H15. 4. 8 東京高裁 平成13(行ケ)332 実用新案権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第332号 審決取消請求事件
平成15年3月25日口頭弁論終結
            判       決
        原      告    美和ロック株式会社
        訴訟代理人弁護士    熊   谷   秀   紀
         訴訟代理人弁理士    宮   口       聡
         同                 飯   田   岳   雄
        被      告    クロイ電機株式会社
        被      告    株式会社ゴール
         両名訴訟代理人弁理士  小   森   久   夫

             主       文
   1 特許庁が無効2000−35570号事件について平成13年6月18日にした審決を取り消す。
   2 訴訟費用は被告らの負担とする。
               事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
    主文と同旨
 2 被告ら
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告らは,考案の名称を「ドア用電気錠」とする登録第2506280号の実用新案(昭和63年11月2日出願(以下「本件出願」という。),平成8年5月16日実用新案登録。以下「本件実用新案登録」といい,その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。
   原告は,平成12年10月17日,本件実用新案登録を請求項1に関して無効にすることについて審判を請求した。

    特許庁は,この請求を無効2000−35570号事件として審理し,その結果,平成13年6月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本を同年6月29日に原告に送達した。
 2 実用新案登録請求の範囲(別紙図面A参照)
  【請求項1】ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータと,開錠データまたは施錠データの入力によりアクチュエータを駆動制御する制御部とを備えた本体をドア内部に収納するドア用電気錠において,
  前記本体に一体にされた電池ケースと,前記アクチュエータおよび制御部に電源を供給する電池を収納し,前記側板の下方に形成された開口部から電池ケースに対して着脱自在にされた電池ホルダと,前記側板の下方に面一に連続して開口部を被覆する蓋体と,を設けたことを特徴とするドア用電気錠。

 3 審決の理由
   別紙審決書の写しのとおりである。すなわち,審決は,@本件出願の願書に添附した明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書」という。)の考案の詳細な説明には,本件考案の「側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」との構成について,「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする」とあるだけで具体的な記載はなく,第1図にも,電気錠本体31中にソレノイドSOL1がボルトに隣接して配置されているものが図示されているだけであり,アクチュエータとボルトの連携機構の具体的な構成が明示的に記載されているとはいえない,Aしかし,考案の詳細な説明中にアクチュエータの一実施例として記載されているソレノイドは,往復の駆動力を発生するアクチュエータとして周知であり,その駆動力を伝達手段を介して往復動作する被駆動体に伝達することも技術常識である,B本件考案は,「側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」に関して,この構成以上に格別の機能を有する構成として規定しているわけではなく,考案の詳細な説明に設計書のような詳細な説明をすることが求め

られているわけでもないから,考案の詳細な説明中に上記のように具体的な構成が記載されていないとしても,当業者ならばそれに基づいて容易に本件考案の実施に当たる具体的なドア用電気錠を作ることができる,Cしたがって,本件明細書の考案の詳細な説明の記載が,本件考案の構成がその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていないとするほど不十分なものであるとすることはできない,と判断して,原告主張の無効事由を排斥した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
   平成5年法律第26号附則4条1項の規定により本件実用新案登録について適用される同改正前の実用新案法(以下「旧実用新案法」という。)5条4項(平成2年法律第30号による改正前の実用新案法5条3項。審決は,この条文を引用している。)は,「前項第三号の考案の詳細な説明には,その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その考案の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定している。しかし,本件明細書の考案の詳細な説明には,本件考案の「ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」との構成について,当業者が容易にその実施をすることができる程度には,その構成が記載されていない。審決は,この点の判断を誤ったものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取消しを免れない。

 1(1) 本件出願時においては,本件考案のように,ソレノイドによって直接ラッチボルトを側板から出し入れする型式の電気錠は存在しなかった(現在においても存在していない。)。本件考案の電気錠は,その意味で新規なものである。本件明細書の考案の詳細な説明における「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする。」(甲第2号証の2第4欄20行〜21行)との記載における「図外の機構」は,実際には存在しないのである。審決は,本件出願当時に存在しなかった上記の「図外の機構」を根拠にして,本件考案に係る電気錠を,当業者が容易に実施することができると判断したものであり,本件出願当時の技術水準の認定を誤ったものである。
   (2) 本件明細書には,上記のとおり,「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする。」と記載されている。しかしながら,本件明細書の第1図に記載された電気錠のトリガボルト34は,閉扉時にラッチボルト33を拘束して錠箱内に引き込ませないように作動する安全部材であり,ソレノイドによって出し入れされるものではない。また,他の同種の電気錠には,ラッチボルトをデッドボルトとして切り換えて使用するために,トリガボルトの動きを利用してラッチボルトの一段突出の拘束を解くものもある。したがって,本件明細書のこの部分の意味を,当業者は理解することができない。

