H15.12.11 東京高裁 平成14(行ケ)479 特許権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第479号 審決取消請求事件
平成15年11月25日口頭弁論終結
            判       決
       原      告    ヒュンダイ ディスプレイ
                                   テクノロジー インコーポレイテッド
        訴訟代理人弁護士    増 田 利 昭
      訴訟代理人弁理士    瀬 谷   徹
  同    斎 藤 栄 一
     被       告    特許庁長官 今井康夫
     指定代理人        平 井 良 憲
  同    畑 井 順 一
  同    高 橋 泰 史
  同    涌 井 幸 一
             主       文

   1 特許庁が不服2000−17308号事件について平成14年6月3日にした審決を取り消す。
   2 訴訟費用は被告の負担とする。
               事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
    主文と同旨
 2 被告
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「液晶表示装置及びその製造方法」とする発明につき,平成9年11月28日(パリ条約による優先権主張1996年11月29日,大韓民国)に出願し(以下「本願出願」という。請求項の数は15である。),拒絶理由通知を受けたことから,平成12年3月7日付けの手続補正書により,本願出願の願書に添付した明細書(以下,この明細書及び願書に添付した図面を併せて「本願明細書」という。)を補正したものの,平成12年7月25日拒絶査定を受け,同年10月30日,これに対する不服の審判を請求した。

    特許庁は,この請求を不服2000−17308号事件として審理し,その結果,平成14年6月3日,「本願審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月24日にその謄本を原告に送達した。
 2 特許請求の範囲【請求項9】(別紙図面A参照)
   「対向する上下基板と,前記上下基板間に介在された液晶を含む液晶表示装置であって,下部基板上に形成されるとともにマトリックス形態に配列され,単位セルを限定するゲートバスライン及びデータバスラインと,
    前記ゲートバスライン及びデータバスラインの交点周囲に形成されて前記ゲートバスラインに加えられる電圧によってスイッチング役割をする薄膜トランジスタと,
    前記単位セル内に透明な導電物質から形成され,等間隔で平行な多数の第1スロットを有して前記液晶を駆動させるカウンター電極と,

    前記カウンター電極上に形成される透明絶縁膜と,
    前記薄膜トランジスタと接続されるとともに前記透明絶縁膜上に重畳され,前記第1スロット間のカウンター電極が露出するように多数の第2スロットを備える透明な導電物質から形成され,前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極を備え,前記カウンター電極と画素電極とは電気的に絶縁されていることを特徴とする液晶表示装置。」(拒絶査定の対象となったのは請求項9で特定された発明である。以下,請求項9の記載によって特定される発明を「本願発明」という。)
 3 審決の理由
    別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願出願に係る優先権主張の日前の平成7年5月19日に頒布された特開平7−128683号公報(以下,審決と同様に「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。別紙図面B参照)及び特開平8−62586号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当する,とするものである。

    審決が上記結論を導くに当たり,本願発明と引用発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
   一致点
   「対向する上下基板と,前記上下基板間に介在された液晶を含む液晶表示装置であって,下部基板上に形成されるとともにマトリックス形態に配列され,単位セルを限定するゲートバスライン及びデータバスラインと,前記ゲートバスライン及びデータバスラインの交点周囲に形成されて前記ゲートバスラインに加えられる電圧によってスイッチング役割をする薄膜トランジスタと,前記単位セル内に導電物質から形成され,等間隔で平行な第1スロットを有して前記液晶を駆動させるカウンター電極と,前記カウンター電極上に形成される絶縁膜と,前記薄膜トランジスタと接続されるとともに前記絶縁膜上に重畳され,前記第1スロット間のカウンター電極が露出するように第2スロットを備える導電物質から形成され,前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極を備え,前記カウンター電極と画素電極とは電気的に絶縁されている液晶表示装置」

