H15. 6.17 東京高裁 平成14(行ケ)322 特許権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第322号 審決取消請求事件
平成15年6月17日判決言渡,平成15年6月3日口頭弁論終結


     判    決
 原 告      マツダ株式会社
 訴訟代理人弁護士 松尾和子,吉田和彦,渡辺光,

      弁理士 大塚文昭,西島孝喜,北村周彦
 被 告      ダイハツ工業株式会社
 訴訟代理人弁護士 山上和則,

      弁理士 吉田稔,田中達也,福元義和,仙波司,塩谷隆嗣,古澤寛,筒井雅人

     主    文
 特許庁が平成10年審判第35104号事件について平成14年5月21日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。


     事実及び理由
 以下においては,原文の表記にかかわらず,公用文の表記方式に従った箇所がある。


第1 原告の求めた裁判
 主文第1項同旨の判決。


第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告が特許権者である本件特許第1515263号「4輪駆動可能な駆動装置」は,昭和56年1月29日に特願昭56−11895号として特許出願され,昭和63年11月28日に 特公昭63−61211号として出願公告された後,平成1年8月24日に設定登録がされた。
 被告は,平成10年3月12日,本件特許につき無効審判の請求をし,平成10年審判第35104号事件として係属し(本件審判),原告は,平成10年7月14日,訂正請求をした。
 平成11年10月29日,「訂正を認める。特許第1515263号発明の特許を無効とする。」との審決(第1次審決)があった。
 第1次審決に対し,原告から取消訴訟の提起があり,東京高裁平成11年(行ケ)第440号事件として審理された結果,平成13年9月10日,第1次審決を取り消す旨の判決が言い渡され(第1次取消判決),最高裁の上告棄却及び上告不受理の決定によって,確定した。

 そこで,平成10年審判第35104号審判の審理が再開され,平成14年5月21日,「訂正を認める。特許第1515263号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決があった(本件特許の請求項は1項のみである。以下に単に「審決」というときは,この審決を指す。)。

 2 本件発明の要旨
(上記訂正後の特許請求の範囲の記載)
 横置きエンジンを車体の前方に配置してなる4輪駆動可能な駆動装置であって,左右ディファレンシャル出力シャフトを回転自在に軸受けしたディファレンシャルギアケースにディファレンシャル駆動ギアを設け,該エンジンの側部に配置されたトランスミッションの車体横方向に延びる出力軸に設けられたトランスミッション出カギアに上記ディファレンシャル駆動ギアを噛み合わせ,かつ,上記ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け,上記筒部には上記ディファレンシャル駆動ギアに対しこの筒部の突出方向に所定距離離間させてこのディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けるとともに,上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し,上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し,この後輪駆動系にクラッチ機構を設けたことを特徴とする4輪駆動可能な駆動装置。


(発明の詳細な説明における実施例の記載 −後記図面理解の参考− )
 車体前方に置かれた横置きエンジン1の回転が,クラッチ2及びトランスミッション3を介してトランスミッション出カギア4に伝えられる。トランスミッション出カギア4はディファレンシャルギアケース6と一体化したディファレンシャル駆動ギア7と噛合い,またディファレンシャル出力シャフト8は,ディファレンシャルギアケース6と,該ギアケース6からエンジン方向すなわち車体前後方向の中心軸線9の方向に該中心軸線を越えて伸長した筒部10とに回転自在に嵌合している。ディファレンシャル出力シャフト8の両端には,左右前輪駆動シャフト12,14が自在継手16,18を介して連結される。ディファレンシャルギアケース6の筒部10の上記中心軸線9付近においては,上記ディファレンシャル駆動ギア7より小径の後輪駆動用ギア20が固着され,前記後輪駆動用ギア20は,上記筒部10と平行に配置された後輪駆動用ギア軸22にクラッチ機構23を介して装着された後輪駆動用中間ギア24と噛合う。後輪駆動用ギア軸22にはさらに後輪駆動用第1ベベルギア26が固着され,該後輪駆動用第1ベベルギア26は,後輪駆動用プロペラ軸28と一体化した後輪駆動用第2ベベルギア30と噛合う。

 以上の配置構成により,後輪駆動用ギア軸22及び第1,第2ベベルギア26,30は,ディファレンシャルギアケース6に対して車体前後方向に関して重複して配置されることになり,これらの車体後方への突出量に対して,ディファレンシャル駆動ギア7の半径に相当する量が加わらず,その分該突出量が小さくなり,装置全体がコンパクトになる。

 3 被告(審判請求人)の審判における主張
 (1) 明細書の記載不備
 本件明細書には下記の不備がある。
 i) 発明の詳細な説明が,本件発明が前提とする従来技術を正確に把握することができるように記載されていない。
 ii) 特許請求の範囲に,後輪駆動用ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくして当該構成部を小型化するという目的を達成するための構成が記載されていない。
 iii) 特許請求の範囲の「後輪駆動用中間ギヤ」が複数のギヤを含む余地があり,特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項の記載がない。
 (2) 本件発明は,その出願前に頒布された下記刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
            記
 審判甲第3号証:実願昭53−166696号(実開昭55−83119号) のマイクロフィルム(本訴甲第5号証)

