H15. 7. 3 東京高裁 平成14(行ケ)377 商標権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第377号 審決取消請求事件
平成15年5月6日口頭弁論終結
                 判       決
         原    告     有限会社梅園
         訴訟代理人弁理士   鈴 木 正 次
         同          涌 井 謙 一
         被    告     石井製菓株式会社
         訴訟代理人弁護士   有 賀 信 勇
         訴訟代理人弁理士   榎 本 一 郎
                 主       文
           特許庁が無効2001−35359号事件について平成14年6月27日にした審決を取り消す。
           訴訟費用は被告の負担とする。

           
                 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
     主文と同旨。
 2 被告
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
     被告は,「ふぐの子」の文字を標準文字で横書きして成り,商標法施行令1条別表の商品及び役務の区分第30類の「菓子及びパン」を指定商品とする登録第4409662号商標(平成11年5月14日登録出願(以下「本件出願」という。)。平成12年8月18日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
     原告は,平成13年8月15日,本件商標の登録(以下「本件商標登録」ということがある。)を無効にすることについて審判を請求した。
     特許庁は,これを無効2001−35359号事件として審理し,その結果,平成14年6月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年7月9日にその謄本を原告に送達した。

 2 審決の理由の要点
     別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,@本件商標と,(ア)「子ふぐ」の文字を横書きして成り,商標法施行令1条別表の商品及び役務の区分第30類の「菓子及びパン」を指定商品とする登録第4381017号商標(平成11年4月21日登録出願。平成12年5月12日設定登録。以下「引用A商標」という。),(イ)別紙審決書の写し末尾に表示された構成より成り,商標法施行令1条別表の商品及び役務の区分第30類の「茶,みそ,穀物の加工品,サンドイッチ,すし,ピザ,べんとう,ミートパイ,ラビオリ,菓子及びパン,即席菓子のもと」を指定商品とする登録3063820号商標(平成4年8月26日登録出願,平成7年7月31日設定登録。以下「引用B商標」という。),及び,(ウ)請求人(原告)が,長年使用してきた結果需要者に広く知られるに至ったと主張する「河豚最中」の文字より成る商標(以下「引用C商標」という。審決では「使用商標」といわれている。)とは,それぞれ,その外観,称呼及び観念のいずれからみても,何ら相紛れるおそれのない,非類似の商標であるから,本件商標は商標法4条1項10号,11号に違反して登録されたものということはできない,A本件商標と引用C商標とは,何ら相紛れるおそれのない非類似の商標であるから,本件商標をその指定商品について使用しても,その商品が請求人(原告)又は同人と何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれはなく,本件商標を商標法4条1項15号に違反して登録されたものとすることはできない,として,請求人(原告)の主張する無効理由をすべて排斥するものである。
第3 原告の主張の要点
     審決の理由のうち,「第1 本件商標」,「第2 請求人の引用商標」,「第3 請求人の主張」,「第4 被請求人の主張」は認め,「第5 当審の判断」は争う。
     審決は,本件商標と引用A商標との類否についての判断を誤り(取消事由1),本件商標と引用C商標との類否についての判断を誤り(取消事由2),本件商標をその指定商品に含まれる最中(もなか)に使用するときは,引用C商標を用いた原告の商品である最中との間に,出所の混同を生ずるおそれがあるのに,誤ってこれを否定した(取消事由3)ものである。これらの誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,違法なものとして取り消されるべきである。

 1 取消事由1(本件商標と引用A商標との類否についての判断の誤り)
     審決は,本件商標と引用A商標とは,「観念において共通するところがあるとしても,上記のとおり,それぞれ4音(判決注・「フグノコ」)と3音(判決注・「コフグ」)という共に短い構成音数にあって,称呼上明瞭な差異を有するばかりでなく,外観上の明白な差異を含め商標のもつ伝達能力を総合的にみたときに,両商標は,相紛れるおそれのない非類似の商標であるというのが相当である。」(審決書11頁13行〜17行)と判断した。
     しかし,審決の上記判断は,誤りである。
   (1) 本件商標と引用A商標とは,共に「ふぐ(河豚)の子」を意味する語から成り,その観念は同一である。
   (2) 本件商標と引用A商標とは,称呼上それぞれ4音と3音という短い構成ではあるものの,「フ」,「グ」,「コ」の3音を共通にし,「ノ」の1音の有無において違うだけであるから,称呼上類似する。