 2 審決は,「考案の詳細な説明中にアクチュエータの一実施例として記載されているソレノイドは,往復の駆動力を発生するアクチュエータとして周知であり」(審決書4頁第4段落)と認定している。しかし,これは完全な誤りである。ソレノイドが一方向の駆動力,すなわち,プランジャがコイルに引き込まれる方向の駆動力しか発生しないことは,当業者でなくても,技術者ならばだれでも知っている周知の事項である。
    電気錠の施解錠操作に応じて,本件明細書の上記記載のように,「ラッチボルト33およびトリガ34を側板38から出し入れする。」ためには,単にソレノイドを伝達手段を介してボルトに連結するだけでは足らず,往復動させるための機構が必要である。ソレノイドは,双方向のアクチュエータではないから,審決の認定には重大な誤りがある。

 3 仮に,本件考案のような型式の電気錠が周知であり,しかもソレノイドには双方向のアクチュエータとして作動するものがある,と仮定しても,なおかつ,本件明細書の記載によっては,当業者がその電気錠を容易に実施することはできない。
   (1)(ア) 別紙図面Bの第1図に示すように,ボルトを錠箱内で前後方向に移動することが可能なように案内し,このボルトとソレノイドのプランジャとを連係させ,プランジャがコイル中に引き込まれるときにボルトを側板から出して施錠する場合,ボルトに印加される駆動力をPとし,ボルトとその案内部との摩擦抵抗,ボルトに掛かる側圧による摩擦抵抗,突出したボルトの施錠状態を固定するための機構を動かすための力,あるいは,室内側のサムターンを駆動するに必要な力を合成した抵抗力をRとすると,力P及びRは反対方向を向くベクトルとなり,ボルトが動くためにはP−R=Mαが正になることが必要である。この場合,Mはボルトの質量であり,力は質量Mに加速度αを掛けたものであるから,P−Rが正になると,ボルトに駆動方向の加速度が生じ,ボルトが動くのである。

        ソレノイドでボルトを動かすためには,プランジャが一杯に出た状態において,ソレノイドの出力Pが抵抗力Rを超える必要がある。ボルトの突出量は,通常,17mmないし19mmであり,一方,原告が製造している錠前のボルトの抵抗力は,小さいものでも500グラムに設定されている。そのため,ソレノイドがボルトを側板から出し入れするためには,プランジャが17mmコイルから出た状態で,出力(コイルの吸引力)が500グラム以上でなければならない。
        しかし,このような大出力のソレノイドは,巨大なものになり,少なくとも厚さの外形寸法が25mm以下である錠箱内には収納できない。すなわち,本件明細書の記載では,ソレノイドで直接ボルトを駆動するタイプの電気錠を製造することができない。審決は,薄い電気錠の錠箱内に納まる小さなソレノイドでも,上記のようなストローク17mmないし19mm,出力が500グラム以上のものがある,という誤った認定をしたことになる。

     (イ) 審決が,「ソレノイドの駆動力を利用してボルトを出し入れしてドアロックを開閉する電気錠」(審決書4頁第5段落)が記載されていると認定した特公昭53−47756号公報(本訴乙第1号証,以下「乙1文献」という。)に記載された電気錠は,力不足を補うためソレノイドをタンデム(2連)にし,しかも,施錠と解錠用にそれぞれ逆方向に動かすためにソレノイドの数を2倍にし,さらに,プランジャの動きを拡大する機構まで設けているのであるから,本件明細書に記載されたものとは全く別のものである。このように多数のソレノイドを使用するものは,消費電力が大きいことから,電池駆動の電気錠には採用することができない。
   (2) 被告らは,ラッチングソレノイド使用の電気錠の模型(検乙第1号証のもの,以下「本件模型」という。)を提出して,本件明細書に記載されている電池駆動の電気錠が実施可能である,と主張しているが,誤りである。