 審判甲第4号証:実願昭53−156062号(実開昭55−73422号) のマイクロフィルム(本訴甲第4号証)

 4 審決の理由の要点
 (1) 対比
 訂正は適法であり,これを認める。訂正後の本件発明と審判甲第4号証に記載されたものとを対比すると,
 審判甲第4号証に記載されたものの“ドライブシャフト11,12”,“ディファレンシャルケース1”,“ディファレンシャルドライブギヤ2”,“メーンシャフト”,“ギヤ3”,“リヤアウトプットシャフト24”は,それぞれ本件発明における「デイファレンシャル出力シャフト」,「デイファレンシャルギアケース」,「デイファレンシャル駆動ギア」,「出力軸」,「トランスミッション出力ギア」,「後輪駆動用プロペラ軸」に相当する。


 審判甲第4号証に記載されたものにおける管状部13′は,ディファレンシャルケースと一体に形成された管状部13に対して別体に設けられているが,後輪の駆動時にはディファレンシャルケース及び管状部13と一体化されて後輪に回転動力を伝達するものであるし,同号証の第1図によれば,管状部13′はローラベアリング17,18を介して筐壁に対し回転可能に支持されており,しかも,ディファレンシャル出力シャフト12は前記管状部13,13′を貫通して延長されて回転自在に受けられ,上記ローラベアリング17,18を介して実質的に筐壁に支持されていることが認められる。一方,本件発明の筒部は,デイファレンシャルギアケースと一体に形成されて,後輪の駆動時にその回転動力を伝達し,願書に添付した図面の第1図によれば,ローラベアリングを介して筐壁に対して回転可能に支持されており,デイファレンシャル出力シャフトは,前記筒部を貫通して延長されて回転自在に受けられ,上記ローラベアリングを介して実質的に筐壁に支持されていることが認められる。したがって,審判甲第4号証に記載されたものにおける“ギヤクラッチ14により互いに接続又は離脱される管状部13,13′”は,ギヤクラッチ14により互いに接続された状態では“ディファレンシャルケース1”と一体となって車体横方向に延びて,後輪への回転動力伝達機能を果たすとともに,左右ドライブシャフト11,12のうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける機能を果たす限度において,本件発明の「筒部」に相当すると認めることができ,また,このような機能を果たす審判甲第4号証に記載されたものにおける“管状部13,13′”及び本件発明の「筒部」を「筒状部材」ということができる。
 さらに,審判甲第4号証に記載されたものの“リヤドライブベベルギヤ22”は,後輪へ回転動力を伝達する目的で設けられた出力用のギアである点で,本件発明の「後輪駆動用ギア」と機能が共通するから,“リヤドライブベベルギヤ22”及び「後輪駆動用ギア」は,「回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギア」であるということができる。

 したがって,本件発明と審判甲第4号証に記載されたものは,
 「横置きエンジンを車体の前方に配置してなる4輪駆動可能な駆動装置であって,左右デイファレンシャル出力シャフトを回転自在に軸受けしたディファレンシャルギアケースにディファレンシャル駆動ギアを設け,トランスミッションの車体横方向に延びる出力軸に設けられたトランスミッション出力ギアに上記ディファレンシャル駆動ギアを噛み合わせ,かつ,上記ディファレンシャルギアケースに上記左右デイファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒状部材を車体横方向に延びるように設け,上記筒状部材には上記ディファレンシャル駆動ギアに対しこの筒状部材の突出方向に所定距離離間させてこのディファレンシャル駆動ギアと同軸上に,回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギアを設けた4輪駆動可能な駆動装置」

で一致し,次の相違点1,2で相違するものと認める。
〈相違点1〉
 トランスミッションの配置を,本件発明は,「エンジンの側部に配置された」としたのに対し,審判甲第4号証に記載されたものは,「エンジンの下側に平行に設けられている」とした点。
〈相違点2〉
 本件発明は,前記「筒状部材」を全体が一体の「筒部」とし,また,前記「回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギア」(以下,このギアを「後輪駆動用出力側ギア」と称する。)を「ディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギア」として,「筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し,上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し,この後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」のに対し,審判甲第4号証に記載されたものは,前記「筒状部材」を,後輪に対する駆動力を伝達又は遮断するクラッチを介して一体化され得る構成とし,また,前記「後輪駆動用出力側ギア」を後輪駆動用プロペラ軸(“リヤアウトプットシャフト24”)に設けたベベルギア(“リヤドリブンベベルギア23”)と噛み合うベベルギア(“リヤドライブベベルギア22”)として,後輪駆動用ギア軸及び後輪駆動用中間ギアを設けていない構成とした点。


 (2) 相違点1についてした審決の判断
 横置きエンジンを車体の前方に配置してなる前輪駆動可能な駆動装置において,トランスミッションを該エンジンの側部に配置することは,本件出願前周知の事項と認められるから,審判甲第4号証に記載されたものにおいて,トランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
 そして,エンジンスペースの上下方向の厚さが抑えられることは,上記周知の事項から当業者が予測し得ることと認められる。


