H15. 1.28 東京高裁 平成13(行ケ)551 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第551号 審決取消請求事件
[平成15年1月28日判決言渡,同月14日口頭弁論終結]
          判       決
    原   告    株式会社クラレ
    訴訟代理人弁理士 村山光威
    被   告    特許庁長官 太田信一郎
    指定代理人    高橋美実,山口由木,林 栄二,高木 進
          主       文
 特許庁が平成11年審判第19280号事件について平成13年10月23日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた裁判
 主文同旨


第2 事案の概要
 本件は,原告が後記1(1)記載のとおり,本願発明の特許を出願したところ,拒絶査定を受け,特許庁に対して審判の請求をしたが,審判の請求は成り立たない旨の本件審決がされたため,この取消しを求めて出訴した事案である。
 なお,当初の出願人は,株式会社クラレ(クラレ,原告)及び松下電器産業株式会社(松下)の2社であり,本件審決における請求人となり,本訴の提起をしたのも同2社であったが,本訴係属中に松下が本願発明に関する特許を受ける権利のうち同社の持分を放棄し,本願発明の特許出願人がクラレ(原告)のみとなるように名義変更手続がされた。上記を受けて,本訴においては,松下が本件訴えを取り下げ,クラレのみが原告となった。


 1 前提となる事実等
 (1) 特許庁における手続の経緯
 (1−1) 本願発明
  出願人     クラレ(原告)及び松下。ただし前記のとおり変更あり。
  発明の名称   「透過型スクリーンおよびその製造方法」
  出願番号    平成3年特許願第300592号
  出願日     平成3年11月15日
 (1−2) 本件手続
  手続補正書提出 平成10年10月9日
  拒絶査定日   平成11年10月20日
  審判請求日   平成11年12月2日(平成11年審判第19280号)
  審決日     平成13年10月23日
  審決の結論   「本件審判の請求は,成り立たない。」
  審決謄本送達日 平成13年11月5日(原告に対し)
 (2) 本願発明の要旨(上記補正後のもの。以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」という。)

【請求項1】 フレネルレンズシートとレンチキュラーレンズシートからなる2枚構成の透過型スクリーン,または光入射面にフレネルレンズを光出射面にレンチキュラーレンズが形成されている1枚構成の透過型スクリーンにおいて,観察者に最も近い面のうちレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を,正反射が主であり,入射角と反射角とが等しい鏡面とすることを特徴とする透過型スクリーン。
【請求項2】ないし【請求項7】は記載を省略。
 (3) 審決の理由
 本件審決の理由は,【別紙】の「審決の理由」に記載のとおりである。
 要するに,本願発明1は,第1引用例(実願昭61−147038号(実開昭63−54138号,本訴甲3)のマイクロフィルム)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

 なお,審決は,本願発明1と第1引用例記載の発明との相違点Aとして,「本願請求項1に係る発明は,観察者に最も近い面のうちレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面としたのに対して,第1引用例には,そのような記載が無い点」と認定した上,これを検討し,「一般に,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズは,例えば,上記第2引用例(特開平3−220542号公報,本訴甲4)及び第3引用例(特開平1−95034号公報,本訴甲5)に記載されているように従来周知の技術手段に過ぎない。そして,当該周知技術を第1引用例のレンチキュラーレンズ11に換えて用いるようなことは,当業者にとって困難であるとは言えない。また,そのように換えて用いる際に,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面とするようなことは,当業者が適宜決定できる設計変更に過ぎない。」と判断した。

 2 争点(審決取消事由)
 本願発明1の進歩性に関する審決の判断の違法
 a 本願発明1の技術内容の誤認
 b 第1引用例に記載の発明(第1引用例発明)の技術内容の誤認
 c 本願発明1と第1引用例発明との相違点Aについての判断の誤り
 d 本願発明1の格別の作用効果の看過,誤認
 (なお,審決,本願発明の明細書(甲2)及び第2引用例(特開平3−220542号公報,甲4)では「レンチキュラーレンズ」と,第1引用例(実願昭61−147038号(実開昭63−54138号,甲3)のマイクロフィルム)では「レンチキラーレンズ」と,第3引用例(特開平1−95034号公報,甲5)では「レンチキュラレンズ」との記載がされているが,表記が異なるのみで指すものは同じであると認められるので,以下,各証拠から引用する場合も含め,すべて「レンチキュラーレンズ」との表記に統一して記載する。)


