H15. 1.21 東京高裁 平成13(行ケ)486等 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第486号、平成14年(行ケ)第588号 審決取消請求、同共同訴訟参加事件 (平成14年12月19日口頭弁論終結)
           判    決        
    原  告        株式会社ダイモ社
    原告(共同訴訟参加人) 中村土木工業株式会社
       原告ら訴訟代理人弁護士 赤尾直人
    被  告             株式会社コンセック
       訴訟代理人弁護士    内田敏彦、 同弁理士 小原英一、佐藤晃一


           主    文
    原告らの請求を棄却する。
       訴訟費用は原告らの連帯負担とする。


             事実及び理由
第1 原告及び共同参加人の求めた裁判
   特許庁が無効2000−35557号事件について平成13年9月25日にした審決を取り消す、との判決。


第2 事案の概要
 本件は、特許を無効とする審決に対し、その権利者(原告ら)がその取消しを求める事案である。
 1 手続の経緯
  (1) 本件特許
    発明の名称   橋梁等鉄筋コンクリート構造物の切断装置
    出願      平成3年11月20日出願の特願平3−329695号の一部を新たな特許出願として平成9年12月30日に出願(特願平9−367786号)
    出願公開    平成7年6月20日(特開平7−158290号)
    登録      平成11年7月9日(特許第2949165号、請求項の数1)
       権利者     原告 株式会社ダイモ社
            原告(共同訴訟参加人) 中村土木工業株式会社

            (平成14年10月1日原告株式会社ダイモ社から本件特許権の持分を譲り受け、同月23日特許権の一部の移転登録。)
  (2) 無効審判
    審判請求    平成12年10月16日(請求人:被告、被請求人:原告株式会社ダイモ社)
    審判番号    無効2000−35557号
    訂正請求    平成13年2月19日
    審決日     平成13年9月25日
    審決の結論   特許第2949165号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。
    審決謄本送達日 平成13年10月5日(原告〔審判被請求人〕株式会社ダイモ社につき)

 2 特許請求の範囲の記載(以下の請求項1の発明を「本件発明」といい、符号AないしFを付して分説の上、摘記する。)
【請求項1】
   A 鉄筋コンクリート構造物に着脱可能に止着される取付台と、
   B ラックを備え前記取付台に支持されて側方に伸びるロッドと、
   C モータによって回転駆動されるケーブル駆動プーリ及び前記ラックに噛合するピニオンを有し、前記ロッドに移動可能に装着される自走台と、
   D 前記取付台に支持され前記ケーブル駆動プーリと共に同一平面上に配置される少なくとも二つのガイドプーリと、
   E 鉄筋コンクリート構造物に掛けられたのち、前記ガイドプーリを経て前記ケーブル駆動プーリに掛けられる無端状ワイヤーソーと
   F からなることを特徴とする鉄筋コンクリート構造物の切断装置。

       (各項に記載された事項を構成要件Aなどという。)
 3 審決の理由
  審決の理由は別紙審決の写しのとおりである。その要点は以下のとおり。
  (1) 訂正の適否
    被請求人が求める訂正は、特許法134条2項ただし書きの規定に適合しないから、訂正を認めない。
  (2) 本件出願の分割の適否
    本件発明は、原出願の明細書又は図面に記載された発明ではなく、本件出願の分割は不適法であるから、本件発明の出願日は、本件発明が現実に出願された平成9年12月30日である。
  (3) 本件発明と引用発明との対比・判断
    本件発明は、特開平7−158290号公報(甲4、審判甲1)に記載された発明(引用発明)と相違するところがなく、同一である。
  (4) 結論
    本件発明の特許出願日は、平成9年12月30日であり、本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当するから、本件発明の特許は無効とすべきものである。


第3 原告らの主張の要点
 1 取消事由の概要
 審決の理由中、訂正請求についての結論は、別途訂正の審判請求を行っていることとの関係上、本件訴訟では、争わないが、審決は、本件発明の分割出願の適法性についての判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。
 すなわち、審決は、本件明細書【0012】に、
a.「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取付ければ、ロッド、自走台及びガイドプーリも鉄筋コンクリート構造物に取付けられるようになる。」(記載a)、
b.「取付台に支持されるガイドプーリは、鉄筋コンクリート構造物の切断箇所に隣接して配置することが可能で、切断完了までその状態を維持することができ、切削用ケーブルが切断箇所よりずれないようにできるため、切断面がきれいで、切断精度も上がる。」(記載b)、

