するものであり,RO/RO比を除いた構成上の類似性が極めて高く,刊行物1(甲6)には,RO/RO比の値としては1.32〜2.12の範囲に属する6種類のガラスバブルが開示されているから,「C15/250」におけるRO/RO比の値を刊行物1の比の値にすることは当業者が容易に想到しうるものである。
    このように,「C15/250」に刊行物1を組み合わせることにより当業者は容易に本件訂正発明5を想到し得るものである。本件審決は,本件訂正発明5におけるRO/R
Oの比の値である「1.2」の臨界性を誤認したため,この点の容易想到性の判断を誤ったものである。
  (3) 「技術報告書「3Mマイクロバルブの分析結果についての解析」A」(甲19)とA宣誓供述書(甲20)を参酌すれば,当業者が刊行物1(甲6)から本件訂正発明5を容易に想到できたことは明らかである。
    本件訂正発明5と刊行物1を比較すると,刊行物1のガラスバブル(マイクロバブル)については,SO
の分析結果が明確にされていないだけであって,他の構成はすべて同一である。すなわち,刊行物1の7頁の「Table 3」及び8頁の「Tab1e 5」には,被告会社が販売した6種類のマイクロバルーン(マイクロバブル)が掲載されており,これらのマイクロバブルは,SOについて記載がされていないのみで,本件訂正発明5の他の構成をいずれも充足するものである。
    ところが,刊行物1のガラスバブルは中空部にSO2とO2が含まれる(甲6,3頁右欄16〜21行参照)ことから,当該公知技術はガラスバブルのガラス中にSO
が含まれていることを示している(甲16,1欄16〜28行参照)。しかも,甲19には,「3Mでは硫酸塩(SO)を発泡剤として使用している。当然,その帰結としてSOが少量マイクロバブル中に存在しなければならない。しかるに,SOの存在については甲第2号証(判決注:本訴甲6)は全く報告していない。3Mの経験によれば,約0.13%のSOの含有量がこの種のマイクロバブルの典型的な量と考えられる」(甲19抄訳3頁下2行〜4頁4行)と記載され,刊行物1に記載されたガラスバブルがSO発泡剤による方法で製造され,当該方法で製造されたガラスバブルのSOの成分は約0.13%が典型的な量であることが明らかにされている。したがって,刊行物1にはSOについての記載がないものの,当業者は,甲19,20を参酌することにより,刊行物2のガラスバブルには約0.13%のSOが含まれていることを当然のこととして考えるものというべきである。甲20には,刊行物1のガラスバブルである
「B−18A」及び「B−35D」のガラスバブルが,その当時のガラスバブルのバッチ組成からして,それぞれSO成分の含有量として,「B−18A」が0.13%(Exhibit 5),「B−35D」が0.27%(8頁2行,同訳文6頁4,5行)を有することが記載されている。
    以上のように,刊行物1にはSO
が含まれていることが開示され,かつ刊行物1のガラスバブルの製造法においては,SOの含有量が本件訂正発明5の範囲内にあることは甲19,20で技術者が述べているように当業者の常識的な範囲内であるから,刊行物1に甲19,20を組み合わせることにより,当業者が本件訂正発明5を容易に想到し得たものであることは明らかである。
      本件審決は,原告の上記主張について判断を遺脱したものである。

   (4) 原告は,本件審判請求において,刊行物1(甲6)と刊行物2(甲9)との組合せに基づく本件訂正発明5の進歩性欠如の主張をした。
    しかるに,本件審決は,基本引例を第1宣誓供述書に裏付けられた「C15/250」と勝手に選択し,そのため,本件訂正発明5と当該基本引例との相違点をアルカリ土類金属酸化物とアルカリ金属酸化物の比(RO/R
Oの比)の値とし,当該相違点が刊行物1及び刊行物2に基づき当業者が容易に想到し得るかという形で論理を展開している。
    しかしながら,刊行物1と刊行物2の組合せによる進歩性欠如の主張は,基本引例を刊行物1とし,刊行物1と本件訂正発明5との相違点をSO
の含有量と把握した上,当該相違点が刊行物2から当業者が容易に想到しうるかという観点に立ったものである。
    本件訂正発明5と刊行物1を比較すると,刊行物1にはSOの含有量について明確な記載がないだけであって,前述したとおり他の構成はすべて同一である。ところで,刊行物1には中空部にSO2とO2が含まれることが記載されているから,当該公知技術が対象とするガラスバブルには成分としてSOが含まれていることが開示されている。また,刊行物1に記載のガラスバブルのSOの含有量が本件訂正発明5の範囲内にあることは当業者が容易に想到しうることも上記(3)で既に述べた。さらに加えて,同じくガラスバブルの発明であり,主要な成分であるSiO,CaO,NaO及びBが刊行物1と類似するガラスバブルを対象とする刊行物2には,SOの含有量が,「0.0125〜1.25%」の範囲内のガラスバブルが開示されているのである。すなわち,刊行物2には,典型的なガラスバブルでは,SiO=77.77%,CaO=6.75%,NaO=7.70%及びB=4.64%で,それの合計量が96.86%のガラスバブルが開示されており(6頁左下欄),この例のガラスバブルの組成やその含有量を別紙1の表のガラスバブルと対比させた場合,両者の類似性は明らかである。
    したがって,当業者は,刊行物1に刊行物2を組み合わせることにより本件訂正発明5を容易に想到しうるということができる。
    本件審決は,原告の刊行物1と刊行物2との組合せに基づく上記進歩性欠如の主張について判断を遺脱したものである。
 4 取消事由4(本件訂正発明9の新規性,容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱)
   本件訂正発明9は,本件訂正発明5のマイクロバブルであるガラス粒子の「自由流動集合体」を含むものである。したがって,前記2,3で述べたのと同様の理由により,本件審決には本件訂正発明9の新規性,容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱がある。
 (被告の反論)
   本件審決には原告が主張する認定・判断の誤りはなく,判断遺脱もない。
 1 取消事由1(請求項5,9についての第2次訂正の適否判断の誤り)について

