H15. 5. 8 東京高裁 平成14(行ケ)616 商標権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第616号 商標登録取消決定取消請求事件
平成15年5月8日判決言渡、平成15年3月20日口頭弁論終結
          
        判    決
   原  告       ナサコーポレーション株式会社
   訴訟代理人弁理士   伊藤哲夫
   被  告       特許庁長官 太田信一郎
   指定代理人            田邊秀三、林栄二


        主    文
  特許庁が異議2001−90903号事件について平成14年10月30日に した決定を取り消す。
  訴訟費用は被告の負担とする。 


               事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 主文同旨の判決。


第2 事案の概要
 1 手続の経緯
 原告が商標権者である本件登録第4501098号商標は、「ハイパーホテル」の片仮名文字を標準文字により書してなり、第42類「宿泊施設の提供、宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ、入浴施設の提供」を指定役務として、平成12年4月24日に登録出願、同13年8月24日に設定登録されたものである。
 本件商標について、株式会社ホテルシステム研究所(以下「申立人」という。)から、商標法4条1項7号及び10号に該当することを理由とする登録異議の申立てがされ、特許庁は、これを異議2001−90903号事件として審理し、平成14年6月28日付けで商標登録の取消しの理由を通知し(発送日同年7月9日)、平成14年10月30日、本件商標の登録を取り消す決定をした(同年11月18日原告に決定謄本送達。)。 


