知財高裁の大合議判決です。争点は製法特許についての均等主張です。知財高裁は、均等を認めた1審判決を維持しました。第5要件の特段の事情について、出願時に容易にきさいできたにもかかわらず記載しなかった場合に、原則として、第5要件には当たらないと判断しました。
この点,特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできな
い。
なぜなら,1)上記のとおり,特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載さ
れた構成以外の構成であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び,その理は,
出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ,出
願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許
さないこととすれば,特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を,上記と異なるものとす
ることとなる。また,2)出願人は,その発明を明細書に記載してこれを一般に開示
した上で,特許請求の範囲において,その排他的独占権の範囲を明示すべきもので
あることからすると,特許請求の範囲については,本来,特許法36条5項,同条
6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら,明細
書に開示された発明の範囲内で,過不足なくこれを記載すべきである。しかし,先
願主義の下においては,出願人は,限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを
作成し,これを出願しなければならないことを考慮すれば,出願人に対して,限ら
れた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される
場合がある。これに対し,特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者
は,当該特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特
許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載か
ら容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理
は,特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行
使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され,発明の保護,
奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず,社会
正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって,上記
に述べた状況等に照らすと,出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外と
することは相当ではない。
(イ) もっとも,このような場合であっても,出願人が,出願時に,特許請求の
範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替する
ものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出
願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による
発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。
なぜなら,上記のような場合には,特許権者の側において,特許請求の範囲を記
載する際に,当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの,すなわち,当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ,そのような
理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから,特許権者が後にこれに反し
て当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないからである。
イ 控訴人らの主張について
(ア) 控訴人らは,化学分野の発明では,特許請求の範囲が客観的かつ明瞭な表現で規定されており,第三者にはその範囲以外に権利が拡張されることはないとの
信頼が生じるから,当該信頼は保護されるべきであると主張する。しかし,前記の
とおり,均等による権利は,特許請求の範囲の文言上規定された範囲以外であって
も,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することができる技術に及び,第三者はこれを予期すべきであり,禁反言の法理に照らし均等の主張が許されないのは,上記特段の事情がある場合に限
られるのであって,化学分野の発明であることや,特許請求の範囲が文言上明確で
あることは,それ自体では「特段の事情」として均等の成立を否定する理由とはな
り得ないから,控訴人らの主張は理由がない。
◆判決本文