H15. 6.30 東京高裁 平成14(行ケ)626 意匠権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第626号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成15年4月28日
                       判        決
             原     告    マサル工業株式会社
             同訴訟代理人弁護士    卜 部 忠 史
             同                    中 島 雪 枝
             同訴訟代理人弁理士    中 畑   孝
             被          告     特許庁長官  太田信一郎
             同指定代理人          岩 井 芳 紀
             同          藤   正 明
             同                    涌 井 幸 一
                       主        文

     1 特許庁が不服2001−3328号事件について平成14年11月6日にした審決を取り消す。
         2 訴訟費用は被告の負担とする。
                   事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
     主文と同旨
 2 被告
   (1) 原告の請求を棄却する。
   (2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いがない事実等(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない事実である。)
1 特許庁における手続の経緯
  (1) 原告は,平成11年12月24日,意匠に係る物品を「配線用保護カバー」とする意匠(別紙1参照)について,意匠登録の出願(平成11年意匠登録願第35813号。以下「本件出願」といい,同出願に係る上記意匠を「本願意匠」という。)をした。
  (2) 特許庁は,平成13年1月25日,本件出願につき,拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)をし,その謄本は同年2月5日に原告に送達された。原告は,本件拒絶査定を不服として,同年3月6日,特許庁に審判の請求をした。

  (3) 特許庁は,原告の審判請求を不服2001−3328号事件として審理を行い,平成14年11月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月19日に原告に送達された。
 2 本件審決の理由は,要するに,本願意匠は,1994年(平成6年)9月14日に独立行政法人工業所有権総合情報館(旧特許庁総合情報館)が受け入れた外国カタログ「Sweet's General Building  & Renovation」,第A−303頁所載,特許庁意匠課公知資料番号第HB08015429号の「配線用保護ダクト」の意匠(別紙2参照。以下「引用意匠」という。)に類似すると認められるから,意匠法3条1項3号に該当し,同条柱書の規定により意匠登録を受けることができないというものである。
    本件審決は,本願意匠と引用意匠の対比において,本願意匠に係る物品(以下「本件物品」という。)が引用意匠に係る物品と一致すること,両意匠の形態が次の(共通点)@,A記載の点で共通し,(相違点)@ないしD記載の点で相違することを認定しており,この事実は,「目地部」が共通であるとの点及び引用意匠が屈折片を有しているとの点を除いて,当事者間に争いがない。

  (共通点)
   @ リップ状にせり出す係合片を開口部に設けたチャネル材状ベースと,台形の傘状に屈曲するカバーとを着脱自在に嵌合させた断面視左右対称形の扁平な多角形状ダクトであって,ダクト側面の中央付近にカバーとベースが接する目地部を配置し,カバー裏面の入り隅部と係合片の先端部に嵌合構造を形成した全体の基本構成(以下「共通点@」という。)。
   A ダクト外周面の態様について,上面と底面を幅広の水平面とし,側面の目地部直下に対向する垂直面を形成し,目地部から上面に至る部分をカバーの側面から成る傾斜面とし,ベースの底部両隅に面取りを施している点(以下「共通点A」という。)。
   (相違点)
   @ ダクト側面の目地部の外観について,本願意匠においては,線状であるのに対し,引用意匠においては,細溝状である点。

  A カバー上面の態様について,本願意匠においては,上面の両側に長手方向に続く平行な細溝を2本ずつ形成しているのに対し,引用意匠においては,上面全体を平坦面としている点。
  B カバーとベースの嵌合構造について,本願意匠においては,カバー側面の裏側に断面視鏃状の突出部を形成し,該突出部と対を成すリブ状小突起をカバー裏面の入り隅付近に設けて入り隅部に細い係合溝を形成し,該係合溝と噛み合うようにベースの係合片先端に外側に屈曲する鉤状の爪を形成しているのに対し,引用意匠においては,カバー裏面の入り隅部付近にカバー側面と対を成す屈折片を設けてクリップ状の係合部を形成し,該係合部と噛み合うようにベースの係合片先端に内側に膨張するナックル状の爪を形成している点。
  C ベース底部の面取りについて,本願意匠においては,切面状であるのに対し,引用意匠においては,丸面状である点。