 2 決定の理由の要点
 (1)決定の理由は、要するに、本件商標の登録は、取消理由通知に示す下記(2)の取消理由により、商標法4条1項7号に違反してされたものと認められ、取消理由に対する原告の意見を考慮しても、下記(3)のとおり、取消理由通知に示す認定判断を覆すに足りないから、同法43条の3第2項の規定に基づき取り消すべきものである、というものである。
 (2)取消理由の要旨
 異議甲第2ないし第7号証によれば、申立人は、平成9年より福岡市において、ホテル、旅館などの宿泊施設の経営及び利用の企画並びにコンサルティング業務を行っていること、そのコンサルティング業務の提案は、低コスト、割安料金、高稼働率による運営システムなど独創的なものであって、事業の開発方式の一としてパートナーシップ方式を採用していること、パートナーシップエリアとして全国を11のブロックに分け、各地域に代理店として原則1社のエリアパートナーを置く方針のもとに全国に加盟店の募集をしていること、加盟店が共通して使用するホテルの名称を「ハイパーホテル」とし、また各ホテルの具体的名称はこれに地域名などを付して「ハイパーホテル○○」とし、さらに加盟店全体を総称する場合には「ハイパーホテルグループ」としていること、同11年4月青森に「ハイパーホテル青森」、福岡の赤坂に「ハイパーホテル赤坂」、同12年3月大阪の天王寺に「ハイパーホテル天王寺」をパートナーシップ方式によるホテルとして開業し、その後も同年7月小松に「ハイパーホテル小松」、同年12月那覇に「ハイパーホテル那覇」、同13年2月福山に「ハイパーホテル1−2−3福山」を開業し、さらに石垣島や掛川などでの開業を予定していること、「ハイパーホテル」の片仮名文字と「HYPER HOTEL」の欧文字を二段に併記してなる商標を第42類「宿泊施設の提供、宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ、飲食物の提供、入浴施設の提供」を指定役務として平成9年4月8日に登録出願したところ、同11年1月25日付けで拒絶査定がなされたことが認められる。
 商標権者(原告)は、平成9年6月20日エコノミーホテルの企画運営業務の申込を申立人にしていること(異議甲8)、同10年2月3日商標権者が営業管理を行う仮称「ハイパーホテル青森」の企画運営に係わるコンサルタント業務を申立人に委託する旨の契約を申込人としていること(異議甲9)、同日仮称「ハイパーホテル青森」新築に伴う別途工事について商標権者を発注者とし申立人を請負者とする請負契約を申立人としていること(異議甲10)、同年5月25日「第1条(契約の目的)申立人が開発したローコストオペレーションシステムによるホテル事業システム『ローコストオペレーションシステム』を、自らが総本部としてエコノミーホテルパートナーシップ方式により展開するに当たり、商標権者に後に定める地域においてエリアパートナー本部としての役割・権限を与え、両者協力してエコノミーホテル・パートナーシップ事業を展開・発展させることを目的とする。(第3条)(商号及び商標の使用許諾)申立人は商標権者に対し、申立人が定めた商号・商標並びに営業ノウハウを使用することを許諾する。但し、その使用にあたっては、申立人の指示に従わなければならない。(付表)商標権者が青森、秋田、岩手、宮城、山形及び福島の各県をエコノミーホテル・パートナーシップエリアとする東北ブロックのエリアパートナーとする。」ことなどを内容とするパートナーシップ契約を申立人としていること(異議甲11)、同13年10月頃宿泊施設の客室1室につき1月3,000円を客室数に乗じた額を使用料とするなどを内容とする本件商標権に付いての通常使用権設定契約の申込を申立人にしていること(異議甲13)の各事実が認められる。
 以上の事実によれば、商標権者は、本件商標の出願日前に、「ハイパーホテルグループ」の加盟店として自ら管理業務を行う「ハイパーホテル青森」を開業させるに当たり、エコノミーホテルの企画運営の申込を申立人にしたり、コンサルタント契約を申立人と締結するなどして、平成11年4月青森に同ホテル事業を開業したことからすれば、申立人がパートナーシップ方式によるホテル事業のコンサルタント業務をしており、申立人の運営するパートナーシップグループの各加盟店が共通して使用するホテルの名称及び「宿泊施設の提供」などの役務についての商標として「ハイパーホテル」の使用をしていることを本件商標の出願日前に契約当事者として当然知り得べき立場にあったので、本件商標の出願手続をした当時、申立人がした「ハイパーホテル」に関する商標登録出願については拒絶査定がなされており、自己が本件商標について商標登録を得た場合には、申立人及び「ハイパーホテルグループ」の加盟店の業務運営に支障を来すことを予測し得たはずである。また、商標権者は、申立人が定めた商号・商標を使用することを申立人より許諾されたが、その使用に当たっては、申立人の指示に従わなければならないことを契約したにもかかわらず、申立人の許諾を得ることなく、本件商標の出願手続をしたものと推認される。
 このような状況の下における商標権者の本件商標の出願手続行為は、申立人に対する背信的行為であり、信義誠実の原則に反するものである。そして、かかる商標権者の行為により登録出願された本件商標は、商道徳に反し公正な取引秩序を乱すおそれがあるものというべきである。
 したがって、本件商標の登録は、商標法4条1項7号に違反してなされたと認められるから、同法43条の3第2項の規定に基づき、取り消すべきものである。
(3)決定の「理由」欄の「5 当審の判断」
 商標権者は、商標権者が申立人に平成9年6月20日にエコノミーホテルの企画運営業務の申込をし、その後、両者は同10年2月3日に「コンサルタント契約」、「別途工事請負契約」、及び同年5月25日に「パートナーシップ契約」をしたが、前記申込及び各契約においては、申立人が商標権者に「ハイパーホテル」の商標を使用許諾することが根幹をなしているにもかかわらず、その当時、当該商標が第三者の権利に属していたものであり、前記申込及び各契約は、そのような第三者の権利を基礎として使用許諾させる違法なものであり、その重要条項に付き真意を伴わない意思表示を内容とするものであって、そもそも無効であり、取り消されるべきものとされ、その結果、契約を守らなくてもよいものとされており、本件商標が公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標に該当するものではない旨主張している。

