H16. 1.15 東京高裁 平成13(行ケ)245 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第245号 特許取消決定取消請求事件
平成15年12月18日口頭弁論終結
                 判    決
       原   告     サーモディックス,インコーポレイテッド
       訴訟代理人弁理士  萼   経 夫
       同         中  村  壽  夫
       同         加 藤   勉
       被   告     特許庁長官 今井康夫
       指定代理人       後 藤 千恵子
       同         関 根 洋 之
       同         一 色 由美子

       同         涌 井 幸 一
                 主    文
       1 原告の請求を棄却する。
       2 訴訟費用は原告の負担とする。
       3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
                 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
     特許庁が平成11年異議第74642号事件について平成13年1月12日にした決定を取り消す。
     訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
     主文1,2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
     原告は,発明の名称を「検定分析装置」とする特許第2913281号の特許(1983年3月9日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して出願された特願昭58−38884号の特許出願(以下「親出願」という。)の分割出願として平成5年6月24日に出願された特願平5−177306号の特許出願(以下「子出願」という。)の分割出願として平成9年3月3日に特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年4月16日に特許権設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は9である。本件出願の願書に添付した明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)の特許権者である。

     本件特許に対し,請求項1ないし9のすべてについて特許異議の申立てがなされた。特許庁は,この申立てを,平成11年異議第74642号として審理し,その結果,平成13年1月12日に,「特許第2913281号の請求項1ないし9に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年2月3日にその謄本を原告に送達した。
 2 特許請求の範囲
   「1.分析成分を含有すると疑われている試験溶液中の分析成分の存在を決定するための装置であって;
       液流のための流路を規定する液体浸透性固体媒体であって,該流路に沿って,
       (@)試験溶液の適用をするための部位,
       (A)分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物のいずれかに特異的である標識抗体であって拡散的に結合した標識抗体,及び
       (B)流路に沿って適用部位から隔離して配置された単一の反応帯が存在し,該反応帯は,予め決められた量の,分析成分又は反応生成物のいずれかに特異的である反応体をその反応帯に非拡散的に結合して持っている液体浸透性固体媒体からなる装置であり;

       該装置は,試験溶液が一回の通過で毛細管流により流路に沿って通過でき,分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物が,標識抗体及び,固体媒体に結合した反応体の両方に結合し;それにより,標識抗体及び,固体媒体に結合した反応体は一緒になって,分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物と共にサンドイッチを形成するように,単一の試験溶液を適用部位に接触させることにより使用されることができる,装置。
     2.装置に適用される溶液が単一の試験溶液からなる請求項1記載の装置。
     3.拡散的に結合した抗体が分析成分に特異的である請求項1記載の装置。
     4.非拡散的に結合した反応体が分析成分に特異的である請求項1記載の装置。
     5.装置に適用される溶液が単一の試験溶液からなりそして拡散的に結合した抗体と非拡散的に結合した反応体が両方分析成分に特異的である請求項1記載の装置。

     6.適用部位に試験溶液を適用した結果,上記装置が毛細管流により流路に沿って通過した該試験溶液を更に含み,そして分析成分又は反応生成物が,反応帯で標識体を生成して該試験溶液中の分析成分の存在を示すように,標識化した抗体と非拡散的に結合した反応体の両者により,その両者の間で結合される請求項1記載の装置。
     7.装置が,必要とされるは試験溶液の適用のみであるように,分析成分の存在を検出するのに必要とされる全ての材料を含有する,請求項1記載の装置。
     8.標識抗体が酵素で標識されそして該酵素のための基質の添加により検出される請求項1記載の装置。
     9.流路に沿って拡散的に結合した化学成分を更に含み,その化学成分が反応生成物を形成するために上記分析成分と反応することができる請求項1記載の装置。」(以下,各発明を請求項の番号により「本件発明1」などという。すべての請求項をまとめて「本件発明」ということがある。)

 3 決定の理由
     別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,@本件出願は,親出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲第3号証はこれらの内容を示す公報である。以下,図面も含め,「親出願明細書」という。)に記載された発明の一部を新たに特許出願したものということができず,子出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲第5号証はこれらの内容を示す公報である。以下,図面も含め「子出願明細書」という。)に記載された発明の一部を新たに特許出願したものということもできないから,適法な分割出願ということはできず,特許法44条2項の適用はないので,平成9年3月3日に特許出願されたものと認められる,A請求項1ないし9に係る発明(本件発明)は,本件特許出願の出願日である平成9年3月3日より前に頒布された刊行物である特開昭61−145459号公報(甲第4号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)であるから,特許法29条1項に該当する,というものである。

第3 原告主張の決定取消事由の要点
     決定は,@本件出願の分割出願としての適法性の判断を誤った結果,本件出願の出願日が遡及しないとの誤った判断をし,A本件発明1ないし9と刊行物1発明との同一性の判断を誤ったものであり,これらの誤りがそれぞれ請求項1ないし9のいずれについても結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,すべて違法として取り消されるべきである。
 1 分割出願の適法性の判断の誤り
     決定は,親出願明細書には,本件発明に必須の,次の構成要素(a)ないし(c)のすべてを組み合わせた構成が記載されていると認めることはできない,と判断した。
     (a)「分析成分(あるいはその反応生成物)に特異的である標識抗体」であって,「拡散的に結合した標識抗体」が流路に沿って存在する液体浸透性固体媒体(以下「構成要素(a)という。)