   (3) 登録商標中に商品名がない場合でも,現実に使用される場合には,通常,商品名を付して使用される。特に,商品が「最中」の場合には,必ずといってよいほど商標と商品名とを結合して表示するため,実際の取引においては,「フグノコモナカ」,「コフグモナカ」と称呼される場合が多い。
       このような場合には,本件商標の構成音数は7音,引用A商標の構成音数は6音となり,いずれも,称呼上短い構成音数とはいえず,両者は称呼上類似する。
   (4) 本件商標と引用A商標とは,実質上,要するに,語頭と語尾の「子」を入れ替えたものにすぎない。このようなときは,一般に,両商標は,類似商標に当たるというべきである。
   (5) 上に述べたところによれば,本件商標と引用A商標とは,観念において同一であり,称呼において類似するということができるから,互いに類似する商標であるというべきである。

 2 取消事由2(本件商標と引用C商標との類否判断についての誤り)
     審決は,「本件商標と請求人の使用商標「河豚最中」(判決注・引用C商標)との類否について検討するに,本件商標は,「フグノコ」(河豚の子)の称呼,観念を生ずるのに対し,使用商標(判決注・引用C商標)は,その構成文字に相応して「フグモナカ」及び「フグ」の称呼を生ずるものであり,「河豚」の観念を生ずるものと認められるから,両商標より生ずる上記の各称呼は,その音構成,構成音数において明らかに相違するものであって,称呼上,相紛れるおそれのないものであり,また,観念においても相違する。さらに,両商標は,前記のとおりの構成よりなるものであるから,外観においては,相紛れるおそれがない程度に相違するものである。」(審決書11頁23行〜31行)と認定判断した。

     しかし,審決の上記認定判断は誤りである。本件商標と引用C商標とは,「フグ」の称呼,「河豚」の観念を共通にする類似の商標である。
   (1) 本件商標と引用C商標とは,「フグ」の称呼を共通にする。
   (2) 本件商標を用いた商品も,引用C商標を用いた商品も,共に,「河豚」を図案化した最中皮を使用している。このこともあって,両商標のいずれからも「河豚」の観念が生じる。両商標は,「河豚」の観念を共通にする商標である。
   (3) 本件商標と引用C商標とは,時と所を変えてこれに接する場合には,共に「フグ」の称呼と「河豚」の観念のみが認識されるものであるから,称呼及び観念において類似する商標である。
   (4) 引用C商標は,原告によって,昭和31年から継続して使用されていたのみならず,これの付された商品である最中が河豚を図案化した最中皮を使用するものであったので,「ふぐ最中」として取引者・需要者間に広く知られていた。

       本件商標が現実に使用されている商品は,河豚を図案化した最中皮を使用した最中である。また,本件商標を構成する「ふぐの子」は「ふぐ」の下位概念である。本件商標が,河豚の形状,模様の最中皮を用いた商品について使用されるときは,取引者・需要者は,これを「ふぐ最中」として認識し,原告の販売する「河豚最中」との間に商品の混同を生じる。
   (5) 上に述べたところによれば,本件商標は,原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者間に広く認識されている商標である引用C商標(「河豚最中」)と類似する商標である,というべきである。
 3 取消事由3(出所混同のおそれについての判断の誤り)
     審決は,本件商標の商標法4条1項15号該当性の判断において,「使用商標「河豚最中」(判決注・引用C商標)が請求人の業務に係る商品「最中」を表示するの(判決注・「の」は誤記と認める。)商標として,本件商標の登録出願時に,北九州地方の取引者,需要者の間に相当程度知られていたものであることは認め得るとしても,本件商標と請求人の使用商標(判決注・引用C商標)とは,前記1で認定したとおり,何ら相紛れるおそれのない非類似の商標であるから,本件商標をその指定商品について使用しても,これに接する取引者,需要者をして請求人の使用商標(判決注・引用C商標)を想起又は連想させるものではないと判断するのが相当である。したがって,本件商標をその指定商品に使用した場合,その商品が請求人又は同人と何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く,商品の出所について混同を生ずるおそれのないものといわなければならない。」(審決書11頁下から4行〜12頁6行)と判断した。

