平成28(行ケ)10042  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 平成28年11月30日  知的財産高等裁判所

 特36条のサポート要件に係る審決の判断は,結論において誤りはないと判断しました(知財高裁第4部)。
 3 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲 の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が, 発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当 該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳 細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課 題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと 解される。
(2) 特許請求の範囲の記載
本願発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりである。すなわ ち,本願発明は,潤滑油基油と粘度指数向上剤を含み,「100℃における動粘度 が4〜12mm2/sであり,粘度指数が140〜300である」潤滑油組成物であ って,当該潤滑油基油は,「尿素アダクト値が2.5質量%以下,40℃における 動粘度が18mm2/s以下,粘度指数が125以上,且つ,90%留出温度から5 %留出温度を減じた値が70℃以下である潤滑油基油成分」(本発明に係る潤滑油 基油成分)を,「基油全量基準で10質量%〜100質量%」含有することが特定 されたものである。
(3) 発明の詳細な説明の記載
ア 本願明細書の発明の詳細な説明には,前記1(2)のとおり,本願発明は,従来 の潤滑油が,実用性能(150℃HTHS粘度)を維持しながら,さらに省燃費性(40℃動粘度,100℃動粘度,100℃HTHS粘度の低減)と低温粘度特性 (CCS粘度やMRV粘度の低減)とを両立するという点で,いまだ改善の余地が あったという事情に鑑みて,省燃費性,低蒸発性と低温粘度に優れ,ポリ−α−オ レフィン系基油やエステル系基油等の合成油や低粘度鉱油系基油を用いずとも,1 50℃における高温高せん断粘度を維持しながら,省燃費性,NOACKにおける 低蒸発性と−35℃以下における低温粘度とを両立させることができ,特に潤滑油 の40℃及び100℃における動粘度並びに100℃におけるHTHS粘度を低減 し,粘度指数を向上し,−35℃におけるCCS粘度,(−40℃におけるMRV 粘度)を著しく改善できる潤滑油組成物を提供することを目的とし,特許請求の範 囲の請求項1に記載の構成を採用することにより,省燃費性と低蒸発性及び低温粘度特性に優れており,ポリ−α−オレフィン系基油やエステル系基油等の合成油や 低粘度鉱油系基油を用いずとも,150℃におけるHTHS粘度を維持しながら, 省燃費性とNOACK蒸発量及び−35℃以下における低温粘度とを両立させるこ とができ,特に潤滑油の40℃及び100℃の動粘度と100℃におけるHTHS 粘度を低減し,−35℃におけるCCS粘度,(−40℃におけるMRV粘度)を 著しく改善することができるという効果を奏するものであることが記載されている。 イ また,【0021】ないし【0026】には,「本発明に係る潤滑油基油成 分」の尿素アダクト値,40℃動粘度,粘度指数及び90%留出温度から5%留出 温度を減じた値は,本願発明に係る潤滑油組成物の低温粘度特性,省燃費性,低蒸 発性,粘度−温度特性などと密接な関係があることが記載されていることから, 「本発明に係る潤滑油基油成分」と「その他の潤滑油基油成分」を混合した「潤滑 油基油」全体の尿素アダクト値,40℃動粘度,粘度指数及び90%留出温度から 5%留出温度を減じた値などの物性値も,同様に,本願発明に係る潤滑油組成物の 低温粘度特性,省燃費性,低蒸発性,粘度−温度特性などの物性と密接な関係があ ることが理解できる。