  D 全体的な寸法比率について,本願意匠においては,全幅が全高の2倍弱であるのに対し,引用意匠においては,全幅が全高の2倍強で,扁平度が比較的大きい点。
第3 当事者の主張
 (原告の主張)
 1 本願意匠と引用意匠の各形態等には,次の(1)ないし(4)の各ア(ア)に記載する相 違点があり,本件物品の取引者は,各ア(イ)記載のとおり,上記各相違点から両者の意匠的差異を看取できると考えられるから,本願意匠と引用意匠との間には意匠として顕著な差異があり,両意匠は類似しないというべきである。本件審決は,これらの相違点を看過し,あるいは過小評価して,両意匠が類似する旨判断したものであり,本件審決は両意匠の類否の判断を誤ったものである。
   (1) 本願意匠と引用意匠の第1相違点(突き合わせ割り線と目地溝の相違)

   ア 第1相違点
    (ア) 引用意匠は側面中央部に長手にわたる相当幅の目地溝(中央横縞)を 顕示している。これに対し本願意匠は上記目地溝を有していない。
    (イ) 上記目地溝を経験したことのない配線業者は,この目地溝を有する引用意匠と,目地溝を有していない本願意匠との意匠的差異を明確に弁別 することができるものである。
     イ 第1相違点について,本件審決は,これを目地部の外観における差異と捉え,その外観上の差異について,本願意匠の単なる線状の目地部に特筆すべきものはなく,引用意匠の目地部もありふれた細溝状であるため,その差異は微弱であって,両意匠の類否を左右するものではないと判断した。
         本願意匠においては,側面中央部に長手方向にわたる線を示しているが,この線はベース側板上端の段差面にカバー側板の係合爪先端面を突き合わせ密接する,面と面の突き合わせ密接によって生ずる不可避的に表れる線,すなわち物品固有の形態である二つ割り構造に起因し不可避的に生ずる突き合わせ割り線であり,これを意匠的要素として,引用意匠の外側面に表れる中央横縞模様(目地溝形状)と対比することは,相当でない。

  (2) 本願意匠と引用意匠の第2相違点(ベースとカバーにおける単1色と3段色彩模様の相違)
   ア 第2相違点
    (ア) 引用意匠は上記中央横縞(暗色)を境にした下部(ベース)側面が青 色付色帯を,上部(カバー)側面が灰白色付色帯を形成し,この3者による3段色彩模様を形成し,灰白色の梯形カバーと青色の長方形ベースから成る本件物品の形状と結合して1つの意匠を構成している。これに対し本願意匠は上記3段色彩模様を有していない,色彩の特定のないもの(現物は灰色)である。
    (イ) 上記3段色彩模様を経験したことのない配線業者は,3段色彩模様を有する引用意匠と,3段色彩模様を有していない本願意匠との意匠的差異を明確に弁別することができるものである。
     イ 本件審決は,第2相違点を看過している。

   (3) 本願意匠と引用意匠の第3相違点(嵌合形状における相違)
   ア 第3相違点
    (ア)  ベースとカバーの分解時におけるベース固有の嵌合形状と,カバー固有の嵌合形状において,以下aないしc記載の相違点がある。
     a 引用意匠はベース側板の上端に連設された傾斜板の先端に球が内向きに突出し長手に延在した形状を有している。これに対し本願意匠は上記内向きに突出した球を有しておらず,ベース側板の上端に連設された傾斜板の先端に鏃が外向きに突出し長手に延在した形状を有している。
         b 本願意匠はカバー傾斜板(カバー側板)の先端に鏃が内向きに突出し長手に延在した形状となっている。これに対し引用意匠はカバー傾斜板(カバー側板)の下端に係止爪がなく,カバー傾斜板が単にフラットで等厚の板からなっている。