 (1) 原告の主張の要点
 (1−1) 本願発明1は,「観察者に最も近い面」に「レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部」を備え,それらの全面,あるいはレンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面とすることを,必須の構成とするものである。
 被告は,上記につき,レンチキュラーレンズの設置方向が限定されていない旨を主張するが,誤っている。
 (1−2) これに対し,第1引用例には,「このような透過型スクリーン1及び2においては,観察者側から外来光Loが入射したときには,これが透過型スクリーン1及び2の観察者側に位置するレンチキュラーレンズ面4で乱反射され,その結果透過型スクリーン1及び2のスクリーン面(レンチキュラーレンズ面4)がスリガラスのように白く濁って見えるという問題があった。従って,透過型スクリーン1及び2上に表示された映像が全体として白く濁ったように見えることになり,観察者が目視できる映像は,光沢感が小さい質感のものになるという問題があった。」(甲3の4頁〜5頁)との記載があり,このような問題点を解決するために,第1引用例発明は,「透過型スクリーン10において,レンチキュラーレンズ11のフレネルレンズ5側の面にレンチキュラーレンズ面4を形成し,レンチキュラーレンズ11のレンチキュラーレンズ面4と対向する面12を鏡面にする。」(同5頁〜6頁)との構成を採用したのである。したがって,第1引用例発明における面12の「鏡面」とは,鏡面板状の平坦な鏡面を意味していることは明らかである。

 そして,第1引用例発明の「レンチキュラーレンズ11のレンチキュラーレンズ面4と対向する面12」とは,本願発明1の「観察者に最も近い面」に相当する面であるから,第1引用例発明は,本願発明1における「観察者に最も近い面」を「レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部」とすることを否定するものであり,また,レンチキュラーレンズを備えた面を鏡面にするものではない。
 被告は,第1引用例発明の構成につき,レンチキュラーレンズの設置方向として,観察者に最も近い面がゆるやかな曲率の略平面となるものに限定されるものではない旨主張するが,誤っている。
 (1−3) 本件出願当時の当業者において,第1引用例発明のような略平面のものを鏡面にすることには困難性がないといえるが,本願発明のように,レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部により凹凸となる面を,わざわざ鏡面にすることが困難でないと判断することは,技術的には一般的な考えではない。審決が周知技術とする第2引用例及び第3引用例に示されている出願当時における当業界の技術水準からしても,レンチキュラーレンズ部,ブラックストライプ部側を鏡面にまでするということは行われておらず,想定されていない技術であることは明らかである。

 また,上記(1−2)の点にも照らせば,第1引用例発明におけるレンチキュラーレンズに換えて,さらに周知技術を用いようとするような動機付けの存在はないばかりか,むしろ第1引用例発明には,周知技術と組み合わせて本願発明を想到するための動機付けを妨げる程の記載があるといえる。この点を考慮せずに「周知技術を第1引用例のレンチキュラーレンズ11に換えて用いるようなことは,当業者にとって困難であるとは言えない。」との審決の判断は,誤りである。
 そして,第1引用例には,上記のとおり,本願発明1における「レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいはレンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を,正反射が主であり,入射角と反射角とが等しい鏡面とする」構成については何ら開示されていない上,上記のような当業界の技術水準に照らせば,レンチキュラーレンズ部,ブラックストライプ部までを鏡面にすることが単なる設計変更と考えることはできない。よって,「そのように換えて用いる際に,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面とするようなことは,当業者が適宜決定できる設計変更に過ぎない。」との審決の判断も誤りである。

