H14.11.15 東京地裁 平成13(ワ)24120 特許権 民事訴訟事件

平成13年(ワ)第24120号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成14年8月30日
                             判    決
         原      告      株式会社タカギセイコー
       原      告      有限会社共栄製作所
          原告ら訴訟代理人弁護士   飯 田 秀 郷
            同             栗 宇 一 樹
            同             早稲本 和 徳
            同             七 字 賢 彦
            同             鈴 木 英 之
            原告ら補佐人弁理士     佐 藤 正 年

            同             佐 藤 年 哉
          被      告      株式会社サワタ建材社
                   被告訴訟代理人弁護士    藤 川 義 人
            同             米 田   実
            同             辻   武 司
                   同             松 川 雅 典
                   同             四 宮 章 夫
                   同             田 中   等
                   同             田 積   司
                   同             米 田 秀 実
                  同             上 甲 悌 二
          被告補佐人弁理士      藤 川 忠 司
                             主    文

       1 原告らの請求をいずれも棄却する。
       2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
                             事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,別紙物件目録(1)及び同(2)記載の各製品を製造,販売又は販売のための展示をしてはならない。
 2 被告は,被告の本店,支店,営業所及び倉庫に存する別紙物件目録(1)及び同(2)記載の各製品を廃棄せよ。
 3 被告は,原告らに対し,金880万円及びこれに対する平成13年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
  (1) 当事者
   ア 原告株式会社タカギセイコーは,合成樹脂製品の製造販売等を業とする会社であり,原告有限会社共栄製作所は,土木建築ボルトの製造販売等を業とする会社である。

   イ 被告は,木造建築工事業,建築材料卸売業及び小売業等を業とする会社である。
   (2) 原告らの有する特許権
     原告らは,下記特許権(以下「本件特許権」といい,請求項3の発明を「本件発明」という)を共有している(なお,本件特許権に係る特許明細書(以下「本件特許明細書」という。)は,別添特許公報記載のとおりである。)。
                        記
       出願年月日    平成7年10月5日
       出願番号     特願平7−282396
       公開年月日    平成9年2月10日
       公開番号     特開平9−41545
       登録年月日    平成12年1月21日
       特許番号     第3023535号
       発明の名称    吊りボルト係着金具
     特許請求の範囲
       【請求項3】

         「吊りボルトが貫通される底板と,この底板の両端部から上方に起立してその間に吊りボルトの貫入を許容する一対の係着翼とを備える吊りボルト係着金具であって,
          前記底板は,平面形状が矩形でその中央部に吊りボルトと螺合するねじ穴を備え,
          前記係着翼は,狭間部と爪部と補強曲板部とを備え,
          この狭間部は,両翼の間隔が吊りボルトの径よりも小さくされることによってあり溝への係着操作に際して吊りボルトとの相対回動を阻止する一方で,あり溝への係着後における比較的大きな回動操作力による吊りボルトの圧入によって両翼の間隔が広げられて吊りボルトとの相対回動を許容するものであって,前記狭間部の間隔は,上方に行くに従って狭くなっていくものであり,
          この爪部は,絞り曲げによって各係着翼両側部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて形成され,かつ,あり溝内に嵌合するものであって,前記両翼間隔拡大はあり溝開口幅方向に連続的になされ,あり溝断面最大幅が狭いときは,吊りボルトが前記狭間部を貫通する前にあり溝と嵌合するものであり,

          この補強曲板部は,前記一対の爪部に挟まれた各係着翼先端部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて,爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するものであることを特徴とする吊りボルト係着金具。」
   (3) 本件発明の構成要件の分説
       本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(弁論の全趣旨)。
   A 吊りボルトが貫通される底板と,この底板の両端部から上方に起立してその間に吊りボルトの貫入を許容する一対の係着翼とを備える吊りボルト係着金具であって,
   B 前記底板は,平面形状が矩形でその中央部に吊りボルトと螺合するねじ穴を備え,
   C 前記係着翼は,狭間部と爪部と補強曲板部とを備え,
   D この狭間部は,両翼の間隔が吊りボルトの径よりも小さくされることによってあり溝への係着操作に際して吊りボルトとの相対回動を阻止する一方で,あり溝への係着後における比較的大きな回動操作力による吊りボルトの圧入によって両翼の間隔が広げられて吊りボルトとの相対回動を許容するものであって,前記狭間部の間隔は,上方に行くに従って狭くなっていくものであり,

