一事不再理が適用できると判断されました。
ア 特許法167条は,特許無効審判の審決が確定したときは,当事者及び参加
人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないと
規定している。同条の趣旨は,排他的独占的権利である特許権(同法68条)の有
効性について複数の異なる判断が下されるという事態及び紛争の蒸し返しが生じな
いように特許無効審判の一回的紛争解決を図るために,当事者及び参加人に対して
一事不再理効を及ぼすものと解される。
先の特許無効審判の当事者及び参加人は,同審判手続において無効理由の存否に
つき攻撃防御をし,また,特許無効審判の審決の取消訴訟が提起された場合には,
同訴訟手続において当該審決の取消事由の存否につき攻撃防御をする機会を与えら
れていたのであるから,「同一の事実及び同一の証拠」について狭義に解するのは,
紛争の蒸し返し防止の観点から相当ではない。
イ この点に関し,平成23年法律第63号による改正前の特許法167条にお
いては,一事不再理効の及ぶ範囲が「何人も」とされており,先の審判に全く関与
していない第三者による審判請求の権利まで制限するものであったことから,「同一
の事実及び同一の証拠」の意義を拡張的に解釈することについては,第三者との関
係で問題があったということができる。しかし,上記改正によって第三者効が廃止
され,一事不再理効の及ぶ範囲が先の審判の手続に関与して主張立証を尽くすこと
ができた当事者及び参加人に限定されたのであるから,「同一の事実及び同一の証拠」
の意義については,前記アのとおり,特許無効審判の一回的紛争解決を図るという
趣旨をより重視して解するのが相当である。
ウ 原告は,本件審判において,本件発明につき,引用例(甲2)を主引用例と
し,これに記載された発明及び甲第1,4から11,13から18号証に記載され
た発明又は周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである
旨を主張した。
しかし,前記?のとおり,確定した前件審決においても,引用例(甲2)が主引
用例とされており,また,甲第6から18号証が副引用例とされていた。
したがって,本件審判における原告の前記主張は,確定した前件審決と同一の主
引用例に基づいて本件発明の容易想到性を主張するものであり,主引用例以外の証
拠についても,上記のとおり前件審決において副引用例とされていた甲第6から1
8号証に加え,甲第1,4及び5号証を追加したにすぎない。
このように,確定した前件審決と主引用例が同一であり,まして,多数の副引用
例も共通し,証拠を一部追加したにすぎない本件審判の請求は,「同一の事実及び同
一の証拠」に基づくものと解するのが,前記アの特許法167条の趣旨にかなうも
のというべきである。
以上によれば,本件審判における原告の前記主張は,確定した前件審決と「同一
の事実及び同一の証拠」に基づくものであるから,特許法167条に該当し,許さ
れない(この点に関し,本件審決が,本件審判において前件審判時に証拠として提
出されなかった甲第4,5号証が提出され,前件審判時に主張されなかった回動す
るタンブラー錠用の鍵において摺り鉢形の窪みを有した鍵が周知であることが主張
されたことをもって,前件審判と同一の証拠に基づく審判請求とはいえない旨判断
したことは,誤りである。)。したがって,上記主張を排斥した本件審決の判断が誤
りであるという取消事由は,それ自体,失当というべきである。
◆判決本文