「からなる」という用語が不明瞭か争われました。知財高裁は不明瞭でないとした審決を維持しました。
(2) まず,「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」中の「からなる」との
文言について,「から」という格助詞と「なる(成る)」という動詞とから成り立つ
もので,「から」は,直前に記載されたものが素材,材料,構成要素となることを示す語であり,「なる(成る)」は,成立する,構成するを意味する語であることは明らかである。そうすると,「Aからなる」ものは,Aを「素材・材料・構成要素」として「成立する・構成されている」ものを意味すると解される。したがって,「(A)からなる」という場合には,Aを必須の構成要素とすることは明確であるものの,それ以上に,Aのみで構成され,他の成分を含まないものか,Aのほかに他の成分を許容するか否かについて規定するものではなく,「Aのみから
なる」場合をも包含する概念であると認められ,このこと自体に当事者間に実質的
な争いはない。
そして,例えば,含有する金属が一部異なると,特質が全く異なるものとなる一
部の合金における分野等と異なり,医薬液体製剤については,pHの調整や,安定
性,保存性を高めるために何らかの添加剤が含有される場合が多いことは,原告も
認めるとおり,周知のことである。
そうすると,明細書において,「からなる」の前に摘示された素材,構成要素以外の成分を排除することが明らかでない限り,「Aからなる」とは,Aを必須の構成要素とするものである以上に,他の成分については規定しておらず,単に「Aを含む」
ものがその技術範囲に含まれると理解することになるものと解され,また,他の成
分を排除するか否か規定していないからといって,「Aからなる」の語が,特段不明
確な用語と理解されるものでもない。
次に,本件明細書を見るに,その記載は,前記(1)のとおりであって,オキサリプ
ラティヌムを水に溶解したオキサリプラティヌム水溶液を構成要素とする製剤であることは明らかであるが,本件発明1の「オキサリプラティヌム水溶液」に他の成
分を含んではならないことを示す記載はなく,他の構成要素を含有することが排除されているとまではいえない。
したがって,当業者は,本件発明1は,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.
5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」を必須の構成要素とすることだけが特定された製剤であって,該製剤に他の構成要素が含まれることが排除されてはおらず,かつ,「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含
量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のま
まである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に係
る発明と一義的に理解することが可能であるといえる。よって,本件発明1は明確であり,同様の理由により,本件発明2〜9も明確で
ある。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,審決が,不純物や溶存酸素・窒素が許容された例の記載がある
ことを本件発明が他の成分を許容する根拠の一つとしたことについて,本件明細書
の中に,これらが許容された例の記載があったとしても,それによって「からなる」
の意味が明確となるわけではなく,むしろ,発明の詳細な説明の記載を踏まえれば,
当業者は,「からなる」を,少なくとも,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もし
くはその他の添加剤」を排除する意味と解することは極めて明確であるから,この
点を踏まえずに明確性を認めた審決は,誤りであると主張する。
確かに,医薬製剤において,通常,不純物がその製剤の構成要素とみなされるとはいえないから,不純物に関する記載をもって,当該製剤が他の成分を排除するも
のであるかどうかは判明するものでないとする点については,原告の主張するとお
りである。
しかし,後記2において詳述するとおり,本件明細書を見ても,原告の主張する
ように,本件発明が「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」
を排除することが明らかであるとはいえない。また,仮に,原告主張のように本件
明細書から,本件発明が,これら添加剤を排除することが明確であり,「オキサリプ
ラティヌムの水溶液からなる」とは,オキサリプラティヌムと水のみから構成される,すなわち,「オキサリプラティヌムの水溶液のみからなる」ことが明らかである
とするならば,いずれにせよ,明確性要件を欠くことにはならない。
イ 次に,原告は,本件明細書には,「からなる」の意義を解釈するに当たり,
「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含んでいても安
定な製剤が得られることを示唆する記載はない旨主張する。
しかし,上記記載がないことが,上記添加物を排除することを意味するとはいえ
ない上,前記のとおり,本件発明1には,「オキサリプラティヌムの水溶液」を構成要素とすることのみが規定されており,他の成分については規定されていないので
あるから,原告主張の添加剤が含まれる例が記載されていないことは,明確性要件
を何ら左右するものではない。
ウ また,原告は,審決が,本件の国際出願におけるフランス語の原文を斟
酌しておらず,その結果,本件明細書の記載事項の判断を誤った旨主張する。
しかし,特許法184条の6第2項は,外国語特許出願に係る国際出願日におけ
る明細書及び請求の範囲の翻訳文が,同法36条2項の規定により願書に添付して
提出した明細書及び特許請求の範囲とみなされる旨を規定しており,以降の審査に
おいてすべて翻訳文を基準とすることが明らかにされている。したがって,本件発
明の明確性要件を判断する際に,外国語特許出願に係る国際出願日における特許請
求の範囲及び明細書の各翻訳文を考慮すれば足り,それらの翻訳文の記載から離れ
て,本件の国際出願におけるフランス語の原文の記載を考慮することはできない。
エ さらに,原告は,拒絶理由通知に対する意見書(甲2)及び審判事件答
弁書(甲6)における被告の主張からみて,「からなる」が,酸性又はアルカリ性薬
剤,緩衝剤を排除する閉鎖的な意味で用いられていたとの解釈が可能であることが裏付けられると主張する。
しかし,特許法36条6項2号は,前記のとおり,特許請求の範囲が不明確とな
る場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となって第三者に不測の
不利益を及ぼすことがあり得ることから,これを防止するために要求されるもので
あり,あくまで明細書の記載要件である以上,その適否は,当該記載から客観的に
判断されるべきであって,出願経過や審判における対応を斟酌することは,かえっ
て,特許が付与された権利範囲を不明確にするものといわざるを得ない。特許権の
行使場面において,その技術的範囲を判断する際に,出願経過等の事情を斟酌する
ことはともかくとして,本件発明の明確性要件の判断をする際に,これらを考慮す
ることは相当ではなく,原告の上記主張は採用できない。
オ 加えて,原告は,「からなる」が多義的であることを前提として,その解
釈に当たっては明細書を参酌することが必要であるが,本件明細書の記載を参酌し
てもなお,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含み得
るかどうかが確定できないがゆえに,特許請求の範囲が不明確である旨の主張もす
る。
しかし,原告は,一方で,前記アのとおり,本件明細書の記載によれば,本件発
明に上記添加剤が含まれないことは明確であるとも述べており,その主張は一貫し
ないものである。また,前記のとおり,「オキサリプラティヌムの水溶液からなる」
とは,「オキサリプラティヌム」と「水」を必須の構成要素として含むことを規定するものであるが,その他の成分については何ら定めがない製剤と理解することがで
きるのであるから,その他の成分について含有するかしないかを確定することは必
要ではなく,原告の主張は失当である。
◆判決本文