         c 引用意匠はカバー天板の側端内面からカバー傾斜板(カバー側板)と略同等の高さをもって球面形状の球面座がカバー傾斜板に対向して突設され長手に延在しており,上記球面座とカバー傾斜板とが略同等の高さと角度をもって対向し略V字形の二股形状を形成している。これに対し,本願意匠は上記球面座がなく,カバー天板の側端内面から低背の梯形リブが突出され長手に延在した形状となっており,上記梯形リブはカバー傾斜板の3分の1程度の高さ,引用意匠の球面座の3分の1程度の高さ(引用意匠の球面座の付け根部のステー状懸垂部に相当する高さ)にすぎない。
    (イ)a 上記(ア)aの相違点について
       球と鏃とは一般人をしても容易に識別し得る,幾何学的に区別された形状である。加えて内向きと外向きは正反対である。外向きの鏃は該鏃形態が強調的に俯瞰視されるのに対し,内向きの球は内側に死角となって俯瞰視される相違があり,配線業者は内向き球を有している引用意匠と,この内向き球を有していない本願意匠との意匠的差異を明確に弁別することができるものである

     b  上記(ア)bの相違点について
       本願意匠のカバー傾斜板の鏃はカバーをベースから分解して裏返したときに明確に俯瞰視されるのに対し,引用意匠はこの鏃に相当する係止爪を俯瞰視することができず,配線業者はカバー傾斜板の係止爪の有無によって本願意匠と引用意匠との意匠的差異を明確に弁別することができるものである。
     c  上記(ア)cの相違点について
       上記球面座と梯形リブとは一般人をして容易に識別し得る,幾何学的に区別された形状であり,カバーを分解しつつ裏返したときに引用意匠は上記球面座と二股形状が明確に視認されるのに対し,本願意匠は上記低背の梯形リブが視認されるのみで,この低背梯形リブとカバー傾斜板とはV字形二股といえる形状を形成していない。配線業者は上記球面座と二股形状を有する引用意匠と,上記球面座と二股形状を有していない本願意匠との意匠的差異を明確に弁別することができるものである。

     イ 本件審決は,カバーとベースの嵌合構造における差異について,本願意匠の嵌合構造は,本件物品においては普遍的ともいえる設計思想に基づくものであり,当該部位が使用時には内側に隠れてしまう部位であることを考慮すれば,技術的効果はともかくとして,その態様は,意匠の構成要素としてはさほど評価できず,全体的にみれば,その差異は共通点@に基づく類似性を凌ぐものではないと判断している。
         しかしながら,本件物品における主要な需要者は,配線業者であるが,この配線業者は,カバーとベースとが嵌合されたダクトの外観形状,カバーとベースとを分離したときの個々の外観形状に必ず接し,視認の機会を持ち,外観形状の相違を認識するのであるから,嵌合部分を配線の内側に隠れてしまう部分として軽視するのは,本件物品の市場における実際の取引の実情を看過したものといわざるを得ない。

         しかして,本件物品において,ベースとカバーが2つ割り構造の筒体からなり,その嵌合構造を必要とすることは,本件物品の機能からくる技術的帰納形状(物品固有の形状)といえ,この点で両者は共通しているが,両者は上記のとおり,具体的な嵌合形状において,配線業者において弁別し得る明確な差異を有するものである。
  (4) 本願意匠と引用意匠の第4相違点(端面形状における相違)
     ア 第4相違点
    (ア)a ベースとカバーの嵌合組み立て時における端面形状において,引用 意匠はベース傾斜板とカバー傾斜板とを重ね合わせずに,間隙を存して,ベース傾斜板の端部から内向きに突設された球を,カバー天板の側端から下方へ突設された球面座に滑り係合する継手形状を有している。これに対し,本願意匠はベース傾斜板とカバー傾斜板とを重ね合わせつつ,ベース傾斜板の上端部から外向きに突設した鏃と,カバー傾斜板(側板)の下端部から内向きに突設した鏃とを密着して相嵌めする形状を有している。

