H15.11.13 東京高裁 平成14(行ケ)194 特許権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第194号 審決取消請求事件
平成15年11月13日判決言渡,平成15年10月30日口頭弁論終結


     判    決
 原   告    株式会社ヤマザキメタルワーク
 訴訟代理人弁護士 吉原省三,小松勉,三輪拓也,竹田吉孝,弁理士 中澤直樹
 被   告    株式会社ユニックス
 訴訟代理人弁理士 渡辺望稔,三和晴子,福島弘薫,高見憲,篠田育男,竹本洋一


     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。


     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が無効2001−35504号事件について平成14年3月19日にした審決を取り消す。」との判決。


第2 事案の概要
 本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告請求に係る無効審判(請求項1,3,4,7に係る発明についての特許無効審判)において,本件特許のうち請求項1,3,4,7に係る発明についての特許を無効とするとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
 なお,審決と同様に本判決においても,「エクスパンドメタル」及び「エキスパンドメタル」の用語については,請求項の記載等を引用する場合も含め,後者に統一して用いる。
 1 前提となる事実等
 (1) 特許庁における手続の経緯
 (1-1) 本件特許
 特許権者:株式会社ヤマザキメタルワーク(原告)
 発明の名称:「透光・吸音パネルの組立構造」
 特許出願日:平成8年4月2日(特願平8−104526号)
 手続補正:平成11年7月7日(本件補正)

 設定登録日:平成12年5月26日
 特許番号:第3069770号
 (1-2) 本件手続
 無効審判請求日:平成13年11月15日(無効2001−35504号)
 審決日:平成14年3月19日
 審決の結論:「特許第3069770号の請求項1,3,4,7に係る発明についての特許を無効とする。」
 審決謄本送達日:平成14年3月29日(原告に対し)
 なお,原告は,本訴の当審係属中である平成14年4月30日,訂正審判の請求をし,訂正2002−39107号事件として審理されたが,同年12月7日,審判請求は成り立たないとの審決がされた。この審決に対する審決取消訴訟は提起されなかった。
 (2) 本件発明の要旨
 (2-1) 本件補正後のもの(請求項1,3,4,7のみを記載。下線部分が補正された部分である。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)

 【請求項1】 四方を囲み厚さを有する枠部材と,前記枠部材の片面側に取付けられる光を通す透光パネル部材と,前記透光パネル部材と空間を隔てて前記枠部材の他面側に取付けられる光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材とを備え,前記透光吸音パネル部材は,互いに隣合う多数の孔を各々が有し互いに重ね合わされて設けられる2枚の網目部材と,前記2枚の網目部材間に挾まれて重ね合わされる極薄透光フィルムとを有することを特徴とする透光・吸音パネルの組立構造。
 【請求項3】 前記透光パネル部材及び前記透光吸音パネル部材のうちの少なくとも一方が取外し可能に前記枠部材に取付けられることを特徴とする請求項1に記載の透光・吸音パネルの組立構造。
 【請求項4】 前記透光パネル部材及び前記透光吸音パネル部材のうちの少なくとも一方が回動可能に前記枠部材に取付けられることを特徴とする請求項1に記載の透光・吸音パネルの組立構造。

 【請求項7】 前記透光吸音パネル部材が,極薄の透光フィルムを大孔径エキスパンドメタルと小孔径エキスパンドメタルとにより挾みこんで形成したことを特徴とする請求項1ないし請求項6に記載の透光・吸音パネルの組立構造。
 (2-2) 本件補正前のもの(本件補正では請求項1,2のみが補正された。請求項3,4,7は,補正前後を通じ上記(2-1)と同じ記載である。ここでは補正前の請求項1のみを掲げる。)
 【請求項1】 四方を囲み厚さを有する枠部材と,前記枠部材の片面側に取付けられる光を通す透光パネル部材と,前記透光パネル部材と空間を隔てて前記枠部材の他面側に取付けられる光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材とを備えることを特徴とする透光・吸音パネルの組立構造。
 (3) 審決の理由の要旨
 (3-1) 審決は,まず,願書に最初に添付された明細書及び図面(出願明細書等)における「(膜構造形)透光吸音パネル部材」に関する記載として,【特許請求の範囲】の【請求項1】と【請求項7】の記載,段落【0011】,段落【0012】,【図面の簡単な説明】の【図3】,【図4】の説明,【符号の説明】の25,27,25a,27aの説明,及び図3と図4の記載を引用した。