   E この爪部は,絞り曲げによって各係着翼両側部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて形成され,かつ,あり溝内に嵌合するものであって,前記両翼間隔拡大はあり溝開口幅方向に連続的になされ,あり溝断面最大幅が狭いときは,吊りボルトが前記狭間部を貫通する前にあり溝と嵌合するものであり,
   F この補強曲板部は,前記一対の爪部に挟まれた各係着翼先端部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて,
   G 爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するものであることを特徴とする
   H 吊りボルト係着金具
  (4) 被告製品の製造販売等について
     被告は,別紙物件目録(1)及び同(2)各記載の製品(以下「被告製品(1)」,「被告製品(2)」といい,特に断らない限り,両者を「被告製品」という。)を製造販売している(なお,別紙物件目録中の数字に関しては,本判決において引用しないこととする。)。    

 2 本件の主たる争点
   (1) 被告製品の構成
   (2) 構成要件Eについて
    ア 限定解釈の可否
    イ 被告製品は,構成要件Eを充足するかどうか
   (3) 構成要件Fについて
     被告製品は,構成要件Fを充足するかどうか
   (4) 構成要件Gについて
    ア 被告製品は,構成要件Gを充足するかどうか
    イ 被告製品は,本件発明と均等かどうか
   (5) 原告の損害等
第3 主たる争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)(被告製品の構成)について
  【原告らの主張】
  (1) 別紙「原告ら主張に係る被告製品の構成」記載のとおりである。
  (2) なお,被告は,平成14年3月1日付け第2準備書面(被告)8頁において,被告が被告製品の構成eの「爪部123は,
絞り曲げ・・・によって形成され」るとあるのを,「爪部123は,絞り加工・・・によって形成され」ると訂正したが,これは,自白の撤回に当たる。原告は,この被告による自白の撤回について異議がある。 
  【被告の主張】
  (1)  以下の点を除き,別紙「原告ら主張に係る被告製品の構成」記載のとおりであることは認める(別紙「原告ら主張に係る被告製品の構成」における下線部分が争いがある部分である。)。
  (2) 被告製品の構成eの点について
   ア 別紙「原告ら主張に係る被告製品の構成」記載のe中における「絞り曲げ」との部分は,「絞り加工」とすべきである。
   イ なお,被告が被告製品の構成eの「爪部123は,
絞り曲げ・・・によって形成され」るとあるのを,「爪部123は,絞り加工・・・によって形成され」ると訂正したのは,従前の主張が錯誤に基づくもので,真実に反するものであったからである。また,そもそも上記主張の訂正は,自白の撤回となるものではない。
  (3) 被告製品の構成gの点について

