H14. 9.27 東京地裁 平成12(ワ)6610 特許権 民事訴訟事件

平成12年(ワ)第6610号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年6月7日


                 判           決
       原      告     ブラザー工業株式会社  
      原      告          株式会社エクシング
       原告ら訴訟代理人弁護士  熊 倉 禎 男
       同            田 中 伸一郎
       同                        飯 田   圭
       同                        佐 尾 重 久
       原告ら補佐人弁理士        富 澤   孝
      被      告          株式会社第一興商
       訴訟代理人弁護士     龍 村   全
       同            櫻 林 正 己
       補佐人弁理士              原 島 典 孝
       被告補助参加人            ヤマハ株式会社

       訴訟代理人弁護士          田 倉   整
       同                        青 木 一 男
    同                        田 中 成 志
       同            長 尾 二 郎
    同                        内 藤 義 三
    同                        三 木 浩太郎
       補佐人弁理士              飯 塚 義 仁
       同                        神 谷   牧
                  主           文
     1 原告らの請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は原告らの負担とする。
                 事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,別紙被告イ号物件目録(1)及び被告ロ号物件目録各記載の装置を製造し,販売し,賃貸し,又は使用してはならない。
 2 被告は,別紙被告方法目録記載の運用方法を使用してはならない。
 3 被告は,原告ブラザー工業株式会社に対し金6億円,原告株式会社エクシングに対し金14億円及びこれらに対する平成12年4月8日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
   (1) 原告ブラザー工業株式会社(以下「原告ブラザー工業」という。)は,ミシン,工作機械,電気・電子機械器具,編機,事務用機器,楽器類等の製造,販売等を業とする株式会社である。
   (2) 原告株式会社エクシング(以下「原告エクシング」といい,原告ブラザー工業と総称して「原告ら」という。)は,電子音響機器及び電子通信機器の販売及び賃貸等を業とする株式会社である。
   (3) 被告は,音響及び映像機器の製造,販売,賃貸及びリース等を業とする株式会社であり,補助参加人は被告の注文に基づきカラオケ装置を被告に製造販売している(以下被告と補助参加人とを総称して「被告ら」という。)。
   (4) 原告ブラザー工業は,別紙特許目録記載の各特許権を有している(以下,同目録1記載の特許を「本件第1特許」,同目録2記載の特許を「本件第2特許」といい,上記各特許を総称して「本件各特許」という。また,これら各特許の特許請求の範囲第1項にかかる各発明をそれぞれ「本件第1特許発明」,「本件第2特許発明」という。)。

   (5) 原告エクシングは,原告ブラザー工業から本件第1特許について専用実施権の設定を受け,本件第2特許につき独占的通常実施権の設定を受けている(弁論の全趣旨)。
   (6) 本件第1特許発明の内容は以下のとおりである。
      「楽曲のデジタル楽音情報を格納した楽音情報記憶部と,背景映像を格納した映像記憶部と,記憶された前記各情報を読み出し伴奏音の再生と共に背景映像並びに歌詞の画像表示を行うように装置の動作制御を行う制御部とを備える電子音楽再生装置において,前記楽音情報記憶部に格納されるデジタル楽音情報は,種々の楽器の演奏情報と,歌詞表示指示情報と,を有し,前記歌詞表示指示情報は,歌詞の表示・消去指示情報と,前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報と,を含むように構成され,制御部は,前記各指示情報に基づき歌詞の画像表示制御を行うと共に,色変え幅情報に基づいて,現在色が変わっている位置から指定された幅だけ色変えを行うよう制御することを特徴とする電子音楽再生装置。」

   (7) 本件第1特許発明は,次のように分説される。
     A  楽曲のデジタル楽音情報を格納した楽音情報記憶部と,
     B 背景映像を格納した映像記憶部と,
     C 記憶された前記各情報を読み出し伴奏音の再生と共に背景映像並びに歌詞の画像表示を行うように装置の動作制御を行う制御部とを備える電子音楽再生装置において,
     D 前記楽音情報記憶部に格納されるデジタル楽音情報は,種々の楽器の演奏情報と,歌詞表示指示情報と,を有し,
     E 前記歌詞表示指示情報は,
       @ 歌詞の表示・消去指示情報と,
       A 前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,
       B 色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報と,を含むように構成され,

     F 制御部は,前記各指示情報に基づき歌詞の画像表示制御を行うと共に,色変え幅情報に基づいて,現在色が変っている位置から指定された幅だけ色変えを行うよう制御すること
     G を特徴とする電子音楽再生装置
   (8) 本件第2特許発明の内容は以下のとおりである。
       「電子音楽再生装置の運用方法であって,電子音楽再生装置は,第1記憶手段(4),第2記憶手段(5),入力手段(1),再生手段(6,11),制御手段(2)を備え,第1記憶手段(4)は,予め複数の演奏データが記憶された書き込み不可能な記憶手段であって,第2記憶手段(5)は,配信された演奏データが記憶される書き込み可能な記憶手段であって,入力手段(1)は,演奏データの指定が可能であり,再生手段(6,11)は,演奏データの再生を行い,制御手段(2)は,入力手段(1)で指定された演奏データを第1記憶手段(4),又は,第2記憶手段(5)から読み出して再生手段(6,11)に再生され,運用方法は,もとの第1記憶手段(4)に記憶された演奏データと,第2記憶手段(5)に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段(4)に差し換えると共に,第2記憶手段(5)に記憶された演奏データを消去する電子音楽再生装置の運用方法。」

   (9) 本件第2特許発明は,次のように分説される。
     A 電子音楽再生装置の運用方法であって,
     B 電子音楽再生装置は,
       @ 第1記憶手段(4),第2記憶手段(5),入力手段(1),再生手段(6,11),制御手段(2)を備え,  
       A 第1記憶手段(4)は,予め複数の演奏データが記憶された書き込み不可能な記憶手段であって,
       B 第2記憶手段(5)は,配信された演奏データが記憶される書き込み可能な記憶手段であって,
       C 入力手段(1)は,演奏データの指定が可能であり,
       D 再生手段(6,11)は,演奏データの再生を行い,
    E 制御手段(2)は,入力手段(1)で指定された演奏データを第1記憶手段(4)又は第2記憶手段(5)から読み出して再生手段(6,11)に再生され,

   C 運用方法は,
       @ もとの第1記憶手段(4)に記憶された演奏データと,第2記憶手段(5)に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段(4)に差し換えると共に,

