H15. 9. 3 東京高裁 平成15(行ケ)65 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第65号 審決取消請求事件(平成15年8月25日口頭弁論終結)
             判    決
          原      告   未来工業株式会社
          訴訟代理人弁理士   樋 口 武 尚
                 被      告   日動電工株式会社
                 訴訟代理人弁護士   上 原 健 嗣
                 同          上 原 理 子
                 同    弁理士   鈴 江 正 二
                 同          木 村 俊 之

          同          鈴 江 孝 一
             主    文
         原告の請求を棄却する。
         訴訟費用は原告の負担とする。
             事実及び理由
   第1 請求
      特許庁が無効2002−35244号事件について平成15年1月22  日にした審決を取り消す。 
   第2 当事者間に争いのない事実
    1 特許庁における手続の経緯
        原告は,名称を「コンクリート埋設物」とする特許第2567807号発明(以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は,昭和59年1月17日に出願された特願昭59−6833号(以下「親出願」という。)の特許出願の一部を平成元年11月24日に特願平1−306218号(以下「子出願」という。)として分割し,さらに,子出願の一部を平成5年10月29日に特願平5−271610号として分割した特許出願(以下「本件特許出願」といい,「孫出願」ともいう。)に係り,平成8年10月3日に設定登録されたものである。

        本件特許については,平成12年10月30日に被告から請求された無効審判(無効2000−35598号事件,以下「第1次無効審判」という。)において,平成13年2月5日付けで発明の詳細な説明の記載及び図面につき訂正請求がされた後,同年8月31日に「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「第1次審決」という。)がされ,同審決は確定した。
        被告は,平成14年6月11日,原告を被請求人として,本件特許について無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2002−35244号事件(以下「本件無効審判」という。)として審理した上,平成15年1月22日に「特許第2567807号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年2月3日,原告に送達された。

    2 平成7年7月10日付け手続補正書により補正された本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載
       【請求項1】手による三次元方向に自在に折り曲げが可能で,かつ曲げられた状態で型枠に埋設物本体の開口部を押圧できる突張り強度を有し,コンクリート壁の支骨をなす鉄筋に架設される線状の複数の支持部材の各々を,鉄筋に対し埋設物本体を任意の位置に設置するのに十分な長さの自由端を残して,埋設物本体の外方に突出するように埋設物本体の開口部の反対側に,線状又は複数の点状に固着して成ることを特徴とするコンクリート埋設物。
       【請求項2】埋設物本体がボックスであり,手による三次元方向に自在に折り曲げが可能で,かつ曲げられた状態で型枠にボックスの開口部を押圧できる突張り強度を有し,コンクリート壁の支骨をなす鉄筋に架設される線状の複数の支持部材の各々を,鉄筋に対しボックスを任意の位置に設置するのに十分な長さの自由端を残して,ボックスの外方に突出するようにボックスの底壁に切り起こされた複数の突起でかしめて固着して成ることを特徴とする請求項1記載のコンクリート埋設物。

    (以下,請求項1,2に係る発明を「本件発明1,2」という。)
    3 本件審決の理由
      本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,(1) 子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書による補正により,親出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内でないものとなり,子出願が親出願から適法に分割されたものではないこととなって,子出願の出願日は,現実に出願された平成元年11月24日となるべきところ,上記補正は,同時に,親出願の当初明細書等の要旨を変更するものであるから,特許法40条(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下「特許法旧40条」という。)により,子出願の出願日は,上記手続補正書の提出日である平成5年10月29日とみなされる,(2) 子出願については,平成8年9月19日,上記補正後の特許請求の範囲の請求項1,2に記載された発明につき特許第2562698号として登録がされた後,被告から請求された無効審判(無効2000−35610号事件)において,平成13年8月31日,子出願に係る分割の不適法を前提として,上記各発明が特許法29条2項に該当するとしてその発明に係る特許を無効とする旨の審決(以下「子出願に係る無効審決」という。)がされ,同審決は確定したので,子出願の出願日が親出願の出願日まで遡及する余地はなくなった,(3) 一方,本件特許出願は,子出願から適法に分割されたものであり,その出願日は,子出願の出願日と同じ平成5年10月29日となる,とした上,本件発明1,2は,親出願の当初明細書等の公開特許公報である特開昭60−152747号公報に記載された発明であるから,本件特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号に該当し,無効にすべきものであるとした。
   第3 原告主張の審決取消事由
      本件審決は,子出願に係る分割不適法の効果は孫出願である本件特許出願には及ばないのに,これが及ぶとして,本件特許出願の出願日が親出願の出願日まで遡及することを否定し,もって分割要件の判断を誤り(取消事由1),また,本件無効審判は,第1次無効審判と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判請求として,特許法167条所定の一事不再理に該当する(取消事由2)から,違法として取り消されるべきである。