     しかし,審決の上記判断は誤りである。
     本件商標と引用C商標とを同一商品である「最中」に使用すれば,いずれからも「フグモナカ」の称呼と,「河豚最中」の観念を生じることは否定できないから,商品の出所につき混同を生じることは明らかである。
 4 被告の主張に対する反論(取引の実情について)
   (1) 原告及び被告の店舗所在地において,「ふぐ(河豚)」にちなんだ名称の商品が販売されている度合いが,他の地区より多いことは,事実である。しかしながら,商品である最中については,原・被告以外の者による「ふぐ」の文字を用いた商標の使用は確認されていない。
   (2) ふぐの形を模した最中皮を使用した最中を製造販売していたのは,昭和30年ころから現在に至るまで,原告のみであったといっても過言ではない(甲第9,第13号証,第14号証の1ないし32)。

       原告は,「梅園河豚最中」及び「河豚最中」の商標を昭和30年ころから現在に至るまで引き続き使用してきた。そのため,河豚の形をした最中皮を使用した「河豚最中」は,本件出願時までに,少なくとも北九州地区においては,原告の製造販売する商品として取引者・需要者間に広く知られるに至っていた。
       被告が本件商標である「ふぐの子」を商品である最中に使用することは,原告の引用C商標である「河豚最中」と紛らわしく,商品の出所の混同を生じるおそれがある。
第4 被告の反論の要点
     原告の主張はすべて争う,審決の認定判断は正当であり,審決に,取消事由となるべき誤りはない。
 1 取消事由1(本件商標と引用A商標との類否についての判断の誤り)について
   (1) 本件商標と引用A商標とは,称呼,観念,外観のいずれにおいても類似しない。

     ア 称呼について
         本件商標は,平仮名「ふぐ」と漢字の「子」とが,助詞「の」で連結され,まとまりよく一体に表記されており,称呼も4音と短く語呂(語路)もよく,「フグノコ」と一連かつ一気に呼称されるものである。引用A商標は,漢字「子」と平仮名「ふぐ」とからなり,語数も3音と短く語呂もよく,「コフグ」と一連かつ一気に称呼されるものである。商標全体を一気に発音した場合,その音数及び音構成からして,語調語感が異なり,互いに紛れることなく識別し得るものであることは明白である。
         両商標は,称呼上紛れるおそれは全くなく,称呼において類似しない。
     イ 観念について
         本件商標は,上記のとおり,「ふぐ」と「子」とが,所属・所有を表す連体助詞の「の」をもって連結されたものであるので,「親河豚から生まれた子供の河豚」,「親河豚の子供」,「河豚の子供」の観念を直感的に想起させる。しかも,この場合の「河豚の子供」も,「親河豚に寄り添う河豚の子供」のイメージを想起させるものであり,単独の小さい可愛い河豚というのとは異なるものである。

         一方,引用A商標は,「子供の河豚」,「小さい河豚」,「可愛い河豚」の観念を生じるものであり,しかもこの場合の「子供の河豚」は,親河豚との関連は希薄で,「一匹の可愛い子供の河豚」とのイメージを想起させるものである。
         両商標は,観念において類似しない。
     ウ 外観について
         本件商標と引用A商標とが外観において類似しないことは明らかである。
         両商標が,共に,河豚を図案化した最中皮の最中に使用されているからといって,それだけで直ちに両商標の外観が類似するものになることはない。
   (2) 後記取引の実情によれば,本件商標と引用A商標とは,同一の商品(最中)に使用しても,商品の出所につき混同のおそれがないものというべきである。
 2 取消事由2(本件商標と引用C商標との類否についての判断の誤り)について