         b 上記相違点と関連する相違点であるが,ベースとカバーの嵌合組み 立て時における端面形状において,本願意匠はカバー傾斜板(カバー側板)とベース傾斜板とが互いに係合する継手形状を有している。これに対し,引用意匠はカバー傾斜板とベース傾斜板とを互いに係合させない形状を有している。
    (イ)a 上記(ア)aの相違点について
       引用意匠における球と球面座による継手形状と,本願意匠における鏃と鏃による継手形状とは一般人をして容易に識別し得る,継手形式において区別された形状であり,端面形状を観察して異同を判別する習慣を身につけている配線業者は,球と球面座による継手形状を有している引用意匠と,球と球面座による継手形状を有していない本願意匠の意匠的差異を明確に弁別することができるものである。

     b  上記(ア)bの相違点について
       端面形状を観察して異同を判別する習慣を身につけている配線業者は,カバー傾斜板(カバー側板)とベース傾斜板との係合構造を持つ本願意匠と,カバー傾斜板(カバー側板)とベース傾斜板との係合構造を持たない引用意匠との意匠的差異を明確に弁別することができるものである。
     イ  本件審決は,ベースとカバーを嵌合した時に外観視される端面形状に ついての上記相違点に関しては,何等の具体的判断を示しておらず,審理不尽の違法がある。
     また,本件審決は,本件物品の取引者又は需要者は配線業者であり,これら配線業者は端面形状を観て種類を判別した上購入する事実,店頭陳列状況においてもその端面形状が直視できるように陳列されている事実,したがって,配線業者はこの端面形状に格別の注意を払う事実を看過し,そのため端面形状の相違点に考慮が及ばず,本願意匠と引用意匠との類否の判断を誤ったものといわざるを得ない。

 2 本願意匠の出願に対する本件拒絶査定は,出願人である原告の権利保障の観点から著しく不当であり,手続的にも重大な瑕疵を有するものであり,これを 看過して本件拒絶査定を是認した本件審決は違法である。
  (1) 本願意匠の出願日は平成11年12月24日であり,特許庁はこれに対し平成12年11月15日付けで拒絶理由通知を起案し,その謄本は同月2 4日に原告に送達されている。
  (2) 上記拒絶理由通知の謄本の送達直後の平成12年12月15日,原告の本件物品について競業関係にある業者である未来工業株式会社より,特許庁に対し,意匠に係る物品を「電線保護カバー」とする意匠の登録出願(意願2000−35898,意願2000−35901,意願2000−35899,意願2000−35900,意願2000−35902,意願2000−35903)がなされ,特許庁は,平成13年4月27日及び平成13年5月11日に,これらの出願に基づき意匠登録(意匠登録第1113446号,意匠登録第1113769号,意匠登録第1114910号,意匠登録第1114911号,意匠登録第1114912号,意匠登録第11144913号。以下,これらを併せて「後願意匠」という。)をしている。

  (3) 本願意匠と後願意匠の形状は極めて酷似しており,また,後願意匠と引用意匠との間に,本願意匠の場合と同程度の類似性があることは明らかである。 したがって,本件出願と後願意匠の出願とは,引用意匠との関係で,登録を拒絶するか,登録を認めるかの点において審査官の結論は一致すべきものである。両出願を審査した審査官は同一人であるから,なおさらそういえる。しかるに,両出願について,一方は登録を拒絶すべきものとされ,他方は登録すべきものとされているのであって,かかる結果が生じたのは,審査官が本願意匠と後願意匠を二重の異なる基準で判断したものといわざるを得ない。
    特許庁の審査及び登録は行政行為であり,特許庁がその行為を行うに当たり法の下の平等の原則に従わなければならないのは自明のことであり,本願意匠と後願意匠が上述のように近接した時期において同一審査官の下において並行審理されていた状況にあって,これを異なる基準によって判断し,先行出願されている本願意匠の登録を拒絶する一方,後願意匠を登録査定していることは,工業所有権法の先願主義を骨抜きにさせる不当な処分といわざるを得ない。