   相違点
   「(1)カウンター電極及び画素電極を形成する導電物質が,本願発明では,透明な導電物質であるのに対して,引用例1のものは不透明金属である点。
    (2)カウンター電極及び画素電極が,本願発明のものは,それぞれ多数のスロットを有しているのに対して,引用例1のものは,2個あるいは1個のスロットを有する(図11)ものである点。
    (3)カウンター電極上に形成され,画素電極を重畳する絶縁膜が,本願発明は透明絶縁膜であるのに対して,引用例1のものは,透明であるとの記載がない点。」(以下,上記(1)の相違点を「相違点1」という。)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
    審決は,本願発明と引用発明との一致点・相違点の認定を誤って相違点を看過し(取消事由1),相違点(1)についての判断も誤った(取消事由2)。これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって,取り消されるべきである。

 1 取消事由1(相違点の看過)
    審決は,本願発明と引用発明との一致点の一部として,「等間隔で平行な
第1スロットを有して前記液晶を駆動させるカウンター電極と,・・・前記第1スロット間のカウンター電極が露出するように第2スロットを備える・・・前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極」(下線付加)を有する点を認定した。しかし,本願発明の第1スロットと第2スロットに相当するものは,引用発明の対向電極ライン(本願発明のカウンター電極に相当する。以下同じ。)及びドレインライン(本願発明の画素電極に相当する。以下同じ。)には存在しない。審決のこの一致点の認定は誤りである。
    審決は,本願発明と引用発明との対比において,「引用例1の図11には対向電極ライン4が合計3本示されており,隣り合う対向電極ライン4間は2個の「溝(スロット)」といえる。しかも,上記したようにドレインライン3と対向電極ライン4の間隔a1,a2,a3,a4はすべて同一の値であり,且つドレインライン3と対向電極ライン4の幅はすべて同一の値であるから,前記2個の溝(スロット)は互いに,等間隔で且つ平行な溝である。よって,引用例1の図11の「対向電極ライン4」は,本願発明との対比において「単位セル内に導電物質から形成され,等間隔で平行な2個の第1スロットを有して液晶を駆動させるカウンター電極」であるといえる。」(審決書4頁3段,4段)として,引用例1の図11に示された櫛形対向電極の電極ライン間の溝を,本願発明の「スロット」(「第1スロット」)に相当する,と認定した。

    また,審決は,「引用例1の図11の「ドレインライン3」は,2本のドレインライン3間に1個の「溝(スロット)」を有し,且つ該溝(スロット)間には対向電極ライン4が露出されているから,本願発明との対比において「前記第1スロット間のカウンター電極が露出するように1個の第2スロットを備える導電物質から形成され,前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極」であるといえる。」(審決書4頁5段)として,引用例1の図11に示された櫛形ドレインライン間の溝を,本願発明の「スロット」(「第2スロット」)に相当すると認定した。
    しかし,引用発明の対向電極ライン及びドレインラインは,櫛形電極であり,その「溝」は,本願発明の「スロット」とは異なる。すなわち,本願発明の「スロット」は,その周囲の4辺をカウンター電極あるいは画素電極の各電極で囲まれた細長い小穴の形状の空間を意味する(本願明細書(甲第2号証)の図3,別紙図面A参照)。これに対し,引用発明においては,その3方が,対向電極ラインあるいはドレインラインの各電極に囲まれたコの字形状の空間である溝はあるものの,上記のような4辺を囲まれた形状の「スロット」は存在しない(引用例1(甲第4号証)の図1(a),別紙図面B参照)。

    本願明細書は,その請求項1では,櫛形電極を「ゲートバスラインと平行なメインライン及びこのメインラインから分岐して等間隔に平行に配置された多数のブランチ」と表現し,その請求項9では,「多数の第1スロットを有して・・・カウンター電極と,・・・多数の第2スロットを備える画素電極」と表現していることからも分かるように,一貫して,「ブランチ」によりコ字状溝が生じる櫛形電極形状と,その周囲の4辺を囲まれた空間である「スロット」が生じる電極形状とを区別して記載している。本願明細書において,本願発明の「スロット」がその周囲の4辺を電極に囲まれた細長い小穴の形状の空間を意味していることは,明らかである。
    これに対し,引用例1では,電極形態について,「隣接するゲートライン間に対向電極ラインを有し」(甲第4号証1欄5行,6行)又は「隣接するゲートラインと隣接する信号ラインとで囲まれた1つの画素内で櫛形電極配置により」(同5欄【0007】)との記載,若しくは,図1ないし図12に示された実施例における電極形態から明らかなように,櫛形電極は開示されているものの,その周囲を電極で囲まれた「スロット」形状の空間を有する電極形態は,全く開示されていない。