   (1) 本件商標と引用C商標とが,称呼,観念及び外観のいずれにおいても類似しないことは,1で述べたところから明らかである。
       本件商標と引用C商標とがいずれも河豚を図案化した最中皮の最中に使用されているとしても,それぞれが使用されている最中の最中皮の形態は,全く異なっている。両商標が「河豚」の観念を共通にすることによって混同が生じる,などということはない。
       後記取引の実情からみて,両商標を使用した商品がいずれも「河豚」を図案化した最中皮を使用していたからといって,直ちに商品の混同を生ずるものではないことは,明らかである。
   (2) 原告の使用していた商標は「梅園河豚」である。引用C商標(「河豚最中」)が取引者・需要者間において広く知られていた,という事実はない。
 3 取消事由3(出所混同のおそれについての判断の誤り)について

     原告の主張に理由がないことは,2で述べたところから明らかである。
 4 取引の実情について
   (1) 原告及び被告の店舗所在地である北九州市門司区は,関門海峡を挟んで対岸に位置する山口県下関市とともに,古くから「関門地区」と呼ばれ,河豚の水揚げが多い地区であり,土産物にも河豚にちなんだ商品が数多く店頭に並び,本件商標及び引用A・B商標の指定商品である菓子類においても,商品名に「ふぐ」の文字を含むものが種々存在する(乙第14ないし第41号証,第43ないし第45号証)。
       さらに,町おこしの一環として,「門司港レトロ」と題し,門司区の歴史や名産物,あるいは伝統行事を紹介するなど,地域の活性化に努めている。その土産物売場の随所で,「ふぐ」の文字を商標として使用している菓子類が数多く売られており,「最中」についても,ずいぶん以前から,「ふぐ」の文字が公然と種々使用されている。特に,JR門司港駅の前に作られた「門司港レトロスクエア」の「海峡プラザ」内に設置されている「おみやげ雑貨横丁」(乙第42号証)には,「ふぐ」を商品名の中に取り入れたおびただしい菓子類が販売されており,原・被告の商品もその一つである。

       このような地域においては,顧客は,単に商品名に「ふぐ」が含まれているか否かだけでなく,また形状が河豚の形をしているか否かだけでなく,製造業者名,個別的な形状の特色,味,値段,嗜好などにより商品の選択を行い,買い分けているのが実態である。
       上記「門司港レトロスクエア」においても,上記商品間の誤認混同を理由に問題が発生したことはない。原告の商品と被告の商品との間においても,店舗が隣合わせに並んでいるにもかかわらず,これまで誤認混同が生じたことは一度もなく,本店や他の店舗においても,両者が間違えられたことは一度もない。
       上記取引の実情に照らすと,本件商標が用いられる地域においては,「ふぐ」の文字を含む商標については,「ふぐ」の部分のみを取り出して称呼,観念されることはなく,商標全体をもって識別され流通していることが明らかである。

   (2) 被告は,昭和39年3月18日,指定商品を菓子及びパンとする,商標「ふぐの子」の出願をし,昭和42年に商標登録された(同商標登録は,昭和62年に更新を失念したことにより,失効してしまった。)。被告は,昭和47年ころ,関門橋の開通に合わせて,最中形態の商品である「ふぐの子」の販売を開始したものである。本件商標である「ふぐの子」は,平成11年5月14日に改めて出願し直して,平成12年8月18日に登録がなされたものである。
         原告の商標の登録日は次のとおりである。
       @ 「梅園河豚」       昭和33年2月11日登録
                                   (昭和32年4月19日出願)
       A 引用B商標(ふぐの図形) 平成 7年7月31日登録
                                   (平成4年8月26日出願)