と記載されている取付台及びガイドプーリの作用効果に関する技術的事項が、原出願明細書(甲3)には開示されていないことを理由として、本件出願が分割の要件を充足していない旨の認定判断をした。
 しかし、記載aについての審決の認定判断は誤っており、記載bについても、別途行った訂正の審判請求において記載bを削除する(甲5)ので、結果的に誤っていることになる。
 2 本件明細書の記載aに関する認定判断の誤り
 (1) 本件発明は、取付台の鉄筋コンクリート構造物に対する止着(構成要件A)、取付台によるロッドの支持(構成要件B)、ロッドへの自走台の装着(構成要件C)、取付台へのガイドプーリの配置(構成要件D)、ワイヤーソーの設置(巻着)との間の前後関係につき、格別の要件を課しているわけではない。

 本件明細書(甲2)の段落【0012】においては、本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載)を基本的に再現している段落【0011】の記載に立脚したうえで、「本発明は、上記のように構成したので、ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付けられるようになる。」と記載しており(記載a)、この記載は、(イ)ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されていることを根拠として、(ロ)取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付けるという作業を行うならば、(ハ)これら(ロッド、自走台及びガイドプーリ)も鉄筋コンクリート構造物に取り付けられるようになる、という三段論法に基づき、作用効果を表現している。
 そして、(ハ)の取付けが実現可能かどうかは、(イ)の支持と(ロ)の取付けとの時間的前後関係(順序)によって左右されないから、記載aにおいては、(イ)の支持が(ロ)の取付けより後に行われる場合を排除する必然性が存在せず、かつ、このように解することは、本件発明が、構成要件Aの止着と、構成要件Bの支持、構成要件Cの装着、及び構成要件Dの配置との時間的前後関係を何ら要件としていないことと客観的に合致するものというべきである。本件明細書の段落【0012】の記載は、取付台による(イ)の支持構造を採用しているが故に、(ロ)のような取付けを行えば、(ハ)のように、取付台を介した鉄筋コンクリート構造物に対する取付けが実現し得るという自明(当然)の技術的事項を記載しているにすぎない。
 (2) 原出願明細書(甲3)の図7は、ラックを有しているロッド、ワイヤーソー駆動装置10において、駆動輪を支持している自走台及びガイドプーリが前記(イ)のように取付台に支持された状態を図示するとともに、取付台が(ロ)のように鉄筋コンクリート構造物に取り付けられている状態、さらには、(ハ)のように取付台を介してロッド、自走台及びガイドプーリが鉄筋コンクリート構造物に取り付けられている状態を図示している。

 いうまでもなく、上記図7は、(ハ)の取付けを実現するため、(イ)と(ロ)との時間的前後関係を直接示しているわけではなく、また原出願明細書の図7に関する実施例の記載も、そのような時間的前後関係について、格別の制約を課しているわけでもない。
 とすれば、本件明細書の段落【0012】の前記記載(a、b)は、原出願明細書の図7に関する実施例の記載から、自明な技術的事項として導出されるのであり、そこには、何ら分割不適法が成立する余地はない。
 (3) 本件明細書の段落【0012】、【0039】中の芯出しに関する記載部分は、本件発明において、(イ)の支持が(ロ)の取付けに先行すると解する根拠たり得るものではない。
 (4) 仮に、審決のように記載aの表現における「支持されているため」が「あらかじめ支持されているため」という趣旨であると解するときには、原出願明細書は、以下に述べるように、必然的にaの作用効果を表現していることに帰する。

 原出願明細書では、図7に示す実施例につき、「この実施例においては、ラック3を垂直方向に立設し、ワイヤーソー駆動装置10をワイヤーソーの切断作業の進行と共に上方に移動させる。この切断方法においても、前記のように橋脚の下方からの切断及び上方からの切断を行うことができる。」(段落【0025】)と記載している。
 上記記載において、「ラック3を垂直方向に立設」することとは、ロッドを取付台に支持した状態としたうえで、(ロ)のように取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付けることに他ならず、「ワイヤーソー駆動装置10をワイヤーソーの切断作業の進行と共に上方に移動させる。」工程の前に、(イ)のようにロッド、自走台及びガイドプーリが取付台に支持された状態が実現していることが当然の前提となっている。