 (3) 相違点2についてした審決の判断
 (3)−1 審判甲第3号証に記載されたものの“トランスミッションアウトプットギヤ7”,“ディファレンシャルケース8”,“ディファレンシャルドライブギヤ6”,“アウトプットシャフト29”,“リアドライブべベルギア35及びリアドリブンべベルギア25”は,それぞれ,本件発明の「トランスミッション出力ギヤ」,「ディファレンシャルギヤケース」,「ディファレンシャル駆動ギヤ」,「後輪駆動用プロペラ軸」,「べベルギア機構」に相当する。
 また,審判甲第3号証に記載されたものの “リアドライブギアシャフト16及びアウトプットクラッチシャフト24”が,“フロントアクスルシヤフト4,14”と平行に配置され,“ディファレンシャルケース8”と一体に回転して回転動力を後輪駆動用に伝達するためのギアと噛み合う“リアドライブギア17”を備え,“アウトプットシャフト29”とベベルギア機構(“リアドライブべベルギア35及びリアドリブンべベルギア25”)により連結されて,後輪駆動のための系統として構成されている点は,本件発明における,後輪駆動用ギア軸が,ディファレンシャル出力シャフトと平行に配置され,ディファレンシャルギアケースと一体に回転して回転動力を後輪駆動用に伝達するためのギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを備え,後輪駆動用プロペラ軸とベベルギア機構により連結されて,後輪駆動系を構成する点に対応しているものと認められる。したがって,審判甲第3号証に記載されたものにおける“リアドライブギアシャフト16及びアウトプットクラッチシャフト24”は,リアドライブギアシャフト16上の前記後輪駆動用中間ギア(“リアドライブギア17”)が噛み合う相手側ギアが,ディファレンシャル駆動ギアから筒部の突出方向に所定距離離間させて設けたディファレンシャル駆動ギアより小径のギアではない点を除いて,本件発明の後輪駆動用ギア軸に相当し,審判甲第3号証には,エンジンからの出力の一部を,ディファレンシャルギアケースと一体に回転して回転動力を後輪駆動用に伝達するギアを介して,ディファレンシャル出力シャフトに平行に配設された後輪駆動用ギア軸に設けた後輪駆動用中間ギアに入力して,前記後輪駆動用ギア軸を回転させ,前記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とを連結しているべベルギア機構を介して,前記エンジンからの出力の一部を後輪駆動用プロペラ軸に伝達可能とするとともに,前記後輪駆動用ギア軸にクラッチ機構を設けた4輪駆動可能な駆動装置が記載されているものと認められる。
 しかも,歯車による回転動力伝達機構において,前段の軸上に径の異なる二つのギアを設けて一体的に回転するようにし,前記二つのギアのうち大径のギアで回転動力を受け,小径のギアから後段の軸上のギアに回転動力を伝達するようにして,前記前後段の軸の軸間距離を小さくした歯車による回転動力伝達機構の構成は,本件出願前より極めて普通に採用されている慣用の構成と認められる(特開昭51−41808号公報,特開昭51−7657号公報等参照)。

 そして,審判甲第4号証に記載されたもの及び審判甲第3号証に記載されたものは,いずれも横置きフロントエンジン車における4輪駆動可能な駆動装置という同一の技術分野に属するものと認められる。
 したがって,審判甲第4号証に「後輪駆動用出力側ギア」と後輪駆動用プロペラ軸のベベルギアとの間に中間軸となる「後輪駆動用ギア軸」を介在すべき示唆がなくても,審判甲第4号証に記載されたものにおいて,「後輪駆動用出力側ギア」(“リアドライブベベルギヤ22”)をディファレンシャル駆動ギヤ(“ディファレンシャルドライブギヤ2”)より小径の平歯車形状の後輪駆動用ギヤとして,このギヤによって,審判甲第3号証に記載されたものにおける,後輪駆動用ギア軸(“リアドライブギアシャフト16”及び“アウトプットクラッチシャフト24”)を駆動するようにすることは,審判甲第3号証及び審判甲第4号証にそれぞれ記載されたもの並びに本件出願前に極めて普通に採用されている上記歯車による回転動力伝達機構の構成に基づいて,当業者が容易に想到し得る程度のことである。

 そして,審判甲第3号証に記載されたものにおいては,後輪への回転動力の伝達を制御するクラッチ機構を前記後輪駆動用ギア軸(“リアドライブギアシャフト16”及び“アウトプットクラッチシャフト24”間)に設ける構成が記載されているから,審判甲第4号証に記載されたものに審判甲第3号証に記載された上記後輪駆動用ギア軸を持つ構成を適用するに際して,前記後輪駆動用ギア軸にクラッチ機構を設け,「筒状部材」(“管状部13,13′”)を一体構成の筒部としてクラッチ機構を配置しない構成を選択することが,困難なことではない。
 また,動力の伝達の方向に沿って動力の伝達部材を配置することは当業者にとって常識的な発想であるので,前記後輪駆動用ギア軸を筒部の後方に配置することは,当業者の技術常識に従って適宜なし得ることである。