     (ア) 本件模型のラッチングソレノイドは,動作力が弱く,実際に電気錠に適用することはできない。
     (イ) 本件模型のラッチングソレノイドは,本件明細書におけるソレノイドとは異なるものである。仮に,ラッチングソレノイドを利用して電気錠を構成し得たとしても,本件考案の無効理由を解消することはできない。
        「磁石とその使い方」(谷腰欣司著,昭和62年11月30日日刊工業新聞社発行,第6号証。以下「甲6文献」という。)の108頁の図3.19に示す構造の電磁アクチェエータを,慣習上,ソレノイドと称している。このソレノイドは,コイルに通電したときに生じる磁束の通り道の磁気抵抗が最小になるように,磁気抵抗が小さいプランジャが磁気抵抗の大きい空隙を埋めようとして,プランジャをコイル内に引き込むものである。

        これに対し,ラッチングソレノイドは,「ラッチングソレノイド」と題する信明電機ホームページ(甲第7号証の1)の右側の図に示すように,コイルを二つ左右に配設し,真ん中に永久磁石を配置して成り,いずれか一方のコイルに通電して,プランジャを通電されたコイル内に引き込むように作動するものである。ラッチングソレノイドは,いったん通電したら,永久磁石の磁路の磁気抵抗が最小になるようにプランジャを保持するので,コイルヘの通電はごく短時間でよく,また,プランジャの保持のために電力を消費しない。このように,ラッチングソレノイドは双方向に作動する電磁アクチュエータであり,電気錠の電磁アクチュエータとして施錠と解錠の双方に作動するので好都合なものである。
        しかし,このラッチングソレノイドは,本件明細書には記載されていない。ソレノイドとラッチングソレノイドとは,上記のように,その構成及び作用が異なるので,相互に異なる電磁アクチュエータであり,両者がソレノイドという言葉を共通に有するからといって,ソレノイドがラッチングソレノイドの上位概念である,ということはできない。

第4 被告らの反論の要旨
    審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
 1(1) 本件出願の実用新案登録請求の範囲に記載された「ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」として,ソレノイドによって直接ボルトを側板から出し入れする型式のものが,本件出願当時において周知技術に属するものであることは,乙1文献,実願昭46−053787号(実開昭48−12294号公報)のマイクロフィルム(乙第2号証,以下「乙2文献」という。),実開昭57−146671号のマイクロフィルム(乙第3号証,以下「乙3文献」という。)及び特開昭62−129473号(乙第4号証,以下「乙4文献」という。)により明らかである。原告自身が発行している総合カタログ(乙第5号証,以下「乙5文献」という。)によっても,「ソレノイドによって直接ボルトを側板から出し入れする型式の電気錠」は,実施できることが明らかである。

      本件明細書の実施例では,乙1文献ないし乙4文献のような「ソレノイドによって直接ボルトを側板から出し入れする型式の電気錠」と同様に,この「ラッチボルト」を施錠のためのボルトとして使用し,ソレノイドにより側板から出し入れするものとしているのであって,そのように構成することについて,技術的には何ら問題がない。そして,この構造は,乙1文献ないし乙4文献に記載されていることからも分かるように,周知技術である。
      また,「ラッチボルト」が直接ソレノイドにより駆動されるものとして,実開昭63−117968号公報(乙第6号証,以下「乙6文献」という。)や,実開昭63−101659号公報(乙第7号証)がある。
      以上のとおり,本件考案の「ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」との構成を採用して,ソレノイドによって直接ボルトを側板から出し入れするようにした型式のものは,周知である。一方,ボルトとして「ラッチボルト」を使用することについても技術的に問題があるわけではなく,また,「ラッチボルト」をソレノイドで駆動する技術も周知である。