    1 取消事由1(分割要件の判断の誤り)
      子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定した後に,特許法旧40条の規定により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたものであり,分割の不適法が問われたものではないから,適法に分割されて確定した他の権利である孫出願には分割不適法の効果は及ばないのに,本件審決は,これが及ぶとして,孫出願に当たる本件特許出願の出願日が子出願の出願日と同日になるとしたものであって,分割要件の判断の誤りがある。すなわち,子出願の出願日は,特許法旧40条の規定により,平成5年10月29日付け手続補正書が提出された日に確定されたものの,同手続補正書が提出されるまで適法に手続がされたものであるから,それより前の同年3月19日付け手続補正書に記載の実体的分割要件で,分割の時期的制限から同年10月29日に適法に分割出願された権利にまで,分割不適法の効果が及ぶものではない。特許法旧40条の規定は,子出願に係る特許権の設定登録後に,その成立過程の手続補正書に要旨変更が存在した場合に適用されるものであり,特許庁に係属されている間に適法に分割されたと認定された他の確定した権利にまで,拡大して適用すべき根拠はない。同年10月29日に分割した孫出願は,特許法44条1項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下「特許法旧44条1項」という。)所定の「願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内」という時期的制限を受けて,平成5年3月19日付け手続補正書の内容を基に分割出願した他の権利であり,孫出願が子出願から適法に分割されていることは,本件審決も認定するところである。本件特許出願に適用される昭和58年5月特許庁作成に係る審査基準においても,原出願が取り下げられ又は放棄された日と同日に出願された分割出願は適法であり,ただ,原出願が取り下げられ,放棄され又は無効とされた場合に,これらの行為がされた時点での原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一であるときには,分割出願は適法でないものとするとされており,子出願に係る権利が確定した後に無効になったからといって,孫出願までが無効になるものではないことは,特許庁における運用である。