    本件拒絶査定は,原告の適正な審査を受ける手続上の権利を侵害する重大な瑕疵のあるものであり,これを看過して本件拒絶査定を是認した本件審決は違法である。
 (被告の主張)
 1 本願意匠と引用意匠の類似性の判断において,本件審決が相違点を看過し,あるいは過少評価したということはなく,本件審決が両意匠の類否の判断を誤 ったとする原告の主張は理由がない。
  (1) 第1相違点(突き合わせ割り線と目地溝の相違)について
       一般常識に照らせば,異なる部材同士が接する境目については,本願意匠のように線状を呈するものも,引用意匠のように細溝状を呈するものも,ともに「目地」の範ちゅうに属するものであり,両目地部の差異は微弱であって,両意匠の類否を左右するものとはなし得ない。
   (2) 第2相違点(ベースとカバーにおける単1色と3段色彩模様の相違)について

       原告は,引用意匠をツートンカラーであると主張しているところ,その原因は,印刷技術や複写機の性能等に起因するものと考えられる。引用意匠の形状は別紙2に示すとおり特定することができるものであり,本件物品の形状の創作に係る本願意匠の拒絶の理由に引用する意匠としての適格性は,十分に備えているものである。
   (3) 第3相違点(嵌合形状における相違)について
       本件審決は,本願意匠の嵌合構造の態様を引用意匠のそれと対比して検討した結果,本願意匠の嵌合構造がこの種の物品においては普遍的ともいえる設計思想に基づくものであるとともに,該部位が使用時には内側に隠れてしまう部位であることを考慮すれば,技術的効果についてはともかくとして,その態様は,意匠の構成要素としてはさほど評価できず,全体的にみれば,その差異は,共通点@に基づく類似性を凌ぐものではない旨判断しているのであって,この点の判断に誤りはない。

   (4) 第4相違点(端面形状における相違)について
       本件審決の文中には,「端面形状」あるいは「断面形状」といった用語を使用していないとしても,本願意匠と引用意匠の類否の判断に際しては,「端面形状」あるいは「断面形状」も含め,意匠の構成要素については,実質的に遺漏なく認定して共通点及び相違点を把握し,さらに視覚的効果や出願前の公知事実を考慮して,意匠の構成要素としての軽重を評価した上で,総合的に両意匠の類否を判断したものであって,その判断に誤りはない。
       ちなみに,本願意匠は,本件物品の形状に関する創作であり,その形状は,全長にわたって断面形状が一定で,かつ断面形状と端面形状が一致する規則的なものと認められるから,本件審決は,本願意匠の端面形状を拠り所として,共通点@の基本構造や,前記第2の2の(相違点)B記載の嵌合構造等を認定したものというべきである。

 2 原告が本願意匠に類似すると主張する後願意匠が登録されている事実,その後願意匠の登録又は審査官の判断の適否は,先願である本件出願に対する処分又は引用意匠との間の類否の判断とは無関係である。しかして,引用意匠と類似する本願意匠は,意匠法3条1項の規定の除外事由である同項3号に掲げる意匠に該当し,意匠登録を受けることができないものであるため,意匠権の発生する余地はなく,意匠法上保障されるべき権利はもともと存在しないものである。
   ちなみに,審査官は,出願された個々の意匠について,同時に出願された他の意匠及び出願前の公知事実等を調査した結果と照合させ,その構成要素をその都度認定した上で各要素の創意又は新規性等を評価し,さらに意匠を全体的に観察した場合の視覚的効果も含めて意匠の構成要素としての軽重を評価し,その意匠が全体として他の意匠と類似しないと判断するに足りるだけの特徴を備えているかどうかを検討して総合的に類否を判断するのが一般的であって,あらかじめ意匠の類否を判断するための形態的な尺度あるいは閾値となるような基準を用意し,それを当てはめて意匠の類否を判断しているのではない。

