H14.11. 6 東京高裁 平成13(行ケ)286 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第286号 審決取消請求事件(平成14年10月23日口頭弁論終結)
          判         決
           原      告   テルモ株式会社
             訴訟代理人弁護士   吉   原   省   三
             同                    小   松       勉
             同          三   輪   拓   也
             同          竹   田   吉   孝
             同    弁理士   中   澤   直   樹
           被      告   メドトロニック・エイヴイイー・インコーポレーテッド

             訴訟代理人弁護士   牧   野   利   秋
             同                 木   村   耕 太 郎
             同                    岡   本   義   則
             同    弁理士   星   野       修
          主         文
          特許庁が無効2000−35196号事件について平成13年5月16日にした審決中、請求項1〜5及び7〜13に係る部分を取り消す。
          訴訟費用は被告の負担とする。
          この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   主文第1、2項と同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。

第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は、名称を「カテーテル」とする特許第2960114号発明(優先日1989年6月27日・同年7月5日・同年8月18日、優先権主張国・アメリカ合衆国、平成2年6月21日出願、平成11年7月30日設定登録。以下「本件発明」といい、その出願を「本件特許出願」という。)の特許権者である。原告は、平成12年4月14日、被告を被請求人として、本件特許の無効審判の請求をし、特許庁は、同請求を無効2000−35196号事件として審理した結果、平成13年5月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月30日、原告に送達された。
 2 本件発明の要旨(以下、請求項1〜13記載の発明を、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明13」という。)

  【請求項1】同軸状のバルーン膨張カテーテルであって、
  近位端部と遠位端部とを有する細長いカテーテルのシャフトを備えており、
  前記シャフトは、内部管と該内部管を囲む外部管とから形成されており、前記内部管は、前記外部管の遠位端部を越えて伸長しており、
  前記内部管と前記外部管は、それらの間に環状の膨張内腔を形成しており、前記内部管は、当該内部管を通るガイドワイヤー内腔を形成しており、
  前記同軸状のバルーン膨張カテーテルは、また、近位端部と遠位端部とを有する膨張バルーンを備えており、前記バルーンの近位端部が、前記外部管の遠位領域に取り付けられており、前記バルーンの遠位端部は、前記内部管の遠位領域に取り付けられており、
  前記内部管は、前記カテーテルシャフトの近位端部の遠位方向にある箇所で、前記外部管に取り付けられており、

  前記膨張内腔は、前記バルーンの内部に連通していることを特徴とする、同軸状のバルーン膨張カテーテル。
  【請求項2】〜【請求項13】は、別添審決謄本写し記載(2頁32行目〜5頁33行目)のとおり。
 3 審決の理由
   審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、(1) 本件発明は、特開昭63−212373号公報(審判甲第1号証、本訴甲第4号証、以下「引用例1」という。)及び特開昭63−158064号公報(審判甲第2号証、本訴甲第5号証、以下「引用例2」という。)記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、(2) 被告が願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)について平成11年2月25日にした補正は本件明細書の要旨を変更するものではないから、本件特許出願が上記補正の日にしたものと見なされるものではなく、(3) 本件発明10〜12の「遠位接続部分」の記載の意味が不明として記載に不備があるものということはできないから、本件特許を無効とすることはできないとした。

第3 原告主張の審決取消事由
 1 審決の理由中、「(1) 手続きの経緯」「(2) 本件発明」「(3) 無効審判人(注、原告)の主張」及び「(4) 甲第1号証ないし甲第3号証記載の発明」は認める。「(5) 対比・判断」中、「@、審判請求人の主張イについて」の冒頭から11頁2行目(一致点及び相違点Aの認定)までの部分及び各発明の認定部分、「A、審判請求人の主張ロについて」並びに「B、審判請求人の主張ハについて」は認め、その余は争う。「(6) むすび」は争う。
 2 審決は、本件発明1と引用例1記載の発明(以下「引用例発明1」という。)との相違点Aに係る判断を誤った(取消事由)結果、本件発明1が引用例1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとの誤った判断をし、ひいては、本件発明2〜5及び7〜13についても、同様に誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。