      被告製品の構成gは,「且つ前記補強枠部611Aの先端部611Aaは,前記一対の爪部123,123の上端部123a,123aの先端縁123b,123bから係着翼121側に向かって急傾斜端縁611Abを介して大きくU字状に没入するようえぐり取られてU字状没入先端部611Aaに形成され(因みに,平面図に示すように,被告製品(1)のU字状没入先端部611Aaの没入量は2mmであり,被告製品(2)の没入量は3mmである),これによって,前記一対の爪部123,123の上端部123a,123aの先端縁123b,123bは尖頭状に形成され,該尖頭状先端縁123b,123bはあり溝に嵌合するものであるが,前記U字状没入先端部611Aaはあり溝に嵌合することはない」とすべきである(上記下線部分が,原告ら主張と異なる部分である。)。
 2 争点(2)ア(構成要件Eの限定解釈)について
   【原告らの主張】
   (1) 本件発明に係る構成要件Eを限定的に解釈する必要はない。
   (2) 被告が指摘する意見書4頁の8〜17行目中の「この本願発明の一対の爪部は,前記一対の係着翼に対して互いに中心線よりもずれて,絞り曲げによってあり溝への嵌合に適合した形状が一対の係着翼の両側部から両翼間隔拡大の方向に向けて形成されたものです。」との記載(同12〜14行目)は,請求項3に記載された本件発明に係る拒絶理由通知を回避するためには全く不要であり,当該記載は,請求項1と請求項2の内容を説明する記載を誤って請求項3にもそのまま使用してしまった明らかな誤記である。このことは,上記意見書4頁,12〜14行目の記載を削除したとしても,前後の文脈や発明の説明に何らの影響も矛盾も生じない事からも明らかである。

     したがって,この点に関する被告の主張は理由がない。
   【被告の主張】
   (1) 本件特許出願については,平成11年3月30日(発送日)に特許庁より拒絶理由通知書が発せられ,原告らはこの通知書に示された拒絶理由を回避するために,平成11年5月31日に意見書を提出した。
   (2)ア 上記意見書の4頁の8行〜17行に,以下の説明がなされている。
      「更に,請求項3に記載された本願発明では,中央部にネジ孔を備えた底板の平面形状が矩形であり,この底板の両端部から上方に起立してその間に吊りボルトの貫入を許容する一対の係着翼を備えるものです。この一対の係着翼には,挾間部と一対の爪部と補強曲板部とを備えるものです。
この本願発明の一対の爪部は,前記一対の係着翼に対して互いに中心線よりもずれて,絞り曲げによってあり溝への嵌合に適合した形状が一対の係着翼の両側部から両翼間隔拡大の方向に向けて形成されたものです。また,本願発明の補強曲板部は,一対の爪部に挟まれた各係着翼先端部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて,爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するものです。」
    イ 特許庁審査官は,原告らが,請求項3に記載された本件発明について,上記傍線部分に示す構成要件の存在を主張したことを受けて,その進歩性を認め,特許査定をしたのであるから,請求項3に記載された「この爪部は,絞り曲げによって各係着翼両側部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて形成され,」とある部分は,「この一対の爪部は,前記一対の係着翼に対して互いに中心線よりもずれて,絞り曲げによって各係着翼両側部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて形成され,」と解釈されるべきである。
 3 争点(2)イ(構成要件E充足性)について
   【原告らの主張】
   (1) 上記2【原告らの主張】記載のとおり,本件発明の構成要件Eは,被告が主張するように限定的に解釈されるものではない。
   (2) 本件特許明細書【0052】には,「曲げ加工のほかに,絞り加工によって形成しても良く,その場合には,係着金具としての強度が高くなる。」と記載されている。この記載は,補強曲板部を絞り加工によって形成することを許容していると共に,絞り加工によって形成すれば,爪部と一体的に形成されるので,強度が(実施例より)高くなることを示している。絞り加工によって形成すれば,爪部と補強曲板部とが一体に形成されることは,当業者の通常の知識をもってすれば自明の事項である。

   (3) したがって,被告製品は,本件発明に係る構成要件Eを充足する。
   【被告の主張】
   (1) 本件発明は,上記2【被告の主張】記載のとおり,「一対の爪部は,前記一対の係着翼に対して互いに中心線よりもずれて」形成されていることを構成要件としているが,被告製品は,上記構成要件を具備していない。
   (2) 本件発明においては,爪部を「絞り曲げ」によって形成されるとなっているところ,本件発明における「絞り曲げ」とは,本件特許明細書の記載及び原告らの実施品からすると,プレス機などによる曲げ加工の意味であると解される。他方,被告製品における爪部は,その係着翼及び補強枠部と共に,「絞り加工」によって形成されているから,被告製品は,この点において,本件発明に係る構成要件Eを充足しない。
 4 争点(3)(構成要件F充足性)について