       B 引用A商標「子ふぐ」   平成12年5月12日登録
                                   (平成11年4月21日出願)
       C 「河豚最中」       平成13年5月11日登録
       原告の上記各商標と本件商標との間で,これを付した商品につき出所の混同を生じたことはない。
   (3) 以上のとおりであるから,本件商標と引用A商標及び引用C商標とは,これらを付した商品につき,出所の混同のおそれは全くない。原告は,上記の経緯を十分知りながら,無効審判を請求し,本件訴訟を提起したものである。権利の濫用に当たるというべきである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件商標と引用A商標との類否についての判断の誤り)について
   (1) 審決は,本件商標と引用A商標との類否について,「本件商標は,その構成文字に相応して「フグノコ」の称呼のみを生ずるといえるものであり,そして,「河豚(ふぐ)の子」の観念を生ずるものと判断するのが相当である。これに対して引用A商標は,前記したとおり「子ふぐ」の文字よりなるから,本件商標と同様の理由でその構成文字に相応して「コフグ」の称呼を生ずるものであり,「こどもの河豚(ふぐ),小さい河豚」といった観念を生ずるといえるものである。しかして,本件商標と引用A商標とは,両商標の観念において共通するところがあるとしても,上記のとおり,それぞれ4音と3音という共に短い構成音数にあって,称呼上明瞭な差異を有するばかりでなく,外観上の明白な差異を含め商標のもつ伝達能力を総合的にみたときに,両商標は,相紛れるおそれのない非類似の商標であるというのが相当である。」(審決書11頁6行〜17行)と判断した。

   (2) 本件商標は,その構成文字に相応して「河豚(ふぐ)の子」の観念を生じ,引用A商標は,その構成文字に相応して「こどもの河豚(ふぐ),小さい河豚」の観念を生じることは,明らかである。両商標は,その観念において,ほぼ同一であるといい得る程度によく似ているというべきである。
       本件商標は,その構成文字に相応して「フグノコ」の称呼を生じ,引用A商標は,その構成文字に相応して「コフグ」の称呼を生じることは,明らかである。
       両商標の上記各称呼は,「フ」,「グ」,「コ」の3音において共通しており,「ノ」の音の有無と「コ」の音の位置(語尾か語頭か)において異なるにすぎない。「フグ」は「河豚」を,「コ」は「子」を意味する語であり,「ノ」は「河豚」と「子」との関係を示す助詞であることから,実質的には上記各称呼は,「河豚」を意味する語と「子」を意味する語の語順を入れ替えたにすぎないものであるということができる。

       上記対比の結果によれば,本件商標と引用A商標とは,その称呼において相当によく似ているというべきである。
       称呼について述べた上記のことは,外観についてもほぼ同様に当てはまるということができる。
   (3) 以上のとおり,本件商標と引用A商標とは,観念においてほぼ同一であるといい得る程度によく似ており,称呼・外観においても相当によく似ているということができる。
       両商標は,反対に解すべき特段の事情が認められない限り,全体として,商標法4条1項11号にいう意味で類似するというべきである。
       審決が,上記特段の事情の検討をしないままに,両商標は称呼・外観上明瞭・明白な差異を有しているため類似しない,としたのは誤りである。
   (4) 被告は,取引の実情を考慮するならば,両商標について誤認混同のおそれはないから,両商標は類似しない,と主張する。

       証拠(甲第2ないし第5号証の各1,2,甲第13号証,第14号証の1ないし32,乙第1号証,乙第14号証の1ないし3,第15号証,第17ないし第19号証,第20号証の1,2,第21号証,第22号証の1,2,第24号証の1ないし3,第25号証,第26号証,第27号証の1ないし3,第28号証ないし34号証,第41号証,第42号証の1,2,第43ないし第45号証,第46号証の1ないし8,第47号証)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
     ア 原告及び被告は,いずれも,北九州市門司区に住所を有し,同地において最中をはじめとする菓子類の製造,販売をしている者である。
     イ 原告は,遅くとも昭和42年ころから,今日に至るまで,「梅園 河豚最中」の名称を用いて,最中を製造販売している(「梅園 河豚最中」中の「河豚最中」の部分の使用が商標としての使用に当たるか否かについては,当事者間に争いがある。)。

