H14.10.30 東京高裁 平成14(行ケ)38 特許権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第38号 審決取消請求事件(平成14年10月21日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   A
       被      告   特許庁長官 太 田 信一郎
       指定代理人      藤 井 俊 二
       同          鈴 木 寛 治
       同          山 口 由 木
       同          高 木   進
       同          宮 川 久 成
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由

第1 請求
   特許庁が不服2000−6428号事件について平成13年12月21日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,下記特許出願の特許出願人及び拒絶査定に対する不服審判の請求人であり,その手続の経緯は次のとおりである。
  平成 9年 9月19日 特許出願(特願平9−308065号,発明の名称「遊技機」)
  平成12年 4月18日 拒絶査定
  同   年 5月 1日 不服審判請求(不服2000−6428号)
  平成13年12月21日 請求不成立審決
  平成14年 1月 9日 原告への審決謄本送達
 2 平成13年5月21日付け及び同年10月15日付け各手続補正書により補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

   数字や絵などの図柄が変動する変動表示ゲームが開始され,前記図柄が所定の数だけ揃う事によりリーチ状態に変化する一方,前記図柄が所定の数だけ揃わずに停止した非リーチ状態に一旦なった後,同一の変動表示ゲームで,停止した前記図柄の少なくとも一つ以上を変動させる再変動状態を経て,更に変動する前記図柄を停止させて再変動後のリーチ状態に変化する遊技機において,
  前記変動表示ゲームで前記図柄に加えて各種映像を同時に写し出す表示部と,
  前記変動表示ゲームにおける前記図柄の表示および前記各種映像の写し出しを制御する中央制御部とを具備し,
  前記中央制御部は,前記非リーチ状態となってから前記再変動後のリーチ状態に移行させる際,前記再変動後のリーチ状態に移行する特別なキャラクターを各種映像として前記表示部に登場させること,

  を特徴とする遊技機。
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開平9−122313号公報(本訴甲3,以下「引用例1」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
    審決は,引用例1記載の発明と本願発明との相違点についての判断を誤る(取消事由1)とともに,本願発明の効果は格別顕著なものではないと誤った判断をした(取消事由2)結果,本願発明が,引用例1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)

  (1) 審決は,本願発明と引用例1記載の発明との相違点として,本願発明の各種映像の写り出しを制御する中央制御部は「前記非リーチ状態となってから前記再変動後のリーチ状態に移行させる際,前記再変動後のリーチ状態に移行する特別なキャラクターを各種映像として前記表示部に登場させる」のに対し,引用例1記載の発明の中央制御部はそのように構成されていない点を認定した(審決謄本5頁最終〜6頁第1段落)上,当該相違点について,「パチンコ機等の遊技機において・・・リーチ状態に移行させる際,リーチ状態に移行する特別なキャラクターを各種映像として前記表示部に登場させるように構成することは,周知な技術」であるところ,「引用例1の発明は,同一の変動ゲームにおいて,(1)図柄変動,(2)非リーチ状態,(3)図柄再変動,(4)リーチ状態,と変化するものであり,リーチ状態になる前,すなわち,前記(3)の状態において,可変表示装置に,図柄に加えて各種映像を同時に写し出すことによりリーチを予告をするよう構成することは,そのように構成することを阻害する要件があるとはいえず,当業者が容易に想到できることである」(同6頁第3,第4段落)と判断するが,以下のとおり誤りである。
  (2) 引用例1にはリーチ予告キャラクターの表示技術については一切記載されていないばかりか,上記周知技術を示す例示として挙げられている刊行物(特開平9−56896号公報〔甲4〕,特開平9−75521号公報〔甲5〕,特開平8−206313号公報〔甲6〕,以下,順に「周知例2」ないし「周知例4」という。)には,図柄再変動状態におけるリーチ予告表示技術についての記載や示唆も存在しない。したがって,両者は通常のリーチを行う遊技機という点でしか有機的に結びついておらず,両者の技術を組み合わせても,上記(1)の図柄変動状態におけるリーチ予告に限定適用できるにとどまり,(3)の図柄再変動状態に適用して再変動後のリーチ状態を予告するように構成することはできない。
    また,審判の審理段階で発せられた拒絶理由通知において引用された先願である特開平9−262349号公報(甲7)では,「ゲーム開始→キャラクター登場→図柄が非リーチ状態やハズレ状態で一旦停止→再始動→必ずリーチか大当たりになる」という動作態様が示されるのみであって,本件発明の特徴的事項である,「ゲーム開始→図柄が非リーチ状態やハズレ状態で一旦停止→再始動→キャラクター登場→必ずリーチか大当たりになる」という遊技機を開示するものではない。このことは,本件出願当時の技術常識が,上記(2)の非リーチ状態となる以前に予告キャラクターを表示するにとどまることを示すものであり,上記(3)の図柄再変動の状態には適用できないとする原告の主張を強く裏付けるものである。