 3 取消事由(本件発明1と引用例発明1との相違点Aに係る判断の誤り)
  (1) 審決は、「本件発明1においては、『内部管は、カテーテルシャフトの近位端部の遠位方向にある箇所で、前記外部管に取り付けられて』いるのに対し・・・甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)においては・・・有していない点」(審決謄本10頁28行目〜11頁1行目)を相違点Aと認定した上、「同じカテーテルの技術分野のものとはいえ、発明の解決課題が全く相違する甲第1号証(注、引用例1)記載の発明と甲第2号証(注、引用例2)記載の発明とを結びつけ、本件発明1の上記相違点Aに係る構成を想到することは、当業者の通常の創作能力の発揮であるとは認められない。以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証及び甲第2号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない」(同11頁36行目〜12頁5行目)と判断するが、誤りである。

  (2) 審決は、引用例2(甲第5号証)に、「特にその第2図と第6図及びそれについての説明の欄に、先端の開放された第1流路を形成する内管、該内管を囲繞して該内管との間に第2流路を形成する中管、および該中管を囲終発(注、「囲繞」の誤記と認める。)して該中管との間に第3流路を形成する外管から構成される三重管型カテーテルチューブにおいて、内管と中管、中管と外管とをそれぞれ取り付けている点が記載されている」(審決謄本11頁4行目〜9行目)と認定し、引用例2記載の発明(以下「引用例発明2」という。)について、「三重管からなるカテーテルチューブにおいて・・・『本実施例において、第一流路Aは血管拡張カテーテル使用時における血液流路およびガイドワイヤ一通路として、第2流路Bは残留空気排出流路として、また第3流路は造影剤等の充填流路として作用する。』ものである」(同頁10行目〜14行目)と認定した。
    これら認定に誤りはないが、引用例2(甲第5号証)の第2図及び第6図において、外管の先端が中管に固定されていること、バルーンの近位端部が外管に固定されていること、バルーンの遠位端部が中管に固定されていること、バルーン内において外管に側孔が形成されていることは、図面上明らかであり、その中管と内管を合体させると、本件発明1と同一になる。本件発明1は二重管であり、引用例発明2は三重管であるが、用途は同じであって、二重管にすることと三重管にすることとの間に、本質的な相違はない。すなわち、二重管の外管と三重管の外管、二重管の内管と三重管の内管は、全く同じ機能を有しており、三重管の中管は残留空気排出流路として用いるものである。そして、この中管がなくても、二重管として存在し得るのであり、現に、本件発明1及び引用例発明1は、二重管となっている。
  (3) また、本件発明1と引用例発明2(甲第5号証)は、双方とも経皮経管冠動脈形成術において使用される型のカテーテルであるので、カテーテルの血管内への挿入に際し、血管壁からカテーテルの先端外面が受ける力は全く同じである。これに加え、本件発明1と引用例発明2は、外管の遠位端部がスペーサーを介し、本件発明1では内管、引用例発明2では中管に固定されるという、バルーン付近の構造が全く同一であるから、その作用効果も同一である。
    引用例2(甲第5号証)に「圧力計付インジェクター24で、数気圧から10気圧程度で加圧して造影剤を拡張体10内へ送り込み、第13図に示すように拡張体10を膨張させ、狭窄部22を圧縮し拡大せしめる」(7頁左上欄1行目〜5行目)との記載があるところ、10気圧という高圧で造影剤を引用例2の第6図のカテーテルに注入すると、外管の側孔の通路が狭いため、これが抵抗となって外管と中管との間にかなりの高圧が発生するので、外管と中管との固定部分の強度が弱いと、この部分で破裂してしまう。したがって、引用例発明2における外管と中管の固定部分は、このような高圧にも耐えられる強度を有する構造であることが明らかである。一方、冠状動脈からカテーテル遠位端部が受ける抵抗力は、バルーンを拡張して血管の直径を大きくするときの力に比べはるかに小さいから、血管を拡張するための高圧にも耐えられる引用例発明2の固定部分は、本件発明1と同じく、入れ子式のはまり込みを防止するのに耐えられる強度を有するものであることが明らかである。

    そうすると、「甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)においては、内部管が外部管に対して軸線方向に入れ子式にはまり込むのに抵抗できるように、内部管を外部管に取り付けるという技術思想について示唆するところがなく、流路の閉塞手段を示しているに過ぎないから、機械的に軸線方向にはまり込むのに抵抗できる強度を持つものか否か不明であり、基本的には機械的強度は不要で流路を閉塞すれば足りるものでしかない」(審決謄本11頁27行目〜32行目)との審決の認定は誤りである。
  (4) 上記(2)及び(3)に照らすと、引用例発明2(甲第5号証)から相違点Aに係る構成を想到することは、当業者にとって容易なことであり、相違点Aに係る構成を引用例発明1(甲第4号証)に適用して、本件発明1を発明することも当業者にとって容易である。