     (b)「単一の反応帯(反応体を非拡散的に結合している)」が流路に沿って存在する液体浸透性固体媒体(以下「構成要素(b)という。)
     (c)「試験溶液の一回の通過で・・・,分析成分(又はその反応生成物),標識抗体及び固体媒体に結合した反応体は一緒になって,・・・サンドイッチを形成する」ように使用できる装置(以下「構成要素(c)という。)
     しかし,本件発明の上記各構成要素のそれぞれはもちろん,これらすべてを組み合わせた構成も,親出願明細書に記載されている。本件出願は,適法な分割出願である。
   (1) 本件発明の構成要素(a)について
     ア 親出願明細書には,実施例4として,「多価抗原(例えば血清アルブミン)分析成分に対する抗体をパーオキシダーゼで標識し,実施例3に従って浸透性固体媒体に結合させて,カラム中に反応帯を形成した。同一または類似抗体を別のバッチとしてグルコース酸化酵素のような酵素で標識した。カラム中に未知量の分析成分(抗原)を含む試験サンプルを注入した。次いで,グルコース,カタラーゼ及びo−ジアニシジンの存在下にカラムに液状の抗グルコース酸化酵素抗体を流した。」(甲第3号証13頁左上欄6行〜15行)との記載がある。

         この抗グルコース酸化酵素抗体は,グルコース酸化酵素で標識された抗体で,本件発明における「分析成分(又は分析成分と化学成分との反応生成物)に特異的である標識抗体」に当たる。
         この標識抗体は,上記記載中では,カラム中に分析成分を注入した後に流すものとされている。しかし,本来,液体浸透性固体媒体に含ませることのできる,すなわち液体浸透性固体媒体に拡散的に結合させることのできる性質のものである。
         親出願明細書には,「さらに好ましい態様においては,本発明の装置は反応体および分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の化学成分全てを含むことにより化学的に完成し,このようにすれば,分析に要する操作は液体担体中の分析成分を装置に流すことだけとなる。」(甲第3号証13頁左下欄20行〜右下欄5行)との記載がある。この記載は,グルコース酸化酵素で標識された抗体は,分析成分(抗原)を含む試験サンプルの注入の前に,あらかじめ装置に流して,液体浸透性固体媒体に拡散的に結合しておくことがより有利であることを示している。

         以上のとおりであるから,親出願明細書には,「分析成分(又は分析成分と化学成分との反応生成物)に特異的である標識抗体」を液体浸透性固体媒体に拡散的に結合すること,すなわち,構成要素(a)が記載されているということができる。
     イ 決定は,「実施例4は,多数の反応帯16.1を有する図1の検定分析装置を使用するものであり,「単一の反応帯」の検定分析装置ではなく,そして,「サンドイッチ」が「試験溶液が一回の通過」で形成されるものでない。・・・。そうすると,親出願の当初明細書には,・・・「分析成分(あるいはその反応生成物)に特異的である標識抗体」を,構成要素(b)および構成要素(c)と組み合わせることも記載されていない。」(決定書5頁15行〜25行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。

         親出願明細書には,実施例4について,「多価抗原(例えば血清アルブミン)分析成分に対する抗体をパーオキシダーゼで標識し,実施例3に従って浸透性固体媒体に結合させて,カラム中に反応帯を形成した。」(甲第3号証13頁左上欄6行〜9行)との記載があるだけで,多数の反応帯16.1を有する図1の検定分析装置を使用するものであるとの明確な記載はない。実施例4においては,単一の反応帯(反応体のパーオキシダーゼ標識抗体が浸透性固体媒体に非拡散的に結合されている。)をカラム中に形成する装置が使用されているということができる。
         親出願明細書には,実施例4について,「この実施例において,抗原は先ず結合抗体と反応してこの抗体に結合し,予め決定された生成物を形成する。この生成物は該抗原上の抗原決定部へのグルコース酸化酵素抗体結合部の結合により,ひき続く呈色反応で検出される。」(甲第3号証13頁左上欄17行〜右上欄2行),「好ましい態様においては,一種の液状物質を1回だけ装置に通過させるだけでよい。」(同頁左下欄16行〜17行)との記載がある。これらの記載の下では,親出願明細書には,実施例4について,試験溶液の1回の通過で,分析成分,標識抗体および反応体がサンドイッチを形成するようにしてもよいことが示されているということができる。

   (2) 本件発明の構成要素(b)について
       決定は,「親出願の当初明細書の特許請求の範囲第1項および第12項の「連続隔置された所定数の反応帯」が「単一の反応帯」でないことは明らかである。」(決定書6頁19行〜21行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
       本件発明における「単一の反応帯」とは,分析成分を検出するために必要かつ十分な同一種の反応帯のことである。物理的に一つの反応帯である場合はもちろん,同一種であって物理的に二つ以上である反応帯から成る場合をも包含する。
       親出願明細書の請求項1(及び請求項12)の「分析成分もしくはその誘導体と反応して予定生成物を生じうる反応体を所定量不溶化して有する連続隔置された所定数の反応帯」は,物理的には二つ以上の反応帯から成るものである。しかし,その中の一の反応帯に注目すると,それは物理的に一つの反応帯である場合と同様に,分析成分の検出(定性分析)を達成することができる必要かつ十分な同一種の反応帯の構成であるから,本件発明における「単一の反応帯」に当たる。

       親出願明細書の図面には,物理的に幾つかの数の反応帯(図1の16.1,図2の20.1等)を有する検定分析装置が示されている。しかし,この点だけをもって,親出願明細書には,「単一の反応帯」が流路に沿って存在する検定分析装置が図示されていない,と結論付けることはできない。
       親出願明細書の実施例3Aにおいても,「単一の反応帯」が流路に沿って存在する検定分析装置が使用されている。
       本件発明における,「単一の反応帯」とは,要するに,反応体を所定量不溶化して有するもの,すなわち反応体を非拡散的に結合するもののことなのである。
       以上のとおりであるから,親出願明細書には,「単一の反応帯(反応体を非拡散的に結合している)」が流路に沿って存在する液体浸透性固体媒体,すなわち異議決定でいう構成要素(b)に相当する構成が記載されている,というべきである。