       A 第2記憶手段(5)に記憶された演奏データを消去する電子音楽再生装置の運用方法。」
  (10) 本件第2特許については,平成13年11月28日付けで,これを無効とする審決がされたが,原告は,この審決に対して,審決取消訴訟を提起し,同訴訟が係属している。  
 2 本件は,原告らが,被告に対し,別紙「被告イ号物件目録(1)」及び「被告ロ号物件目録」各記載の装置(以下「被告装置」という。)を製造し,販売し,賃貸し,使用する行為は,本件第1特許権を侵害する行為であり,別紙「被告方法目録」記載の運用方法(以下「被告方法」という。)を使用する行為は,本件第2特許権を侵害する行為であると主張して,これらの行為の差止め及び損害賠償を求める事案である。
 3 争点
   (1) 被告装置の特定及びその構成
   (2) 被告装置が本件第1特許発明の構成要件B及びDないしFを充足するかどうか。

   (3) 被告方法の構成
   (4) 被告装置が本件第2特許発明の構成要件Cを充足するかどうか。
   (5) 本件第2特許に明らかな無効理由が存在するかどうか。
   (6) 損害の発生及び数額
 4 争点に関する当事者の主張
   (1) 争点(1)について
     【原告らの主張】
       被告は,平成6年4月から別紙「被告イ号物件目録(1)」記載のカラオケ装置を,平成8年9月25日から別紙「ロ号物件目録」記載のカラオケ装置を,補助参加人に製造させた上で販売し,被告の直営カラオケ店「ビッグエコー」において顧客の歌唱の用に供して使用している。
      これらの被告装置の構成は,別紙「原告主張被告装置の構成」記載のとおりである。
     【被告らの主張】
     ア 被告イ号物件目録(1)について
       (ア) DAM−6400KSについて否認する。

          DAM−6400KSの発売開始時期は平成9年11月であり,当時搭載されていたソフトウェアは既にバージョン3.72以降のバージョンであるから,ソフトウェア・バージョン3.71以下を搭載していることはあり得ない。
       (イ) KPVシリーズ及びGPVシリーズについて否認する。
          KPVシリーズの発売開始時期は平成10年5月であり,GPVシリーズの発売開始時期は平成9年10月であり,当時本体1に搭載されていたソフトウェアはバージョン3.72以降のバージョンであるため,ソフトウェア・バージョン3.71以下を搭載する本体1にこれらのCD−ROMが用いられることはあり得ない。
   イ 販売,使用の時期について
     DAM−6400KS,KPVシリーズ及びGPVシリーズの発売開始時期は,上記アのとおりであり,DAM−G128及び接続される背景映像再生装置DAM−D101の発売開始時期は平成10年10月であり,DAM−6400Lの発売時期は同年11月であるから,それより前に,それらが製造,販売,使用されていたことはない。

         ソフトウェア・バージョン3.71以下を搭載した装置は,平成8年9月25日から約1か月を経過した日以降は,製造,販売,使用されていない。
     ウ  被告装置の構成について
       被告装置の構成は,別紙「被告主張被告装置の構成(1)」及び「被告主張被告装置の構成(2)」記載のとおりである。
   (2) 争点(2)について
   【原告らの主張】
     ア 構成要件Bについて
         被告装置は,構成要件Bを充足する。
     イ 構成要件Dについて
       (ア)  被告装置において,音楽生成データと歌詞抽出データはいずれもデジタルデータで,個々の楽曲に対し両者が互いに対となり,必ず同一の記憶媒体に記憶されている。
         被告装置の音楽生成データと歌詞抽出データは,メインコンピュータのCPUの共通クロックで管理されており,個々の楽曲に対し両者が互いに対として読み出され,処理されている。すなわち,「音楽生成データに基づく楽曲の進行」と「歌詞抽出データに基づく色変えを含む歌詞表示処理」が正確に一致するデータ構造となっている。そのため,伴奏音楽のテンポの変更をすると,歌詞表示処理にも同じテンポの変化が生じる。

         したがって,構成要件Dを充足する。
       (イ)  構成要件Dは,歌詞表示指示情報が演奏情報中に組み込まれていることまでは要求していない。
     ウ 構成要件Eについて
       (ア)  上記イ(ア)のとおり,被告装置において,音楽生成データに基づく楽曲の演奏と歌詞抽出データに基づく色変えを含む歌詞表示処理は,メインコンピュータの共通クロックで時間管理され,両者が正確に一致するデータ構造となっている。そして,n番目の色変え処理についてみると,n−1番目の色変えタスク処理時間データが規定する時間が経過した時点でn番目の色変え幅データがチェックされ,その幅データが0でないとき,色変え処理の命令が行われ,色変え幅データの幅だけ色変えが行われる。
         したがって,n番目の色変え幅データが0でない場合における同データとn−1番目の色変えタスク処理時間データが「色変え指示情報」に該当し,色変え処理の幅を規定するn番目の色変え幅データが「色変え幅情報」に該当する。

          このように,被告装置は「色変え指示情報」と「色変え幅情報」を有しているので,構成要件Eを充足する。
       (イ)  本件第1特許の明細書は,構成要件Eの「色変え幅」について,「演奏情報の進行に適合する異なった」ものと定義するのみで,色変え幅がその都度毎に色変えされる幅であるとは限定していない。「色変え幅情報」が,1回の物理的な色変え処理に対するものでも,特定回数の合計幅でもよいことは,本件第1特許発明の明細書の実施例の記載から明らかである。
     【被告らの主張】
     ア 構成要件Bについて
     構成要件Bの「背景映像を記憶した映像記憶部」は,背景映像と共に歌詞を記憶しているものと解される。しかるに,被告装置においては,歌詞を表示するのに必要な歌詞の基本データは,タイミング規定データなどと共に歌詞抽出データに含まれているので,背景映像と共に記憶されておらず,構成要件Bを充足しない。

     イ 構成要件Dについて
       (ア)  本件第1特許発明は,構成要件Aに示されるように「楽曲のデジタル楽音情報を格納した楽音情報記憶部」を備えていることを前提とし,構成要件Dは,楽音情報記憶部に格納される楽曲のデジタル楽音情報が種々の楽器の演奏情報と歌詞表示指示情報とを有していると定義している。ここで「楽曲のデジタル楽音情報」とは,基本的には楽曲の楽音を演奏するためのデジタルデータからなる演奏情報であり,楽音とは通常音楽の音あるいは音楽に使われる音という意味である。
           したがって,「楽曲のデジタル楽音情報」が種々の楽器の演奏情報と歌詞表示指示情報とを有するとは,種々の楽器の演奏情報からなる楽器のデジタル楽音情報において,その中に歌詞表示指示情報が組み込まれていることを意味するものと解される。