    本願発明においては,上記のとおり,本願明細書の請求項1の発明と異なり,本願明細書の図3に示されているように,カウンター電極22及び画素電極50が,いずれも上記の「スロット」空間を囲む電極形態に形成されているため,カウンター電極22の二つの第1メインライン22aと画素電極50の二つの第2メインライン50aとがオーバーラップすることにより,液晶表示装置の回路における重要な構成要素である,蓄積キャパシタC1,C2が形成される。このことは,本願明細書の段落【0030】に「このように構成されたLCDは,カウンター電極22と画素電極50とがオーバーラップする部分が顕著に増加し,また,蓄積キャパシタンスも増大する。」と記載されていることから明らかである。したがって,本願発明において,電極を「スロット」形態にすることは,本願発明の重要な構成要素であり,引用発明との明確な相違点である。
    このように,引用例1には,電極を「スロット」が生じる形態にすることは,全く開示されていないのであるから,審決が,これを本願発明と引用発明との一致点として認定したことは,明らかな誤りである。
 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)
    審決は,相違点(1)について,「引用例2に示されるように,水平電界印加型の液晶表示装置の各電極を,透明な導電物質により形成することはよく知られたことであるから,引用例1に記載された水平電界印加型液晶表示装置のカウンター電極及び画素電極を,不透明導電物質に換えて透明導電物質により形成することにより上記相違点1の事項とすることは,当業者が容易になし得たものである。そして,各電極を透明導電物質により形成することで透過率等を改善するとの本願発明の効果も,透明導電物質を使用することにより予測される程度のものである。」(審決書5頁2段,3段)と判断した。

     本願発明の透過率等の改善効果は,「透明導電物質を使用することにより予測される程度のもの」ではなく,透明導電物質を使用するだけでは得られない,大きな効果である。
    本願発明の透過率の改善効果は,平成12年12月20日付けの手続補正書(方式)と題する書面(甲第6号証。以下「甲6文献」という。)において,次のように記載されている。
   「・従来技術
    図1に示されるように,従来の液晶表示装置の透過率は,50msの時,22%しかない。・・・つまり,従来技術において,カウンター電極102と画素電極106は,下部基板に平行な電界を形成するために,十分な間隔を持って配置されるが,放物線形状に形成された電界と電極の上部にある液晶表示装置の分子は,要求されたような水平状には配置されない。・・・

    ・本願発明
    ・・・従って,本願発明の構造においては43%を超える透過率を得る。
    つまり,カウンター電極と画素電極のブランチを配置し,そしてそれらをガラス基板上に間隔なしに絶縁して形成することによって,電界によって影響を受ける空隙はより狭くなるので,各々のブランチの上部の液晶分子は,迅速に駆動される。それゆえ,カウンター電極と画素電極の透過率と開口率はめざましく改善される。
    ・結論
    上述のように,カウンター電極と画素電極のブランチを各々に配置し,それらをガラス基板上に空隙なしに絶縁してつくることにより,従来技術の22%の2倍ほどの43%を超える透過率が得られる。それゆえ,本願発明は,従来技術と比較して高透過率をえられるという点で進歩性がある。」
    本願発明の透過率の向上は,上記のとおり,単に透明導電物質を使用するだけではなく,電極の配置を創出したことにより得られたものである。このことは,本願明細書の従来技術についての,「カウンター電極102と画素電極106は,所定の幅,例えば,約5乃至10μmの幅を有する。この場合,カウンター電極102,画素電極106の縁部分約1乃至2μm部分に存在する液晶は電界に影響されるが,カウンター電極102,画素電極106上部中央に存在する液晶は,電界に影響されない。即ち,カウンター電極102,画素電極106上部の中央に等電位面(equipotentialsurface)が形成される。それにより,電圧印加時にカウンター電極102と画素電極106の上部中央に存在する液晶は駆動しなくなる。」(甲第2号証【0008】)との説明からも明らかである。電極上部中央の液晶は電極を透明電極に換えても駆動されないのである。したがって,本願発明の効果は,「透明導電物質を使用することにより予測される程度のもの」より,はるかに大きいのである。透過率43%は,本願発明の電極配置を,最も効率よく液晶が駆動されるように配置された場合に得られる値である。本願発明においては,