   (3) 本件発明の構成要素(c)について
       決定は,親出願明細書には,「「試験溶液の一回の通過」で「分析成分(又はその反応生成物),標識抗体及び固体媒体に結合した反応体」が「サンドイッチを形成」することは記載されていない。」(決定書8頁4行〜6行)と判断した。
       親出願明細書には,実施例4について,「この実施例において,抗原は先ず結合抗体と反応してこの抗体に結合し,予め決定された生成物を形成する。この生成物は該抗原上の抗原決定部へのグルコース酸化酵素抗体結合部の結合により,ひき続く呈色反応で検出される。」(甲第3号証13頁左上欄17行〜右上欄2行)との記載がある。この記載によれば,分析成分である抗原が先ず浸透性固体媒体に結合された反応体(パーオキシダーゼ標識抗体)と反応し,さらにこれに標識抗体(グルコース酸化酵素で標識された抗体)が結合してサンドイッチを形成し,呈色することにより,分析成分が検定される方法の例が記載されているということができる。

       親出願明細書には,「好ましい態様においては,一種の液状物質を1回だけ装置に通過させるだけでよい。」(甲第3号証13頁左下欄16行〜17行),「さらに好ましい態様においては,本発明の装置は反応体および分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の化学成分全てを含むことにより化学的に完成し,このようにすれば,分析に要する操作は液体担体中の分析成分を装置に流すことだけとなる。」(同13頁左下欄20行〜右下欄5行)との記載がある。後者の記載は,親出願明細書も記載された本発明の装置は,分析成分の分析に必要な他の化学成分を液体浸透性固体媒体に含ませること(例えば実施例4におけるグルコース酸化酵素標識抗体のような,分析成分に特異的な標識抗体を該固体媒体に拡散的に結合させること)がより有利である旨をも示すものである。
   (4) 被告は,本件発明の構成要件のすべてが一個所に一固まりとなって親出願明細書に記載されていない限り,本件発明は親出願明細書に記載されていると認定することができない,との考えに立脚しているようである。しかし,そもそも,発明が明細書に記載されているというためには,発明の構成が明細書の記載全体において開示されていれば足り,発明の構成全体が明細書の中の一個所に直接明記されていなければならないというものではない。発明のそれぞれの構成要件が明細書の記載全体において開示されており,それらの構成要件をその発明の趣旨に沿って有機的に結合したときに発明の構成全体が完成するならば,その発明は,その明細書に記載されているものと判断すべきである。明細書中の各記載を有機的に結び付けるという手法を否定し,親出願明細書中のある特定の記載個所において,本件発明の構成全体に相当する構成が直接明記されていないという理由で,親出願明細書には本件発明が記載されていないと結論付けるのは不当である。
   (5) 上に述べたところによれば,親出願の当初明細書には,試験溶液が1回の通過で流路に沿って通過することができ,分析成分,標識抗体,及び固体媒体に結合した反応体が一緒になってサンドイッチを形成するように,使用することができる装置が記載されているということができる。
 2 本件発明と刊行物1記載発明との同一性判断の誤り
   (1) 本件発明1について
       決定は,「本件請求項1に係る発明(判決注・本件発明1)と刊行物1発明との対比・検討」の項目において,「同「ゾーンK」には,標識抗体1,すなわち,「分析成分に特異的である標識抗体であって拡散的に結合した標識抗体」が存在しているといえる。」(甲第1号証11頁26行〜28行),「刊行物1の「分析デバイス」の検出ゾーン(ゾーンV)には,抗体3,すなわち「分析成分と化学成分(抗体2)との反応生成物に特異的に反応する反応体」が,非拡散的に結合している。」(同頁30行〜33行),「したがって,本件請求項1に係る発明は,刊行物1に記載されている発明である。」(同頁38行〜12頁1行),と判断した。しかし,この判断は,誤りである。

       刊行物1の「総括表I:移動相の形の試料または予め希釈した試料を用いる試験アセンブリの例」と題する表には,刊行物1記載の発明に係る分析デバイスとして,相前後して配置されかつ相互に接触状態にある幾つかのシート状ゾーンからなる各種の試験アセンブリが図示されている(刊行物1の8頁参照)。これら試験アセンブリは,本件発明1における「分析成分を含有すると疑われている試験溶液中の分析成分の存在を決定するための装置であって,液流のための流路を規定する液体浸透性固体媒体からなる装置」に該当する。
       特に,総括表Iの下より2段目には,サンドイッチ法を試験原理とする試験アセンブリが図示されている。この試験アセンブリのゾーンIには被分析物を含む液体の試料が適用されること,ゾーンKには標識された受容体1が未結合の状態で位置していること,ゾーンLには受容体2が未結合の状態で位置していること,そしてゾーンV(検出ゾーン)には固相(SPZ)に結合した受容体3が位置していることがそれぞれ図示され,さらに,「Vで検出される複合体」の欄には被分析物が標識された受容体1と結合するとともに,受容体2と結合してサンドイッチ形成し,さらにこの受容体2に対して固相に結合した受容体3が結合して成る複合体が図示されている。