          被告装置は,音楽生成データ及び歌詞抽出データがそれぞれ独立したデータとして別個の領域に記憶されているから,構成要件Dを充足しない。
       (イ)  歌詞表示指示情報である色変え指示情報が演奏情報に組み込まれていない場合,主旋律の進行に適合した歌詞の色変えを行うためには,色変え指示情報を演奏情報の主旋律の進行と一致させるタイミング規定データを有していなければならず,メインコンピュータの共通クロックで時間管理されているだけでは,必ずしも演奏情報の主旋律の進行に適合した色変えが行われない。また,被告装置の音楽生成データと歌詞抽出データとを共通のクロックによって管理することは,本件第1特許出願前から公知の技術であった。
     ウ 構成要件Eについて
         構成要件Eは,歌詞表示指示情報の中に歌詞の表示・消去指示情報,色変え指示情報,色変え幅情報の3種の情報が存在し,これらに基づいて歌詞の表示,色変え,消去を行うというものである。「色変え幅情報」は,「色変え指示情報」と共に演奏情報の主旋律の中に組み込まれ,「色変え指示情報」により指示された時点において,その度ごとに「色変え幅情報」により指示された幅だけ色変えを行うものである。

         被告装置は,演奏情報の主旋律の進行に適合した色変えを行う各時点ごとの色変え指示によらず,文字の色を一定の短時間間隔で自動的に漸次連続的に変えていく構成をとっているから,色変えを行う各時点を指示する「色変え指示情報」が存在しない。
        また,被告装置は,色変え関数を再現するための「時間と色変え位置」のデータを組として情報を記録し,このパラメータデータに基づき所定の補正処理演算を行うことにより,元の色変え関数に近似した色変え座標を算出して連続的に色変えを行うものであるから,「色変え幅情報」も有しない。
     エ 構成要件Fについて
         被告装置においては,色変えの度ごとに色変え指示情報に基づいて歌詞の色変えを行うものではないので,色変えを行う「指定された幅」なるものは存在せず,また連続的に色変えを進行させており「色変えを行うよう制御する」ことも行われていないから,構成要件Fを充足しない。

   (3) 争点(3)について
     【原告らの主張】
       被告が使用している運用方法の構成は,別紙「被告方法目録」記載のとおりである。
     【被告の主張】
       別紙「被告方法目録」中,下線部分については争う。被告方法の構成は,別紙「被告ら装置のインストール時の動作説明書(1)ないし(4)」及び「被告ら装置におけるハードディスク装置オーバーフロー対策説明書(1)ないし(3)」記載のとおりである。
   (4) 争点(4)について
   【原告らの主張】
     ア 構成要件C@の「もとの第1記憶手段(4)に記憶された演奏データと,第2記憶手段(5)に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段(4)」について
        被告方法は,構成要件C@の「もとの第1記憶手段(4)に記憶された演奏データと,第2記憶手段(5)に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段(4)」を充足する。

        本件第2特許の明細書には,「差し換える新たなCD−ROMは,もとのCD−ROMに記憶された演奏データ及び当該カラオケ装置のハードディスクに記憶された演奏データのみを用いて作成される」旨の記載はないし,実施例の記載も,もとのCD−ROM及びハードディスクに記憶された演奏データ以外に,新たな演奏データを追加して新たなCD−ROMを作成することが可能な技術が開示されている。また,本件第2特許発明の目的からすると,随時曲を追加することのできるようにハードディスクの空き容量を確保されればよく,それ以上の限定はない。
     イ 構成要件CAの「第2記憶手段(5)に記憶された演奏データを消去する」について
       (ア) 本件第2特許発明の目的は,配信されてハードディスクに記憶された楽曲データを,新たに差し換えられるCD−ROM等に記憶させる点にあり,新たに差し換えられることによって新たな楽曲データ配信を可能にすることにあるから,随時曲を追加することのできるようにハードディスクの空き容量が確保されればよく,それ以上の限定は何ら存在しない。

          また,「消去」とは,「ハードディスクやフロッピー・ディスクからファイルを消去するとき,ディレクトリからそのファイル名を削除する。消去されたファイルが使っていたスペースは他のデータの上書き用に使用できる。」(パソコン百科事典,甲C10)を意味するから,他のデータを上書き可能な状態にすることが「消去」である。 
       (イ) 被告方法においては,新たなCD−ROM等に差し換えられる際,データベース台帳において,ハードディスク装置のみに存在する楽曲からCD−ROM再生装置に存在する楽曲に書き換えられることによって,ハードディスク装置上の演奏データが記憶されていた領域は,新たに配信される演奏データが書き込めるように開放されるのであるから,「消去」そのものである。
          被告方法において,待機楽曲管理簿に登録されている楽曲は,カラオケ装置において新たな楽曲が選曲・演奏されるごとに順次消去されてCD−ROMに記憶されている他の楽曲と入れ替えられていくのであるから,新たなCD−ROM等に差し換えられる際に,ハードディスクに記憶されていた楽曲が待機楽曲管理簿に登録されるとしても,そこでは上書き可能な状態になっているのである。したがって,被告方法において「消去」が行われることに変わりがない。

     ウ 構成要件C@の「新たな第1記憶手段に差し換えると共に」について  本件第2特許発明の目的は,配信されてハードディスクに記憶された楽曲データを,新たに差し換えられるCD−ROM等に記憶させる点にあり,新たに差し換えられることによって新たな楽曲データ配信を可能にすることを目的とするから,随時曲を追加することのできるようにハードディスクの空き容量が確保されればよく,それ以上の限定は何ら存在しない。
         したがって,「差し換えと同時に,または,それと同視できる程度の一連の引き続いた処理として消去」する構成に限定されることはなく,例えば,新曲の配信と共に順次「消去」する構成でもよい。
     エ したがって,被告方法は,構成要件Cを充足する。
     【被告らの主張】
     ア 構成要件C@の「もとの第1記憶手段に記憶された演奏データと,第2記憶手段に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段」について

        「もとの第1記憶手段に記憶された演奏データと,第2記憶手段に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段と差し換える」とは,もとのCD−ROMに記憶された演奏データと,当該カラオケ装置のハードディスクに実際に記憶されていた演奏データ全部が,新たなCD−ROMに記憶され,これがもとのCD−ROMと差し換えられることを意味する。
         被告方法においては,カラオケ端末装置のハードディスクに記憶された演奏データを新たなCD−ROMにそのまま移動させるものではない。被告方法は,カラオケ端末装置のハードディスクに記憶された演奏データを用いることなく,ホスト/センター側で有している演奏データを利用し,かつ,もとのCD−ROMに記憶されていた演奏データの一部を削除したり,CD−ROM又はハードディスクのいずれにも記憶されていない演奏データを追加する等,任意に取捨選択して新たなCD−ROMを作成する。

     イ 構成要件CA及び構成要件C@の「新たな第1記憶手段に差し換えると共に」について
       (ア) 本件第2特許の明細書には,プログラムメモリを除いた演奏データのすべてを消去することしか記載されておらず,ハードディスクに記憶された演奏データのうち,どれを残し,どれを消去するかを選択する手段の存在は開示されていない。したがって,「第2記憶手段に記憶された演奏データを消去する」とは,当該カラオケ端末装置のハードディスク内がプログラムメモリのみとなるように,そこに記憶された演奏データの全部を一括して消去することを意味する。
           被告方法においては,新たなCD−ROM等に差し換える際,ハードディスクに記憶された演奏データのうち,どのファイルを残し,どのファイルの属性を変更するかを選択する手段を有し,これを行っており,ハードディスク内に記憶された演奏データの全部を一括して消去することはない。したがって,ハードディスクにはプログラムメモリのみを残すものではないから,被告方法は構成要件CAの「演奏データを消去する」に当たらない。