 (3-2) 審決は,その上で,次のように説示した。
 『以上の各記載事項によれば,出願明細書等において,図3及び図4に網目状物は記載されているものの,「図3の網目状物は,多数の目(孔)25aを有する小孔径エキスパンドメタル25,図4の網目状物は,多数の目(孔)27aを有する大孔径エキスパンドメタル27」としか解すことができないから,「透光吸音パネル部材」は,「極薄の透光フィルムを大孔径エキスパンドメタルと小孔径エキスパンドメタルとにより挾みこんで形成した」(【請求項7】)ものであって,実施の態様においても,「図3に示す小孔径エキスパンドメタル25と図4に示す大孔径エキスパンドメタルの間に,厚さが6〜12μm位の極薄で光を通すプラスチック等の透光フィルムを挾み込んだ三層構造」(段落【0011】)のものしか記載されていない。

 一方,本件請求項1に係る発明の構成の一部である,「前記透光吸音パネル部材は,…2枚の網目部材と,前記2枚の網目部材間に挾まれて重ね合わされる極薄透光フィルムとを有する」という構成においては,極薄透光フィルムの両側にある部材は「網目部材」と記載されていることから,網目部材として,エキスパンドメタル以外の網目部材,例えば,従来から網目部材として知られている,金属線を縦横に連結した金網や,繊維で作られた網等をも含むことになり,さらに,2枚の網目部材の目(孔)の大きさについても,2枚の網目部材の目(孔)が同じ大きさのものをも含むことになる。
 しかしながら,出願明細書等には,網目部材として,上記したエキスパンドメタル以外の網目部材や,目(孔)の大きさが同じ構造のものについては,何ら記載されていないし,かつ,出願明細書等を総合して検討したとしても,「網目部材として,上記したエキスパンドメタル以外の網目部材や,目(孔)の大きさが同じ構造のものをも含む」という事項が直接的かつ一義的に導き出せない。

 したがって,本件特許の請求項1に係る発明は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。また,請求項1を引用している,請求項3,4,7に係る発明についても同様のことがいえる。』
 (3-3) 審決は,原告(被請求人)の主張を排斥する理由として,次のように説示した。
 『なお,被請求人は,図3及び図4を見ると,図示上,いずれの部材の形状も網目部材であることが明らかであり,図3及び図4を考慮して検討すれば,出願当初より,「2枚の網目部材」が示されていることは明白であると,主張する。
 しかしながら,上記したように,出願明細書等において,図3及び図4に網目状物は記載されているものの,「図3の網目状物は,多数の目(孔)25aを有する小孔径エキスパンドメタル25,図4の網目状物は,多数の目(孔)27aを有する大孔径エキスパンドメタル27」としか解すことができず,透光吸音パネル部材に,網目部材として,エキスパンドメタルを用いたことは認められるものの,エキスパンドメタルの上位概念としての網目部材については何ら記載されていないので,被請求人の主張は採用できない。』

 (3-4) 審決は,以上を踏まえて,次のように結論づけた。
 『以上のとおりであるから,本件特許の請求項1,3,4,7に係る発明は,いずれも,特許法第17条の2第3項の規定に違反してされたものであり,同法第123条第1項第1号の規定により,これを無効にすべきものである。』


 2 原告の主張(審決取消事由)の要点
 平成11年7月7日の補正(本件補正)が新規事項の追加に当たるとの審決の判断は誤りである。
 なお,本件補正によって補正されたのは,請求項1と請求項2の記載のみである。そのうち請求項1の補正前後の記載は,前記1(2-1),(2-2)のとおりである。
 (1) 出願明細書等には,「2枚の網目部材」について「エキスパンドメタル」と記載されていることは事実であるが,図3,図4にその形状が示されており,それは網目部材といい得るものである。すなわち,出願明細書等の段落【0011】には,「膜構造形透光吸音パネル部材19は,図3に示すような小孔径エキスパンドメタル25と,図4に示すような大孔径エキスパンドメタル27の間に,厚さが6〜12μm位の極薄で光を通すプラスチック等の透光フイルム(図示せず)を挟み込んだ三層構造となって構成されているものである。」と記載され,この記載からは,少なくとも,2枚のエキスパンドメタルが構成要素であることが理解できるとともに,その具体的構造は図3及び図4であることが示されている。そして,その図3及び図4を見ると,図示上,いずれの部材の形状も網目部材であることが明らかである(以上の記載は,出願当初から何ら補正はされておらず,特許公報(甲3)どおりの記載である。)。

