医薬品の用量・用法を変えることについて、動機付けありと認定しました。
審決は無効理由なしと判断していましたが、知財高裁はこれを取り消しました。
(ア) 甲10には,タダラフィルは,PDE5阻害剤であって,ヒトの勃
起機能不全の処置に有用であること(前記(2)ア(ア)ないし(カ),(ケ),
(コ)),その用量について,平均的な成人患者(70kg)に対して1
日当たり,概ね0.5〜800mgの範囲であり,個々の錠剤又はカプ
セル剤は,1日当たり単回又は数回,単回投与又は反復投与のため,好
適な医薬上容認できる賦形剤又は担体中に0.2〜400mgの有効成
分を含有するものであることが記載され(前記(2)ア(オ)),さらに,具
体的に,タダラフィルを50mg含む錠剤及びカプセルの組成例(前記
(2)ア(キ),(ク))が記載されている。
また,「実際には,医師は,個々の患者に最も適している実際の投与
計画を決定するが,それは特定の患者の年齢,体重および応答によって
変化する。上記の投与量は,平均的な場合の例であり,より高い又は低
い用量範囲が有益であるような個々の事例が存在するかもしれないが,
いずれも本発明の範囲内である。」(前記(2)ア(オ))と,実際の患者に
投与する場合には,医者が最も好適と考えられる投与計画を決定するこ
とも記載されている。
さらに,タダラフィルを用いたインビトロ試験において,PDE5阻
害作用につき,IC50が2nMであったことが記載されている(前記(2)
ア(コ))。
(イ) 前記(ア)の記載に接した当業者であれば,甲10発明に係るタダラ
フィルにつき,平均的な成人患者(70kg)に対して1日当たり,概
ね0.5〜800mgの範囲において,ヒトの勃起機能不全の処置に有用であり,具体的には50mgのタダラフィルを含む錠剤ないしはカプ
セルが一例として考えられること,もっとも,実際の患者に投与する場
合には,好適と考えられる投与計画を決定する必要があることを理解す
ると認められるところ,タダラフィルと同様にPDE5阻害作用を有す
るシルデナフィルにおいて,ヒトに投与した際,PDE5を阻害するこ
とによる副作用が生じることが本件優先日当時の技術常識であったこと
から(前記イ(ウ)),甲10のタダラフィルを実際に患者に投与するに
当たっても,同様の副作用が生じるおそれがあることは容易に認識でき
たものといえる。そして,薬効を維持しつつ副作用を低減させることは
医薬品における当然の課題であるから,これらの課題を踏まえて上記の
用量の範囲内において投与計画を決定する必要があることを認識するも
のと認められる。そうすると,そのような当業者において,前記アの技
術常識を踏まえ,甲10に記載された用量の下限値である0.5mgか
ら段階的に量を増やしながら臨床試験を行って,最小の副作用の下で最
大の薬効・薬理効果が得られるような投与計画の検討を行うことは,当
業者が格別の創意工夫を要することなく,通常行う事項であると認めら
れる。
加えて,前記(ア)のとおり,甲10のタダラフィルに関するインビト
ロ試験の結果によれば,タダラフィルのPDE5阻害作用はシルデナフ
ィル(前記イ(ア))に比べ強いことが示されているのであるから,タダ
ラフィルが,インビトロ試験と同様にインビボ試験である臨床試験にお
いても,強いPDE5阻害作用を発揮する可能性を考慮に入れて,タダラフィルの用量としてシルデナフィルの用量である10mg〜50mg
(前記イ(イ))及びそれよりも若干低い用量を検討することも,当業者
において容易に行い得ることである。
以上によれば,甲10発明について,適切な臨床における有用性を評
価するために臨床試験を行い,最小の副作用の下で最大の薬効・薬理効
果が得られるような範囲として,相違点1に係る範囲を設定することは,
当業者が容易に想到することができたものと認められる。
エ 被告の主張について
(ア) 被告は,経口投与された医薬化合物が,作用部位でどの程度の濃度
になるかを左右する薬物動態は,様々なファクターに影響され,これら
のファクターは個々の医薬化合物によって様々に異なるとともに,各フ
ァクターによる影響は総合的に生体に作用するものであるから,作用部
位において当該化合物が適切な濃度になるために必要な投与量は,ヒト
における臨床試験を経て初めて設定され得るものであることは,医薬分
野における技術常識であり,経口投与する際の適切な用量は,インビト
ロ試験での活性でのみ決定できるものではないし,ある医薬化合物の適
切な用量を,薬物動態が異なる全く別の化合物の用量を参考にして決定
することなどできないことも,医薬分野における技術常識である旨主張
する。
確かに,実際にヒトに対して薬物を経口投与する際における適切な用
量を決定するに当たっては,インビトロ試験での活性でのみ決定できる
ものではなく,最終的にはヒトにおける臨床試験を経て決定されるもの
であることは被告の主張するとおりである。
しかしながら,ヒトに対する適切な用法・用量を決定することに関し,
臨床試験においては,前記ア(ウ)のとおり,非臨床試験での全成績を詳
細に検討し,同薬効,類似構造薬に関する従来の知識,経験をも加味して決定されるものとされている以上,タダラフィルと同様にPDE5阻
害作用を有するシルデナフィルの用量や,タダラフィルのインビトロ試
験データを参考にすることも,当業者が当然行うことと認められる。こ
の点につき,タダラフィルの用量の検討に当たり,シルデナフィルは参
考にできないほど薬物動態が異なるという知見が存在することをうかが
わせる証拠もない。そして,医薬品の開発は,インビトロ試験で有用な
薬理効果が確認された化合物について,動物試験,さらにはヒトに対す
る臨床試験を行い(甲24参照),最適な用量が決定されるものである
が,この過程を経ること自体は,ヒトに医薬品を投与する際の適切な用
量を決定するに当たって通常想定されることであって,当業者が容易に
なし得ることであるから,これらを行う必要があったことを根拠として,
医薬品の用量・用法に関する発明につき容易想到性を否定することはで
きない。
◆判決本文