商標「山岸一雄大勝軒」について、創始者以外の同姓同名の他人が存在することを根拠として8号違反とした審決が維持されました。
上記事実及び弁論の全趣旨によれば,本願商標の登録出願時(平成25年11月
19日)及び本件審決時(平成28年1月29日)において,亡山岸(生前の住所
地は東京都豊島区。甲19)とは別に,「山岸一雄」を氏名とする者が,複数生存
していたものと推認される。
ウ 以上によれば,本願商標は,他人の氏名を含む商標であると認められる。
(2) 「山岸一雄」を氏名とする者の承諾の有無
証拠(甲19,38)及び弁論の全趣旨によれば,原告の取締役であった亡山岸
は,本願商標の登録出願時において,原告が本願商標の登録出願をし,その商標登
録を受けることを承諾していたこと,その後,亡山岸は,平成27年4月1日死亡
したことが認められる。
しかし,前記(1)イのとおり,本願商標の登録出願時及び本件審決時において,亡
山岸とは別に,「山岸一雄」を氏名とする者が,複数生存していたものと推認され
るところ,亡山岸以外の「山岸一雄」を氏名とする者が本願商標の登録について承
諾していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 小括
以上によれば,本願商標は,商標法4条1項8号に該当し,商標登録を受けるこ
とができないものというべきである。
3 原告の主張について
(1) 原告は,商標法4条1項8号において,氏名を含む商標の登録が許されない
のは,1)他人のパブリシティの権利を侵害する場合(当該他人の氏名等に少なくと
も周知性が認められる場合),2)パブリシティの権利以外の氏名専用権の侵害にな
る場合(商標出願の願書の記載から客観的類型的に判断し,氏名保持者が不快感を
感じると判断すべき場合)に限られると解すべきところ,本願商標は,上記1)及び
2)のいずれにも該当しない旨主張する。
しかし,商標法4条1項8号の趣旨は,前記1のとおり,人の氏名に対する人格
的利益の保護,すなわち,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われるこ
とがないという利益を保護することにある。そして,同号は,その規定上,「著名
な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」とし,これらについては
著名なものを含む商標のみを不登録事由とする一方で,「他人の肖像又は他人の氏
名若しくは名称」については,著名又は周知なものであることを要するとはしてい
ない。また,同号は,人格的利益の侵害のおそれがあることそれ自体を要件として
規定するものでもない。したがって,商標法4条1項8号の趣旨やその規定ぶりか
らすると,同号にいう「他人の氏名」が,著名又は周知なものに限られるとは解し
難く,また,同号の適用が,他人の氏名を含む商標の登録により,当該他人の人格
的利益が侵害され,又はそのおそれがあるとすべき具体的事情の証明があったこと
を要件とするものであるとも解し難い。すなわち,同号は,他人の氏名を含む商標
については,そのこと自体によって,上記人格的利益の侵害のおそれを認め,その
他人の承諾を得た場合でなければ,商標登録を受けることができないとしているも
のと解される。
原告の上記主張は,商標法4条1項8号が,その規定上,他人の氏名については
「著名な」ものであることを要するとはしていないこと,他人の人格的利益を侵害
し,又はそのおそれがあるとすべき具体的事情の証明があったことを要件としてい
るとも解し難いことに照らし,文理解釈の範囲を超えるものといわざるを得ない。
また,同号の趣旨は,上記のとおり,人の氏名に対する人格的利益の保護にあると
ころ,この人格的利益の保護の要否を,顧客吸引力の有無(周知性や著名性の有
無)により分けるというのも,同号が商品又は役務の出所の混同のおそれを要件と
していないことに照らし,相当でない。さらに,自己の氏名を含む商標が登録され
ることにより氏名保持者が精神的苦痛や不快感を感じるか否かを商標出願の願書の
記載のみから判断すれば足りるというのも,氏名保持者ごとに人格的利益に係る事
情は異なるにもかかわらず,その個別的事情を一切捨象するものであって,相当で
ない。なお,他人の氏名を含む商標について,当該氏名を有する他人から登録異議
の申立てや無効審判請求がされたときに初めて,当該商標の商標法4条1項8号該当性を判断すれば足りるとするのは,同号が商標の不登録事由として規定されてい
ることにそぐわないのみならず,登録異議の申立期間が商標掲載公報の発行の日から2月以内に限られ(同法43条の2),同項8号に違反してされたことを理由と
する無効審判は商標権の設定の登録の日から5年を経過した後は請求することがで
きないとされていることから(同法47条1項),人は,自らの承諾なしにその氏
名を商標に使われることがないという利益を確保するために,自己の氏名が含まれ
る商標の登録の有無を常に確認しなければならないことになる。かかる解釈は,商
標に含まれる氏名を有する他人に負担を強いるものであって,相当でないといわざ
るを得ない。
以上の諸点に照らし,原告の上記主張は,採用することができない。なお,本件
において,亡山岸以外の「山岸一雄」が不快感を感じることがないとまでは認める
に足りない。
(2) 原告は,学説の状況及び氏名を含む商標が登録されている例が存在すること
を挙げ,商標法4条1項8号について,他人の氏名を含む商標については,そのこ
と自体によって,上記人格的利益の侵害のおそれを認め,その他人の承諾を得た場
合でなければ,商標登録を受けることができないものと解釈することは不当である
旨主張する。
しかし,原告の挙げる学説の内容は,当裁判所の判断を拘束するものではないし,
過去に氏名を含む商標が登録されている例があるからといって,本件審決における
本願商標の商標法4条1項8号該当性の判断が,これに左右されるものではない。
(3) 原告は,被告が,NTT「ハローページ」電話帳を検索して同姓同名者を発
見し,これを出願人に通知して,拒絶や審決の根拠とするのは,現実に同姓同名者
が存在する蓋然性が高いにもかかわらず,氏名を含む商標が登録されている例が多
く存在していること,NTT電話帳は,プライバシー保護等の観点から,近時掲載
者数が激減しており,また,戸籍名で登録されている可能性もますます少なくなっていること等に照らし,不当である旨主張する。
しかし,前記2(1)イのとおり,本件においては,NTT「ハローページ」電話帳
の掲載内容によれば,本願商標の登録出願時及び本件審決時において,亡山岸とは
別に,「山岸一雄」を氏名とする者が,複数生存していたものと推認されるのであ
るから,本件審決が,本願商標の商標法4条1項8号該当性について,NTT「ハ
ローページ」電話帳を検索し,その結果に基づき判断したことが,不当であるとい
うことはできない。そして,これら同姓同名者の承諾を得ていないにもかかわらず,
「山岸一雄」の氏名を含む商標が登録されることにより,それらの者の人格的利益
を侵害するおそれがおよそ存在しないとまでいうことはできない。
・・・
(6) 原告は,他人の氏名を含む商標であっても,長年にわたる当該商標の使用や
指定商品又は指定役務と関連付けられた報道等での当該氏名の露出等の結果,需要
者が何人かの業務に係る商品又は役務であると認識することができ,他人の業務に
係るものと認識しない状態となった場合には,商標法4条1項8号の規定にかかわ
らず,商標登録を受けることができると解すべきである旨主張する。
しかし,商標法4条1項8号について,同法3条2項に相当する規定は存しない。
原告の上記主張は,独自の見解であって,採用の限りでない。
◆判決本文
◆関連事件です。平成28(行ケ)10066