H14.12.26 東京高裁 平成13(行ケ)127 実用新案権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第127号 審決取消請求事件
平成14年12月12日口頭弁論終結
                 判          決
       原        告   パラマウントベッド株式会社
       訴訟代理人弁護士     竹   川   哲   雄
       同            岡       伸   浩
       訴訟復代理人弁護士    高   木   亮   二
       訴訟代理人弁理士     三   觜   晃   司
       被        告   京和装備株式会社
       訴訟代理人弁護士     松   田   浩   明
       訴訟代理人弁理士     染   谷       仁

                 主          文
         特許庁が無効2000−35405号事件について平成13年2月5日にした審決を取り消す。
         訴訟費用は被告の負担とする。
                 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
     主文と同旨
 2 被告
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
     被告は,考案の名称を「マットレスの滑り落ち防止機構を備えたベッド」とする登録番号第1908777号の登録実用新案(昭和60年7月19日出願(以下「本件出願」という。)。平成4年5月26日登録。以下「本件登録実用新案」といい,その考案そのものを「本件考案」という。)の実用新案権者である。
     原告は,平成12年7月24日,本件実用新案の登録を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を無効2000−35405号事件として審理し,その結果,平成13年2月5日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年2月26日にその謄本を原告に送達した。

 2 本件登録実用新案の登録請求の範囲
   「鋼板,合成樹脂板等の表面平滑な床板の端縁あるいはその他の任意の個所に,表面がぎざぎざな面で形成された滑り防止片を複数個付着してなり,これにより床板上に配置されるマットレスの滑り落ちを防止するようにしたことを特徴とするマットレスの滑り落ち防止機構を備えたベッド。」
 3 審決の理由の要点
     別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,本件考案の「滑り防止片」と,実公昭57−40844号公報(審判においても本訴においても甲第1号証。以下「甲第1号証刊行物」という。)に記載された考案の「滑り止め体とは,明確に相違すると認定し,この認定を前提に,@本件考案は,甲第1号証刊行物,実願昭56−81418号(実開昭57−193826号)のマイクロフィルム(審判においても本訴においても甲第2号証の1。以下「甲第2号証の1刊行物」という。),実願昭56−81419号(実開昭57−193827号)のマイクロフィルム(審判においても本訴においても甲第2号証の2。以下「甲第2号証の2刊行物」という。),実開昭57−81820号公報(審判においても本訴においても甲第2号証の3。以下「甲第2号証の3刊行物」という。),実開昭57−81821号公報(審判においても本訴においても甲第2号証の4。以下「甲第2号証の4刊行物」という。),実開昭58−58032号公報(審判においても本訴においても甲第2号証の5。以下,「甲第2号証の5刊行物」という。)記載の各考案に基づいて当業者がきわめて容易に発明をすることができたものとすることはできない,A本件考案は,甲第1号証刊行物,甲第2号証の1ないし5各刊行物及びハード カンパニー発行の価格表 #H-90(1970-11-1)P.9(甲第3号証。以下「甲第3号証刊行物」という。)記載の各考案(以下,各刊行物に記載された考案をそれぞれ「甲第1号証考案」,「甲第2号証の1考案」などという。)に基づいて当業者がきわめて容易に発明をすることができたものとすることはできない,として,請求人(原告)主張の無効事由をすべて排斥したものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
     審決の理由中,「〔1〕手続の経緯」,「〔2〕当事者の主張」,「〔3〕本件実用新案登録に係る考案」(審決書1頁下から11行〜3頁1行)は認める。「〔4〕当審の判断」のうち,3頁3行ないし4頁8行の「記載されている」まで,4頁27行ないし33行は認め,その余は争う。「〔5〕まとめ」(5頁14行ないし19行)は争う。