   【原告らの主張】
   (1) 原告らは,本件発明について,特許庁の拒絶理由通知における拒絶理由を回避するために,手続補正書において「
補強曲板部は,前記一対の爪部に挟まれた各係着翼先端部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて,爪部とほぼ同じ長さで形成され」と傍線部分を補正したが,これは,拒絶理由である「本願発明の係着翼の構成,係着翼と安定片の関係が不明であるため引用文献1に記載されたものと区別できない。」との指摘を回避するために,補強曲板部が一対の爪部に挟まれていることを特定したものであって,補強曲板部が一対の爪部と別体であることを意味するものではない。
     また,構成要件Fは,補強曲板部の補強の対象を特に具体的に限定しておらず,「係着金具」に対して補強の効果を有していれば足りる。
   (2) したがって,被告製品は,本件発明に係る構成要件Fを充足する。

   【被告の主張】
   (1) 原告らは,本件発明に係る出願に際し,拒絶理由通知書における拒絶理由を回避するために,手続補正書において,特許請求の範囲について「
補強曲板部は,前記一対の爪部に挟まれた各係着翼先端部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて,爪部とほぼ同じ長さで形成され」と傍線部分を追加訂正し,補強曲板部が前記一対の爪部に挟まれた各係着翼先端部にのみ形成されていることを強調し,この構成に意識的に限定した。したがって,補強曲板部が一対の爪部と一体に形成される構成を含まない。
    また,上記補正は,「安定片」という記載では構成が不明確であると指摘されたことから,これを「補強曲板部」と補正し,「安定片」の構成とその役割を明確にしたものである。「補強曲板部」の「補強」とは,各係着翼先端部の補強という役割を持つものであり,「曲板部」とは,各係着翼先端部から曲げて形成された板部という構成を説明するものである。さらに,補強曲板部が,「各係着翼先端部」から形成されることを要件としているところ,これは,「各係着翼先端部」を起点として補強曲板部が形成されていることを意味する。そうすると,補強曲板部とは,各係着翼先端部を起点として,この位置から曲げて各係着翼先端部の補強用に形成された板部のことを意味するということになる。

   (2) 被告製品は,補強枠部が一対の爪部と一体に形成されており,各係着翼先端部を起点として,この位置から曲げて形成されていないから,以上のような意味における補強曲板部を有していない。
   (3) したがって,被告製品は,本件発明に係る構成要件Fを充足しない。
 5 争点(4)ア(構成要件G充足性)について
  【原告らの主張】
   (1) 被告製品の補強枠部の中央部が,あり溝に接触していないとしても,本件特許明細書には,補強曲板部の中央部があり溝に接触しなければならない旨の記載はない。
    被告製品においては,爪部と補強枠部は,一体として形成されており,爪部の上端部の先端縁及びそれと一体となっている補強枠部は,あり溝に接触しているから,爪部と一体として形成された補強曲板部が,あり溝に嵌合しているということができる。

  (2) そもそも,あり溝とは,入口より内部が広い溝部であって,入口の最も幅が狭い部分(リップ部)より広い先端部を,あり溝に押入し,リップ部に引っかけて脱落防止する構造を有するものである。したがって,あり溝に嵌合という技術用語は,その作用効果として,あり溝のリップ部に係合し,溝内部に入り込むようにして脱落しないものであればよい。
  (3)  本件発明が構成要件Gのような構成をとっているのは,係着翼の幅が長い場合に生じるトルク強度の低下に対する補強手段としてはそのような構成が好ましいからであり,被告が主張するような「三点支持構造」によって吊り下げ荷重の許容範囲の上限を引き上げるためではない。
  (4) したがって,被告製品は,本件発明に係る構成要件Gを充足する。
  【被告の主張】
   (1) 本件発明に係る構成要件Gにおける「あり溝に嵌合」とは,本件特許明細書の記載からして,あり溝に嵌り込んで,あり溝の壁に接触するという意味であり,あり溝に嵌り込みつつ,あり溝内で宙に浮いているということではない。