       (イ) 「消去」とは,ハードディスクやフロッピーディスク等のディレクトリから当該ファイル名が削除され,当該ファイルのデータそのものはハードディスク内に物理的に残っているものの,以後当該ファイルを読み出すことができない状態とすることを意味する。また,構成要件C@の「新たな第1記憶手段に差し換えると共に」とは,新たな第1記憶手段に差し換えると同時に,又は,それと同視できる程度の一連の引き続いた処理として,ハードディスクの全演奏データを消去することを意味する。
           被告方法(DAM−6400,6400K,6400KSについてはプログラムバージョン3.88以前は除く。)は,新たなCD−ROM等に差し換える際には,カラオケ端末装置のハードディスクに既に記憶されていたカラオケ楽曲演奏データの記憶場所をハードディスクから新CD−ROM等に変更してデータベース台帳に登録すると共に,ハードディスクに記憶されていた演奏データを待機楽曲として待機楽曲管理簿に登録するのみであり,当該演奏データのファイル名をディレクトリから削除することはないから,「新たな第1記憶手段に差し換えると共に」「第2記憶手段に記憶された演奏データを消去する」には当たらない。

   ウ したがって,被告方法は,構成要件Cを充足しない。
  (5) 争点(5)について
     【被告らの主張】
     ア 別紙平2−220551号公開特許公報に開示された発明(乙C1の4の2,乙C2の2,乙C3の2,以下「公知技術1」という。)が存する。
       本件第2特許の出願日である平成3年6月28日より前の同年6月1日に発行された「情報の科学と技術」41巻6号に掲載された「新しい媒体による目録検索」と題する論文(乙C2の3)には,図書目録の検索システムが開示されている(以下「公知技術2」という。)。これは,大容量のCD−ROMを主たる記憶手段として図書目録のデータベースを構築するが,ハードディスクも随時書き込み可能な新刊情報用のデータベース記憶手段として併用し,新刊情報については,毎月フロッピーディスクを使用してハードディスクに書き込んでデータベースに加えていき,ハードディスクが満杯になるころに,当該ハードディスクのデータともとのCD−ROMのデータを合わせたデータを保有する新しいCD−ROMを作成し,それをもとのCD−ROMと差し換えると共に,ハードディスクにそれまで存在したデータを抹消するという運用を目的としたシステムである。

       日本書店商業組合連合会は,平成元年から大日本印刷株式会社に依頼して,書籍の検索,発注などのシステムである「バードネット」の構築を開始し,平成2年4月から稼働している(乙C2の5,以下「公知技術3」という。)。そのシステム内容は,@毎月更新されるCD−ROMを用いて,書籍の流通情報の検索を行う,A随時更新される新刊情報は,毎週,VANセンターから各端末パソコンが専用回線によって受信し,ハードディスクに蓄積する,B同時に,毎月末日に締め切りを設定して,それまでの書誌情報をCD−ROMにプレスするが,このCD−ROMをプレスして配布するのに見込まれる8週間程度の期間に1週間の余裕を見た9週間を超え10週目となった時点で,ハードディスクのひとかたまりの新刊情報を自動的にハードディスクの新刊情報から抹消するというものである。
       本件第2特許発明は,上記公知技術1ないし3に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。
     イ 本件第2特許発明は,上記公知技術1,「USING CD-ROM AS A PUBLIC ACCESS CATALOGUE(British Library Research Paper 41」(1988年発行,乙C3の3)に記載された発明(以下「公知技術4」という。),「CD−ROMニューパピルスKアプリケーション編」(昭和62年2月21日発行,乙C3の4)に記載された発明(以下「公知技術5」という。),平成2年8月29日に出願公開された特開平2−216690号公報(乙C3の5)に記載された発明(以下「公知技術6」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。
     ウ したがって,本件第2特許には,無効理由が存在することが明らかである。
     【原告らの主張】

     ア 公知技術1について
        本件第2特許の出願当時,通信カラオケ装置には,公知技術1の「オンデマンド」タイプの通信カラオケ装置と本件第2特許発明の「デマンド」タイプの通信カラオケ装置の2種類の装置が存在した。このうち,「オンデマンド」タイプの通信カラオケ装置は,基本となる数千曲の演奏データを書き込み不可能な「ROM」に記憶し,新曲等の「ROM」に記憶されていない楽曲がリクエストされたときには,その都度通信回線を介してホストコンピュータからリクエスト曲を受信し,書き込み可能な「RAM」に一時的に保存して演奏する通信カラオケ装置である。したがって,「オンデマンド」タイプの通信カラオケでは,「ROM」及び「RAM」に記憶されていない楽曲がリクエストされたときには,その都度通信回線を介してホストコンピュータからリクエスト曲を受信するため,「RAM」に記憶された楽曲を,「RAM」が一杯になる前に「ROM」に記憶させ直すことを要せず,被告方法を必要としない。

         これに対し,「デマンド」タイプの通信カラオケ装置は,基本となる数千曲の演奏データを書き込み不可能な第1記憶手段に記憶させるものの,書き込み可能な第2記憶手段に書き込むのはホスト・コンピュータから毎月送信されてくる1年分以上の新曲である。そして,曲のリクエストがあった時は,両記憶手段に記憶されている曲を検索してリクエスト曲が再生されるのであり,リクエスト曲が「オンデマンド」でホスト・コンピュータから伝送されることは全くない。したがって,本件第2特許発明のような「デマンド」タイプの通信カラオケ装置は,第2記憶手段の記憶容量が満杯となる前に,その時点で第2記憶手段に記憶されている演奏データを追加した新第1記憶手段を製作し,新第1記憶手段を既設第1記憶手段と交換し,不要となった第2記憶手段の演奏データを消去し,新しい演奏データを記憶する記憶スペースを確保することが必要となる。
         以上により,本件第2特許発明と公知技術1とは新曲等の演奏データの送信及びその保存において,全く技術的思想を異にし,それに起因する技術的課題も全く相違する。
     イ 公知技術2ないし6について
        公知技術2ないし6は,いずれも新しいデータを「CD−ROM」に追加する一般的な技術を開示しているのみであり,公知技術1が,「ROM」及び「RAM」に記憶されていない楽曲がリクエストされたときには,その都度通信回線を介してホストコンピュータからリクエスト曲を受信するため,「RAM」に記憶された楽曲を,「RAM」が一杯になる前に「ROM」に記憶させ直すことを基本的に必要としない以上,公知技術1と組み合わせることによって,本件第2特許発明を容易に発明することができたということはない。