     審決は,本件考案と甲第1号証考案との対比を誤り,甲第1号証考案ないし第3号証考案を組み合わせる起因ないし動機付けの有無についての判断を誤り,これらの誤りを重ねることにより,本件考案の進歩性の判断を肯定したものであって,上記各誤りが,一体となって結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
 1 審決は,「甲第1号証(判決注・甲第1号証刊行物。以下同じ)の「考案の詳細な説明」及び各図面の記載からみると,ここにいう「小突起」ないし「突条」とは,マットレスの敷台1A全体を覆うような滑り止め体2’に群設ないし突設されたものであり,本件考案の床板の端縁その他に複数個付着する表面がぎざぎざな面で形成された「滑り防止片」と甲第1号証の「滑り止め体」は,「ぎざぎざ」や「滑り防止片」の大きさや全体構成が明確に相違するものというべきである。したがって,両者が,ベッドの床板に表面がぎざぎざな面で形成された滑り防止片を取り付けて床板上に載置したマットレスの滑りを防止するようにした点で一致するという請求人の主張には到底首肯することができない。」(審決書4頁8行〜17行)と認定判断した

   (1) 甲第1号証考案の「滑り止め体」及び本件考案の「滑り防止片」の大きさについて
     ア 審決は,甲第1号証考案の「滑り止め体」の大きさについて,マットレスの敷台全体を覆うような大きさのものである,と認定した。しかし,この認定は誤りである。
         甲第1号証刊行物の実用新案登録請求の範囲は,「ギヤツチベツドにおけるマツトレス敷台上に表面に断面∩状の小突起を群設するか,断面∩状の突条を突設せしめた滑り止め体を添着せしめたことを特徴とするギヤツチベツドにおける滑り止め具。」というものであり,そこでは,「滑り止め体」の寸法は,全く限定されていない。
         甲第1号証刊行物の考案の詳細な説明には,「マツトレス敷台を構成するすのこ板2A上に表面に断面∩状の小突起2Cを群設するか,断面∩状の突条2Dを突設せしめた滑り止め体2’が添着せしめられている。」(1頁右欄1行〜4行)との記載がある。この記載によれば,マットレス敷台を構成する複数のすのこ板2A上に,小突起を群設した滑り止め体2’を添着するのであるから,滑り止め体2’の大きさは,すのこ板2Aの大きさである。これをすべてのすのこ板2Aに張設しても,一枚一枚の滑り止め体2’の大きさは,すのこ板2Aの一枚の大きさであって,敷台全体を覆うような大きさではない(別紙図面2第1図ないし第3図参照)。すのことは,「細い板を横に並べて間をすかしたもの」(三省堂国語辞典・甲第7号証),すなわち,複数の細い板であるすのこ板を間隔を置いて保持することにより構成されるもののことであるから,すのこ板2Aに,滑り止め体2’を添着するということは,敷台1Aに,これを構成するすのこ板2Aの大きさの複数の滑り止め体2’を添着することにほかならない。考案の詳細な説明中には,滑り止め体2’をすべてのすのこ板2Aに添着するとの記載はなく,仮に,滑り止め体2’をすべてのすのこ板2Aに添着したとしても,滑り止め体2’の一枚一枚の大きさに変わりはないから,敷台全体を覆うものとはなり得ない。
     イ 本件考案の「滑り防止片」は,実用新案登録請求の範囲において,単に床板に「複数個付着してなり」と規定されているだけであり,その大きさは何ら数値的に限定されていないから,本件考案の「滑り防止片」全体の大きさには,甲第1号証考案の敷台を構成する「滑り止め体」全体の大きさのものも当然に含まれる。本件考案の「滑り防止片」も,甲第1号証考案の「滑り止め体」も,いずれも,個々の大きさも使用する個数も,全体の大きさがベッド床板の大きさである範囲内において,任意に,定めることができることが明らかである。
     ウ 以上のとおりであるから,甲第1号証考案の「滑り止め体」と本件考案の「滑り防止片」とが「大きさ」において相違する,とした審決の認定は誤りである。

   (2) 甲第1号証考案の「滑り止め体」に群設された「小突起」ないし突設された「突条」と本件考案の「ぎざぎざ」について
       審決は,甲第1号証考案について,「本件考案の床板の端縁その他に複数個付着する表面がぎざぎざな面で形成された「滑り防止片」と甲第1号証の「滑り止め体」は,「ぎざぎざ」や「滑り防止片」の大きさや全体構成が明確に相違するものというべきである。」(審決書4頁11行〜14行)と認定した。しかし,この認定は誤りである。
       本件考案の「ぎざぎざ」の大きさについては,本件出願の願書に添付した明細書及び図面(甲第6号証参照。以下,併せて「本件明細書」という。)において何ら規定されていない。甲第1号証考案の「小突起」ないし「突条」の大きさについても,甲第1号証刊行物に規定されていない。これらの大きさは,設計的事項であるということができる。