    この点について、審決は、「内管と中管、中管と外管とをそれぞれ取り付けている点の当該取り付け手段を甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)の内管と外管との間に適用すると、膨張内腔が閉塞されカテーテルとして用いることができなくなる」(審決謄本11頁19行目〜22行目)と判断するが、引用例発明2(甲第5号証)では、バルーン内の外管に側孔が形成されているので、引用例発明2の中管と内管を引用例発明1の内管に代えたところで、バルーンの膨張内腔とバルーンとの連通路は外管の側孔によって確保されており、審決のいう上記のような事態は生じない。
    審決は、「このようなことを防止するためには、取り付け手段に流路を設けたり、甲第2号証第6図のように外管先端をバルーン内に突出させ、かつ、側孔を外管に設ける等の格別の工夫が必要であると認められるが、そのような工夫までもが容易に想到できると認めるに足る記載や示唆は見出せない」(同頁23行目〜26行目)とも判断するが、上記のとおり、引用例発明2(甲第5号証)から相違点Aに係る構成を想到するためには、何らの示唆も必要としない。

  (5) しかも、血管膨張用のバルーンカテーテルにおいて、二重管の内管と外管とがずれないようカテーテルの先端部の一部を接着融合することは、本件特許出願前から当業者に広く知られていた技術である。すなわち、特表昭58−500694号(甲第6号証)の第4図〜第6図には、外管の先端を内管に固定した状態が図示されているし、特開昭64−70073号(甲第7号証)には、外管と内管の間にコイルを埋め込んで管同士を融着させることが記載され、その状態が第2図に図示されている。
  (6) 被告は、本件発明1と引用例発明1(甲第4号証)及び2(甲第5号証)とでは、発明の目的が異なると主張するが、引用例1及び2を組み合わせることが容易かどうかに関しては、これらに示されているバルーンカテーテルの構造において、相違点Aを示唆するものがあるかどうかが問題なのであり、両者の課題、目的が異なるからといって、容易推考でないということはできない。

  (7) 本件発明1について、相違点Aに係る審決の判断が誤りである以上、本件発明2〜5及び7〜13の進歩性に係る審決の判断も同様に誤りである。
第4 被告の反論
 1 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
 2 取消事由(本件発明1と引用例発明1との相違点Aに係る判断の誤り)について
  (1) 本件明細書(甲第3号証)に「本発明は、カテーテルの遠位端部が冠状動脈内で抵抗に合った時、その近位端部から押された場合に、外部管内で、カテーテルのシャフトの内部管の入れ子状に嵌まり合って曲がったり、つぶれたりする傾向を阻止するようになされている」(7欄24行目〜28行目)、「そのような入れ子式に短くなることを防ぐことによって、本発明は、それが狭窄を通って押された時、薄い壁のバルーンが一団となる傾向を阻止することを目的とされている」(7欄30行目〜33行目)及び「本発明のもう一つの目的は、抵抗する狭窄を通って進む時に、バルーンの一団となる傾向が低減されている同軸状の構造を有するPCTAカテーテルを提供することである」(8欄3行目〜6行目)との記載があるように、本件発明1の主たる目的は、カテーテルを患者の動脈内に挿入して押し進めた場合に、内部管が外部管に対して軸線方向に入れ子状にはまり込むことを防止し、かつ、膨張バルーンが団子状に押しつぶされることを防止することにあり、相違点Aに係る本件発明1の構成は、これら目的を達成するために採用された構成である。

    これに対して、引用例1(甲第4号証)に「本発明の目的は、血管内への挿入中に折れ曲がるおそれがなく、かつカテーテル、端部(注、「カテーテル端部」の誤記と認める。)にて与えたトルクの伝達性が高く操作性の優れた拡張体付カテーテルを提供することにある」(2頁右下欄6行目〜10行目)と記載があるとおり、引用例発明1の目的は、カテーテルの操作性を向上するために、内管及び外管の一方又は双方に剛性付与体を設けることにある。
    また、引用例発明2(甲第5号証)の目的は、カテーテルの柔軟性を失うことなく、造影性を低下させる原因となる拡張体内の気泡を除去する手段を提供することにあり、そのための手段として、内管、中管及び外管から成る三重管構造を用いること、三重管により形成される三つの流路のうち二つの流路を拡張体と連通させることを開示しているものである。