この値までは透過率向上が可能なのである。
第4 被告の反論の要点
    審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
 1 取消事由1(相違点の看過)について
   (1) 本願発明の「スロット」の解釈について
      「スロット」という用語は,一般に用いられる用語であって,一般に用いられる場合のその語意は明確であるから,本願明細書の請求項9における「スロット」も,一般に用いられる場合の語意どおりの意味に解するのが相当である。このことは,最高裁平成3年3月8日判決(民集45巻3号123頁)が,「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか・・・の事情があるときに限って,明細書の発明の詳細な説明を参酌することが許されるに過ぎないのであって,このような特段の事情がない限り,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである」と判示するところにも合致するものである。

      日本国語大辞典第11巻(小学館,昭和49年9月1日発行)を見ると,「スロット[名](英slot)@工作物などに作ったみぞ。・・・」と記載されており,また,大辞泉(小学館,平成7年12月1日発行)には,「スロット【slot】《細長い溝やすきまの意》@工作物などの溝穴。・・・)と記載されている。このように,「スロット」の基本的な語意は,「溝」であり,審決の認定は,このような語意に基づいて行ったものである。仮に,スロットに他の意味があるにしても,上記の広い語意をも含むことを否定することはできないのである。したがって,本願発明の「スロット」を,その周囲の4辺を各電極で囲まれた,細長い小穴の形状の空間に限定して解釈することはできない。
      引用発明も,その周囲の4辺を各電極で囲まれたものではないとはいえ,本願発明と同様に,溝すなわち「スロット」を有するものであることは明らかである。

      審決の一致点の認定に誤りはない。
   (2) 蓄積キャパシタの効果について
      仮に,本願発明の「スロット」が,その周囲の4辺を各電極で囲まれた細長い小穴の形状の空間であったとしても,画素電極とカウンター電極の配置関係が請求項9に規定されていないのであるから,原告が主張するように,両電極が重なっているとはいうことはできない。そうすると,本願発明9につき,必ず蓄積キャパシタの効果を有する,ということはできないことになる。
      仮に,本願発明9が蓄積キャパシタの効果を奏するとしても,蓄積キャパシタを形成する構成は引用例1にも記載されている。すなわち,引用例1のすべての図面において,「蓄積容量部5」が記載されており,それが蓄積キャパシタの効果を有することは引用例1の記載から明らかである。また,引用例1の図6ないし図12には,対向電極ライン4とドレインライン3との交差部を設けて蓄積容量部5を形成すること,及び,その交差部においてドレインライン3の幅を広くして重なり部分の面積を大きくしたものが記載されており,特にその図11,図12において記載されている,ドレインライン3の幅を,より大きくして隣と接続することにすれば,本願発明の実施例である図3に記載されているものと同じになる。したがって,本願発明と引用発明とは,蓄積キャパシタの効果を有するか否かの点でも,相違するものではない。