   (6) 争点(6)について
    【原告らの主張】
     ア 被告は,平成8年4月17日以降,被告装置への曲データの配布に関し,被告方法によったことにより,本件訴訟提起日である平成12年3月31日までに少なくとも下記の金額を下らない売上げないし収入を得た。
         平成8年4月17日〜平成9年3月31日  628億9700万円
         平成9年4月1日〜平成10年3月31日  554億5500万円
         平成10年4月1日〜平成11年3月31日  452億3800万円
         平成11年4月1日〜平成12年3月31日 400億円
     イ 本件各特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額は,各発明につき,少なくとも上記売上げないし収入額の1パーセントを下らない。
     ウ ア及びイにより,本件第1特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額を算定すると,本件第1特許が登録された平成8年4月16日の翌日である同月17日から平成12年3月31日までの被告の売上げないし収入額である2035億9000万円に実施料率1パーセントを乗じた額である20億3590万円となる。

     エ 本件第2特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額を算定すると,本件第2特許が登録された平成11年7月16日の翌日である同月17日から平成12年3月31日までの売上げないし収入額である283億8356万円に実施料率1パーセントを乗した額である2億8383万円となる。
     オ 原告らは,本件各特許に関する実施料を第三者から受領した場合は,原告ブラザー工業が30パーセント,同エクシングが70パーセントで分配することに合意している。
         したがって,原告ブラザー工業は,被告に対し,損害賠償又は不当利得として,本件各特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額の合計23億1973万円の30パーセントに相当する6億9591万9000円を請求することができる。
        また,原告エクシングは,被告に対し,損害賠償又は不当利得として,本件各特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額の合計23億1973万円から原告ブラザー工業が受けるべき6億9591万9000円を控除した16億2381万1000円を請求することができる。

     カ このうち,原告ブラザー工業は6億円,原告エクシングは14億円を請求する。
     【被告らの主張】
       争う。
第3 争点に対する判断
 1 争点(1)について
    証拠(検乙A3)及び弁論の全趣旨によると,被告装置は別紙被告イ号物件目録(2)及び被告ロ号物件目録記載のとおりであり,その構成は,例えば,DAM−6400KとDAM−P3600の組合せについては,別紙図面のとおりであること,被告装置においては,1曲のカラオケ楽曲を演奏し歌詞表示をするのに必要なデータは,音声出力する伴奏音楽の起源となる音楽生成データと映像出力する歌詞映像の起源となる歌詞抽出データからなり,両者はそれぞれ独立したデータであり,別紙図面記載のハードディスク装置又はCD−ROMの同じ記憶媒体に記憶されるが,別個の記憶領域に記憶されていること,以上の事実が認められる。

 2 争点(2)について
   (1) 構成要件Dについて
     ア 証拠(甲A2,3)によると,本件第1特許の明細書には【発明の詳細な説明】中の次の各項目について,それぞれ次のような記載があることが認められる。
    [従来の技術]
        「・・,近年における装置の小形化や記録情報の多量化に対応し,デジタル楽音情報を記憶する記録媒体を装置に内蔵した電子音楽再生装置がカラオケ装置などに用いられるようになっている。このようなデジタル化された楽音情報としては,MIDI(Musical Instrument Digital Interface)情報が知られており,これは,各楽器の演奏情報をデジタル通信するためのインターフェース情報であり,国際的な規格とされている(尚,MIDIは登録商標)。
        このようなMIDI情報を用いたカラオケ装置においても歌詞の画像表示が行われており,例えば楽音情報とは別個記憶した映像情報を画像表示すると共に歌詞情報を画像表示し,さらに歌詞の色変え表示などを行っていた。」(3欄8行〜20行)

       [発明が解決しようとする課題]
        「・・MIDI情報を用いたカラオケ装置においても同様に歌詞情報及びその歌詞表示の色変えタイミング情報は,楽器の演奏情報とは別個に映像情報として記憶していた。従って,上記レーザディスクなどを用いたカラオケ装置と同様に主旋律の流れと歌詞表示の色変えタイミングとを完全に一致させることは極めて困難であり,その正確な一致を図ることは,長時間を要する微調整を行う必要があった。」(3欄31行〜38行)
        「本発明は,上記問題点を解決することを課題としてなされたものであり,その目的は歌詞の文字毎の色変え画像表示をその楽曲の主旋律の進行にほぼ一致させて行うことのできる電子音楽再生装置を提供することにある。」(4欄1行〜4行)
       [課題を解決するための手段]

        「上記目的を達成するため,本発明に係る電子音楽再生装置は,楽曲のデジタル楽音情報を格納した楽音情報記憶部と,背景映像を格納した映像記憶部と,記憶された前記各情報を読み出し伴奏音の再生と共に背景映像並びに歌詞の画像表示を行うように装置の動作制御を行う制御部とを備える電子音楽再生装置において,前記楽音情報記憶部に格納されるデジタル楽音情報は,種々の楽器の演奏情報と歌詞表示指示情報を有し,前記歌詞表示指示情報は,歌詞の表示・消去指示情報と,前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報と,を含むように構成され,制御部は,前記各指示情報に基づき歌詞の画像表示制御を行うと共に,色変え幅情報に基づいて,現在色が変わっている位置から指定された幅だけ色変えを行うよう制御することを特徴とする。」(4欄6行〜22行)
       [作用]
        「すなわち,例えばこのような歌詞表示指示情報を,同期データとして演奏情報であるMIDIデータに適宜組み込むことによって,楽曲の再生音の流れとほぼ完全に一致させて歌詞の色変えを行うことが可能となる。
        すなわち,本発明では,歌詞文字表示の色変化のための色変え指示情報と色変え幅情報とを,演奏情報の主旋律の進行に対応して色変えが行われるようにデータ中に組み込むことによって,容易に主旋律に同期した歌詞の色変え表示を行うことができると共に,色変えを行う文字を所定幅ずつ色変えをしていくことができる。すなわち,色変え幅情報に基づいて,制御部が色変えの映像表示制御を行うことによって,例えば漢字などの複数のひらがな文字に相当する発音を行う必要のある場合に,その発音変化に近づけた色変えを行うことができる。」(4欄34行〜47行)

       [実施例]
        「・・色変え指示データであるフラグ32bを含む同期データ32は,主旋律の流れに的確に対応して色変えが行われるように,主旋律の音に対応するMIDIデータ30毎に組み合されてその直後に格納されている。従って,1文字を細かくその音階に合せ,あるいは漢字文字の表音に合せて色変えが可能となるものである。」(7欄36行〜42行)
        「・・・,本実施例によれば,楽音情報記憶手段12に記憶される演奏データ12a及び歌詞表示指示データ12bは,第2図(A),(B)及び(C)に示したような3種類のデータによって構成される楽音データであり,そのデータは,MIDIデータである音データと歌詞表示指示データとが組み合わされたデータである。従って,第3図及び第4図に示したような動作によってそのデータの読出しと再生動作を制御することにより,再生される伴奏音の主旋律に確実に同期させて歌詞の色変え表示を行うことが可能になる。」(8欄8行〜17行)