     したがって,本件拒絶査定が,審査官の二重の異なる基準に基づく判断によりもたらされたものであるとする原告の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
 1 意匠と物品とは一体をなすものであるから,登録出願前に日本国内若しくは外国において公然知られた意匠又は登録出願前に日本国内若しくは外国において頒布された刊行物に記載された意匠と同一又は類似の意匠であることを理由として,意匠法3条1項により登録を拒絶するためには,まずその意匠に係る物品が同一又は類似であることを必要とし,さらに,意匠自体が同一又は類似と認められるものでなければならない。そして,意匠自体の類否の判断は,一般の需要者が普通の注意力をもって当該意匠に係る物品の購買を選択するに当たって,対比されるべき両意匠に係る物品の形状,模様若しくは色彩又はそれらの結合から看取される美観により,両意匠について混同を生ずるおそれがあるか否かによって判断すべきであり,その場合には当該物品の性質,目的,用途,使用態様などからその需要者の注意を強く引く部分がどこにあるかを考慮すべきものと解される。

 2 そこで,上記の観点に立って,本願意匠と引用意匠が類似するか否かについて判断する。
   (1) 本願意匠と引用意匠とは,意匠に係る物品が一致すること,両意匠が共通点@,Aにおいて共通し,前記第2の2の(相違点)@ないしDにおいて相違していることは,当事者間に争いがない(ただし,共通点に関する目地部の点と相違点に関する屈折片の点を除く。)。
   (2) 前記(1)の争いがない事実並びに証拠(甲2ないし4,9,19,乙1,検甲1ないし4,6,7)及び弁論の全趣旨によれば,本願意匠と引用意匠とは次の点において相違することが認められる。
     ア  各意匠の側面の形状
     引用意匠には側面中央部に長手にわたる相当幅の中央横縞が存在している。これに対し,本願意匠においては,ベース側板上端の段差面にカバー側板の係合爪先端面を突き合わせ密接させることによって表れる突き合わせ割り線がみられるが,中央横縞は存在しない。

     イ  各意匠のベースとカバーの色彩
     引用意匠は上記中央横縞を境にして,下部(ベース)側面が青色付色帯を,上部(カバー)側面が灰白色付色帯を形成し,これにより2段色彩模様が形成され,灰白色の梯形カバーと青色の長方形ベースからなる本件物品の形状と結合して1つの意匠を構成している。これに対し,本願意匠はベースとカバーとが単一色彩で,引用意匠のような色彩模様を有していない。
     ウ  各意匠の嵌合形状
      ベースとカバーの分解時におけるベース等固有の嵌合形状において,次のとおりの相違がある。
    (ア) 引用意匠においては,ベース側板の上端に連設された傾斜板の先端に 球が内向きに突出し,長手に延在した形状となっているのに対し,本願意匠においては,上記内向きに突出した球が存在せず,ベース側板の上端に連設された傾斜板の先端に鏃が外向きに突出し長手に延在した形状となっている。

    (イ) 本願意匠はカバー傾斜板(カバー側板)の先端に鏃が内向きに突出し長手に延在した形状となっているのに対し,引用意匠はカバー傾斜板(カバー側板)の下端に係止爪を有しておらず,カバー傾斜板が単にフラットで等厚の板からなっている。
    (ウ) 引用意匠はカバー天板の側端内面からカバー傾斜板(カバー側板)と略同等の高さをもって球面形状の球面座がカバー傾斜板に対向して突設され長手に延在しており,上記球面座とカバー傾斜板とが略同等の高さと角度をもって対向し略V字形の二股形状を形成しているのに対し,本願意匠には上記球面座はなく,カバー天板の側端内面から低背の梯形リブが突出され長手に延在した形状となっており,この梯形リブはカバー傾斜板の3分の1程度の高さ,上記球面座の付け根部のステー状懸垂部に相当する高さにすぎない。