 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)について
   (1) 引用例2には,その段落【0017】に,200nmのITOが記載されており,その【0005】には,ITOが数百nmでは透明である,と記載されている。これに限らず,ITOが透明電極として使用されることは技術水準から見て明らかであるとともに,液晶表示装置の技術分野において,透明電極を採用すること自体は慣用されている技術である。
      したがって,引用発明の電極を,引用例2にも見られるような透明電極にすることは,審決が判断したとおり,当業者が容易になし得ることである。
   (2) 相違点(1)についての原告の主張は,本願発明が,カウンター電極と画素電極のブランチをガラス基板上に間隔なしに絶縁して形成することを前提にしたものである。しかし,本願明細書の特許請求の範囲(請求項9)には「間隔なしに」との記載はない。「間隔なしに」というような規定が請求項9にない以上,本願発明は,カウンター電極と画素電極のブランチが間隔を有して配置されるものを含むものとして把握すべきである。これは,甲6文献において従来技術として記載されているものであり,甲6文献によれば格別の作用効果がないとして記載されているものである。したがって,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,失当である。

第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点の看過)について
   (1) 本願発明の「スロット」の意味について
      本願発明の「スロット」につき,その周囲4方を電極により囲まれた細長い長方形状の小穴を意味するのか,これに限られず,櫛形電極により形成されるコ字状の溝も含まれるのか,について争いがある。
      「スロット」の用語が一般にどのような意味で用いられているかを辞典類で見ると,日本国語大辞典第11巻(小学館,昭和49年9月1日発行。乙第1号証)には,「スロット[名](英slot)@工作物などに作ったみぞ。A自動販売機・公衆電話などの料金を入れる投入口・・・」と,大辞泉(小学館,平成7年12月1日発行。乙第2号証)には,「スロット【slot】《細長い溝やすきまの意》@工作物などの溝穴。A自動販売機・公衆電話などの料金の投入口・・・」と,コンサイス・カタカナ語辞典第2版(三省堂,2002年2月20日発行。甲第9号証)には,「・・・Aみぞ穴.特に公衆電話・自動販売機などの料金投入口やコンピューターなどの付属機器さし込み用のもの.<昭>」と,それぞれ記載されている。「スロット」の用語は,このように,一般に,細長い溝あるいは溝穴,又は,公衆電話・自動販売機などの料金投入口をいうものとして用いられており,広狭の意味があり,一義的とはいい難い。