 したがって、原出願明細書の段落【0025】の記載は、ラック3を有しているロッドを取付台に支持させたうえで当該取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付けることによって、ラック3を垂直方向に立設した場合には、自走台及びガイドプーリが図7に示すように取付台に支持されているため、ワイヤーソー駆動装置10をワイヤーソーの切断作業の進行と共に上方に移動させることによる切断方法においても、前記のように橋脚の下方からの切断及び上方からの切断を行うことができる、ということを記載していることになる。
 そうすると、本件明細書の記載aにつき、審決のように(イ)が(ロ)に先行するとの解釈をとれば、必然的に原出願明細書の図7に示す実施例においても(イ)の支持が先行し、その後に(ロ)の取付けが行われることになり、原出願明細書は、必然的に本件明細書の記載aの作用効果を表現していることに帰するから、審決の認定判断が誤っていることに変わりはない。

 (5) また、原出願明細書(甲3)の図7に示す実施例が、(イ)と(ロ)の時間的前後関係について不問としていると解したとしても、同実施例に示された構成に至る態様としては、(イ)、(ロ)という順序と、(ロ)、(イ)という順序のいずれを想定することも可能である。そうすると、同実施例は、どちらの順序のものも包含しているというべきであるから、本件発明が、(イ)、(ロ)という時間的順序のものに限定されると解した場合であっても、本件発明の分割出願は、原出願明細書の図7の実施例が包含する2態様のうちの1つを分割出願をしたことになり、分割の要件を充足している。
 
第4 被告の反論の要点
 1 本件発明の分割出願の適法性について審決がした認定判断に誤りはない。
 2 本件明細書の記載aについて
 (1) 本件明細書の「記載a」(段落【0012】)の文脈及び本件明細書の作用効果の記載から合理的に解釈すれば、本件発明が、あらかじめロッドや自走台及びガイドプーリを取付台に支持してから、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付けることに技術的意義を有することは明らかである。

 (2) 原出願明細書は、取付台とロッドや自走台及びガイドプーリの取付手順については何も記載しておらず、取付手順についての目新しい着目もない。しかも、原出願の出願当時の鉄筋コンクリート構造物の切断装置は、現場等で分解し組み立てるものであった。鉄筋コンクリート構造物の切断装置において、取付台にあらかじめロッドや自走台及びガイドプーリを支持していて、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付け、ロッド等の取付けも完了する手段は原出願時以前には自明なものではない。
 (3) 特許法44条の分割出願で出願日の遡及の利益を得るためには、分割に係る発明の要旨とする技術的事項が原出願の明細書及び図面に記載されたものでなくてはならず、原出願明細書における記載は、想定することが可能であるなどといったあいまいなことではなく、正確に記載されていなくてはならない。

 原出願明細書及び唯一の実施例を示す図7には、本件特許請求の範囲に記載されている「側方に伸びるロッド」、「ラックに噛合するピニオン」、「同一平面上に配置される少なくとも二つのガイドプーリ」及び、「ケーブル駆動プーリ」、「ガイドプーリ」を支持する「着脱可能に止着される取付台」の構成等は記載されておらず、ましてや、取付台があらかじめロッドや自走台及びガイドプーリを支持していて、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければロッド等の取付けも完了するという点については、原出願明細書に記載されていない。
 (4) したがって、本件発明の分割出願は、明らかに不適法であり、出願日は遡及しない。


第5 当裁判所の判断
 1 本件発明について
 (1) 甲第2号証(特許第2949165号公報)によれば、本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に、以下の記載が認められる。
   @【0010】【発明が解決しようとする課題】・・・本発明は、安全かつ経済的に、しかも環境を悪化させることなく、短期間にしかも容易に鉄筋コンクリート構造物を撤去する工法を提供することを目的とする。
   A【0011】【課題を解決するための手段】本発明は上記課題を解決するため、・・・(特許請求の範囲とほぼ同旨の記載)・・・切断装置を構成したものである。
   B【0012】本発明は、上記のように構成したので、ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付けられるようになる。(判決注.記載a)しかもケーブル駆動プーリとガイドプーリは始めから芯出しをして取付けておくことができるので、取付ける都度一々芯出しのため各プーリの向きや位置を調整する必要がない。また、取付台に支持されるガイドプーリは、鉄筋コンクリート構造物の切断箇所に隣接して配置することが可能で、切断完了までその状態を維持することができ、切削用ケーブルが切断箇所よりずれないようにできるため、切断面がきれいで、切断精度も上がる。