       本件考案において,「ぎざぎざ」と「小さな凹凸」とは同等のものとして説明されている(甲第6号証2頁左欄5行〜6行参照)から,本件考案の「ぎざぎざ」と甲第1号証考案の「小突起」ないし「突条」とは同じである。
   (3) (1),(2)に述べたところによれば,審決は,甲第1号証考案の構成を誤認するとともに,本件考案の実用新案登録請求の範囲において,大きさが全く特定されていない構成要件である「ぎざぎざ」や「滑り防止片」を,図示された実施例により限定的に解釈した上で,大きさを判断基準として,本件考案と甲第1号証考案とを対比して判断した結果,両者の大きさや全体構成が明確に相違する,との誤った認定判断するに至ったことが,明らかである。
 2 審決は,「請求人の全主張を考慮しても,甲第1号証乃至甲第3号証に記載されたものを組み合わせようとする起因ないし契機(動機付け)となるものがあるものとはいえない。」(審決書5頁6行ないし8行)と判断した。

     しかし,甲第1号証考案,甲第2号証の1ないし5各考案及び第3号証考案は,いずれもベッドについての考案であって,考案の対象物は全く同一の種類の物であり,一致している。しかも,甲第3号証考案においては,ベッド床板の両端縁に,ぎざぎざは形成されていないものの,表面平滑な床板にマットレスの滑りを防止するための「すべり止めゴム」から成る帯状体が取り付けられている。したがって,上記各考案を組み合わせる起因ないし契機(動機付け)となるものがあることは明らかであり,審決の上記判断は,誤りである。
第4 被告の反論の要点
 1 本件考案と甲第1号証考案との対比の誤りの主張について
   (1) 甲第1号証考案の「滑り止め体」及び本件考案の「滑り防止片」の大きさについて
     ア 甲第1号証刊行物の実用新案登録請求の範囲には「マットレス敷台上に表面に断面∩状の小突起を群設するか,断面∩状の突条を突設せしめた滑り止め体を添着せしめた」との記載があり,考案の詳細な説明には「マットレス敷台を構成するすのこ板2A上に表面に断面∩状の小突起2Cを群設するか,断面∩状の突条2Dを突設せしめた滑り止め体2’が添着せしめられている。」(1頁2欄1行〜4行)との記載がある。

         甲第1号証考案において,マットレス敷台は,複数枚のすのこ板2Aで構成されている。この複数枚のすのこ板2Aの表面には甲第1号証刊行物第3図ないし第9図に示されているように,断面∩状の小突起を群設するか,断面∩状の突状を突設せしめるかした滑り止め体2’がすのこ板2Aの両側面にまで覆いかぶさった例が示されている。これらの各図面から,滑り止め体2’は,部分的ではなく,マットレス敷台の全体にわたって添着されていることが示唆される。マットレス敷台を構成するすのこ板2A同士の間に隙間があっても,すのこ板の全部に滑り止め体2’が添付されていれば,マットレスの敷台全体が滑り止め体で覆われている,ということができる。甲第1号証刊行物には,複数枚のすのこ板のうち,滑り止め体2’を添着しないすのこ板2Aについての記載はなく,これを示唆する記載もない。
         甲第1号証考案は,マットレス敷台1Aをギヤッチにより操作して所定角度に斜向したときに,マットレスの斜向方向へのずれを防止するものであり,このような甲第1号証考案の利点を十分に達成するためには,マットレス敷台1Aを構成する複数のすのこ板2Aの全部に滑り止め体2’が添着されることが要求される。
         審決が「ここにいう「小突起」ないし「突条」とは,マットレスの敷台1A全体を覆うような滑り止め体2’に群設ないし突設されたものであり」(審決書4頁9行〜11行)と認定したのは正当である。
     イ 本件考案の「滑り防止片」は,本件明細書中の第2図,第3図(別紙図面1参照)に示されているとおり,床板の端縁等に複数個付着し得る程度の小さなものである。
     ウ 以上のとおり,甲第1号証考案の「滑り止め体」と本件考案の「滑り防止片」とは,大きさが異なるから,審決の認定判断に誤りはない。