       したがって,総括表Iに示されるサンドイッチ法による試験アセンブリでは,試料(本件発明1の「試験溶液」に相当する。)中の被分析物がゾーンIに適用され,それがゾーンKに移動して拡散的に結合された標識受容体1と結合し,次いでゾーンLに移動して拡散的に結合された受容体2と結合してサンドイッチが形成され,そしてそれがゾーンVに移動し,そこで受容体2と非拡散的に結合された受容体3とが結合することにより,被分析物が検出されるものと理解することができる。
       以上によれば,刊行物1は,総括表Iにおいて被分析物(本件発明の「分析成分」に相当する。)が適用されるゾーンIと,被分析物に特異的である標識された受容体1が拡散的に結合しているゾーンKと,被分析物に特異的である受容体2が拡散的に結合しているゾーンLと,そして受容体2に特異的である受容体3が非拡散的に結合しているゾーンVからなるいわば4ゾーンの装置(試験アセンブリ)を開示しているものと認められる。

      これに対し,本件発明1は,液体浸透性固体媒体の流路に沿って,
     (@)試験溶液の適用をするための部位,
     (A)分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物のいずれかに特異的であって,拡散的に結合している標識抗体,及び
     (B)あらかじめ決められた量の,分析成分又は反応生成物のいずれかに特異的である反応体が非拡散的に結合している単一の反応帯
     からなる,いわば3ゾーンの装置に関する。
       本件発明1の装置において,上記の標識抗体が分析成分に特異的であるときは,その分析成分に特異的である反応体(標識抗体)が非拡散的に結合している単一の反応帯が使用され,また,上記の標識抗体が分析成分と化学成分との反応生成物に特異的であるときは,その反応生成物に特異的である反応体(標識抗体)が非拡散的に結合している単一の反応帯が使用される。

       本件発明1の装置と刊行物1に開示された試験アセンブリとを対比すると,試験アセンブリのゾーンIは本件発明1における「試験溶液の適用をするための部位」に相当し,ゾーンKの標識された受容体1は本件発明1における「標識抗体」に相当する,とみることができる。
       しかし,ゾーンLの受容体2は,被分析物に特異的ではあるものの,拡散的に結合しているものなので,本件発明1における非拡散的に結合された「反応体」に相当するものとはならない。また,ゾーンVは,受容体3が非拡散的に結合してはいるものの,この受容体3は,被分析物に特異的なものではないので(受容体2には特異的である。),本件発明1における「単一の反応帯」に相当するものとはならない。
       本件発明1の装置は,これらの点で刊行物1に開示された試験アセンブリとは明確に異なる。刊行物1に本件発明1の構成に相当する構成が記載されているとすることはできない。

  (2) 本件発明2ないし9について
       決定は,本件発明2ないし9のそれぞれについて,刊行物1発明との対比及び検討を行い,「本件請求項2〜9に係る発明は何れも刊行物1に記載された発明である。」(甲1号証12頁2行〜13頁20行)と判断した。
       しかし,その判断は,上記の,本件発明1は刊行物1に記載されている発明である,という誤った判断を前提としてされたものであって,誤りである。
第4 被告の反論の要点
     決定の認定判断は正当であり,決定に,取消事由となるべき誤りはない。
 1 原告の主張1(分割出願の適法性の判断の誤り)について
     原告が本件発明の構成が親出願明細書に記載されているとの主張の根拠として指摘する記載は,何らそれを裏付けるものではない。
  (1) 本件発明の構成要素(a)について

     ア 親出願明細書の実施例4において,分析成分は,サンドイッチ法の通常の手順におけるのと同じく,標識抗体と反応させられるのに先立って,固体媒体に結合した反応体(いわゆる固相化抗体)と反応させられ,試験溶液の中から反応体に結合されることにより分離,抽出されている。標識抗体は,その後に流され,分析成分−反応体結合物と反応し,三者のサンドイッチを形成している。
         原告は,親出願明細書中の実施例6における記載を根拠に,液体浸透性固体媒体を使用するサンドイッチ法において,標識抗体は,本来,液体浸透性固体媒体に含ませ得る,すなわち,液体浸透性固体媒体に拡散的に結合され得る性質のものである,と主張する。しかし,実施例6は,四つの反応帯を有する分析カラムを使用した競合法による定量分析例である。競合法における,反応体を除く分析成分の定量分析に必要若しくは好ましい他の化学成分すべての中には,サンドイッチ法に必要な「分析成分に特異的である標識抗体」が含まれるはずがない。競合法においては,「他の化学成分」を浸透性固体媒体に含有させた状態で試験溶液を適用しても,それらは試験溶液中の分析成分と結合することはなく,化学成分と分析成分がそれぞれ溶液の移動に伴って固体媒体中を移動していき,反応体が固定されている反応帯で所定の分析物質(分析成分)−反応体,競合物質−反応体の2者の結合が起こる。これに対し,サンドイッチ法では,反応帯で標識抗体−分析物質(分析成分)−反応体という3者のサンドイッチ状態を形成する必要があり,特に標識抗体の結合対象がそれと一緒に固体媒質中を移動する分析物質である点で,上記競合法における「他の化学成分」とは格段の相違がある。両者を同列に論ずることはできない。
     イ 原告は,実施例4において「単一の反応帯」をカラム中に形成する装置が使用されている,と主張するが,誤りである。
         実施例4で引用されている「実施例3」では,パーオキシダーゼで標識された抗体であるIgGが,カラムに複数層に離隔して充填されている装置を使用している(甲第3号証11頁右上欄10行〜左下欄15行。親出願明細書の図1参照)。親出願明細書には,実施例4について,「生じた呈色バンドの数は,抗体層の抗原結合能に応じて,試験溶液中の分析成分(抗原)の量と直接関連する。」(甲第3号証13頁左上欄15行〜17行)と記載されており,同記載は複数の反応帯層の存在を当然の前提としている。