   C【0013】〜【0031】【発明の実施の形態】・・・【0026】一方、上記参考例の装置においては、たとえば図1及び図2の装置においてはロッド3’が2本の取付台4’に支持され、上部ガイドプーリ5、5がこの取付台とは別個に設置される支持フレーム6に支持するように構成されているので、ケーブル駆動プーリとガイドプーリの芯出しに手数を要する。【0027】それに対して、図3及び図4に示す装置においては、ロッドの端部に支持フレーム6を一体的に固定しこの支持フレームに対して2組のガイドプーリ25、26を固定したものであり、このものにおいてはロッド上にケーブル駆動プーリとガイドプーリが固定される構造のため、上記参考例のようなケーブル駆動プーリとガイドプーリとの芯出しに手数を要することがなくなる。【0028】また、図5及び図6に示す装置においては、支持フレーム6に支持した上部ガイドプーリ5、5は、ケーブル駆動プーリ11と共に同一平面上に配置しているので、特にケーブル駆動プーリとガイドプーリとの芯出しが容易となる。しかしながら、この参考例においては、2個の取付台によりロッドを支持しているので、その取り付け作業に手数を要する問題がある。【0029】図7に示す装置は本発明の実施例を示し、上記各参考例の欠点をすべて解決した装置である。即ち、図7の装置は、鉄筋コンクリート構造物としての橋脚1に着脱可能に止着される取付台4’と、ラック3を備え、取付台4’に支持されて側方に伸びるロッド3と、モータによって回転駆動されるケープル駆動プーリ11及びラック3に噛合するピニオンを有し、ロッド3’に移動可能に装着される自走台9と、取付台4’に支持され、ケーブル駆動プーリ11と共に同一平面上に配置される少なくとも二つのガイドプーリ5、5と、鉄筋コンクリート構造物に掛けられたのち、ガイドプーリ5、5を経て、ケーブル駆動プーリ11に掛けられる無端状の切削ケープル7とから鉄筋コンクリート構造物の切断装置を構成したものである。【0030】この実施例においては、ラック3を垂直方向に立設し、ワイヤーソー駆動装置10をワイヤーソーの切断作業の進行と共に上方に移動させる。・・・【0031】上記のように構成することにより、ロッド3’や自走台9及びガイドプーリ5、5が取付台4’に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物1に取付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付けられるようになる。しかもケーブル駆動プーリ11とガイドプーリ5,5は始めから芯出しをして取付けておくことができるので、取付ける都度一々芯出しのため各プーリの向きや位置を調整する必要がない。・・・
   D【0039】【発明の効果】本発明は、上記のように構成することにより、ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付けられるようになる。しかもケーブル駆動プーリとガイドプーリは始めから芯出しをして取付けておくことができるので、取付ける都度一々芯出しのため各プーリの向きや位置を調整する必要がない。また、取付台に支持されるガイドプーリは、鉄筋コンクリート構造物の切断箇所に隣接して配置することが可能で、切断完了までその状態を維持することができ、切削用ケーブルが切断箇所よりずれないようにできるため、切断面がきれいで、切断精度も上がる。

 (2) 上記各記載によれば、本件発明は、安全かつ経済的に、しかも環境を悪化させることなく、短期間にしかも容易に鉄筋コンクリート構造物を撤去する工法を提供することを目的としたものであり、特許請求の範囲に記載された構成とすることにより、@ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取り付けられるようになり、Aしかもケーブル駆動プーリとガイドプーリは始めから芯出しをして取り付けておくことができるので、取り付ける都度一々芯出しのため各プーリの向きや位置を調整する必要がなく、Bまた、取付台に支持されるガイドプーリは、鉄筋コンクリート構造物の切断箇所に隣接して配置することが可能で、切断完了までその状態を維持することができ、切削用ケーブルが切断箇所よりずれないようにできるため、切断面がきれいで、切断精度も上がる、という作用効果を奏するものと認められる。
 2 原出願明細書について
 (1) 甲第3号証によれば、原出願の出願当初の明細書及び図面(以下「原出願明細書」という。)を示すものと認められる特開平5−141106号公報には、以下のとおり記載されていることが認められる。
  【請求項1】橋脚の上部に設置したワイヤーソー駆動装置により、所定の張力を維持しつつワイヤーソーを駆動し、橋脚をブロック状に切断して撤去することを特徴とする橋脚の撤去工法。
  【発明が解決しようとする課題】・・・【0010】(本件明細書の記載と同じ。)
  【0011】【課題を解決するための手段】本発明は上記課題を解決するため、橋脚の上部に設置したワイヤーソー駆動装置により、所定の張力を維持しつつワイヤーソーを駆動し、橋脚をブロック状に切断して撤去したものであり、その際、ブロック状に切断されたコンクリート塊をエアリフトで水上に浮上させて運搬し撤去し、また爆薬、ガス圧、圧砕等の破砕補助手段を用い、あるいは水中の橋脚の外部周囲をサークルで囲む。それにより安全かつ経済的に、しかも環境を悪化させることなく短期間に橋脚を撤去するようにしたものである。

