平成27(行ケ)10015  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 平成28年3月10日  知的財産高等裁判所

 H5年出願における補正が要件を具備しているのかについて審判では、新規事項でないと判断しました。裁判所は、法令の適用を誤ったが、旧41条と現行の17条の2第3項は判断基準は同じなので、取り消すまでもないと判断しました。
 上記(2)によれば,本件当初明細書には,第一の割り溝をエッチングにより 形成する際に,所定の形状のマスクを形成すること(段落【0008】,【0018】 【0019】),図4は図1に示すウエハーを窒化物半導体層側からみた平面図であ り,図1及び図4では,第一の割り溝は,p型層3をエッチングして,n型層2を 露出するように形成されていること(段落【0012】,【0018】,【0019】),さらに,図4では,p型層3の隅部は半弧状に切り欠いた形状となっており,この 切り欠いた部分にn層の電極を形成できること(段落【0016】)が記載されてい る。上記の切り欠いた部分はn層の電極を形成するためのものであるから,n型層 2が露出していることも技術的に明らかであるといえるものの,本件当初明細書に は,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成するのか否かについては,明示的 には記載されていないことが認められる。 しかし,当業者であれば,半導体素子の形成に際して,工程数を削減することは当然に考慮すべき事項であるところ,第一の割り溝と切り欠いた部分はともにエッ チングによりp型層3を除去してn型層2を露出させることにより形成されるもの であるから,同時に形成することが可能であり,本件当初明細書の記載に照らしても,p型層3表面を基準とした両者の深さを異なるものにする必要性,すなわち,両者を別工程で形成する必要性があるとは認められない。 そして,本件当初明細書の「図1に示すように第一の割り溝を形成すれば,第一 の割り溝の表面に電極を形成することもできる」(【0027】)との記載も併せ考慮すれば,本件当初明細書には,p型層3のエッチングにより第一の割り溝を形成す る際に,p型層3上に形成するマスクの形状を矩形の隅部が半弧状に切り欠いた形 状として,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成することも当業者にとって 自明な事項であり記載されているに等しいものと認められる。 なお,本件当初明細書には「図4・・・では,p型層3を予めn層の電極が形成できる線幅でエッチングして,第一の割り溝11を形成し,さらにp型層3の隅部 を半弧状に切り欠いた形状としており,」(【0016】)との記載があり,「さらに という文言から,第一の割り溝を形成した後に切り欠いた部分を形成するという解 釈の余地もないわけではない。しかし,本件当初明細書の前記記載に照らせば,上 記の「さらに」は,経時的な順序を意味するのではないと解されるから,上記「さ らに」との記載があることは,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成するこ とが自明な事項であるとの認定判断を左右するものではないといえる。 したがって,本件特許の請求項1及び請求項1を引用する請求項2ないし4に「前 記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形 状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成で きる平面を形成する工程と,」という記載を追加する本件補正は,願書に最初に添付 した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものと認められる。 なお,審決は,本件補正が本件当初明細書に記載した事項の範囲内のものである としたものの,これが旧法53条1項及び同法41条ではなく,現行特許法17条 の2第3項の規定する要件を満たすとの判断をしていると解され,法令の適用を誤 ったものといわざるを得ない。 しかし,同項は,「第一項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について 補正するときは,・・・願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・ に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定するところ,出願当 初の明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより,補正 が当業者によって,導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導 入しないものであるときは,当該補正は,明細書等に記載した事項の範囲内におい てするものということができ,補正事項が明細書等に明示的に記載されている場合 や,その記載から自明である事項である場合には,そのような補正は,特段の事情 のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,明細書等に記 載された範囲内においてするものであるということができると解される。 これに対し,旧法41条における明細書等に記載した事項の範囲内についても, 同記載の範囲及び出願時において当業者が当初明細書の記載からみて自明な事項を 含むものと解されるから,現行特許法17条の2第3項の解釈ともこの点において 実質的に異なるものではないということができる。 そして,本件補正が本件当初明細書に記載した事項の範囲内においてするものと 認められることは前記認定のとおりである。 以上によれば,審決は,法令の適用を誤ったものの,旧法を適用したとしても判 断内容自体には誤りはないから,本件補正が補正の規定の要件を満たすとの結論に おいても誤りはないといえる。 したがって,審決は,その結論に影響を及ぼす違法があるとまではいえないから, これを取り消すべきものということはできない。

◆判決本文

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