    このように、引用例発明1(甲第4号証)及び2(甲第5号証)は、単に膨張バルーン(拡張体)を備えた同軸状カテーテルという技術分野が本件発明1と共通するだけで、それぞれ、本件発明1とは全く異なる目的を有するものである。したがって、審決が「同じカテーテルの技術分野のものとはいえ、発明の解決課題が全く相違する甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)と甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)とを結びつけ、本件発明1の上記相違点Aに係る構成を想到することは、当業者の通常の創作能力の発揮であるとは認められない」(審決謄本11頁36行目〜12頁2行目)と判断したのは当然であり、この判断に誤りはない。原告の主張は、本件発明1、引用例発明1及び2の目的の相違を無視したものである。
  (2) 原告は、引用例2(甲第5号証)の「圧力計付インジェクター24で、数気圧から10気圧程度で加圧して造影剤を拡張体10内へ送り込み、第13図に示すように拡張体を膨張させ、狭窄部22を圧縮し拡大せしめる」(7頁左上欄1行目〜5行目)という記載を根拠に、引用例発明2の第2図及び第6図の実施例が本件発明1の目的を達成している旨主張する。

    しかしながら、引用例発明2(甲第5号証)において外管と中管との間の流路を造影剤流路とした場合、中管と内管との間の流路は残存空気排出流路であるから、接合部分に10気圧の高圧がかかるとの原告の主張は、外管と中管との接合部分のみに関する議論であり、中管と内管との接合部分の強度とは関係がない。しかも、引用例2の上記記載は、造影剤を送り込むときの圧力が数気圧から10気圧程度であることを述べるにすぎず、カテーテル内が造影剤で満たされた状態では、外管と中管との間にある第3流路内の圧力が外管径方向外方に作用すると同時に、バルーン内の圧力が外管径方向内方に作用するから、二つの力が相殺される。造影剤が流れているときは、外管内外の圧力が異なるため、接合部分に加わる力は相殺されないが、それは、造影剤を送り始めてからバルーンの膨張が完了するまでのごく短い時間だけである。また、接合部分が内部の流体による圧力に耐えられることと、血管内にカテーテルを通す際に軸線方向にかかる力に耐えられることとは、物理的に全く別の事柄である。バルーンを膨張させる際の一時的な圧迫には耐えられても、曲がりくねった動脈を通してカテーテルを押し進め、かつ、きつい狭窄を通してバルーンを押し進める際に、常時不規則に加わる軸線方向の力により、接合部分が徐々に疲労して軸線方向にはまり込むということもあり得る。
    以上のように、審決が正当に指摘したとおり、「甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)においては・・・流路の閉塞手段を示しているに過ぎない」(審決謄本11頁27行目〜30行目)ものであり、外管と中管との固定手段を開示したものではない。すなわち、当業者が引用例2(甲第5号証)を見ても、外管と中管との接合部分にいかなる強度が必要であるかを知ることはできないし、まして、機械的に軸線方向にはまり込むのに抵抗し得る強度を持つものかどうかは分からない。審決が、「機械的に軸線方向にはまり込むのに抵抗できる強度を持つものか否か不明であり」(同頁30行目〜31行目)、「確かに熱溶着や接着剤によればなにがしかの機械的強度は期待できるが、だからといって流路の閉塞手段により機械的強度を持たせるという技術思想が直ちに想到可能と言うこともできない」(同頁33行目〜35行目)と判断したのは、技術的に当然のことである。