   (2) 本件発明の構成要素(b)について
       原告は,本件発明における「単一の反応帯」は,同一種であって物理的に二つ以上である反応帯をも包含する,と主張するが,誤りである。
       親出願明細書の特許請求の範囲1項および同12項に反応帯の数についてなされている記載は,「連続隔置された所定数の反応帯」だけである。
       上記のとおり「連続隔置された」という記載がある以上,「所定数の反応帯」の数は,当然二つ以上であることになる。「単一の反応帯」とは一つの反応帯のことである。これが親出願明細書の連続隔置された所定数の反応帯に当たらないことは明らかである。
       本件発明の「単一の反応帯」は,同一種であって物理的に二つ以上である反応帯をも包含する,との原告の主張は,その根拠を欠くものである。

   (3) 本件発明の構成要素(c)について
       親出願明細書には,構成要素(c)に相当する構成は示されていない。
       親出願明細書に記載された実施例4は,サンドイッチ法の通常の手順,すなわち,まず,試験サンプルが注入されて反応帯を通過することにより,分析成分と固相化抗体(反応帯の反応体)とが反応し,その後で,標識抗体が溶液の形で流され,既に反応帯上で分析成分−反応体結合物になっている分析成分と反応するものであり,反応帯に対して液体が2回通過するものである。試験溶液の1回の通過で,分析成分(又はその反応生成物),標識抗体及び固体媒体に結合した反応体が一緒になってサンドイッチを形成するものではない。
       原告は,その主張の根拠として,親出願明細書中の,「好ましい態様においては,一種の液状物質を1回だけ装置に通過させるだけでよい。分析成分は分析成分誘導体,発色成分または他の物質と混合し,装置に流して適する試験結果を得ることができる。さらに好ましい態様においては,本発明の装置は反応体および分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の化学成分全てを含むことにより化学的に完成し,このようにすれば,分析に要する操作は液体担体中の分析成分を装置に流すことだけとなる。」(甲第3号証13頁左下欄20行〜右下欄5行)の記載を挙げる。

       しかし,上記記載は,四つの反応帯を有する分析カラムを使用した競合法による定量分析例である実施例6に関するものであり,1回だけ装置に通過させるだけでよい「一種の液状物質」として,「分析成分」を競合法に用いる「分析成分誘導体」と混合したものが記載されているにとどまる。サンドイッチ法に必要な「標識抗体」を分析成分とともに「一種の液状物質」としたもののことは記載されていない。
       原告は,その主張の根拠として,「さらに好ましい態様においては,本発明の装置は反応体および分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の化学成分全てを含むことにより化学的に完成し,このようにすれば,分析に要する操作は液体担体中の分析成分を装置に流すことだけとなる。」(甲第3号証13頁左下欄16行〜右下欄5行)の記載を挙げる。

       しかし,同記載は,サンドイッチ法とは異なる競合法による免疫分析に関する記載である。親出願明細書中に,これを,サンドイッチ法の実施例4と関連付ける記載はない。
   (4) 原告は,発明のそれぞれの構成要件が明細書中に別々に開示されていても,それらの構成要件を有機的に結合したときに発明の構成全体が完成するならば,その発明は,その明細書に記載されているものと判断すべきである,と主張する。しかし,明細書に記載された別々の構成要件を有機的に結合させて別異の発明を新たに完成させても,その発明をもともと明細書に記載にされた発明であるとすることができないことは明らかである。
 2 原告の主張2(本件発明と刊行物1発明との同一性の判断の誤り)について
   (1) 本件発明1について
       原告は,本件発明1は3ゾーンの装置であるのに対し,刊行物1発明は4ゾーンの装置であるから,両発明は異なる,と主張する。

       刊行物1の総括表I記載のサンドイッチ法による試験アセンブリにおいて,「固相ゾーン」に生成する最終的免疫複合体は,標識抗体(抗体1)/被分析物/未結合抗体(抗体2)/固相抗体(抗体3)の4成分からなる4成分複合体であり,抗体(抗体1)/被分析物/固相抗体(抗体2)の3成分複合体とは異なる。この限りでは原告の主張は正しい。しかしながら,本件発明1についての原告の上記主張は誤りである。
       本件発明1の特許請求の範囲には,その装置構成について,「・・・(A)分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物のいずれかに特異的である・・・標識抗体,及び(B)分析成分,又は反応生成物のいずれかに特異的である反応体をその反応帯に非拡散的に結合して持っている液体浸透性固体媒体からなる装置であり;該装置は,・・・分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物が,標識抗体及び,固体媒体に結合した反応体の両方に結合し;それにより,標識抗体及び,固体媒体に結合した反応体は一緒になって,分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物と共にサンドイッチを形成するように,単一の試験溶液を適用部位に接触させることにより使用されることができる,装置。」と記載されている。これによれば,本件発明1は,上記(A)及び(B)のそれぞれで「分析成分」と「分析成分と化学成分との反応生成物」のいずれかを選択することによって成る複数の態様の発明を包含する発明であり,(A)と(B)とで選択するものを異にしたときは,4ゾーンの装置となることが明らかである。本件発明1を3ゾーンの装置に限定する根拠は何ら存在しない。