  (1) 第1次訂正においてSOを追加する訂正は,請求項の減縮を目的としたものであり,この意図は第1次訂正審判事件の審決(乙9)でも明確に認容されている。
  (2)ア SO
を追加する点に関する第2次訂正aの目的は,1つには誤記の訂正である。すなわち,第1次訂正では,請求項5が「少なくとも90%がSiO,CaO,NaO,B」という組成の範囲内に「SO」が存在する範囲を包含するような訂正がなされた。これでは,「少なくとも90%」であるべき「SiO,CaO,NaO,B」の割合が90%を切ってしまうという場合を包含するから,この第1次訂正後の請求項5の記載は,請求項の減縮を意図した訂正の記載としては明らかな誤記である。第2次訂正aは,単に上記の明らかな誤記を,本来意図した減縮を意味する「少なくとも90%がSiO,CaO,NaO,Bからなり,さらに,SOを含む」との記載に訂正するものである。
   イ 請求項5のSOの追加に関する第2次訂正aは,また,第1次訂正後の請求項5を減縮する訂正である。すなわち,まず,第1次訂正後の請求項5では,5成分が90%を構成しており,そのうち,SOが最小の割合である0.125%含有されていれば4成分が89.875%を構成するし,SOが最大の割合である1.5%含有されていれば4成分が88.5%を構成する。したがって,第1次訂正後の請求項5では少なくとも88.5%がSiO,CaO,NaO,Bの4成分からなるものであった。
     そうすると,第2次訂正後の請求項5は第1次訂正後の請求項5における4成分により構成される成分量が「少なくとも88.5%」であるという範囲を「少なくとも90%」という範囲に減縮しているものである。  4成分にSO
をさらに含むものである第2次訂正後の請求項5においては,これら5成分は,SOをさらに0.125%含む場合は90.125%を構成することになり,SOをさらに1.5%含む場合は91.5%を構成することになる。したがって,第2次訂正後の請求項5においては,5成分が少なくとも90.125%を構成するということができる。これに対して,第1次訂正後の請求項5において5成分が構成する「少なくとも90%」という範囲は「90%以上であること」を意味する。
     そうすると,第2次訂正後の請求項5における5成分についての構成は,第1次訂正後の請求項5において,「少なくとも90%」であったものが「少なくとも90.125%」に減縮されているものである。
  (3)ア そして,第2次訂正における「SO
」に関する記載は第1次訂正明細書(甲4)に基づいている。
     すなわち,本件特許では,特許時明細書(甲3)及び出願当初の明細書(乙14)のいずれにも,ガラスが,約0.125〜1.5%まで,あるいは,約1.5%までのSO
を含有するという実施態様が開示されており,ここでは,ガラス重量の一定の含有量を4成分(SiO,RO,RO及びB)が構成しつつ,さらに,その一定の含有量の範囲の内であるか外であるかを限定せずにSOを含有することが開示されている。具体的には,出願当初明細書の請求項1に「ガラス重量の少なくとも97%が4成分(SiO,RO,RO及びB)からなる」,請求項7(請求項1の従属項)に「前記ガラスが約1.5%までのSOを含有する」と記載され,特許時明細書の請求項1には,「ガラス重量の少なくとも97%が4成分(SiO,RO,RO及びB)からなる」とあり,請求項7(請求項1の従属項)には「前記ガラスが約1.5%までのSOを含有する」という記載がある。これらの記載によって,第2次訂正後の請求項5における「さらに,0.125%〜1.5%のSOを含む」という記載が支持されていることは明らかであり,かつ,特許時明細書が実施例を含むその発明の詳細な説明の記載によって,上記の技術的事項を包含する発明を説明していることも明らかである。
     そして,第1次訂正明細書は,特許時明細書における実施例を含む発明の詳細な説明をすべて維持している(第1次訂正においては,特許時明細書の本文の訂正は乙8(手続補正書)の15頁3行〜16行に記載の2か所だけであり,SO
の成分には関係がない箇所についてのみなされている。)。したがって,第2次訂正後の請求項5の「さらに,0.125%〜1.5%のSOを含む」という記載は第1次訂正明細書に支持されている。
     さらに,第1次訂正明細書の例番号1,3,5,7,8,16及び21(出願当初明細書及び特許時明細書と同じである。)において,ガラス重量におけるSiO
,RO,RO,B及びSOというSOを含む5成分は,各々,97.49%,98.12%,99.36%,97.83%,98.88%,98.70%及び96.91%であって,「少なくとも90%の範囲内」である。したがって,第2次訂正後の請求項5の成分範囲はこのように第1次訂正明細書の実施例の開示にも支持されているものである。
   イ また,SOの含有量そのものの記載も第1次訂正明細書(甲4)に支持されている。すなわち,
     第1次訂正明細書は,「本件発明は,ガラスマイクロバブルが,パーセントで表すとして本質的に少なくとも67%のSiO
,8〜15%のRO,3.8%のRO,2〜6%のB及び0.125%〜1.5%のSOからなる組成物からなるガラスバブルとして特徴づけることができる」(甲4の13頁左欄28〜35行。記載A)ことを開示している。これによって第2次訂正後の請求項5の「組成物が0.125%〜1.5%のSOを含有する」という記載が文言上支持されている。
   ウ 第2次訂正後の請求項5のその他の記載についても,「70〜80%のSiO
」が第1次訂正明細書の「少なくとも67%のSiO」(甲4,13頁左欄28〜35行)の範囲内であり,「8〜15%のCaO」が第1次訂正明細書の「8〜15%のRO」(甲4,13頁左欄28〜35行)の範囲内であり,「3〜8%のNaO」が第1次訂正明細書の「3〜8%のRO」(甲4,13頁左欄28〜35行)の範囲内であり,「2〜6%のB」が第1次訂正明細書の「2〜6%のB」(甲4の13頁左欄28〜35行)の範囲内である。
         原告は,第2次訂正後の請求項5における「70〜80%のSiO」は,第1次訂正明細書の上記(イ)の「67%のSiO」との記載の範囲から逸脱したものであると主張する。しかしながら,第1次訂正明細書の記載は「少なくとも67%のSiO」というものであり,第2次訂正後の請求項5における「70〜80%のSiO」は,明らかにこの記載の「少なくとも67%のSiO」の範囲に含まれる。
         原告は,第1次訂正明細書の記載Aは,請求項5で記載されているようなCaOやNa
Oなどの具体的成分をもってその重量比を示しているものではないと主張する。しかしながら,第1次訂正明細書において,例1〜8では,ROとしてCaOのみを,また,ROとしてNaOのみを使用することを例示している。したがって,第1次訂正明細書の記載AにおけるRO及びROとしてCaO及びNaOを用いることは第1次訂正明細書に開示されている。
 2 取消事由2(本件発明5の新規性に関する判断誤り,判断遺脱)について
  (1) 原告は,本件訂正発明5と「C15/250」とは実質的に同一であるとするが,根拠がない。
   ア そもそも,本件において,本件訂正発明5が公然実施されたことは立証されていない。ある発明が公然実施されていたとするには,@発明内容が公然知られる状態にあったこと,A公然実施が日本国内で行われたこと,という要件が必要であるが,少なくとも下記の(ア),(イ)の理由から,日本において,「C15/250」が販売されたことが,本件訂正発明5が公然実施されたものであるということにはならず,他に,本件訂正発明5が公然実施されたことの立証はない。
    (ア) 「C15/250」が日本で公然と販売されていたとしても,化学的構成とRO/R
O比を要件として含む本件訂正発明5という発明が公然と知られる状態であったということはなかった。
      本件特許出願前に「C15/250」が日本で販売され,さらに,「C15/250」を化学分析した結果が本件特許出願後に報告されたとしても,その化学分析した内容,なかんずく,その化学分析に基づいて計算したRO/RO比は本件特許出願前に公然実施された発明ではない。
      本件訂正発明5のように,ガラスマイクロバブルの化学的構成が要件であるような発明の場合,仮に,そのような化学的構成を有するガラスマイクロバブルが特許出願前に日本国内で販売されていたとしても,そのガラスマイクロバブルの化学的構成という情報を当業者が容易に知るか又は推考できるとはいえない。
      したがって,仮にC15/250ガラスマイクロバブルが本件特許出願前に日本で販売されていたとしても,「C15/250」の化学的構成及びその技術的意義,ことにRO/R
O比を,単にその商品を見ただけで知ることはあり得ないから,本件訂正発明5が公然実施されたということはできない。実際,当業者である原告は「C15/250」について行ったとする試験分析結果を提出しているが,その試験は信頼性が低いものである。この試験分析結果(甲13の(1))は,当業者がその商品の化学的構成そのものさえ知り得なかったことを立証するものであり,当業者がその商品の化学的構成の技術的意義を知り得なかったことは明らかである。
    (イ) 仮に,米国で,「C15/250」の化学的構成が公然と知られる状態であったとしても,原告は,日本で販売されていた「C15/250」の化学的構成が知られる状態にあったことを立証していない。
      第1宣誓供述書(甲18)記載のガラスマイクロバブルは日本で販売されたものではない。また,第1宣誓供述書の実験は,被告会社の工場から出荷されて販売された「C15/250」そのものを分析したものではない。したがって,第1宣誓供述書のガラスマイクロバブルのデータは日本で販売された「C15/250」のデータではなく,日本国内で公になった技術を表すものではない。
     イ 原告は,「C15/250」が本件特許出願前に日本国内で市販されたことを主張し,この製品の試験分析結果として甲13の(1)を提出している。