 このように,【0011】のみならず,図3及び図4を考慮して検討すれば,出願当初から,「2枚の網目部材」が示されていることは明白であって,特に図示上,網目部材であることが明瞭であることから,「2枚の網目部材」という構成要素が十分に,運用指針にいう「直接的かつ一義的に導き出せるもの」であることが明らかである。
 (2) 網目の同じものを含むことになるということについては,出願明細書等の段落【0005】及び【0006】の【問題を解決するための手段】,並びに【0030】以下の【発明の効果】においても,網目に大小のあることに限る旨の記載はない。そして,段落【0034】には「さらに,前記第2の実施の形態に係る透光・吸音パネルの組立構造の,孔付き透光パネル部材29の孔29aの配置方法,ピッチや径の大きさを調整することにより,孔付き透光パネル部材29による吸音効果を調整,改善することができる。」という記載があり,ピッチや径の大きさを調整することが記載されているのであって,その場合網目が同径となる場合も含むものである。

 (3) 本件について適用されるべき審査の基準は,平成5年に公表された「明細書及び図面の補正の運用指針」(平成5年運用指針)であり,前記のとおり,本件補正によって追加した事項は,出願明細書等に記載されるか,少なくとも十分示唆されている事項であって,これは,平成5年運用指針に基づけば,補正が許容される場合に該当することは明らかである。
 なお,審査経過中で補正が新規事項を含むので不適応とされながら,拒絶査定不服審判でその判断が覆されて特許審決がなされた事案として,特許第2823182号がある。この審判事例からも明らかなように,平成5年運用指針の該当部分に従えば,図面から読みとれる事項を追加した本件補正は許容されてしかるべきなのに,それを許容しなかった審決の判断は不当である。
 また,東京高裁平成10年(行ケ)第298号の平成14年2月19日判決は,「登録時の明細書の語句と,訂正に係る語句とを形式的に比較するだけによって,直接的かつ一義的に導き出せるかどうかを判断すること」を明確に否定している。本件審決の判断も,この判決に示される理由によって,当然に否定される。

 本件審決は,図面の形状等を重視せず,その明細書の具体的記載のみに着目して,当初明細書の記載を特定しており,本件発明では素材に何ら言及していない点や,段落【0034】の記載すら見落として,当初明細書の記載事項を特定しているものであって,誤りである。

 3 被告の主張の要点
 (1) 本件補正における上位概念化については,「小孔径エキスパンドメタル」及び「大孔径エキスパンドメタル」からは,エキスパンドメタル以外の材料を包含し,かつ,その孔径の大小も問わない概念である「2枚の網目部材」を,直接的かつ一義的には,到底導き出せないし,出願明細書等に記載した「小孔径エキスパンドメタル」及び「大孔径エキスパンドメタル」以外の事項をも総合して検討したとしても,「2枚の網目部材」が直接的かつ一義的に導き出せると認められる理由は何ら見いだせない。「小孔径エキスパンドメタル」及び「大孔径エキスパンドメタル」の上位概念としては,「2枚の網目部材」に限らず,「2枚のエキスパンドメタル」等も想定され,その他の当初の記載事項を参酌しても,「2枚の網目部材」しか意味していないものとは認められない。

 以上のように,本件補正後の特許請求の範囲に記載された事項は,出願明細書等に記載した事項でもなく,それから当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項でもない。
 (2) 「網目に大小のあることに限る旨の記載はない」からといって,網目が同径の場合も含む記載があることと等しいということには到底ならない。
 また,「ピッチや径の大きさを調整することが記載されている。」という原告の主張の根拠である「前記第2の実施の形態」とは,無効審判の請求の対象となっていない請求項2に係る発明のことであり,到底認められる主張ではない。仮に請求項1に係る発明の説明であったとしても,「ピッチや径の大きさを調整することにより」との記載から,原告のいう「その場合網目が同径となる場合も含むものである」との結論に至るものではないし,また,「2枚のエキスパンドメタル」等の種々の想定される上位概念のうち,「2枚の網目部材」が直接かつ一義的に導き出せないという本件審決には何らの影響も及ぼさない。