 2 取消事由2(効果の判断の誤り)
   審決は,「本願発明の奏する効果は,引用例1に記載された発明及び周知技術から予測できる程度のことであって,特別顕著なものではない」とする(審決謄本6頁第5段落)。しかしながら,リーチや大当たりを予告するキャラクターの登場によって奏される効果は,その登場する順序によって全く異なるものとなる。例えば,本願発明に係る遊技機の遊技者は,変動表示ゲームが開始されて非リーチ状態となったとしても,図柄が再変動することを期待し,その後再変動した場合にはリーチを予告する特別なキャラクターが登場することを念じ続ける。そして,実際に当該特別なキャラクターが登場することによりリーチが確定すると,安堵感と共に大当たりへの期待感を増大させる。また,リーチの後にハズレ状態となったとしても,ユーザは再変動することを期待し,その後再変動した場合には,必ず大当たりとなる特別なキャラクターが登場することを念じ続け,実際に当該特別なキャラクターが登場して大当たりが確定すると,今度は安堵感だけではなく興奮と感動を覚え,その結果再び本願発明に係る遊技機で遊技するのである。すなわち,再変動遊技機において,リーチ予告や大当たり予告機能を備えさせる場合,特別なキャラクターの登場順序に重要な意味があるのであって,本願発明の場合には,ユーザの期待感を維持しながら徐々に高揚させるので,特別なキャラクターが登場してリーチや大当たりが確定すると,相乗効果により興奮と感動の度合いが爆発的に増大される。
   したがって,本願発明の奏する効果が格別顕著なものではないとする審決の認定には全く根拠がない。
第4 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
   遊技機において,変動表示ゲームで図柄に加えて各種映像を同時に映し出す表示部と,これを制御する中央制御部とを具備し,通常のリーチ状態に移行させる際,リーチ状態に移行する特別なキャラクターを表示部に登場させることは周知である。すなわち,@図柄変動→A通常のリーチ状態→B大当たり又はハズレ,と変化する遊技機において,@の図柄変動中にリーチ状態への移行をもたらす特別なキャラクターを各種映像として表示部に登場させることによって,リーチ状態に移行することを予告(リーチ予告)するものである(周知例2〜4参照)。

   他方,引用例1記載の発明は(1)図柄変動→(2)非リーチ状態→(3)図柄再変動→(4)リーチ状態→(5)大当たり又はハズレ,と変化する遊技機である。そして,引用例1記載の発明の(3)の図柄再変動と,上記周知技術における@の図柄変動は,ともに表示部の図柄が変動している状態であり,引用例1の発明の(4)の再変動後のリーチ状態と,上記周知技術におけるAの通常のリーチ状態は,共に,表示部の二つの図柄が一致し残り一つの図柄が変動している状態であり,その後残る一つの図柄が停止して大当たり又はハズレとなるものであるから,引用例1の発明において,(3)図柄再変動→(4)リーチ状態→(5)大当たり又はハズレ,と状態が変化することと,上記周知技術のものにおいて,@図柄変動→Aリーチ状態→B大当たり又はハズレ,と状態が変化することとは,その図柄の変動及び停止の過程に差はない。
   そうすると,引用例1の発明において,(3)の図柄再変動の時にリーチを予告すること,すなわち,リーチ状態になる前である(3)の図柄再変動時に上記周知技術を適用して,リーチ状態を予告する特別なキャラクターを各種映像として表示部に登場させるように構成することは当業者が容易にできることである。
 2 取消事由2(効果の判断の誤り)について
   本件明細書(甲2,乙1,2)の段落【0019】には「本発明に係る遊技機は,リーチ状態や大当たり状態にならなかった場合でも,同一の変動表示ゲーム中でハズレ状態からリーチ状態や大当たり状態に移行するので,競技者の変動表示ゲームに対する期待感を増幅及び刺激することが可能となる」と記載されているが,この効果は,再変動機能を備えたパチンコ機の効果であるから,引用例1記載の発明から予測できる程度のことである。また,「非リーチ状態からリーチ状態に移行する際,特別なキャラクター(例えば,女神や水戸黄門さま)が登場すると,一層遊技者に興奮を与える事ができる」(段落【0017】)との効果は,キャラクターによるリーチ予告機能に基づく効果であって,前記周知技術から予測できるものである。