         しかしながら,甲13の(1)の試験に使用した製品のロット番号,入手年月日,入手経路(どの国で入手したかも含めて),入手方法,入手人,入手後の管理者名も含め入手後の保管状況などは明らかにされていないから,上記試験に用いられたサンプルは,公然実施を立証するという目的のために十分特定されたものであるとはいえない。また,甲13の(1)に記載の「C15/250」の化学的分析は,この化学分析内容を持った製品が本件特許出願前に日本国内で市販されたことを立証するものではない。
         さらに,甲13の(1)の試験分析の内容は,次に述べるとおり,「C15/250」の組成を示すものではあり得ない。
      第1宣誓供述書(甲18,7項)において明らかなとおり,「C15/250」は販売時には中空のガラス微小球(ガラスマイクロバブル)だけでなく,中実のガラス微小球(シンカー)を含んでいたものであるが,甲13の(1)には,「C15/250」について中実の微小球と中空の微小球とを分別して,中空の微小球について分析したという記載がないので,両者の混合物である全生成物を分析していると考えられる。本件訂正発明5においては「ガラスバブル」を特定しているのであるから,甲13の(1)の試験は,本件訂正発明5には関係がない。のみならず,Aの2002年(平成14年)9月16日付け宣誓供述書(乙2。以下「第2宣誓供述書」という。)によれば,第1宣誓供述書(甲18)に示された実験室製造のガラスマイクロバブルはNa
OあるいはBのような揮発性の成分を含んでいたこと,ガラスマイクロバブルが実験室で製造されると,揮発性成分のロスは,被告会社の工場で発生するであろう揮発性成分のロスに比較して大きいことが明らかである。原告が甲13の(1)の試験分析に基づき主張しているNaO及びBの量と第1宣誓供述書で示されているNaO及びBの量は別紙2の表のとおりである。もし,甲13の(1)におけるガラスマイクロバブルが日本で市販されていたとしたら,工場で製造されたガラスマイクロバブルであるはずであるから,そのNaO及びBの量は実験室製造のガラスマイクロバブルのNaO及びBの量より多いはずである(第2宣誓供述書の4項)のに,甲13の(1)に示されたガラスマイクロバブルのNaO及びBの量は実験室製造のもの(第1宣誓供述書)より少ないので,甲13の(1)の分析結果の信頼性は低い。
     したがって,甲13の(1)は,本件訂正発明5が公然実施されたことの立証になり得ない。原告は,被告に,甲13の(1)の証拠力及び信頼性を争われても決して反論せず,本件審判合議体から,審尋においてそれらを指摘されたにもかかわらず,全く反論しなかったものであり,本件審決はそのため,この証拠を採用しなかったものと考えられる。