   (2) 甲第1号証考案の「滑り止め体」に群設された「小突起」ないし突設された「突条」と本件考案の「ぎざぎざ」について
       本件考案の滑り防止片の表面の「ぎざぎざ」は,「ふちにのこぎりの歯のような刻み目があるさま」(岩波国語辞典。乙第1号証)あるいは「小さな凹凸」(甲第6号証2頁左欄6行)を意味し,具体的には,本件明細書の第2図,第3図(別紙図面1参照)に番号5で示された態様をいう。本件考案の「ぎざぎざ」は,のこぎりの歯のような小さな形状の凹凸で形成された,せいぜい1〜2mm程度の凹凸をいい,「ぎざぎざ」の用語によって,おのずと大きさが特定される。
       これに対し,甲第1号証考案における滑り止め体2’の表面の「断面∩状の小突起」あるいは「断面∩状の突条」は,同刊行物の実用新案登録請求の範囲にはその大きさが明示されていないものの,明細書及び図面を参酌すれば(実用新案法26条で準用される特許法70条参照),同刊行物中の第3図,第5図,第7図,第8図,第9図の各図面(別紙図面2参照)から明らかなように,すのこ板2Aの厚さとほぼ同じ高さか,それよりも高い背丈を有するものであり,本件考案の「ぎざぎざ」よりも相当に高いものである。

       このような甲第1号証考案の「小突起」ないしは「突条」は,到底,「ぎざぎざ」と表現することはできず,本件考案の「ぎざぎざ」とは大きさにおいて著しく相違する。審決の判断に誤りはない。
 2 甲第1号証考案,第2号証の1ないし5各考案及び第3号証考案を組み合わせようとする起因ないし契機(動機付け)は存在せず,この点についても,審決の判断は正当である。
第5 当裁判所の判断
 1 甲第1号証考案の「滑り止め体」及び本件考案の「滑り防止片」の大きさについて
   (1) 審決は,甲第1号証考案の「滑り止め体」の大きさについて,マットレスの敷台1A全体を覆うような大きさのものであるから,本件考案の「滑り防止片」とは大きさが相違する,と認定判断した。
       しかしながら,甲第1号証考案の実用新案登録請求の範囲は,「ギヤッチベッドにおけるマツトレス敷台上に表面に断面∩状の小突起を群設するか,断面∩状の突条を突設せしめた滑り止め体を添着せしめたことを特徴とするギヤッチベッドにおける滑り止め具。」(甲第1号証)というものであり,そこに,滑り止め体の大きさを限定する記載はない。甲第1号証刊行物中の実用新案登録請求の範囲以外の部分をみても,上記登録請求の範囲にいう滑り止め体の大きさを限定して解釈することの根拠となるものは,見いだすことができない(甲第1号証)。甲第1号証考案の滑り止め体が,マットレスの敷台1A全体を覆うような大きさのものであるとの審決の上記認定は,誤りであるというべきである。