   (2) 本件明細書の考案の詳細な説明には,実用新案登録請求の範囲に記載された「ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」に関する構造として,「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする。」との記載がある。
      ラッチボルト33とトリガボルト34が共に往復動するものとした実施例は,技術的にみて正しく動くのであるから,実施例のトリガボルト34について「当業者はその意味が理解できない。」とする原告の主張は理由がない。
      乙1文献ないし乙4文献に示された,ソレノイドとボルトを連結する機構が,本件明細書における上記「図外の機構」に相当することは明白である。
 2 ソレノイドには,片方向にのみ作動するもの(単安定タイプ)のみでなく,双方向に作動するもの(双安定タイプ)もある。単安定タイプのものと同様,双安定タイプのソレノイドも,乙3文献,乙4文献,及び,「RF型ラッチングソレノイド」と題する沖電気工業株式会社・1982年8月発行のパンフレット(乙第8号証,以下「乙8文献」という。)に記載されていることからも分かるように,周知である。双安定タイプのソレノイド自体だけではなく,これを使用したドアロック装置も周知であることは,乙3文献及び乙4文献により明らかである。

 3(1)(ア) 原告がソレノイドでボルトを動かすために必要であるとして述べる条件は,原告が製造している電気錠を前提にしてのものにすぎず,客観性がない。例えば,乙1文献や乙2文献に記載されているようにボルトを出し入れするだけであれば,数10グラム程度の出力設計で十分である。ソレノイドについても,大型のものでなくても,数mmのストロークで数10ないし数100グラムの吸引力を有するものが数多くある。また,ドアの構造にしても,他のロック機構を併用すれば,ボルトを非常に小さなものにすることができ,小さなソレノイドで直接ボルトを出し入れする電気錠も十分に可能である。さらに,テクノロジーの進展により,強磁性体素材の改良,バッテリ充電容量の増大化,充電用キャパシタの改良等,ソレノイド自体を含むソレノイド機構周辺部品の改良がそれぞれの分野において続けられていることは,明らかであり,十分なコストをかけ注意深い設計を行えば,本件明細書の実施例に記載したドア用電気錠は実現できるのである。
        乙1文献ないし乙3文献は,いずれもソレノイドを使用したドア用電気錠を提案しているものであり,これらの電気錠は,実用新案登録されているのである(乙1文献記載の考案は,原告自身が権利者である。)。これらの考案のすべてが実施不能であるといえないことは明らかであるから,本件考案の明細書の記載によってはその電気錠を容易に実施できない,とする原告の主張は誤りである。
        本件明細書に記載されたものは,「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする。」との構造である。本件明細書において,ソレノイドSOL1が一つのものであると特に限定して記載しているわけではない。また,プランジャの動きを拡大している機構は,まさに,「図外の機構」に相当するものである。

        当業者が本件考案を実施することができないとする理由はない。
     (イ) 原告は,多数のソレノイドを使用するものは,消費電力が大きいことから,電池駆動の電気錠には採用することができない,と主張する。しかし,ソレノイドのオンオフは,プランジャの駆動時のみに行うものであることからすれば,電池駆動は十分可能である。
   (2)(ア) 本件模型のラッチングソレノイドは,実際に電気錠に使用することができるものであり,その動作力にも何ら問題はない。
     (イ) 「ラッチング型ソレノイド」と題する信明電気のインターネットのホームぺ一ジ(甲第7号証の1)には,ソレノイドの種類として,プル型・プッシュ型ソレノイド(一般型ソレノイドのことである。),ラッチング型ソレノイド,スタンパーソレノイド等があることを示している。また,沖電気工業株式会社の「ソレノイド」のカタログ(1988年7月発行,乙第13号証。以下「乙13文献」という。)によれば,ソレノイドの種類には,一般ソレノイド,単安定ソレノイド,双安定ラッチングソレノイド,三安定ラッチングソレノイドがあることが分かる。

        このように,ソレノイドは,一般ソレノイド,単安定ソレノイド,双安定ラッチングソレノイド等を総称する表現であることが明らかである。そして,双安定ラッチングソレノイドは,乙3文献,乙4文献,乙8文献に例示されるように周知であり,また,これを使ってボルトを出し入れする構造も乙3文献,乙4文献に例示されるように周知である。
        本件明細書には,「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする。」と記載されているから,当業者であれば,ソレノイドSOL1として,双安定ラッチングソレノイドを採用することで,ラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れすることが可能であることを簡単に理解することができる。
        なお,双安定ラッチングソレノイドを使用した本件模型とは別に,乙1文献,乙2文献に記載されているように,通常のソレノイドを複数個組み合わせてボルトを出し入れする構造も周知であるから,これを本件明細書のソレノイドSOL1に適用してラッチボルト33及びトリガボルト34を側板38から出し入れするように構成することも,当業者であれば容易に実施することができることである。