    ウ  いずれにしても,本件訂正発明5のガラスマイクロバブルと第1宣誓供述書(甲18)に記載されたガラスマイクロバブルは相違する。
    (ア) 非公知の文献である第1宣誓供述書に記載されたガラスマイクロバブルの化学的構成は,RO/R
O比が1.18:1であり,密度が明らかではないから,本件訂正発明5のRO/RO比が1.2:1〜3.0:1であり,密度が0.08〜0.8の範囲であるガラスマイクロバブルとは明らかに異なる。
      しかも,第1宣誓供述書に記載されたガラスマイクロバブルは,実験室で製造されたため,それと同じ処方で工場で製造されたものに比較してRO/R
O比が一般的に高めとなっているものなのである。したがって,第1宣誓供述書で用いられた処方と同じ処方によってガラスマイクロバブルが工場で製造されたと仮定すると,それらはRO/RO比において,本件訂正発明5のRO/RO比である1.2:1〜3.0:1に比べて,より低い値になる(第2宣誓供述書(乙2)の4項)。
      そもそも,第1宣誓供述書において実験的に製造されたガラスマイクロバブルは市販品ではない上に,第1宣誓供述書は本件特許出願前に公知の文献ではないから,RO/RO比が1.18:1であるガラスマイクロバブルは,本件特許出願前には全く公には知られていなかったのである。
      上記のとおり,RO/R
O比として,1.18及び1.2のいずれもが公知ではなかったのであるから,その比率が1.18と1.2との相違があることによって臨界的意義があるかどうかという命題は,本来,本件訂正発明5の新規性を判断する上で考慮すべき内容ではない(第2宣誓供述書の9項)。
      (イ) 第1宣誓供述書(甲18)の実験に係るガラスフリットとガラスマイクロバブルについて
      「C15/250」の化学的構成は,本件出願当時に公然知られていなかっただけでなく,現在に至っても明らかになっていない。

      第2宣誓供述書(乙2)によれば,第1宣誓供述書の実験に係るガラスフリットとガラスマイクロバブルは,被告会社が販売していた「C15/250」ではない。すなわち,第1宣誓供述書のガラスフリットとガラスマイクロバブルは,1986年(昭和61年)に被告会社の第1宣誓供述書の供述者が実験室で製造したものであり,被告会社の工場で製造されたものではない。第1宣誓供述書のガラスフリットとガラスマイクロバブルは,被告会社が「C15/250」の市販品を生産するために使っていた処方と同様のガラスバッチの処方を使用して製造した。第1宣誓供述書では,それらが実験室で製造されたという事実が明記されていなかった。しかしながら,第2宣誓供述書の6項に記載されているように,第1宣誓供述書におけるような分析実験は極めて高価であって,第1宣誓供述書の供述者は,実際,商品である「C15/250」の定量化学分析は持っていない。そして,同じ処方で製造したとしても実験室スケールにより製造された製品と工場スケールにより製造された製品では,その構成が異なるものである(第2宣誓供述書の4項)。
      以上のとおり,第1宣誓供述書の実験結果は,事実として商品である「C15/250」の構成を示したものではない。また,その実験結果が事実上商品である「C15/250」の構成を正確に示しているということもできない。
    (ウ) ところで,本件訂正発明の意義は,従来技術のガラスマイクロバブルにおいて,すべての例でRO/R
O比が既知のもの(すなわち,1.0あるいはそれ以下)(甲3,3欄44行〜4欄9行)であったことに対し,これを1.2:1〜3.0:1としたことにある。
      本件訂正発明は失透現象を防止できることを教示しているが,このRO/R
O比によってその他の作用効果も奏されるもので,失透現象を防止できることは,他の理由付けを用いて最も良く説明され得るものである(第2宣誓供述書の9項)。
      RO/RO比を1.2:1〜3.0:1に調整することにより,ガラスマイクロバブルの収率を高めることができることが特許時明細書に記載されている。また,この比率に調整することにより溶融の間フリット中に保持されるブローイング剤の量が改善される(甲3,9〜10欄第4表の下)。さらに,RO/RO比が増大するとガラスマイクロバブルの耐水性が改善される(甲3,4欄11〜12行,第2宣誓供述書の10項)。
      失透現象がおきるとガラス中に失透物質(カルシウムケイ酸ナトリウム化合物)が形成される。ガラス中のCaOのNa
Oに対する比が増加するとガラスが失透する傾向も高まる。NaOを他のアルカリ金属酸化物,例えば,酸化リチウムあるいは酸化カリウムに置き換えるとガラスが失透する傾向は低下する。これは,第1宣誓供述書のExhibit 2Aに示されている「C15/250」の工場用処方を検討することにより明らかである。その処方は,かなりの割合の炭酸リチウムと炭酸カリウムを含んでいた。炭酸リチウムは,最終ガラス製品の酸化リチウム源であり,NaOに代替して失透現象を防止する。炭酸カリウムは最終ガラス製品の酸化カリウム源であり,NaOに代替して失透現象を防止する。炭酸リチウムと炭酸カリウムを含有することによって,C15/250ガラスマイクロバブルを製造することが容易になった。しかし,原材料コストが高くなるという欠点がある(甲3,3欄34〜38行,5欄32〜27行)。本件訂正発明は,とりわけ,ガラスマイクロバブルをカルシウムとナトリウムのパーセンテージが高いガラスフリットから比較的高価な炭酸リチウムや炭酸カリウムなどの失透防止化合物を使う必要なく形成することを教示している。しかしながら,これらの,あるいは,その他の成分を所望によって使用してもかまわないのであり,それらは,例えば,本件訂正発明の実施例15ないし24に説明されている(第2宣誓供述書の11項)。
      上記のような作用効果を奏する本件訂正発明は十分重要であったので,本件特許の対応米国特許を出願すると,被告会社は速やかにC15/250ガラスマイクロバブルの製造をやめ,本件訂正発明のガラスマイクロバブルの製造に転換した。この変更には約1年かかり,その間,在庫にあった「C15/250」の原材料及び最終製品を使っていた。被告会社は「C15/250ガラスマイクロバブル」を長年は製造販売しなかったのである(第2宣誓供述書の12項)。
   エ 原告は,「C15/250」の密度が本件訂正発明5と同一であることは住友3M社発行のカタログ(甲14の(1))及び文献(甲15の(1),(2))に密度が0.15と記載されていることから明らかであると主張する。