        「また,上記実施例では,同期データ32は,色を変える文字の幅,すなわち色変え幅データ32c毎に構成され,順次音データ30cに付加して格納するようにした。しかし,同期データ32を歌詞の1文字毎に対応して格納し,色変え幅データ32cの指示データに基づき,所定時間毎に1文字の所定幅ずつ色変えする方式,あるいは所定ドット数ずつ色変を行っていく方式を取ることも可能である。」(8欄22行〜29行)
        「なお,本発明によれば,上記同期データ32のデータへの組込み方を調整することにより,主旋律に対し,歌詞の色変りテンポを若干速く行うようにすることも可能であり,逆に色変り動作を遅延させることも容易に行うことができる。」(8欄33行〜37行)
       [発明の効果]
        「以上説明したように,本発明によれば,表示される歌詞の文字の色変え指示情報と色変え幅情報とを演奏音データと共にデジタル楽音情報として格納したことにより,主旋律の音の再生タイミングに対応して正確に文字の色変化を行わせることが可能となると共に,1つの歌詞文字について所定幅ずつ色変えを行うことができるので,文字の色変化は,より伴奏音に適合した変化とすることができる。」(8欄38行〜46行)

     イ 構成要件Dの解釈について
       (ア) 上記アで認定した本件第1特許の明細書の記載に証拠(甲A2,3)を総合すると,次のようにいうことができる。
        @ 本件第1特許発明に対する従来技術の1つとして,MIDI情報のようなデジタル化された楽音情報を用いたカラオケ装置があったが,このようなカラオケ装置においても歌詞情報及び歌詞表示の色変えタイミング情報は,楽器の演奏情報とは別個に記憶されていたので,主旋律と歌詞の色変えタイミングの完全な一致は極めて困難であり,正確に一致させるためには長時間を要する微調整を行う必要があった。
        A 本件第1特許発明は,上記のような問題を解決する目的で,特許請求の範囲に記載された構成を採用したものであり,MIDI情報などのデジタル楽音情報に歌詞表示指示情報を組み込むことにより,主旋律と歌詞の色変えタイミングをほぼ一致させるという作用をもたらすものである。

        B 本件第1特許発明の実施例としては,楽音情報記憶手段に記憶される楽音データとして,MIDIデータである音データと歌詞表示指示データとが組み合わされたデータを用いたものが示されており,上記実施例においては,音データに付加して格納される,色変え指示データを含む同期データは,色変え幅データごとに構成されているが,その代わりに1文字ごとに同期データを格納した上で,色変え幅データの指示データに基づいて1文字のうちの所定幅ずつ,あるいは所定ドットずつ色変えを行う方式をとることも可能であるし,同期データの組込み方の調整によっては,色変えのテンポを主旋律より若干速く又は遅くすることができる。本件第1特許発明の実施例として,音データと歌詞表示指示データとが組み合わされた楽音データを用いたもの以外は示されていない。
        C 本件第1特許発明は,表示される歌詞の文字の色変え指示情報と色変え幅情報とを演奏音データと共にデジタル楽音情報として格納したことにより,主旋律の音の再生タイミングに対応して正確に文字の色変化を行わせることが可能となるという効果を有する。
       (イ) 以上によると,本件第1特許発明は,音データと歌詞表示指示データとを組み合わせて,楽音情報記憶部に格納するという構成によって,歌詞の色変え画像表示をその楽曲の主旋律の進行にほぼ一致させるという目的を達成するものであるから,構成要件Dにいう「楽音情報記憶部に格納されるデジタル楽音情報は,種々の楽器の演奏情報と,歌詞表示指示情報とを有している」とは,種々の楽器の演奏情報と歌詞表示指示情報が組み合わせられ,一つのデジタル楽音情報として楽音情報記憶部に格納されていることを意味するものと解するベきである。

     ウ 上記1で認定した事実及び弁論の全趣旨によると,被告装置においては,音楽生成データと,歌詞抽出データとは,それぞれ独立したデータとして別個の記憶領域に記憶されており,組み合わせられて一つのデジタル楽音情報として格納されているものではないものと認められる。
        したがって,被告装置は,本件第1特許発明の構成要件Dを充足しない。
     エ 原告らは,歌詞表示指示情報が演奏情報中に組み込まれることまでは要しないと主張する。
         しかし,上記(1)で認定した事実に証拠(甲A2,3)を総合すると,本件第1特許の明細書には,歌詞の色変え画像表示をその楽曲の主旋律の進行にほぼ一致させて行うという本件第1特許発明の目的を達成するための構成として,歌詞表示指示情報のデータを演奏情報のデータに組み込む構成以外の説明は何ら記載されていないものと認められるから,原告らの上記主張は理由がない。

   (2)  したがって,被告装置は本件第1特許の技術的範囲に属しない。
 3 争点(5)について
     まず,本件第2特許には,明らかな無効理由があって,本件第2特許権に基づく権利行使が権利濫用として許されないかどうかという点について検討する。
   (1) 証拠(乙C1の4の2,乙C2の2,乙C3の2)によると,別紙平2−220551号公開特許公報には,公知技術1について,次の記載があることが認められる。 
     [産業上の利用分野]
       本発明は,リクエスト回数の多いカラオケ曲をデジタル符号化して半導体ROM(以下単に「ROM」という。)に記憶させ,またそれ以外の曲については公衆回線で接続されたホストコンピュータのデータベースから直接,或いは半導体RAM(以下単に「RAM」という)にセーブしてから,再生するようにしたカラオケシステムに関する。

     [発明が解決しようとする課題]
       本発明は機械的構成を極力排し,リクエストが予想されるカラオケ曲の楽曲,歌詞,検索情報をデジタル符号化してROMに記憶する一方,ROMに収録されていない曲をホストコンピュータにデータベースとして蓄積し,これをRAMにダウンロードすることにより,好みのカラオケ曲を随時,再生可能としたカラオケシステムを提供しようとするものである(2頁左上欄16行〜右上欄3行)。
     [課題を解決するための手段]
       本発明は上述した目的を達成するため,カラオケ曲をMIDI(Musical Instrument Digital Interface)規格に基づいてコード化された楽曲情報と,文字表示される歌詞情報と,識別コード等の検索情報とからなるカラオケデータとして蓄積したROMと,CPUに公衆回線を介して接続され,上記ROMに記憶された以外のカラオケデータをデータベース化したホストコンピュータと,このコンピュータのカラオケデータをダウンロードするRAMと,上記CPUに制御されて上記ROM及びRAMを検索するメモリ検索装置と,任意の検索条件をCPUに入力する入力装置と,上記CPUで処理された歌詞情報を文字表示するディスプレイと,上記CPUで処理された楽曲情報を再生するシーケンサ,電子楽器,アンプ及びスピーカ等からなる再生装置とによって構成したものである(2頁右欄5行〜左下1行)。