       決定は,上記のように「又は」で選択肢が連ねられ複数の態様を包含する本件発明1について,(A)で「分析成分」に特異的な標識抗体を選択し,(B)で「分析成分と化学成分(抗体2)との反応生成物」に特異的に反応する反応体を選択した態様を,上記の刊行物1の総括表J記載のサンドイッチの例)と対比した上で,両者は同一であると判断したものであり,その判断に誤りはない。
  (2) 本件発明2ないし9について
       上記のとおり,本件発明1と刊行物1発明との同一性についての判断に誤りはない。本件発明2ないし9と刊行物1発明との同一性についての判断の誤りをいう原告の主張は,この誤りを前提とするものであり,理由がないことが明らかである。
第5 当裁判所の判断
 1 原告の主張1(分割出願の適法性の判断の誤り)について

   (1) 本件発明の構成要素(b)について
       決定は,本件発明の構成要素(b)について,次のとおり判断した。
         「親出願の当初明細書の特許請求の範囲第24〜25項に記載された方法は,
         「(24) 標識分析成分との競合下に反応成分と反応して予定生成物を生成しうる反応体を不溶化して有する流体流れ通路を規定する液体浸透性固体媒体を用意し,
           未知量の分析成分と既知量の標識分析成分を含有する流体を前記流れ通路に流し,そして
           前記流れ通路に沿って,標識分析成分または予定生成物の存在を検出し,それらが検出された流れ通路の長さを流体中の分析成分の量の指標とする,
         工程より成ることを特徴とする分析成分の定量分析法。
         (25) 抗ペニシリンおよび標識ペニシリン抗体を有し,標識ペニシリンと競合的に反応して予定生成物を生成しうる反応体を不溶化して有する流体流れ通路を規定する液体浸透性固体担体を用意し,

           未知量のペニシリンと既知量の標識ペニシリンを含有する流体を前記流れ通路に流し,そして
           前記流れ通路に沿って,標識ペニシリンまたは予定生成物の存在を検出し,
           それらが検出された流れ流路の長さを流体中のペニシリンの量の指標とする,
         工程より成ることを特徴とする流体中のペニシリンの定量分析法。」
         というもので,「検出された流れ流路の長さを流体中の分析成分の量の指標とする」ものであるから,「単一の反応帯」が存在する液体浸透性固体媒体を使用するものである。
           しかしながら,これらの方法は,その記載から明らかなように,いずれも競合法によるものであり,サンドイッチ法によるものではない。同第24〜第25項には「拡散結合した標識抗体」について記載されていない。これらの方法について,これ以外のさらなる記載は,親出願の当初明細書にまったくない。

           また,親出願の当初明細書の特許請求の範囲第1項および第12項の「連続隔置された所定数の反応帯」が「単一の反応帯」でないことは明らかである。
           親出願の図面には,実施例1〜実施例5の,多数の反応帯(図1の16.1,図2の20.1等)を有する検定分析装置が示されており,「単一の反応帯」の検定分析装置は図示されていない。
           親出願の当初明細書の実施例6には,4つの「反応帯」を有する検定分析装置が,実施例7〜8には,3つの「反応帯」を有する検定分析装置が示されており,「単一の反応帯」の検定分析装置は記載されていない。実施例9は実施例3と同様の分析カラムを使用するものであり,「単一の反応帯」の検定分析装置は記載されていない。
           したがって,親出願の当初明細書には,構成要素(b)について記載されているが,この構成要素(b)を,構成要素(a)および構成要素(c)と組み合わせることは,記載されていない。」(決定書5頁27行〜6頁32行)

       原告は,決定の上記判断のうち,「親出願の当初明細書の特許請求の範囲第1項および第12項の「連続隔置された所定数の反応帯」が「単一の反応帯」でないことは明らかである。」(決定書6頁19行〜21行)との部分を取り上げ,これは誤りである,と主張する。
     ア 原告は,本件発明の構成要素(b)(「単一の反応帯(反応体を非拡散的に結合している)」が流路に沿って存在する液体浸透性固体媒体)にいう「単一の反応帯」とは,分析成分を検出するために必要かつ十分な一つの反応帯のことであり,物理的に一つの反応帯である場合に限られず,同一種であって物理的に二つ以上である反応帯から成る場合も包含される,と主張する。
         本件発明におけるを特定するために用いられている「単一の反応帯」という表現は,親出願明細書中にも子出願明細書中にもなく,本件明細書において初めて現われたものである。そして,本件明細書中には,「単一の反応帯」の意味について定義した記載は見当たらない。

         「単一の」が,通常は「ひとつの」を意味するものとして用いられている語であることは明らかである(広辞苑参照)。このような「単一の」の語の持つ一般的な意味に照らすと,別に解釈すべき特別な事情が認められない限り,「単一の反応帯」とは,物理的に1個の反応帯のことである,と解釈するのが合理的である。本件発明における「単一の反応帯」につき,原告の主張するように,分析成分を検出するために必要かつ十分な一の反応帯であり,物理的に二つ以上の反応帯から成るものも包含される,との解釈を採るべき積極的な根拠は,本件明細書を中心に本件全資料を検討しても見いだすことができない。
         本件発明における「単一の反応帯」は,物理的に1個の反応帯のことである,と解釈するのが相当である。
     イ 親出願明細書(甲第3号証)には,特許請求の範囲1項及び12項の反応帯について,「連続隔置された所定数の反応帯」,「検出された反応帯の数によって試験流体中の分析成分量を定量する」(特許請求の範囲1項,12項),「予め定められた数の連続的に隔置された反応帯」(甲第3号証3頁左下欄18行〜19行)等,その個数が複数であることに関する記載はあるものの,その物理的な数が1個であることを示す記載は見当たらない。