     しかしながら,原告が立証しなければならないことは,「C15/250」について,日本国内で本件特許出願前に市販されたサンプルの化学的分析内容及び当業者がそのRO/RO比に着目し得たことなのである。住友3M社発行の上記カタログ及び文献に「C15/250」の密度が0.15であると記載されているとしても,それによって実際の商品の密度が立証されたわけでもないし,「C15/250」の密度のみが文献に記載されているという事実があったとしても,そのような文献は,「C15/250」の存在によって本件訂正発明5が公然知られていたか否かを判断する材料として全く意味がない。
   (2) 原告は,本件訂正発明5と商品「B15/250」とは実質的に同一であるとするが,根拠がない。
     ア  「B−15/250」製品が被告会社製のガラスバルーンであるとしても,これらが日本国内で公然実施されていたという根拠が不明である。

     甲13の(2)の試験分析に用いられた試料の「ロット番号,入手年月日,入手方法」等が不明であり,このように,いつ,だれが,何処で,どのように入手したのか不明であれば,該試料が,日本国内で公然実施されていたものであるということはできない。
     イ  被告会社社員であるBの宣誓供述書(乙4)によれば,被告会社のB−15のガラスマイクロバブルは標準に従ってLi
Oを少なくとも1.2重量%含有するフリットから製造されていた(B15と「B15/250」とは組成は同じ。)が,原告が「B15/250」の分析データであるとする甲13の(2)によれば,LiOは検出されていない。
     甲13の(2)の試験分析は,「B15/250」の組成と本件訂正発明5,9における組成とを比較するために行われたもので,本件訂正発明5との比較を目的としているのにもかかわらず,B15ガラスバブルにあるアルカリ金属酸化物の1つであるLi
Oを検出していないから,その信頼性は低い。
     ウ 原告は,被告に,甲13の(2)の証拠力及び信頼性を争われても決して反論せず,本件審判合議体から,審尋においてそれらを指摘されたにもかかわらず,全く反論しなかったものであり,本件審決はそのため,この証拠を採用しなかったものと考えられる。
 3 取消事由3(本件訂正発明5の容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱)について
  (1) 原告は,本件審決の「C15/250」の構成からの容易想到性の判断に誤りがある旨主張するが,前記2において詳述したとおり,「C15/250」の技術内容が公然知られていたことはないのであって,原告のこの点に関する主張は根拠がない。  
  (2) 原告は,本件審決の商品「C15/250」と刊行物1(甲6)との組合せによる容易想到性の判断に誤りがある旨主張するが,上記(1)において述べたのと同じ理由で原告のこの点に関する主張は根拠がない。

  (3) 原告は,甲19と甲20を参酌すれば,本件訂正発明5は当業者が刊行物1(甲6)から容易に想到できたことは明らかである旨主張する。
   ア 原告の上記主張は,本件特許出願後に作成された書面である甲19及び甲20と刊行物1との組合せに基づく進歩性の欠如の主張であり,特許法29条2項に基づかない主張である。
   イ また,刊行物1には,原告がそこに記載されているとする組成がすべて記載されている訳ではない。さらに,刊行物1は,そこに記載の発明が,本来,何かと組み合わせて本件訂正発明5を発明するような動機付けとなるような示唆もしていない。なお,この点については,本件審判段階の審尋(乙5)において,合議体が詳しく指摘したにもかかわらず,原告はこれに対し,何らの反論もしなかったものである。

     さらに,本件訂正発明5においては,RO/RO比が1.2:1〜3.0:1であることによって,失透現象の防止ができるだけではなく,前述したようにその他様々の作用効果が奏される。刊行物1においてRO/RO比は記載されていないばかりか微塵も示唆されていない。
     したがって,仮に,甲19及び甲20が本件特許出願前に作成され頒布された文献であったとしても,刊行物1と甲第19及び甲20との組合せに基づいて当業者が本件訂正発明5を容易に発明することができたということはできない。
  (4) 原告は,刊行物1(甲6)と本件訂正発明5との相違点はSO
の含有量だけであるとの前提に立って,刊行物1(甲6)と刊行物2(甲9)との組合せに基づいて当業者は本件訂正発明5を容易に推考できる旨主張している。
    しかしながら,本件審決では,刊行物1と本件訂正発明5との相違点がSOの含有量となるか否かを検討し,上記検討の結果として,刊行物1と本件訂正発明5との相違点が,SOの含有量だけに限られるものではなく,刊行物1には「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」の技術的な意味や効果について何ら示唆がない点にもあると判断しているものである。
       本件審決の上記判断は正当なものであり,原告の主張は,その前提を誤るものである。
    さらに,本件審判段階の審尋(乙5)において,刊行物1及び刊行物2に基づいて当業者が本件訂正発明5を容易に発明できたといえないことは詳しく説明されており,この指摘に対し,原告は回答書(甲22)において全く反論していない。原告はこのような説明に全く反論せず,他に刊行物あるいは公知の発明に基づく根拠も示さず,本件訂正発明5が容易に発明できたと単に主張しているだけである。