 確かに、前記申込及び各契約をした当時、麒麟麦酒が「ハイパーHAPA」商標を第42類「宿泊施設の提供、宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ、飲食物の提供、入浴施設の提供等」を指定役務として、平成4年9月29日に登録出願をし、同商標は同8年8月30日に商標登録第319229号として設定登録されていたこと(異議乙1の1、2)、その後、申立人は「ハイパーホテル」「HYPER HOTEL」の各文字を二段に併記してなる商標を第42類「宿泊施設の提供、宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ、飲食物の提供、入浴施設の提供」を指定役務として平成9年4月8日に登録出願した(商願平9−104762)が、同出願は、登録第3192292号商標を引用され商標法4条1項11号に該当するとして同10年10月2日に拒絶理由通知がされ、同11年1月25日付けで拒絶査定がなされた(査定謄本発送日平成11年2月5日)ことが認められ、商願平9−104762が登録第3192292号商標を引用されて拒絶されたことよりすれば、申立人が商標権者に使用許諾すべき商標「ハイパーホテル」が登録第3192292号商標と類似すると一応推認される。
 しかしながら、商願平9−104762は、拒絶理由に対して意見書を提出せずに拒絶査定がなされ、査定不服審判の請求をせずに拒絶査定が確定したものであり、商願平9−104762商標と登録第3192292号商標とが類似するとする点に疑問の余地がないわけではない。仮に、両商標が類似するとしても、申立人は、登録第3192292号商標を麒麟麦酒から譲り受けるとか、不使用取消審判を請求することによりその登録の取消しを受けるなどの措置を講ずれば、商願平9−104762商標の登録を受ける可能性があったものである。また、前記申込及び各契約をした当時、申立人は商願平9−104762について未だ拒絶理由通知すら受けていなかったものである。これらに加え、商標権者は、麒麟麦酒から「ハイパーホテル青森」「HYPER HOTEL」などの商標の使用について警告や差止請求を受けたことがなく、平成11年4月青森にホテルを開業した当時から現在に至るまで継続してこれらの商標の使用をしていることが認められる(商標権者の意見書、異議甲5)。前記申込及び各契約をするに際し、商標権者に要素の錯誤があったこと並びに商標権者が申立人の詐欺により意思表示をしたこと及び商標権者がその意思表示を取り消したことについては、その事実を認めるに足りる証拠がない。
 商標権者は、商標権者と申立人との話し合いにおいて、前記申込及び各契約はその効力がないことを確認している旨主張しているが、その事実については全く証拠がない。
 以上のことからすれば、商標権者が申立人に平成9年6月20日にしたエコノミーホテル企画運営業務の申込並びに商標権者と申立人とが同10年2月3日にした「コンサルタント契約」、「別途工事請負契約」及び同年5月25日にした「パートナーシップ契約」は、無効とは解されず、取り消されたとの事実も認められないものであるから、有効な申込であり、いずれも有効な契約であるといわざるを得ず、商標権者の意見は、取消理由通知に示す認定、判断を覆すに足りない。


第3 原告主張の審決取消事由
 決定は、商標法4条1項7号の解釈適用を誤り、本件商標が同号に該当するとして本件商標の登録を取り消す誤った結論に至ったものであるから、取り消されるべきである。


 1 商標法4条1項7号の解釈について
 商標法4条1項7号は、みだりにその幅を広げることなく、同項1号ないし6号との関係をも考慮して解釈適用すべきである。
 本件は、以下のとおりの内容と推移をたどった原告と申立人との間の商取引契約の不当性、有効性を争点としたものであり、公共の秩序を破壊したり善良な風俗を乱したりするような広い社会性を問われるようなものではなく、原告と申立人との間の問題である。


 2 本件商標登録出願の経緯等
 原告が本件商標を登録出願し、本件商標の商標権設定登録を受けるに至った経緯及びその後の事情は、以下のとおりであり、原告の行為が商道徳に反するということはできない。
 (1)原告は、申立人が「ハイパーホテル」なる商標の商標権を取得することを前提とし、これに期待して、申立人との間で、原告が開業予定の「(仮称)ハイパーホテル青森」について、「コンサルタント契約書」と題する平成10年2月3日付け文書による契約(以下「コンサルタント契約」という。甲5)、「別途工事請負契約書」と題する同日付け文書による契約(以下「別途工事請負契約」という。甲6)、及び「パートナーシップ契約書」と題する平成10年5月25日付け文書による契約(以下「パートナーシップ契約」という。甲7)を締結した。