         原告は,親出願明細書の実施例3Aにおいて,「単一の反応帯」が流路に沿って存在する検定分析装置が使用されている,と主張する。しかし,実施例3Aについては,「本実施例の装置は試験操作の結果,反応帯のいくつが呈色したかを決めることにより定量する。」(甲第3号証12頁右下欄15行〜17行)との記載があり,これによれば,同実施例においては,複数の個数の反応帯を使用していることが明らかである。原告の主張は採用することができない。
     ウ 以上のとおりであるから,本件発明における1個の反応帯を意味する「単一の反応帯」が親出願明細書の特許請求の範囲第1項及び第12項に記載されていると認めることはできない。他にも,親出願明細書中には,構成要素(b)を,構成要素(a)及び構成要素(c)と組み合わせることについての記載は見当たらない。

         そうである以上,本件出願が不適法な分割出願であるとした決定の判断に誤りがないことは,その余の点について判断するまでもなく,明らかである。
         原告の主張1は理由はない。
   (2) 本件発明の構成要素(a),(c)について
       本件出願が適法な分割出願であるとの原告の主張1に理由がないことは,上に(1)で説示したとおりである。
       念のため,分割出願の適法性についてのその余の原告の主張についても検討する。
     ア 構成要素(a)について
         原告は,親出願明細書中の「さらに好ましい態様においては,本発明の装置は反応体および分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の化学成分全てを含むことにより化学的に完成し,このようにすれば,分析に要する操作は液体担体中の分析成分を装置に流すことだけとなる。」(甲第3号証13頁左下欄20行〜右下欄5行)との記載を挙げ,同記載を根拠に,分析成分(あるいはその反応生成物)に特異的である標識抗体を「液体浸透性固体媒体に拡散的に結合すること」,すなわち構成要素(a)が記載されている,と主張する。

         上記記載は,親出願明細書(甲第3号証)の実施例6の項目中に記載されており,同実施例に関する記載であることが明らかである。そして,実施例6が競合法による定量分析例であることは当事者間に争いがない。そうである以上,上記記載も競合法に関する記載であると解するのが相当である。競合法は,試験液体中の分析成分である抗原と,酵素標識された分析成分(抗原)とを競合させることによって,その分析成分量を求める方式であり,分析成分(抗原)と抗原抗体反応をして抗原抗体複合体を生じ得る抗体は,あらかじめ固体支持体に結合させ,固相の状態(固相化抗体)にしておくものである(乙第1号証)。競合法において,固相化抗体である反応体を除く「分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の成分」(化学成分)は,これを浸透性固体媒体に含有させておいても,これに適用された試験溶液中の分析成分と結合することなく,溶液の移動に伴って固体媒体中を移動し,反応体が固定された反応帯で分析物質−反応体,競合物質−反応体の二者の結合が起こるものである。これに対し,本件発明において,サンドイッチ法に必要な「分析成分に特異的である標識抗体」は,試験溶液中の分析成分と結合し得るものである(乙第1号証参照)。
         以上に述べたところによれば,競合法における「分析成分の定量分析に必要な好ましい他の成分」にサンドイッチ法における「分析成分に特異的である標識抗体」が含まれないことは明らかである。そして,そうだとすると,たとい,親出願明細書に原告主張の記載があるとしても,これをもって,同明細書に本件発明の構成要素(a)に該当する記載があるとする根拠にすることはできないのである。
         原告の主張は採用することができない。
     イ 構成要素(c)について
         原告は,決定が,本件発明の構成要素(c)について,親出願明細書には,「「試験溶液の一回の通過」で「分析成分(又はその反応生成物),標識抗体及び固体媒体に結合した反応体」が「サンドイッチ」を形成」することは記載されていない。」(決定書8頁4行〜6行)と判断したことについて,親出願明細書中の「好ましい態様においては,一種の液状物質を1回だけ装置に通過させるだけでよい」(甲第3号証13頁左下欄16行〜17行。以下「記載A」という。),「さらに好ましい態様においては,本発明の装置は反応体および分析成分の定量分析に必要もしくは好ましい他の化学成分全てを含むことにより化学的に完成し,このようにすれば,分析に要する操作は液体担体中の分析成分を装置に流すことだけとなる。」(同13頁左下欄20行〜右下欄5行。以下「記載B」という。)を挙げ,これらの記載を根拠に,試験溶液を1回だけ流路に沿って通過させるだけで,分析成分,標識抗体,及び固体媒体に結合した反応体が一緒になってサンドイッチを形成するように,使用することができる装置が記載されている,と主張する。

         上記記載は,親出願明細書(甲第3号証)の実施例6の項目中に記載されており,同実施例に関する記載であることが明らかである。そして,実施例6が競合法による定量分析例であることは当事者間に争いがない。そうである以上,上記記載も競合法に関する記載であると解するのが相当である。
         記載Aは,これに続けて「分析成分は分析成分誘導体,発色成分または他の物質と混合し,装置に流して適する試験結果を得ることができる。」(甲第3号証13頁左下欄17行〜20行)との記載がなされている。これらの記載によれば,親出願明細書には,1回だけ装置に通過させるだけでよい一種の液状物質として,「分析成分」を,競合法において用いる「分析成分誘導体」と混合したものが記載されているということはできるものの,これらの記載があるからといって,本件発明のサンドイッチ法に必要な「標識抗体」を分析成分と混合して一種の液状物質とすることまでが記載されているとすることは,できない。