 4 取消事由4(本件訂正発明9の新規性,容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱)について
     原告主張の取消事由4は,本件審決に本件訂正発明5の新規性,容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱があることを前提とするものであるところ,本件審決にその点の誤り,判断遺脱はないから,同取消事由の主張はその前提を欠き,理由がない。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(請求項5,9についての第2次訂正の適否判断の誤り)について
  (1) 原告は,本件特許の請求項5に関し,「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比で有し,そして密度が0.08〜0.8の範囲であり,ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO
,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO,および2〜6%のBから成り,さらに0.125〜1.5%のSOを含むガラスのマイクロバブル。」とする第2次訂正aは第1次訂正明細書又は添付図面に記載した事項の範囲内ではないから,特許法126条1項ただし書の要件を欠如したものであり,これを看過した本件審決の判断は誤りである旨主張する。そして,この主張は,第2次訂正は特許法126条1項ただし書に違反するものであり,したがって,第2次訂正後の請求項5に係る特許は,平成6年法律第116号(以下「平成6年改正法」という。)による改正前の特許法123条1項7号に違反し無効である旨をいうものと解される。
   (2) そこで,職権をもって判断するに,本件審判請求は平成5年3月5日になされたものであるところ,平成5年法律第26号(以下「平成5年改正法」という。)附則2条1項によれば,この法律の施行の際に現に特許庁に係属している特許に係る審判については,第1条の規定による改正後の特許法195条1項及び2項の規定により納付すべき手数料を除き,その審判について審決が確定するまでの間は,なお従前の例による旨規定されているから,本件審判請求において請求人が主張できる無効理由は平成5年改正法による改正前の特許法123条1項各号に規定する無効理由に限られると解される。しかして,平成6年改正法による改正前の特許法123条1項7号の無効理由は平成5年改正法により追加されたものであり,平成5年改正法による改正前には存在しなかったものであるから,本件審判請求において,原告は,上記改正前の123条1項7号に規定する無効理由を本件特許の無効理由として主張し得ないものというべきである。
       なお,平成5年改正法附則2条5項によれば,新特許法123条1項7号の規定は,この法律の施行後に新特許法の規定による訂正をする特許について適用し,この法律の施行前に旧特許法の規定による訂正をした特許及びこの法律の施行後に旧特許法の規定による訂正をする特許については,なお従前の例による旨規定されている。この規定は,平成5年改正法による改正前の特許法においては,不適法な訂正があった場合は,訂正無効審判において,不適法な訂正のみが無効とされていたのに対し,改正後の特許法においては,不適法な訂正があった場合には,これを当該特許の無効理由として無効審判を請求することができるようになったが,平成5年改正法の施行前に既に請求された訂正審判による訂正についてまで改正後の特許法の無効理由を適用することは,法律不遡及の原則の趣旨に照らし相当でないと考えられることから,これを回避するため設けられた経過規定にすぎず,平成5年改正法の施行後に請求された訂正審判において訂正された特許について,平成5年改正法による改正前に係属していた無効審判請求において改正後の123条1項7号に規定の無効理由を主張することができることまでを認めたものではないと解すべきである。
       原告の上記(1)の主張についてその当否を判断した本件審決は,法令の解釈適用を誤ったものというほかなく,原告の上記(1)の主張は,無効理由とし得ないものを無効理由として主張するものであって,それ自体失当である。
 2 取消事由2(本件訂正発明5の新規性に関する判断誤り,判断遺脱)について
    原告は,被告会社の製品である「C15/250」が本件特許出願日(優先日)前に日本国内において販売されており,本件訂正発明5はこの製品の構成と同一であるから,本件訂正発明5は,特許法29条1項2号にいう「特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明」に該当する旨主張する。
  (1)  そこで,まず,「C15/250」が本件特許出願前に日本国内で販売されていたかどうか,また,本件訂正発明5が上記製品と構成が同一であれば,本件訂正発明5が公然実施されていたといえるか否かについて検討する。

   ア  まず,商品名「C15/250」のガラスバブルが本件発明の本件特許出願日(優先日)前に日本国内において公然と販売されていたかどうかについてみるに,証拠(甲14の(1),15の(1),(2))によれば,次の事実が認められる。
       (ア)  住友3M社作成の「カタログ(スコッチライト グラス バブルズ)」には,「C15/250」が同社の販売に係る製品として記載されている。
    (イ) 「高次複合材料の全容」(第2巻 新しいフィラー全容)((株)大阪ケミカル・マーケティング・センター,昭和60年11月30日発行)に,「次に,わが国で市販されている主なバルーンの品種,物性等を示す。」とあり(甲15の(1),202頁末行),同刊行物に,「グラスバブルズ(住友スリーエム,ガラスバルーン)」という表題の表4−59に「バブルタイプ 汎用 C15/250」として記載されている(同,203頁)。

    (ウ) また,「日経メカニカル」(1983年10月10日号)にも,「主なガラスバルーンの輸入企業と供給メーカー」として住友スリーエム社(輸入企業),米Minnesota Mining & Manufacturing社(被告会社。供給メーカー)が挙げられ(甲15の(2),60頁表1),同刊行物には,住友スリーエム供給の一般用ガラスバルーンとして「C15/250」が示されている(同,61頁表2)。
   イ 上記記載からすれば,「C15/250」は,遅くとも本件特許出願日である1987年(昭和62年)1月12日より前である,昭和60年11月30日以前には日本国内で販売されていたことが認められる。
        しかして,特許法29条1項2号にいう「公然実施」とは,その発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものであり,同法2条(平成6年改正法による改正前のもの)3項1号によれば,この場合の「実施」とは,物の発明にあっては,その物を生産し使用し譲渡し貸し渡し譲渡若しくは貸渡のために展示し又は輸入する行為をいうものとされているところ,「C15/250」が本件特許出願日前に日本国内で販売されており,それが本件訂正発明5と同一構成の製品と認められる以上,本件訂正発明5は,特許法29条1項2号にいう「日本国内において公然実施をされた発明」に該当するというべきである。

        この点につき,被告は,「C15/250」が日本で公然と販売されていたとしても,化学的構成とRO/RO比を要件として含む本件訂正発明5という発明が公然と知られる状態であったということはなかった旨主張する。
     しかしながら,「公然実施」とは,上記のとおり,その発明の内容を不特定多数の者がその発明の内容を知り得るような状況でその発明が実施されることを意味するところ,本件のような物の発明の場合には,購入者が販売者からその発明の内容に関しその分析等の試験を行うことを禁じられているなど特段の事情がない限り,購入者は商品を自由に分解・分析してその発明の内容を知ることができるから,商品が販売されたことにより,その商品に関する発明は不特定多数の者が知り得る状況におかれたことになるというべきである。