 (2)申立人は、これに先立つ平成9年4月8日に「ハイパーホテル/HYPER HOTEL」の商標登録出願をしていた。ところが、この出願は、麒麟麦酒株式会社の有する登録商標「ハイパー/HAPA」(甲8の1、2)を引用され商標法4条1項11号に該当するとして、平成10年10月2日に拒絶理由通知がされ、同11年1月25日付けで拒絶査定がされた。申立人はこれに対し何ら対応手段をとることなく、拒絶査定が確定した。上記コンサルタント契約やパートナーシップ契約は、申立人が「ハイパーホテル」についての商標権を取得することを前提としてなされたのであるから、それが不可能であれば、もともと契約の有効性自体に重大な瑕疵を含むものであった。
 原告は、申立人が「ハイパーホテル」について商標権を取得することのできない事情を知り、平成12年4月1日に申立人の代表者から原告が「ハイパーホテル」の商標登録を取得することに異議がないとの了解を得た後、平成12年に麒麟麦酒株式会社の「ハイパー/HAPA」商標の使用許諾又は商標権譲渡を受けるべく同社と交渉したが、難航したため、同商標について自らの費用で不使用取消審判の請求をし、平成12年4月24日に本件商標の商標登録出願をした。この出願は、既に原告のホテルが「ハイパーホテル」の名で平成11年4月青森に開業し稼働していたという事情の下で、原告が「ハイパーホテル」の商標を安定して継続使用するために、やむを得ずしたことである。

 一方、申立人は、申立人商標の出願が拒絶されたので、平成12年8月14日に商標「HOTEL1−2−3」、「ホテルワン・ツー・スリー」の登録出願(甲10)を行った。以後、申立人のホテルは、「ハイパーホテル1−2−3福山」(平成13年2月開業)、「ホテル1−2−3掛川」(平成14年4月開業)などのように、ホテル名に「1−2−3」を付けて開業している。
 このように、本件商標は、原告自身の努力によって商標権を取得したものであり、その結果、原告はもとより、申立人にとっても「ハイパーホテル」なる商標を使用する可能性が開けることになったのであるから、原告による本件商標の登録出願は何ら商道徳に反するものではない。申立人は「ハイパーホテル」の商標権取得に向けて何ら努力を行わなかったにもかかわらず、原告の努力の成果を無償で排除しようと試みているのであり、そのような行為こそ商道徳に反するというべきである。

 なお、原告の方から申立人に対して本件商標の使用許諾の対価を求めた事実はない。乙2の24の「商標権通常使用権設定契約書」は、申立人から原告に対し本件商標の使用許諾条件についての問い合わせがあったので、これに応えて両者の話し合いの叩き台となるものを提示したにすぎない。

第4 被告の主張の要点
 1 商標法4条1項7号の解釈について
 商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」とは、原告が主張するような広い社会性を問われるような場合に限定されるものではなく、商標の構成自体が社会的妥当性を欠く場合や商標の使用が社会的妥当性を欠く場合はもとより、さらに、ある商標について登録出願をし設定登録を受けた行為が、我が国における社会の一般道徳観念に照らし是認し得ない場合の商標も、包含されると解すべきである(東京高裁第13民事部平成11年12月22日判決・「ドゥーセラム」事件、東京高裁第6民事部平成14年7月16日判決・「野外科学KJ法事件」)。決定は、7号に該当する商標には、商標登録出願をし設定登録を受けた行為が契約をした相手方に対し背信的行為であり公正な取引秩序・商道徳を乱すような場合の商標も含まれると解し、本件商標を7号に該当すると認定、判断したものである。