   したがって,本願発明の効果に関する審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 引用例1(甲3)が,「数字や絵などの図柄が変動する変動表示ゲームが開始され,前記図柄が所定の数だけ揃う事によりリーチ状態に変化する一方,前記図柄が所定の数だけ揃わずに停止した非リーチ状態に一旦なった後,同一の変動表示ゲームで,停止した前記図柄の少なくとも一つ以上を変動させる再変動状態を経て,更に変動する前記図柄を停止させて再変動後のリーチ状態に変化する」という機能(以下「再変動機能」ということがある。)を備えた遊技機を開示していること(審決謄本3頁第2段落及び5頁2−2項の第2段落参照),他方,周知例2〜4(甲4〜6)が,再変動機能を前提とするものではないが,図柄の変動状態において,リーチ状態が成立することを予告する特異な図柄を表示(以下「リーチ予告表示」ということがある。)する機能を開示していること(同3〜5頁2−1(b)〜(d)項参照)は,いずれも当事者間に争いがない。そして,周知例2〜4の開示するリーチ予告表示に係る上記技術事項は,本件出願前における周知な技術であったものと認められる。

     したがって,原告主張の取消事由1における主要な問題は,周知技術であるリーチ予告表示に係る機能を,再変動機能を備えた遊技機に適用するとともに,非リーチ状態から図柄再変動状態に移行した時点でリーチ予告表示を行うように構成することの困難性ないし容易想到性である。
  (2) 原告は,周知例2〜4には,図柄再変動状態におけるリーチ予告表示技術についての記載や示唆も存在しない旨主張するところ,周知例2〜4記載のパチンコ機等がいずれも再変動機能を前提とするものでないことは上記のとおりであり,したがって,図柄再変動状態におけるリーチ予告表示を開示するものでないこと自体は原告の主張するとおりである。
    しかし,周知例2〜4に例示される周知技術であるパチンコ機等におけるリーチ予告表示は,遊技者において,変動している図柄がそろうか否かを期待と不安をもって注視している状態で,これに続くリーチを予告することで,その後の大当たりの期待を増大させ,遊技の興趣を高めるために表示されるものであることは明らかであるから,リーチが確定していない図柄変動状態が予定されている遊技機一般に適用し得るものというべきであり,図柄再変動機能を有するがゆえにその適用が妨げられる理由は見いだせない。その場合の当該リーチ予告表示を行う時期については,リーチが確定していない図柄変動状態である限り,いったん非リーチ状態から図柄が再変動した図柄再変動状態であっても,遊技者において変動している図柄がそろうか否かを期待と不安をもって注視している状態であることに変わりはないのであるから,再変動機能を備えた遊技機にリーチ予告表示を組み合わせる場合に,非リーチ状態を経た図柄再変動状態に適用することは,当業者の当然に想起するところというべきである。

    なお,原告は,特開平9−262349号公報(甲7)が原告の上記主張を強く裏付ける旨主張するが,この公報が開示するのは再変動の予告であって,リーチ予告表示に関するものではないから,原告の上記主張を裏付けるものとはいえない。
  (3) したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
 2 取消事由2(効果の判断の誤り)について
   原告は,本願発明が顕著な効果を奏する旨主張するが,その内容とするところは,遊技機が公知の再変動機能を備えること自体による効果と,周知のリーチ予告表示を行うこと自体による効果との総和の域を出るものではないというべきであって,当業者の予測できないような顕著なものとはいえない。
 3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

     東京高等裁判所第13民事部

         裁判長裁判官     篠  原  勝  美

                   裁判官     長  沢  幸  男

                   裁判官     宮  坂  昌  利