 (3) 審決には,原告の主張するような違法はない。

第3 当裁判所の判断
 1 原告は,出願明細書等(甲3のうち下線部分以外の記載。なお,甲3は,本件補正後の特許公報であるが,本件補正により補正されたのは,請求項1,2の記載のみ,すなわち,甲3の下線部分のみであって,甲3のその余の記載は,出願明細書等の記載がそのまま維持されていることに争いがない。)の段落【0011】のみならず,図3及び図4を考慮して検討すれば,出願当初から,「2枚の網目部材」が示されていることは明白であって,特に図示上,網目部材であることが明瞭であることから,「2枚の網目部材」という構成要素が十分に,運用指針にいう「直接的かつ一義的に導き出せるもの」であることが明らかであると主張する。
 (1) まず,上記出願明細書等における特許請求の範囲(本件補正前のもの)についてみると,【請求項1】として,「四方を囲み厚さを有する枠部材と,前記枠部材の片面側に取付けられる光を通す透光パネル部材と,前記透光パネル部材と空間を隔てて前記枠部材の他面側に取付けられる光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材とを備えることを特徴とする透光・吸音パネルの組立構造。」と,【請求項7】として,「前記透光吸音パネル部材が,極薄の透光フィルムを大孔径エキスパンドメタルと小孔径エキスパンドメタルとにより挾みこんで形成したことを特徴とする請求項1ないし請求項6に記載の透光・吸音パネルの組立構造。」と記載されている。

 請求項7では,「透光吸音パネル部材」の構成として「大孔径エキスパンドメタルと小孔径エキスパンドメタル」が明記されている。一方,請求項1では,この点について特段の記載がなく,請求項7のものに限定されないかのようである。しかし,請求項1においては,「透光吸音パネル部材」の構成について,何ら具体的記載がなく,どのような構成であるかにつき,一義的に明確に理解することができない。よって,上記出願明細書等における発明の詳細な説明の記載や図面を参酌しつつ認定していくほかはない。
 (2) そこで,原告主張に係る出願明細書等の図3,図4をみると,確かに,網目状の物が記載されている。しかし,原告の援用する出願明細書等の段落【0011】には,「膜構造形透光吸音パネル部材19は,図3に示すような小孔径エキスパンドメタル25と,図4に示すような大孔径エキスパンドメタル27の間に,厚さが6〜12μm位の極薄で光を通すプラスチック等の透光フィルム(図示せず)を挾み込んだ三層構造となって構成されているものである。」と記載されている。さらに,図3,図4についての説明そのものである出願明細書等の【図面の簡単な説明】欄においては,「【図3】膜構造形透光吸音パネル部材19の一面側を構成する小孔径エキスパンドメタル25の正面図である。」と,また,「【図4】膜構造形透光吸音パネル部材19の他面側を構成する大孔径エキスパンドメタル27の正面図である。」とされている。これらによれば,図3及び図4に示された網目状の部材は,まさにエキスパンドメタルそのものであると解するほかはない。

 (3) 念のため,出願明細書等における上記以外の「膜構造形透光吸音パネル部材19」の構造に関する記載を検討しておくと,次のような記載がある。
 「【0011】膜構造形透光吸音パネル部材19は,図3に示すような小孔径エキスパンドメタル25と,図4に示すような大孔径エキスパンドメタル27の間に,厚さが6〜12μm位の極薄で光を通すプラスチック等の透光フィルム(図示せず)を挾み込んだ三層構造となって構成されているものである。」
 「【0012】エキスパンドメタルとは,概略として金属板に互い違いに直線状の切れ目を入れた後,その切れ目の長さ方向と直交する方向にその金属板を引張ることにより展延されて,図3及び図4に示すような多数の目(孔)25a,27aを有するよう形成されたものである。」
 「【0028】また膜構造形透光吸音パネル部材19の,小孔径エキスパンドメタル25と大孔径エキスパンドメタル27の間に挾み込まれる極薄の透光フィルムとしては,フッ素樹脂膜,塩化ビニール,ポリエステル,或はサラン等が主として用いられるが,これらの材質に限定されるものではなく,その他のどのような材質により形成してもよい。」