  【0012】【作用】本発明は、上記のように構成したので、橋脚の上部に設置したワイヤーソー駆動装置は、所定の張力を維持しつつワイヤーソーによって橋脚をブロック状に切断する。その際、ブロック状に切断されたコンクリート塊は、エアリフトによって水上に浮上させて運搬され、また爆薬、ガス圧、圧砕等により、破砕は補助され、あるいは水中の橋脚の外部周囲を囲んだサークルにより、水中作業者の水流による危険をなくす。
  【0013】【実 施 例】本発明の実施例を図面に沿って説明する。図1及び図2は、本発明の第1実施例を示し、解体撤去すべき橋脚1の上部に、小型作業船や簡易ボートによりワイヤーソー駆動機構及びその固定部材を搬入する。橋脚1の上面2には、ラック3を支持する支持台4を固定し、上部ガイドプーリ5、5支持用の支持フレーム6を固定する。【0014】ラック3には、ワイヤーソー駆動装置10が移動自在に固定され、このワイヤーソー駆動装置10上には、駆動プーリー11が回転自在に支持され、ワイヤーソー駆動装置10によりチェーン等で駆動される。・・・【0015】切断作業に際しては、これらの諸装置を橋脚1上に固定した後・・・【0016】・・・ワイヤーソー駆動装置10の水平方向移動によって、ワイヤーソーを所定張力に維持する。【0019】次いで、橋脚の垂直切断を行なうに際しては、図3及び図4に示すように、ラック3に移動自在に設けるワイヤーソー駆動装置10に対して、駆動プーリ24を水平に設置する。また、ラック3の端部には、2組のガイドプーリ25、26を固定する。【0020】切断作業に際しては・・・【0021】ワイヤーソー駆動装置10を移動させて、ワイヤーソーに所定張力を維持させつつ切断を行なう。・・・【0022】一方、橋脚の垂直切断に際しては、図5及び図6に示すように、橋脚の水面下に下部ガイドプーリ30、31を設け、更に橋脚の上部には上部ガイドプーリ32、33を設ける。【0023】切断作業に際しては・・・【0024】ワイヤーソー駆動装置10の作動によって、橋脚1は、上面側から下方に向けて切断することができる。【0025】橋脚の垂直切断の他の実施例を図7に示す。この実施例においては、ラック3を垂直方向に立設し、ワイヤーソー駆動装置10をワイヤーソーの切断作業の進行と共に上方に移動させる。この切断方法においても、前記のように橋脚の下方からの切断及び上方からの切断を行うことができる。
  【0033】【発明の効果】本発明は、上記のように構成してなるので、川の水深が深い場合においても、橋脚破壊作業が容易であり、しかもその撤去も容易となる。さらに工事中の騒音は少なく工事期間も短縮し、工事も安全性が高く工費も安価となる。

 (2) 上記各記載によれば、原出願明細書に記載された発明は、目的は本件発明と同じであり、橋脚の上部に設置したワイヤーソー駆動装置により、所定の張力を維持しつつワイヤーソーを駆動し、橋脚をブロック状に切断して撤去するものであって、切断されたコンクリート塊をエアリフトで水上に浮上させて運搬し撤去し、また爆薬、ガス圧、圧砕等の破砕補助手段を用い、あるいは水中の橋脚の外部周囲をサークルで囲むことにより、川の水深が深い場合においても、橋脚破壊作業が容易であり、しかもその撤去も容易となり、さらに工事中の騒音は少なく工事期間も短縮し、工事も安全性が高く工費も安価となる、という作用効果を奏するものと認められる。
 3 原告ら主張の取消事由について
 以上1、2に認定したところに基づき、原告ら主張の取消事由について検討する。