      「スロット」という文言の意味が,上記のとおりであるとすると,本願発明の「スロット」が,その周囲4方を電極により囲まれた細長い長方形状の小穴を意味するのか,これに限られず,櫛形電極により形成されるコ字状の溝も含む意味であるのかは,文言自体のみでは明らかではないという以外にない。本願明細書の請求項9の記載全体を見ても,この点については,明らかとはならない。そうすると,本願発明の「スロット」は,その技術的意義を,特許請求の範囲の記載自体から一義的に明確に理解することができないものということになる。そこで,本願明細書の他の記載を参酌することにする。
   (2) 本願明細書の記載事項
     (ア) 本願明細書の【発明の詳細な説明】では,〈第1の実施の形態〉に関して,「ゲートバスライン1とデータバスライン5とから囲まれた単位セルの空間にはカウンター電極2が配置される。このカウンター電極2は,ゲートバスライン1と平行なメインライン2aを含み,またこのメインライン2aから分岐して等間隔でデータバスライン4と平行に配置された
複数の,枝部としての例えば五つのブランチ2b,2c,2d,2e,2fを含む。また,カウンター電極2は,透明な伝導物質,例えばITO(indium tin oxide)物質から形成される。」(甲第2号証【0019】,下線付加)と記載されている。
        本願明細書のこの記載及び「本発明の第一の実施の形態によるLCDの平面図である」(甲第2号証10欄29行,30行)図1からすると,本願明細書において,カウンター電極2のメインライン2aから櫛の歯状に延在する複数の枝部2bないし2fを意味するものとして,「ブランチ」の語が使用されていることが明らかである。
        本願明細書の【発明の詳細な説明】では,〈第1の実施の形態〉に関して,「画素電極5は,TFTのソース4aと接触し,カウンター電極2の上部に透明絶縁膜(図示せず)を介して重畳される。この透明絶縁膜としては,SiO2 ,S ix Ny 膜が用いられる。この場合,画素電極5には,カウンター電極2のブランチ2b〜2fが露出するように,複数の例えば
三つのスロットS1,S2,S3が形成されている。このスロットS1,S2,S3の幅は,カウンター電極2のブランチ2b〜2fの幅と同一である。この際に,スロットS1,S2,S3間のカウンター電極をバー5a,5b,5c,5dとする。この実施の形態においては,バーは四つである。また,スロットS1,S2,S3間の画素電極5の幅,すなわちバー5a〜5dの幅は,カウンター電極2のブランチ2b〜2fの幅と同一である。」(同【0021】,下線付加)とも記載されている。
        本願明細書のこの記載及び図1からすると,本願明細書において,少なくとも,第1の実施の形態についての説明に関しては,「スロット」の語が,4方が閉止された形状を意味するものとして,すなわち,カウンター電極2の上に透明絶縁膜を介して重畳される画素電極5に形成された,4方が閉止された窓状の開口S1ないしS3を意味するものとして,使用されていることが明らかである。
     (イ) 本願明細書の【発明の詳細な説明】では,〈第2の実施の形態〉に関して,「ゲートバスライン1とデータバスライン5とから囲まれた単位セルの空間にはカウンター電極22が配置される。カウンター電極22はゲートバスライン1と平行な二つの第1メインライン22a,22aと,この二つの第1メインライン22aの間を連結する多数の第1バー,例えば五つの第1バー22b〜22fとを含む。