         原告は,次の登録商標について商標権を有している。
         @「梅園河豚」        昭和33年2月11日登録
                                     (昭和32年4月19日出願)
         (指定商品は「菓子及び麺ぽうの類」)
         A 引用B商標(ふぐの図形) 平成 7年7月31日登録
                                     (平成4年8月26日出願)
         (指定商品は「茶,みそ,穀物の加工品,サンドイッチ,すし,ピザ,べんとう,ミートパイ,ラビオリ,菓子及びパン,即席菓子のもと」)
         B 引用A商標「子ふぐ」   平成12年5月12日登録
                                     (平成11年4月21日出願)
         (指定商品は「菓子及びパン」)
         C 「河豚最中」       平成13年5月11日登録
     ウ 被告は,昭和39年3月18日出願に係る商標「ふぐの子」について商標登録(登録第748368号。指定商品は「菓子及びパン」)を取得しており(ただし,昭和62年に行うべき更新手続を失念して失効),昭和47年ころ,関門橋の開通時期に合わせて,「ふぐの子」の名称を用いた最中の製造,販売を開始し,今日に至っている。

         被告は,上記登録商標の失効が判明したため,平成11年5月14日に改めて「ふぐの子」の商標登録出願をし直し,平成12年8月18日同商標につき設定登録がなされた。これが本件商標登録である。
     エ 原告は,平成11年4,5月ころ,被告に対し,「ふぐの子」の商標を用いた最中を製造,販売する行為は,原告が「河豚最中」の商標について有する権利と抵触するので,中止してほしいとの申入れをした。これに対し,被告は,自分は「河豚最中」の商標は用いていない,などと述べて,上記申入れを拒絶した。
         本件商標及び引用A商標の各登録出願は,それぞれ,平成11年5月14日,同年4月21日であり,原告の被告に対する上記製造,販売中止の申入れがなされた前後の時期になされたものである。
     オ 北九州市門司区は,関門海峡を挟んで対岸に位置する山口県下関市とともに,古くから「関門地区」と呼ばれ,河豚の水揚げが多い地区である。このため,同地区では,「河豚」にちなんだ商品が土産物として数多く売られている。

         門司区では,町おこしの一環として,「門司港レトロ」と題し,門司区の歴史や名産物,あるいは伝統行事を紹介するなどして,地域の活性化に努めている。同区内の土産物売場の随所で,「ふぐ」や「ふく」の文字を商標として使用している菓子類が数多く売られている。特に,JR門司港駅の前に作られた「門司港レトロスクエア」の「海峡プラザ」内に設置されている「おみやげ雑貨横丁」(乙第42号証)には,原告及び被告の商品以外にも,「ふぐ」ないし「ふく」を商品名の中に取り入れた多数の菓子類が販売されている。
         関門地区で売られている商品名に「ふぐ」ないし「ふく」の文字を含む商品は,菓子類に限ってみても,原・被告の商品以外にも,次のとおり,多数に上る。
         @ 「ふく笛」          (最中)

         A 「ふくちょこ」        (チョコレート)
         B 「ふくの宿」         (サブレ,和菓子)
         C 「ふく饅頭」         (饅頭)
         D 「ふく餅」          (餅)
         E 「ふぐまん」         (饅頭)
         F 「ふくパイ」         (パイ菓子)
         G 「幸ふく」          (和菓子)
         H 「ふくのたまご」       (チョコレート菓子)
         I 「福をむかえるフクくん」  (菓子)
         J 「ふぐ煎餅」        (煎餅)
         K 「ふぐサブレー」      (サブレ)
         L 「ふくまん」        (饅頭)
         M 「ふくパイで福がきた」   (パイ)
         N 「招きふく」        (パイ饅頭)