 (3)−2 なお,4輪駆動装置において,ディファレンシャルケースの回転から中間ギア軸を介してプロペラ軸に動力を伝達する構成を採用することは,本件出願前周知の技術(前記審判甲第3号証,審判甲第8号証に記載された車両である「newサンバー4WD」(富士重工業株式会社)の発売事実等参照)とも認められるから,審判甲第4号証に記載されたものにおいて,「筒状部材」(“管状部13,13′”)と平行にクラッチ機構を設けた後輪駆動用ギア軸を配置して,該「筒状部材」(“管状部13,13′”)をクラッチ機構を設けない一体構成の筒部とし,該筒部の「後輪駆動用出力側ギア」即ち後輪駆動用ギア及び前記後輪駆動用ギア軸を介してプロペラ軸に動力を伝達する構成を採用することは,これら周知の技術から当業者が容易に着想し得る事項ということもできる。
 (3)−3 さらに,審判甲第4号証に明文による開示はないものの,第1〜3図によれば,いずれの図面においても,リヤドライブベベルギヤ22がディファレンシャルドライブギア2のギヤ径より小径に示されており,ディファレンシャルドライブギア2に対してリヤドリブンベベルギヤ23を車体前後方向に関して重複して配置された構成が示されているものと認められる。 そして,審判甲第4号証には,リヤドライブベベルギヤ22がデファレンシャルドライブ ギア2のギヤ径より小径に構成されていることを否定する記載はないし,審判甲第4号証に記載されたものは,クラッチ機構を切った状態で前輪駆動車(FF車)として機能するものであるから,終減速比はトランスミッションの出力ギア3と,これに噛み合うディファレンシャルドライブギヤ2とで達成されているはずであり,この種の4輪駆動装置において,後輪駆動系は,リヤディファレンシャルの回転数がフロントディファレンシャルの回転数とほぼ同じとなるように構成すればよいのであって,後輪駆動用プロペラ軸の回転数を,例えばトランスミッションの出力ギアの回転数と同程度に増速する必要は認められないので,審判甲第4号証には,図面第1〜3図に示されたとおり,「リヤドライブベベルギヤ22」の径が「ディファレンシャルドライブギヤ2」の径より小径とされた点が示唆されていると認めることもできる。
 (3)−4 よって,相違点2における本件発明の構成は,審判甲第4号証,審判甲第3号証にそれぞれ記載された事項及び歯車による回転動力伝達機構における慣用の構成に基づいて当業者が容易に想到し得たもの,また,審判甲第4号証に記載された事項及び4輪駆動装置における周知の技術並びに歯車による回転動力伝達機構における慣用の構成に基づいて当業者が容易に想到し得たものとするのが相当である。


 (4) 以上のように,相違点1,2における本件発明の構成は,当業者が容易に想到し得たものである。
 そして,本件明細書に「従来の駆動装置に比較してディファレンシャル出力シャフト8の両端に連結される左右前輪駆動用シャフト12,14の長さの差が小さく,それぞれが平均化されて短いため,加速時に長い方の前輪駆動シャフト側にハンドルを取られる傾向が少なく,またドライブシャフトが高速運転時に振動することもない」と記載された作用効果は,審判甲第4号証に記載されたものの「ディファレンシャルケース1に,上記左右ドライブシャフト11,12のうちの車体前後方向の中心軸線側のドライブシャフト12を回転自在に受けるとともに,ギヤクラッチ14により互いに接続又は離脱される管状部13,13′を車体横方向に延びるように設けた」構成によっても得られる作用効果であり,そのことは,左右前輪駆動用シャフトの長さの差に起因してハンドルを取られる現象が生じることが当業者に知られていることから,当然予測し得ることでもある。

 更に,「装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容し,車室スペースを小さくすることがない」ように考慮することは設計上の常識的事項であり,前記「歯車による回転動力伝達機構における慣用の構成」の採用によって,本件明細書にいう「後輪駆動用ギア軸及びベベル機構をフロントディファレンシャルに対して車体前後方向に関して重複配置できる」及び「装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容し,車室スペースを小さくすることがない」等の効果が得られることも,当業者が十分予測し得るところである。
 したがって,本件発明による作用効果は,審判甲第4号証,審判甲第3号証にそれぞれ記載されたもの及び上記歯車による回転動力伝達機構における慣用の構成から当業者が予測し得る程度のものであって,格別のものとは認められない。


 (5) 審判甲第4号証の装置は,フロントドライブ用ディファレンシャル出力シャフト,後輪駆動用ベベルギヤ機構,クラッチ機構等を同一筐体内に収容するための一体化構造を達成しつつ,2輪−4輪の切換を行うことができる4輪駆動可能な駆動装置を提供することを目的とし, 審判甲第3号証記載の装置が,プロペラシャフト,後車軸,リヤディファレンシャル等の通常のF,R車用部品の共通使用を達成しつつ,2輪−4輪の切換を行うことができる4輪駆動可能な駆動装置を提供することを目的として,それぞれが異なる技術課題を解決するものであることは,両審判甲号証の記載から読み取ることができる。
 しかしながら,各審判甲号証の記載から,4輪駆動可能な駆動装置に採用された動力の伝達機構の構成として,前記説示のとおりのものを認識することができ,両審判甲号証に記載されたものが同一の技術分野に属するものであるから,各審判甲号証に記載されたものの上記技術課題の相違にかかわらず,各審判甲号証記載の構成を寄せ集めて両構成に基づく作用効果を得ようとすることが困難とはいえない。