 (1) 原告らの主張は、要するに、本件発明の作用及び効果を記載した箇所と認められる本件明細書の段落【0012】及び段落【0039】に、「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付けられるようになる。」(記載a)と記載された作用効果は、(イ)取付台にロッドや自走台及びガイドプーリを支持する工程((イ)の支持)と(ロ)取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ける工程((ロ)の取付け)のどちらを先に行うかの時間的前後関係(順序)の関係なく実現されるものであるから、審決が、上記記載aを根拠として、本件発明はロッドや自走台及びガイドプーリが取付台にあらかじめ支持されている(そのため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取り付けられるようになる。)ものであると解した上、そのような本件発明の技術思想が原出願明細書には記載されていないと判断したことは誤りである、というものであると解される。
 (2) しかしながら、上記記載aは、「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されている」という状態にあるため、「取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ」、「ロッドや自走台及びガイドプーリも鉄筋コンクリート構造物に取り付けられる」ということを述べていると理解するのが文理に即した自然な解釈であり、(イ)の支持が(ロ)の取付けに先行することを当然の前提としていると解することが相当である。
 しかも、段落【0012】等には、上記記載aに続けて、「しかもケーブル駆動プーリとガイドプーリは始めから芯出しをして取付けておくことができるので、取付ける都度一々芯出しのため各プーリの向きや位置を調整する必要がない。」と記載されており、この記載は、ケーブル駆動プーリ(自走台の構成要素である)とガイドプーリが取付台を構造物に取り付ける前に、取付台に支持された状態となっていることを前提としているものと解される。

 これらのことからすると、本件発明は、(イ)の支持(取付台によるロッド、自走台、ガイドプーリの支持)を(ロ)の取付け(取付台のコンクリート構造物への取付け)よりも先に行うことによって、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ、取付台に支持されたロッド、自走台、ガイドプーリも鉄筋コンクリート構造物に取り付けることができるようにしたことを特徴とすると認められるのであって、審決が本件発明について、「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付られるようになる。」との技術思想を認めた点に何ら誤りは認められない。
 原告らは、段落【0012】等に記載された「初めから芯出しをして取付けておくことができる」等の芯出しに関する作用効果は、(イ)の支持と(ロ)の取付けの時間的順序によって左右されるわけではないから、芯出しに関する上記記載を根拠に本件発明の技術思想を上記のように認定することはできない旨主張するが、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ける工程(ロ)の後にケーブル駆動プーリ及びガイドプーリの取付台への取付け(イ)を行うとすれば、ケーブル駆動プーリとガイドプーリとを始めから芯出しをして取り付けておくことはできず、また、自走台とガイドプーリを取付台に取り付けたときに、ケーブル駆動プーリとガイドプーリとを芯出ししなければならないことになるから、段落【0012】等に記載されている作用効果を奏することができないことは明らかであり、原告らの上記主張は採用することができない。

 (3) そこで、さらに進んで、原出願明細書に、「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取付ければ、これらも鉄筋コンクリート構造物に取付られるようになる。」(記載a)という本件発明の技術思想に基づく発明が記載されているか否かを検討する。
 原出願明細書に記載された発明は、前記2のとおり、橋脚の上部に設置したワイヤーソー駆動装置により、所定の張力を維持しつつワイヤーソーを駆動し、橋脚をブロック状に切断して撤去するものであり、エアリフト及び破砕補助手段等を備えることにより、川の水深が深い場合においても、橋脚破壊作業が容易であり、しかもその撤去も容易となる等の作用効果を奏するものであると認められる。
 そして、原出願明細書の図1から図6に記載された実施例においては、橋脚1の上面2に、ラック3を支持する支持台4、上部ガイドプーリ5、5支持用の支持フレーム6を固定すること、ラック3に、ワイヤーソー駆動装置10を移動自在に固定し、その上に駆動プーリー11を回転自在に支持すること、切断作業は、これらの諸装置を橋脚1上に固定した後に行うこと、次なる橋脚の垂直切断の際には、ワイヤーソー駆動装置10に駆動プーリ24を水平に設置し、ラック3の端部に、2組のガイドプーリ25、26を固定すること、橋脚の垂直切断に際しては、橋脚の水面下に下部ガイドプーリ30、31を設け、さらに橋脚の上部には上部ガイドプーリ32、33を設けること、などが示されている。