第5 当裁判所の判断
 1 原告は,本件明細書の考案の詳細な説明には,本件考案の「ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」との構成について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その構成が記載されていない,審決は,この点の判断を誤った,と主張し,その理由の一つとして,ボルトを動かすことができるソレノイドは,大出力で大きなものとなり,ドア用の錠箱には収納できない,乙1文献に記載されたような多数のソレノイドを使用するものは,消費電力が大きいことから,電池駆動の電気錠には採用することができない,本件模型に使用されたラッチングソレノイドは,本件明細書に記載されたソレノイドとは異なるものである,と主張する。
   (1) 従来のドア用電気錠は,ドアロックを開閉するアクチュエータと,カード等により入力された開施錠データを照合し,この照合結果に基づきアクチュエータを駆動制御する制御部とを備え,その電源である電池を室内側のドアノブを固定する長座に収納していたのに対し,本件考案は,上記のアクチュエータと制御部を備えるドア用電気錠において,電池をドアの内部に収納するとの構成により,長座をコンパクトにし,ドアとノブの間隔を小さくすることができるとの効果を奏するものである。請求項1に記載された本件考案の内容を簡単に要約すれば,本件考案は,ドアロックを開閉するアクチュエータと,制御部とを備えた本体をドア内部に収納するドア用電気錠において,電池を収納した電池ホルダを着脱自在とする電池ケースを本体と一体にドア内部に設けたことを特徴とするドア用電気錠である,ということができる。(甲第2号証の2)

     本件考案は,このように,ドアの内部に収納される電池によって稼働することができるアクチュエータと制御部を備えたドア用電気錠に係る考案であるから,本件明細書の考案の詳細な説明においては,ドアの内部に収納される電池ホルダ等の構成のみならず,このような電池によって稼働することができる,ドアの内部に収納されるアクチュエータと制御部を,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その構成等を記載しなければならない(旧実用新案権5条4項)。もっとも,当業者が当然に知っている技術常識に属する事項についての記載は,場合によってはこれを省略することもできるから,上記の記載要件を具備しているかどうかは,本件出願時において,当業者が当然に知っている技術常識をも考慮した上で,判断しなければならない。
   (2) ドア用電気錠のアクチュエータとその駆動力伝達機構について,本件明細書に記載されているのは,単に,「このドア用電気錠本体31の内部にはソレノイドSOL1が収納されている。ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする。」(甲第2号証の2第4欄18行〜21行),「この制御部に対して前述のソレノイドSOL1が図示しないコネクタを介して、後述する電池ボックスとともに接続される。」(同4欄25行〜27行)」,及び,「電池ケース35には制御部およびソレノイドに接続された端子35a,35bが設けられているため、電池ホルダ32をこれらと直接接続する必要がなく」(同5欄2行〜5行)との文言,並びに,錠本体中にソレノイドが配置されることを示している図(第1図)だけである。
     審決は,本件明細書のこの記載状況の下で,本件出願時の技術常識につき,「ソレノイドは,往復の駆動力を発生するアクチュエータとして周知であり(例えば電磁弁において周知),その駆動力を伝達手段を介して往復動作する被駆動体に伝達することも技術常識である。このことは,被請求人が提出した乙第1号証(特公昭53−47756号公報),乙第2号証(実願昭46−53787号のマイクロフィルムフィルム)に,ソレノイドの駆動力を利用してボルトを出し入れしてドアロックを開閉する電気錠,及びソレノイドの駆動力をボルトに伝達してボルトを出し入れする伝達機構が記載されているように,本件考案の属する技術分野においても周知技術である。」と認定した上で,「本件考案が「側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」に関して,この構成以上に格別の機能を有する構成として規定しているわけではないし,考案の詳細な説明に設計書のような詳細な説明をすることが求められているわけではないから,本件考案の「側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」に関して,考案の詳細な説明中に「ソレノイドSOL1は図外の機構を介してラ
ッチボルト33およびトリガボルト34を側板38から出し入れする」とあり,第1図に電気錠本体31中にソレノイドSOL1がボルトに隣接して配置されているものが図示されていれば,当業者ならばそれに基づいて容易に具体的なドア用電気錠を作ることができるものである。」と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
     本件考案は,上記のとおり,いずれもドアの内部に収納される電池によって稼働することができるアクチュエータと制御部とを備えたドア用電気錠に係る考案であるから,当然のこととして,本件明細書の考案の詳細な説明には,このようないずれも電池によって稼働することができるアクチュエータと制御部につき,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その構成等を記載しなければならない。しかし,本件明細書には,アクチュエータとその伝達機構については,上記のような記載しかなく,このような考案の詳細な説明の記載では,本件考案に適用することができるソレノイドとその駆動力伝達機構が存在するか自体がまず明らかでなく,仮に客観的には存在するとしても,当業者は,それを既存の技術の中から探し出してこなければならないのであり,当業者が本件考案を容易に実施をすることができる程度に記載されたものということは困難である。