 したがって,相違点Aに係る本願発明1の構成をなすことは,当業者といえども容易ではなく,これを容易とした審決の判断は誤りである。
 (1−4) 審決は,本願発明1の顕著な作用効果を看過したものであるから,相違点Aの判断は,この点からも誤りである。
 本願明細書(甲2)に,「本発明のレンチキュラーレンズシート1の出射光側表面を鏡面にした物は,スクリーンに写り込んだ物がレンチキュラーレンズにより水平方向に広げられるため,写り込みの形が横長となると同時にブラックストライプにより切れ目ができて連続した形での写り込みがなくなる。従って,コントラストの良い,写り込みの少ない鮮明度の高い良質の画面となる。」(段落【0022】)と記載され,「本発明の構成によれば,レンチキュラーレンズーシートの出射光側のブラックストライプの表面,または,ブラックストライプとレンチキュラーレンズの両表面を鏡面にすることにより,外光の乱反射を防ぎ,適視視野角内での観察者に外光が届かず,コントラストを向上させ,更に鏡面板のような写り込みのない,鮮明な画像を得ることができる。」(段落【0029】)との記載があるとおり,本願発明1は,相違点Aに係る構成によって,適視視野角内での観察者に外光が届かず,コントラストを向上させ,さらに鏡面板のような写り込みのない,鮮明な画像を得ることができるという作用効果を奏する。すなわち,本願発明1においては,スクリーン表面の反射によって見える対象物体の像は,結果としてスクリーン全体に広がって見えることになり,物体の形がそのまま見える「写り込み」は生じない。
 これに対して,第1引用例発明では,本願発明1のようなコントラストを向上させ,かつ鏡面板のような写り込みをなくすという作用効果は望めない。
 また,第2引用例及び第3引用例も同様に観察者側の面を鏡面にすることによる問題点を考察したものではなく,引用例すべてが写り込みに関して解決課題としてはおらず,本願発明1の作用効果を示唆する記載もない。


 (2) 被告の主張の要点
 (2−1) 本願発明の特許請求の範囲では,レンチキュラーレンズの設置方向が限定されていない。
 一般に,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズにおいて,投写光が出射する面をほぼ平坦とすること,さらに,ブラックストライプ部が印刷,転写等で形成されることは,従来周知であり(例えば,特開昭59−69748号公報(乙2),特開昭58−160940号公報(乙3)),印刷,転写等で形成されたブラックストライプ部の厚みがほとんどないであろうことが推測することができ,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とからなる出射する面は全体として,ほぼ平坦であるといえる。また,本願発明の特許請求の範囲では,横断面の具体的形状が限定されているわけではないから,本願発明の実施例として図1及び図7に示されている形状のものではなく,出射する面をほぼ平坦としたものを想定すれば,第1引用例発明の「平坦な鏡面板状の鏡面」と実質的に差異がないことになる。

 (2−2) 原告の主張は,第1引用例発明において,観察者に最も近い面が略平面であることを前提とするものであるが,第1引用例発明は,そのように限定して解釈されるものではない。
 (2−3) 原告は,第1引用例発明に審決が認定する周知技術を組み合わせる動機はない旨主張する。しかし,本願発明1と第1引用例発明及び周知技術とは,いずれもレンチキュラーレンズを用いた透過型スクリーンに関する発明であるから,第1引用例発明と周知技術を組み合わせる動機付けはある。
 (2−4) 原告は,「相違点Aに係る構成によって,適視視野角内での観察者に外光が届かず,コントラストを向上させ,さらに鏡面板のような写り込みのない,鮮明な画像を得ることができるという作用効果を奏する。」旨主張する。
 しかし,本願発明の特許請求の範囲には,外光の位置及び観察者の位置,レンチキュラーレンズの設置方向,透過形スクリーンの用途等について何ら限定されていないから,原告の主張するところは,発明の構成に基づく効果であるとはいえない。

 すなわち,コントラストについては,外光がレンチキュラーレンズ層で正反射し,ブラックストライプ部で外光の一部が吸収されずに正反射する。そして,外光の位置及び観察者の位置によっては,これらの反射光が眼に入るから,コントラストは向上されない(例えば,特開平3−81752号公報(乙4),実願平1−134671号(実開平3−73977号)のマイクロフイルム(乙5)参照)。
 また,写り込みについては,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部では反射光の強さが異なるから,観察される像に縞が生じ,一体の像として認識し難くなることが推測し得るが,逆に,一般に,レンチキュラーレンズのピッチは通常1mm前後であり(例えば,甲4,乙2),ブラックストライプ部の幅は,ピッチの40〜70%(例えば,乙2,実願昭56−96933号(実開昭58−5030号)のマイクロフイルム(乙6))と微細であるから,一体の像として認識し易いともいえる。いずれにしても,写り込み自体がなくなるわけではない。