 出願明細書等には,「膜構造形透光吸音パネル部材19」の構造について,上記以外の記載は見当たらない。
 なお,出願明細書等の段落【0026】から【0029】においては,枠部材11,13,15,透光パネル部材17,膜構造形透光吸音パネル部材19のうちの極薄透光フィルム,孔付き透光パネル29につき,出願明細書等の実施例として説明された材質などに限定されないことが記載されている。しかし,本件で争点となっている「エキスパンドメタル」については,段落【0028】において,「また膜構造形透光吸音パネル部材19の,小孔径エキスパンドメタル25と大孔径エキスパンドメタル27の間に挾み込まれる極薄の透光フィルムとしては,フッ素樹脂膜,塩化ビニール,ポリエステル,或はサラン等が主として用いられるが,これらの材質に限定されるものではなく,その他のどのような材質により形成してもよい。」と記載されており,「エキスパンドメタル」に言及しながらも,2枚のエキスパンドメタルの間に挾み込まれる「極薄の透光フィルム」についてのみ材質が限定されないとしている。このように,出願明細書等の記載を仔細に検討しても,透光吸音パネルにおいて極薄透光フィルムを挟む2枚の部材は,「エキスパンドメタル」であると明記されている上,それに限定されないとの記載がなく,「エキスパンドメタル」以外の材質のものでもよいことを示唆する記載すら見当たらない。
 このように,出願明細書等においては,「極薄の透光フィルムが小孔径エキスパンドメタルと大孔径エキスパンドメタルの間に挟持された構造」であることが極めて明示的に記載されているのであり,上記以外の構造をも包含しているものと解する余地のないことが一層明らかである。
 (4) 以上によれば,原告の上記主張は,採用することができず,そうすると,原告の請求はその余の判断をするまでもなく理由がないが,念のため,もう一つの争点である孔の大小の問題についても,項を改めて判断することにする。
 2 前記のとおり,審決は,出願明細書等には,網目部材として,目(孔)の大きさが同じ構造のものについては,何ら記載されていないし,かつ,出願明細書等を総合して検討したとしても,「網目部材として,目(孔)の大きさが同じ構造のものをも含む」という事項が直接的かつ一義的に導き出せないとした。

 この点につき,原告は,出願明細書等の段落【0005】及び【0006】の【問題を解決するための手段】,並びに【0030】以下の【発明の効果】においても,網目に大小のあることに限る旨の記載はなく,段落【0034】には,ピッチや径の大きさを調整することが記載されており,その場合網目が同径となる場合も含むものであると主張する。
 (1) 検討するに,特許請求の範囲(本件補正前のもの)についてみると,請求項7では,「透光吸音パネル部材」の構成として「大孔径エキスパンドメタルと小孔径エキスパンドメタル」が明記されている一方,請求項1においては,「透光吸音パネル部材」の構成について,何ら具体的記載がなく,どのような構成であるかにつき,一義的に明確に理解することができないことは,前記と同様である。
 そこで,出願明細書等の発明の詳細な説明をみると,次のような記載がある。

 「【0005】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために,本発明による透光・吸音パネルの組立構造は,四方を囲み厚さを有する枠部材と,前記枠部材の片面側に取付けられる光を通す透光パネル部材と,前記透光パネル部材と空間を隔てて前記枠部材の他面側に取付けられる光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材とを備える構成としたものである。」
 「【0006】このような構成の透光・吸音パネルの組立構造によれば,枠部材の片面側に光を通す透光パネル部材を設けるだけでなく,その透光パネル部材と空間を隔てて枠部材の他面側に光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材を設けることにより,この透光吸音パネル部材が騒音の吸音効果を発揮するため,高速道路における車両騒音の遮断,日照権の保証と共に,両側が防音壁により遮られた高速道路内に車両騒音が反響するのを防止することができる。」

 「【0030】【発明の効果】以上説明したように本発明によれば,枠部材の片面側に光を通す透光パネル部材を設けるだけでなく,その透光パネル部材と空間を隔てて枠部材の他面側に光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材を設けることにより,この透光吸音パネル部材が騒音の吸音効果を発揮するため,高速道路における車両騒音の遮断,日照権の保証と共に,両側が防音壁により遮られた高速道路内に車両騒音が反響するのを防止することができる。」
 「【0031】また前記第2の実施の形態に係る透光・吸音パネルの組立構造によれば,それほど丈夫でない膜構造形透光吸音パネル部材19を飛石等の飛散物が衝突して破損することから保護することができると共に,車両騒音が孔29aから,孔付き透光パネル部材29と膜構造形透光吸音パネル部材19との間の部屋31に入った後,中で拡散することにより吸音効果があり,さらに部屋31内に入った車両騒音が膜構造形透光吸音パネル部材19により吸音されて著しい吸音効果を上げることが可能となる。」