       審決は,甲第1号証刊行物中の考案の詳細な説明及び各図面の記載を上記認定の根拠とする。しかしながら,本件審判において甲第1号証刊行物に記載されているものとして原告が主張している考案(甲第1号証考案)の中には,実用新案登録請求の範囲に記載された考案(以下「甲第1号証考案(請求の範囲)」という。)も含まれており,これが,甲第1号証刊行物中の考案の詳細な説明及び各図面に記載された実施例に限定されるものでないことは,明らかである。
       試みに,甲第1号証刊行物中の考案の詳細な説明及び各図面に記載された実施例(以下「甲第1号証考案(実施例)という。」に着目するとしても,そこでの「滑り止め具」の大きさは,マットレスの敷台1Aを覆う大きさのものであるとまでは認めることができない。
       甲第1号証刊行物中の考案の詳細な説明中には,「以下,図面を参照しながらその1実施例の詳細を説明する。2は本案のギヤッチベッドにおける滑り止め具である。そして,その構成は,ギヤッチベッドにおけるマットレス敷台を構成するすのこ板2A上に表面に断面∩状の小突起2Cを群設するか,断面∩状の突条2Dを突設せしめた滑り止め体2’が添着せしめられている。」(考案の詳細な説明1頁1欄34行〜2欄4行。別紙図面2参照)との記載がある(甲第1号証)。同記載によれば,甲第1号証考案(実施例)における滑り止め体は,マットレスの敷台1Aを構成するすのこ板2A上に添着されているものである。「すのこ」とは「細い板を横にならべて間をすかしたもの」(三省堂国語辞典第三版。甲第7号証)のことであり,「すのこ板」とは,すのこを構成する細い板のことであるから,滑り止め体は,マットレスの敷台の一部を構成する細い板であるすのこ板に添着されていると認められ(すのこ板をどの程度の間隔で設置するかについては,何も述べられていない。),審決のいうような,マットレスの敷台1A全体を覆うような大きさのものであるということはできない(この点につき,甲第1号証刊行物の図面である別紙図面2の第3図は,やや分かりにくいものの,敷台の一部を構成するすのこ板を表しているものと認めることができる。)。
       のみならず,甲第1号証考案(実施例)において,すべてのすのこ板に滑り止め体が装着されるとされているものと認めることもできない。
       被告は,マットレスの敷台1Aが複数枚のすのこ板2Aによって構成されることを認めながら,甲第1号証刊行物第3図ないし第9図を引用し,これらの図には,断面∩状の小突起を群設するか,断面∩状の突状を突設せしめるかした滑り止め体2’がすのこ板2Aの両側面にまで覆いかぶさった例が示されており,これらの各図面から,滑り止め体2’は,部分的ではなく,マットレス敷台の全体にわたって添着されていることが示唆されている,と主張する。しかし,上記各図面の記載からは,上記のとおり,マットレス敷台の一部を構成するすのこ板2Aに滑り止め体2’が添着されており,その添着の一態様として,すのこ板2Aの側面にまで覆いかぶさったものがあることまでは認められるものの,滑り止め体2’が添着されたすのこ板2Aで構成されるマットレス敷台全体を示す図はなく,敷台を構成する各すのこ板2Aの全部に滑り止め体2’が添着されていることも,滑り止め体2’によって,すのこ板2Aの間の空間がすべて覆われていることも,認めることはできない。

       被告は,甲第1号証考案は,マットレス敷台1Aをギヤッチにより操作して所定角度に斜向したときに,マットレスの斜向方向へのずれを防止するものであり,このような甲第1号証考案の利点を十分に達成するためには,マットレス敷台1Aを構成する複数のすのこ板2Aの全部に滑り止め体2’を添着することが要求される,と主張する。しかしながら,甲第1号証考案がマットレスの斜向方向へのずれを防止することを目的としているとしても,そのことから,直ちに,同考案の滑り止め体2’をすのこ板2Aの全部に添着することが要求されると解すべき根拠はない。
       被告の主張は採用することができない。
       上に述べたところによれば,甲第1号証考案の滑り止め体の大きさについての審決の認定は誤りであるというべきである。
   (2) 本件考案の実用新案登録請求の範囲は,前記第2の2記載のとおり,「鋼板,合成樹脂板等の表面平滑な床板の端縁あるいはその他の任意の個所に,表面がぎざぎざな面で形成された滑り防止片を複数個付着してなり,これにより床板上に配置されるマツトレスの滑り落ちを防止するようにしたことを特徴とするマツトレスの滑り落ち防止機構を備えたベッド。」というものであり,そこには「滑り防止片」の大きさ自体を示す文言は全く存在しない。もっとも,上記登録請求の範囲には,「滑り防止片」は床板上の端縁その他の任意の個所に複数個付着されるものであるとの記載があるから,個々の「滑り防止片」の大きさは床板よりも小さいものであるということになる。しかし,設置場所は端縁に限られているわけではなく,任意の個所とされているのであるから,「滑り防止片」の大きさについて,それ以上の限定はないということができる。