  (3) 原告は、また、引用例発明2(甲第5号証)の第2図及び第6図の実施例において、中管と内管を合体させると本件発明1と同一になると主張するが、このような主張は、審判段階で全くされておらず、適法な審決取消事由とはいえない。その点をおいても、引用例発明2の第2図及び第6図の実施例において、中管と内管を合体させるというようなことは、当業者が容易に想到し得るものではない。すなわち、引用例発明2は、三重管構成を採って、中管と内管との間にある第2流路を形成すること自体が発明の内容なのであるから、引用例2の中管と内管とを合体させるというようなことを当業者が想到するはずはない。かえって、引用例2の実施例においては、「内管1と中管2が密着して第2流路Bが閉塞してしまうことを防止する意味から、中管2の内周面には、内管の外周面に接する突起5が設けられている」(4頁左下欄8行目〜11行目)と記載されている。
  (4) 原告は、「甲第2号証(注、引用例2)記載に係る内管と中管、中管と外管とをそれぞれ取り付けている点の当該取り付け手段を甲第1号証(注、引用例1)記載の発明の内管と外管との間に適用すると、膨張内腔が閉塞されカテーテルとして用いることができなくなる」(審決謄本11頁19行目〜22行目)との審決の判断をも非難するが、原告が審判段階で主張していたのは、飽くまで、引用例発明2(甲第5号証)を引用例発明1(甲第4号証)に適用することである。そうすると、引用例発明1には「外管の側孔」は存在しないのであるから、引用例発明2の内管と中管、中管と外管の取付け手段を引用例発明1の内管と外管との間に適用すると、本件発明1の膨張内腔に相当する第2のルーメンが閉塞されてカテーテルとして用いることができなくなることは明らかであり、審決の上記判断に何ら誤りはない。原告は、引用例発明2の外管に側孔があると主張するが、引用例発明1に引用例発明2の取り付け手段を適用したものは、取り付け手段以外の部分は、引用例発明1の構成であるから、引用例発明2の外管に側孔があるか否かはもとより関係がない。
    したがって、審決の「このようなことを防止するためには、取り付け手段に流路を設けたり、甲第2号証第6図のように外管先端をバルーン内に突出させ、かつ、側孔を外管に設ける等の格別の工夫が必要であると認められるが、そのような工夫までもが容易に想到できると認めるに足る記載や示唆は見出せない」(審決謄本11頁23行目〜26行目)との判断も正当である。
  (5) 原告は、甲第6号証及び甲第7号証を提出して、二重管の内管と外管とがずれないようカテーテルの先端部の一部を接着融合することが本件特許出願前から当業者に広く知られていた技術であると主張するが、甲第6号証には、本件発明1の外部管に相当するアウタカテーテル12の先端を本件発明1の内部管に相当するインナカテーテル14に固定するという記載はない。また、甲第7号証記載のカテーテルシャフトは、基端軸部分14と軸延長部分16とから成る一重管であり、二重管構造における外管と内管との固定を意味するものではない。

  (6) 本件発明1について、相違点Aに係る審決の判断が正当である以上、本件発明2〜5及び7〜13の進歩性に係る審決の判断も正当である。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(本件発明1と引用例発明1との相違点Aに係る判断の誤り)について
  (1) 本件発明1と引用例発明1(甲第4号証)とが審決の認定した相違点A、すなわち、「内部管は、カテーテルシャフトの近位端部の遠位方向にある箇所で、前記外部管に取り付けられて」いるとの本件発明1の構成を引用例発明1が有しない点においてのみ相違することは、当事者間に争いがない。
    また、引用例2(甲第5号証)に「特にその第2図と第6図及びそれについての説明の欄に、先端の開放された第1流路を形成する内管、該内管を囲繞して該内管との間に第2流路を形成する中管、および該中管を囲終発(注、「囲繞」の誤記と認める。)して該中管との間に第3流路を形成する外管から構成される三重管型カテーテルチューブにおいて、内管と中管、中管と外管とをそれぞれ取り付けている点が記載されている」(審決謄本11頁4行目〜9行目)ことも当事者間に争いがない。