 2 本件を巡る経緯に関しては、以下のとおりである。
 (1)原告は、申立人との間で締結されたコンサルタント契約及びパートナーシップ契約は、申立人が「ハイパーホテル」についての商標権を取得することを前提として締結されたものであるのに、それが不可能となった以上、これらの契約には、無効ないし解除の原因となる瑕疵があったと主張する。しかし、上記契約が「ハイパーホテル」なる商標の商標権を申立人が取得することを前提としていたことは何ら立証されておらず、また、契約が無効であることを示す事実や原告が契約の解除の意思表示をした事実も立証されておらず、コンサルタント契約及びパートナーシップ契約は有効に存続していると解される。
 決定は、これらの事実も踏まえて、「申立人の運営する『宿泊施設の提供』などの役務についての商標として『ハイパーホテル』の使用をしていることを・・・契約当事者として当然知り得べき立場にあったので、・・・申立人及び『ハイパーホテルグループ』の加盟店の業務運営に支障を来すことを予測し得たはずである。また、・・・申立人の指示に従わなければならないことを契約したにもかかわらず、申立人の許諾を得ることなく、本件商標の出願手続をしたものと推認される。」とし、このような状況の下で登録出願された本件商標を商標法4条1項7号に該当すると判断したものである。

 (2)申立人が申立人グループのホテルに使用する共通名称である「ハイパーホテル」を変更した事実はない。また、「原告が申立人の許諾を得ることなく本件商標の出願手続をした」旨の決定の認定に誤りはない。
 原告は、「ハイパー/HAPA」商標の商標権者である麒麟麦酒株式会社から警告や差止請求を受けることなく、平成11年4月のホテル開業当初から「ハイパーホテル青森」の商標を使用しているのであり、「ハイパーホテル」について申立人の商標登録出願が拒絶されても、原告自らが「ハイパーホテル」の商標登録出願をしなければならない必要性があったわけではない。また、原告が既に使用している商標の安定使用が目的であったなら「ハイパーホテル青森」を商標登録出願すれば足りることであり、いずれの点からしても原告のした商標登録出願に合理性はない。原告は、本件商標の登録を得るや、申立人グループが「ハイパーホテル」の商標を使用することに対して、使用許諾の対価を求めている。これらの事情は、原告の本件商標登録出願が不正な目的でなされたことを推認させるものである。


第5 当裁判所の判断
 1 本件商標登録出願に関連する事実等
 証拠(甲3ないし11及び乙1ないし3。枝番省略)及び弁論の全趣旨により、本件商標登録出願に関連して、次の事実を認めることができる。
 (1)原告と申立人の関係
   ア 申立人は、平成9年3月に、申立人代表者が開発した「ローコストオペレーションシステム」なる経営方法に基づき宿泊施設等の企画・コンサルティング業務及び経営を行うことを目的として設立された会社であり、平成10年ころから、加盟店を募って、低料金、高品質を売りものしたエコノミーホテルを、パートナーシップと呼ぶ方式(後記(3)ア参照)により展開している。
   イ 原告は、申立人に対し、平成9年6月20日付けの「エコノミーホテル企画運営申込書」と題する書面によって、エコノミーホテルの企画運営業務の申込みをし(甲4)、平成10年2月3日付けのコンサルタント契約書を取り交わし、申立人との間で、原告が開業予定のホテル「(仮称)ハイパーホテル青森」の運営に関するコンサルタント業務を原告が申立人に委託し、委託料として1700万円を支払うこと等を内容とするコンサルタント契約を締結するとともに(甲5)、同日付けで、「(仮称)ハイパーホテル青森」新築に伴う別途工事(客室家具、什器備品、ビデオ、サイン、コンピュータシステム等の工事)の施工について、原告を発注者、申立人を請負者とし、工事価格を9330万円とする別途工事請負契約を締結した(甲6)。