      そうすると,子出願に係る無効審決が確定しても,それは子出願に係る当該特許権にのみ適用され,これが初めから存在しなかったとみなされるだけであって,子出願の事実自体がなくなるものではなく,子出願の一部を分割した孫出願(本件特許出願)の出願日は,親出願の出願日まで遡及するものというべきである。したがって,本件審決は,分割要件の判断を誤ったものであり,本件特許には分割不適法を前提とする無効理由は存在しない。
    2 取消事由2(一事不再理の違反)
      被告は,第1次無効審判においても,本件特許出願は適法な分割出願ではない旨主張していたところ,第1次審決は,子出願から孫出願への分割は適法であると認めており,本件審決も,同様に,子出願から孫出願への分割は適法であると認めているから,その事実関係からすれば,本件審決は,第1次審決と結論が同じになるべきものである。特に,被告(請求人)は,特許法旧40条により要旨変更と認定された平成5年10月29日付け手続補正書の存在で,それより前の実体的分割要件を満たすものまで分割不適法の効果が及ぶという論拠を何ら示していない。また,本件特許に関しては,上記第2の1のとおり,昭和59年1月17日に出願された親出願の特許出願の一部を平成元年11月24日に子出願として分割し、子出願の一部を平成5年10月29日に孫出願として分割して本件特許出願としたほか、孫出願の一部を平成7年7月10日に特願平7−173552号(以下「曾孫出願」という。)として分割し、さらに,曾孫出願の一部を平成8年4月8日に特願平8−85107号(以下「玄孫出願」という。)として分割した経緯がある。したがって,孫出願に係る第1次無効審判において,被告(請求人)から分割不適法の主張があれば,子出願に係る無効審判請求事件と同一の審判体としては,職権で,親出願,子出願,孫出願,曾孫出願及び玄孫出願の分割の適否を検討することは当然のことであり,かつ,被告(請求人)の分割不適法の主張は,上記のとおり,その論拠が示されていないものであるから,本件無効審判は,第1次無効審判と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判請求として,特許法167条所定の一事不再理に該当する。
   第4 被告の反論
      本件審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
    1 取消事由1(分割要件の判断の誤り)について 
      特許法44条2項本文は,特許出願の分割出願が同条1項の分割要件を満たしている場合には,その効果として,分割に係る新たな特許出願はもとの特許出願の時にしたものとみなすと規定しているが,これは,特許出願の分割制度が,特許出願人に対し,二以上の発明を包含する特許出願の一部を分割して新たな特許として出願する機会を与え,この新たな特許出願が分割出願として分割要件を具備して適法となる場合には,分割出願に出願日遡及の効果を与えたものである。また,原出願も分割出願であって,分割要件を満たして分割が適法に行われた場合には,原出願も原々出願の出願日まで遡及する利益を享受する結果,最後の分割出願が親出願の出願日に遡って出願したものとみなされるのであって,最後の分割出願の出願日が原出願と無関係に当然に親出願の出願日まで遡及するものではない。いずれかの分割の段階で,分割要件を満たすことができず,不適法な分割が行われた場合には,その段階で出願日の遡及が切断され,分割出願された特許の出願日が親出願の出願日まで遡及するという利益を享受することができなくなるのであり,このように不適法に分割された特許出願を保護する必要はない。さらに,原出願の内容と分割出願の内容とは相互に関連性を有するものであり,特許出願の明細書又は図面について適法な補正がされた場合には,出願当初に遡及して補正後の内容であるとみなされるのであるから,補正によって分割要件を充足しなくなるなど,分割要件の適法性がそれぞれの出願についての補正の内容いかんによって影響を受けるのは当然である。本件のように,親出願,子出願,孫出願,曾孫出願,玄孫出願と順次分割がされた場合において,子出願から孫出願への分割が分割要件を充足していたとしても,子出願についての補正の有無,内容いかんにより,親出願から子出願への分割が分割要件を具備するか否かの帰すうが変動し,そのために子出願の出願日が変動し,さらに,孫出願の出願日が変動するような事態が生ずることもやむを得ないものである。

      したがって,子出願から孫出願の分割と同時にされた子出願についての補正が親出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものではない以上,子出願が親出願に対して不適法な分割であることは明らかであり,子出願の出願日は,親出願の出願日である昭和59年1月17日には遡及せず,手続補正書が提出された平成5年10月29日であるとし,孫出願に係る本件特許の出願日も,同日までしか遡及しないとした本件審決の判断に誤りはない。
    2 取消事由2(一事不再理の違反)について
      第1次無効審判と本件無効審判は,いずれも分割不適法を無効理由として主張しているものではあるが,その理由とするところは全く異にしている。すなわち,@子出願に係る特許(特許第2562698号),A孫出願に係る本件特許(特許第2567807号),B玄孫出願に係る特許(特許第2838511号)について,3件の無効審判請求事件が特許庁に係属し,平成13年8月3日に,@については無効審決が,A及びBについては無効不成立の審決がされた。@の無効審決は,子出願への分割が分割要件を満たしていないことを理由として,子出願が分割不適法により出願日の遡及が切断される結果,子出願に係る特許が特許法29条2項に違反するとしたものであり,原告(被請求人)から審決取消訴訟の提起がなく,上記無効審決が確定し,子出願に係る特許権は遡及的に消滅した。一方,Aの無効審判(第1次無効審判)及びBの無効審判においては,被告(請求人)において,孫出願及び玄孫出願に係る発明のそれぞれが親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないことを理由として孫出願に分割要件違反があることは主張していたものの,子出願についての補正の点に関する分割不適法事由は主張しておらず,審決も,その点の判断はしていない。同一審判体としては,A及びBの無効審判請求事件において,請求人(被告)が主張していない当該分割不適法事由を進んで職権で取り上げて判断することも可能ではあったが,@の無効審判において無効と認定した子出願に係る特許については,原告が,当時,その無効審決に対して審決取消訴訟を提起した上で,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判の請求をし,子出願の明細書を訂正することによって特許が無効となることを回避する余地があり,このような場合には,A及びBの無効審判請求事件において,請求人(被告)が上記無効事由を主張していないにもかかわらず,進んでこれを職権で取り上げ,このことを理由に孫出願及び玄孫出願に係る各特許の無効審決をすることは差し控えるのが相当であると判断したものと推測され,このような措置はやむを得なかったものということができる。