  (2) 本件明細書(甲第3号証)には、「内部及び外部の同軸状の管から形成されたシャフトを有するカテーテルと、管の遠位端部に取り付けられたバルーンにおいて、増加された抵抗が示された場合に、管が入れ子式に嵌まり合う傾向がある。管が入れ個(注、「入れ子」の誤記と認める。)式に嵌まり合うことは、バルーンの端部を共に僅かに引き抜き、一方、それが狭窄を通って押しやられるときに十分にバルーンを一団にさせてしまう傾向がある。バレーン(注、「バルーン」の誤記と認める。)が一団になることは、バルーンを狭窄に近づけることをより困難にする」(6欄45行目〜7欄3行目)、「外部管20の遠位端部を内部管18にしっかりと固定することにより生じる増加された柱状部の強さが、カテーテルの押し進める能力を増大させるであろう。・・・バルーンの端部の間の軸方向の長さは維持され、また、バルーンは、それがきつい狭窄を通して押し進められる場合に、一団(bunch up)とはならない」(10欄7行目〜17行目)との記載がある。これらの記載によれば、相違点Aに係る本件発明1の構成は、管が入れ子式に嵌まり合うことやバルーンが一団となることを回避するために採られた構成であると認めることができる。
  (3) 一方、引用例2(甲第5号証)には、「本発明はまた拡張体内の残存空気を容易に除去でき・・・ることを目的とする」(3頁左上欄4行目〜8行目)、「先端の開放された第1流路を形成する内管、該内管を囲撓して該内管との間に第2流路を形成する中管、および該中管を囲撓して該中管との間に第3流路を形成する外管から構成される三重管型カテーテルチューブと、該カテーテルチューブの先端近傍において第2流路および第3流路のそれぞれの開口部を内包して該カテーテルチューブの外周に取付けられ、第2流路および第3流路に連通する空間を形成する少なくとも一部が円筒状で折り畳み可能な拡張体と、該カテーテルチューブの基端に取付けられ、3つの流路にそれぞれ連通する3つのポートを備えてなる三方アダプターとからなる」(同欄13行目〜右上欄5行目)、「本発明の血管拡張カテーテルにおいて、カテーテルチューブとして三重管型カテーテルチューブを用い、同チューブにより形成される3つの流路のうち、2つの流路を拡張体と連通させたことを最大の特徴とするものである。これゆえ・・・拡張体内に残存する空気は該拡張体に連通する一方の流路より造影剤が拡張体内に侵入するに従って、該拡張体に連通する他方の流路より容易に排除されることができる」(同頁右下欄3行目〜14行目)、「本発明の血管拡張カテーテルの先端近傍には、第2図および第4図に示すように・・・拡張体10は、必ず第2流路Bおよび第3流路Cのそれぞれの開口部を内包し、第2流路Bおよび第3流路Cに連通する閉鎖空間Dを形成するように構成されなければならない。例えば本実施例においては、三重管型カテーテルチューブ4の先端付近構造が第2図に示すように、外管3の先端は中管2と外径(注、「中管2の外径」の誤記と認める。)と同等もしくは若干小径となるようにテーパー加工されて中管2に嵌合し接着剤あるいは熱融着により固着され・・・中管2の先端も同様に・・・内管1に嵌合し接着剤あるいは熱融着により固着され、また外管3および中管2がそれぞれ該固着部位よりも若干基端側に少なくとも1個の側孔11,12を有する」(4頁右下欄10行目〜5頁左上欄10行目)、「第5図〜第8図において表わされる各符号は、第2図において表わされる同一符号の示す部位と同じものを示すものであり、また第5図において符号11aおよび12aは外管および中管の開口端をそれぞれ示すものである」(5頁右上欄8行目〜13行目)との記載があり、第6図(9頁)には、外管先端部と中管間にスペーサー状のものが配され、また、第2図(8頁)と同符号の「11」で示される側孔が外管に形成されている。
    これらの記載によると、引用例発明2(甲第5号証)は、拡張体内の残存空気の除去を目的として、第1流路、第2流路及び第3流路を有する三重管型カテーテルチューブの構成としたものであり、外管と中管の間に形成される第3流路が造影剤流路になるものと認められる。そして、第3流路は、造影剤流路である以上、本件発明1のバルーンに相当する拡張体に連通することは当然であり、このことは、「2つの流路を拡張体と連通させたことを最大の特徴とするものである」との上記記載とも符合するものである。そうであれば、上記第2図及び第6図に図示される「側孔11」は、外管先端と中管が接着剤あるいは熱融着により固着されている等の理由により第3流路が閉塞構造となっていることから、第3流路と拡張体を連通するための通路として設けられていると認められる。したがって、引用例発明2において外管と中管を固着し第3流路を閉塞することは、外管に側孔11を設けることと一体不可分の構成というべきであり、これらが独立した技術構成であるとみることはできない。