    被告製品は,補強枠部の先端部は,大きくU字状に没入して形成され,これによって一対の爪部の上端部先端部が尖頭状に形成されている。したがって,係着金具をあり溝に嵌合したとき,一対の爪部の尖頭状先端縁はあり溝に嵌合するが,補強枠部のU字状没入先端部はあり溝に嵌合することはないから,被告製品は,本件発明に係る構成要件Gを充足しない。   
  (2) 本件発明は,補強曲板部が爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ爪部と共にあり溝に嵌合することによって,補強曲板部と爪部とが同時にあり溝の壁に接触し,補強曲板部と爪部との三点支持構造によって吊り下げ荷重の許容範囲の上限を引き上げようとしたものである。これに対し,被告製品においては,補強枠部と一対の爪部と係着翼とを一体形成しているので,一対の爪部と係着翼とは互いに補強されることになり,このような補強枠構成によって,被告製品は吊り下げ荷重の許容範囲の上限を引き上げようとするものである。したがって,本件発明と被告製品は,いずれも吊り下げ荷重の許容範囲の上限の引き上げという目的を有しているが,その解決手段が異なっているのである。

  (3) 被告製品においては,一対の爪部の上端部の先端部を尖頭状に形成しているが,これは,尖頭状先端部が,あり溝に係嵌したときに,あり溝の壁面に対して食い込み作用を発揮し,あり溝長手方向への係着金具の移動を阻止するためである。したがって,被告製品においては,補強枠部の先端部の両側部分は急激な傾斜縁となって係着翼側にえぐり取られており,この両側部分があり溝に係着されることはない。もし,該両側部分があり溝に係着されると,前記爪部先端部の尖頭性が失われ有害となる。
  (4) したがって,被告製品は,構成要件Gを充足しない。
 6 争点(4)イ(均等)について
  【原告らの主張】
     仮に,本件発明に係る構成要件Gの補強曲板部が「爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合する」構成と被告製品における「爪部とほぼ同じ長さで形成されるが,爪部のU字状没入先端部を形成するようになる」との差異部分(以下「本件相違点」という。)が存在するとしても,以下のとおり,本件相違点を有する被告製品は,本件発明と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するというべきである。

  (1) 本件相違点が本質的構成部分でないこと
    本件発明においては,構成要件Eのような構成を採用して,係着金具の引っ張り強度を維持しながら,簡単な構造にすることができるようにしたところに本質的部分が存するというべきであって,構成要件Gの補強曲板部が「爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合する」という点は付随的な構成にすぎない。したがって,本件相違点は,本質的ではない部分に関する相違である。
  (2) 置換可能性が存すること
       被告製品記載の係着金具程度に,U字状没入先端部を形成するようにしても,本件発明の目的を達することができる程度に安全性は十分に確保されており,本件発明の作用効果と同一の作用効果を奏する。
  (3) 容易想到性が存すること
    補強枠部の中央部を削ってU字状没入先端部を形成することはこの種金具の製造にあたっては極めて容易であり,かつ,これによってその強度に不足を生じることはないことも当業者には自明の事柄であったから,本件相違点に係る置換をすることは極めて容易である。

  (4) 被告製品が出願時公知技術ではないこと
    本件特許の出願時点である平成7年10月5日以前には,あり溝に係着させる金具は多数存在していたが,本件発明のように爪部が係着翼及びあり溝の長手方向に対して垂直(係着翼の間隔拡大方向)に構成されたものは存在していなかったし,爪部の間に補強曲板部を設けたものもなかったから,公知であったということはない。
  (5) 意識的除外等の特段の事情の不存在
    原告らは,本件特許の出願手続において,本件相違点に係る置換をすることを除外したり,これを承認したり,又は,外形的にそのように解されるような行動をとったことはなく,その他これに類する特段の事情も存在しない。
  【被告の主張】
   (1) 本件特許明細書の記載からして,本件発明の本質的部分は,本件発明に係る構成要件Gの「この補強曲板部は,爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するものである」という部分である。