   ウ さらに、平成10年5月25日付けのパートナーシップ契約書(甲7)を取り交わし、原告は、申立人との間で、エコノミーホテル事業に関するパートナーシップ契約を締結した。同契約は、@申立人のローコストオペレーションシステムに基づくエコノミーホテル事業を、申立人が総本部となってパートナーシップ方式により展開するに当たり、原告にエリアパートナー本部としての役割、権限を与えること、A申立人は、原告に対し、申立人の定めた商号・商標、並びに営業ノウハウを使用することを許諾すること、B原告は、申立人に対し、加盟料及び負担金を支払うこと、C申立人は、原告に対し、「ローコストオペレーションシステム」に関する資料、情報等を提供し、エリア内の加盟店を募集するために必要な営業ツール、マニュアル等を支給すること、D宿泊料金は申立人の定める料金体系によること、E原告は、申立人の指示に従って事業に必要な物品を調達、使用し、加盟店に供給すること等を定めたものである。原告は、同契約により、申立人が総本部として展開するエコノミーホテル事業の東北ブロックのエリアパートナーとなった。
   エ 原告のホテルは、「ハイパーホテル青森」の名で平成11年4月に開業し、以来、同名称で営業を続けている。
 (2)申立人及び原告による商標登録出願
   ア 申立人は、原告から前記(1)アのエコノミーホテル企画運営の申込みを受ける前の平成9年4月8日に、「ハイパーホテル」の片仮名文字と「HYPER HOTEL」の欧文字を二段に併記してなる商標(以下「申立人ハイパーホテル商標」という。)を、第42類「宿泊施設の提供、宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ、飲食物の提供、入浴施設の提供」を指定役務として商標登録出願したが、この出願は、麒麟麦酒株式会社の有する登録商標「ハイパー/HAPA」(以下「麒麟ハイパー商標」という。)を引用され、商標法4条1項11号に該当するとして、平成10年10月2日に拒絶理由通知がされ、同11年1月25日付けで拒絶査定がされた。この拒絶査定は、申立人からの不服申立てがされることなく、確定した。

   イ 原告は、平成12年4月24日、麒麟ハイパー商標について商標法50条による不使用取消審判を請求するとともに、同日、本件商標の商標登録出願をし、平成13年8月24日に本件商標に係る商標権の設定登録を受けた(麒麟ハイパー商標は、原告が請求した上記不使用取消審判の審決により、登録が取り消されている。)。なお、本件商標登録出願について、申立人の了承を得たかどうかはともかくとして、原告は、出願の意思を事前に申立人に伝えた(弁論の全趣旨)。
   ウ 一方、申立人は、平成12年8月14日、第42類の「宿泊施設の提供」等を指定役務として、商標「HOTEL1−2−3 ホテルワン.ツー.スリー」を登録出願し、平成13年10月19日に同商標の商標権設定登録を受けた。
   エ 原告は、平成13年10月ころ、本件商標についての通常使用権設定契約書(乙2の24)を申立人に対し提示した。

 (3)申立人グループのエコノミーホテル事業について
   ア 申立人は、申立人代表者の開発した「ローコストオペレーションシステム」に基づくエコノミーホテル事業をパートナーシップと呼ぶ方式で展開している。その方式は、申立人が本部となって全国を11ブロックに分け、ブロック毎にエリアパートナーと呼ぶパートナーを募り、各エリアパートナーはエリア本部となって加盟店を募り、エリアパートナー及び加盟店は、申立人の定める商標・商号の下に、申立人の営業ノウハウを使用し、申立人の経営指導と料金体系の下に、自らが経営主体として、エコノミーホテル事業を行うというものである(以下、申立人とそのエリアパートナー及び加盟店を総称して「申立人グループ」ということがある。)。
   イ 上記パートナーシップ方式で開業したホテルには、以下のものがある(ただし、@の「ハイパーホテル青森」(原告経営)は、後記ウの申立人グループのホームページには掲載されていない。)。

 名称                場所          開業時期(年次順)
 @ハイパーホテル青森        青森県     平成11年(4月)
 Aハイパーホテル赤坂        福岡県     平成11年(4月)
 Bハイパーホテル天王寺       大阪府     平成12年(3月)
 Cハイパーホテル小松        石川県     平成12年(7月)
 Dハイパーホテル那覇        沖縄県     平成12年(12月)
 Eハイパーホテル1−2−3福山   広島県     平成13年(2月)
 F1−2−3ホテル石垣島      沖縄県          平成14年
 G1−2−3ホテル掛川       静岡県          平成14年
 Hホテル1−2−3小樽             北海道     (詳細不明)