 したがって,原告の主張する作用効果は,特許請求の範囲の記載に基づかないもの,又は,格別顕著とはいえないものである。

第3 当裁判所の判断
 1 相違点Aに係る本願発明1の構成について
 本願請求項1には,「観察者に最も近い面のうちレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を,正反射が主であり,入射角と反射角とが等しい鏡面とする」との記載があるところ,この記載は,「観察者に最も近い面」に「レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部」が存在することを前提とした上で,そのうちの「少なくとも一方を・・鏡面とする」旨規定したものであるから,「観察者に最も近い面」に「レンチキュラーレンズ層」が存在することは明らかである。
 この点につき,被告は,本願発明の特許請求の範囲では,レンチキュラーレンズの設置方向が限定されていないと主張し,また,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズにおいて,投写光が出射する面をほぼ平坦とすることが従来周知である旨を主張する。

 しかし,被告が周知の証拠として挙げる乙第2号証をみると,「光吸収層は・・平坦部に設けても・・よい。」(4頁左下欄)との記載があり,この記載と第1図,第2図,第3図及び第8図によれば,「光吸収層」(「ブラックストライプ部」と同義と認める。)の存在する「投写光が出射する面」(「観察者に最も近い面」と同義と認める。)が略平面であることは認められるが,その面にレンチキュラーレンズ層が存在しないことが明らかである。同じく,被告の挙げる乙第3号証第1図にも,投写光が出射する面にブラックストライプ部が形成され,その面が略平面となっている透過型スクリーンが記載されていることは認められるが,その面にレンチキュラーレンズ層が存在しないことが明らかである。要するに,被告の上記主張は,本願発明1が,「観察者に最も近い面」に「レンチキュラーレンズ層」がない場合を包含するとの前提に立つ主張であると解されるところ,この前提が誤りであることは前判示のとおりであるから,失当であるというほかない(なお,被告は,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とからなる出射する面は全体としてほぼ平坦であるとか,本願発明で出射する面をほぼ平坦としたものを想定すれば,第1引用例発明の「平坦な鏡面板状の鏡面」と実質的に差異がないなどとも主張するが,前判示のとおりの誤りがあるほか,仮に,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部からなる面を平坦な鏡面板と同視するという趣旨であるならば,両者は構造,機能等においても全く異なるものであり,失当というほかない。)。

 2 第1引用例発明の認定について
 (1) 第1引用例(甲3)の「実用新案登録請求の範囲」の欄には,「レンチキュラーレンズの上記フレネルレンズ側の面にレンチキュラーレンズ面を形成し,上記レンチキュラーレンズの上記レンチキュラーレンズ面と対向する面を鏡面にした」(1頁)との記載がある。
 そして,第1引用例(甲3)の「考案の詳細な説明」欄には,以下のような記載がある。
 「従来の技術」として,「レンチキュラーレンズ面4は,・・スクリーン面に相当し,第2図の構成の透過型スクリーンにおいては,その観察者側に露出したスクリーン面上に表示された映像を直接観るようになされている。」(3頁),及び「第3図の場合も第2図の場合と同様に,その観察者側に露出したスクリーン面上に表示された映像を直接観るようになされている。」(4頁)との記載がある。

 「考案が解決しようとする問題点」として,「観察者側から外来光Loが入射したときには,・・観察者側に位置するレンチキュラーレンズ面4で乱反射され,その結果透過型スクリーン1及び2のスクリーン面(レンチキュラーレンズ面4)がスリガラスのように白く濁って見えるという問題があった。」(4頁〜5頁)との記載がある。
 「問題点を解決するための手段」として,「かかる問題点を解決するため,・・透過型スクリーン10において,レンチキュラーレンズ11のフレネルレンズ5側の面にレンチキュラーレンズ面4を形成し,レンチキュラーレンズ11のレンチキュラーレンズ面4と対向する面12を鏡面にする。」(5頁〜6頁)との記載がある。
 「作用」として,「レンチキュラーレンズ11の観察者側の面12を鏡面にしたことにより,・・観測者は透明感が付与されたような映像を目視できることになる。」(6頁6〜11行)との記載がある。