 また,特に装置の小型化,単純化は,必要な機能又は作用効果が得られることを前提として,常に求められる周知の技術課題であり,各審判甲号証に記載された構成を小型化できるように組み合わせることも技術常識である。
 そして,審判甲第4号証に記載されたものが,フロントドライブ用ディファレンシャル出力シャフト,後輪駆動用ベベルギヤ機構,クラッチ機構等を同一筐体内に収容するための一体化構造を提供することを目的とするものであっても,審判甲第3号証に記載されたものを適用するとき,審判甲第4号証において実施例として記載された具体的な筐体内に審判甲第3号証に記載された構成を収容しなければならないというものではないし,又は,審判甲第3号証に記載されたものの技術課題であるF,R車用部品の共通使用を達成しなければならないというものでもないから,上記技術課題の相違は,審判甲第4号証に記載されたものに審判甲第3号証に記載されたものを適用することを妨げるものではない。


 (6) 審決のむすび
 以上のとおりであるから,本件発明は,審判甲第4号証及び審判甲第3号証にそれぞれ記載されたものに基づいて,また,審判甲第4号証に記載されたものに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。


第3 原告主張の審決取消事由
 1 取消事由1(第1次取消判決の拘束力違反)
 (1) 第1次取消判決は,第1次審決がした審判甲第4号証と本件発明との間の一致点の認定に誤りが存在することから,進歩性についての結論が第1次審決の結論と異にする抽象的可能性があることを理由に,「この一致点の認定の誤りが,審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。」と判断したのではなく,一致点の認定の誤りを前提に進歩性についても判断し,進歩性があるとの結論に至り,これと異なる判断に基づいてされた第1次審決を違法としたものである。
 これに反し,審決は,本件発明が,審判甲第4号証記載の発明に基づいて,又は審判甲第4号証記載の発明と審判甲第3号証記載の発明とを組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができた(進歩性なし)と判断している。この審決の判断は第1次取消判決の拘束力に反する。

 (2) 第1次取消判決は,「引用例記載発明(審判甲第4号証記載の発明)のリヤドライブベベルギヤ22に係る上記の作用を奏する構成要素を本件発明について求めれば,本件発明の要旨の「後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して」との規定に係るベベルギア機構の出力側ギア(本件明細書の図面第1図における「後輪駆動用第1ベベルギア26」)がこれに当たることは明らかである。」(30頁)と認定している。
 審決は,審判甲第4号証記載発明のリヤドライブベベルギヤ22と本件発明の後輪駆動用ギアが,「回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギア」である点で一致すると認定しているが,これは,第1次取消判決の上記拘束力に反する。
 (3) 本件発明の「筒部」と審判甲第4号証記載の発明における「管状部」について,第1次取消判決は,「本件発明は,筒部にクラッチ機構が設けられることがないから,管状部13,13′を全体として考えたとしても,これが本件発明の筒部に相当するものといえないことは明らかである。」(32頁)と説示している。この説示は,「全体として考えたとしても」とあるように,管状部13,13′は,これをクラッチにより互いに接続された状態であっても,本件発明の筒部に相当しないことを明らかにしたものである。

 審決は,「管状部」のうち一部の状態及び機能に限定して,これが本件発明の「筒部」に相当すると認定したが,これは,第1次取消判決の拘束力に反する。

 2 取消事由2(相違点の看過)
 本件発明と審判甲第4号証記載の発明との間には,少なくとも,
 @ トランスミッションの配置を,本件発明は,「エンジンの側部に配置された」としているのに対し,審判甲第4号証に記載されたものは,「エンジンの下側に平行に設けられている」としている点,
 A 本件発明では,ディファレンシャルギアケースに左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設けているのに対し,審判甲第4号証記載の発明の管状部13,13′は,そのような構成を有していない点,
 B 本件発明の後輪駆動用ギア(20)に相当する構成が審判甲第4号証記載の発明には存在せず,ディファレンシャル駆動ギア(7)と後輪駆動用ギア(20)の大小関係及び後輪駆動用ギア(20)の形状(ベベルギアか,あるいは平歯車か)が不明である点,