      もっとも,このようなソレノイドとその伝達機構とが,明細書の詳細な説明に記載されていなくとも,当業者にとって容易にその実施をすることができるような技術常識に属する事項であるとすれば,その記載を簡略にすることが許容され,少なくとも,明細書の記載不備を理由に実用新案登録を無効とすることはできない,ということができる(ただし,上記のようなソレノイドとその伝達機構とが,明細書の詳細な説明に記載されていなくとも,当業者にとって容易にその実施をすることができるような技術常識に属する事項であるとすれば,従来から存在する,電池を室内側のドアのノブを固定する長座に収納するものの欠点を除去するため,このようなソレノイドとその伝達機構とを採用することにして,本件考案の構成に至ることに,どれだけの困難性が認められるのか,という疑問が生じ,本件考案の進歩性は,それだけ否定されやすくなることになろう。)。しかし,本件考案は,上記のようなものである以上,単に,乙1文献及び乙2文献等から,ドア用電気錠において,ドアの内部に収容することができる往復の駆動力を発生するソレノイド,及び,ソレノイドの駆動力をボルトに伝達してボルトを出し入れす
る伝達機構が周知であることを示すだけでは足りないのであり,これらのソレノイド及びソレノイドの駆動力をボルトに伝達してボルトを出し入れする伝達機構が,ドアの内部に収納することができる程度の数量の電池による小さな電力によって,ドア用電気錠のボルトの出し入れに必要な力を発揮することができるものである必要があり,かつ,このような小電力用のソレノイド及び伝達機構が,本件出願時において,当業者にとって,本件明細書の考案の詳細な説明に記載するまでもなく明らかな技術常識となっている事項であることが少なくとも必要なのである(このような場合でも,考案の詳細な説明に十分な記載がなければ旧実用新案法5条4項に反するとの考え方もあり得る。この考え方は採用しないとしても,少なくとも,上記のような小電力用のソレノイドとその伝達機構が本件出願時において当業者にとって技術常識となっているといえるものでなければ,本件明細書の考案の詳細な説明の記載は,同条項に反することが明らかである。)。なお,ドアの内部に収納する電池で駆動するソレノイドと比べ,外部電源で駆動するソレノイドは,その定格電力が大きいのが特徴であることは,例えば,乙5文献(原告の総合
カタログ。ただし,発行年月日は不明。)には,外部電源により駆動する電気錠が掲載されており,そのソレノイドは,19Vで1.3Aないし28Vで2.0Aの定格と表示されているのに対し,被告らが電池により駆動するものとして試作した本件模型において使用されているソレノイドは,6Vで1Aの定格のものであることから明らかである。したがって,ドアの内部に収納する電池で駆動するドア用電気錠においては,定格電力が小さくとも,ボルトの出し入れに必要な力を発揮するソレノイドを備える必要があるのである。
   (3) 被告らが本訴において周知技術を立証する証拠として提出した乙号各証を見ても,本件出願時において,ドアの内部に収納することができるソレノイドとその駆動力を伝達してボルトを出し入れするドア用電気錠の技術内容を開示するものはあっても,錠本体の外部の電源に接続されるリード線等を備えたものであって,外部電源により駆動するものであったり,外部電源によるものか,あるいは,電池から供給される相対的に小さな電力により駆動するソレノイドに関する技術内容を開示するものか,それ自体からは明らかではないものばかりである。