この第1バー22b〜22fの間には,2乃至5μmの幅を有する多数の第1スロットSS1,SS2,SS3,SS4…,例えば四つのスロットがそれぞれ等間隔で形成される。第1スロットSS1,SS2,SS3,SS4の幅は,カウンター電極22のバーの幅と同一に形成される。」(同【0026】,下線付加)との記載,及び,「画素電極50はTFTとコンタクトされ,カウンター電極22及び共通電極ライン2−1と重畳される。この場合,カウンター電極22の上部には,絶縁膜(図示せず),例えばSiO2 ,Six Ny のような透明絶縁膜が形成されて,カウンター電極22と画素電極50は絶縁される。画素電極50は,ゲートバスライン1と平行な二つの第2メインライン50a,50a間を連結する多数の,例えば四つの第2バー50b〜50eを備え,この第2バー50b〜50e間には多数の,例えば三つの第2スロットS1,S2,S3が形成されている。この第2スロットS1,S2,S3を通じて第1バー22b〜22fが露出される。」(同【0028】,下線付加)との記載がある。
        本願明細書の上記記載及び「本発明の第二の実施の形態を示すLCDの平面図である」(甲第2号証10欄33行,34行)図3からすると,〈第2の実施の形態〉においては,カウンター電極22及び画素電極50には両方とも上記(ア)の意味における「スロット」が設けられており,これらはそれぞれ「第1スロット」及び「第2スロット」と呼ばれていることが明らかである。
   (3) 本願明細書の特許請求の範囲の記載について
      本願明細書の【請求項1】は,カウンター電極について「前記単位セル内に透明な伝導物質から形成されてゲートバスラインと平行なメインライン及びこのメインラインから分岐して等間隔で平行に配置された多数の
ブランチとを備え,前記液晶を駆動するカウンター電極」と規定し,画素電極について「前記薄膜トランジスタと接続されるとともに前記透明絶縁膜状に重畳され,カウンター電極の前記ブランチ等が露出するように,多数のスロットとスロット間に備えられた多数のバーとを備える透明な導電物質から形成されて,前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極」(甲第3号証,下線付加)と規定している。
      この【請求項1】により特定される発明は,カウンター電極が,メインライン及びこのメインラインから分岐した「ブランチ」により形成される櫛歯状の構造で,画素電極が4方が閉止した窓状の多数の形状が生じる構造であるから,本願明細書における上記の〈第1の実施の形態〉(図1参照)をその実施例とする発明であるとみることができる。そして,ここでは,カウンター電極については,「ブランチ」の語が用いられていて「スロット」の語は用いられておらず,画素電極については,「スロット」の語が用いられていて「ブランチ」の語は用いられていない。
      本願明細書の【請求項9】においては,カウンター電極について「前記単位セル内に透明な導電物質から形成され,等間隔で平行な多数の
第1スロットを有して前記液晶を駆動させるカウンター電極」と規定し,画素電極について「前記薄膜トランジスタと接続されるとともに前記透明絶縁膜上に重畳され,前記第1スロット間のカウンター電極が露出するように多数の第2スロットを備える透明な導電物質から形成され,前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極」(甲第3号証,下線付加)と規定している。
      この【請求項9】により特定される本願発明は,カウンター電極と画素電極が共に多数の「スロット」が生じる構造であるから,本願明細書における〈第2の実施の形態〉(図3参照)をその実施例とする発明であるとみることができる。
   (4) 本願明細書中には,「スロット」の語を,その周囲4方を囲まれた細長い長方形状のみを意味するものとして用いられているとの理解の妨げとなるものはない。換言すれば,「スロット」の語を,単なるコ字状をも含むものとして把握しないと理解することができなくなるものはない。
   (5) 審査・審判の過程で,「スロット」の語の意味が問題とされ,それが,その周囲4方を囲まれた細長い形状のみを意味するか,単なるコ字状を含む意味であるかにつき,より明確にする機会が原告に与えられた(それにもかかわらず,原告がこの点を明確にしなかった。),との事情は,本件全資料によっても認めることができない。