   (3) 上記(1),(2)で述べたところによれば,甲第1号証考案の滑り止め体は,審決のいうような,マットレス敷台全体を覆うような大きさのものに限られるものではなく,本件考案の滑り防止片も,マットレス敷台の大きさの範囲内で任意の個所に設置することができるから,甲第1号証考案の滑り止め体の大きさが本件考案の滑り防止片の大きさと異なるとの審決の認定は,誤っているというべきである。
 2 甲第1号証考案の「滑り止め体」に群設された「小突起」ないし突設された「突条」と本件考案の「ぎざぎざ」について
       本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりであり,そこでは,滑り防止片の「ぎざぎざ」の大きさについて限定はされていない。
       甲第1号証考案の滑り止め体及びこれに群設された小突起,突設された突条の大きさについても,甲第1号証刊行物中には,これを限定する記載は見当たらない。

       そうである以上,本件考案の滑り防止片の「ぎざぎざ」の大きさと甲第1号証考案の滑り止め体に群設された「小突起」,突設された「突条」の大きさとが異なるとすることはできない,というべきである。
       被告は,本件考案の滑り防止片の「ぎざぎざ」とは,のこぎりの歯のような小さな形状の凹凸で形成され,せいぜい1〜2mm程度の凹凸をいい,「ぎざぎざ」の用語によって,おのずと大きさが特定される,と主張する。しかしながら,「ぎざぎざ」という語は,「のこぎりの歯のような刻み目があるさま」(岩波国語辞典・第三版。乙第1号証)を意味するものとはいえるものの,これは形状を意味するにとどまる語であって,その形状の大きさまで特定する語と解することはできない。本件明細書の第2,3図(別紙図面1参照)も本件考案の滑り防止片の「ぎざぎざ」の大きさを特定するに足りるものではない。仮に上記図面から大きさを把握することができるとしても,同図面は本件考案の一実施例を示すものにすぎず,本件考案における「ぎざぎざ」の大きさが,同図面に記載されたものに限定されるものでないことは,本件明細書の記載から明らかである(甲第6号証)。被告の主張は,採用することができない。

       上に述べたところによれば,本件考案の「滑り防止片」及び「ぎざぎざ」の大きさと,甲第1号証考案の「滑り止め体」並びに「小突起」及び「突条」の大きさとが異なるとすることはできず,これらの構成について,本件考案と甲第1号証考案とで相違するということはできない。
       審決が,「本件考案の床板の端縁その他に複数個付着する表面がぎざぎざな面で形成された「滑り防止片」と甲第1号証の「滑り止め体」は,「ぎざぎざ」や「滑り防止片」の大きさや全体構成が明確に相違するものというべきである。したがって,両者が,ベッドの床板に表面がぎざぎざな面で形成された滑り防止片を取り付けて床板上に載置したマットレスの滑りを防止するようにした点で一致するという請求人の主張には到底首肯することができない。」(審決書4頁11行〜17行)と認定判断したのは,誤りという以外にない。

 3 審決は,「請求人の全主張を考慮しても,甲第1号証乃至甲第3号証に記載されたものを組み合わせようとする起因ないし契機(動機付け)となるものがあるものとはいえない。」(審決書5頁6行〜8行)と判断した。しかしながら,甲第1号証,第2号証の1ないし5及び第3号証によれば,甲第1号証考案,第2号証の1ないし5画考案及び第3号証考案は,いずれも,ベッドに関する考案であること,甲第3号証考案は,表面平滑な床板の端縁に,マットレスの滑り落ち防止のための滑り止めを設置しているものである点において甲第1号証考案と共通性を有すること,が認められる。これらの事実によれば,上記各考案を組み合わせようとする起因ないし契機(動機付け)となるものがあるというべきである。審決の上記判断は誤りである。
 4 まとめ

     審決は,本件考案と甲第1号証考案との対比を誤り,甲第1号証考案,第2号証の1ないし5各考案及び第3号証考案を組み合わせる起因ないし契機(動機付け)がないとの誤った判断をし,これらの誤った認定判断を前提として進歩性の判断を導いたものであり,上記審決の各誤りが,一体となってその結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
     原告主張の取消事由は理由がある。
第6 結論
     以上のとおりであるから,原告の本訴請求は理由がある。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第6民事部
     
               裁判長裁判官     山   下   和   明
               
                     
                     裁判官     阿   部   正   幸
                     
                     
                     裁判官      高   瀬   順   久




※ 別紙図面1として甲第6号証2枚目の第2図,第3図を添付
   別紙図面2として甲第1号証2頁目の図面全部を添付