  (4) ところで、審決は、「甲第2号証(注、引用例2)記載に係る内管と中管、中管と外管とをそれぞれ取り付けている点の当該取り付け手段を甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)の内管と外管との間に適用すると、膨張内腔が閉塞されカテーテルとして用いることができなくなる」(審決謄本11頁19行目〜22行目)、「取り付け手段に流路を設けたり、甲第2号証第6図のように外管先端をバルーン内に突出させ、かつ、側孔を外管に設ける等の格別の工夫が必要であると認められるが、そのような工夫までもが容易に想到できると認めるに足る記載や示唆は見出せない」(同頁23行目〜26行目)と判断する。これらの判断は、中管と外管とを取り付け第3流路を閉塞構造とすることが、側孔を外管に設けることから独立した技術構成であることを前提とするものであるが、その前提が誤りであることは、上記のとおりである。引用例発明1(甲第4号証)に対し、引用例2(甲第5号証)の第2図及び第6図に図示されたような外管と中管を固着する構成を適用することの意味は、引用例発明2における造影剤流路閉塞とそれに伴う外管への側孔形成という技術構成を、同時に引用例発明1に適用するとの趣旨である。
  (5) 審決は、「甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)において、内管と中管、中管と外管とをそれぞれ取り付けているのは、造影剤等の充填流路或いは残留空気排出流路を形成するために内管と中管、中管と外管との間を閉塞するために実施しているものである」(審決謄本11頁15行目〜18行目)と認定判断するが、引用例発明2(甲第5号証)の目的が、三つの流路を設け、そのうち二つを拡張体に連通することによって、残存空気の除去を図ることにあることは上記のとおりであり、二つの流路を形成しこれらを拡張体に連通させるに当たって、内管と中管及び中管と外管との間を閉塞する必要がないことは自明であるから、審決の上記認定判断は誤りである。すなわち、引用例2の第2図及び第6図において、内管と中管及び中管と外管との間を閉塞しているのは、外管及び中管に側孔を設けることと一体の構成として、二つの流路を拡張体に連通させることの具体例を示したにすぎない。このことは、引用例2に、「第5図において符号11aおよび12aは外管および中管の開口端を示すものである」との上記記載があり、この第5図図示の実施例においては、外管及び中管には開口端があり、内管と中管及び中管と外管との間が閉塞されておらず、したがって、不要となる側孔11が形成されていないことからも明らかである。なお、引用例2において、第5図の開口端の符号が「11a」であり、第2図及び第6図の側孔11に添字aを付した符号となっているのも、これらが第3流路と拡張体を連通させる機能において共通するためであると解される。
    被告は、また、引用例2(甲第5号証)の実施例において「内管1と中管2が密着して第2流路Bが閉塞してしまうことを防止する意味から、中管2の内周面には、内管の外周面に接する突起5が設けられている」(4頁左下欄8行目〜11行目)と記載されている旨主張するが、引用例2の特許請求の範囲の請求項1〜3の発明は突起の構成を有しないものであり、このように突起を有しない発明も引用例発明2であるというべきであるから、被告の主張は、採用することができない。

    そうであるならば、中管と外管との間を閉塞するという構成は、外管に側孔を設ける技術と一体のものとして、造影剤流路と拡張体を連通させるための1例にすぎないのであるから、同じく造影剤の流路となる二重管型カテーテルの外管と内管の関係に適用することを阻害する要因があるとはいえない。
    被告は、引用例発明1に引用例発明2の取り付け手段を適用したものは、取り付け手段以外の部分は、引用例発明1の構成であるから、引用例発明2の外管に側孔があるか否かはもとより関係がないと主張するが、上記のとおり、中管と外管との間を閉塞するという構成は、外管に側孔を設ける技術と一体のものであって、この技術と関係がないということはできない。
  (6) さらに、引用例2(甲第5号証)には、本件発明1の課題である、管が入れ子式に嵌まり合うことやバルーンが一団となることについての記載は認められないものの、引用例発明2の第2図実施例では、外管と中管及び中管と内管が接着剤又は熱融着によって固着されているところ、この固着の態様は、本件発明1(甲第3号証)の「外部管20の遠位端部36とスペーサ38とは、互いにしっかりと固定され、かつ、適当な接着剤によるか、あるいは、スペーサー38と内部管と外部管とを一緒に熱溶着することによって、内部管18に固定される」(9欄15行目〜19行目)の実施例と格別異なるものではない。唯一異なるのは、本件発明1の実施例が「スペーサ」を有することであるが、引用例2の第6図には、スペーサ状のものが図示されており、第6図実施例において、第2図実施例と異なる固着手段を用いなければならない事情を認めることができないから、同図は、本件発明1の実施例と同一の固着手段を開示するというべきである。そして、外管と中管及び中管と内管を固着させたカテーテルチューブが、固着させていないカテーテルチューブよりも機械的強度に優ることは当業者にとって自明というべきであり、かつ、管が入れ子式に嵌まり合うことやバルーンが一団となるとの課題が二重管型カテーテルに固有の課題であって三重管型カテーテルには存在しないことをうかがわせる証拠もない。
  (7) そうであれば、引用例発明1(甲第4号証)において造影剤流路を形成する内管と外管を、引用例2(甲第5号証)の第2図及び第6図のように固着させることは、機械的強度を向上させるために当業者が容易に想到し得る構成であり、このことは、同構成が本件発明1の課題そのものの解決手段であるかどうかとは関係がない。また、引用例発明2には、本件発明1と同一の固着手段が示されているのであるから、引用例2の第2図及び第6図の実施例が機械的強度において本件発明1と同程度であることも明らかである。
    被告は、引用例発明2(甲第5号証)について、接合部分が徐々に疲労して軸線方向にはまり込むということもあり得るし、同発明は外管と中管との固定手段を開示したものではないと主張するが、引用例発明2と本件発明1の機械的強度に相違がないことは上記のとおりであり、被告の主張によれば、本件発明1自体がその課題を達成していないこととなるから、失当である。また、本件発明1がその課題を達成する程度の機械的強度を有するかどうかは、引用例発明1の機械的強度を増すために引用例2の造影剤流路閉塞構造を採用することを妨げる要因となるものではない。