 「【0032】また前記第1の実施の形態に係る透光・吸音パネルの組立構造の,透光パネル部材17及び膜構造形透光吸音パネル部材19のいずれか一方又は両方共取外し可能,又は回動可能にすることにより,清掃,修理等の保守作業上便利となる。」
 「【0033】また前記第2の実施の形態に係る透光・吸音パネルの組立構造の,透光パネル部材17,膜構造形透光吸音パネル部材19,及び孔付き透光パネル部材29のうちの少なくとも孔付き透光パネル部材29を取外し可能,又は回動可能にすることにより,孔付き透光パネル部材29から部屋31内にゴミやホコリが入って孔付き透光パネル部材29の内側や,膜構造形透光吸音パネル部材19の部屋31側の面が汚れて透光性が低下した場合に,清掃作業上便利となる。」
 「【0034】さらに,前記第2の実施の形態に係る透光・吸音パネルの組立構造の,孔付き透光パネル部材29の孔29aの配置方法,ピッチや径の大きさを調整することにより,孔付き透光パネル部材29による吸音効果を調整,改善することができる。」

 上記の記載は,いずれも「枠部材の片面側に光を通す透光パネル部材を設けるだけでなく,その透光パネル部材と空間を隔てて枠部材の他面側に光を通し音を吸収する透光吸音パネル部材を設ける」という本件発明における組立構造体の基本的な構造に関する説明又は発明の効果に関するものであって,透光吸音パネル部材の具体的な構成,特に,透光フィルムの支持方法については何ら触れられていない。したがって,上記の記載をもって,「網目の大小」に関する開示がされているということはできないのであって,「網目に大小のあることに限る旨の記載はない」との原告の主張は,採用することができない。
 (2) さらに,原告の指摘する出願明細書等の段落【0034】の記載について検討するに,その記載内容は,上記のとおりであり,「第2の実施の形態に係る…孔付き透光パネル部材29の孔29aの配置方法,ピッチや径の大きさを調整すること」が記載されているものである。この「孔付き透光パネル部材29」については,段落【0014】ないし【0016】に記載されており,第1実施例が,透光パネル部材17と膜構造形透光吸音パネル部材19との二重構造であったのに対し,第2実施例は,これらのほかに,孔付き透光パネル部材29を追加して三重構造としたものであるというのである。すなわち,段落【0034】で孔のピッチや径の大きさを調整するとされているのは,第2実施例において追加された「孔付き透光パネル部材29」の孔29aである。したがって,この記載は,「薄膜構造形透光吸音パネル部材19」の構造,すなわち「エキスパンドメタルの網目の大小」とは何ら関係のないものである。

 よって,段落【0034】の記載を理由に網目が同径となる場合も含むとの原告の主張は,採用することができない。
 3 本件補正の内容は,前記のとおり,請求項1に「前記透光吸音パネル部材は,互いに隣合う多数の孔を各々が有し互いに重ね合わされて設けられる2枚の網目部材と,前記2枚の網目部材間に挾まれて重ね合わされる極薄透光フィルムとを有する」との記載を追加するものであり,請求項3,4及び7は,この補正された請求項1を引用するものである。
 そして,本件補正の内容は,エキスパンドメタル以外の他の材質の網目状部材も包含するものであり,かつ,網目の大きさについても,2枚とも同じ大きさのものが包含されるものであることは明らかであるところ,そのような事項が出願明細書等に含まれていたとも,それらから直接的かつ一義的に導き出せるということもできないことは,以上判示したところから明らかである。

 仮に,使用する素材としては,エキスパンドメタルに限定すべき技術的必然性はないというのであれば,出願明細書等を記載するに際し,そのような工夫をすべきことであった。いずれにしても,本件補正前の特許請求の範囲の記載が前記のとおりであること,本件出願明細書等の発明の詳細な説明の記載や図面の記載をみると,上記のとおり極めて明示的に記載されていることや,極薄透光フィルムなどの部材については限定されないことの記載があるのに,エキスパンドメタルについてはそのような記載はもとより示唆もないことなどからすれば,前記のとおり解釈するほかない。
 したがって,前掲の審決の認定判断は,いずれも是認し得るものである。
 4 なお,原告は,運用指針の適用に関する主張をしているが,既に判示したところに照らせば,仮に平成5年運用指針によるとしても,本件補正は,「上位概念化された記載事項が,当初明細書又は図面に記載した下位概念の事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出すことができない事項を包含する」場合に当たることは明らかである。いずれにしても,この点に関して審決に取消事由があることにはならない。

 また,原告は,特許第2823182号に関する審決や東京高裁平成10年(行ケ)第298号事件の平成14年2月19日判決を引用して主張するが,いずれも,出願明細書等の記載が極めて明示的であってこれを他の素材等に拡大解釈する余地のない本件とは事案を異にするものであって,原告の主張は,採用の限りでない。
 5 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。


  東京高等裁判所第18民事部

      裁判長裁判官   塚  原  朋  一


         裁判官   塩  月  秀  平


         裁判官   田  中  昌  利