ウ 前記アによれば,本願発明の課題に関連する潤滑油組成物の物性は,150 ℃HTHS粘度,40℃動粘度,100℃動粘度,100℃HTHS粘度,NOA CK蒸発量,−35℃CCS粘度,−40℃におけるMRV粘度及び粘度指数であ るところ,本願明細書には,150℃HTHS粘度が2.55〜2.65の範囲内 となるように調製した実施例1ないし6及び比較例1ないし3の各潤滑油組成物に ついて,40℃動粘度(mm2/s),100℃動粘度(mm2/s),粘度指数, 100℃HTHS粘度(mPa・s),150℃HTHS粘度(mPa・s),N OACK蒸発量(1h,250℃),−35℃CCS粘度(mPa・s),−40 ℃MRV粘度(mPa・s)を測定した結果が示されている(【0117】,【表3】)。 そして,【0122】には,実施例1ないし6は,比較例1ないし3に比べて, 40℃動粘度,100℃動粘度,100℃HTHS粘度及びCCS粘度が低く,低 温粘度及び粘度温度特性が良好であったこと,実施例1ないし6の上記評価結果に 基づき,本願発明の潤滑油組成物が,省燃費性と低温粘度に優れ,ポリ−α−オレ フィン系基油やエステル系基油等の合成油や低粘度鉱油系基油を用いずとも,15 0℃における高温高せん断粘度を維持しながら,省燃費性と−35℃以下における 低温粘度とを両立させることができ,特に潤滑油の40℃及び100℃における動 粘度を低減し,粘度指数を向上し,−35℃におけるCCS粘度を著しく改善でき る潤滑油組成物であることが分かることが記載されているから,上記記載から,実 施例1ないし6は,本願発明の課題を解決できるものであるのに対し,比較例1な いし3は,本願発明の課題を解決できないものであることが理解できる。 エ また,実施例と比較例は全て,潤滑油としての実用性能を表す150℃HT HS粘度が「2.60〜2.61」となるように調製されたものである(【011 7】,【表3】)。そこで,実施例1〜6と比較例1〜3において,150℃HTHS粘度以外の物性値をみると,1)本願明細書には,潤滑油組成物のNOACK蒸 発量は,好ましくは8質量%以上,さらに好ましくは18質量%以上であり,好ま しくは30質量%以下,特に好ましくは22質量%以下であり,18〜20質量% とすることで,蒸発損失の防止と低温特性,さらには省燃費性能をバランスよく達成することができることが記載されているところ(【0114】),NOACK蒸 発量は,実施例1ないし6では「10.8〜19.4」の範囲に,比較例1ないし 3では「12.2〜14.0」の範囲にあり,2)本願明細書には,潤滑油組成物の 100℃動粘度は,4〜12mm2/sであることが必要であり,特に好ましくは, 6mm2/s以上,8mm2/s以下であることが記載されているところ(【010 6】),100℃動粘度は,実施例1ないし6では「7.2〜9.0」の範囲に, 比較例1ないし3では「8.6〜8.9」の範囲にあって,これらの物性値におい て,両者の数値範囲は重なることが分かる。 他方,3)本願明細書には,潤滑油組成物の40℃動粘度は,4〜50mm2/sで あることが好ましく,特に好ましくは25mm2/s以上,30mm2/s以下であ ることが記載されているところ(【0109】),40℃動粘度は,実施例1ない し6では「25.6〜37.3」の範囲に,比較例1ないし3では「38.9〜4 0.4」の範囲にあり,4)本願明細書には,潤滑油組成物の粘度指数は,140〜 300の範囲であることが必要であり,最も好ましくは250〜300であること が記載されているところ(【0107】),粘度指数は,実施例1ないし6では 「224〜269」の範囲に,比較例1ないし3では「209〜211」の範囲に あり,5)本願明細書には,潤滑油組成物の100℃におけるHTHS粘度は,6. 0mPa・s以下であることが好ましく,最も好ましくは4.5mPa・s以下で あり,3.0mPa・s以上であることが好ましく,最も好ましくは4.2mPa ・s以上であることが記載されているところ(【0110】),100℃HTHS 粘度は,実施例1ないし6では「4.29〜5.26」の範囲に,比較例1ないし 3では「5.35〜5.49」の範囲にあり,6)本願明細書には,−35℃CCS 粘度に関し,「例えば,本発明の潤滑油組成物によれば,−35℃におけるCCS 粘度を4500mPa・s以下とすることができる。」と記載されているところ (【0115】),−35℃CCS粘度は,実施例1ないし6では「1800〜4 000」の範囲に,比較例1ないし3では「4850〜7700」の範囲にあり, 7)本願明細書には,−40℃MRV粘度に関し,「本発明の潤滑油組成物によれば, −40℃におけるMRV粘度を10000mPa・s以下とすることができる。」 と記載されているところ(【0115】),実施例1ないし6では「3700〜9 300」の範囲に,比較例1ないし3では「12500〜28000」の範囲にあ り,これらの物性値において,実施例1ないし6の数値の方が,比較例1ないし3 の数値よりも優れていることが分かる。 そうすると,前記ウのとおり,実施例1ないし6は,本願発明の課題を解決でき るものであるのに対し,比較例1ないし3は,本願発明の課題を解決できないもの であるところ,本願発明の課題を解決することができるというためには,150℃ HTHS粘度が2.60〜2.61程度となるように潤滑油組成物を調製した場合 に,40℃動粘度,100℃動粘度,100℃HTHS粘度,NOACK蒸発量, −35℃CCS粘度,(−40℃におけるMRV粘度)及び粘度指数の数値を総合 的に検討した結果,比較例1ないし3で代表される従来の技術水準を超えて,実施例1ないし6と同程度に優れたものとなることが必要であることを理解できる。 