 C 中間ギア軸及び該軸を駆動するための動力を入力するためのギアが,本件発明には存在する(後輪駆動用ギア軸(22)及び後輪駆動用中間ギア(24))のに対し,審判甲第4号証記載の発明には存在しない点,
 D プロペラシャフトを駆動するギアが,本件発明では,後輪駆動用ギア軸(22)に取り付けられているのに対し,審判甲第4号証記載の発明では,管状部13′に取り付けられている点,
 E 後輪駆動用のクラッチが,本件発明では後輪駆動用中間ギア(24)及び後輪駆動用ギア軸(22)からベベルギア機構(24,30)を介して後輪駆動用プロペラ軸(28)までの間(後輪駆動系)に設けられているのに対し,審判甲第4号証記載の発明では,管状部13と管状部13′の間に設けられている点,
 の相違点が存在するにもかかわらず,審決では,これらの相違点のうち一部しか相違点を認めず,その結果,本件発明の進歩性の判断を誤った違法がある。


第4 審決取消事由に対する被告の反論
 1 取消事由1に対して
 (1) 審決は,進歩性の有無という判断レベルにおいては,第1次取消判決の拘束力に反しない。第1次取消判決は進歩性の有無について直接判断していないから,これについては拘束力の範囲外である。
 (2) 審判甲第4号証記載の発明と本件発明の一致点について,審決が第1次取消判決の拘束力に反しないかについての被告の主張は,以下のとおりである。
 @「後輪駆動用ギア」について
 第1次取消判決は,「(第1次)審決が,引用例記載発明(審判甲第4号証記載の発明)の「リアドライブベベルギア」(リヤドライブベベルギヤ22)が本件発明の「後輪駆動用ギア」に相当すると認定したことは誤りであり,これを前提として本件発明と引用例記載発明(審判甲第4号証記載の発明)とが「上記筒部には・・・ディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設け」た点で一致するとした認定も誤りである」(31頁)と判断している。

 これに対し審決は,「審判甲第4号証に記載されたものの“リヤドライブベベルギヤ22”は,後輪へ回転動力を伝達する目的で設けられた出力用のギアである点で,本件発明の「後輪駆動用ギア」と機能が共通するから,“リヤドライブベベルギヤ22”及び「後輪駆動用ギア」は,「回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギア」であるということができる」と認定している。
 この認定は,第1次取消判決における,「引用例記載発明(審判甲第4号証記載の発明)のリヤドライブベベルギヤ22と本件発明の後輪駆動用ギアの作用についてみるに,両者は,回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギアである点では共通しているが・・・」との説示部分(29頁)に沿ったものである。この点において,審決の認定判断は第1次取消判決の拘束力に反しない。

 A「筒部」について
 第1次取消判決は,「(第1次)審決が,審判甲第4号証記載の発明の「管状部」が本件発明の「筒部」に相当すると認定したことは誤りであり,これを前提として,本件発明と審判甲第4号証記載の発明とが「ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け」た点で一致するとした認定も誤りである」と判断している(33頁)。
 これに対し審決は,「審判甲第4号証に記載されたものにおける“ギヤクラッチ14により互いに接続又は離脱される管状部13,13′”は,ギヤクラッチ14により互いに接続された状態では“ディファレンシャルケース1”と一体となって車体横方向に延びて,後輪への回転動力伝達機能を果たすとともに,左右ドライブシャフト11,12のうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける機能を果たす限度において,本件発明の「筒部」に相当すると認めることができ,また,このような機能を果たす審判甲第4号証に記載されたものにおける“管状部13,13′”及び本件発明の「筒部」を「筒状部材」ということができる」と認定している。

 これは,「審決が審判甲第4号証記載の発明の「管状部」が本件発明の「筒部」に相当すると認定したことは誤りである」と判断した第1次取消判決を受けて,「管状部」と「筒部」の概念が異なることを前提とした上で,「管状部」のうち,一部の状態及び機能に限定をして,本件発明の「筒部」に相当するとしたものである。この点も,審決は第1次取消判決の拘束力に反しない。
 B「後輪駆動系」について
 第1次取消判決は,「引用例記載発明(審判甲第4号証記載の発明)においてクラッチを設けている位置が,本件発明におけるクラッチ機構を設ける上記位置と同じであるということはできない。したがって,本件発明と引用例記載発明(審判甲第4号証記載の発明)とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない」(35頁)と判断している。

 これに対して審決は,本件発明が「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点については,審判甲第4号証に記載されたものとの相違点として挙げている。
 したがって,この点も,審決は第1次取消判決の拘束力に反しない。


 2 取消事由2に対して
 原告主張の相違点@は審決が認定した相違点1に対応し,原告主張の相違点A〜Eは審決が認定した相違点2に実質的に含まれている。これら相違点に関する本件発明の構成が容易想到なものであったことは,審決の認定判断のとおりであり,そこに誤りはない。


第5 当裁判所の判断
 1 拘束力違反について
 当裁判所は,審決の認定判断に第1次取消判決の拘束力違反の違法があると判断するものであるが,その理由は以下のとおりである。
 (1) 第1次取消判決は,審判甲第4号証記載の発明から容易に発明することができるとした第1次審決の認定判断に誤りがあるとしている。その理由は,第1次審決のした本件発明と審判甲第4号証記載の発明との間の一致点の認定に誤りがあるというものである。本件発明と審判甲第4号証記載の発明との間における一致点の認定に誤りがあると認定判断した第1次取消判決の具体的内容は,次の@〜Bのとおりである。
          なお,第1次取消判決において「引用例1」は審判甲第4号証記載を指している。第1次取消判決は,審判甲第4号証記載の図面第1図に示された発明をもって「引用例発明」と称しているが(3頁),第1次審決は,第1図に限定せず「本件発明は,審判甲第4号証に記載の発明,審判甲第3号証に記載の発明,及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである」と判断したのに対して(第1次取消判決の別紙審決書写し28頁),第1次取消判決はこれを誤りとしたものであるから,第1次取消判決が「引用例発明」と表記したのは「審判甲第4号証記載の発明」の趣旨であったものと理解される。