  (2) 少なくとも,あり溝の長手方向に垂直に爪部が嵌合するようにした吊りボルト係着金具は,乙第5号証(実開平6−65515号公報),乙第6号証(実開平2−9222号公報),乙第7号証(実開平4−63720号公報)にその一例が開示されるように,本件特許の出願前から周知ないし公知であった。したがって,爪部を係着翼に対して垂直に設けた点,少なくとも,あり溝の長手方向に対して垂直に爪部が嵌合するようにした点は,本件発明の本質的部分とはいえない。また,原告らは,本件特許の出願過程で受けた拒絶理由通知に対し,「一対の爪部は,前記一対の係着翼に対して互いに中心線よりもずれて,・・・形成された」と爪部の形成位置を限定しているが,このことからも,爪部を係着翼に対して垂直に設けた点のみが本件発明の本質的部分でないことは明らかである。
  (3) したがって,被告製品と本件発明は均等ではない。
 7 争点(5)(原告の損害等)について
   【原告らの主張】
    被告は,被告製品(1)については,平成13年5月ころから,被告製品(2)については,遅くとも平成13年10月ころから製造販売を開始し,本件訴訟提起時までに合計2200万円相当を販売していると推認され,その標準小売価格の少なくとも40%以上の利益をあげていると推認される。したがって,被告は,本件訴え提起時までの間に少なくとも880万円の利益を得たと考えられ,同額が原告らの被った損害である。
   【被告の主張】
   (1) 原告らの損害に関する主張はすべて争う。
   (2) 被告が被告製品(1)の製造販売を開始したのは,平成13年6月ころからである。また,被告は,同製品については若干量販売しただけで終了し,現在では製造販売していない。

第4 当裁判所の判断
 1 争点(4)について
   (1)  まず,被告製品が本件発明に係る構成要件G中の「爪部と共にあり溝に嵌合」という部分を充足しているといえるかどうかという点について検討する。
   ア 証拠(甲2)によると,本件特許明細書には,以下の記載があることが認められる。
     【課題を解決するための手段】「【0033】・・・前記係着翼が備える補強曲板部は,各係着翼先端部から前記両翼間隔拡大の方向に向けて,爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するものである。」,「【0034】すなわち,補強曲板部は係着先端部に形成されているので,先端部の剛性が上がり,あり溝との嵌合がより強固になる。・・・・。」,「【0035】また,補強曲板部は,両翼間隔拡大の方向に向けて,爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するので,あり溝と嵌合する部分は,爪部および補強曲板部となり,あり溝との嵌合がより確実になる。」

      【発明の実施の形態】「【0054】本実施形態では,補強曲板部611を備えているという構造上,他の実施形態の場合よりも大きな荷重を吊り下げることが可能となる。また,底板の長辺を長くすることもでき,これによって対角の間隔が広くなり,係着操作時における係着金具の回転を防ぐこともできる。」,「【0055】補強曲板部611の曲げ部分の長さは,爪部と同じであるので,両翼の間隔が拡大して,やがて爪部があり溝に嵌合すると,補強曲板部611もあり溝に嵌合する。したがって,嵌合する部分は,爪部および補強曲板部611となり,1つの係着翼で3点で嵌合することになり,より確実にあり溝と嵌合する。」
     【発明の効果】「【0058】請求項3に記載された発明によれば,吊下げ荷重の許容範囲の上限が引き上がり,大きな荷重を吊り下げても,安全に使用することができ,また,使用状況を考慮した最適な係着金具を供給することができる。しかも,係着作業の効率を下げることがない。」