 しかし、ラック、ワイヤーソー駆動装置、上部ガイドプーリーなどをあらかじめ支持台(取付台)に支持させ、その後にこの支持台を構造物に固定することは、原出願明細書には記載されておらず、むしろ、実施例の説明における記載の順序からすると、原出願明細書は、先に支持台を固定した後に他の各種構成要素を支持台に支持させることを示唆していると解される。
 さらに、段落【0025】に説明されている図7の実施例は、支持台が1個でラック3は垂直方向に立設されること、ワイヤーソー駆動装置10は上方に移動される点において上記他の実施例と異なるが、取付けの順序については、他の実施例についてと同様、格別の記載がない。
 以上のとおり、原出願明細書には、解決すべき課題、作用効果、実施例などいずれの点からみても、あらかじめラック(ロッド)やワイヤーソー駆動装置(自走台)及びガイドプーリを支持台(取付台)に支持させ、その後に、支持台(取付台)を鉄筋コンクリート構造物に取り付けることや、そのような順序を採用することによる作用効果を示唆する記載は見当たらない。

 さらに、原出願当時、鉄筋コンクリート構造物の切断装置において、取付台にあらかじめロッド、自走台及びガイドプーリを支持させたうえ、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付けるということが、当該技術分野において自明な技術として認識されていたことを認め得る証拠もない。
 したがって、原出願明細書には、審決も認定したとおり、「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ、こららも鉄筋コンクリート構造物に取り付けられるようになる」との技術思想は記載されていないといわざるを得ない。そして、原出願明細書には、切断装置を構成する個々の部材を運搬し、橋脚の上部に支持台(取付台)を固定して、他の部材を組み立て固定することが開示されているのみであるから、上記技術思想が原出願明細書の記載から自明であるということもできない。

 (4) 原告らは、原出願明細書にはロッドや自走台等を取付台に支持させる工程(イ)と、取付台をコンクリート構造物に取り付ける工程(ロ)の順序につき何ら記載がないことから、7図の実施例は、(イ)、(ロ)という順序による構成(@)と(ロ)(イ)という順序による構成(A)の両者を包含しており、本件発明の分割出願は、そのうちの一方(@)に限定して出願の分割を行ったものであると主張する。
 しかしながら、特許法44条の分割出願において新たな出願(分割出願)の対象とすることのできる原出願に包含された発明とは、原出願の明細書及び図面から、その発明の目的、構成及び効果を把握し得る発明でなければならないというべきである。前示のとおり、原出願明細書には、(イ)の後に(ロ)を行うという順序について何ら記載されておらず、その順序がもたらす作用効果についても、これに着目した記載が一切存在しないのであるから、原出願明細書に(イ)の支持の後に(ロ)の取付けをするとの構成(@)を有し、該構成による作用効果を奏する発明(本件発明)が開示ないし示唆されているということはできない。原告らの主張は採用することができない。

 (5) 原告らは、また、審決のように本件明細書の記載aの「支持されているため」を「あらかじめ支持されているため」の趣旨と解すれば、原出願明細書の図7の実施例についての記載「橋脚の垂直切断の他の実施例を図7に示す。この実施例においては、ラック3を垂直方向に立設し、ワイヤーソー駆動装置10をワイヤーソーの切断作業の進行と共に上方に移動させる。この切断方法においても、前記のように橋脚の下方からの切断及び上方からの切断を行うことができる。」(【0025】下線強調)は、(イ)の支持の後に(ロ)の取付けが行われることを示していることになると主張する。しかし、上記記載は、図7の実施例が他の実施例と異なり、ラック3が垂直方向に立設されること、ワイヤーソー駆動装置10は上方に移動されることを説明したものにすぎないというべきであって、(イ)の支持の後に(ロ)の取付けが行われることを示すものではないというべきである。
 (6) 以上のとおり、「ロッドや自走台及びガイドプーリが取付台に支持されているため、取付台を鉄筋コンクリート構造物に取り付ければ、ロッド、自走台及びガイドプーリも鉄筋コンクリート構造物に取り付けられるようになる」という発明は、原出願明細書に記載されているものではなく、原出願明細書の記載から自明なものでもない。したがって、本件出願が特許法44条の規定に適合せず、適法な分割出願とは認められないとした審決の判断に誤りはない。
 原告らの主張する取消事由は理由がない。


 4 結論
 よって、原告らの請求は理由がないから、請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。


東京高等裁判所第18民事部


       裁判長裁判官     永   井   紀   昭


          裁判官     塩   月   秀   平


                   裁判官     古   城   春   実