      原告は,特許庁は,分割不適法の主張があれば職権で親出願,子出願,孫出願,曾孫出願及び玄孫出願の分割の適否を検討することは当然であり,上記審決において子出願にかかる特許は無効としたが,孫出願及び玄孫出願の分割出願を適法としたことからも,孫出願に係る本件特許が適法に分割されたものであることが裏付けられる旨主張する。しかしながら,孫出願に係る本件特許についての第1次審決は,被告(請求人)の主張した無効理由に基づく審判請求は成り立たないとするだけであって,本件特許が他に何らの不適法事由もないことまで確定するものではない。無効審判においては,原則として,無効理由として主張された事項のみを取り上げて判断するにすぎず,それ以外の無効理由の有無を職権で取り上げて検討するものではない。
   第5 当裁判所の判断
    1 取消事由1(分割要件の判断の誤り)について
     (1) 上記第2の1の当事者間に争いのない事実と証拠(甲1〜4,9〜17)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の分割出願等に関する経緯について,以下の事実が認められる。
      ア 原告は,昭和59年1月17日,名称を「コンクリート埋設物の架設具および架設具を有するコンクリート埋設物」とする発明について,親出願として特許出願(特願昭59−6833号,甲9)をし,拒絶理由通知を受け,平成元年11月24日,手続補正書を提出するとともに,親出願の一部を分割した子出願として,発明の名称を「コンクリート埋設物」とする特許出願(特願平1−306218号)をし,平成5年7月28日,親出願に係る特許権の設定登録がされた。

         イ 子出願については,原告は,拒絶理由通知を受け,平成5年3月19日付け手続補正書(甲16)により特許請求の範囲の補正をしたが,拒絶査定を経て,これに対する不服審判の請求をし,同年10月29日付けで,手続補正書(甲17)を提出するとともに,子出願の一部を分割した孫出願として,発明の名称を「コンクリート埋設物」とする本件特許出願(特願平5−271610号,甲11)をした。同年10月29日付け手続補正書は,子出願の発明の名称を「コンクリート埋設物の固定方法及び埋設方法」とし,特許請求の範囲の記載中の「線状の支持部材」との構成を「支持部材」と補正するものであって,これにより,子出願に係る特許請求の範囲の「支持部材」は「線状」でないものも含むこととなったが,そのような事項は,親出願の当初明細書等に記載はなく,子出願の当初明細書等にも記載がない。
         ウ 子出願は,平成8年6月17日,原査定取消,特許査定の審決がされ,同年9月19日,上記平成5年10月29日付け補正の内容により特許権(特許2562698号)の設定登録がされた。孫出願については,原告は,拒絶理由通知を受け,平成7年7月10日付け手続補正書による補正をするとともに,孫出願の一部を分割した曾孫出願として,特許出願(特願平7−173552号)をした。上記補正後の孫出願について,原告は,拒絶査定を受け,これに対する不服審判の請求をし,平成8年6月27日,原査定取消,特許査定の審決がされ,同年10月3日,その特許権(特許第2567807号)の設定登録がされた。孫出願に係る分割出願時の明細書の特許請求の範囲の請求項1,2項は,分割直前の子出願の明細書,すなわち,上記平成5年10月29日付け手続補正書(甲17)による補正前の子出願の明細書の特許請求の範囲の請求項1,2項の記載と全く同一であり,発明の詳細な説明及び図面も実質的に同一であった。原告は,曾孫出願については,平成8年4月8日,曾孫出願の一部を分割した玄孫出願として,発明の名称を「コンクリート埋設物」とする特許出願(特願平8−85107号)をし,平成10年10月16日,玄孫出願に係る特許権(特許2838511号)の設定登録がされた。
         エ 被告は,平成12年中に,原告を被請求人として,子出願に係る特許,孫出願に係る本件特許及び玄孫出願に係る特許について無効審判の請求をし,それぞれ無効2000−35610号事件,無効2000−35598号事件(第1次無効審判)及び無効2000−35604号事件として特許庁に係属した。特許庁は,平成13年8月31日,同一審判体により,子出願に係る無効審判については,子出願に係る特許を無効とする審決を,孫出願に係る本件特許及び玄孫出願に係る特許の無効審判については,いずれも無効不成立の審決(第1次審決,甲12)をした。被告は,本件特許の無効不成立審決について審決取消訴訟(当庁平成13年(行ケ)第452号事件)を提起したが,平成14年8月31日,訴えを取り下げた。

