Appleと島野製作所の特許侵害訴訟です。島野の請求は棄却されました。理由は、イ号の「コマ」は本件発明にいう「押付部材」には該当しないというものです。裁判所は、明細書の記載および本件が分割出願であることも考慮しました。
本件発明の「押付部材」に対応する被告製品中の「コマ」は,別紙被告ポゴ
ピン断面図のとおり,球形ではなく,一部に球状の面を有するにとどまる。被
告が押付部材は球に限られるので被告製品は構成要件D2を充足しない旨主張するのに対し,原告は押付部材の一部(プランジャーピンの傾斜凹部に押圧さ
れる部分)が球状の面であれば足りる旨主張するので,以下,検討する。
(1) まず,特許請求の範囲の記載をみるに,本件発明は,コイルバネで付勢し
てプランジャーピンを突出させる接触端子に関するものであり(構成要件A〜C),コイルバネがプランジャーピンを直接押圧するのではなく,コイル
バネとプランジャーピンの間に「押付部材」が介在し,これがコイルバネか
ら付勢を受けて,その「球状面からなる球状部」がプランジャーピンの傾斜
凹部を押圧することに特徴がある(構成要件D1〜3)。この「押付部材」という語は当該部材が果たす機能をそのまま記述したものであるところ,その形状に関しては,プランジャーピンの傾斜凹部に押圧
される部分が「球状面からなる球状部」であるとされるのみであり,それ以
外の部分(コイルバネから付勢される部分,コイルバネ側とプランジャーピ
ン側の中間部分)の形状については特許請求の範囲に何ら記載がない。そう
すると,上記押圧される部分が球状に丸くなっていればそれ以外の部分はい
かなる形状でもよいと解する余地がある。他方,押付部材の形状は,上記機
能を果たし得るものに限定されると考えられる上,同機能\を果たすものであ
ればいかなる形状の部材でも本件発明の技術的範囲に含まれるとすることは,
現に発明をして明細書に開示した範囲で保護を与えるという特許制度の趣旨
に反しかねない。そこで,特許請求の範囲に記載された「押付部材」の語の
意義を解釈するため,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の記載及び図
面を考慮することとする。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,「押付部材」との語は一
切用いられていない。本件発明の接触端子においてプランジャーピンとコイ
ルバネの間に介在する部材として開示されているのは「絶縁球」のみであり,
図面に示されたのも球のみである。
すなわち,本件発明は,背景技術として,コイルバネが直接プランジャー
ピンに触れるとコイルバネに電流が流れて焼き切れてしまうので,プランジ
ャーピンとコイルバネの間に絶縁球を介在させた接触端子が存在したことを
前提に(段落【0002】〜【0004】),比較的大きな電流を流し得る接
触端子を提供することを目的として(同【0008】),プランジャーピンの
大径部(コイルバネ側)の端部を切削して袋孔を形成し,その底部を円錐面
とするとともに,円錐の中心軸とプランジャーピンの中心軸をオフセットさ
せることによって,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周
面に強く押し付け,確実に電流を流すことができるようにしたものである
(同【0009】,【0013】〜【0015】)。そして,実施例及び参考例
をみても,押付部材に相当する部材としては「絶縁球」のみが記載されてい
る(同【0024】〜【0030】,【0032】,【0036】,【0039】
〜【0042】,【図2】,【図4】,【図6】)。
以上のとおり,押付部材として本件明細書に開示されているのは球のみで
あり,これと異なる形状の押付部材があり得ることを示唆する記載は見当た
らない。そうすると,本件明細書の記載を考慮すると,本件発明における押
付部材の形状は球に限られると解するのが相当である。
(3)さらに,本件特許の出願経過についてみるに,後掲の証拠及び弁論の全趣
旨によれば,1)本件特許は,特願2011−192407号を優先権の基礎
とする特願2011−271985号(原出願)から分割出願されたもので
あること(甲2),2)上記優先権の基礎とされた出願及び原出願は,いずれ
も名称を「接触端子」とする発明に関するものであり,特許請求の範囲,発
明の詳細な説明及び図面を通じ,プランジャーピンとコイルバネの間に介在
する部材として記載されているのは「絶縁球」のみであること(乙13,1
4),3)本件特許は平成25年4月19日に分割出願されたものであり,そ
の特許請求の範囲に,プランジャーピンとコイルバネの間に「押付部材」を
介在させる旨記載されたこと(乙15),4)原告は,同年10月11日,押
付部材に係る特許請求の範囲の記載を「少なくとも一部に球状面を有する押
付部材の球状部」と補正したこと(乙17),5)これに対し,同月25日,
特許法36条6項1号違反を理由1(発明の詳細な説明には押圧部材に絶縁
球を用いることが記載される一方,請求項1には絶縁性を有しない押圧部材
が記載されていること),同法29条1項3号及び2項の違反を理由2及び
3(原出願に「押付部材」として記載されていたのは「絶縁球」のみであり,
これを「少なくとも一部に球状面を有する押付部材」とすることは適法な分
割出願でないので,請求項1記載の発明は原出願の公開特許公報により新規
性又は進歩性を欠くこと)とする拒絶理由通知が発せられたこと(乙4),
6)原告は,同年11月8日,上記4)の補正後の特許請求の範囲の記載を「押
付部材の球状面からなる球状部」と補正する旨の手続補正書と,絶縁性を有
しない押付部材でも本件発明の効果を奏するので,発明の詳細な説明に記載
されたものといえる旨の意見書を提出したこと(乙5,6),7)同月27日
に特許査定がされたこと(乙19),以上の事実が認められる。
上記事実関係によれば,本件発明の「押付部材」は,少なくとも一部に球
状面を有するものでは足りず,その全体が球であるものに限られるというこ
とができる(仮に,一部にのみ球状面を有するものが含まれるとすれば,本
件特許は違法な分割出願によるものとして新規性欠如の無効理由を有するこ
とが明らかである。)。
◆判決本文