 「実施例」として,「第1図において,10は全体として透過型スクリーンを示し,入射側にレンチキュラーレンズ面4を形成しかつ射出側の面12に曲面を形成してなるレンチキュラーレンズ11」(6頁),及び「さらにレンチキュラーレンズ11の観察者側の面12は,入射した外来光Loが乱反射を受けることなく一様な反射屈折を受けるように表面に小さな凹凸のないかつ光沢の生じる面(以下鏡面と呼ぶ)になるように成形され,さらに面12全体として水平方向に例えば30000Rのゆるやかな曲率で中央部分が突出するような形状に成形されている。」(8頁〜9頁)との記載がある。
 (2) 以上の記載によると,従来の透過型スクリーンは,観察者側にレンチキュラーレンズ面,その対向面にフレネルレンズ面を有する1枚構成のスクリーン(甲3の第2図),及びフレネルレンズとレンチキュラーレンズの2枚構成でレンチキュラーレンズ面が観察者側に設けられているスクリーン(甲3の第3図)であって,これら従来の透過型スクリーンでは,外来光がレンチキュラーレンズ面で乱反射されることに起因する問題があったため,第1引用例発明においては,フレネルレンズとレンチキュラーレンズの2枚構成とし,レンチキュラーレンズのフレネルレンズ側の面(観察者側と対向する面,観察者側でない面)にレンチキュラーレンズ面を形成し,観察者側の面を「水平方向に例えば30000Rのゆるやかな曲率で中央部分が突出するような形状」の「鏡面」とすることで,その問題を解決したものと認めることができる。

 以上によれば,第1引用例発明においては,射出側の面(観察者に最も近い面)には,レンチキュラーレンズ面が存在しないものとして構成されていることが明らかである。
 (3) この点につき,被告は,第1引用例発明について,観察者に最も近い面が略平面であるというように限定して解釈されるものではない旨主張する。そして,審決もまた,第1引用例発明について,「フレネルレンズ5とレンチキュラーレンズ11からなる2枚構成の透過型スクリーン10において,射出側の面12を鏡面とすることを特徴とする透過型スクリーン」であると認定しており,その文言を形式的にみれば,射出側がレンチキュラーレンズ面でそのレンチキュラーレンズ面が鏡面とされたような透過型スクリーンを含まないものとして認定されているわけではないものと理解される。

 検討するに,確かに,第1引用例発明に関する明細書(甲3)の「実用新案登録請求の範囲」においては,フレネルレンズ側の面すなわち観察者側と対向する面にレンチキュラーレンズ面が形成されることは明記されているものの,観察者側に向く面,つまり「鏡面」とされる面については,「レンチキュラーレンズのレンチキュラーレンズ面と対向する面」とされているのみであり,この面がどのような形状であるかが明記されていない。しかしながら,前判示のとおり,第1引用例発明の課題が,観察者側にレンチキュラーレンズ面があることに起因する課題であって,その課題を観察者側にレンチキュラーレンズ面を設けない構成によって解決したものであることは明らかである(第1引用例発明の構成として,観察者側にレンチキュラーレンズ面を設けたも含むものと解釈したのでは,課題の解決に至らない。)。
 したがって,被告の主張及び審決の上記認定が,第1引用例発明につき,射出側が鏡面からなるレンチキュラーレンズ面である透過型スクリーンを含むという趣旨であれば,誤りであるというほかない。

 3 本願発明1と第1引用例発明との相違点Aの判断について
 (1) 審決は,「本願請求項1に係る発明は,観察者に最も近い面のうちレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面としたのに対して,第1引用例には,そのような記載が無い点」を本願発明1と第1引用例発明との相違点Aと認定した上で,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズが周知技術であると認定し(この認定は当事者間に争いがない。),「当該周知技術を第1引用例のレンチキュラーレンズ11に換えて用いるようなことは,当業者にとって困難であるとは言えない。また,そのように換えて用いる際に,レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面とするようなことは,当業者が適宜決定できる設計変更に過ぎない。」と判断したものである。