 @ 審判甲第4号証記載の発明のリヤドライブベベルギヤ22は,本件発明のベベルギア機構の出力側ギア(後輪駆動用第1ベベルギア26)に相当するから,本件発明の後輪駆動用ギアに相当するとした第1次審決の認定は誤りである。
 A 審判甲第4号証記載の発明においては,リヤドライブベベルギヤ22は後輪駆動用ギアに相当せず,また,別体の管状部13,13′の間にクラッチ機構が介装されるのに対し,本件発明における筒部は後輪駆動系に含まれず,クラッチ機構が設けられることはないから,管状部13,13′を全体として考えたとしても,本件発明の筒部に相当しない。
 B 本件発明の「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」との構成は,後輪駆動用中間ギア及び後輪駆動用ギア軸からベベルギア機構を介して後輪駆動用プロペラ軸までの間にクラッチ機構を設ける意味であると解するのが相当であるから,本件発明と審判甲第4号証記載の発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした第1次審決の認定は誤りである。

 (2) これに対して,審決は,次のように一致点を認定している。
 @ 審判甲第4号証記載発明の“リヤドライブベベルギヤ22”は,後輪へ回転動力を伝達する目的で設けられた出力用のギアである点で,本件発明の「後輪駆動用ギア」と機能が共通するから,“リヤドライブベベルギヤ22”及び「後輪駆動用ギア」は,「回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギア」であるということができる。
 A 審判甲第4号証記載発明の“ギヤクラッチ14により互いに接続又は離脱される管状部13,13′”は,ギヤクラッチ14により互いに接続された状態では“ディファレンシャルケース1”と一体となって車体横方向に延びて,後輪への回転動力伝達機能を果たすとともに,左右ドライブシャフト11,12のうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける機能を果たす限度において,本件発明の「筒部」に相当すると認めることができ,・・・“管状部13,13′”及び本件発明の「筒部」を「筒状部材」ということができる。

 (3) 第1次取消判決は,リヤドライブベベルギヤ22(審判甲第4号証記載発明)と後輪駆動用ギア(本件発明)は対応関係になく,管状部13,13′(審判甲第4号証記載発明)と筒部(本件発明)も対応する関係にないと認定判断していることは,上記(1)から明らかである。
 第1次取消判決は,しかも上記(1)の認定判断の前提として,「後輪駆動用の動力を伝達する構成において中心的な機能を果たす構成要素はプロペラシャフトであるというべきところ,このようなプロペラシャフトを基準として見た場合に,引用例発明(審判甲第4号証記載発明)のリヤドライブベベルギヤ22は本件発明の上記ベベルギア機構の出力側ギア(第1図の後輪駆動用第1ベベルギア26)に相当するものであると認めることができる」(30頁)とも認定しているところである。第1次取消判決はまた,「引用例発明(審判甲第4号証記載の発明)において,管状部13,13′の間にはクラッチ機構が介装され,管状部13′にはリヤドライブベベルギヤ22が設けられるから,これらによって制約されるために,引用例発明は,管状部13,13′の長さを自由に設定変更し得るものではないと解され,そうであれば,筒部により,ディファレンシャル出力シャフトを横方向になるべく車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより,左右前輪駆動シャフトの長さの差を減少させて,加速時にハンドルを取られたり,高速運転時に振動したりすることを少なくできるとの,上記(1)のAの作用効果(筒部により,ディファレンシャル出力シャフトを横方向になるべく車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより,左右前輪駆動シャフトの長さの差を減少させて,加速時にハンドルを取られたり,高速運転時に振動したりすることを少なくできるとの作用効果)を奏するものであるかどうか,にわかに断定することができないから,管状部13,13′が,本件発明の筒部と同等の技術的意義を有するということもできない。」(32〜33頁)とも認定判断している(ここにいう「にわかに断定することができない」とは,結論を留保したのではなく,「証拠によっても上記作用効果を認めることができない」との趣旨のものである。)。
 してみれば,審決が審判甲第4号証記載発明のリヤドライブベベルギヤ22と本件発明の後輪駆動用ギアが対応する関係にあり,審判甲第4号証記載発明の管状部13,13′と本件発明の筒部も対応する関係にあると認定したのは,第1次取消判決の拘束力に反し違法といわざるを得ない。審決は,これら各構成に他の要素も付加してこの認定をしているが,拘束力に反することに変わりはない。第1次取消判決は,「引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22と本件発明の後輪駆動用ギアの作用についてみるに,両者は,回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギアである点では共通しているが」と説示しているが(29頁),これは,リヤドライブベベルギヤ22と後輪駆動用ギアが対応する関係にないと認定するに際してした前提となる事実関係の認定にすぎない。