         O 「やまぐちふく骨せんべい」 (煎餅)
         P 「ふぐくんサブレ」     (サブレ)
         Q 「ふくがきた」       (菓子)
         R 「ふぐ最中」        (最中)
         S 「ふくの玉子」       (和菓子)
         <21> 「ふぐのかくれんぼ」    (サブレ)
         <22> 「ふぐせんべい」      (煎餅)
     カ 関門地区においては,「ふぐ」ないし「ふく」の文字を含む菓子の商品が多数あるということにために,取引市場が混乱するとか,取引者・需要者がしばしば苦情を述べるとかの格別の問題が生じたことはない。
       上記認定事実によれば,関門地区及びその周辺においては,取引者・需要者は,「ふぐ」ないし「ふく」の称呼を含む商標については,商標全体をもって識別しており,「ふぐ」ないし「ふく」において共通しているというだけで,これらを含む商標について誤認,混同することはほどんどない,ということができる。

       しかしながら,本件商標と引用A商標とは,「ふぐ」の文字を共通にするのみでなく,「子」の文字においても共通しており,実質上「ふぐ」と「子」の前後関係を入れ替えたものと評価できること,観念においてはほとんど同一といい得るほどによく似ていることは,上記のとおりである。両商標は,単純に「ふぐ」ないし「ふく」の文字のみを共通にするだけの商標同士の関係よりも,共通性がはるかに強いということができるから,上記取引の実情によっても,両者が類似するとの上記判断を覆すに足りない,というべきである。
   (5) 被告は,原告が本件商標登録を無効にすることについて審判を請求することは,権利の濫用である,と主張する。
       上記認定によれば,原告は,被告に対し,その製造販売する最中に用いている「ふぐの子」の名称は,原告が使用してきた商標である「河豚最中」に類似するとして(仮に,「河豚最中」が商標として使用されてきたものとみられるとしても,上記認定の取引の実情の下で「ふぐの子」を「河豚最中」に類似するものとし得るかは,客観的には,相当に問題である。),「ふぐの子」の名称の使用をやめるよう申し入れ,被告からこれを拒絶されたこと,原告は上記申入れとほぼ時を同じくして,引用A商標である「子ふぐ」について商標登録出願をし、商標登録を受けたものであることが認められる。

       これらの事情を総合すると,原告は,被告が本件商標を用いて長年にわたって最中を製造販売してきていることを知りながら,本件商標につき商標登録が存在しなかったことから,少なくとも,主としては,被告に本件商標の使用をやめさせることを目的として,あえて,本件商標と類似する引用A商標につき登録出願をし,商標登録を受けたものであると推認することができる。
       しかしながら,上記の事情は,原告が被告に対し引用A商標に基づき本件商標の使用の中止等を請求した場合に,権利の濫用であるとして,商標権の行使を許さないとする事由になる可能性のあるものである,とはいい得ても,原告に本件商標の登録自体の無効を請求することが許されないとする事由にはなり得ない,というべきである。被告に,原告の意思にかかわりなく,本件商標の使用を継続することを認める必要がある,とする立場はあり得るとしても,それ以上に,引用A商標の存続を前提にしながら,その出願に遅れて出願された本件商標の商標登録まで認め,類似する2商標の併存状態を維持しようとすることを,商標制度の目的に合致するものとすることはできないからである。

       被告の主張は採用することができない。
 2 以上のとおりであるから,取消事由1は理由がある。審決は取り消されるべきである。
第6 結論
     以上によれば,その余の原告主張について検討するまでもなく,原告の本訴請求は,理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第6民事部
     
             裁判長裁判官  山  下  和  明
               
                     
                   裁判官  阿  部  正  幸
                     
                     
                   裁判官  高  瀬  順  久