 Iホテル1−2−3松本             長野県          (詳細不明)
 Jハイパーホテル1−2−3神戸   兵庫県     平成15年(2月)
 Kホテル1−2−3倉敷              兵庫県     平成15年(2月)
 Lホテル1−2−3釧路       北海道     平成15年(2月)
     ウ 平成15年1月ころの申立人ホームページの画面を印刷したものと認められる甲11号証には、「ホテル1−2−3グループ」、「HOTEL 1−2−3GROUP」のグループ名表記の下に、「ホテル・旅館紹介(タイプ別)」「ホテル1−2−3」として、上記イのAないしLのホテルの名称及び所在地が掲載されている。


 2 本件商標の商標法4条1項7号該当性について
 上記1に認定した事実を前提として、本件商標が商標法4条1項7号に該当するかどうかを判断する。
 (1)商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠き、その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合には、その商標は商標法4条1項7号にいう商標に該当することもあり得ると解される。しかし、同号が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」として、商標自体の性質に着目した規定となっていること、商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法4条1項各号に個別に不登録事由が定められていること、及び、商標法においては、商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば、商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法4条1項7号に該当するのは、その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである。

 (2)本件において、原告が本件商標の登録出願をしたのは、申立人ハイパーホテル商標の登録出願が麒麟ハイパー商標と類似するとの理由により拒絶査定を受け、これに対し申立人から不服申立てがなされることもなく、拒絶査定が確定した後、1年以上を経過した時期(平成12年4月)のことであり、当時、原告は、既に「ハイパーホテル青森」の名で原告のホテルを開業し、営業していたのである。他方、上記拒絶査定後、申立人が片仮名文字の「ハイパーホテル」又は欧文字の「HYPER HOTEL」からなる商標(以下、一括して「ハイパーホテル商標」という。)の商標権取得に向けて何らかの方策を講じたことを窺わせる事実はない(かえって、申立人は、平成12年8月には、商標「HOTEL1−2−3 ホテルワン.ツー.スリー」の登録出願をし、平成13年以降は、申立人グループの新たに開業するホテルに「1−2−3」の表示を付加した名称を使用するようになっている。)。
 このような事情の下で、原告が本件商標を登録出願し、商標登録を取得(平成13年8月)したことは、既に営業を開始していた原告のホテル営業について、ハイパーホテル商標を安定して使用し得る地位を確保するための安全策という要素を持つものであって、原告自らが商標登録出願することが当時の状況の下で最善の選択であったかどうかはともかく、その商標登録出願から商標権取得に至る行為をあながち不当、不徳義と評価することはできない。また、上記の経緯からすれば、原告の本件商標登録出願が不正の目的でなされたと断定することもできない。
 (3)被告は、原告が本件商標の登録出願をし設定登録を受けた行為は、社会の一般的道徳観念からすれば申立人に対する背信行為であり、到底容認し得ないと主張し、その主張を理由づける事情として、(ア)原告は、申立人の運営するパートナーシップグループに加盟するホテルの共通名称として「ハイパーホテル」が使用されることを知っており、原告がハイパーホテル商標の商標権を取得すれば、申立人グループの業務運営に支障を来すことを予測し得たこと、(イ)原告自身、申立人のパートナーシップグループに加盟しており、商標使用については申立人の指示に従う契約上の義務があったにもかかわらず、本件商標の登録出願について申立人の許諾を得ていないこと、(ウ)本件商標の出願当時、原告自らが本件商標の登録出願をしなければならない必要性はなく、本件商標権取得後に原告が申立人に対して本件商標の使用について使用許諾の対価を要求したことは、出願が不正な目的でされたことを推認させる、などの点を挙げる。

 本件において、原告が本件商標を登録出願し商標登録を得た経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあるといえないことは前記(2)のとおりであるが、以下に、上記(ア)ないし(ウ)の点について補足する。
 まず、申立人グループの業務運営に対する支障という(ア)の点についてみるに、原告がハイパーホテル商標について商標権を取得しても、申立人グループが「ハイパーホテル」なる表示をその業務について使用することについては、申立人と原告との間の契約関係を踏まえ、さらには、先使用権、権利濫用等の法理をも考慮に入れた権利関係の調整についての法的可能性がないわけではなく、原告による本件商標権の取得が不可避的に申立人グループの業務運営にとって支障になるということはできない。したがって、申立人グループの業務運営に支障が生ずることを予測し得たから原告の行為は背信的である旨の被告の主張は、理由がない。