   (2) 次に,本件訂正発明5と「C15/250」が構成を同一にするものか否かについて検討する。
   ア 第1宣誓供述書(甲18)には,1986年11月5日付けC15/250フロートバブルの定量分析について,次の記載がある(Exhibit 2C 訳文)。
      「SiO
 75.29
       B
   3.95
       CaO   9.81
       Na
O   4.95
       K
O    2.46
       Li
O   0.90
       SO
   1.10
       P
   1.18
       RO/R
O=9.81/8.31=1.18」
     上記記載によれば,「C15/250」は,「SiO
:75.29,B :3.95,CaO:9.81,NaO :4.95,KO :2.46,Li2O :0.90,SO :1.10,P :1.18」という成分含有量からなるものであるから,この「C15/250」のガラスバブルは,本件訂正発明5の「ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO ,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO および2〜6%のB から成り,さらに,0.125〜1.5%のSO を含む」という構成要件(第2次訂正後の請求項5)を満たすものである。
   イ 原告は,本件審決が本件訂正発明5と「C15/250」を対比して,「C15/250」は,本件訂正発明5の「ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70〜80%のSiO ,8〜15%のCaO,3〜8%のNaO および2〜6%のB から成り,さらに,0.125〜1.5%のSO を含む」という要件を満足するが,@「C15/250」のガラスバブルはその密度が明らかではなく,A「C15/250」は「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物」の比が「1.18」であるから,本件訂正発明5の「1.2:1〜3.0:1の範囲の重量比」という要件を満足するものではないとして,両者の構成の同一性を否定したことが誤りである旨主張しているので,上記@,Aの点について検討する。
     (ア) 上記@について