     [作用]
       入力装置で希望するカラオケ曲の検索条件,例えば識別コードを入力すれば,CPUを通じてメモリ検索装置が作動して上記識別コードがROMに蓄積されているかどうか検索し,蓄積されていた場合は,識別コードの付されたカラオケデータ全体を読み出してCPUで処理する。また上記識別コードがROMに記憶されていない場合は,RAMに蓄積されているかどうか検索し,蓄積されていた場合は,識別コードの付されたカラオケデータをCPUに入力して処理する。更に上記識別コードがRAMにもない場合は,CPUがこれを判断して直ちに公衆回線を通じてホスト・コンピュータのデータベースを検索して上記識別コードの付されたカラオケデータをCPUに伝送すると共に,このデータをRAMに書き込んでセーブする(2頁左下欄5行〜右下20行)。

     [実施例]
       第1図において,1は半導体のROMで,ROMボードによってデータ収容量を約200MB(メガバイト)に増設し,平均80KB(キロバイト)のカラオケデータをおよそ2000曲入力できる。上記カラオケデータは,リクエストが予想されるカラオケ曲をMIDI規格にもとづいてデジタル符号(コード)化した楽曲情報と,歌詞を文字表示するようにした歌詞情報と,曲名,歌手,作曲者,作詞者等をキーワードとし,また固有の記号を識別コードとした検索情報とで構成したものである。2は約30曲の範囲内で上記カラオケデータを随時,書き込み或いは読み出し可能な半導体のRAMで,これにバックアップ・バッテリィ3を付加しておくことによって電源を切っても記憶した内容が消えないようにしたものである。
     (中略)また4は上記ROM1及びRAM2から希望するカラオケデータを読み出すメモリ検索装置,5は上記メモリ検索装置をコントロールするCPUで,検索された1〜複数部分のカラオケデータを処理するものである。更に6はホストコンピュータで,上記ROM1作成後に発表された新曲,或いは利用頻度が少なく,ROM1に蓄積されなかったカラオケ曲をデータベースとし,上記CPU5とモデムを介して電話回線等の公衆回線7で接続されたものである。

      (中略)更に8は希望するカラオケ曲を検索するための条件(識別コード,キーワード等)を入力するキーボード等の入力装置,9はカラオケデータの歌詞情報等を文字表示するディスプレイ,10は再生装置であって,シーケンサ11によってCPU5に入力されたカラオケデータの内,楽曲情報(MIDI信号)をシンセサイザ等の電子楽器12に出力し,このシンセサイザからアナログ信号として出力される楽曲情報をアンプ13で増幅した上,スピーカ14によりカラオケ曲として再生する。
     次に上記カラオケシステムの動作を第2図に示したフローチャートに基づいて述べると,キーボード8でリクエスト曲の検索条件,例えば予め全カラオケ曲に付された信号からなる識別コードを入力すれば,CPU5がメモリ検索装置4をコントロールしてROM1を検索し,その中から上記識別コードを見つけた場合(YES)は,この識別コードの付されたカラオケデータ全体を取り出してCPU5で処理する。その内,歌詞情報についてはディスプレイ9に文字で表示する。他方,楽曲情報はMIDI信号としてプログラムされた通りにシーケンサ11によってシンセサイザ12に出力し,ここでアナログ信号に変換された後,アンプ13に出力して増幅し,更にスピーカー14を通してカラオケ曲として再生される。

     ところで,上記CPU5に入力された識別コードがROM1にない場合(NO)は,RAM2を検索し,ここで上記識別コードを見つけた場合(YES)は,上述した動作で文字情報及び楽曲情報をそれぞれ表示,再生する。
       また上記識別コードがROM及びRAM双方のメモリにないと判断した場合は,CPU5が直ちに公衆回線7を通じてホスト・コンピュータのデータベースを検索して上記識別コードの付されたカラオケデータをCPU5に伝送する。この伝送されたカラオケデータは,RAM2に書き込まれてセーブされる一方,上述した動作で歌詞がディスプレイ9に表示され,また曲がスピーカ14より再生される。この場合,既にRAM2に容量限度である30曲が登録されて空きエリアがない時は,予めリクエスト回数が少なく且つ登録日の古い曲を削除しておいて記憶容量に余裕を持たせておく(2頁右下11行〜3頁右下5行)。

   (2)  本件第2特許発明と上記公知技術1とを対比すると,以下の点は共通するものと認められる。 
     ア 公知技術1における「ROM」は,約200MBの容量を持つ読み取り専用の書き込み不可能な記憶手段であって,カラオケ曲をカラオケデータとしてあらかじめ蓄積しているから,本件第2特許発明におけるあらかじめ複数の演奏データが記憶された書き込み不可能な「第1記憶手段(4)」に相当する。
     イ 公知技術1における「RAM」は,約30曲の範囲内でカラオケデータを随時書き込み又は読み出し可能な記憶手段であり,ホストコンピュータのデータベースから配信された演奏データが記憶されるから,本件第2特許発明における配信された演奏データが記憶される書き込み可能な「第2記憶手段(5)」に相当する。
     ウ 公知技術1における「入力装置」は,任意の検索条件をCPUに入力するから,本件第2特許発明における演奏データの指定が可能な「入力手段(1)」に相当する。

     エ 公知技術1における「再生装置」は,CPUで処理された楽曲情報を再生するシーケンサ,電子楽器,アンプ及びスピーカ等からなるから,本件第2特許発明における演奏データの再生を行う「再生手段(6,11)」に相当する。
     オ 公知技術1における「CPU」は,ROM及びRAMから希望するカラオケデータを読み出すメモリ検索装置をコントロールして,楽曲情報を再生装置で再生させるものであるから,本件第2特許発明における入力手段で指定された演奏データを第1記憶手段又は第2記憶手段から読み出して再生手段に再生させる「制御手段(2)」に相当する。
  (3) 公知技術1と本件第2特許発明には,次のような違いがあるものと認められる。
      本件第2特許発明は,もとの第1記憶手段に記憶された演奏データと第2記憶手段に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段に差し換えると共に,第2記憶手段に記憶された演奏データを消去する電子音楽装置の運用方法であるのに対し,公知技術1においては,RAMに記憶された演奏データともとのROMに記憶された演奏データとを合わせて新たなROMを作成し,もとのROMを新たなROMに差し換えると共にRAMに記憶された演奏データを消去することは記載されていない。

