薬品について、顕著な効果が認定できないとして、進歩性違反なしとした審決が取り消されました。
上記のとおり,本件明細書には,本件発明に関し,水性懸濁液の投与とこれ以外
の他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,1日1回の鼻腔内投与と
この投与回数及び形態を変えた場合との対比はなされておらず,単にプラセボとの
対比による効果の有無しか記載がない。そして,本件優先日当時の技術常識を踏ま
えると,水に難溶性の薬物の水性懸濁液は,他の溶媒を用いた溶液よりも,粘膜か
ら吸収されにくいということはできるが,それだけでは,治療効果の具体的な違い
は把握できないし,また,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の治療
効果がどの程度であったかを読み取ることも,困難である。
他方,甲1発明及び甲2発明においても,アレルギー性鼻炎に対する一定の治療
効果が期待されることは上記のとおりである。
そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1
が,治療効果の点で優れているかどうかを理解することは困難といわざるを得ない。
イ 全身的な吸収及び代謝
本件明細書には,本件発明に関し,経口溶液と比して,鼻腔スプレー懸濁液の方
が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血
漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているが,経
口懸濁液と同程度の効果があることの記載しかない。そして,技術常識を踏まえて
も,他の形態で投与した場合(例えば,溶液の形態での鼻腔内投与)や異なる投与
回数の場合の全身的な吸収及び代謝がどの程度であったかを推認することは困難で
ある。
他方,甲1発明において,腹腔内投与及び経口投与後のモメタゾンフロエートの
血漿中の量は高くなく,比較的短期間で消失することは理解できるが,鼻腔内投与
の場合における全身的な吸収及び代謝の程度は全く不明といわざるを得ない。甲2
発明は,水性懸濁液を鼻腔内に使用した発明であるが,本件優先日において,少な
くとも,鼻腔内投与の場合にモメタゾンフロエートの全身的な吸収や代謝後の残存
が常に高いという技術常識はない。
そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1
が,全身的な吸収及び代謝の点で優れているかどうかを理解することはできないと
いわざるを得ない。
ウ 全身性副作用
本件明細書には,本件発明に関し,プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がないことが記載されているだけで,他の形態(例えば,
溶液)で投与した場合との対比や,投与回数を変えた場合との対比はなされていな
い。そして,当事者の技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合や異なる投
与回数の場合の副作用がどの程度であったかを読み取ることは困難である。
他方,前記(2)及び(3)のとおり,甲1発明及び甲2発明において,モメタゾンフ
ロエートは,経口吸入及び鼻腔内吸入をしても,実用可能な程度の副作用しかないといえるし,本件優先日において,少なくとも,モメタゾンフロエートの全身的な
吸収が必ず高いという技術常識はない。
そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明が,
全身性副作用の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得
ない。
エ 以上によれば,本件発明には,薬としての一定の治療効果を有し,実用
可能な程度の副作用しかないことは認められるとしても,本件発明の当該効果が,甲1発明及び甲2発明の効果とは相違する効果であるということはできないし,ま
た,本件明細書上,それらの効果とどの程度異なるのかを読み取ることができない
以上,これをもって,当業者が引用発明から予測する範囲を超えた顕著な効果ということもできない。よって,この点に関する審決の判断には誤りがある。
オ 審決は,甲1及び甲2には,1日1回の投与の記載がなく,治療効果の
程度についての記載もなく,本件発明の治療効果を予測できないと判断した。しかしながら,甲1発明及び甲2発明において,一定の治療効果が認められながらその
程度についての記載がない以上,当該効果が本件発明の効果よりも明らかに劣るも
のと認められない限り,本件発明の効果が顕著なものであるとはいえないはずであ
る。審決は,甲1及び甲2の治療効果の程度についての認定をせずに,本件発明の
効果がこれを格別上回ると判断したものであって,論理的に誤りがあるといわざる
を得ない。
また,審決は,皮膚に適用した場合の全身性副作用について開示する甲1から,
鼻腔粘膜に投与された際の全身性副作用の大きさを予測できないと判断したが,本件発明の効果と甲1発明の効果を同質であると認めた以上,甲1発明において,鼻
腔粘膜に投与した際の全身性副作用の方が,皮膚に投与した際と比して常に優れた
ものといえない限り,本件発明の効果が顕著なものとはいえないはずであり,この
点についても,審決に論理的な誤りがあるといわざるを得ない。
さらに,審決は,本件発明について,甲1発明で示された最小限の全身性副作用
よりも低いレベルの全身性副作用しかないから,顕著な効果があると判断したが,
この審決の判断には,前記(1)イのとおり,モメタゾンフロエートの全身性吸収及び
代謝後の残存量の問題と全身性副作用の有無の問題を同一視した点において誤りが
ある。その上,皮膚へ投与する甲1発明と鼻腔に投与する本件発明において,投与
される組織の相違による吸収性の違いがあるからといって,甲1発明の全身性副作
用が実用化できない程度に強いとは当然にはいえないはずであり,この点について
効果の顕著性を認めた審決の判断にも,論理的な誤りがある。しかも,水性懸濁液
のモメタゾンフロエートの全身性吸収の低さ及び代謝後の残存量の少なさは,本件
発明と同様,水性懸濁液の鼻腔内投与を行う甲2発明が有するはずであり,甲2発
明の副作用の程度が開示されていないとはいえ,審決が,甲1発明と甲2発明を組
み合わせて薬として実用化可能な本件発明の構成を想到できたとする以上,この組
合せと比して本件発明の効果が顕著なものであるか否かについて検討する必要があ
る。しかしながら,審決では,甲1発明との対比しかなされておらず,検討が不十分であったといわざるを得ない。
◆判決本文