      甲15の(1)には,「C15/250」について,平均粒子比重(真比重)「0.15g/cc」(甲15の(1),203頁表4−59),あるいは平均真密度「0.15g/cm」(甲15の(1),186頁表4−44)と記載され,甲第15号証の(2)にも住友スリーエムの一般用ガラスバルーンとして「C15/250」が表2に示され,粒子比重として平均0.15,範囲0.12〜0.18と記載されており,したがって,「C15/250」の平均密度は0.15(g/cm)であると認められる。
      しかして,「C15/250」の平均密度は,本件訂正発明5に係る請求項5の「密度が0.08〜0.8の範囲」に含まれるものである。
     (イ) 上記Aについて
     a 第1宣誓供述書(甲18)記載の試験結果によれば,「C15/250」における「RO/R
O比」は「1.18:1」(比の値1.18)であるとされており,上記値は,本件訂正発明5における「1.2:1〜3.0:1」(比の値1.2〜3.0)と一致しない。
         b  しかしながら,「RO/RO比」と失透現象の防止に関し,第2次訂正明細書(甲5)には,「本発明の顕著な特徴は1.2:1〜3.0:1のアルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物比(RO:RO)に存し,その比は実質的に1:1を上回り,そして今まで用いられた単一のホウケイ酸ガラス組成物のいかなるものの比率をも上回る。RO:RO比(ここで用いた「R」とは所定の原子価を有する金属を指し,ROはアルカリ土類金属酸化物,そしてROはアルカリ金属酸化物を指す。)が1:1以上に増大するにつれ,単一のホウケイ酸組成物は伝統的な作業と冷却サイクルの間でますます不安定になり失透現象がおこる。そしてその結果Al2O3のような安定剤をその組成物の中に含有しないかぎり,ガラス組成物は存在し得ない。本発明の実施において,このような不安定な組成物はガラスマイクロバブルの製造のために高度に望ましいこと,フリットの成形のために水冷却による溶融ガラスの急速冷却は,失透現象を防止することが分った。次のバブル形成の間,前述の米国特許第3365315号および同第4391646号各明細書で教示されたように,バブルは非常に急速に冷えるので
バブル形成の間におこる,相対的によりいっそう揮発性のアルカリ金属酸化物化合物の損失のためにRO:ROがよりいっそう増大するにもかかわらず,前出の失透現象は防がれる。」(甲5の訂正明細書3頁13〜29行,甲3の特許時明細書の4欄22行〜5欄2行)と記載され,また,「1つの形態において,本発明は,重量パーセントで表すとして本質的に少なくとも67%のSiO ,8〜15%のRO,3〜8%のRO,2〜6%のB,および0.125〜1.50%のSOから成るガラスバブルであって,前出の成分が前記ガラスバブルの少なくとも約90%(好ましくは94%そしてよりいっそう好ましくは97%)を構成し,ROとROの重量比が1.0〜3.5の範囲内である組成物からなるガラスバブルとして特徴づけることができる。」(甲5の訂正明細書4頁6〜11行,甲3の特許時明細書の5欄11〜19行)と記載されている。
       この第2次訂正明細書の記載からすれば,「RO/RO比」が増大するにつれてガラス組成物が不安定になって失透現象がおこること,不安定な組成物はガラスマイクロバブルの製造のために高度に望ましいこと,フリット形成のために水冷却による溶融ガラスの急速冷却は失透現象を防止すること,急速冷却は相対的に揮発性の高いアルカリ金属化合物の損失のために「RO/RO比」がより増大するにもかかわらず失透現象が防止されること,失透現象の防止のためには冷却方法の工夫が必要であることが認められるが,「RO/RO比」がより大きいこと自体は失透現象の防止のための要件であるとは認められず(どちらかといえば「RO/RO比」が大きいことは失透現象の防止には障害であるように解される。),「RO/RO比」が1.2以上であるものと,それ未満であるものとの間に失透現象に関して臨界的な相違があるものとは到底いえない。また,失透現象と「RO/RO比」が1.2の臨界性との関係について他にそれを裏付ける証拠もない。
         c そして,第1宣誓供述書(甲18)の上記アの上記の分析値,「RO/RO比」の計算から考えて,「1.18」という値は測定値,計算値であるから,4捨5入等の概数を求める方法により出されたもので,有効数字を3桁でとれば「1.18」であり,2桁でとれば「1.2」になるものである。「RO/RO比」の計算の根拠になっているのは「RO」については「CaO 9.81」で,「RO」については「NaO  4.95」,「KO  2.46」,「Li2O  0.90」の合計である。これらの測定値のうち,Li2Oを除くその余の成分は有効数字3桁の測定値が示されているが,Li2Oについては有効数字が2桁であるから,「RO/RO比」の有効数字として2桁を採用することは全く問題がないものと考えられる。
       本件審決が,「本件訂正発明5の「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比率」の臨界的な意味は,失透現象の防止にあるのであるから,この数値の差異は4捨5入すれば済むという単なる計算上の問題として片づけられる事項ではない」とした判断には根拠がなく,「C15/250」の分析値から求められる「RO/RO比」が本件訂正発明5の「RO/RO比」である「1.2:1〜3.0:1」と明確に区別できるとした本件審決の判断は誤りであると言わざるを得ない。
     d 被告は第1宣誓供述書(甲18)の分析に関して,その分析は市販品(「C15/250」)を製造するガラスバッチの処方に基づいて実験室で製造されたガラスマイクロバブルについてのもので,市販された「C15/250」の分析ではなく,実験室で製造した場合,「RO/R
O比」は揮発成分の損失が大きいので,その結果「RO/RO比」はより大きくなる傾向があると主張するところ,第2宣誓供述書(乙2)やAの2004年(平成16年)1月20日付け第5宣誓供述書(乙13)にはこれに沿う記載があり,また,Aの2003年(平成15年)1月20日付け第3宣誓供述書及び同年3月18日付け第4宣誓供述書(乙11,12)には,「C15/250」とは異なる「K−15」処方について工場製品と実験室製造のものについて求めた「RO/RO比」の比較に基づいて,第1宣誓供述書(甲18)で算出された「RO/RO比」からすれば,市販品の「C15/250」の「RO/RO比」については「<1.0」であることが推定される旨の記載がある。
       しかしながら,第2宣誓供述書及び上記第5宣誓供述書の上記記載は客観的な裏付けを欠くものであり,たやすく信用できない。また,上記第3宣誓供述書及び第4宣誓供述書の記載は,その前提となる「K−15」処方が「C15/250」とは含まれている成分が異なるものであるし,その1例のみから直ちに「C15/250」における「RO/RO比」の実験室製造品と工場で製造される市販品との相違を推定することができるものとは認められないから,直ちに採用することができない。したがって,この点に関する原告の主張は容れることはできない。
     ウ  なお,被告は,RO/R
O比を1.2:1〜3.0:1に調整することにより,ガラスマイクロバブルの収率を高めることができ,また,この比率に調整することにより溶融の間フリット中に保持されるブローイング剤の量が改善され,さらに,RO/RO比が増大するとガラスマイクロバブルの耐水性が改善される旨主張するので,付言する。
        上記第3宣誓供述書(乙11)によると,「C15/250」における「RO/RO比」が1.18の場合のガラスマイクロバブルの収率は64.9%であるのに対し,その比が1.21の場合のガラスマイクロバブルの収率は77.6%である旨記載されている。また,第2次訂正明細書(甲5)には,「例1から8までの結果はフィード中のCaO:NaO比が,形成の間のガラスバブル生産物の画分に及ぼす強い影響を示している。溶融の間のフリット中に保持されるブローイング剤(SO%として表される)の量もまたこの比率に影響される。ガラスバブルの最大収率のための,フィード中の好ましいCaO:NaO比はおよそ1.4であると思われ,その値はガラスバブルにおいて約2.0の比率を与える。経験によれば総生産物中のガラスバブルの収率はフィード中のブローイング剤の量によっては影響されないがバブルの密度はブローイング剤水準により直接的に支配されることが分った。」(甲5の訂正明細書9頁の第4表の下1〜8行,甲3の特許時明細書の9欄及び10欄の第4表の下1ないし3行,11欄1〜7行)と記載され,また,「本発明は耐水性であって,米国特許4391646号明細書のマイクロバブルに属する優れた特性を有することができ,そして前記特許明細書に開示された一般的な“ブローイング法”と同一の方法により製造されるマイクロバブルを提供する。」(同訂正明細書3頁7〜9行,甲3の特許時明細書の4欄11〜15行)と記載されており,これらの記載は,本件訂正発明の奏する効果等について原告の主張を一部裏付けるものである。
         しかしながら,他方,第2次訂正明細書(甲5)には,上記のとおり「ガラスバブルの最大収率のための,フィード中の好ましいCaO:Na
O比はおよそ1.4であると思われ」と記載されていること,さらに,第2次訂正明細書の他の箇所には,上記イ(イ)bのとおり記載があることに照らしてみれば,本件訂正発明5におけるRO/RO比がガラスマイクロバブルの収率やブローイング剤の量に影響を及ぼすことが認められるものの,上記収率やブローイング剤の量との関係でRO/RO比1.2に臨界的意味があると認めることはできない。
    エ そうすると,本件訂正発明5は,「C15/250」と構成を同一にするものというべきである。
  (3) 以上によれば,本件審決には本件訂正発明5の新規性に関する判断を誤った違法があり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって,取消事由2は理由がある。
 3 取消事由4(本件訂正発明9の新規性,容易想到性に関する判断誤り,判断遺脱)について
   本件訂正発明9は,本件訂正発明5のマイクロバブルであるガラス粒子の「自由流動集合体」を含むものであるところ,本件審決に本件訂正発明5の新規性に関する判断を誤った違法があることは前記2に説示のとおりであるから,本件審決には,本件訂正発明9について新規性判断を誤った違法があるというべきである。
     したがって,取消事由4は理由がある。

 4 以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第3民事部

        裁判長裁判官  北  山  元  章

                                                         
           裁判官  青  蛛@    馨



           裁判官  清  水     節