         オ 子出願に係る無効審決については,原告(被請求人)から審決取消訴訟の提起がなく確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったものとみなされた。一方,被告は,平成14年中に,孫出願に係る本件特許及び玄孫出願に係る特許について,再度,無効審判の請求をし,それぞれ無効2002−35244号事件(本件無効審判)及び無効2002−35245号事件として特許庁に係属した。特許庁は,平成15年1月22日,孫出願に係る本件特許及び玄孫出願に係る特許を無効とする審決(本件審決)をした。
       (2) 特許出願の分割について定めた特許法旧44条1項は,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる」と規定していたから,分割出願が適法であるための実体的な要件としては,もとの出願の明細書又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書又は図面に記載された発明の一部であることが必要である。さらに,分割出願が原出願の時にしたものとみなされるという効果を有する(同法44条2項本文)ことからすれば,新たな出願に係る発明は,分割直前のもとの出願の明細書又は図面に記載されているだけでは足りず,もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要すると解される。また,分割出願として孫出願が可能か否かについての明文の規定はないが,「二以上の発明を包含する特許出願」(親出願)に対して分割要件を満たす「新たな特許出願」(子出願)をし,さらに,「二以上の発明を包含する特許出願」(子出願)に対して分割要件を満たす「新たな特許出願」(孫出願)をすることを妨げる理由はないから,子出願及び孫出願の両者が分割要件を満たす場合には,孫出願の出願日を親出願の出願日に遡及させることを定めていたものと解するのが相当である。したがって,孫出願の出願日が親出願の出願日まで遡及するためには,子出願が親出願に対し分割の要件を満たし,孫出願が子出願に対し分割の要件を満たし,かつ,孫出願に係る発明が親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであることを要するというべきである。
         本件において,本件特許出願(孫出願)は,親出願からの分割出願である子出願を更に分割出願したものであるから,孫出願(本件特許出願)及び子出願の各分割出願がそれぞれ特許法旧44条1項の分割要件を満たし,かつ,本件発明1,2が親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には,本件発明1,2の出願日は,親出願の出願日まで遡及することになる。しかしながら,子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書(甲17)により補正され,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなり,いったん特許権の設定登録がされた後,当該補正がされた発明のまま,その無効審決が確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったものとみなされた。したがって,当該補正がされた発明はもはや訂正される余地はなく,子出願に係る発明は,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなったから,子出願が分割の実体的要件を満たさないことは明らかである。そうすると,孫出願の分割の適否を検討するまでもなく,孫出願である本件特許出願の出願日が親出願の出願日まで遡及する余地はないというべきである。

       (3) 原告は,子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定した後に,特許法旧40条の規定により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたものであり,分割の不適法が問われたものではないから,適法に分割されて確定した他の権利である孫出願には分割不適法の効果は及ばない,すなわち,子出願の出願日は,特許法旧40条の規定により,平成5年10月29日付け手続補正書(甲17)が提出された日に確定されたものの,同手続補正書が提出されるまで適法に手続がされたものであるから,それより前の同年3月19日付け手続補正書(甲16)に記載の実体的分割要件で,分割の時期的制限から同年10月29日に適法に分割出願された権利にまで,分割不適法の効果が及ぶものではないと主張する。
         しかしながら,親出願,子出願及び孫出願は,それぞれ別個の出願手続であり,特許要件の具備の有無は別個独立に審査されるものであっても,孫出願の出願日の遡及の利益の享受は,飽くまで子出願の出願日の利益の享受であって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われることを前提とするものであり,孫出願の出願日が子出願と無関係に本来の分割可能な時期から離れて無限定に親出願の出願日まで遡及するものではない。子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書(甲17)により補正されたが,親出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものでないこととなったから,上記補正は,本来,不適法なものとして却下されるべきものであったが,却下されることなく,当該補正がされた発明のまま,いったん特許権の設定登録がされた後,その無効審決が確定し,子出願に係る特許権が初めから存在しなかったものとみなされたことは上記のとおりであって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われたものでないことは明らかである。