 (2) しかしながら,2で説示したとおり,第1引用例発明は,観察者に最も近い面に対向する面がレンチキュラーレンズ面であり,観察者に最も近い面はレンチキュラーレンズ面ではないとの構成であると認められる。
 そこで,審決の上記判断に従って,「レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズ」との周知技術を第1引用例発明に適用した場合,第1引用例発明の観察者に最も近い面に対向する面にレンチキュラーレンズ面(レンチキュラーレンズ層)とブラックストライプ部が形成されるだけであって,レンチキュラーレンズ面の位置が観察者に最も近い面になるわけではない。したがって,審決の判断方法に従っても,相違点Aに係る本願発明1の構成に至らないことは明らかである。
 (3) また,上記周知技術が「観察者に最も近い面にレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズ」(これが周知であること自体は,甲4の第2図,甲5の第2図及び乙1の第4図〜第6図に照らして,認めることができる。)の趣旨であると善解したとしても,この周知技術を第1引用例発明に適用することは困難である。

 すなわち,2で説示したように,第1引用例発明は,観察者側にレンチキュラーレンズ面があることに起因する問題点を解決すべく,観察者に最も近い面にレンチキュラーレンズ面を形成しないことに技術的意義があるのであるから,第1引用例発明と上記の周知技術とは,レンチキュラーレンズ層(レンチキュラーレンズ面)の設置位置に関しては,相互に相容れない技術であり,これらを組み合わせることができないことは明らかである。
 被告は,いずれもレンチキュラーレンズを用いた透過型スクリーンに関する発明であるから,第1引用例発明と周知技術を組み合わせる動機付けはある旨主張するが,技術分野が同一であったり関連するとしても,複数の発明を組み合わせることを妨げる要因がある場合には,複数の発明を結びつけることが容易でないことは当然である。被告の主張は,採用することができない。

 (4) いずれにしても,第1引用例発明と周知技術の組合せによって,本願発明1の相違点Aに係る構成に至ることが容易であるとはいえないから,審決の「レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面,あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面とするようなことは,当業者が適宜決定できる設計変更に過ぎない。」との判断の当否を検討するまでもなく,相違点Aについての審決の判断は,誤りであるといわざるを得ない。

 4 以上のとおりであるから,本願発明1の作用効果の点について検討するまでもなく,審決には,相違点Aについての判断に誤りがあり,その結果,本願発明1の進歩性の判断を誤った違法があるといわざるを得ない。
 よって,原告主張の取消事由には理由があり,審決は取り消されるべきである。


    東京高等裁判所第18民事部


           裁判官      塩   月   秀   平


           裁判官      田   中   昌   利


    裁判長裁判官永井紀昭は,転補につき,署名押印することができない。



           裁判官      田   中   昌   利



【別紙】 審決の理由

平成11年審判第19280号事件,平成13年10月23日付け審決
(下記は,上記審決の理由部分について,文書の書式を変更したが,用字用語の点を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)



理 由
1.本願は、平成3年11月15日に特許出願されたものであって、その請求項1に係る発明は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に特定された次のとおりのものである。
「【請求項1】フレネルレンズシートとレンチキュラーレンズシートからなる2枚構成の透過型スクリーン、または光入射面にフレネルレンズを光出射面にレンチキュラーレンズが形成されている1枚構成の透過型スクリーンにおいて、観察者に最も近い面のうちレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面、あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を、正反射が主であり、入射角と反射角とが等しい鏡面とすることを特徴とする透過型スクリーン。」