     エ 各意匠の端面形状
     ベースとカバーを嵌合して組立てた場合の端面形状についてみると,引用意匠においては,ベース傾斜板とカバー傾斜板とが重さなる部分に間隙ができており,ベース傾斜板の端部から内向きに突設された球を,カバー天板の側端から下方へ突設された球面座に滑り係合する継手形状となっている。これに対し,本願意匠においては,ベース傾斜板とカバー傾斜板とが重なる部分に間隙がなく,両傾斜面が接着しており,ベース傾斜板の上端部から外向きに突設した鏃と,カバー傾斜板(側板)の下端部から内向きに突設した鏃とを密着して相嵌めする形状となっている。
   (3)ア そもそも本件物品は,電気配線等の配線を覆い保護するものであり,その性質上,室内の壁,床面等に取り付けられた後は,それらの構造物と調和を保ちつつ,できる限り目立たないように設置されるものであり,また,本件物品は,第一次的には,最終需要者から電線等の配線工事の依頼を受けた配線業者が本件物品の販売業者からこれを選択,購入して,これを用いて配線工事を行うのが通常であると考えられる。

     そして,配線保護カバー等の上記性質からすれば,配線業者が本件物品を購入する際には,その取り付け箇所との調和を念頭に置きその選択を行うものであり,また,本件物品はベースとカバーが2つ割り構造の筒体であり,この2つの構造を一体化する嵌合構造を備えているが,この嵌合構造いかんは,本件物品の全体の形態的印象を形成する上で,1つの重要な要素となるものであり,しかも,配線業者にとって,本件物品の設置工事をする際に嵌合構造がどのようになっているかは重要な関心事であり,必ずこれを視認して選択を行うものと考えられる。したがって,配線業者は,各種の本件物品の中から特定のものを選択する場合には,まず,ベースとカバーの嵌合部分の形状,すなわち,嵌合する前の形状と嵌合後の端面の形状とに注意を払い(証拠(甲15ないし18)及び弁論の全趣旨によれば,本件物品を販売する店頭においても,本件物品は,その端面形状が配線業者等に直視できるように陳列されていることが認められる。),さらに本件物品を上記構造物に取り付けた場合の外観,すなわち,本件物品の上面及び側面の形状,色彩,模様が,取り付け箇所である室内及びその構造物等の形状,色彩等と調和するか否かの観点からこれに注意を払うものと認めるのが相当である。
     イ  前記(2)認定の本件物品の嵌合形状及び端面形状の各相違は,各種の本件物品のうちから一定のものを選択するに当たり必ず嵌合部分を視認する配線業者に本願意匠と引用意匠の意匠的差異を印象付けるものであり,また,前記(2)認定の各意匠の側面の形状,ベースとカバーの色彩における相違も,取り付け箇所である室内及びその構造物等との調和という観点から注意を払う配線業者に,本願意匠と引用意匠との意匠的差異を弁別させるに足りるものである。
     本願意匠と引用意匠とは,前記(1)に記載のとおり,その各形態において共通点@及びA(ただし,目地部の点を除く。)を有するが,それは主として本件物品の性質,機能に由来するものであり,本件物品の需要者である配線業者がその点のみから各種の本件物品のうちから一定のものを選択するということは考えにくく,配線業者の普通の注意力を基準としてみた場合,各意匠の上記形態の共通点にもかかわらず,なお,配線業者は,各意匠の前記(2)認定の相違点及び前記第2の2の(相違点)@ないしD(ただし,屈折片の点を除く。)に係る形態,色彩から,異なった美観を看取し,これらを考慮要素として上記選択を行うものと認めるのが相当である。したがって,本願意匠と引用意匠との混同を生じるおそれがあるということはできないから,両意匠が類似の意匠ということはできない。

 3 以上によれば,本願意匠は引用意匠に類似するから意匠法3条1項3号に該当するとした本件審決の判断は,意匠の類否の判断を誤ったものといわざるを得ず,原告主張の取消事由には理由があるから,本件審決は,違法として取消しを免れない。
   よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

   東京高等裁判所第3民事部

           裁判長裁判官    北  山  元  章


                  裁判官  青  蛛@    馨


                裁判官    沖  中  康  人