   イ 構成要件Gの「(補強曲板部は,)爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合する」という文言に上記アの各記載を総合すると,本件発明は,補強曲板部を爪部とほぼ同じ長さに形成し,爪部のみならず,補強曲板部をあり溝に接触させることにより,1つの係着翼につき,3点であり溝に接触させ,その結果,吊下げ荷重の許容範囲の上限が引き上がり,大きな荷重を吊り下げても,安全に使用することができるという効果を有するものであると認められる。そうすると,構成要件Gを充足するということができるためには,爪部とは別に,補強曲板部があり溝と接触し,3点であり溝に接触支持することが必要であるというべきである。
   ウ 争いのない事実並び証拠(検甲1ないし3,検乙1,2,4,5)及び弁論の全趣旨によると,被告製品(1)と同(2)を比較すると,補強枠部611Aにおける略U字状に形成されている部分の没入の度合いに違いがあるが,いずれの製品においても,補強枠部611Aは,爪部123,123と一体として形成されており,「補強枠部611Aの中央部611Aaは,一対の爪部123,123の上端部123a,123aの先端縁123b,123bから係着翼121側に向かって略U字状に形成され(因みに,平面図に示すように,被告製品(1)の中央部611Aaの没入量は約2mmであり,被告製品(2)の没入量は約3mmである),これによって,前記一対の爪部123,123の上端部123a,123aの先端縁123b,123bは尖頭状に形成されている」という構成を有すること,被告製品をあり溝に挿入し,吊りボルトを圧入すると,一対の爪部123,123は,あり溝と接触し,補強枠部611Aのうち,爪部に連続するわずかな部分が,あり溝に接触することがあるが,それ以外の部分は,あり溝と接触することはないこと,以上の事実が認められる。

     そうすると,被告製品においては,爪部と一体となっている補強枠部の一部が,あり溝に接触することがあるとしても,それは,爪部に連続するわずかな部分があり溝に接触するに過ぎず,爪部とは別に補強曲板部があり溝に接触し,3点であり溝に接触支持するということはできず,荷重を支持し吊下げ荷重の許容範囲の上限を引き上げる効果を有するとも認められない。
     したがって,被告製品は,構成要件Gを充足しない。
  (2) 原告らは,被告製品は,本件発明と均等である旨主張するので,この点について検討する。
   ア 証拠(甲2,8,乙1の1,2,乙6,7)によると,以下の事実が認められる。
    (ア) 本件特許明細書には,以下の記載がある。
      「【0006】【発明が解決しようとする課題】しかし,従来技術に係る吊りボルト係着金具は,係着作業は効率よく行うことができる反面,金具の構造が複雑になってしまい,部品の製造コストを下げることが困難であった。【0007】また,実願平5−73351号に係る吊りボルト係着金具は,嵌合部の外形寸法があり溝断面最大幅よりも小さく,かつ,あり溝開口幅より大きいものでなければならないので,1つの吊りボルト係着金具で対応することができるあり溝の大きさや種類は限られ,あり溝形状に合わせて嵌合部寸法を変える必要があった。」,「【0008】この発明は,上記課題に鑑みてなされたものであり,係着作業の効率を下げることなく,廉価でかつ汎用性のある構造を持つ吊りボルト係着金具を提供することを目的とする。また,大きな荷重を吊り下げても安全に使用することが可能な構造を持つ吊りボルト係着金具を提供することを目的とする。」

    (イ) 本件特許出願前に公開された公開実用新案公報(実開平6−44848号)には,「吊りボルト2が螺合貫通するネジ孔3を有する底板部4の左右両端から,中間部が互いに接近するように対称くの字形に折曲した左右一対の屈曲側板部5を連設し,吊りボルト2で両屈曲側板部5を押し開くようにしたデッキプレート用天井吊り金具」が記載されており,同公報には,この金具は,吊りボルト2の先端に螺嵌させた状態で簡単且つ確実にデッキプレート蟻溝部8に嵌合固定し得ると記載されている。
    (ウ)@ 本件特許出願前に公開された公開実用新案公報(実開平2−9222号)には,「上下方向に貫通捻子孔を有する底部と,この底部の両側から上方に連設された一対の側板部とを備えた天井吊り金物であって,前記両側板部の上端部は,天井材に形成された断面逆台形状凹溝の小巾開口部を上下に通過し得るように互いに接近させると共に,当該両上端部の両側辺は,前記凹溝内90度回転させたときに当該凹溝の逆ハの字形両側面に当接するように上広がりに傾斜させ,更に前記両上端部の内側には,前記貫通捻子孔を螺合貫通する吊り杆に当接して左右に押し広げられる突出部を形成して成る天井吊り金物」が記載されている。