  (8) したがって、審決の「甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)においては・・・流路の閉塞手段を示しているに過ぎないから、機械的に軸線方向にはまり込むのに抵抗できる強度を持つものか否か不明であり、基本的には機械的強度は不要で流路を閉塞すれば足りるものでしかない。確かに熱溶着や接着剤によればなにがしかの機械的強度は期待はできるが、だからといって流路の閉塞手段により機械的強度を持たせるという技術思想が直ちに想到可能と言うこともできない」(審決謄本11頁27行目〜35行目)との判断は、引用例発明2(甲第5号証)における流路閉塞の目的を誤って認定するとともに、引用例2において、引用例発明2が機械的に軸線方向にはまり込むのに抵抗できる強度を有することが明示的に示されていなければ引用例発明2の構成を引用例発明1(甲第4号証)に適用することが困難であると判断した点において、誤りというべきである。
  (9) 被告は、本件発明1の課題が引用例1(甲第4号証)及び2(甲第5号証)のいずれにも記載されておらず、引用例発明1及び2は本件発明1とは全く異なる目的を有するものである旨主張するが、両発明の組合せが当業者にとって容易かどうかは、これらの構成、目的等によって判断されるべきであり、本件発明1の課題等とは関係がないから、本件発明1の課題等が引用例に示されていなくとも、本件発明1が当業者にとって容易に想到し得るということは妨げられない。上記のとおり、引用例2には、外管と中管を固着する実施例と固着しない実施例がいずれも開示されており、固着した例が固着しない例よりも機械的強度に優ることは自明であるから、引用例発明1がこれを閉塞しない構成を採用しているからといって、閉塞する構成が採用し得ない理由となるものではない。被告の主張は採用できない。
  (10) そうすると、審決の「発明の解決課題が全く相違する甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)と甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)とを結びつけ、本件発明1の上記相違点Aに係る構成を想到することは、当業者の通常の創作能力の発揮であるとは認められない。以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証及び甲第2号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない」(審決謄本11頁36行目〜12頁5行目)との判断は誤りというべきである。
  (11) なお、原告は、引用例発明2(甲第5号証)の第2図及び第6図の実施例において、中管と内管を合体させると本件発明1と同一になると主張するところ、被告は、原告がこのような主張を審判段階で全くしておらず、適法な審決取消事由とはいえないと主張する。しかしながら、原告が審判において、本件発明1は引用例発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができる旨を主張し、審決がこの主張に理由がないと判断したことは、「第2 当事者間に争いのない事実」の「3 審決の理由」のとおり当事者間に争いがなく、引用例発明2の第2図及び第6図の実施例において中管と内管を合体させると本件発明1と同一になるという、引用例発明1及び2の組合せの容易想到性を基礎づける具体的事実まで原告が審判で主張しなくても、この事実を審決において認定することは妨げられないから、この主張の有無は、取消事由に係る原告主張の適否に影響を及ぼさない。

  (12) 本件発明1について、相違点Aに係る審決の判断が誤りである以上、本件発明2〜5及び7〜13の進歩性に係る審決の判断も同様に誤りである。
 2 以上によれば、原告主張の審決取消事由は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
   よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのための付加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。


     東京高等裁判所第13民事部

         裁判長裁判官   篠   原   勝   美


            裁判官   岡   本       岳


            裁判官   長   沢   幸   男