発明未完成、明確性違反、実施可能性違反として拒絶された出願について、審決取消訴訟が提起されました。知財高裁(第1部)は、実施可能要件違反として審決を維持しました。
ア 前記(2)の認定事実によれば,本願明細書の実施例(例1)では,本願マトリ
ックスを通過した白昼光に対し蒸留水を24時間常温で暴露する実験を行ったところ,水が同期化したことが認められ,この点については当事者間に争いがないとこ
ろである。しかしながら,上記実験は,実験条件の詳細が明らかではなく,本願明
細書の表1における「基準」に関する実験条件も具体的に記載されていないことからすると,本願マトリックスを使用した場合とこれを使用しなかった場合における
比較実験を行ったものと認めることはできない。のみならず,水の同期化の理論的
なメカニズムは十分に解明されていない上,特開2004−2514985)公報(乙
2の【要約】,【0006】,【0011】)によれば,かえって,マイクロウェーブ,超音波,マイクロ波超音波,赤外線(遠赤外線,中間赤外線,近赤外線を含む。)な
どを使用することによって,水分子の回転運動を促進し,本願水特性のように,凝
固点における水温をマイナス10度以下に降下させることが可能になるとされており,しかも,上記近赤外線(780nm〜2500nm)は,本願発明にいう入射光の
範囲(360nm〜3600nm)に含まれるのであるから,本願マトリックスを通過
しない入射光であっても水を一定程度同期化し得ることが認められ,水の同期化が
本願マトリックス以外の実験条件によって生じた可能性も残るといわざるを得ない。そうすると,本願明細書にいう上記実験は,水が同期化された原因が,その他の実
験条件によるものではなく,専ら入射光が本願マトリックスを通過したことによる
ことまでを立証するものとはいえない。
したがって,立証事項Aが立証されたということはできない。
イ また,前記(2)の認定事実によれば,本願明細書の実施例(例14)では,男
性2名及び女性2名に対し,本願マトリックスを耳鳴り症状を示す耳の後部の頭蓋
基底部に,皮膚に穏やかな接着剤で局所的に配置する実験を行ったところ,このう
ち3名の耳鳴り症状が24時間以内に消失し,1名の耳鳴り症状が1週間以内に消
失したことが認められる。しかしながら,上記実験における被験者は僅か4名にと
どまり,しかも本願マトリックスを使用しない場合との比較試験を行うものではな
いことからすれば,耳鳴り症状が自然治癒又はいわゆるプラセボ効果(乙11)に
より消失した可能性も残るというほかない。のみならず,証拠(乙6ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,キセノンが発する光のうち近赤外線を利用した耳鳴り治
療法(いわゆるキセノン光線療法)が現に実施されていることが認められることか
らすれば,上記実施例における実験においても,被験者の耳の後部に照らされた光
が耳鳴り治療に一定程度有効に作用した可能性も残ることが認められる。したがって,本願明細書にいう上記実験は,耳鳴り症状が本願マトリックス自体によって消
失したものであることまでを立証するものとはいえない。
したがって,立証事項Bが立証されたものとはいえない。
ウ 以上によれば,本件立証事項が立証されたものと認めることはできず,本願
明細書は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載たものとはいえない。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,本願明細書にいう上記各実験結果はA宣誓書によって裏付けられて
いる旨主張する。しかしながら,本願マトリックスを使用した実験がA教授の研究
室で行われたことはうかがわれないことからすれば,A宣誓書は,本願明細書にい
う実験によって同期化された水の性質が,A教授の研究室での実験結果と同一であ
るというにとどまり,水を同期化するとされる入射電磁エネルギーが本願マトリッ
クスによって形成されることまでを裏付けるものとはいえない。したがって,原告
の上記主張は,A宣誓書を正解しないものであって,採用することができない。
イ 原告は,人に対する治療を目的とする発明に対し,特許出願前のごく僅かな
期間に厳格な実験を行うことを求めるのは困難を強いるものであって現実的ではな
く,また,本願明細書の耳鳴り治療に関する実験はA宣誓書によっても裏付けられ
ている旨主張する。しかしながら,比較実験の被験者となる耳鳴り患者の人数が少
ないことを認めるに足りる証拠はなく,耳鳴り症状の比較実験の方法についても,
例えば耳鳴り症状を示す両耳のうち片耳に限り本願マトリックスを配置すれば足り
るのであるから,格別困難を強いるものとはいえず,原告の主張は,その前提を欠
く。また,A宣誓書は,「例14は,パイロット臨床実験におけるTGMの適用が4
人のヒト被験者における耳鳴り症状に対して有利な効果を有したことを実証してい
る」(甲11〔53頁4行目ないし5行目〕参照)として,単に実験結果を追認する
ものにすぎず,A教授の研究室で本願マトリックスによる耳鳴り症状の改善に関す
る実験が行われていない以上,A宣誓書によっても本願マトリックスによって耳鳴
り症状の改善効果があることを認めることはできない。さらに,原告主張に係る報
告書(甲22)における実験も,上記(3)イで説示するところと同様に,比較試験を
行うものではなく,本件立証事項を裏付けるものとして適切ではない。したがって,
原告の主張は,その裏付けを欠くというほかなく,採用することができない。
(5) まとめ
上記によれば,本願明細書は当業者が本願発明の実施をすることができる程度に
明確かつ十分に記載したものではないとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由3(特許法36条4項15)〔実施可能要件〕に関する判断の誤り)は理由がない。
◆判決本文