  (4) そこで,当業者が公知技術1から本件第2特許発明を容易に推考することができたかどうかについて検討する。
     ア 証拠(乙C2の3,5)によると,公知技術2は,図書目録の検索システムで,そのシステム内容は,@CD−ROMを主たる記憶手段とし,ハードディスクを随時書き込み可能な新刊情報用の記憶手段とし,利用者はCD−ROMとハードディスクの両方にアクセスできる,A新刊情報については,毎月フロッピーディスクを使用してハードディスクに書き込んでデータベースに加えていき,年毎に前年度のCD−ROMのデータと1年間の増加分をマージして新年度のCD−ROMを作成して差し換えるというものであり,公知技術3は,CD−ROMを利用したパーソナルコンピュータによる書誌情報検索・発注システムで,そのシステム内容は,@毎月更新されるCD−ROMを用いて,書籍の流通情報の検索を行う,A新刊情報は,毎週,VANセンターから各端末パソコンが専用回線によって受信してハードディスクに蓄積し,新刊情報はハードディスク上のデータで検索する,BCD−ROMが更新されると,新刊情報がCD−ROMに記載されるので,ハードディスクのデータは,8週間を超えたものを古いのものから順に削除するというものである。

         そして,公知技術2,3は,いずれもカラオケ装置の技術ではないが,公知技術1とコンピュータを用いたデータの記憶及び検索システムとして共通していることからすると,これらの公知技術と公知技術1を組み合わせることに格別困難があるとも認められないから,公知技術2,3を公知技術1に適用した電子音楽装置の運用方法は当業者であれば容易に推考することができたものと認められる。
        そうすると,上記(2)認定の共通点に加えて,もとの第1記憶手段に記憶された演奏データと第2記憶手段に記憶された演奏データとを記憶する新たな第1記憶手段に差し換えると共に,第2記憶手段に記憶された演奏データを消去するという構成を有する電子音楽装置の運用方法は,当業者であれば容易に推考することができたものと認められる。

        なお,公知技術2には,ハードディスクからのデータの削除について記載がないが,公知技術2において新たなCD−ROMを作成する理由は,ハードディスクに記憶されているデータを削除して新たなデータを記憶する空き領域を確保するためであるから,ハードディスクからのデータの削除は,当然行われるものと理解することができる。
        したがって,本件第2特許発明は,公知技術1ないし3から容易に推考することができたものと認められる。
     イ 原告らは,「デマンド」型のカラオケ装置の運用方法である本件第2特許発明が,「オンデマンド」型のカラオケ装置に関する公知技術1と他の公知技術を組み合わせて,容易に発明できたとはいえないと主張する。
         証拠(甲C11の2の2ないし6)及び弁論の全趣旨によると,カラオケ装置には演奏時に用いるカラオケデータはすべてカラオケ装置本体に蓄積されており,追加分のカラオケデータが定期的にホストコンピュータから送信されてそのデータを蓄積していく「デマンド」型と,カラオケ装置本体に演奏時に用いる一定のカラオケデータを蓄積しているが,演奏時に用いるカラオケデータがカラオケ装置本体にない場合,その都度ホストコンピュータにデータを要求して,ホストコンピュータから送信されてきたデータを逐次カラオケ装置本体に蓄積していく「オンデマンド」型が存在することが認められる。そして,本件第2特許の明細書の実施例は「デマンド型」のカラオケ装置であり,公知技術1は,上記(1)で認定した事実からすると,「オンデマンド」型のカラオケ装置であると認められる。

        しかし,公知技術2,3には,カラオケ装置ではないものの,「デマント」型の技術が開示されており,それについて,前記(3)認定の相違点の技術が開示されているのであるから,上記のとおり,公知技術2,3と,公知技術1を組み合わせることによって,本件第2特許発明を容易に推考することができたものと認められる。よって,原告の主張は理由がない。
   (5)  以上述べたところによると,本件第2特許発明は,公知技術1ないし3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができるから,本件第2特許は特許法29条2項に違反して特許されたものである。したがって,本件第2特許に,同法123条1項2号に規定する無効理由が存在することは明らかであり,特段の事情も認められないから,本件特許権に基づく本訴請求は,権利の濫用として許されない。

   (6) なお,原告ブラザー工業は,特許庁に対し,本件口頭弁論終結後に,平成14年7月22日付け審判請求書において,本件第2特許発明に関する特許請求の範囲を訂正する旨請求しているが,これについては,特許庁審判官から,訂正拒絶理由通知書が発せられること等を考慮して,口頭弁論を再開しないこととする。
 4 したがって,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの本訴請求はいずれも理由がない。
   
       東京地方裁判所民事第47部


           裁判長裁判官     森     義  之


                 裁判官     内  藤  裕  之


                 裁判官     上  田  洋  幸
   
   
(別紙)
         特 許 目 録


1 特許第2508394号
   発明の名称  電子音楽再生装置
   出願日        平成2年10月2日
   出願番号   平成2年特許願第265728号
   登録日    平成8年4月16日


2 特許第2953115号
   発明の名称  電子音楽再生装置の運用方法
   出願日    平成3年6月28日
   出願番号   平成3年特許願第158247号
   登録日    平成11年7月16日

(別紙)
                被 告 方 法 目 録


 下記数字はいずれも別紙第1図の数字に対応している。

1 概要
  カラオケ装置への演奏曲データの配信方法である。
2 演奏曲データの配信の対象となるカラオケ装置の構成
 (1) 本体1
  「DAM−6400」「DAM−6400K」「DAM−6400KS」「D  AM−6400L」「DAM−G128」。
 (2) 本体1に接続される背景映像再生装置2
   (ア) 上記本体機すべてについて「DAM−P3600」。
  (イ) 「DAM−G128」について「DAM−D101」。
 (3) 背景映像再生装置2に挿入されるデータ記録手段4
  (ア) 「DAM−P3600」についてCD−ROM「DRMシリーズ」。
  (イ) 「DAM−D101」についてDVD「MDDシリーズ」。
3 演奏曲データの配信方法
 (1) 2項記載のカラオケ装置に対しては,カラオケ楽曲の音楽生成データと歌詞抽出データを含む
カラオケ楽曲データが,時宜通信回線を介して外部のホストコンピュータより配信され,本体1のハードディスク3に記憶される。 
 (2) また,相当の期間をおいて,使用中のCD−ROMないしDVDのバージョンアップ版を,差し換える。
   
このバージョンアップ版のCD−ROMないしDVDには,既に使用されている対応のCD−ROMないしDVDに記憶されているカラオケ楽曲のカラオケ楽曲データに加え,その時点までに通信回線を通じて配信され,本体1のハードディスク3に記憶されるカラオケ楽曲の1部の楽曲のカラオケ楽曲データが記憶されている。
 (3) 
バージョンアップ版のCD−ROMないしDVDが差し換えられると,同CD−ROMないしDVDに記憶されている楽曲のカラオケ楽曲データはハードディスク3から消去される。

                                                             以  上