 以上のとおり,審決には,第1次取消判決の拘束力に反して一致点の認定をした誤りがあり,審決がこの一致点のあることを前提にして結論に至っていることは明らかであるから,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。したがって,審決は,この点において,既に取消しを免れない。

 2 補足的判断
 補足するに,当裁判所は,本件発明は,審判甲第4号証記載の発明及び審判甲第3号証記載の発明から容易に発明することができないものと判断するものである。その理由は以下のとおりである。
 (1) 甲第3号証(平成10年7月14日付け訂正請求書)により認められる本件訂正明細書の記載によれば,横置きフロントエンジン車において,4輪駆動を可能にする従来の駆動装置の例として,
 @ 英国特許第887849号に開示されている,トランスミッション出力ギアに噛み合うディファレンシャル駆動ギアに,後輪駆動用ギアを設け,この後輪駆動用ギアの回転をベベルギア機構により,後輪プロペラシャフトに伝達するようにした構成,
 A 特開昭56−79024号公報に開示されている,トランスミッション出力ギアに噛み合うディファレンシャル駆動ギアが設けられたディファレンシャルギアケースの真後ろに,上記ディファレンシャル駆動ギアに直接噛み合う後輪駆動用中間ギア,この後輪駆動用中間ギアを支持する後輪駆動用ギア軸及び,この後輪駆動ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とを連結するベベルギア機構を配置したもの,

 が知られていた。しかしながら,
 @においては,横置きエンジンの側部にミッションが配置された通常のフロントエンジン車に適用する場合,トランスミッション出力ギアが車体前後方向の中心軸線から横方向に相当離れて配置され,前輪駆動用ディファレンシャル駆動ギアもトランスミッション出力ギアに対応して車体前後方向の中心軸線から離れて配置されるため,これらの構成部が大型化し,また左右の前輪駆動用ドライブシャフトの長さの差が大きくなり,加速時に長い方のドライブシャフト側にハンドルを取られる傾向があり,またドライブシャフトは高速運転時に振動を生ずるという問題がある,
 Aにおいては,ディファレンシャル駆動ギアに直接後輪駆動用中間ギアが噛み合う構造であるため,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わる結果,装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容できず,車室内スペースを小さくすることにつながり,さらに,左右の前輪駆動用ドライブシャフトの長さの差が大きくなり,これに対する解決策が必要となる,

 との問題点があり,本件発明は,従来の諸技術課題にかんがみ,4輪駆動可能な横置きフロントエンジン車の駆動装置において,後輪駆動用ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくして当該構成部を小型化し,かつ前輪駆動用ドライブシャフトの左右の長さの差を減少させることにより,上述の問題を解決することを目的としたものであることが認められる。
 そして,特許請求の範囲の構成によれば,後輪駆動用ギア軸及びベベルギア機構をフロントディファレンシャルに対して車体前後方向に関して重複して配置することができるため,これら装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容し,車室スペースを小さくせず,また,筒部及びこれに嵌合するディファレンシャル出力シャフトを横方向に,車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより左右前輪駆動シャフトの長さの差を減少させることができる,という作用効果を奏するものと認められる。

 (2) そうすると,本件発明は,従来技術Aが有していた「ディファレンシャルギアケースの後ろに,ディファレンシャル駆動ギアに直接噛み合う後輪駆動用中間ギアを支持する後輪駆動用ギア軸を設け,この後輪駆動ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とを連結するベベルギア機構を配置した構成における技術課題」を解決した発明であって,従来技術@の「後輪駆動用中間ギア軸を備えない構成のもの」は,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わるとの問題点を有するものではないから,後輪駆動用中間ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくするとの「本件発明の解決すべき課題」を有する従来技術ではないことが明らかである。
 (3) 審決は,本件発明は,審判甲第4号証記載及び審判甲第3号証記載の両発明,又は審判甲第4号証記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断している。

 しかしながら,審判甲第4号証記載の発明は,本件訂正明細書に記載された@の従来技術と同様,後輪駆動用中間ギア軸を備えないものであって,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わるとの問題点を有するものではない。それゆえ,後輪駆動用中間ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくするとの,本件発明の解決すべき課題を有する従来技術,すなわち,本件発明の進歩性を判断する際の先行技術となるものではない。
 また,審判甲第3号証記載の発明は,前記Aの従来技術と同様,後輪駆動用中間ギア軸を備え,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わるとの問題点を有するものであるが,後輪駆動用中間ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくするとの技術的課題や該技術的課題を解決するための構成は記載されていない。そうすると,本件発明は,審判甲第3号証記載の発明に基づいても,当業者が容易に発明をすることができたものということができない。


第6 結論
 以上のとおりであって,原告の請求は認容されるべきである。

  東京高等裁判所第18民事部

      裁判長裁判官      塚  原  朋  一


         裁判官      塩  月  秀  平


                 裁判官      田  中  昌  利