           また,本件特許出願前に公開された公開実用新案公報(実開平4−63720号)には,「一定の間隔を以て直立される一対の側板の下部を底板により連絡し,この底板にはボルトを取り付けるためのナットを固定すると共に,両側板の上部には,90度回転したときにデッキプレートの縦溝(ほぞ穴)の下縁突起に接触することからの逃げ構造を設けつつ末広がりの係止部を配置したことを特徴とする天井吊り金物」が記載されている。
     A 上記@の各公報に記載されている金具は,あり溝の長手方向に対して垂直に爪部が嵌合するようになっている。
    (エ) 本件特許に係る請求項1及び同2は,別添特許公報該当欄記載のとおりであって,これら請求項に係る発明は,一対の係着翼に,狭間部と絞り曲げによって各係着翼両側部から両翼間隔拡大の方向に向けて形成された爪部とを備えた吊りボルト形着金具に関する発明であり,係着作業の効率を下げることなく,対応することができるあり溝の種類が広がり,汎用性を持たせることができるとともに,製造コストをも下げることができるという効果が生じるものである。

      本件特許明細書には,請求項1及び同2に係る発明については,「吊下げ荷重の許容範囲の上限が引き上がり,大きな荷重を吊り下げても,安全に使用することができる」という効果は記載されていない。
    (オ) 特許庁審査官は,補正前の本件特許出願について拒絶理由通知を発したが,その請求項1についての拒絶の理由は,上記(イ)の文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたというものであった。
   イ 以上認定した事実からすると,あり溝の長手方向に対して垂直に爪部が嵌合するようにした吊りボルト係着金具は既に本件特許出願前から存在していたものと認められ,この事実に,上記認定の本件特許出願前から知られていた技術を総合すると,本件発明のうち,補強曲板部を設け,補強曲板部を,「爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するもの」(構成要件G)とした点を除いた発明は,上記認定の本件特許出願前から知られていた技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められる(なお,証拠(乙3)によると,本件特許出願の補正前の請求項1は,補正後の請求項3(本件発明)のうち,補強曲板部を設け,補強曲板部を,「爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するもの」とした点を除いた発明とほぼ同様のものであると認められるところ,この請求項1については,上記認定のとおり拒絶理由通知がされている。)。また,本件発明は,請求項1及び同2の発明と異なり,吊下げ荷重の許容範囲の上限が引き上がり,大きな荷重を吊り下げても,安全に使用することができるという効果を有しているが,この効果は,請求項1及び同2の発明にはない,「補強曲板部を設け,補強曲板部を,『爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するもの』とした」構成によるものと認められる。そうすると,本件発明は,吊り下げ荷重の上限を引き上げ,大きな荷重を吊り下げても,安全に使用可能とするという技術課題を解決するために,補強曲板部を設け,補強曲板部を,「爪部とほぼ同じ長さで形成され,かつ,爪部と共にあり溝に嵌合するもの」としたものと認められ,この点が,本件発明に特有の解決手段であるということができるから,本件発明に係る構成要件Gは,本件発明の本質的部分であるということができる。
   ウ したがって,本件発明に係る構成要件Gを備えない被告製品が本件発明と均等であると認めることはできない。
 2 結論
   以上の次第で,原告らの請求はその余について判断するまでもなく理由がないから,主文のとおり判決する。


     東京地方裁判所民事第47部

              裁判長裁判官        森     義  之

                                                               
                    裁判官        内  藤  裕  之



            裁判官    上  田  洋  幸
 



別紙物件目録(省略)