 付言するに、前記1に認定した本件の事情の下で、本件商標「ハイパーホテル」の使用関係を原告と申立人グループとの間でいかに律するかは、当事者間における利害の調整に関わる事柄である。そのような私的な利害の調整は、原則として、公的な秩序の維持に関わる商標法4条1項7号の問題ではないというべきである。
 次に、本件商標登録出願について申立人の承諾を得なかったことをいう(イ)の点についてみるに、原告が申立人とパートナーシップ契約を締結して申立人グループのエリアパートナーとなった時期に、申立人グループのホテルの共通名称として「ハイパーホテル」を使用することが予定されていたことは認められるが、当時、申立人ハイパーホテル商標は、商標登録ができるかどうかが未確定の状態にあったから、上記共通名称の採択及び使用については、不確定な要素が残されていたということができる。この点について、パートナーシップ契約自体をみると、同契約には、3条に「甲(判決注、申立人)が定めた商号・商標・・・を使用することを許諾する。但し、その使用にあたっては、甲の指示に従わなければならない。」と規定されるのみで、同契約による使用許諾の対象たる商標は、特定明示されておらず、その付表(甲2の1)にも「エコノミー(ハイパー)ホテル」という「ハイパー」を括弧内に入れた表現が3箇所に認められるのみである。そして、同契約3条の「使用にあたって、甲の指示に従わなければならない。」という規定は、使用許諾に係る商標の「使用」をする場合の制限を定めたものであるから、この条項自体を根拠として商標の出願行為自体が禁止されるものということはできない。さらに、パートナーシップ契約締結後に、申立人ハイパーホテル商標の登録出願が拒絶査定され、申立人がこれに対する拒絶査定不服審判の請求やハイパーホテル商標の登録について障害となる麒麟ハイパー商標に対する不使用取消審判請求等の手段を何ら講じなかったことからすると、申立人は、その時点で既にハイパーホテル商標の商標権を取得するための真摯な努力を放棄していたと評価し得るのであって、パートナーシップ契約がそのような申立人において事実上出願意思を放棄した商標についてまで商標登録出願を禁じる拘束力を有するものとは解し難い。
 さらに、(ウ)として、被告は、麒麟麦酒株式会社から麒麟ハイパー商標に基づく権利行使(警告等)がなされた事実はないから、原告自らがハイパーホテル商標を登録出願する必要はなく、原告の行為は不合理であると主張するが、当時、特許庁において申立人ハイパーホテル商標と類似すると判断された麒麟ハイパー商標の商標権が存在することによる潜在的危険は存在していたのであるから、必要がなかったというのは事後的な評価にすぎず、現実には権利行使がなされなかったという事実を理由に原告のした出願行為が不合理であったということはできない。また、本件商標権の取得後に原告から申立人に対して本件商標の使用許諾に関する契約書案が提示されたとしても、これが原告の側からされた権利行使の意図に基づく使用料の要求であることを認めるに足りる証拠はない。被告が主張する諸事情は、これを総合しても、原告に不正の目的があったことを認めるには不十分である。

 (4)以上、被告の主張するところをすべて考慮しても、原告が本件商標を登録出願し商標権を取得した行為が著しく社会的妥当性を欠き、その登録を容認することが商標法の目的に反するということはできず、本件全証拠によっても本件商標が商標法4条1項7号に該当する商標であったと評価すべき事情を認めることはできない。
 したがって、本件商標の出願がされた経緯を理由として、本件商標を商標法4条1項7号に該当するとした決定の判断は、誤りである。
  
 3 結論
 以上のとおり、決定は、商標法4条1項7号の解釈適用を誤り、本件商標の登録を取り消すべきものとする誤った結論に至ったものであるから、取り消されるべきである。

 東京高等裁判所第18民事部
 
     裁判長裁判官    塚  原  朋  一


            裁判官   古  城  春  実


         裁判官   田  中  昌  利