         記載Bに示された態様の好ましい実施例として親出願明細書に挙げられている実施例7ないし9は,いずれも実施例6と同じ競合法による定量分析装置である(甲第3号証)。
         以上のとおりであるから,記載A及びBを根拠に,親出願明細書に,試験溶液を1回だけ流路に沿って通過させることにより,分析成分,標識抗体,及び固体媒体に結合した反応体が一緒になってサンドイッチを形成するように,使用することができる装置が記載されている,と認めることはできない。
         原告の主張は採用することができない。
   (3) 原告は,発明の構成全体が明細書の中の一個所に直接明記されていなくとも,発明のそれぞれの構成要件が明細書の記載全体において開示されており,それらの構成要件をその発明の趣旨に沿って有機的に結合したときに発明の構成全体が完成するならば,その発明は,その明細書に記載されているものと判断すべきである,と主張する。しかしながら,原告は,本件発明の構成要素(a)ないし(c)に相当する記載が,それぞれ,本件明細書中の異なる個所に別々に記載されていることを指摘するにとどまり,これら異なる個所に別々に記載された各構成要素を有機的に結合することが同明細書中に記載されている,あるいは,記載されていなくとも記載されていると同視し得る事情があることについては,何らの具体的な主張もしていない。原告の主張は,そもそも失当であるというほかない。

   (4) 以上のとおりであるから,原告の主張1は,理由がない。
 2 原告の主張2(本件発明と刊行物1発明との同一性の判断の誤り)について
   (1) 本件発明1について
       原告は,本件発明1が三つの領域を有する装置に関するものであるのに対し,決定が本件発明と対比判断した刊行物1の総括表Iの7行目のサンドイッチ法を試験原理とする装置は,四つの領域を有する装置であるから,両発明は異なる,と主張する。
       刊行物1(甲第4号証)の総括表Jの7行目のサンドイッチ法を試験原理とする装置は,@被分析物(本件発明の「分析成分」に相当する。)が適用されるゾーンIと,A被分析物に特異的である標識された標準抗体1が拡散的に結合しているゾーンKと,B被分析物に特異的である抗体2が拡散的に結合しているゾーンLと,C被分析物と抗体2との結合体に特異的である抗体3が非拡散的に結合しているゾーンVからなるいわば4ゾーンの装置(試験アセンブリ)であると認められる。

       本件発明1の特許請求の範囲は,
     「1.分析成分を含有すると疑われている試験溶液中の分析成分の存在を決定するための装置であって;液流のための流路を規定する液体浸透性固体媒体であって,該流路に沿って,
       (@)試験溶液の適用をするための部位,
       (A)分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物のいずれかに特異的である標識抗体であって拡散的に結合した標識抗体,及び
       (B)流路に沿って適用部位から隔離して配置された単一の反応帯が存在し,該反応帯は,予め決められた量の,分析成分又は反応生成物のいずれかに特異的である反応体をその反応帯に非拡散的に結合して持っている液体浸透性固体媒体からなる装置であり;
           該装置は,試験溶液が一回の通過で毛細管流により流路に沿って通過でき,分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物が,標識抗体及び,固体媒体に結合した反応体の両方に結合し;それにより,標識抗体及び,固体媒体に結合した反応体は一緒になって,分析成分,又は分析成分と化学成分との反応生成物と共にサンドイッチを形成するように,単一の試験溶液を適用部位に接触させることにより使用されることができる,装置。」

     というものである。
       上記特許請求の範囲中の(A)及び(B)のいずれにおいても,「分析成分」と「分析成分と化学成分との反応生成物」とが選択的なものとして規定されている。
       本件発明1において,(A)及び(B)のいずれにおいても「分析成分」を選択した場合には,本件発明1は,@試験溶液が適用される領域と,A標識抗体が拡散的に結合した領域と,B反応体が非拡散的に結合した領域(反応帯)の三つの領域を有する装置であるということができる。
       これに対し,本件発明1において,(A)で「分析成分」を,(B)で「分析成分と化学成分との反応生成物」を選択した場合の装置は,刊行物1(甲第4号証)の総括表Jの7行目のサンドイッチ法を試験原理とする装置と同一であることが明らかである。すなわち,本件発明1において(B)で「分析成分と化学成分との反応生成物」を選択する限り,その前提として,「分析成分」との間で反応生成物を生成する「化学成分」を適用される領域」が必須となり,この領域は,刊行物Jの四つの領域のうち,Bの被分析物に特異的である抗体2が拡散的に結合しているゾーンLに当たるものということができる。

       刊行物1における「抗体2」を,本件発明1における「化学成分」から除外すべき理由は,見当たらない。すなわち,本件発明1における化学成分は,分析成分との間で反応生成物を形成し,分析の対象となるものであることは特許請求の範囲の記載から明らかである。本件明細書(甲第2号証)には,「以上の説明では,反応体との分析成分または分析成分誘導体の例を挙げたが,この関係は反応体と分析成分が,抗体と抗原,または抗原と抗体の関係にある場合も同様である。」(3頁6欄4行〜7行)との記載がある。同記載によれば,「抗体」が「分析成分」になり得る化学物質であることは明らかである。「抗体」であるからといって,分析成分と反応して反応生成物を形成する本件発明1の「化学成分」から除外されるべき理由はない。
       ゾーンL以外の三つの領域においても両発明が一致することは明らかである。

       原告の主張は採用することができない。
   (2) 本件発明2ないし9について
       本件発明1と刊行物1発明との同一性の判断に誤りがないことは(1)に述べたとおりであるから,上記判断が誤りであることを前提とする本件発明2ないし9と刊行物1発明との同一性の判断の誤りの主張も,理由がないことが明らかである。
第6 結論
     以上のとおりであるから,原告の主張1,2はいずれも理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。
     よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第6民事部
     
             裁判長裁判官  山  下  和  明

               
               
                   裁判官  設  樂  隆  一
                     
                     
                   裁判官  阿  部  正  幸