       (4) 原告は,子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定した後に,特許法旧40条の規定により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたと主張するが,同規定の適用は,上記補正後の子出願に係る発明が,子出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなったから,出願日が補正書提出の日である平成5年10月29日とみなされることをいうためであって,このことと,子出願が親出願に対して分割の要件を満たさないこととは別異の事項である。
         原告は,また,孫出願は,特許法旧44条1項所定の「願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内」という時期的制限を受けて,同年3月19日付け手続補正書の内容を基に分割出願した他の権利であり,孫出願が子出願から適法に分割されていることは,本件審決も認定するところであると主張するが,特許法44条2項本文に,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす」と規定されているように,分割出願による遡及の利益の享受は,出願日が,「もとの特許出願」の出願日に遡及するというものであり,孫出願を「新たな特許出願」とすると,「もとの特許出願」とは子出願であるから,孫出願は,適法に分割された場合であっても,子出願の出願日に遡及するにすぎない。

     (5) 原告は,さらに,本件特許出願に適用される昭和58年5月特許庁作成に係る審査基準においても,原出願が取り下げられ又は放棄された日と同日に出願された分割出願は適法であり,ただ,原出願が取り下げられ,放棄され又は無効とされた場合に,これらの行為がされた時点での原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一であるときには,分割出願は適法でないものとするとされており,子出願に係る権利が確定した後に無効になったからといって,孫出願までが無効になるものではないことは,特許庁における運用であると主張する。しかしながら,子出願は,上記のとおり,特許法旧40条により,手続補正書の提出日が出願日とみなされたものであって,子出願が取り下げられ,又は放棄されたとみなされたものではないし,子出願が無効になったから孫出願が無効であるとの判断をしているものでもないことは明らかである。原告の上記主張は,本件審決を正解しないでこれを論難するものにすぎず,採用の限りではない。
       (6) 以上のとおりであるから,原告の取消事由1の主張は採用することができない。
    2 取消事由2(一事不再理の違反)について
     (1) 原告は,本件無効審判が,第1次無効審判と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判請求として,特許法167条所定の一事不再理に該当すると主張し,その前提として,被告が,第1次無効審判においても,本件特許出願は適法な分割出願ではない旨主張していたという。しかしながら,第1次無効審判と本件無効審判は,いずれも分割不適法事由を主張しているものではあるが,その理由とするところは両者で全く異なり,孫出願及び玄孫出願に係る第1次無効審判では,孫出願及び玄孫出願に係る発明のそれぞれが親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないことを理由として分割要件違反があることは主張していたものの,本件無効審判におけるような,子出願についての補正により生じた分割不適法事由は主張しておらず,第1次審決においても,その点の判断はされていない。したがって,原告の上記主張は,前提において失当である。

     (2) 原告は,孫出願に係る第1次無効審判においては,被告(請求人)から分割不適法の主張があれば,同一審判体としては,職権で,親出願,子出願,孫出願,曾孫出願及び玄孫出願の分割の適否を検討することは当然のことであると主張する。しかしながら,孫出願に係る本件特許及び玄孫出願に係る特許についての無効不成立の審決(第1次審決)は,被告の主張した無効理由に基づく審判請求は成り立たないとするだけであって,更に進んで,上記各特許が他に何らの不適法事由もないこと,適法に分割されていることまでも確定するものではない。また,孫出願に係る第1次審決は,子出願に係る無効審決と同日にされたものであり,この時点では,審決取消訴訟の提起により上記無効審決が取り消される可能性,若しくは,訂正審判の請求により子出願の分割不適法事由が解消される可能性も残されていたのであるから,第1次審決が,子出願に係る無効審判請求事件と同一の審判体のしたものであっても,補正に伴う子出願の分割不適法についての判断を示さなかったことをとらえて,違法,不当な措置であるということはできない。
     (3) そうすると,原告の取消事由2の主張も理由がない。
    3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審 決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
       よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり 判決する。
   
        東京高等裁判所第13民事部
   
            裁判長裁判官     篠  原  勝  美
   
   
                       裁判官     岡  本     岳
   
   
                       裁判官     早  田  尚  貴