   (6) 以上からすれば,本願発明における「スロット」は,その請求項の記載自体からは,その周囲4方を電極により囲まれた細長い長方形状の小穴を意味するのか,これに限らず,櫛形電極により形成されるコ字状の溝も含むのか,その技術的意義が明らかではないものの,本願明細書の他の記載及び図面を参酌すれば,4方が閉止された窓状の開口であり,換言すれば,その周囲4方を電極により囲まれた細長い長方形状の小穴を意味し,櫛形電極により形成されるコ字状の溝はこれに含まれないものとして,また,この櫛形電極は,「ブランチ」の用語を用いて特定され,「スロット」は,4方が閉止された窓状の開口を形成する形状の電極を特定する用語として用いられている,と理解するのが,最も合理的な理解であるというべきである。
   (7) 引用発明について

      引用発明の対向電極ライン(本願発明のカウンター電極に相当する。)及びドレインライン(本願発明の画素電極に相当する。)は,いずれも櫛形電極であり,本願明細書における「ブランチ」に相当するものであって,それにより形成されるコ字状溝は,本願発明における「スロット」に相当しないものであることは,引用例1の記載及びその図1,図11から明らかである。
   (8) 審決の誤り
     審決は,「引用例1の図11には対向電極ライン4が合計3本示されており,隣り合う対向電極ライン4間は2個の「溝(スロット)」といえる。しかも,上記したようにドレインライン3と対向電極ライン4の間隔a1,a2,a3,a4はすべて同一の値であり,且つドレインライン3と対向電極ライン4の幅はすべて同一の値であるから,前記2個の溝(スロット)は互いに,等間隔で且つ平行な溝である。よって,引用例1の図11の「対向電極ライン4」は,本願発明との対比において「単位セル内に導電物質から形成され,等間隔で平行な2個の第1スロットを有して液晶を駆動させるカウンター電極」であるといえる。」(審決書4頁3段,4段)と認定し,また,「引用例1の図11の「ドレインライン3」は,本願発明の「画素電極」と同様,前記薄膜トランジスターと接続されるとともに前記ゲート絶縁膜上に重畳されている。しかも,引用例1の図11の「ドレインライン3」は,2本のドレインライン3間に1個の「溝(スロット)」を有し,且つ該溝(スロット)間には対向電極ライン4が露出されているから,本願発明との対比において「前記第1スロット間のカウンター電極が露出するように1個の第2スロットを備える導電物質から形成され,前記カウンター電極と協同して液晶を駆動させる画素電極」であるといえる。」(審決書4頁5段)と認定した。審決が,引用例1の図11の対向電極ラインとドレインラインにより形成されるコ字状溝を「スロット」であると認定したことが誤りであることは,上記に認定したところから明らかである。審決は,このような誤った認点に基づき,本願発明と引用例1に記載される引用発明は,「第1スロットを有するカウンター電極」と「第2スロットを備える画素電極」とを備える点で一致すると認定し,その結果,本願発明におけるカウンター電極及び画素電極の電極形状と,引用発明における対向電極ライン及びドレインラインの櫛形電極の形状との差異を看過し,これについての判断を怠ったものである。この電極の形状の差異は,本願発明と引用発明との構成上の相違点として,本願発明の進歩性を判断する上で,当然に判断されるべき事項であるから,この相違点についての判断の欠如は,審決の結論に影響することが明らかである(本願発明におけるカウンター電極と画素電極との電極形状により,本願明細書の<第二の実施の形態>(前述のとおり,請求項9すなわち本願明細書に対応する実施例である。)について,「このように構成されたLCDは,カウンター電極22と画素電極50とがオーバーラップする部分が顕著に増加し,また,蓄積キャパシタンスも増大する。」(甲第2号証【0030】)との作用効果が生じる旨の記載もあるところである。)。
   (9) 被告の反論について
      被告は,「スロット」という用語は,一般に用いられる用語であって,一般に用いられる場合のその語意は明確であるから,本願明細書の請求項9における「スロット」も,一般に用いられる場合の語意どおりの意味に解するのが相当である,このことは,最高裁平成3年3月8日判決(民集45巻3号123頁)が,「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか・・・の事情があるときに限って,明細書の発明の詳細な説明を参酌することが許されるに過ぎないのであって,このような特段の事情がない限り,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである」と判示するところにも合致する,仮に,「スロット」に「溝」という広い語意以外の意味もあるとしても,本願発明の「スロット」が「溝」という広い語意をも含むことを否定することはできない,と主張する。

      しかし,本願発明の「スロット」が,その請求項9の記載自体からその技術的意義を明確に理解することができるものではないことは,上記のとおりである。上記最高裁判決に照らしても,本願発明の「スロット」について,本願明細書の【発明の詳細な説明】を参酌することが許されないとの被告の主張は採用することができない(被告の主張は,特許請求の範囲で用いられている用語は,その用語自体としては,広狭の複数の意味があっていずれの意味でも用いられ得るものであっても,常に,広義の意味で用いられているものと理解されなければならない,というに帰する。これを合理的なものということはできない。)。
      被告は,仮に,本願発明の「スロット」が細長い小穴の形状の空間であったとしても,画素電極とカウンター電極の配置関係が請求項9に規定されていないのであるから,両電極が重なっているとはいうことはできない,したがって,本願発明9が,蓄積キャパシタの効果を有するとは必ずしもいえない,と主張する。

      しかし,本願発明が,「多数の第1スロットを有して前記液晶を駆動させるカウンター電極と,・・・多数の第2スロットを備える・・・画素電極を備え」(甲第3号証【請求項9】)ることをその構成とする発明であり,引用発明が「ブランチ」を備えてはいるけれども「スロット」を備えていない櫛形電極をその構成とする発明であるにもかかわらず,審決が,その構成における相違点を看過して,当該相違点についての判断を示さなかったこと自体,審決の結論に影響する誤りであると解すべきことは,上記のとおりである。
      本願発明と引用発明との蓄積キャパシタにおける効果の差異は,この相違点についての判断において必要に応じて検討されるべき事柄であり,本判決において判断する必要のないことというべきである。
 2 結論

    以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由1には理由があり,原告の本訴請求が正当であることは,その余について判断するまでもなく明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   
   東京高等裁判所第6民事部


         裁判長裁判官        山  下  和  明

            裁判官        設  樂  隆  一

            裁判官          阿  部  正  幸