2.これに対して、当審の拒絶の理由に引用した実願昭61−147038号<実開昭63−54138号>のマイクロフイルム(以下、第1引用例という。)には、「第1図において、10は全体として透過型スクリーンを示し、入射側にレンチキラーレンズ面4を形成しかつ射出側の面12に曲面を形成してなるレンチキラーレンズ11と、入射側に平面を形成しかつ射出側にフレネルレンズ面3を形成してなるフレネルレンズ5とを有し、フレネルレンズ面3及びレンチキラーレンズ面4を互いに対向させるように、フレネルレンズ5及びレンチキラーレンズ11が順次に配設されている。」(第6頁第15行〜第7頁第5行)及び「さらにレンチキラーレンズ11の観察者側の面12は、入射した外来光L0が乱反射を受けることなく一様な反射屈折を受けるように表面に小さな凹凸のないかつ光沢の生じる面(以下鏡面と呼ぶ)になるように成形され、さらに面12全体として水平方向に例えば30000Rのゆるやかな曲率で中央部分が突出するような形状に成形されている。」(第8頁第16行〜第9頁第3行)との記載があり、結局、フレネルレンズ5とレンチキュラーレンズ11からなる2枚構成の透過型スクリーン10において、射出側の面12を鏡面とすることを特徴とする透過型スクリーンが記載されている。
 同じく引用した特開平3−220542号公報(以下、第2引用例という。)には、「図において、2'は複数枚構成の透過式スクリーン、4'aは背面側に設けられたアクリル樹脂などの透明樹脂製のフレネルレンズ、4'bは同心円状のフレネルレンズ面である。5'aはフレネルレンズ4'aの前方に配置されたレンチキュラー板、5'b、5'cはそれぞれレンチキュラー板5'bの背面および前面に設けられた背面レンチキュラー面および前面レンチキュラー面、5'dはレンチキュラー板5'aの前方に設けられ、レンチキュラー板5'aによる集光のため、投射光が通過しない範囲に設けられたブラックストライプである。」(第3頁左上欄第8〜19行)との記載があり、 同じく引用した特開平1−95034号公報(以下、第3引用例という。)には、「あるいは、同図Bに示すように、光拡散微粒子を含まない透明樹脂板の一方の面に、凸面が微細ピッチをもって並行配列してなる光入射面244を形成し、その反対面には、上記した透明光導電性フィルム121を貼り合わせ、該面上に、平面突起の遮光部242と凸面光透過部243とが一対をなし微細ピッチをもって並行配列してなるフロント面を形成した2枚形映像シートのフロントシート241である。」(第3頁左上欄第2〜11行)および「なお、ここで用いる透明光導電性フィルム121は、映像シートの黒染め、いわゆるブラックストライプの形成に用いられるものである。」(第4頁左下欄第9〜11行)との記載がある。


3.そこで、本願請求項1に係る発明と第1引用例記載のものとを対比すると、本願請求項1に係る発明の「フレネルレンズシート」、「レンチキュラーレンズシート」、「透過型スクリーン」、「観察者に最も近い面」は、夫々第1引用例記載のものの「フレネルレンズ5」、「レンチキラーレンズ11」、「透過型スクリーン10」、「射出側の面12」に相当するから、両者は、フレネルレンズシートとレンチキュラーレンズシートからなる2枚構成の透過型スクリーン、または光入射面にフレネルレンズを光出射面にレンチキュラーレンズが形成されている1枚構成の透過型スクリーンにおいて、観察者に最も近い面を鏡面とすることを特徴とする透過型スクリーンで一致し、
A本願請求項1に係る発明は、観察者に最も近い面のうちレンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面、あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面としたのに対して、第1引用例には、そのような記載が無い点、

B本願請求項1に係る発明は、正反射が主であり、入射角と反射角とが等しい鏡面であるのに対して、第1引用例には、そのような記載が無い点で相違する。

4.そこで、先ず、相違点Aについて検討すると、
一般に、レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部とを有するレンチキュラーレンズは、例えば、上記第2引用例及び第3引用例に記載されているように従来周知の技術手段に過ぎない。
 そして、当該周知技術を第1引用例のレンチキュラーレンズ11に換えて用いるようなことは、当業者にとって困難であるとは言えない。
 また、そのように換えて用いる際に、レンチキュラーレンズ層とブラックストライプ部の全面、あるいは前記レンチキュラーレンズ部とブラックストライプ部の少なくとも一方を鏡面とするようなことは、当業者が適宜決定できる設計変更に過ぎない。
次に、相違点Bについて検討すると、山田 幸五郎著『光学の知識』昭和58年11月20日第1版12刷、東京電機大学出版局発行に、「通常正反射のことを単に反射といっている。」(第18頁 2・1正反射と乱反射の項)、「入射角と反射角とは常に相等しい。」及び「表面がどんな形をしていても当てはまる。」(第20頁 2・2反射の法則の項)との記載があるように、相違点Bは、技術常識に過ぎない。


5.したがって、本願請求項1に係る発明は、第1引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
 よって、結論のとおり審決する。
        平成13年10月23日