オ さらに,【表3】をみると,実施例1ないし6及び比較例1ないし3は,いずれも粘度指数向上剤を含有するものであり,「100℃動粘度が4〜12mm2/ s,粘度指数が140〜300」という本願発明の発明特定事項を満たすものであ るが,前記ウのとおり,実施例1ないし6は,本願発明の課題を解決できるもので あるのに対し,比較例1ないし3は,本願発明の課題を解決できないものであると されていることから,実施例1ないし6と比較例1ないし3の各潤滑油組成物の物 性の違いは,主として,含有する「潤滑油基油」の物性の違いによるものであるこ とが理解できる。 そして,【表1】ないし【表3】によれば,本願発明の特許請求の範囲に含まれ る実施例1ないし5の「潤滑油基油」は,「本発明に係る潤滑油基油成分」である 基油1又は2を100質量%含有する潤滑油基油(実施例1,2,4),あるいは, 基油1又は2を70質量%と比較例2,3で用いた基油4を30質量%含有する潤 滑油基油(実施例3,5)であることから,「潤滑油基油」が「本発明に係る潤滑 油基油成分」を70〜100重量%含むものについて,「本発明に係る潤滑油基油 成分」と同じかそれに近い物性を有し,本願発明の課題を解決できることを理解す ることができる。
(4) 本願発明の課題を解決できると認識できる範囲
前記(3)によれば,本願明細書の記載に接した当業者は,「本発明に係る潤滑油基 油成分」を70質量%〜100質量%程度多量に含む,「本発明に係る潤滑油基油 成分」と同じかそれに近い物性の「潤滑油基油」を使用し,粘度指数向上剤を添加 して,100℃における動粘度を4〜12mm2/sとし,粘度指数を140〜30 0とした潤滑油組成物は,本願発明の課題を解決できるものと認識できる。 他方,本願発明は,「本発明に係る潤滑油基油成分以外の潤滑油基油成分として は,特に制限されない」ものであるところ(【0051】),一般に,複数の潤滑 油基油成分を混合して潤滑油基油とする場合,少量の潤滑油基油成分の物性から, 潤滑油基油全体の物性を予測することは困難であるという技術常識に照らすと,本願明細書の【0050】や【0054】の記載から,直ちに当業者において,「本 発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲 に記載された「基油全量基準で10質量%〜100質量%」という数値範囲の下限 値により近いような「潤滑油基油」であっても,その含有割合が70質量%〜10 0質量%程度と多い「潤滑油基油」と,本願発明の課題との関連において同等な物 性を有すると認識することができるということはできない。しかるに,本願明細書 には,この点について,合理的な説明は何ら記載されていない。 (5) 本願発明のサポート要件適合性
本願発明は,前記(2)のとおり,「本発明に係る潤滑油基油成分」を,「基油全量 基準で10質量%〜100質量%」含有することが特定されたものであるが,前記 (4)のとおり,当業者において,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,「本発 明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に 記載された「基油全量基準で10質量%〜100質量%」という数値範囲の下限値 により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できると認識 するということはできない。 また,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特 許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%〜100質量%」という数 値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解 決できることを示す,本願の出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠はな い。 したがって,本願発明の特許請求の範囲は,本願明細書の発明の詳細な説明の記 載により,当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものという ことはできず,サポート要件を充足しないといわざるを得ない。

◆判決本文

◆関連事件です。平成28(行ケ)10043

◆平成28(行ケ)10057

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