     @ 乙1文献には,ドアの内部に複数個のソレノイドとその駆動力の伝達機構を配置し,それによりボルトを出し入れする機構が開示されている。しかし,この機構が電池により駆動され得るものであるとは認めることができない。このソレノイドを駆動する電源のリード線が錠本体の外部に引き出されているところからすれば,むしろ,電池により駆動されるものではないとみるのが自然である。(乙第1号証第1,第5,第6図参照)
     A 乙2文献ないし乙4文献にも,同様に,ドアの内部に複数個のソレノイドとその駆動力の伝達機構とを配置し,それによりボルトを出し入れする機構が開示されている。しかし,このソレノイドとその伝達機構が小電力の電池により駆動され得るとの技術内容の開示はない。(乙第2〜第4号証)
     B 乙5文献は,前記のとおり,その発行時期が不明である(仮に,本件考案の出願前に発行されたものであるとしても,このソレノイドを駆動する電源は,リード線が錠本体の外部に引き出されているところからすれば,電池により駆動され得るものではないとみるのが自然である。(乙第5号証)

     C 乙6文献は,窓自動開閉装置に係るものであり,乙7文献は,保管庫等に取り付ける電子錠に係るものである。いずれにも,複数個のソレノイドとその駆動力の伝達機構と,それによりボルトを出し入れする機構が開示されている。しかし,このソレノイドとその伝達機構とが小電力の電池により駆動され得るとの技術内容の開示はない。(乙第6,第7号証)
     D 乙8文献及び乙13文献は,いずれも,株式会社沖電気のソレノイドのパンフレットであり,ボルトを往復動させるために必要な双安定型のラッチングソレノイド等が紹介されている。しかし,それに必要とされる標準印加電力は,コイル2線式のもので3Wないし30W,コイル3線式のもので10Wから120W,その標準ストロークがそれぞれ1mmないし15mmであり,これらの定格のものがドアの内部に収納する小電力の電池により駆動し,ボルトの出し入れに必要な力を発揮し得るソレノイドであるかどうかは必ずしも明らかではない。(乙第8,第13号証)

      以上によれば,本件明細書には,ドアの内部に収納される電池を電源として駆動する小電力用のソレノイドで,ボルトを出し入れするのに十分な力を持った,ソレノイドについて具体的な記載が全くないばかりか,本件出願時において,定格電力が小さくとも,ボルトの出し入れに必要な力を発揮するソレノイドが,本件明細書に記載するまでもないほどに,当業者間において周知の技術であったことを認めるに足りる証拠はない。
   (4) 被告らは,本件考案が当業者にとって実施可能であることを立証する証拠として,本訴において本件模型(検乙第1号証)を試作して提出した。しかし,本件模型に使用されているソレノイドは,単に,「ソレノイド(6V/6Ω,1A定格)」と特定されているだけであり(乙第9号証),このソレノイドが本件出願時において当業者にとって技術常識といえるものであったのか,あるいは,このソレノイドが本件出願時においてそもそも存在していたものであるのか,いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。本件模型は,そもそも,本訴において被告らが試作したものであるから,それだけでは,本件出願時において,本件明細書の考案の詳細な説明に記載されたところに従って,当業者がこれを容易に製作し得たものであることを立証するものではない。本件模型によっては,本件明細書の考案の詳細な説明において,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その考案の構成が記載されていたということを立証することはできない。

   (5) 以上からすれば,本件明細書の考案の詳細な説明においては,本件考案の「ドアの端面に露出する側板からボルトを出し入れしてドアロックを開閉するアクチュエータ」との構成について,当業者がこれを容易に実施することができる程度に,その構成についての記載がない,というべきであり,この点についての審決の判断は,誤りであり,この誤りが結論に影響することは明らかであるから,取り消されるべきである。
 2 以上によれば,原告主張の取消事由は理由がある。そこで,原告の本訴請求を認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
        東京高等裁判所第6民事部
     
          裁判長裁判官        山  下  和  明

         
     
             裁判官        設  樂  隆  一
                                  
     
             裁判官        阿  部  正  幸